SGRAかわらばん

  • 2014.09.24

    エッセイ423:董 炳月「二重の『場』から、アジアの未来を」

      第2回アジア未来会議がインドネシアのバリ島で開催されました。「この会議は、日本で学んだ人、日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る『場』を提供することを目的としています」と主催者は宣言しています。ここで言われている「場」とは一体何でしょうか。もしこの「場」を「会場」として理解するだけだったら、勿体ないと思います。会議が開かれる処、つまり「会場」の所在地も「場」です。今回の会議に即して言えば、バリ島も重要な、更に大きい「場」です。つまり、主催者は参加者に二重の「場」を提供しました。二重の「場」によって、「アジア」は研究対象として討論されるだけではなく、参加者が身を持って体験する対象にもなりました。本当にありがたいことです。   私は北京からの参加者として、会場で日本やフィリピン及びシンガーポールの参加者の「中国台頭」に関する発表を聞いて、様々な問題を考えるようになりました。彼らはこのように中国を見るのだ、やはり外部から見る中国と内部から見る中国とは違うのだ、と。「台頭」とは何だろうか、中国は本当に「台頭」したか、と。経済から見れば、中国は確かに台頭しつつあると言えます。但し、それは問題の一面に過ぎません。その反面、経済躍進によって生じた社会問題は山ほどあります。環境汚染、官僚腐敗、貧富の差、道徳の堕落、などなど。全体から見れば中国はまだまだ「台頭」していません。中国にとっては、日本だけでなく、バリ島にも学ぶべきところは多い、と私は言いたかったのです。これからの中国はアジアに貢献する「台頭」を追求すべきだとも考えました。   「バリ島」という二つ目の「場」からの収穫は更に多かったのです。8月21日の夜ホテルに着き、チェックインの手続きをして部屋に入る前から、すでに廊下に流れる音楽に魅了されてしまいました。なんと寂しくて、ロマンチックな音楽だろう、と。後で知りましたが、それは小さな笛と竹の琴で演奏する地元の音楽です。CDが入手できたので、北京に戻った今も楽しめます。私は日本の演歌も沖縄民謡もモンゴルのホーミィー(特殊発声で歌う歌)も好きなので、バリ島の音楽を加えると「アジア音楽」ができそう、という感じがします。   バリ島の生活様式の観察から得たものは、人文社会科学の研究者として非常に大きな収穫でした。会議は23日をもって終わり、24日は会場から出て見学ツアーに参加しました。驚いたことは到る所に神廟(ヒンドゥー教の寺)が建てられていることです。神廟の面積は町の建築総面積の四分の一ぐらいを占めるのではないかと思います。ガイドの話によると、住民は毎日少なくとも2回神廟を参拝します。つまり、バリ島(拡大して言えばインドネシア)は自分なりの宗教、信仰、生活様式を持っています。普通の中国人及び中国知識人はどれほどバリ島(及び東南アジア)に関心を寄せているでしょうか。明らかに、アメリカやヨーロッパに対する関心ほど高くはありません。中国ではイギリスを「大英帝国」と言うこともありますが、もし国土面積や人口規模がずっとイギリスを上回るインドネシアを「大インドネシア」と言ったら笑われるでしょう。   経済発展に専念する中国においては、バリ島の人々の生活様式を「価値」として認めることも難しいです。東洋の近代史は西洋の東洋に対する浸入、及び東洋の西洋に対する抵抗の歴史と言われますが、その一方で、東洋は抵抗の過程において西洋の論理と価値観をも受入れました。この両面性を直視しなければなりません。中国語には「勢利」という言葉があります。「shi-li」という発音で、意味は「金力や権力に靡く態度」です。実に、日本の近代も中国の現代も「勢利」の時代です。「西洋志向」という病気に罹ったのは日本だけではなく、中国も同じです。「発展」や「富強」(富国強兵)ばかりを追求しています。バリ島が教えてくれたのは「発展」も「富強」も絶対価値ではなく、相対価値にすぎない、ということです。   アジア未来会議はバリ島南東部のビーチで開かれましたが、そのホテルの10階建ての建物以外にビルはありません。ホテル建設後、住民の反対運動によって、バリ島では椰子の木よりも高い建物は禁止になったからだそうです。私は緑に囲まれた低い建物を見て、北京や東京の高層ビルがますます嫌になりました。観光バスの中で地元のガイドが「私たちはできる限り稲と木を植え、セメントを植えません」と言いました。哲学者のようなガイドだ、と思いました。彼は見事に地元の価値観を表現しました。中国沿海地方と比べて、バリ島の経済発展は遅れているかもしれませんが、バリ島の人々は必ずしも不幸ではありません。むしろ、彼らの生活様式は大都会に住む私たちより「合理的」なのです。   会議主催者がバリ島を開催地として選んだのは偶然かもしれないが、「多様性と調和」という総合テーマはバリ島で開催することによって見事に完成したと思います。インドネシアのバリ島、ヒンドゥー教のバリ島、そしてインドや中国の文化の影響を受けたバリ島で、十数カ国からの数百人の参加者が、日本の獅子舞とバリ島のバロンダンスの共演を観賞する、これは素晴らしい「多様性と調和」だと思いました。もっと大事なのは参加者の観念の中で発生した「多様性と調和」です。それは目に見えないものです。   二重(二重以上かもしれない)の「場」を、各国からの参加者に提供した主催者の意図は達成されたと思います。アジア未来会議は価値観の共同体を作っているのです。参加者は国籍や専門などが違っていても、「共同価値観」を持ち、或いは持てるようになります。共同価値観というのは、アジアに対する関心と共感、他者に対する尊重などが含まれます。この価値観を共有する共同体が大きくなって行けば、アジアの未来はきっと明るいと信じます。現在の中国に金持ちは多いですが、彼らが渥美国際交流財団を模範にして、国境を越えた文化交流に貢献することを望んでいます。   英語版エッセイはこちら   ------------------------------- <董炳月(とうへいげつ)Dong Bingyue> 中日近代文化専攻。1987年北京大学大学院中国語中国文学学科修士号取得、中国現代文学館に勤める。1994年に日本留学、東京大学人文社会系研究科に在学。1998年に論文『新しき村から「大東亜戦争」へ―武者小路実篤と周作人との比較研究』で文学博士号取得。1999年から中国社会科学院に勤め、現在は同文学研究所研究員、同大学院文学学科教授。2006年度日本国際交流基金フェローシップ。著書は『「国民作家」の立場―近代日中文学関係研究』、『「同文」の近代転換―日本語借用語彙の中の思想と文学』など。評論集は『茫然草』、『東張東望』など。翻訳書は多数。 -------------------------------     2014年9月24日配信
  • 2014.09.17

    エッセイ422:沼田貞昭「未来に向けて過去から何を学びとれるか」

    English Version       筆者は、公益財団法人渥美国際交流財団主催でインドネシアのバリ島で8月22日−24日に開催された第2回アジア未来会議に参加した。昨年3月にバンコックで開かれた第1回会議にも参加し、「戦後和解」のセッションの座長を務めたが、今回、日本で博士号を修得した人々を中心とするアジアおよび他の地域の研究者等380名が参加し、真摯に、忌憚なく、かつ和気あいあいと議論する姿に再び接して、感銘を新たにした。   筆者が担当した「平和」のセッション(日本語)では、戦前の「日ソ中立条約」と内モンゴル問題、日清修交条規にかかわる副島種臣外務卿の北京訪問時の外交儀礼問題、インドネシアの国家理念パンチャシラと憲法、日韓漁業協定前史としてのGHQの政策が取り上げられた。正直の所、この中から何か共通の要素を見出せるか否か、セッションが始まるまでは自信が無かったが、振り返ってみると、過去を調べて未来について何かを学ぶとの観点から、幾つか示唆に富む点があったので、筆者の主観を交えて以下に記す。   第1に、我々が今日および将来の近隣諸国との関係を考えるに当たって、明治から昭和にかけて、後発国として列強に仲間入りをした日本が帝国主義的拡張を試み、結局失敗に終わったことの意味合いを忘れてはならないと言うことである。   1873年に副島種臣外務卿が特命全権大使に任命されて北京に赴き、同治帝への謁見形式をめぐり日本側の主張を通したことは、「国権外交」を実現したものとして日本国内で高く評価された。他方、本ペーパーを発表した白春岩早稲田大学助教(中国)は、清国側において、重臣李鴻章が日本との「相互利益」を重視して、現実的解決を求めて努力したことを指摘している。当時、列強との対比においては平等な存在であった日清間の駆け引きの中で、「国権」と「相互利益」のバランスを如何に取るかが問題であったことを想起すると、今日、それぞれ「大国」を自負している中国と日本が、各々の「国権」にこだわって「相互利益」を軽んじる場合、どのような結果を招くかと言うことも考えておく必要があると感じた。   ガンガバナ国際教養大学助教(内モンゴル)は、内モンゴルに焦点を当てつつ、松岡洋右外務大臣の日独伊ソ四国同盟構想が実現に至らなかった経緯を考察した。筆者の感想は、領土の取り合いないし分割と言ったパワー・ポリテイックスの権謀術数の一環として構成される同盟は脆弱なものだったと言うことと、後発帝国主義国として列強間の駆け引きに加わろうとした松岡大臣は多分にナイーブだったのではないかと言うことである。将来においても、国際政治においてパワー・ポリテイックスは重要な要素ではあり続けるだろうが、わが国としては、普遍的理念とか価値に根ざす外交とか同盟関係を重視して行くべきものと思う。   第2に、日韓関係について、柔軟性と大局的思考が必要であるとの感を強くした。竹島問題もあり、日韓間での摩擦要因である日韓漁業協定について、連合軍による日本占領下のマッカーサー・ライン、1952年のいわゆる「李承晩ライン」に遡って論じる朴昶建国民大学教授(韓国)は、「解決しないもので解決したものとみなす」という1965年の日韓漁業協定の合意方式はいつでも再点火可能な時限爆弾のようなものだったとしている。外交の実務に携わって来た筆者としては、双方が完全に合意すると言うことは現実にあり得ず、ある程度の立場の相違を残しつつも、それはそれとして実際の関係を処理して行くという柔軟性が特に今日の日韓関係に求められていると思う。また、同教授は、当時、日韓両国には反共体制に属するとの共通の枠が存在していたと指摘しているが、今日必要なのは、日韓2国間の問題を越えて、より大局的な共通利益を見つけて行くことではないかと思う。   なお、筆者がもう一つ共同座長を務めた「公平(Equity)」のセッション(英語)において、日本統治下の朝鮮には、「国家の宗祀」として900を越える神社が建立されたことの背景として、「日鮮同祖論」等、日本人と朝鮮民族の同質性を強調しつつも日本が兄貴分であり、朝鮮が弟分であるとの意識があったとする菅浩二国学院大学教授の発表が行われた。「公平(Equity)」との観点から言えば、民族のアイデンティティという根本的な問題について、「日本人と朝鮮人はそもそも同じなのだ」と言って、同質性を先方に押し付けつつ、日本人の方が上に立つとのアプローチには、そもそも無理があったと思わざるを得ない。この観点からも、今日では、日韓双方が対等な立場に立ちつつ追求すべき大局的な共通利益を考える必要があるとの感を強くした。   第三に、1976年から1978年にジャカルタで勤務して以来、インドネシアを離れて久しい筆者にとって、トマス・ヌグロホ・アリ氏(国士舘大学博士課程、インドネシア)のインドネシアの建国理念および憲法についての解説は懐かしいものだった。と同時に、筆者の在勤時代の国軍の「二重機能」からスハルト体制の崩壊を経て、今般のジャカルタ特別州知事ジョコ・ウィドド氏の大統領当選へと民主化プロセスが一層進行していることは、西欧型民主主義の定着と言うよりも、インドネシア型民主主義が育って来たことを意味するのだろうと感じた。   以上のように、わが国が近隣諸国などとの関係で今日直面する問題とは一見迂遠なように感じられるテーマの考察を通じて、種々学ぶべき点があることを実感でき、アジア未来会議の意義を改めて認識することができた。   --------------------------------- <沼田 貞昭(ぬまた さだあき)NUMATA Sadaaki> 東京大学法学部卒業。オックスフォード大学修士(哲学・政治・経済)。 1966年外務省入省。1978-82年在米大使館。1984-85年北米局安全保障課長。1994−1998年、在英国日本大使館特命全権公使。1998−2000年外務報道官。2000−2002年パキスタン大使。2005−2007年カナダ大使。2007−2009年国際交流基金日米センター所長。鹿島建設株式会社顧問。日本英語交流連盟会長。 ---------------------------------     2014年9月17日配信
  • 2014.09.10

    エッセイ421:高橋 甫「多様性についての再考察」

      公益財団法人渥美国際交流財団主催の第2回アジア未来会議が8月22日から24日までインドネシアのバリで開催され、日本で学んだ経験を持つ研究者を中心に17か国から380名が参加し、アジアの未来についての討議がなされた。今回のテーマは「多様性と調和」で、学際的なアプローチを基本とした会議であることから、グローバル化、平和、公平、持続可能性、環境、コミュニケーション等に関する多くのセッションに分かれての幅広い討議となった。私は、本会議の基本テーマを取り扱った「多様性と調和」に関する3セッションに参加し、また締めくくりのセッションの共同座長を務めた立場から、会議での研究発表や討議を参考に「多様性」についての再考察を試みることとした。   多様性の意味を日常的な文脈で考えると、「幅広く性質の異なるものが存在すること」ということができよう。この言葉は本来、生物学の分野で使われていたようだが、今では社会学、政治学、さらには国際関係においても頻繁に使用されている。事実、多民族国家において「多様性の中の統合」は民族の統合の標語として使われてきている。今回の会議の舞台となったインドネシアは、約17,000以上の島々から成り立っており、このうちのおよそ9,000の島々に約2億2千8百万人もの人々が暮らし、約490の民族集団がそれぞれの多様な民族文化を継承している(インドネシア共和国観光クリエイティブエコノミー省公式ウエブサイトによる)。   この国が独立国家として誕生した時に各民族の衣装であるバティックが統合の象徴として重要な役割を果たしたとして、今回の会議ではこのテーマを扱った発表が2つ行われた。すなわち、インドネシアは、共和国としての独立に当たって、異なる民族文化に基づき異なるバティックをもつ異なる民族をまとめる一手段として、何れの民族の文様にも偏らないインドネシアとしての独自の文様のバティックをつくりだし、小中高校生や公務員の制服に採用したという。このインドネシア・バティックは今やユネスコの世界無形文化遺産に認定され、国際社会におけるインドネシアのアイデンティティの確立に貢献するに至っている。インドネシアの多様性がバティックという最大公約数により、またどの民族にも偏らない文様の採用という工夫により、とかく融合が難しいといわれる諸民族がその違いを乗り越えた事例といえよう。「服は民族のアイデンティティ」という戸津正勝国士舘大学名誉教授による「多民族国家インドネシアにおける国民文化形成の試み」と題した発表の際の指摘が印象に残った。勿論、同国の建国の背景には、植民地宗主国の存在という対外的な要因がインドネシア諸民族の団結を促し、多様性の中の合意形成のむずかしさを克服したという側面もあったことはいうまでもない。   グルーバル化の進展と共に、多様性という言葉も地域的な国家間協力や統合という文脈でも使われ始めている。事実、今回の会議もアジアの未来を考える上での多様性と調和が各方面から議論され、今や「多様性の中の統合」(unity in diversity)は、地域協力や地域統合にとって避けて通れないテーマとなっている。この「多様性の中の統合」は前例を見ない地域統合の深化を達成してきたEUのモットーであり、その意味するところは、「ヨーロッパ人は、EUという形態で平和と繁栄のために共生・協働し、同時に、自ら持つ多くの異なった文化、伝統、言語によって豊かにされる」こととEU公式ウェサイトで説明されている。   私が1980年代にブリュッセルを訪問した際に購入したお土産で今なお大事にしているものに「完璧なヨーロッパ人」と名づけられた一枚の絵葉書がある。この絵葉書は、ヨーロッパの持つ多様性を当時の15のEU加盟国の国民の性格を揶揄して逆説的にユーモラスに紹介したものだ。この絵葉書曰く、完璧なヨーロッパ人とは、「フランス人の様に車を運転し、ポルトガル人の様に技術に長け、イタリア人の様に自分を律し、デンマーク人の様に慎重で、ドイツ人の様にユーモアを言い、オーストリア人の様にオーガナイズされ、フィンランド人の様におしゃべりで、ルクセンブルグ人の様に有名で、オランダ人の様に気前がよく、英国人の様に料理上手で、ベルギー人に様に欠勤が少なく、スウェーデン人の様に柔軟で、アイルランド人の様にしらふで、スペイン人の様に謙虚な人」のこととある。今や加盟国が28に達し、関税同盟、共通通商政策、市場統合、共通通貨の導入、共通外交政策を実践しているEUは、政策分野別ではあるが主権の移譲による形での国家間の連携が可能であることを国際社会に証明している。   アジアにおいてもASEANという枠組みで市場統合が来年実現されようとしている。ジャカルタ空港では、EU域内同様、入国審査手続ではASEAN加盟国国民とASEAN域外の国民との間で異なった取扱がされている事実は、多様性の調和がアジアでも現実化していることを如実に示しているといえよう。今回の会議で私が共同座長を担当したセッションでは、アジアの文脈における多様性の中の統合の具体的な意味に関する質問が投げかけられた。それに対して、質問を受けた発表者からは「それぞれの国の持つ違いを認め合い、それぞれの国が独自で持つもの以上の価値を生み出すこと」との説明がなされた。これは、まさしく欧州統合のモットーと相通じるものだ。   第2回アジア未来会議に出席して私自身が遭遇したのが、「異なるから協働できないのか」それとも「異なるからこそ協働するのか」という命題だった。事実、世界の潮流とは異なり、地域レベルでの協力や連携が最も遅れている北東アジアや東アジアの場合、「制度的な連携の枠組み作りは無理」との意見が頻繁に聞かれる。そこで、今回の会議でイタリアと日本の児童書の比較により違いから調和を生み出す試みを紹介したイタリア・ボローニア大学のマリア・エレナ・ティシ氏のいう「違いという言葉には文化、言語、宗教といった大きな違いに限らない、小さな違いも大きな原因と成り得る……違いの克服だけでなく、これらの違いを最大限に活用することも重要だ」との言葉は多様性を考える上で示唆に富むものだ。   また会議では、「同じ色でも単色より複数の色で合成された色の方がより深みのある色調を醸し出す」といった指摘もなされた。日本への帰国後、私の友人である音楽家にアジア未来会議の議論内容を紹介したところ、「音楽の世界では多様性の調和は基本中の基本です」と一蹴された。 この音楽家曰く、「オーケストラは異なった楽器の調和の集大性」とのこと。 ただし、この音楽家は「それには素晴らしいリーダーとしての指揮者の存在が絶対要件」との指摘も忘れなかった。 多様性を国際的文脈で再考する上でこれまた気になる指摘である。多様性の持つ多用性あるいは他用性といったところであろうか。   そして、多様性をアジアという地域的文脈で論じる場合、私は地理的近隣性という側面への配慮も重要であることを敢えて強調したい。隣国あるいは近隣国であるがゆえに避けて通れない関係がそこには否定し得ない事実として存在している。多様性を論じるに際には、隣国との関係を積極的に捉えるのかそれとも消極的に捉えるかという姿勢の視点も重要な意味を持つように思えてならない。   第2回アジア未来会議は、多様性とは何かを再考察させるとともに、北東アジアの文脈では関係国の国内政治要因が、また東アジアの文脈では一部の国家間の主導権争いが、地域的な連携の制度的枠組作りの障害となっていると再度認識した機会ともなった。     英語版エッセイはこちら   ---------------------- <高橋甫(たかはし・はじめ)Hajime Takahashi> SGRA参与、公益財団法人日本テニス協会常務理事 1947年生れ、東京出身。1970年:慶応義塾大学法学部法律学科卒業。1975年:オーストラリア・シドニー大学法学部修士。1975年~2009年:駐日EU代表部勤務、調査役として経済、通商、政治等を担当。2007年~2012年:慶應義塾大学法学部非常勤講師(国際法)。2013年1月よりEUに関するコンサルタント会社であるEUTOP社(本社ミュンヘン)の東京上席顧問。これまでにEU労働法、EU共通外交安全保障政策、EU地域統合の変遷と手法に関して著述。 ----------------------     2014年9月10日配信
  • 2014.09.10

    エッセイ421:高橋 甫「多様性についての再考察」

    English Version     公益財団法人渥美国際交流財団主催の第2回アジア未来会議が8月22日から24日までインドネシアのバリで開催され、日本で学んだ経験を持つ研究者を中心に17か国から380名が参加し、アジアの未来についての討議がなされた。今回のテーマは「多様性と調和」で、学際的なアプローチを基本とした会議であることから、グローバル化、平和、公平、持続可能性、環境、コミュニケーション等に関する多くのセッションに分かれての幅広い討議となった。私は、本会議の基本テーマを取り扱った「多様性と調和」に関する3セッションに参加し、また締めくくりのセッションの共同座長を務めた立場から、会議での研究発表や討議を参考に「多様性」についての再考察を試みることとした。   多様性の意味を日常的な文脈で考えると、「幅広く性質の異なるものが存在すること」ということができよう。この言葉は本来、生物学の分野で使われていたようだが、今では社会学、政治学、さらには国際関係においても頻繁に使用されている。事実、多民族国家において「多様性の中の統合」は民族の統合の標語として使われてきている。今回の会議の舞台となったインドネシアは、約17,000以上の島々から成り立っており、このうちのおよそ9,000の島々に約2億2千8百万人もの人々が暮らし、約490の民族集団がそれぞれの多様な民族文化を継承している(インドネシア共和国観光クリエイティブエコノミー省公式ウエブサイトによる)。   この国が独立国家として誕生した時に各民族の衣装であるバティックが統合の象徴として重要な役割を果たしたとして、今回の会議ではこのテーマを扱った発表が2つ行われた。すなわち、インドネシアは、共和国としての独立に当たって、異なる民族文化に基づき異なるバティックをもつ異なる民族をまとめる一手段として、何れの民族の文様にも偏らないインドネシアとしての独自の文様のバティックをつくりだし、小中高校生や公務員の制服に採用したという。このインドネシア・バティックは今やユネスコの世界無形文化遺産に認定され、国際社会におけるインドネシアのアイデンティティの確立に貢献するに至っている。インドネシアの多様性がバティックという最大公約数により、またどの民族にも偏らない文様の採用という工夫により、とかく融合が難しいといわれる諸民族がその違いを乗り越えた事例といえよう。「服は民族のアイデンティティ」という戸津正勝国士舘大学名誉教授による「多民族国家インドネシアにおける国民文化形成の試み」と題した発表の際の指摘が印象に残った。勿論、同国の建国の背景には、植民地宗主国の存在という対外的な要因がインドネシア諸民族の団結を促し、多様性の中の合意形成のむずかしさを克服したという側面もあったことはいうまでもない。   グルーバル化の進展と共に、多様性という言葉も地域的な国家間協力や統合という文脈でも使われ始めている。事実、今回の会議もアジアの未来を考える上での多様性と調和が各方面から議論され、今や「多様性の中の統合」(unity in diversity)は、地域協力や地域統合にとって避けて通れないテーマとなっている。この「多様性の中の統合」は前例を見ない地域統合の深化を達成してきたEUのモットーであり、その意味するところは、「ヨーロッパ人は、EUという形態で平和と繁栄のために共生・協働し、同時に、自ら持つ多くの異なった文化、伝統、言語によって豊かにされる」こととEU公式ウェサイトで説明されている。   私が1980年代にブリュッセルを訪問した際に購入したお土産で今なお大事にしているものに「完璧なヨーロッパ人」と名づけられた一枚の絵葉書がある。この絵葉書は、ヨーロッパの持つ多様性を当時の15のEU加盟国の国民の性格を揶揄して逆説的にユーモラスに紹介したものだ。この絵葉書曰く、完璧なヨーロッパ人とは、「フランス人の様に車を運転し、ポルトガル人の様に技術に長け、イタリア人の様に自分を律し、デンマーク人の様に慎重で、ドイツ人の様にユーモアを言い、オーストリア人の様にオーガナイズされ、フィンランド人の様におしゃべりで、ルクセンブルグ人の様に有名で、オランダ人の様に気前がよく、英国人の様に料理上手で、ベルギー人に様に欠勤が少なく、スウェーデン人の様に柔軟で、アイルランド人の様にしらふで、スペイン人の様に謙虚な人」のこととある。今や加盟国が28に達し、関税同盟、共通通商政策、市場統合、共通通貨の導入、共通外交政策を実践しているEUは、政策分野別ではあるが主権の移譲による形での国家間の連携が可能であることを国際社会に証明している。   アジアにおいてもASEANという枠組みで市場統合が来年実現されようとしている。ジャカルタ空港では、EU域内同様、入国審査手続ではASEAN加盟国国民とASEAN域外の国民との間で異なった取扱がされている事実は、多様性の調和がアジアでも現実化していることを如実に示しているといえよう。今回の会議で私が共同座長を担当したセッションでは、アジアの文脈における多様性の中の統合の具体的な意味に関する質問が投げかけられた。それに対して、質問を受けた発表者からは「それぞれの国の持つ違いを認め合い、それぞれの国が独自で持つもの以上の価値を生み出すこと」との説明がなされた。これは、まさしく欧州統合のモットーと相通じるものだ。   第2回アジア未来会議に出席して私自身が遭遇したのが、「異なるから協働できないのか」それとも「異なるからこそ協働するのか」という命題だった。事実、世界の潮流とは異なり、地域レベルでの協力や連携が最も遅れている北東アジアや東アジアの場合、「制度的な連携の枠組み作りは無理」との意見が頻繁に聞かれる。そこで、今回の会議でイタリアと日本の児童書の比較により違いから調和を生み出す試みを紹介したイタリア・ボローニア大学のマリア・エレナ・ティシ氏のいう「違いという言葉には文化、言語、宗教といった大きな違いに限らない、小さな違いも大きな原因と成り得る……違いの克服だけでなく、これらの違いを最大限に活用することも重要だ」との言葉は多様性を考える上で示唆に富むものだ。   また会議では、「同じ色でも単色より複数の色で合成された色の方がより深みのある色調を醸し出す」といった指摘もなされた。日本への帰国後、私の友人である音楽家にアジア未来会議の議論内容を紹介したところ、「音楽の世界では多様性の調和は基本中の基本です」と一蹴された。 この音楽家曰く、「オーケストラは異なった楽器の調和の集大性」とのこと。 ただし、この音楽家は「それには素晴らしいリーダーとしての指揮者の存在が絶対要件」との指摘も忘れなかった。 多様性を国際的文脈で再考する上でこれまた気になる指摘である。多様性の持つ多用性あるいは他用性といったところであろうか。   そして、多様性をアジアという地域的文脈で論じる場合、私は地理的近隣性という側面への配慮も重要であることを敢えて強調したい。隣国あるいは近隣国であるがゆえに避けて通れない関係がそこには否定し得ない事実として存在している。多様性を論じるに際には、隣国との関係を積極的に捉えるのかそれとも消極的に捉えるかという姿勢の視点も重要な意味を持つように思えてならない。   第2回アジア未来会議は、多様性とは何かを再考察させるとともに、北東アジアの文脈では関係国の国内政治要因が、また東アジアの文脈では一部の国家間の主導権争いが、地域的な連携の制度的枠組作りの障害となっていると再度認識した機会ともなった。   ---------------------- <高橋甫(たかはし・はじめ)Hajime Takahashi>  SGRA参与、公益財団法人日本テニス協会常務理事 1947年生れ、東京出身。1970年:慶応義塾大学法学部法律学科卒業。1975年:オーストラリア・シドニー大学法学部修士。1975年~2009年:駐日EU代表部勤務、調査役として経済、通商、政治等を担当。2007年~2012年:慶應義塾大学法学部非常勤講師(国際法)。2013年1月よりEUに関するコンサルタント会社であるEUTOP社(本社ミュンヘン)の東京上席顧問。これまでにEU労働法、EU共通外交安全保障政策、EU地域統合の変遷と手法に関して著述。 ----------------------     2014年9月10日配信
  • 2014.08.27

    エッセイ420:謝 志海「日本の大学改革、今でしょ!」

    今年に入ってからずっと、理化学研究所の女性研究員の新細胞発表に関連するニュースが世間を騒がせている。その女性が2011年に早稲田大学に提出した博士論文について、早稲田大学が設置した調査委員会は先日、博士号の取り消しには当たらないと結論を出した。この結論の非常に興味深い所は「著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる箇所」が11カ所もあるとした上で、博士号を認めたことである。これは早稲田大学の最終の結論ではないし、このエッセイではこれ以上女性研究員のことを議論しないが、日本の大学の存在意義とは何だろう?日本の大学の目指すのはどこなのだろう?と考えずにはいられない。   現在、日本の大学が力を入れているのは、世界の大学ランキングのランクを上げることと、グローバル人材を育成することであろう。この2つは実は同じゴールを目指している:大学がグローバル化すれば、大学のランクも上がると。このような大学の改革を日本政府が一生懸命後押ししている。文部科学省は大学をグローバル人材の育成機関にしようと「スーパーグローバル大学創設支援」を今年度からスタートし、すでに国公立私立大学から104校の応募があり、現在選考中である。こういった大学のグローバル化の波が押し寄せているからか、日本の雑誌はこぞって世界の大学ランキングとその中での日本の大学の位置を特集する。去年あたりから、本屋に行けば毎月どこかしらの雑誌が取り上げているのではないか。   世界の大学を格付けするランキングセンターはいくつかあり、評価する基準も微妙に違うので、ランクインする大学、順位もまちまちだが、それでも共通するのは、トップテンは米国と英国の大学が独占している。アメリカのアイビーリーグ、英国のオックスフォードとケンブリッジ大学がほぼ常にトップ10にいて、だいぶ間が空いてアジアのトップとして、東京大学、近年はそこにシンガポール国立大学、香港大学が追い上げ、その少し後に韓国のトップスクールや中国の北京大学、日本の京都大学と有名私立大学がひしめき合っているという様相だ。英語圏の大学は長年お決まりのように、トップにランクインし、アジア勢が毎年のランキングを意識し、必死で追い上げている。この構図は当分の間変わらないのではないかと、上述の早稲田大学の博士論文についての調査結果で、考えさせられてしまう。   大学の評価の一つに、英語の論文数がある。大学の総合ランキングの主流とされる英教育専門誌「THE (Times Higher Education) 世界大学ランキング」、英大学評価機関の「QS世界大学ランキング」、上海交通大学の「世界大学学術ランキング(ARWU)」 などは判断基準に入れている。同様に論文の引用された数もカウントされている。ということは、論文の質も問われるのであろう(この見解には賛否両論あるとも言われている)。日本の大学はこの論文に対しての認識が少々甘いのではないだろうか?すでに他人が書いた本やジャーナルの文章の一部を自分の論文で自分の意見のように語る事は許されない、それは盗用である。しかし自分の論文に他人の文章を載せて、誰がどこで(本やジャーナル等のメディア)掲載していたかという出所をはっきり明示すれば、それを引用と言う。このような当たり前の事を日本の大学生はいつ学んでいるのだろう?   例えばアメリカの大学では、どんなに小さな論文の宿題でも盗用(plagiarism)は認められない。それだけではない、書き方のフォーマットもきちんと決まっていて、引用した場合は出典を必ず論文の最後に記載する、その明示の仕方(引用文の作者、本や雑誌のタイトル、出版(掲載)された日付等の記載の順番)までもきちんとルールがある。大半の先生はこの論文のフォーマットが綺麗に仕上がっていないと、論文を読んでもくれない。つまりグレードをつけてもらえないのだ。こういった細かいルールを、アメリカの学生は大学に入学して最初に履修する一般教養から厳しく指導される。どのクラスを履修しても一度や二度は必ず、論文のフォーマットについてだけの授業の日を設けてくれる。シラバス(授業計画書)にも、必ず「盗用」のセクションがあり、盗用を見つけた時点で単位は認めないなどの厳しい注意書きがある。なので、生徒の方も論文を書くにあたっての一般的なルールだけでなく、先生が決めたルールにも敏感なのだ。博士論文で引用文の出所の明示を忘れましたというのが通用するわけがない。というか、博士課程の頃には、論文のフォーマットに関してはプロになっていると言っても過言ではない。そもそも学部・大学院を問わず、宿題やテストは何かにつけて書かせる課題が多いからだ。これがアメリカの大学は、入学は簡単だが卒業するのは難しいと言われる所以かもしれない。   一方、日本の大学は、入学試験は難しいが卒業するのは簡単と言われている。論文の書き方について明確なガイドラインが無いのであれば、気楽なものであろう。コピペ(コピー&ペースト)も罪悪感無くやってしまうのかもしれない。大学側がきちんと生徒を指導しなければ、生徒に責任を問うことも出来ない。しかも独創性の無い論文が手元に残ってしまったら、生徒にとっても学生時代の時間が無駄になる。特に博士論文は一生ついて回るのだ。大学としても、いい論文の数が減ってしまう。すなわちランキングに影響が出るのではないか?   日本の大学は今が改革の一番のチャンスかもしれないと、今回の早稲田大学の博士論文をめぐる調査委員会は教えてくれる。今後始まる「スーパーグローバル大学創設支援」を上手に利用すれば、英語圏や英語環境で経験を積んだ教授を招き、海外のスタンダードで授業を進めてもらうことが可能だ。世界の大学ランキングには「外国人教員の比率」もある。そこでのポイントを単に外国人教員の数を増やして稼ぐだけでなく、真にグローバルな人材を育成出来る教授を雇うべきだ。そうすれば、質の高い論文を出すことも出来るだろう。日本そしてアジアの大学が世界のトップ大学と肩を並べて戦えるようになるには、ランキングの基準を意識してポイントを稼ぐだけではいけない。大学を卒業する頃には学生ひとりひとりが規律性を持ち、異文化を理解して、多様性のある環境に溶け込める、そのような強い人材を育ててほしい。   -------------------------------------------- <謝 志海(しゃ しかい)Xie Zhihai> 共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。 --------------------------------------------     2014年8月27日配信
  • 2014.08.20

    エッセイ419:シム チュン・キャット「日本に「へえ~」その14:だからやはり女子大はまだ必要?」

    女子大勤めの僕が言うのもなんですが、いま日本では女子大が人気です。高い就職率に加え、きめの細かい指導を可能にする少人数制の授業展開が学生に付加価値を与え、高度な人材育成につながると考えられているからなのでしょう。しかし目を海外に転じてみると、ほとんどの国・地域では女子大は斜陽状態になっているか、もう(あるいは最初から)存在しないか、のどちらかです。例えば、女子大学連合Woman’s College Coalitionのデータによれば、北米では60年代には約230校もあった女子大が2014年現在になると47校まで激減してしまい、かの有名なセブンシスターズも2校の共学化に伴いファイブシスターズになってしまいました。イギリスでも現存する女子大はケンブリッジ大学内の3校の女子カレッジのみとなり、巨大な中国でさえ女子大は伝統を受け継ぐ形で3校しかなく、教育の面で日本の影響を強く受けてきた台湾ですら最後まで生き残ったラスト女子大が2008年に男女共学の道を選びました。一方、日本ではいまでも大学総数の約1割を女子大が占めているのです。   僕の国シンガポールもそうですが、性別による発達の違いと特性に応じた男女別学が小・中・高校段階においてこそ認められるものの、「男女平等」という大原則の下で大学レベルでは男女共学が基本という国がほとんどです。日本以外に、女子大が未だに健在ぶりを力強く見せている国と地域は、おそらく世界最大規模の女子大である梨花女子大学校を有する韓国とイスラム圏の数ヶ国ぐらいだけでしょう。さてと、日本、韓国とイスラム圏の国々の共通点といえば?   「早く結婚した方がいい」「自分が産んでから」「がんばれよ」「動揺しちゃったじゃねえか」などのヤジ(接頭語の「お」をつけて「オヤジ」と言ったほうがいいかもしれません)が、あろうことか6年後に世界最大のスポーツ祭典の開催都市の都議会で飛ばされたことはまだ記憶に新しいですね。しかも、結局名乗り出た都議のホームページには「世界に誇れる国際都市東京を目指して」とあるそうですから、笑えたものではありません、はい。かつても「女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です」「(ある集団レイプ事件について)元気があるからいい」「女性は産む機械」「43歳で結婚してちゃんと子供は2人産みましたから、一応最低限の義務は果たしたかもしれませんよ」など、政治家によるもっとひどい女性蔑視発言があったこの日本のことですから、どんな「オヤジ」でも今さら驚くことでもないかもしれません。何かの雑誌で読んだのですが、「美しい国」は逆さまに読むと「憎いし苦痛」になりますからね。   それにしても、今回の「オヤジ」騒動で注目され、海外でもちょっとした有名人になった都議の「若さ」には驚きました。日本の政界においてはまだ若いともいえる50代前半のこのオヤジがあんな女性蔑視意識を持っていたとはびっくりです。やはり差別意識は伝染し、世代から世代へと再生産されていくものです。まるで風呂場にこびりつくカビのように、何回苦労して落としても根っこが残り、直にまたどこかからポンと生えてきてしまうのですね。根本的な解決方法としては、まず風呂場の中の湿気を取り除くしかありません。つまり、しつこいカビを二度と生やさないためには、まず環境改造を徹底的に行うことが必要不可欠なのです。   男女平等や女性の社会進出度に関するあらゆる国際比較ランキングでは、日本(そして韓国も)が先進国とは思えないぐらい非常に低い順位にランクされ続けてきたことは周知の通りです。それを改善するには、男性の意識だけでなく、女性の意識に対しても改革を進めなければ何も変わっていきません。特に後者に関しては、男子のいない環境で女子がリーダー役を担うしかなく、さらに共学大学よりロールモデルになる女性学長・学部長・学科長・教授がはるかに多数いる、という女子大の存在がとりわけ重要だと思いませんか。女子大イコール良妻賢母を養成する大学というのは、もう博物館級の古い認識です。イギリス初の女性首相マーガレット・サッチャー氏、インド初の女性首相インディラ・ガンディー氏、イスラム圏初の女性リーダーであるパキスタン元首相ベナジル・ブット氏、2年後にはアメリカ初の女性大統領になるかもしれない(?)ヒラリー・クリトン氏、女性として世界で初めてエベレストと七大陸最高峰を制覇した田部井淳子氏、そして本渥美国際交流財団の渥美伊都子理事長、が全員女子大の卒業生であることは偶然ではあるまい。   もちろん、女性リーダーを育てるということは、何も女性が社会に出たときに男性のようにバリバリ働くのではなく、「ゲームのルール」と土俵を変えることによって意識改革、環境改造を進め、社会、ひいては世界をより良い方向に導いてほしいという願いが込められているのです。このミッションが僕にあるからこそ、いま燃えるような大学教員生活を送っているわけです。その燃え方についての詳細は明日からバリ島で行われる第2回アジア未来会議で発表するので、ご興味のある方はぜひ来場して僕と意見・議論を交わしてください。さあ、いざ、バリ島へ!   ------------------------------- <Sim Choon Kiat(シム チュン キャット ) 沈 俊傑> シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。昭和女子大学人間社会学部・現代教養学科准教授。SGRA研究員。著作に、「リーディングス・日本の教育と社会--第2巻・学歴社会と受験競争」(本田由紀・平沢和司編)『高校教育における日本とシンガポールのメリトクラシー』第18章(日本図書センター)2007年、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋館出版社)2009年。 --------------------------------     2014年8月20日配信
  • 2014.07.30

    エッセイ418: 謝 志海「日本人と英語:グローバル人材とは?」

    近年、日本人学生の海外留学の激減により、文部科学省は留学生を倍増させようとさまざまな取り組みを行っている。同時に英語教育にも力を入れようと、小学5年生から英語を正式教科として取り入れ、早期英語教育を始めることとなった。だが、日本人の英語との接し方を見ていると、留学生の数を増やし、早く英語を学び始めるだけで、グローバル人になれるのだろうかと不思議に感じることがある。日本でよく耳にする「グローバル人材」とは何を意味し、何を目指しているのだろう?   日本人留学生が減っている理由の一つは、日本での就職活動のスケジュール調整の難しさで、あきらめてしまう人が多いのではないかと思う。何しろ大学4年間のうち少なくとも最後の1年間は就職活動に没頭することが当たり前なのだから。日本では、就職活動時は皆同じようなスーツを着用して挑むので、大学生の就活シーズンだなというのが電車に乗っていても容易に解る。企業は同じ時期に入社試験を行う。その流れに乗り、卒業前に内定をもらうことが、大学生としてのゴールであるという風潮なので、のんびり留学なんてしていられないよ、バイトしながらTOEICでも受けようという気にさせられるのではないだろうか。   日本の企業の人事部や人材派遣会社は、留学という経験よりも結局はTOEICのスコアで人を判断するのだから(もちろん表向きはそうなっていない)、日本で就職したい日本人にとっては、留学やグローバル人材になるメリットというものに魅力を感じないだろう。そこそこのTOEICのスコアがあればいいのだから。今でも派遣会社へ登録に行くと、登録者がたとえ英語圏の大学で学位やMBAを取っていても、また海外で働いた経験を持っていても、派遣会社の人はTOEICのスコアを知りたがるそうだ。これは今までに出会った何人もの日本人から聞く。まずは派遣会社や、企業の人事部が「グローバル人材=英語=TOEIC」という図式を取り払わない限り、世界の人々と渡り合える人材は日本では育ちにくいのではないかとの懸念を抱く。もしくは人材を評価する立場の人事系の仕事についている人こそ留学して、外国語で勉強し生活してみると、留学生の勇気と苦労が机上の勉強で済むTOEICとは比べものにならないと気付くかもしれない。   何故ここまで厳しく学生を採用する立場の意識改革を願うかというと、せっかく留学して、語学だけでなく異文化を学んできても、日本で就職し実務として活かすチャンスがないと、いい人材が海外に逃避してしまうからだ。誰だって自分を正当に評価してもらえる、やりがいのある場所で輝きたいはずだ。若いうちは特にそういうことが大事だったりする。日本と違って、中国では留学生は増える一方で、その数は60万人を超える。その中国での問題は、留学生が学業を終えても帰ってこないことだ。国内に優秀で複眼的な思考を持った若者が残らなくなるのは国として大きな損失となる。中国と比べると便利で安全で暮らしやすく、街も空気もきれいな日本で優秀な人材の逃避など起こるべきではない、それをくい止めるのは日本の企業であろう。   変わらなければならないのは、大学も同じだ。英語を学ぶ人は、グローバル人という概念も考え直した方がいい、英語だけが外国語ではないのだから。例えば、学校の授業を通じ、どうしても英語が好きになれなかった生徒がいたとしよう、でもその生徒が国語は得意だったら、中国に留学するという手もある。中国語なら漢字からすんなり頭に入るかもしれない。それだけでなく、そこで出会った他国からの留学生と英語で話すチャンスも大いにあるだろう。結果、その生徒は中国語と英語を操るトライリンガルになって帰国するかもしれない。自分で英語の重要性と、グローバル人になりたいと感じる事が大事だ。その取っ掛かりは必ずしも英語である必要は無い。イギリス以外のヨーロッパ人などは、英語圏への留学経験などなくとも英語を話せる人が非常に多い。そういう人々と異国の地で実際に出会えば、英語はグローバルな言語なのだと気付くだろう。最近では一部の大学で英語以外の外国語のクラスを増やす動きが広がってきている。「多言語を学びたい」という学生たちのリクエストに応えた大学もあるそうだ。生徒の意見を吸い上げて、大学も変化していくことは素晴らしいし、こういった「見える変化」があれば学生もさらに学びたいという意欲につながるはずだ。   文部科学省は2020年をめどに日本から海外へ行く留学生を現在の6万人弱から、12万人に倍増する計画を掲げている。数を増やすだけでなく、留学経験者が海外で学んできた事を活かせる土壌作りと、受け入れ企業の理解を深めることまで早急にケアしていかなければならない。日本が留学生をたくさん増やしている間に世界、特に新興国ではグローバル人材がどんどん排出され、世界中で活躍しているのだから。   --------------------------- <謝 志海(しゃ しかい)Xie Zhihai> 
 共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。 ---------------------------     2014年7月30日配信
  • 2014.07.23

    エッセイ417:マックス・マキト「マニラレポート@第47回SGRAフォーラム『科学技術とリスク社会』」

    2014年5月31日に東京国際フォーラムで開催された第47回SGRAフォーラム「科学技術とリスク社会:福島第一原発事故から考える科学技術と倫理」に参加した。宗教学から理系まで包括する幅広い分野の、多くの国の人々からの話が聞けて、とても興味深いフォーラムだった。僕の専門でもある経済学や出身地の東南アジア(とくに、フィリピン)の観点からこのテーマについての感想を述べたい。   消費者や企業の活動により、経済的な便益が発生するが、あらゆる経済活動に損失は付き物である。そのような社会のリスクに対応するための一つの重要な制度に保険がある。僕らは病気になった時のリスクを少しでも回避するために、健康保険に入る。会社も個人と同様に、回避したいリスクに対して保険をかける。   しかしながら、原子力発電という産業の保険に関しては奇妙なことがある。しかもあまり知られていないことかもしれない。先日のSGRAフォーラムでは、リスコミ(Risk Communicationの略)がとりあげられたが、一般市民にリスクについて丁寧な説明をすることは、原発のリスクを考えるときにも当然必要である。ところが、原発産業の保険はリスクを低下させるどころか、高める傾向がある。   原子力発電所は最悪の事故が起きた場合を見込んで、それによる損害を完全に賠償することを想定し、保険に入るとしよう。通常、それに必要な資金は売り上げから賄うことになるので、電気料金に跳ね返る。ドイツでは、完全な補償をするためには、保険料で電気料金は倍にあがるという試算もある。そうなると、原発は経済的な電気の供給源として成り立たなくなる。   そのため、どうしても原発を稼働したい場合は、部分的な保険に入るしかない。当然、最悪の事故による損害は完全に賠償しきれない。では、その場合、どのように損害賠償するのか。その時には、保険の社会化(socialization)が起きる。つまり、社会がその損害賠償を負担することになる。   既存の原発事故の保険が原発産業自身の予備資金や民間の保険制度で十分にカバーされていると主張する人もいるが、3.11の原発事故の場合をみても、保険は事実上社会化している。福島第一原発はドイツの保険に入っていたが、大震災ということで、賠償の対象外になってしまった。そのため、東京電力が倒産しないように、部分的に国有化され、資金が投入された。たとえ、倒産させても損害賠償は不可能である。結局、国民(日本政府に税金をおさめている日本国民と日本に住んでいる外国人)が原発事故の損害賠償を負担している。   このような保険の社会化は、リスクを余計に高めてしまいかねない。そのメカニズムのひとつは、いわゆるモラルハザード問題である。健康保険に入ることにより、健康管理が甘くなり美味しいものを食べすぎてしまうことはないだろうか。もうひとつのメカニズムは、原発企業にとって保険料として備えなければならない支出が下がり、その分、発電コストが下がるので、発電所の数が社会的に最適な数(たとえゼロでないとしても)を上回ることになる。つまり、原発が過剰に建設され過ぎていく。   以上のふたつのメカニズムは、原発事故のリスクを高めていく。モラルハザードにより、リスク管理が疎かになり、事故が起きる確率が高くなる。SGRAフォーラムで、リスク管理の専門家が、3.11の原発事故の最大の理由は東京電力の怠慢だと強調したことを思い出す。それに、原発の過剰な建設が加われば、事故が起きる確率はさらに高くなるであろう。NIMBY(Not In My Back Yard)「僕の庭じゃなければ」という方針のもとで、日本の原発は過疎地に立地されているが、東京近辺で建設される原発ほどリスク管理は厳しくないのだろう。   原発保険の社会化については、リスコミが急務である。先日のSGRAフォーラムでも議論されたように、社会に問いかける様々な分野の勇敢な(「出世しないことを恐れない」)専門家の議論が必要であり、そして多くの指摘があったように、その議論を上手くまとめる社会のプロセスを早く日本に作り上げなければならない。要するに、保険の社会化が行われている限り、社会を巻き込む多様な議論が当然必要なのである。   今年2月のSGRAマニラ・セミナーの一環として、フィリピンにある唯一の原子力発電所をSGRAの仲間たちと見学した。30年前に建設されたもので、核燃料は門まで届いたが、フィリピン国民の反対で、稼働は中止になった。僕たちが見学した時には、その原発で働くはずだったエンジニアが案内してくれた。福島第一原発に比べたら二重三重の安全なシステムが建設されたと誇りを持って説明してくれた。以前、僕もフィリピンでエンジニアとして、国家の大型で先端のものづくりと関わり現場で働いたことがあるので、案内してくれたエンジニアの誇りに、一瞬ではあるが、同情した。しかしながら、事故だけでなく、核廃棄物の処理という点においても、原発のリスクはやはり高すぎる(上記の経済学の理由も含めて)と、僕は考えている。   今年の5月にフィリピンで、数時間の大停電が起きた。需給が逼迫しているらしい。そこで、フィリピンで原発を稼働させようという動きがでてきそうだ。フィリピンは現在までは原発ゼロであるが、今後もそれが維持できるという保証はない。   日本では、3.11の直後にできるだけ早く原発をゼロにするという方針があったが、今年、原発がない長期的なエネルギー計画は無責任だという方針に転じた。唯一、僕に希望を持たせてくれるのは、日本の国民(特に原発周辺の住民)が再稼働に反対していることであり、事実上は日本も今のところ原発ゼロという状況にあることである。リスコミがちゃんと効いているかもしれない。   しかしながら今では、ASEANの仲間たちは原発の建設に積極的であり、その背景に日本の売り込みがあることも否定することができない。いわゆるGreen Paradoxである。   これからも国境を超えるリスコミが必要であろう。それでもどうしても原発を作りたいというのであれば、そういう人々またはその家族は原発・核廃棄物処理場の30キロ以内に住んでほしい。それならば僕も納得できるかもしれない。   【おまけ】マニラ・レポート@蓼科 2014年7月にSGRAの蓼科セミナー「人を幸せにする科学とは」に参加した。昨年と同様に面白いワークショップが行われた。そこで考えた原発に関することをスライドにまとめたので参照ください。 英語版 English Versionもあります。   -------------------------- <マックス・マキト   Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表、フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。 --------------------------     2014年7月23日
  • 2014.07.09

    エッセイ416:解 璞「共有しないイメージを伝えるということ」

    食べ物の話から始めたいと思う。 5 年余り前、ある日本の友人と食事した時に、こんなことを聞かれた。「中国の饅頭は、本当に餡がないのか」、と。中国語を勉強したことがある方なので、おそらく「饅頭(マントウ)」という単語を勉強していた時に、日本の饅頭と中国の饅頭とは、餡や具があるか否かという点で異なっていると教えられたのではないかと想像した。   そのような「分かりやすい」説明に、薄々抵抗を感じながらも、その時の私は、確かに中国の饅頭には餡がないし、味付けもされないから、小麦粉そのものの味で、ちょっとだけ甘いとしか答えられなかった。友人も、なるほどと納得したようで、ネイティブの人に確かめてよかったというような笑顔になってくれた。   ところで、数年後のある日、その友人が中国の饅頭は餡がないから、生地がきっと日本の饅頭の皮の部分より甘いよねと言ったのを聞いて、はじめて以前の答えのいい加減さに気づいた。   確かに日本語の「饅頭」という言葉と、中国語の「饅頭」という言葉は、餡や具の有無という点で異なっているが、似たような食べ物を指している。つまり、言語の面だけを考えると、同じ表記の「饅頭」であるが、日本と中国とでは、少し異なるイメージを持っている。これは、間違いない事実だ。しかし、これだけでは、不完全な理解、あるいは勘違いさえされてしまうと考えた。   なぜならば、例えば日本で小豆などの餡が入った饅頭は、中国では「豆包」と言い、日本で肉などの具が入った肉まんは、中国では「包子」と言い、また、餡や具はないが、甘く味付けされた日本の饅頭とほぼ同じ大きさの小さい饅頭は、中国では「金銀饅頭」と言い、饅頭と同じように味付けされない蒸しパンのような食べ物は「花巻」と言うのが普通だし、逆に、ご飯や蒸しパンのかわりに食べる饅頭というものは、管見によれば、日本にはないからだ。   つまり、日本と中国の饅頭は、餡や具の有無という点で異なっているのではない。そうではなく、日本でいう饅頭は、中国語で「豆包」「包子」あるいは「点心」などの別の言葉で表され、一方、中国でいう饅頭は、日本にはめったに見られないと言うべきなのであろう。   このように、同じ漢字という言語の表記を共有したからといって、日本と中国は、同じイメージで世界を見ているのではなく、相互理解がよりスムーズになるわけでは決してない。むしろ、日本と中国では、「言語の表記が似ているから、互いに理解しやすいはずなのに」というような安易な先入観があるからこそ、かえって誤解やすれ違いを招きやすいのではないだろうか。   実際、外国人同士ではなくても、このような勘違いやすれ違いがよく起きている。たとえ同じ国の人の間でも、あるいは何十年も一緒に暮らしている家族の間でさえも、こちらの口から発した言葉のイメージと、相手の耳で受け取った言葉のイメージとは、つねに一致しているわけではない。否、つねに一致し、完璧に理解し合えるということは、ほとんど奇跡に近い不可能なことではないだろうか。   さらに、自分自身の中でさえ、一致しているとは限らないのである。私は、時々、口頭発表の前に、発表ノートを音読して録音してみる。すると、自分の口から発した言葉のイメージと、自分の耳で受け取った言葉のイメージの間にも、時々ギャップが生じていることがわかる。こんな意味を伝えるつもりは毛頭なかったのに、こう発言したら誤解されてもしようがないな、というように、自分の口で音読して自分の耳でもう一度確かめなければ分らないものがある。自分自身の中でさえ、「口」と「耳」の間には理解のギャップがあるのだと、はじめて気づかされる。   普通にコミュニケーションを行えば、このような勘違いや誤解が、常に付きまとっている。だからこそ、自分が伝えたいイメージと、相手が受け取ったイメージの間のズレを意識し、両方が伝えたいことを我慢強く、確認し続ける包容力が、どうしても必要であろう。でなければ、「饅頭」一つさえうまく説得や理解ができないのである。   ---------------------------------------- <解璞(かい・はく) Xie Pu> 日本近代文学専攻。2014年早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文学コースにて博士号取得。現在、夏目漱石の作品および文学論の中国語訳について研究調査している。2013年度渥美奨学生。 ----------------------------------------     2014年7月9日
  • 2014.07.02

    エッセイ415:謝 志海「ウーマノミクス(3):公の場でセクハラヤジ」

    安倍晋三政権が新しい成長戦略と、経済財政運営と改革の基本方針を着々と実行段階に進めるなか、先日の東京都議会本会議では女性議員の一般質問中に「早く結婚しろ」などのヤジが飛んだことが、日本全国だけでなく、世界のメディアでも報道されてしまった。成長戦略のなかでも、女性の活躍を重視している安倍晋三政権にとって、この事態は「ばつが悪い」ことになるだろう。   概して、アジア各国は欧米に比べると女性の立場が弱く、守られていないという差別が根強く残っているが、アジアの中でも経済的、知名度的に欧米先進国と肩を並べる日本までもが、未だに男性優位体質であることが、今回の件で露見してしまい残念だ。   前述の通り、この件は世界に広く報道されてしまった。都議会本会議の直後から英米のメディアが、相次いで「セクハラ暴言」などと報道した。米CNNテレビのウェブサイトではヤジ問題の記事を、日本の労働市場では男女間の格差が給与 (平均して女性の給料は男性に比べて3割安い)や人事(女性管理職の数) でも現れていると締めくくっている。民間企業に女性取締役を増やすようアドバイスしたり、指導的立場の女性を2020年までに30%増やすことは、安倍晋三政権が豪語していることだ。今回のヤジ問題は、その目標は実現可能なのか?という気にさせられてしまうではないか。この一連の出来事は引き続き世界が注目しているようで、ヤジを飛ばされた塩村文夏都議は6月24日、東京の日本外国特派員協会で記者会見した。朝日新聞が運営する英語版ウェブサイトAsia & Japan Watch (AJW)によると、この記者会見に出席していた記者の反応はいささか冷静であったようで、日本在住歴14年のシンガポール人記者は「(ヤジ問題を)特に驚かなかった。このような日本の性差別の記事はいつも書いてるから。」とコメントしている。日本に住んでいる外国人の目にも、男女の扱いの差が明白とは、悲しい事実である。   そしてこの記者会見に出席していた外国人記者たちは、日本の未来を思いやるような、非常に的確なアドバイスとも言えるコメントをしている。前出のシンガポール人記者は「この出来事は日本が変わるために必要であると信じたい。」と言った。同じく日本在住歴20年以上のフランス人特派員も「この出来事が日本を劇的に変える役割を果たすことを望む。」と語った。これぞまさに、日本を客観的に観察している人々の思いであろう。ウーマノミクスのエッセイを通して言っているが、日本は女性の活用にあたり数値目標を掲げるだけでなく、女性がどういうスタンスで社会に貢献したいのか今一度耳を傾けることだ。そして具体的にかつ実現可能なレベルから直ちにアクションを起こさなければいけない。   私が今回のセクハラヤジ問題で気づいたことは男性優位体質だけでない。いかに日本が世界から注目されているかだ。安倍晋三政権が次々と経済政策を進めているさなかなので、当たり前と言えばそれまでかもしれないが、やはりアジアを代表する経済国として、日本の存在感は大きいのだ。そこへ突然、大都市東京では時代錯誤のような都議会本会議が行われていたとは、世界が驚くのも無理ない。問題はここからだ。この出来事をどう成功カードに切り返すかだ。皮肉にもと言うべきか、英エコノミスト誌の最新号(6月28日~7月4日)の表紙を飾るのは、サムライの格好をし、矢を射ろうとする安倍晋三首相だ。安倍晋三政権が放つ矢を世界は固唾を呑んで見守っている。   -------------------------------------- <謝 志海(しゃ しかい)Xie Zhihai> 共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。 --------------------------------------     2014年7月2日配信