SGRAかわらばん

  • 2014.11.27

    エッセイ436:奇 錦峰「憂慮すべき現在の中国大学生(その4)」

    「憂慮すべき現在の中国の大学生(その1)」 「憂慮すべき現在の中国の大学生(その2)」 「憂慮すべき現在の中国の大学生(その3)」   4. 政治的には勇ましいが人柄は最悪   今のほとんどの大学生たちは、現実のことに無関心(例えば職場の汚職、腐敗した役人、災害救援、慈善活動など)だが、他方、信じられないほどの「愛国心」及び「ナショナリズム」への情熱を持っている。他人の政治的な話を疑うことなしに信用する。所謂“風に沿う”と言う中国の伝統を完璧に伝承している。例えば、無差別に反米であり、日本を憎悪し、インド、ベトナム、フィリピンを非難し、狂信的な(大漢民族)5000 年の輝かしさ、中華大統一などの不思議な思想を単純に信用し、主張する。   さらに科学技術のコピー式進歩をオーバーに宣伝する。中国の伝統的な素晴らしい文化を活かすなどの名目を挙げて、臆面もなく詐欺的な文化、習慣を提唱したり、促進したりする。また当局の外交政策などを軍人と同じように無条件で支持する一方、「中国は『ノー』と言うことができる」(アメリカに対するある本の題名)というような過激な作品を大勢で熱心に読み返す。2001年の9•11のアメリカへのテロ攻撃を、テロリストと同じように祝杯をあげた大学生もいた。2012 年に中国本土で連続的に発生した若者たちが日本車を燃やした事件、日本風のレストランなどを攻撃した事件の中には、怒った顔をした大学生もいた。また、一部の大学生は、武力行使で台湾を「解放」しようと純血的な扇動をするが、彼らに軍服を着用させ、戦いに行かせるのは絶対に不可能であろう。彼らが、やらなければならないならば何でもやるということはあり得ないと思われる。はっきり言って、責任感、信頼性は皆無であろう。   5. アカデミックスピリットの喪失   今日の中国の大学生達の小、中、特に高校時代の勉学は、世界でも稀な猛勉である。長年の強制的な試験指向教育が、彼らに精神的拷問や無慈悲的な心理破壊を与えたと思われる。ある意味では、彼らこそ、中国で最も痛みを感じる社会階層の一つである。高校を卒業するまで歯を食いしばって我慢した彼らが入試を経て大学に入ると、直ちに解放感が生まれ、しかもこの国の国民的英雄のように自らを誇示する。残念ながら多くの親たちも彼らと呼応し、褒め称える。愚かにも、人生は大学に受かることだけのように考え、大学生活を人生の楽しさ、幸せなどを謳歌するものだと思っているようだ。   今日の大学生の大半は、授業のための教科書といわゆるベストセラー作品以外は読んだことがなく、特に古典文学のような本は一冊も読んだことがない。なぜならば大学入学の前は、受験勉強の毎日、今はスマートフォン遊び(大半はエロ グロ ナンセンス)の毎日、古典文学を読む暇など全くないようだ!彼らは寝坊、ネット遊び、恋愛、アルバイトに熱心で、9割の学生は学校をサボったことがあるそうだ(出席をとる授業はほとんどない)。講義に携帯電話だけを持ってくる学生も毎日いる。そのため、真面目に勉強している学生の割合はたった1.1%という調査結果があり、これが今の大学生問題の深刻さをはっきり示唆していると言えるだろう。   普段真面目に勉強しないので、試験中にカンニングをしなければ、科目の単位は取れない(このカンニング方法は、極めて巧妙でギネスブックに載るほどである)。提出しなければならない科目のレポートやインターンシップ後の卒業論文は、パッチワーク、盗作を中心に、他の論文から文章をかき集めるしか方法はない。従って今日多くの大学生にとって、大学に行く目的は、全てあの卒業証書を貰うためであり、人間社会の全てのルール、学術的道徳、学者の良心などを含めて、必要であれば一切を無視することができるということになっている。   人間的成熟度はもちろんのこと、学業の面では今日の大学生を3等級下げて評価した方が適切だと思う。すなわち、博士を学部学生とし、修士を専門学校の学生とし、大学本科の学生をトレニングセンターの学生と考えたほうがより実際に合うと思う。   お年寄りの方々がよく、今は信仰(追求)が欠如した時代だと言っている。大学生のモラルの低下、人間性の喪失、信用の危機……など、最終的にこれら全てが、人口過剰の現実と不可分であると私は思う。人間が溢れている社会で生きていくために早くから走り回ることで精一杯であり、人類の文明の根幹であるモラルなどに従うより、いかにして生き残るのかがより大事だと思っているからであろう。   誰の責任?   今の大学生が上述するようになった主な責任者は言うまでもなく大学生たちの親たちだと思う。この親たちは1950年代以降、つまり社会混乱が激しい時代に生まれた人々であり、中国の伝統文化を維持しつつ、更に今日の実用中心文化の両方に教育された、今日の中国社会の主力階層である。一方、子供の教育の面では、残念ながら人類文明史上、最も下手な人々でもあると思う。彼らは、自分の子供を溺愛し、甘やかして育て、贅沢、怠惰、拝金、浪費、利己主義の人間をどんどん社会に送り、元々綺麗だった大学を堕落させたのだ。他方、大学生の変態的な行為の一部は、社会及び周辺の影響(社会全体の風習にはまだ問題が多い)を受けた為でもあり、さらには自分の親から学んだ(遺伝した)ものなのだ。例えば狡猾的な人柄、信用できない、ルールを守らないことなどである。そして、試験指向の中国の教育システム(小、中、高、大学)はその基本的な責任から逃げられない!いわば中国社会全体がこの責任を持つべきだ!とすら思う。(つづく)   --------------------------------------------------- <奇 錦峰(キ・キンホウ) Qi Jinfeng> 内モンゴル出身。2002年東京医科歯科大学より医学博士号を取得。専門は現代薬理学、現在は中国広州中医薬大学の薬理学教授。SGRA会員。 ---------------------------------------------------     2014年11月26日配信
  • 2014.11.26

    エッセイ435:張 桂娥「ゴー ホーム アゲイン、ふたたび飯舘村に~再生への長い道のり~故郷とともに生きる勇者たちに寄せて」

    あの日から3年半も過ぎて、避難先で眠れぬ夜を耐えてきた多くの帰還困難区域に住んでいた元住民たちを目の前にして、心から応援しているから復興に向けてがんばろうと軽々しく口にするのは、どんなに無責任な綺麗ごとだろうかと、思い知らされた2泊3日の飯舘村スタディツアーでした。   そもそも、今回の飯舘村スタディツアーにはるばる台湾から参加しようと決心した動機は、原発事故による放射能汚染被害の現状を台湾の大学生や国民たちに知ってもらい、被害者たちの未だに癒えぬ心の痛みを少しでも分かち合おうという漠然とした大義名分でした。実際現地入りして目の当たりにした<景色>といえば、整然とした風格ある町並みの中に立ち並ぶ立派な空き家の群れ、色づき始める里山に囲まれた田舎の綺麗な佇まいに不気味な影を落としている黒い袋の山、早秋の乾いた青空に聳えるはずだったのに無造作に置き去りにされている屋敷林居久根(いぐね)の切り株、がらんとした牛舎に張り巡らされた蜘蛛の糸に引っかかった虫の死骸など、留学時代に何度も足を運んでいた麗しき東北地方とは大きくかけ離れ、変わり果てた、見るも無残な光景でした。   かつて観光客として訪ねた福島の在りし日の面影を偲んでみたいという期待を胸にやって来た、この地域とは縁もゆかりもない私でさえ、目の前に繰り広げられた殺風景なシーンに心が痛んでやまないのに、何百年も前からこの地域に住み着き、先祖から受け継がれた土地を守り続け、鬱蒼と繁る山林をこよなく愛してきた元住民たち――あまりにも理不尽な形で未来の子孫に誇るべき故郷を根こそぎ奪われてしまった元住民たちの悲痛な心中を察すると、慰める言葉が見つかるはずもありませんでした。ただただ圧倒され、何もできなかった自分の浅はかな思い上がりを悔やんだり、いったい何しに来たのかと自分を責めたりしていました。   そんな中、自己嫌悪の渦に飲み込まれそうな私に、まぶしい光をいっぱい差し込んでくれる勇者たちと出会いました。   飽くなきチャレンジ精神で時代を先駆けるハイテクで放射能汚染と真っ向勝負に出る田尾陽一さんを始めとする<ふくしま再生の会>のメンバーたち、全く収束の見通しがつかない現状に苛立ちを感じながらも冷静沈着な判断力と圧倒的な行動力でコミュニティ再生活動を牽引する菅野宗夫さん、グローバルなネットワークを築き風化しつつある放射能汚染問題を世界中に向けて発信するためメディアの第一線を走り続けるジャーナリストの寺島秀弥さん、相馬地域に根ざした<真手(までぃ)>の信条を貫き惜しまぬ情熱で周りの人をあたたかく包み込む大石ユイ子さん、時に心が折れても故郷を思う気持ちを挫かない若者魂に光る佐藤健太さん、そして今でも足繁く通い続け、50年先、100年先にふくしまを故郷として誇れる若者のために、汚染された地域の再生という挑戦を命がけで活動を続けているボランティアの人々たち。   弱音を吐く代わりに、淡々とやるべきことに全力を尽くし、機敏なフットワークでプロジェクトをこなしている彼らの後ろ姿を見ているうちに、自分にできることが何かを考え始めました。なんて不思議なことでしょう。どんなに絶望的な災難に直面しても諦めずに己の恐怖と戦いながら苦難に立ち向かう人間の尊い姿を見ると、周りにいる人間は誰でもおのずと逞しくなり、みんなの輪に加わり一緒についていきたい気持ちがわいてくるのだと、気づかされたのです。   思い返せば、情に流されて何もわからないままにこのツアーに参加したのかもしれませんが、そこで出会った人々の真摯なる振る舞いと勇気ある行動に触れ、どこか放射能汚染に怯えていることを素直に認められない自分の心の弱さと向き合う機会を手にしました。その弱さを乗り越えないと、飯舘村の再生プロジェクトに何らかの力になれないと、大きな課題を手土産に持ち帰りました。まだ具体的に何ができるかは明言するのは難しいのですが、台湾に戻ってから機会さえあれば、飯舘村スタディツアーで見たことや体験したことを大学生に話したり、意見を交わした住民たちの考え方や再生活動の関連情報を周りの人たちに共有したりしております。   ふくしま相馬地域や飯舘村の住民たちの痛みを分かち合える日まで、まだ長い道のりです。ただ、諦めてしまってはいけません。ふくしま被害者の心の叫びを世界へ向けて発信するのも非常に有意義なことですが、うわべだけの理想論で終わりがちの復興支援ではなく、もっと地に足の着いた現実味のある活動に視野を移さねばならないと痛感した今回のツアーでした。私を含めて、スタディツアーに参加した一人ひとりの意識のささやかな変化をきっかけに、一日も早く実効ある行動に繋がればと期待しております。     英語版エッセイはこちら   ---------------------------- <張 桂娥(ちょう・けいが)  Chang Kuei-E> 台湾花蓮出身、台北在住。2008年に東京学芸大学連合学校教育学研究科より博士号(教育学)取得。専門分野は児童文学、日本近現代文学、翻訳論。現在、東呉大学日本語学科助理教授。授業と研究の傍ら日本児童文学作品の翻訳出版にも取り組んでいる。SGRA会員。 ----------------------------     2014年11月26日配信
  • 2014.11.19

    エッセイ434:奇 錦峰「憂慮すべき現在の中国大学生(その3)」

    「憂慮すべき現在の中国大学生(その1)」 「憂慮すべき現在の中国大学生(その2)」     1.3 卒業時の大処分   大学の校内では卒業が近づくと、ものを大量処分する(捨てる)季節になる。卒業生達は教科書も含め、使用していた物品をほとんど処分してしまう。処分しないものは、携帯電話とラップトップコンピューターぐらいか?デスクトップコンピューターまで処分する人もいるようだ。(清掃者は“つらーい!”と言いながら、使用可能なものをたくさん回収出来るため、内心は喜んでいる。)ゴミ捨て場へ捨てるのはまだ良いとしても、問題になるのは、わざと宿舎の窓から外へ捨てながら楽しむ事件が頻繁に発生していることだ。(ゴミ箱、枕、布団などの大きなゴミを窓から捨て、建物の下を通過していた人に怪我をさせたというニュースもあった。)大量処分のあと、宿舎の建物のまわりはゴミだらけだ。   物を捨てる行為の他に、更に驚いたことに、様々な特異的な卒業行動(大学の“卒業病”と言われている)が散見されている。例えば下品な卒業写真撮影、卒業スローガン掛け(シートにいろいろな言葉を書いて窓から垂らす)、卒業裸走り、卒業叫び(寮外で「XXさん!貴方をずーっと愛していたよ!」)、卒業セックス予約(中国語で“約砲”と言う、要は卒業生同士がセックスを約束する)などがある。一般の人々は、これらの現象について、現在の大学生たちが、自分たちは普通の人が行う行為と異なる方法で思い出と主張を表現し、自分の大学生活に区切りをつけ、新しい段階に入ることを宣言していると推測しているようだ。   2. 乱れるセックス及び性道徳の低下   今の大学生の二番目の問題は性的道徳の低下及び性的混乱であると思う。大学内の道路上、カフェテリア内、教室内などのいたる所で、熱愛中のカップル大学生が、まるでハネムーン夫婦のように、半分抱擁、半分ロマンスの姿がよく見られる。複数の機関の調査によれば、恋愛中の同棲は当然であり、上述した“約砲”も少なくない。一方、ガールフレンドのいない男性は買春に走っている(その証拠に、いくつかの大学自体がコンドームを無料あるいは有料で提供)。今の大学生の性体験について、高いという報告では80%であるが、それほど高くはなく30%という報告もある。大学生の80%が「ワン•ナイト•愛情」に反対していないそうだ。7%の大学生がホモだとも言われる。さらにレズビアンも大学生の中に多い(全国的に教育レベルが高いほどその割合も高くなるようだ)。今日の中国の女子大生の中には、平気で「パトロン」を有している人、週末のみ愛人になる人は、かなり認められる。また外国の国籍を得るため、来中の欧米人(特にアメリカ人)の男性に体を無償で提供する女子大生も少なくない。   女子大学生の中には、カードに「求包養」(意味は臨時妻として養ってくれる男を募集)と書いて、繁華街で配る者もいる。さらに面白いことは、北京大学の女子大生がお金のために自分の卵子を販売しているとか、北京外国語大学の女子大生がネット上に下品で挑発的な写真を載せ、「私の膣は云々」と宣伝していることもあった。   今の大学生は入学によって親や高校時代の厳しい監視から抜け出し、はるかに自由な大学のキャンパスに入ることが出来、自ずと解放感が生まれた。そのため、一部の大学生は理性を失い、動物的本能の亢進により性欲を満たすことに邁進するようになった。約1/3の大学生は勉学ではなく、“恋愛”に忙しく、またその半数が同棲し、伝統的中国のセックス観を無視するようになってしまった。調査によれば婚前交渉は大学生と言わず、今の中国の若い人々では一般化されている。恋愛中の二人は、互いに相手の家族の現状を重んじるのが多いようだが、一方で非常に現実的、ご都合主義的な愛を育んでいる。そのため、環境の変化を伴う卒業時期になると、愛情が揺れ、結果として別れの時間がやってくる。そのため今の大学生たちの恋愛の大半は、瞬間的な喜びのためのみで、真実の愛情ではない。他方、「パトロン依存」が急に流行し、お金のためか、生存のためか、それとも両方兼有かわからないが、現に一部の女子学生の一種の職業となっている。   3. 理性のこびと(dwarf)   “九つの罪”の中に記載されているように中国の昨今の大学生には、基本的な3つの能力が欠けている。真偽、是非を判別する能力、善悪を認識する能力、そして美しさと醜さを識別する審美的能力である。この3つの能力が欠けているから、これらの必要性(特に善悪)すら認識しない大学生がたくさんいる。そのため、無法、悪事は数え切れない!   一番目の問題として、朝寝坊がある。土日は言うに及ばず、平日でもギリギリの時間まで寝ており、自転車で超スピードでやってきて、朝食を講義室で済ませる大学生が多い。肉まん、焼きそばなど臭気のあるものが多く、毎朝2時間目の講義室までは“朝食室”と同じ状態(臭気)になっている。(こういう現象は一般的である)。経験がないので家事が出来ない人は山ほどいる。家へ帰っても、もちろん朝ごはんを作ったりしない。当然、夏休み、冬休みなどの長期休暇中にもしない(学校の寮で寝坊する学生は大勢いる)。   二番目の問題は、人間性が悪いことである。学校生活において利己主義、他の人との協調性の欠如や怠慢、無関心などは一般的な現象である。人間関係は薄く、大学生同志でも親友関係があるのは稀であり、相互間の助け合い言動は皆無である。その反面、お互いに何らかの形での“防止(防御)”のような行為、行動はよく見られる。礼儀に対する教養の不足により、普通の人にはもちろんのこと、自分の先生に対しても尊敬、尊重しない人が多くいる。例えば言葉づかいが汚いとか、講義中におしゃべりするとか、音をだして飲食するとか、メイクをするとか、携帯電話をするとか、教室を出入りしたりとか、イヤホンで音楽を聞くとか、ぐっすり寝るとか、恋愛中の学生はお互いにキスしたり抱擁したり(まるで誰もいない場所に自分たちだけがいるような行為)などの行為が見られる。先生に依頼する場合、例えば推薦書を書いてもらうとか、本を借りるとか、試験問題の傾向を聞くなどの時は非常に礼儀正しく、丁寧に対応する。しかし自分の要求がみたされると、豹変して、先生を無視する。その上、先生から借用した本、資料などは返却するのを忘れてしまう。   三番目の問題は社会に受け入れられない過激な行為。法律やルールの軽視、強盗のような行動は少数ではあるが現代大学生の中によくある行為である。交通信号を無視するのは国民全体に言えることであるが、しかし21世紀の期待の星である大学生なのに、これぐらいの人間のモラルを守れないことは、どうしても理解できない。そして、今の大学生は自分の競争相手(優等賞の選挙、留学及び奨学金のチャンス、さらには恋愛の同性相手)に対して、打ち負かすために善悪関係なしに可能な手段を行使する。極端な例ではあるが、競争相手を殺害する事件が、最近の十数年の間に十数例も発生している。   さらに、考えが浅く、かつ小心のため、些細なことで自殺をする学生はかなりいると報告されている。新華ネットの報道によると、自殺は中国の大学生の不自然死の一位であり、年間で100人もいると報道されている(10万人中2~4人が自殺)。例えば、広東省では2008年には26人が自殺した。2000~2008年の間、全国で自殺は500件発生し、400人余りが死亡している。このような行為が家庭、学校、社会に対してどのような影響を与えているのかを、利己主義が頭に満ち溢れている自殺者達は少しも考えていなかっただろうと思われる。(つづく)   --------------------------------------------------- <奇 錦峰(キ・キンホウ) Qi Jinfeng> 内モンゴル出身。2002年東京医科歯科大学より医学博士号を取得。専門は現代薬理学、現在は中国広州中医薬大学の薬理学教授。SGRA会員。 ---------------------------------------------------     2014年11月19日配信
  • 2014.11.05

    エッセイ429:葉 文昌「『伝統』 という名がつけば」

    3年前の出来事。趣味で金箔を一箱10枚6000円台でネット購入した。金箔で有名な金沢の、ネット検索で最初に出てきた会社である。他の会社がほとんど0.001mmであったのに対してこの会社の金箔は0.002mmのものがあり、価格が1~2割高かっただけだったので、これを選んだ。   しかし商品が届いてがっかりさせられた。あれは0.001mm未満であろう、透けて見える上、私が今まで接した金沢職人金箔と比較して、台紙から剥がせばボロボロになるほど極端に薄いのだ。(透過率測定か電子顕微鏡で観察すればデータは取れるが)   私は業者に問い詰めた。そうしたら「これは伝統技術で手作りなので、誤差」だと言われた。「0.001mmと0.002mmでは誤差は100%だぞ、これは詐欺だろう!」と怒った。   私のたかだか数千円の損はどうでも良い。真面目な業者がいる一方で、伝統を言い訳に不誠実なことをする業者が許せなかった。   消費者センターにも相談したが、これは職人技なので非は追及できないという答えだった。「匠を知らない外国人」vs「金沢伝統工芸」という構図になっていたのだろう。これ以上是非を追及しても無駄と、私は諦めた。   この金箔は使えなかったので、その後別の会社から0.001mmのものを買った。そうしたら透けて見えない上、台紙から剥がせる厚さの、まともな品が届いた。私のクレームは間違っていなかった。   世の中には「伝統」をつければいいと思っている人が多い。また外国人はどうせわからないと思い込んでいる人も多い。今年参加したある国際学会の晩餐会で日本伝統大道芸が披露された。和傘でお椀を転がしていた。演者は袴を着ていかにも「日本伝統」なのではあるが、普段着で道端でやっている大道芸のことを想像すれば普通の腕前で、そこに感動はなかった。   京都の枯山水。Wikipediaによれば「枯山水は水のない庭のことで、池や遣水などの水を用いずに石や砂などにより山水の風景を表現する庭園様式」とのこと。日本人にその美しさを理解しているか聞かれる。私は、枯山水は非常に素晴らしく、日本が世界に誇れる創造的な芸術と思っている。しかし次のことを付け加える。「石ころを水に見立てているのでこれは現代美術の先駆けである。素晴らしい創造力だ。当時コンクリートというものが発明されていれば、コンクリートの枯山水もあったかもしれない。だが私にとって現代美術は自然を越えられない。だから自分が庭を持つとしたら私は石ころを並べるよりも、本当の水を流した木々が鬱蒼と茂る庭を作るであろう。」大抵の場合、外国人は和を理解できない、というオチになるのだが。   通販和菓子、日本酒の利き酒・・・「和」がつけば「外人にはわからない」といい加減にする人は多い。台湾人にも「外国人はわからない」と美味しくない烏龍茶をプレゼントする人がいるのと同じである。それでは外国からの信頼を失うことになる。   日本の伝統工芸や芸能を否定しているのではない。それに逃げている、或いはそれだけを売りにしているのが少なくないと感じるのである。   ----------------------------------------- <葉 文昌(よう・ぶんしょう) Yeh Wenchang> SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2001年に東京工業大学を卒業後、台湾へ帰国。2001年、国立雲林科技大学助理教授、2002年、台湾科技大学助理教授、副教授。2010年4月より島根大学総合理工学研究科機械電気電子領域准教授。 -----------------------------------------     2014年11月5日配信
  • 2014.10.29

    エッセイ428:川崎 剛「ウェストファリアの向こう側――第2回アジア未来会議のプールサイドから」

    会議に参加する皆さんの2 日前にバリ入りして、ホテルのプールサイドで潮風を楽しんでいたら、ベルギーからやってきたヴォルフガング・パペさん(Dr. Wolfgang Pape)と知り合った。飛行機の便の都合で会議のだいぶ前に着いてしまったそうだ。欧州連合(EU)で長く働いた法律家。その日は夜遅くまで(プールサイドからバーに移って)、アジア(特に東北アジア)のことや欧州(特にEU圏)のことを話した。お酒抜きでウェルカム・ドリンクのチケットで出てきたトロピカルジュースを飲みながら。   国際情勢について、お互い勝手に意見をぶつけあったのだが、僕がウェストファリア条約に触れた時、パペさんの雰囲気が何となく変わった。少しだけ語気を強めて「ウェストファリアはもう古い。ウェストファリア体制は終わったんです」と語った。欧州統合で欧州人はウェストファリア体制のくびきから解放されたんだ‥、人々は自由に移動できる‥、世界は変わりつつある‥、アジアはまだかもしれないけれど‥。(それは正しい方向だという確信を彼に感じた。)   1648年にドイツのウェストファリアで三十年戦争の講和条約が結ばれた。これがウェストファリア条約として主権国家や内政不干渉などの原則をうたい、その後の国際法を規定したというのが、僕たちの理解だ。絶対主義も帝国主義も、米ソ冷戦も9・11ですら、見方はいろいろあるだろうが、ウェストファリア体制下の国際秩序のもとでの出来事だった、らしい。多くのアジア諸国も当然、何らかの形で欧米中心の国際秩序に組み入られ、その中で植民地時代を経験し、独立を達成し、そして新興国家として発展してきた。   パペさんが「ウェストファリアはもう終わった」と語った文脈は、欧州の秩序確定以来370年以上続いてきた西欧の国家主義は緩んで、融和に向かうEUの実験は後戻りすることはない、人類は欧州の達成をスタートラインにして、歴史を前に進めるんだ‥という意思を日本人(アジア人か)にもう一度思い起こさせたかったのだろう。EU圏内の「国境」はなくなり、統一通貨は実現した。ウェストファリア体制は次の何かに変わらねばならない‥。   2014年8月22日に始まった第2回アジア未来会議の基調講演に立ったのは、シンガポール外務省のビラハリ・コーシカン無任所大使(Bilahari Kausikan)だった。「数百年間にわたって途上国が西欧の価値と制度を基準として受け入れさせられてきた世界の再編が起きている。そして、その中心は中国であり、中国がどのように変化するにしろ、それは中国独自の特性を持つ変化だろう」。コーシカンさんは、中国のさまざまな「問題」を注意深く指摘しつつ、中国を中心にした新秩序を受け入れざるをえない東アジア(そして世界)の未来図を描いた。   ウェストファリア体制がなくなっても、世界には別のウェストファリア(のようなもの)ができてくるのかも知れない。まだ形はよくわからないけれど。   会議2日目の分科会では、「これからの日本研究」に参加した。10分もらったけれど早口なので、多分6分くらいで終わってしまったと思うが、「概論への意志」ということを話した。   SGRAに集まっている多くの若い学者が、スペシャリストであると同時にジェネラリストを指向し、早い段階で(協同でいいから)概論を試みること。新しく作られる概論は国際性、同時代性をきっと持つだろうこと。概論は一般の読者にアクセス可能な知の第一歩になりうるのではないか、ということ。   国際関係のもつれた糸をほぐす時に「歴史を忘れない」とよく言われる。その通りなのだが、最近僕はこうも考えるようになってきた。2015年は、日中・日米戦争に日本が負けてから70年にあたる。戦争をはさむ歴史を生きた人々はとても少なくなっている。そして、歴史を知らないことに不都合を感じなかったり(多い)、歴史を恣意的に解釈したりする人々(ときどきいる)が増えてきた。だから、歴史は思い出されるだけでなく、新しい世代によってリバイズされてもいいと思うのだ。(書き直すというと、誤解を招くだろう)。   村上春樹はさまざまな場所で、歴史について「集合的記憶」という表現を使っている。たとえば‥。   「僕らの記憶は、個人的な記憶と、集合的な記憶を合わせて作り上げられている」と天吾は言った。「その二つは密接に絡み合っている。そして歴史とは集合的な記憶のことなんだ。それを奪われると、あるいは書き換えられると、僕らは正当な人格を維持していくことができなくなる」(村上春樹『1Q84』BOOK 1、 pp. 459-460、2009年、新潮社)   プールサイドでパペさんと、欧州の諸国民がその予兆にまったく気づかないまま、泥沼にはまりこんでしまった第一次世界大戦の話になった。1914年のサラエボ事件から100年。パペさんは欧州で評判になっている本を紹介してくれた。「Christopher Clark, “The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914,” 2013, Penguin」。     帰国後紀伊國屋で見つけたので買った。クリストファー・クラークはケンブリッジ大学の現代史(Modern History)の教授。細かい場面を精密に浮かび上がらせるとともに、大きな流れを読者にうまくつかませることに成功した、同世代人による見事な概論だと僕は思う(拾い読みしかしていないのだけれど)。欧州人は、「すべての戦争を終わらせるための戦争」と呼ばれた第一次世界大戦に、夢遊病者(sleepwalker)のようにさまよい歩いて入っていき、気がつくとそこから逃げることができなくなっていた。   歴史を生きた人々がいなくなる。歴史を新たに生きる者たちは、歴史を書き継ぐとともに、時々リバイズして、僕たちにわかり、僕たちに読める歴史を書かなければならないと思う。もし僕たちが夢遊病者だとしたら、目を覚ますために。今度若い人たちと歴史について話してみたい、と思っている。   ---------------------------- <川崎剛(かわさき たけし)KAWASAKI Takeshi> 元朝日新聞アジアネットワーク(AAN)事務局長。早稲田大学教育学部卒。朝日新聞の社会部員、外報部員、アメリカ総局員(ワシントン特派員)、ナイロビ支局長(アフリカ特派員)、外報部次長、オピニオン編集部次長、ジャーナリスト学校主任研究員などを歴任。1999-2000年スタンフォード大学ナイトフェロー。2010-11年マスコミ倫理懇談会東京地区幹事。2014年7月よりフリー。津田塾大学非常勤講師。 ----------------------------     2014年10月29日配信
  • 2014.10.22

    エッセイ427:謝 志海「クールジャパンのあり方」

    2020年に東京でオリンピックが開催される事が決まり、日本では一層「クールジャパン」という言葉を耳にする。ここで強調したいのは、それが日本の中だけの話題だということ。クールジャパンの動きは海外ではどれほど浸透しているのだろうか。日本ではクールジャパンという言葉ばかりが先走っている気さえしてくる。「具体的には何をしているの?」と思っている人もいるかもしれない。そしてそれが日本政府主導ということまで知っている日本人は案外少ないかもしれない。   日本に住む日本人にとって生活に関わるものほぼ全て、衣食住に限らず公共交通機関をはじめとした安全で便利な暮らしが出来ていることは、当たり前のことだ。しかし外国人にとっては快適便利な暮らしこそがクールなのである。日本政府が旗振り役になって世界に発信しているクールジャパンはアニメ、アイドル、日本食に傾倒し過ぎているように感じる。しかしそれらは、日本通の外国人達にとっては、新しいものでも何でもない。インターネットの普及により、彼らは見たいもの、欲しいものを自国にいながらいつでも手に入れられるからだ。日本政府が民間企業と手を組みクールジャパンを促進するのなら、すでに海外に進出している民間企業が新規開拓に行き詰まっていたりする場合の手助けをする方がよいのではないだろうか。   海外では日本車が走り回り、ポッキー(お菓子)もマルちゃんのインスタントラーメンも手に入る。これらはクールジャパンという言葉が使われる前から、海外に果敢に販路を求めてきた日本企業の努力の賜物だと思う。しかし時は過ぎ、韓国や中国の家電メーカーの台頭により、昨今日本の存在は弱くなったと言われている。そして、そのようにマスコミが煽るから、ますます日本国民の元気がなくなるのではないか。これは実にもったいないことである。中国人にとっては、自動車や家電以外にも売り込める魅力的な物を沢山持っている日本の企業たちは、なんてパワフルなんだ!と感心せずにはいられないのに。   日本の民間企業はまだまだ底知れぬパワーを持っているのだ。日本で生活する外国人からすると、日本はまだまだクールジャパンを活かしきれていないように思う。日本の製品が海外で認知されているのは、ただ単に製品を輸出するだけでなく、便利さという付加価値と現地のニーズに合わせたものづくりをしているからではないだろうか?現地化というのは、欧米の企業も入念なマーケティング等の調査をしているはずだが、使いやすさ、例えばパッケージの開けやすさ一つをとっても日本の技術は世界のトップと言っても過言ではないだろう。これはもう細部にも手を抜かない日本の文化だと思う。例えば、「よその国はインスタントラーメンの粉末スープやソースのパッケージの開けやすさに、そこまでこだわらないし、期待してもいない」というスタンスではなく、自分たち(日本人)が快適と思えるレベルまで掘り下げて商品開発している。そしてどの国の人も結局は便利なものに手が伸びるのだ。いつしかこの便利さが世界のスタンダードになるかもしれない。   その他の例では、日本人のドラマ、映画離れがあるかもしれない。日本人が熱狂しなければ、世界でも認知度は低いだろう。現在ドラマと映画のようなエンターテイメントはアメリカと韓国に大きく水をあけられている。クールジャパンとして、今は、すでにおなじみの日本のアニメを海外で放映しているようだが、先述の通り、少しでも興味があれば今はインターネットを通して何でも手に入れられる時代だ、新鮮さがない。「クールジャパン=漫画、ドラマ、アイドル」だと思うなら、さらに新しいものを生み出せる環境や資金を整えてあげる方が良いのではないか。   では今後どういった文化を売り込めるのか?サービスやホスピタリティではないだろうか。サービスというと先述のパッケージの開けやすさなどは、日本のお家芸とも言えるだろう。同じく赤ちゃんのオムツや介護用品も企業が使いやすさを日々研究していて、すでに海外にもどんどん進出している。ホスピタリティというと、世界の先頭をきって走っている高齢化と、流行語「お・も・て・な・し」にヒントがあるかもしれない。日本中に星の数ほどあるかと思われる老人介護施設、それぞれが独自のサービスを行っている。日本には老いも若きも安全で便利に暮らせるシステムがある。海外ではなかなか同等の快適さは得られないのだ。   最後に、クールジャパンと言って表に出ることばかり考えているだけではいけないと思う。まずは日本の若者に向けてクールジャパンをして、自分たちが今の日本文化を作り上げ、牽引していく立場だという意識を持ってもらうのも近道かもしれない。   ------------------------- <謝 志海(しゃ しかい)Xie Zhihai> 共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。 -------------------------     2014年10月22日配信
  • 2014.10.15

    エッセイ426:葉 文昌「国旗」

    今年のお正月に台湾へ帰国した時のことである。台湾の元旦では早朝に総統府前で政府主催の国旗掲揚大会があり、愛国的な人達が国内外から集まって、国歌を歌ったりして中華民国の新年を祝う。なかには中華民国の国旗をモチーフにした、鮮やかな藍、赤、白からなるマフラーなどの装着品を身に着けていたりする。   台湾ではこういうことが愛国的とみなされる。すでに国外へ移住している人達でも、この日に戻ってきて国旗を振って「愛台湾」とでも口にすれば、台湾の人々はこの人達を愛国者と認定する。または外国人がその場で国旗を振れば、写真がクローズアップされて翌日のニュースには「愛台湾的外国人」として報道されるであろう。   こういう光景を見ると、私は口先だけ「I love you」の軽い人間を思い浮かべてしまう。或は一昔前のドラマの中の「同情するなら金をくれ」の名セリフ。口先なら誰でもできる。でも国旗を全身に纏っていようが、感無量で涙を流して国歌を歌おうが、それは国を利する行為とは関係ないはずだ。   社会での役割を全うしていれば、それで社会に貢献していることになる。海外へ移住している人は台湾では働いていないのだから、彼らがお祭の時に戻ってきて愛国と主張しても私は共感できない。台湾で真面目に働いていれば、それは台湾の社会に尽くしていることになる。今や台湾の社会に貢献している人は、国籍が台湾とは限らない。外国人配偶者や外国人労働者も多くいる。外国人でも社会に求められて真面目にその役割を全うしていれば、それ以上の愛国はないと私は思う。   世の中では、象徴的で表面的なことばかりが礼讃されているようだと私は悲しい気持ちになる。象徴的で表面的なものが嫌いな私は台湾では国歌を歌いたくないし、国旗への敬礼もしたくない。もちろん、私に国や社会に対する愛がないわけではない。しかし、世の中でうわべで判断されている価値観から見ると、私は非国民のレッテルを貼られてしまうだろう。   私のこのような考えは日本で培った部分が大きい。日本が近隣アジア諸国と比べて国家の象徴に対して狂信的ではない所に日本社会の先進性を感じていた。しかし日本もここ数年で少し変化しているようである。今でも近隣諸国と比較して先進的であることは確かではあるが、冒頭で示した私が嫌う価値観に近づく方向へ進むのは、やはり後退と言える。   私も今や日本社会の一員となった。自分が所属する社会に貢献し、その発展を願っているのは言うまでもない。この先、グローバル化に伴って国際的な人々の往来が盛んになるのは確実である。日本に居住する外国人も、外国に居住する日本人も増えていくはずだ。このような状況の中では、国籍や人種はあまり意味を持たなくなりつつあると私は思う。どの国であっても、うわべの行動や、国籍や人種だけでその国や社会への忠誠を判断されることがないことを願っている。   ----------------------------------------- <葉 文昌(よう・ぶんしょう)Yeh Wenchang> SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2001年に東京工業大学を卒業後、台湾へ帰国。2001年、国立雲林科技大学助理教授、2002年、台湾科技大学助理教授、副教授。2010年4月より島根大学総合理工学研究科機械電気電子領域准教授。 -----------------------------------------     2014年10月15日配信
  • 2014.10.08

    エッセイ425:マックス マキト「マニラレポート@シカゴ:資本主義の多様性」

    SGRAの共有型成長セミナーとテンプル大学ジャパンから支援を受け、2014年7月10日から12日までシカゴ大学とノースウェスタン大学で開催された国際学会に参加した。この会議は、フランスに本拠を置く「社会経済学の推進協会(SASE)」という学際的な学会により「資本主義の基礎」というテーマで主催され、僕の研究やSGRAの学際的な方針と合いそうなので、大変忙しい日程にもかかわらず参加を決めた。大変というのは、テンプル大学ジャパンはまだ夏学期中だったので、その合間をぬって東京とシカゴを4日間で往復するというハードな日程のことだ。久しぶりのアメリカだし、長い空路では放射能を多めに浴びるし、移民した家族や、幼いころの友人たちに再会できるので、行くとしたらもう少しのんびりしたかったのだが、今回は無理だった。   僕の発表は、国士舘大学の平川均教授(名古屋大学名誉教授)と共同で2年前に実施したフィリピン企業の調査報告に基づいて、「共有型成長のDNAの追求:フィリピンの優れた製造企業の調査」というタイトルの論文だった。共有型成長というのは、経済が成長しながら格差が縮む発展パターンであり、1993年に世界銀行が発表した「東アジアの奇跡」という報告によれば、日本を含む8か国/地域の東アジア経済が戦後の数十年間に実現したものとされている。   SASEのシカゴ会議は、25を超える研究ネットワークに属する800人ぐらいの参加者で構成されていた。僕は「アジア資本主義」という研究ネットワークに参加することにした。発表の前半では、この研究のきっかけともなった「東アジアの奇跡」報告から僕が得た2つのビジョンを説明した。後半には、数年間をかけて共有型成長のDNAというべきものを追い求めた最新の研究結果を発表したが、長すぎるのでこのエッセイでは省略する。   第1のビジョンは、「共有型成長経済学」である。経済学では、2つのことを主な目標としている。効率性(EFFICIENCY)と公平性(EQUITY)である。その他にも目標とすべきものもあるが、今回は、共有型成長の話なので、この2つを取り上げる。共有型成長経済学は、今の主流とされている新古典派経済学(市場万能主義)と同様に、市場の大事な役割を否定してはいないが、新古典派より政府の戦略的な産業政策を重要としている。効率性を重視しがちの新古典派より、効率性と公平性を同等に重視しているといえるだろう。近代経済学でよく言われるように、効率性と公平性の間にはトレードオフがあり、一方を重視すると、もう一方が犠牲になる。(1回目の)冷戦中の国際対立国を事例とすれば、公平性を重んじた旧ソ連と中国の経済成長の方が最初はよかったが、結局低迷してしまい、市場経済への移行を決めた。一方、米国は効率性を重んじて、国として最大のGDPを生み出したが、格差が大きな課題になっている。   *1回目の冷戦が終結したのは1980年代だったが、現在2回目の冷戦が発生しようとするところだと僕は思う。間違っていたら嬉しい。   第2のビジョンは、「共有型成長資本主義」である。こちらはもう少し政治的な色が濃い。(1回目の)冷戦終結後、国際的な対立は、市場経済VS中央計画経済から、資本主義VS資本主義という次元に焦点が転換した。そのバトルの1つは、アングロ・アメリカが強調するA型資本主義であり、もう1つは日本が強調したJ型資本主義であった。冷戦の勝利は資本主義にあるという宣言から、A型資本主義が津波のように世界中に襲来したが、防波堤で防ごうとした国の1つが日本だった。「東アジア奇跡」報告は、日本が自ら行った、資本主義の中に多様性を保全しようとする活動だったと見なしても過言ではない。   残念ながら、この「東アジアの奇跡」やその2つのビジョンは、この数年間忘れられている。経済成長または効率性が過剰に強調され、日本でさえも格差が広がって、OECD諸国のなかでも貧困率が高い国になってしまった。   これでは、日本経済への関心が更に薄れて行く。日本経済を研究する人がいなくなる。シカゴの学会の「アジア資本主義」研究ネットワークでも、名前を「中国資本主義」に変えてもいいぐらい中国の研究が支配的だった。日本の共有型成長の経験と違い、中国では、目覚ましい成長を遂げているが、格差が拡大している。それを幾ら僕が指摘しても、日本の研究者を含めて「西側」の研究者は中国の資本主義に魅了されており、日本の資本主義に比較的無関心だという印象を受けた。日本企業を含めて欧米の企業が、中国の市場に魅了されて、他の国に全く関心を向けなかったのと同様の光景だった。どちらかというと、中国の研究者のほうが、日本の資本主義に興味を見せていた。いずれにせよ、僕は、これからも、この学会で、日本の独自性を出来る限り発揮させていきたい。幸い、来年のSASE学会のテーマはまさに「公平性」であるので、今から作戦を練って準備しておきたい。   SGRA設立当初、「日本の独自性」という研究チームのリーダーを務めたことがある。狙いはもちろん「多様性の中の調和」である。A型資本主義にせよ、J型資本主義にせよ、C型資本主義にせよ、それぞれに欠点があり、完璧なものではない。というか、完璧な資本主義はこの世の中にどこにもなく、これからも出てこない。ただ、多様性を無くすのは、自然界ではもちろん、社会システムでも危険な行為だと、僕たちは認識しなければならない。   第2回アジア未来会議のテーマ「多様性と調和」を達成するには、少なくとも2つの原理が不可欠であると思う。1つは、GDPや一人当たりGDPや人口などと関係なく、どんな小さな国でも、尊重すべきだという原理である。もう1つは、過剰な競争より国と国の間の協力を促す原理である。一見当たり前な原理だが、政府や企業や研究者などが意外と見落としているところである。僕は、SGRAのような民間の非営利・非政府団体に期待している。みなさん、しっかりと多様性の中の調和を実現させましょう。   -------------------------- <マックス・マキト  Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学CRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。 --------------------------     2014年10月8日配信
  • 2014.09.24

    エッセイ423:董 炳月「二重の『場』から、アジアの未来を」

      第2回アジア未来会議がインドネシアのバリ島で開催されました。「この会議は、日本で学んだ人、日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る『場』を提供することを目的としています」と主催者は宣言しています。ここで言われている「場」とは一体何でしょうか。もしこの「場」を「会場」として理解するだけだったら、勿体ないと思います。会議が開かれる処、つまり「会場」の所在地も「場」です。今回の会議に即して言えば、バリ島も重要な、更に大きい「場」です。つまり、主催者は参加者に二重の「場」を提供しました。二重の「場」によって、「アジア」は研究対象として討論されるだけではなく、参加者が身を持って体験する対象にもなりました。本当にありがたいことです。   私は北京からの参加者として、会場で日本やフィリピン及びシンガーポールの参加者の「中国台頭」に関する発表を聞いて、様々な問題を考えるようになりました。彼らはこのように中国を見るのだ、やはり外部から見る中国と内部から見る中国とは違うのだ、と。「台頭」とは何だろうか、中国は本当に「台頭」したか、と。経済から見れば、中国は確かに台頭しつつあると言えます。但し、それは問題の一面に過ぎません。その反面、経済躍進によって生じた社会問題は山ほどあります。環境汚染、官僚腐敗、貧富の差、道徳の堕落、などなど。全体から見れば中国はまだまだ「台頭」していません。中国にとっては、日本だけでなく、バリ島にも学ぶべきところは多い、と私は言いたかったのです。これからの中国はアジアに貢献する「台頭」を追求すべきだとも考えました。   「バリ島」という二つ目の「場」からの収穫は更に多かったのです。8月21日の夜ホテルに着き、チェックインの手続きをして部屋に入る前から、すでに廊下に流れる音楽に魅了されてしまいました。なんと寂しくて、ロマンチックな音楽だろう、と。後で知りましたが、それは小さな笛と竹の琴で演奏する地元の音楽です。CDが入手できたので、北京に戻った今も楽しめます。私は日本の演歌も沖縄民謡もモンゴルのホーミィー(特殊発声で歌う歌)も好きなので、バリ島の音楽を加えると「アジア音楽」ができそう、という感じがします。   バリ島の生活様式の観察から得たものは、人文社会科学の研究者として非常に大きな収穫でした。会議は23日をもって終わり、24日は会場から出て見学ツアーに参加しました。驚いたことは到る所に神廟(ヒンドゥー教の寺)が建てられていることです。神廟の面積は町の建築総面積の四分の一ぐらいを占めるのではないかと思います。ガイドの話によると、住民は毎日少なくとも2回神廟を参拝します。つまり、バリ島(拡大して言えばインドネシア)は自分なりの宗教、信仰、生活様式を持っています。普通の中国人及び中国知識人はどれほどバリ島(及び東南アジア)に関心を寄せているでしょうか。明らかに、アメリカやヨーロッパに対する関心ほど高くはありません。中国ではイギリスを「大英帝国」と言うこともありますが、もし国土面積や人口規模がずっとイギリスを上回るインドネシアを「大インドネシア」と言ったら笑われるでしょう。   経済発展に専念する中国においては、バリ島の人々の生活様式を「価値」として認めることも難しいです。東洋の近代史は西洋の東洋に対する浸入、及び東洋の西洋に対する抵抗の歴史と言われますが、その一方で、東洋は抵抗の過程において西洋の論理と価値観をも受入れました。この両面性を直視しなければなりません。中国語には「勢利」という言葉があります。「shi-li」という発音で、意味は「金力や権力に靡く態度」です。実に、日本の近代も中国の現代も「勢利」の時代です。「西洋志向」という病気に罹ったのは日本だけではなく、中国も同じです。「発展」や「富強」(富国強兵)ばかりを追求しています。バリ島が教えてくれたのは「発展」も「富強」も絶対価値ではなく、相対価値にすぎない、ということです。   アジア未来会議はバリ島南東部のビーチで開かれましたが、そのホテルの10階建ての建物以外にビルはありません。ホテル建設後、住民の反対運動によって、バリ島では椰子の木よりも高い建物は禁止になったからだそうです。私は緑に囲まれた低い建物を見て、北京や東京の高層ビルがますます嫌になりました。観光バスの中で地元のガイドが「私たちはできる限り稲と木を植え、セメントを植えません」と言いました。哲学者のようなガイドだ、と思いました。彼は見事に地元の価値観を表現しました。中国沿海地方と比べて、バリ島の経済発展は遅れているかもしれませんが、バリ島の人々は必ずしも不幸ではありません。むしろ、彼らの生活様式は大都会に住む私たちより「合理的」なのです。   会議主催者がバリ島を開催地として選んだのは偶然かもしれないが、「多様性と調和」という総合テーマはバリ島で開催することによって見事に完成したと思います。インドネシアのバリ島、ヒンドゥー教のバリ島、そしてインドや中国の文化の影響を受けたバリ島で、十数カ国からの数百人の参加者が、日本の獅子舞とバリ島のバロンダンスの共演を観賞する、これは素晴らしい「多様性と調和」だと思いました。もっと大事なのは参加者の観念の中で発生した「多様性と調和」です。それは目に見えないものです。   二重(二重以上かもしれない)の「場」を、各国からの参加者に提供した主催者の意図は達成されたと思います。アジア未来会議は価値観の共同体を作っているのです。参加者は国籍や専門などが違っていても、「共同価値観」を持ち、或いは持てるようになります。共同価値観というのは、アジアに対する関心と共感、他者に対する尊重などが含まれます。この価値観を共有する共同体が大きくなって行けば、アジアの未来はきっと明るいと信じます。現在の中国に金持ちは多いですが、彼らが渥美国際交流財団を模範にして、国境を越えた文化交流に貢献することを望んでいます。   英語版エッセイはこちら   ------------------------------- <董炳月(とうへいげつ)Dong Bingyue> 中日近代文化専攻。1987年北京大学大学院中国語中国文学学科修士号取得、中国現代文学館に勤める。1994年に日本留学、東京大学人文社会系研究科に在学。1998年に論文『新しき村から「大東亜戦争」へ―武者小路実篤と周作人との比較研究』で文学博士号取得。1999年から中国社会科学院に勤め、現在は同文学研究所研究員、同大学院文学学科教授。2006年度日本国際交流基金フェローシップ。著書は『「国民作家」の立場―近代日中文学関係研究』、『「同文」の近代転換―日本語借用語彙の中の思想と文学』など。評論集は『茫然草』、『東張東望』など。翻訳書は多数。 -------------------------------     2014年9月24日配信
  • 2014.09.17

    エッセイ422:沼田貞昭「未来に向けて過去から何を学びとれるか」

    English Version       筆者は、公益財団法人渥美国際交流財団主催でインドネシアのバリ島で8月22日−24日に開催された第2回アジア未来会議に参加した。昨年3月にバンコックで開かれた第1回会議にも参加し、「戦後和解」のセッションの座長を務めたが、今回、日本で博士号を修得した人々を中心とするアジアおよび他の地域の研究者等380名が参加し、真摯に、忌憚なく、かつ和気あいあいと議論する姿に再び接して、感銘を新たにした。   筆者が担当した「平和」のセッション(日本語)では、戦前の「日ソ中立条約」と内モンゴル問題、日清修交条規にかかわる副島種臣外務卿の北京訪問時の外交儀礼問題、インドネシアの国家理念パンチャシラと憲法、日韓漁業協定前史としてのGHQの政策が取り上げられた。正直の所、この中から何か共通の要素を見出せるか否か、セッションが始まるまでは自信が無かったが、振り返ってみると、過去を調べて未来について何かを学ぶとの観点から、幾つか示唆に富む点があったので、筆者の主観を交えて以下に記す。   第1に、我々が今日および将来の近隣諸国との関係を考えるに当たって、明治から昭和にかけて、後発国として列強に仲間入りをした日本が帝国主義的拡張を試み、結局失敗に終わったことの意味合いを忘れてはならないと言うことである。   1873年に副島種臣外務卿が特命全権大使に任命されて北京に赴き、同治帝への謁見形式をめぐり日本側の主張を通したことは、「国権外交」を実現したものとして日本国内で高く評価された。他方、本ペーパーを発表した白春岩早稲田大学助教(中国)は、清国側において、重臣李鴻章が日本との「相互利益」を重視して、現実的解決を求めて努力したことを指摘している。当時、列強との対比においては平等な存在であった日清間の駆け引きの中で、「国権」と「相互利益」のバランスを如何に取るかが問題であったことを想起すると、今日、それぞれ「大国」を自負している中国と日本が、各々の「国権」にこだわって「相互利益」を軽んじる場合、どのような結果を招くかと言うことも考えておく必要があると感じた。   ガンガバナ国際教養大学助教(内モンゴル)は、内モンゴルに焦点を当てつつ、松岡洋右外務大臣の日独伊ソ四国同盟構想が実現に至らなかった経緯を考察した。筆者の感想は、領土の取り合いないし分割と言ったパワー・ポリテイックスの権謀術数の一環として構成される同盟は脆弱なものだったと言うことと、後発帝国主義国として列強間の駆け引きに加わろうとした松岡大臣は多分にナイーブだったのではないかと言うことである。将来においても、国際政治においてパワー・ポリテイックスは重要な要素ではあり続けるだろうが、わが国としては、普遍的理念とか価値に根ざす外交とか同盟関係を重視して行くべきものと思う。   第2に、日韓関係について、柔軟性と大局的思考が必要であるとの感を強くした。竹島問題もあり、日韓間での摩擦要因である日韓漁業協定について、連合軍による日本占領下のマッカーサー・ライン、1952年のいわゆる「李承晩ライン」に遡って論じる朴昶建国民大学教授(韓国)は、「解決しないもので解決したものとみなす」という1965年の日韓漁業協定の合意方式はいつでも再点火可能な時限爆弾のようなものだったとしている。外交の実務に携わって来た筆者としては、双方が完全に合意すると言うことは現実にあり得ず、ある程度の立場の相違を残しつつも、それはそれとして実際の関係を処理して行くという柔軟性が特に今日の日韓関係に求められていると思う。また、同教授は、当時、日韓両国には反共体制に属するとの共通の枠が存在していたと指摘しているが、今日必要なのは、日韓2国間の問題を越えて、より大局的な共通利益を見つけて行くことではないかと思う。   なお、筆者がもう一つ共同座長を務めた「公平(Equity)」のセッション(英語)において、日本統治下の朝鮮には、「国家の宗祀」として900を越える神社が建立されたことの背景として、「日鮮同祖論」等、日本人と朝鮮民族の同質性を強調しつつも日本が兄貴分であり、朝鮮が弟分であるとの意識があったとする菅浩二国学院大学教授の発表が行われた。「公平(Equity)」との観点から言えば、民族のアイデンティティという根本的な問題について、「日本人と朝鮮人はそもそも同じなのだ」と言って、同質性を先方に押し付けつつ、日本人の方が上に立つとのアプローチには、そもそも無理があったと思わざるを得ない。この観点からも、今日では、日韓双方が対等な立場に立ちつつ追求すべき大局的な共通利益を考える必要があるとの感を強くした。   第三に、1976年から1978年にジャカルタで勤務して以来、インドネシアを離れて久しい筆者にとって、トマス・ヌグロホ・アリ氏(国士舘大学博士課程、インドネシア)のインドネシアの建国理念および憲法についての解説は懐かしいものだった。と同時に、筆者の在勤時代の国軍の「二重機能」からスハルト体制の崩壊を経て、今般のジャカルタ特別州知事ジョコ・ウィドド氏の大統領当選へと民主化プロセスが一層進行していることは、西欧型民主主義の定着と言うよりも、インドネシア型民主主義が育って来たことを意味するのだろうと感じた。   以上のように、わが国が近隣諸国などとの関係で今日直面する問題とは一見迂遠なように感じられるテーマの考察を通じて、種々学ぶべき点があることを実感でき、アジア未来会議の意義を改めて認識することができた。   --------------------------------- <沼田 貞昭(ぬまた さだあき)NUMATA Sadaaki> 東京大学法学部卒業。オックスフォード大学修士(哲学・政治・経済)。 1966年外務省入省。1978-82年在米大使館。1984-85年北米局安全保障課長。1994−1998年、在英国日本大使館特命全権公使。1998−2000年外務報道官。2000−2002年パキスタン大使。2005−2007年カナダ大使。2007−2009年国際交流基金日米センター所長。鹿島建設株式会社顧問。日本英語交流連盟会長。 ---------------------------------     2014年9月17日配信