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エッセイ423:董 炳月「二重の『場』から、アジアの未来を」

 

第2回アジア未来会議がインドネシアのバリ島で開催されました。「この会議は、日本で学んだ人、日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る『場』を提供することを目的としています」と主催者は宣言しています。ここで言われている「場」とは一体何でしょうか。もしこの「場」を「会場」として理解するだけだったら、勿体ないと思います。会議が開かれる処、つまり「会場」の所在地も「場」です。今回の会議に即して言えば、バリ島も重要な、更に大きい「場」です。つまり、主催者は参加者に二重の「場」を提供しました。二重の「場」によって、「アジア」は研究対象として討論されるだけではなく、参加者が身を持って体験する対象にもなりました。本当にありがたいことです。

 

私は北京からの参加者として、会場で日本やフィリピン及びシンガーポールの参加者の「中国台頭」に関する発表を聞いて、様々な問題を考えるようになりました。彼らはこのように中国を見るのだ、やはり外部から見る中国と内部から見る中国とは違うのだ、と。「台頭」とは何だろうか、中国は本当に「台頭」したか、と。経済から見れば、中国は確かに台頭しつつあると言えます。但し、それは問題の一面に過ぎません。その反面、経済躍進によって生じた社会問題は山ほどあります。環境汚染、官僚腐敗、貧富の差、道徳の堕落、などなど。全体から見れば中国はまだまだ「台頭」していません。中国にとっては、日本だけでなく、バリ島にも学ぶべきところは多い、と私は言いたかったのです。これからの中国はアジアに貢献する「台頭」を追求すべきだとも考えました。

 

「バリ島」という二つ目の「場」からの収穫は更に多かったのです。8月21日の夜ホテルに着き、チェックインの手続きをして部屋に入る前から、すでに廊下に流れる音楽に魅了されてしまいました。なんと寂しくて、ロマンチックな音楽だろう、と。後で知りましたが、それは小さな笛と竹の琴で演奏する地元の音楽です。CDが入手できたので、北京に戻った今も楽しめます。私は日本の演歌も沖縄民謡もモンゴルのホーミィー(特殊発声で歌う歌)も好きなので、バリ島の音楽を加えると「アジア音楽」ができそう、という感じがします。

 

バリ島の生活様式の観察から得たものは、人文社会科学の研究者として非常に大きな収穫でした。会議は23日をもって終わり、24日は会場から出て見学ツアーに参加しました。驚いたことは到る所に神廟(ヒンドゥー教の寺)が建てられていることです。神廟の面積は町の建築総面積の四分の一ぐらいを占めるのではないかと思います。ガイドの話によると、住民は毎日少なくとも2回神廟を参拝します。つまり、バリ島(拡大して言えばインドネシア)は自分なりの宗教、信仰、生活様式を持っています。普通の中国人及び中国知識人はどれほどバリ島(及び東南アジア)に関心を寄せているでしょうか。明らかに、アメリカやヨーロッパに対する関心ほど高くはありません。中国ではイギリスを「大英帝国」と言うこともありますが、もし国土面積や人口規模がずっとイギリスを上回るインドネシアを「大インドネシア」と言ったら笑われるでしょう。

 

経済発展に専念する中国においては、バリ島の人々の生活様式を「価値」として認めることも難しいです。東洋の近代史は西洋の東洋に対する浸入、及び東洋の西洋に対する抵抗の歴史と言われますが、その一方で、東洋は抵抗の過程において西洋の論理と価値観をも受入れました。この両面性を直視しなければなりません。中国語には「勢利」という言葉があります。「shi-li」という発音で、意味は「金力や権力に靡く態度」です。実に、日本の近代も中国の現代も「勢利」の時代です。「西洋志向」という病気に罹ったのは日本だけではなく、中国も同じです。「発展」や「富強」(富国強兵)ばかりを追求しています。バリ島が教えてくれたのは「発展」も「富強」も絶対価値ではなく、相対価値にすぎない、ということです。

 

アジア未来会議はバリ島南東部のビーチで開かれましたが、そのホテルの10階建ての建物以外にビルはありません。ホテル建設後、住民の反対運動によって、バリ島では椰子の木よりも高い建物は禁止になったからだそうです。私は緑に囲まれた低い建物を見て、北京や東京の高層ビルがますます嫌になりました。観光バスの中で地元のガイドが「私たちはできる限り稲と木を植え、セメントを植えません」と言いました。哲学者のようなガイドだ、と思いました。彼は見事に地元の価値観を表現しました。中国沿海地方と比べて、バリ島の経済発展は遅れているかもしれませんが、バリ島の人々は必ずしも不幸ではありません。むしろ、彼らの生活様式は大都会に住む私たちより「合理的」なのです。

 

会議主催者がバリ島を開催地として選んだのは偶然かもしれないが、「多様性と調和」という総合テーマはバリ島で開催することによって見事に完成したと思います。インドネシアのバリ島、ヒンドゥー教のバリ島、そしてインドや中国の文化の影響を受けたバリ島で、十数カ国からの数百人の参加者が、日本の獅子舞とバリ島のバロンダンスの共演を観賞する、これは素晴らしい「多様性と調和」だと思いました。もっと大事なのは参加者の観念の中で発生した「多様性と調和」です。それは目に見えないものです。

 

二重(二重以上かもしれない)の「場」を、各国からの参加者に提供した主催者の意図は達成されたと思います。アジア未来会議は価値観の共同体を作っているのです。参加者は国籍や専門などが違っていても、「共同価値観」を持ち、或いは持てるようになります。共同価値観というのは、アジアに対する関心と共感、他者に対する尊重などが含まれます。この価値観を共有する共同体が大きくなって行けば、アジアの未来はきっと明るいと信じます。現在の中国に金持ちは多いですが、彼らが渥美国際交流財団を模範にして、国境を越えた文化交流に貢献することを望んでいます。

 

英語版エッセイはこちら

 

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<董炳月(とうへいげつ)Dong Bingyue>

中日近代文化専攻。1987年北京大学大学院中国語中国文学学科修士号取得、中国現代文学館に勤める。1994年に日本留学、東京大学人文社会系研究科に在学。1998年に論文『新しき村から「大東亜戦争」へ―武者小路実篤と周作人との比較研究』で文学博士号取得。1999年から中国社会科学院に勤め、現在は同文学研究所研究員、同大学院文学学科教授。2006年度日本国際交流基金フェローシップ。著書は『「国民作家」の立場―近代日中文学関係研究』、『「同文」の近代転換―日本語借用語彙の中の思想と文学』など。評論集は『茫然草』、『東張東望』など。翻訳書は多数。

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2014年9月24日配信