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エッセイ418: 謝 志海「日本人と英語:グローバル人材とは?」

近年、日本人学生の海外留学の激減により、文部科学省は留学生を倍増させようとさまざまな取り組みを行っている。同時に英語教育にも力を入れようと、小学5年生から英語を正式教科として取り入れ、早期英語教育を始めることとなった。だが、日本人の英語との接し方を見ていると、留学生の数を増やし、早く英語を学び始めるだけで、グローバル人になれるのだろうかと不思議に感じることがある。日本でよく耳にする「グローバル人材」とは何を意味し、何を目指しているのだろう?

 

日本人留学生が減っている理由の一つは、日本での就職活動のスケジュール調整の難しさで、あきらめてしまう人が多いのではないかと思う。何しろ大学4年間のうち少なくとも最後の1年間は就職活動に没頭することが当たり前なのだから。日本では、就職活動時は皆同じようなスーツを着用して挑むので、大学生の就活シーズンだなというのが電車に乗っていても容易に解る。企業は同じ時期に入社試験を行う。その流れに乗り、卒業前に内定をもらうことが、大学生としてのゴールであるという風潮なので、のんびり留学なんてしていられないよ、バイトしながらTOEICでも受けようという気にさせられるのではないだろうか。

 

日本の企業の人事部や人材派遣会社は、留学という経験よりも結局はTOEICのスコアで人を判断するのだから(もちろん表向きはそうなっていない)、日本で就職したい日本人にとっては、留学やグローバル人材になるメリットというものに魅力を感じないだろう。そこそこのTOEICのスコアがあればいいのだから。今でも派遣会社へ登録に行くと、登録者がたとえ英語圏の大学で学位やMBAを取っていても、また海外で働いた経験を持っていても、派遣会社の人はTOEICのスコアを知りたがるそうだ。これは今までに出会った何人もの日本人から聞く。まずは派遣会社や、企業の人事部が「グローバル人材=英語=TOEIC」という図式を取り払わない限り、世界の人々と渡り合える人材は日本では育ちにくいのではないかとの懸念を抱く。もしくは人材を評価する立場の人事系の仕事についている人こそ留学して、外国語で勉強し生活してみると、留学生の勇気と苦労が机上の勉強で済むTOEICとは比べものにならないと気付くかもしれない。

 

何故ここまで厳しく学生を採用する立場の意識改革を願うかというと、せっかく留学して、語学だけでなく異文化を学んできても、日本で就職し実務として活かすチャンスがないと、いい人材が海外に逃避してしまうからだ。誰だって自分を正当に評価してもらえる、やりがいのある場所で輝きたいはずだ。若いうちは特にそういうことが大事だったりする。日本と違って、中国では留学生は増える一方で、その数は60万人を超える。その中国での問題は、留学生が学業を終えても帰ってこないことだ。国内に優秀で複眼的な思考を持った若者が残らなくなるのは国として大きな損失となる。中国と比べると便利で安全で暮らしやすく、街も空気もきれいな日本で優秀な人材の逃避など起こるべきではない、それをくい止めるのは日本の企業であろう。

 

変わらなければならないのは、大学も同じだ。英語を学ぶ人は、グローバル人という概念も考え直した方がいい、英語だけが外国語ではないのだから。例えば、学校の授業を通じ、どうしても英語が好きになれなかった生徒がいたとしよう、でもその生徒が国語は得意だったら、中国に留学するという手もある。中国語なら漢字からすんなり頭に入るかもしれない。それだけでなく、そこで出会った他国からの留学生と英語で話すチャンスも大いにあるだろう。結果、その生徒は中国語と英語を操るトライリンガルになって帰国するかもしれない。自分で英語の重要性と、グローバル人になりたいと感じる事が大事だ。その取っ掛かりは必ずしも英語である必要は無い。イギリス以外のヨーロッパ人などは、英語圏への留学経験などなくとも英語を話せる人が非常に多い。そういう人々と異国の地で実際に出会えば、英語はグローバルな言語なのだと気付くだろう。最近では一部の大学で英語以外の外国語のクラスを増やす動きが広がってきている。「多言語を学びたい」という学生たちのリクエストに応えた大学もあるそうだ。生徒の意見を吸い上げて、大学も変化していくことは素晴らしいし、こういった「見える変化」があれば学生もさらに学びたいという意欲につながるはずだ。

 

文部科学省は2020年をめどに日本から海外へ行く留学生を現在の6万人弱から、12万人に倍増する計画を掲げている。数を増やすだけでなく、留学経験者が海外で学んできた事を活かせる土壌作りと、受け入れ企業の理解を深めることまで早急にケアしていかなければならない。日本が留学生をたくさん増やしている間に世界、特に新興国ではグローバル人材がどんどん排出され、世界中で活躍しているのだから。

 

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<謝 志海(しゃ しかい)Xie Zhihai>


 共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

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2014年7月30日配信