-
2012.10.24
日中韓台の領土問題で多くの動きがあり、報道を見ている側の頭にも多くの「?」「!」が生まれたと思われる。できるだけ多くの情報に接するように心掛けても悲しいかな、言語、自国内の報道の枠や立場から逃れるのはなかなか難しい。SGRAかわらばんの投稿では「日本からの見方」だけではない考えに接することができた。経済力の急激な高まりやデモの規模の大きさから日中関係に意見は集中しがちだったが、ここで韓国との関係も知りたいところだ。
2012年10月18日(木)、そうした中、第1回SGRAカフェは、「最近の日韓外交摩擦をどうみるか」とのテーマで、東京九段下の寺島文庫みねるばの森で行われた。いつものフォーラムとは異なり、20人程度の小規模、場所も文庫カフェという、知的かつお洒落な雰囲気で参加者もくつろいだ表情を見せていた。
寺島文庫は日本総合研究所理事長の寺島実郎氏が「4万冊の世界の地歴に関わる書物を集積し、知の交流と発信の場」とすべく設立した研究施設で、驚いたことにここの書庫には寺島氏が高校生の頃、渥美国際交流財団の渥美理事長のご父君の鹿島守之助氏へ宛てた手紙が残されている。また渥美理事長が寄贈された書籍もあり、不思議なご縁を感じながらの開催となった。
韓国国民大学日本研究所所長の李元徳教授による講演は、「日韓関係の在り方を規定する構造変化」、「最近の日韓外交の葛藤:観戦ポイント」、「領土、歴史摩擦の悪循環からの脱皮」、「日韓関係の未来ビジョン」の4部から構成されており、まずは2国間だけではなく、冷戦下での米ソ関係が元となっていた日中韓の力関係が、その後再編過程(Power Transition)の進行、力の均衡(Balance of Power)の流動化過程の進行を経て次第に米中両強構図に再編されているとし、東アジア全体の国際秩序の地殻変動の観点から見るべきと指摘した。そしてかつての植民地関係(従属、依存関係)にあった日韓の力関係と市民社会は、現在では相対的に均等化し、競争・競合関係となっている珍しいケースであるものの、一方で対外認識における温度差があり、日本と韓国とでは中国と北朝鮮に対してのとらえ方に悲観的と楽観的な違いがあることを示した。
第二の「最近の日韓外交の葛藤:観戦ポイント」において、日本人には納得しづらいであろう李明博大統領の言動を、心理面から考えればわかるのではないかと島訪問の背景にあったであろう慰安婦問題解決や打開への期待について、島訪問から1か月後に大統領に会った李教授ならではの考えを述べた。しかしその訪問が結果として日本側の激しい反発を招いたことへの大統領の驚き、そしてこれまで韓国がどんなに過激な反応や報道をしてもそれを冷静に受け止めていた(成熟した)日本が、今回は冷静に受け止められないことを変化としている。
その後のウラジオストックでの日韓首脳の動静や米国の憂慮表明、さらには日本知識人宣言や村上春樹の朝日新聞論説、河野元官房長官の読売新聞のインタビューなどが韓国内の反日ムードを和らげたとし、こうした知識人による声明は日本のみならず中国や韓国でも起きており、普遍的な視点を持った動き、そして歴史を知ることの重要性を訴えた。
第三の「領土、歴史摩擦の悪循環からの脱皮」で、今後も日韓摩擦は頻度も深度も深まるとの考えを示し、その動きが法的局面にも移行しているとし、一例に韓国の憲法裁判所、大法院判決を挙げたが、それは日韓の歴史を知らない判事達の判決と批判し、今後ウルトラナショナリストの政治家登場を危惧、歴史摩擦の管理(Management)を次善の策とし、予防外交として戦略的な考慮の重要性を指摘、中長期的及び戦略的観点をもって日韓両国が協力することが双方の利益とまとめた。そして日韓の懸念となっている慰安婦問題については①立法解決、②財団設立による解決、③仲裁、④外交的解決の4つのシナリオを挙げ、その中の④の外交的解決として総理大臣の謝罪を「談話」の形で表明し、対する韓国は補償を求めないという形が100点満点でないにせよ、60~70点の解決ではないかとしている。
第四の「日韓関係の未来ビジョン」では、ヨーロッパにおける独仏関係をモデルとし、日韓関係も応用できないかと、市場統合や共同規範を提示した。(クーデンホーフ・カレルギーの「汎ヨーロッパ主義」を日本語に訳したのが鹿島守之助氏だったと、講演直前に寺島文庫の書庫で知り驚いたとのこと)また2国関係だけでなく、世界の中での日韓関係として考えることを挙げ、日韓が未来東アジア共同体形成の共同主役になるべきとして講演を締めくくった。
会場からは中国人のSGRA会員から「これまで機能していた棚上げ論が機能しなくなったのはなぜか」等の質問があり、日韓からだけではない見方も出された。講演後の懇親会には寺島氏から日本酒が、渥美理事長からはSGRAのシンボルマークでもある、たぬきの形をしたせんべいの差し入れがあり、フォーラムとはまた違うアットホームな雰囲気で和やかに行われた。
当日の写真
(文責:太田美行 [渥美財団プログラムオフィサー] )
2012年10月24日配信
-
2012.10.03
下記の通り、第1回SGRAカフェ「最近の日韓外交摩擦をどうみるか」を開催いたしますので奮ってご参加ください。
日時:2012年10月18日(木)午後6時~8時半
会場:寺島文庫1階みねるばの森
講演:李元徳(韓国国民大学日本研究所所長)
「最近の日韓外交摩擦をどうみるか」
講師からのコメント:8月10日李大統領のシマ訪問から始まった一連の日韓対立の展開を多様な角度から分析し、日韓関係の今後の展望や望ましい方向を探るための<話し合い>の場になれば幸いです。
会費(ビュッフェの夕食付):SGRA会員・学生は1000円、非会員2000円
●準備の都合がありますので、参加ご希望の方はSGRA事務局(
[email protected] )へお名前と緊急連絡先をご連絡ください。
-
2012.09.19
2012年は、ユーラシア大陸をまたぐ世界史上で最大のモンゴル帝国を築いたチンギス・ハーンの生誕850周年である。関口グローバル研究会(SGRA)がモンゴル科学アカデミー国際研究所、歴史研究所と共催した第5回ウランバートル国際シンポジウム「チンギス・ハーンとモンゴル帝国――歴史・文化・遺産」は7月24、25日にウランバートル市のモンゴル日本人材開発センターで開催された。本シンポジウムは在モンゴル日本大使館、モンゴル・日本人材開発センター、モンゴル科学アカデミー、モンゴルの歴史と文化研究会、モンゴル・ニューステレビ局(MNCTV)の後援をえた。
シンポジウムの準備のため、私は7月22日にウランバートルについたが、予約したホテルはすでに満室になっているため、隣のホテルに泊まることになった。その日についた他の方も、同じホテルに泊まった。
翌23日の午前、新聞社の取材を受けた後に、実行委員会のモンゴル側のメンバーと打ち合わせをし、在モンゴル日本大使館の書記官青山大輔氏と連絡をとった。午後にはモンゴル・日本人材開発センターのKh. ガルマーバザル総括主任、神谷克彦チーフアドバイザー、佐藤信吾業務主任に挨拶した。そして、国際研究所の職員と一緒に、会場、同時通訳設備のセッティング、名札の印刷などを確認した。その後、空港にて、今西淳子代表、愛知淑徳大学准教授藤井真湖氏をむかえた。
24日の午前、快適な雰囲気のなかで、今西代表が内モンゴル歴史文化研究院長孟松林氏と会談をおこない、私は通訳をつとめた。
シンポジウムは同日午後から始まった。開会式は午後1時からの予定だったが、私達が会場についたところ、新聞社やテレビ局の記者がおおぜい押し寄せてきて取材をしたため、開会式は少し遅れて始まった。
開会式では、モンゴル科学アカデミー国際研究所所長のL. ハイサンダイ(L. Khaisandai)教授が司会をつとめ、在モンゴル日本大使館林伸一郎参事官、モンゴル科学アカデミーT. ドルジ(T. Dorj)副総裁、と今西淳子SGRA代表が挨拶と祝辞を述べた。続いて、モンゴル科学アカデミー会員、国際モンゴル学会(IAMS)名誉会長Sh. ビラ(Sh.Bira)教授、一橋大学田中克彦名誉教授(代読)、内モンゴル歴史文化研究院長孟松林教授が基調報告をおこなった。その後、5人の発表者が歴史や軍事の視点から、チンギス・ハーンとモンゴル帝国について発表をおこなった。その日の夜、ケンピンスキーホテルで、モンゴル科学アカデミー国際研究所と歴史研究所主催の招待宴会がおこなわれた。
翌25日の発表は、政治、文化、民族、遺産などの視点から、チンギス・ハーンとモンゴル帝国について議論を展開したものであった。SGRA会員、フィリピン大学講師フェルディナンド・マキト(Ferdinand C. Maquito)氏は大学の仕事の都合でシンポジウムに参加できなかったが、その論文「チンギス・ハーンとフィリピンの黄金時代」は代読され、たいへん注目された。SGRAのモンゴル・プロジェクトは、2007年に企画され、2008年に正式にはじまり、これまで5回シンポジウムをおこなってきた。マキト氏はウランバートルには一度も訪れたことがないが、実際、裏でこれらのシンポジウムの準備活動に携わってきたことをここで特記し、感謝申し上げたい。
その日の夕方、ウランバートルホテルで、SGRA主催の招待宴会がおこなわれた。今西代表が挨拶を述べた後、モンゴル科学アカデミー歴史研究所事務局長のヒイゲト(N. Khishigt)氏、愛知大学教授ジョン・ハミルトン(John Hamilton)先生、愛知淑徳大学准教授藤井真湖先生、東京外国語大学の上村明先生等がユーモアのあふれる挨拶を述べ、宴会はたいへん盛り上がった。
一日半の会議で、オブザーバーをふくめて、モンゴル、日本、中国、韓国、フィリピン、イギリス、ロシア、アメリカ、タイ、台湾などの国や地域から百名近くの研究者が会議に参加した。そして共同発表も含む、20本の論文が発表された。(発表の詳細は別稿にゆずりたい)。『国民郵政』や『首都・タイムズ』、『モンゴル通信』、モンゴル国営テレビ局、MNCTV、UBSなどモンゴルの新聞、テレビ局十数社が同シンポジウムについて報道した。
26日、海外からの参加者は、ツォンジン・ボルドグのチンギス・ハーン騎馬像、13世紀モンゴル帝国のテーマパークなどを見学した。写真撮影が好きな、SGRA会員の林泉忠さんは、大草原を見渡して、「これほど美しいひろい草原があるなんて、今ここで死んでもかまわない」とおもわず言った。それを聞いて、みんな微笑んだ。参加者からは「モンゴルの大草原、国全体を世界遺産に登録すべき」という提案もあった。昼食の後、興奮したみなさんは、いわゆる「モンゴル帝国時代の服」を着て、記念写真をとったが、後でチェックしてみたら、妙な感じだった。今西さんはすでにモンゴルの馬になれたようで、馬に乗って、自由に草原をかけ走った。ほかの人たちも馬に乗ったり、らくだに乗ったりした。このテーマパークは、13世紀モンゴル帝国の宗教、民家、学校などのテーマで、特色のある6つのキャンプより構成されているが、各キャンプにつくたびに、みな去るに忍びなかったが、5番目のキャンプ「学問の塾」に到着したところで、すでに帰らなければならない時間になった。結局、6番目のキャンプに行くのを断念し、後ろ髪を引かれる思いで帰りの車に乗った。
シンポジウムの写真
モンゴル国際研究所撮影
フスレ撮影
-------------------------------------
ボルジギン・フスレ(Husel Borjigin):東京大学大学院総合文化研究科学術研究員、昭和女子大学非常勤講師。中国・内モンゴル自治区出身。北京大学哲学部卒。内モンゴル大学講師をへて、1998年に来日。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士前期課程修士。2006年同研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学・日本学術振興会外国人特別研究員をへて現職。著書『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、共編『ノモンハン事件(ハルハ河会戦)70周年――2009年ウランバートル国際シンポジウム報告論文集』(風響社、2010年)、『内モンゴル西部地域民間土地・寺院関係資料集』(風響社、2011年)他。
--------------------------------------
会議の報道
Sonin.MN
『こんにち』日報社
振興社
科学アカデミー歴史研究所
在モンゴル日本大使館
Zindaa
モンゴル科学アカデミー歴史研究所の発表者に対するインタビュー
-
2012.07.11
残念ながら、今年のチャイナフォーラムは、中国当局から開催大学への勧告により中止になりました。
関連エッセイ
-----------------------------------------
下記の通りフフホト北京で開催いたしますのでご案内します。参加ご希望の方は、SGRA事務局までご連絡ください。
★講演: 宮崎幸雄 「ボランティア概論」
【フフホトフォーラム】
日 時:2012 年9月17 日(月)午後4時半~6時半
*時間が変更になりましたのでご注意ください。
会 場:内モンゴル大学南校区教学主楼XF0201
【北京フォーラム】
日 時:2012 年9月19 日(金)午後4時~6時
会 場:北京外国語大学日本学研究センター多目的室
◆主催: 渥美国際交流奨学財団関口グローバル研究会(SGRA)
協力: 内モンゴル大学モンゴル学研究センター
北京外国語大学日本語学科
後援: 国際交流基金北京日本文化センター
◆フォーラムの趣旨:
SGRAチャイナ・フォーラムは、日本の民間人による公益活動を紹介するフォーラムを、北京をはじめとする中国各地の大学等で毎年開催しています。7回目の今回は公益財団法人日本YMCA同盟の宮崎幸雄氏を迎え、長年の体験に基づいたボランティア活動の意義ついてご講演いただきます。日中通訳付き。
◆講演要旨:
1)私のボランティア原体験 <ベトナム戦争とボランティア>
①自分で手を挙げて(挫折からの逃走)②こちらのNeeds (体育) とあちらのInterests(養豚)
③信頼なくして“いのち”なし(地雷原の村) ④解放農民の学校(自立・自助)
⑥プロ・ボランティアとして国際社会へ
2)ボランティア元年と云われてー神戸・淡路大震災によって広まるボランティア(観)
3)ボランティア活動の社会的効果(地域への愛着・仲間・達成感・充実感、・希望)
4)大災害被災地のボランティア活動と援助漬け被災者
中国人が見た東日本大震災救援活動と日本人が見た四川大震災救援活動
5)3 ・11若者の自意識と価値観の変化
国際社会の支援と同情・共感・一体感と死生観・共生観と人と人との絆
◆講師略歴:
現職:(公財)日本YMCA同盟名誉主事、学校法人アジア学院評議員、学校法人恵泉学園委員(公財)公益法人協会評議員、(社)青少年海外協力隊を育てる会顧問、(社)CISV理事、在日本救世軍本営監事
略歴:1933年大阪に生まれる。関西大学英文科専攻后米国に留学、青少年教育を学び日本YMCAに就職。1969年、世界YMCA難民救済事業ベトナム担当ディレクターとしてサイゴンに7年間在住し、ベトナム難民の定住と難民青少年の教育に当たる。8年間、スイス・ジュネーブにある世界YMCA同盟本部の難民事業の統括責任者として国連難民弁務官事務所(UNHCR)との連絡担当、米国民間団体との交渉業務を担当する。1985年帰国後日本YMCA同盟常務理事・総主事1998年3月定年退職。1998年よりロータリー米山記念奨学会事務局長/専務理事、アジア青少年団体協議会会長、国際協力機構(JICA)青年海外協力隊・技術専門委員/青年海外協力隊を育てる会副会長・顧問として現在に至る。
プログラムは下記よりダウンロードしていただけます。
日本語
中国語
-
2012.07.01
下記の通りモンゴル国ウランバートル市にてシンポジウムを開催いたしますので、論文、参加者を募集いたします。
【開催趣旨】
13世紀はじめ、チンギス・ハーンはモンゴル諸部を統一し、ユーラシアをまたぐモンゴル帝国を築きました。この偉業はチンギス・ハーンの子・孫に引きつがれ、モンゴル帝国も世界史上で最大の、空前絶後の世界帝国となりました。
チンギス・ハーンとモンゴル帝国について、かつてはさまざまな偏見、誤解がくりかえされ、歪曲、誹謗されていました。幸いにも、近年、とりわけ1990年代以降、チンギス・ハーンとモンゴル帝国に対する認識は変わりつづけ、チンギス・ハーンとモンゴル帝国に関する研究、論著も大きな成果を得て画期的な展開をみせてきました。
チンギス・ハーンは新しい歴史をつくりだし、モンゴル帝国はあらたな世界秩序を構築しました。チンギス・ハーンとその騎馬運団の挑戦は世界を揺るがしたと同時に、アフロ・ユーラシアの交流の道を大きくひらきました。モンゴル帝国時代、政治、軍事、商業、経済、貿易、科学、文化、宗教などはめざましく発展し、繁栄しました。これがあってからこそ、のちのヨーロッパのルネサンス、海洋進出があったのです。これらの歴史事実は、現在、世界的に承認されています。
しかし、チンギス・ハーンとモンゴル帝国は未だ謎に満ちており、解明されていない課題がいまだおおく残されています。チンギス・ハーン生誕850周年をむかえるこの機をとらえて、わたしたちは国際シンポジウム「チンギス・ハーンとモンゴル帝国――歴史・文化・遺産」を開催することにいたしました。
本シンポジウムは、近年の学界の最新の研究成果を総括し、歴史・文化・遺産の三つの視点からチンギス・ハーンとモンゴル帝国をアプローチし、広い視野から、特色ある議論を展開することを目的としています。
【日程】 2012 年7月24(火)~26日(木)
参加登録:7月24日(火)12:30~13:00
開会式・基調報告:7月24日(火)13:00~15:40
シンポジウム:7月24日(火)16:00~18:00時、
シンポジウム:7月25日(水) 9:00~12:00時、14:00~18:10時
草原への旅行:7月26日(木)
【会場】
モンゴル・日本人材開発センター 多目的室、セミナー室
(モンゴル国ウランバートル市)
【プログラム】
詳細は下記案内状をご覧ください。
案内状(日本語)
Invitation in English
-
2012.06.15
レポート62号本文
レポート62号表紙
第6 回日SGRAチャイナフォーラム講演録
「Sound Economy ~私がミナマタから学んだこと~」
2012年6月15日発行
<もくじ・要旨>
【講演】Sound Economy (健全な経済と社会)~私がミナマタから学んだこと~
柳田耕一(財団法人水俣病センター相思社初代事務局長)
水俣病は20世紀半ばに発生した世界で知られる環境問題の一つです。それは日本の南部の漁村で発生しました。当初、被害者は劇症型の病像を呈していたため「奇病」として恐れられ、隔離されるなどの酷い仕打ちを受けました。折から日本は戦後の復興期の入り口にあり、僻遠の地に救済の手が差し伸べられるまでには長い時間がかかりました。 公式発見から半世紀経った現在でも、抜本的な治療法は無く、被害の全体像の解明は進まず、地域経済は疲弊したままです。一方で水銀による環境汚染は世界中に広がり、酷似した症状をもつ人々も出現し、Minamata Diseaseは世界共通語となっています。現在では微量水銀の長期摂取による健康影響に世界の関心は向かっています。 もう一つの側面として関心がもたれているのは、社会経済的分野です。開発重視、科学重視、利益重視、人権無視の経済運営は、生活の基盤である環境を歪め傷つけ最後には地域社会そのものを持続不可能にしてしまいますが、その象徴として水俣病事件を捉えることもできます。
【報告】内モンゴル草原の生態系 ~鉱山採掘がもたらしている生態系破壊と環境汚染問題について~
郭 偉(内モンゴル大学環境資源学院副教授)
-
2012.06.13
2012年5月19日、国立台湾大学法律学院の国際会議場で第2回日台フォーラム「東アジアにおける企業法制の継受およびグローバル化の影響」が開催された。今回のフォーラムの趣旨は法制史の観点から、19世紀末に東アジア各国の企業法制がどのように西洋法制を継受したか、そして20世紀を通して現在に至るまで、これらの企業法制がグローバル化の影響を受けながら、どのように変容してきたかということを明らかにするもので、当日の参加者は約150名であった。
開幕式では、国立台湾大学法律学院・蔡明誠院長、渥美国際交流財団・渥美伊都子理事長、台湾法学会・王泰升理事長が開幕のスピーチをしてくださった。次に、慶応義塾大学法学部・宮島司教授が「会社法はどこへ」という題名で基調講演を行った。宮島教授は日本会社法について、明治期の商法典から2006年実施した新会社法までを4つの時期に分けてそれぞれの変遷を丁寧に説明し、各時期の改正では大陸法系、あるいは英米法系の影響をどのように受けたかということをも紹介した。また、近時、日本会社法における株式会社の機関設計ないし企業統治の規範内容に対して鋭い見解を示した。その後、元台湾司法院院長・中原大学講座教授・頼英照教授が「社外取締役制度から見た外国法の移植」という題名で基調講演を行った。頼英照教授は最初に台湾会社法の沿革を詳細に紹介し、2006年、台湾証券取引法がアメリカ法を模倣して導入してきた社外取締役制度を例として、外国法制の移植の善し悪しに言及した。
第1セッションは、国立政治大学法学院・頼源河教授が座長を担当し、「西洋法の継受期のアジア各国における企業法制」というテーマで3名の学者が報告を行った。東洋大学法学部第一部・後藤武秀教授は「台湾における西洋近代法の受容と慣習法の調整:台湾の伝統的会社組織である合股を例として」という題名で報告を行った。後藤教授は日本統治時代の台湾においては、西洋法の継受国である日本が統治しているとしても、最も盛んだった企業形態は家族経営からなる合股であったことを紹介した。合股は現代法の観点から言うと、組合という概念に類似している。このような特殊の組織形態は台湾独自の慣習法として樹立している。韓国国立忠南大学法学専門大学院・李孝慶准教授は「韓国における企業法制の継受と改革」という題名で報告を行った。李准教授は日本統治時代の韓国において、1912年朝鮮民事令により日本商法が適用され、1948年韓国政府樹立以降、1962年までこの商法が引き続き適用されてきたことを紹介した。これに加えて、韓国の商法はその後も何度も改正されたにもかかわらず、内容的には日本法をモデルにしたものが依然として多く、日本法から強い影響を受けたと言えよう。国立台湾大学法律学院・蔡英欣助理教授は「法律移植と既存規範との衝突、調和:日本商法及び20世紀初期の中国会社法制を中心として」という題名で報告を行った。蔡助理教授は日本商法と中国会社法制が制定された際に、両者が同じ課題、すなわち慣習法を無視し専ら西洋法を継受したことに対して経済界が猛反発したという課題に直面したことに言及し、国が外国法を継受する場合には自らの慣習を重視する必要性を強調した。
第2セッションは、常在国際法律事務所・林秋琴パートナーが座長を担当し、「第二次世界大戦後のアジア各国における企業法制」というテーマで3名の学者が報告を行った。慶應義塾大学法務研究科・高田晴仁教授は「第二次大戦後の日本の企業法制:1950年商法改正を中心として」という題名で報告を行った。第二次大戦後、敗戦後の日本はGHQの指示を受けて、法制度を大幅に改革した。日本商法もその中の一つであった。1950年商法改正により、アメリカ法をモデルとして、授権資本制度や株式会社の機関権限の新たな配分といった改正が行われ、今日の日本会社法の基礎になったといえよう。ただ、このような改正内容は日本の風土に合わないものが少なくないと強調した。国立台湾大学法律学院・黄銘傑教授は「東アジア各国における競争法の継受」という題名で報告を行った。黄教授は日本、台湾、韓国と中国など東アジア各国が現代競争法をいつ、またどのように制定したかを紹介した。周知のように現代の競争法の原型は1890年アメリカのシャーマ法である。東アジア各国は競争文化を欠いたが故に、アメリカの競争法を継受した際に異なった規範モデルを制定したということを指摘した。香港大学法学院・呉世学教授は「第二次世界大戦後の香港会社法の展開」という題名で報告を行った。呉教授は香港の会社法について、従来イギリス法の影響を受けた一方、近時、自らのモデルを模索していると指摘した。また、香港の行政機関の統計データにより、近時、香港で会社設立の数は飛躍的に増加していることを紹介した。
第3セッションは、萬國法律事務所・顧立雄パートナーが座長を担当し、「グローバル化時代のアジア各国における企業法制」というテーマで3名の学者が報告を行った。まず、中国人民大学法学院・楊東准教授は「全球化時代中国会社法の改革と整備」という題名で、中国会社法の形成ないし変遷を紹介した。中国は、1993年に国有企業を改革するために初めて会社法を公布してから、近時、国有企業ではなく一般企業を視野に入れ、企業の株主保護を重視してさまざまな改革を行ったと説明した。明治学院大学法学院・来住野究教授は「日本における近時の会社法改正と企業統治のあり方」という題名で、近時、日本の会社法において企業統治のあり方を検討した。2002年日本商法改正により、アメリカ型の委員会設置会社が導入されたが、現在に至っても、かかる新制度を利用した企業の数はほんのわずかである。このような改正結果をいかに評価するか、と問題を投げかけた。国立台湾大学法律学院・邵慶平准教授は「根本的な会社民主観念:グローバリゼーションの下での台湾会社法の堅持と示唆」という題名で、台湾会社法は長年、何度も改正されてきたが、アメリカ法のように取締役会優位主義を採用するようになった。取締役会優位主義を採用しているといっても、いくつかの近時の判決から、今の時代でも株主権は依然として相当に重視されているという動向が見えると強調した。
オープンフォーラムは、国立台湾大学法律学院・王文宇教授が座長を担当し、第3セッションで報告した楊東准教授(中国)、来住野究教授(日本)、邵慶平准教授(台湾)及び呉世学教授(香港)がパネリストとして参加者からの質問を受け、活発な議論を行った。最後に、今西淳子常務理事および王文宇教授が閉幕スピーチを行い、フォーラムは成功裡に終了した。
(文責:蔡英欣)
フォーラムの写真(1)
フォーラムの写真(2)
アンケート集計
(基調講演)頼英照「社外取締役制度から見た外国法の移植」日本語訳
-
2012.06.10
SGRAレポート61号本文
SGRAレポート61号表紙
第41 回日SGRAフォーラムin蓼科
講演録 「東アジア共同体の現状と展望」
2012年6月18日発行
<もくじ> 【基調講演1】東アジア共同体形成における「非伝統的安全保障」
恒川惠市(政策研究大学院大学副学長)
【基調講演2】ASEANと東アジア共同体
黒柳米司(大東文化大学法学部教授)
【発表1】韓国と東アジア共同体
朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院副教授)
【発表2】中国の外交戦略と「東アジア共同体」
劉 傑(早稲田大学社会科学部教授)
【発表3】台湾・香港抜きの「東アジア共同体」は成立するのか?~脱「中心」主義で安定した共同体を~
林 泉忠(琉球大学法文学部准教授)
【発表4】モンゴルと東アジア共同体~資源開発とモンゴルの安全保障~
ブレンサイン(滋賀県立大学人間文化学部准教授)
【発表5】北朝鮮と東アジア共同体~北朝鮮とどのように付き合うのか~
李 成日(韓国東西大学校国際学部助教授)
【パネルディスカッション】東アジア共同体の現状と展望
進行:南 基正(ソウル大学日本研究所HK教授)
パネリスト:上記講演者
-
2012.06.06
下記の通り長野県蓼科にて第44回SGRAフォーラムを開催します。参加ご希望の方は、事前にお名前・ご所属・緊急連絡先をSGRA事務局宛ご連絡ください。SGRAフォーラムはどなたにも参加いただけますので、ご関心をお持ちの皆様にご宣伝いただきますようお願い申し上げます。また宿泊の手配が必要な方はご相談ください。
日時:2012年7月7日(土)10:00~17:00 その後懇親会
会場:東京商工会議所蓼科フォーラム研修室A
〒391-0213 長野県茅野市豊平チェルトの森
電話 0266-71-6600
申込み・問合せ:SGRA事務局
電話:03-3943-7612
ファックス:03-3943-1512
Email:
[email protected]
参加費: 無料
【フォーラムの趣旨】
SGRA「人材育成」研究チームが担当するフォーラム。
21世紀の幕開けとともに各国で急激に普及し始めたインターネットと携帯電話などの情報通信手段は、今では私達の生活の中で欠かせない存在となりつつある。しかもその変化のスピードがますます速まり、膨大な量の情報が氾濫している。こうした背景の中で、知識の暗記よりも情報通信技術の習得とともに世界につながるネットワークとその中に集まる知識と情報を活用できる能力が重要視され、次世代を担う人づくりを目指す学校教育のあり方にも大きな変化が迫られている。
新しい時代への対応を図るべく、アメリカ、イギリス、韓国、シンガポールなどでは90年代の後半から教育情報化政策が推進され始め、近年には国家目標に設定され、より本格的な導入に向けた動きが具体化している。日本でも1999年に全公立小中高校がインターネットに接続でき、全公立校教員がコンピュータの活用能力を身につけられるようにする「ミレニアム・プロジェクト」がスタートし、2010年からは総務省と文部科学省の推進のもと2020年までにフューチャースクールの全国展開を目指す事業も始動した。一方、新しい情報通信技術が次々開発されるにつれ、機械や機器には決して置き換えられないものがあることがますます鮮明になり、人間関係の大切さがより強調される中で生身の人間をもとにしたコミュニケーション能力が果たしてフューチャースクールで育成されうるかという懸念の声もある。
本フォーラムにおいては、世界最先端をいく韓国とシンガポールを中心にそれぞれの国の経験と現状について議論を交わす場を提供し、学びのイノベーションに関する理解と交流を深めつつ、フューチャースクールの今後の方向性について考えていきたい。
【プログラム】
詳細はここををご覧ください。
【基調講演1】次世代を担う人づくりとは
赤堀 侃司(白鴎大学教育学部長)
【基調講演2】日本のICT教育の現状と今後
影戸誠(日本福祉大学教授)
【発表1】韓国のフューチャースクール構想
曺圭福(韓国教育学術情報院研究員)
【発表2】シンガポールの教育におけるICT活用の動向と課題について
シム チュンキャット(日本大学非常勤講師)
【発表3】ICT機器を利活用した学習活動
石澤紀雄(山形県寒河江市立高松小学校)
【パネルディスカッション】
-
2012.03.07
金 雄煕 「第11回日韓アジア未来フォーラムを終えて」
2012年2月25日、高麗大学校経営館で「東アジアにおける原子力安全とエネルギー問題」というテーマで第11回日韓アジア未来フォーラムが開催された。昨年3月の福島原発事故後、ほぼ1年が過ぎようとする時点で、「本場」では真正面から取り上げにくいということと、東アジア(協力)という視点も必要という判断から、先ずはソウルで議論してみることになった。 今回のフォーラムの講師の顔ぶれは「大物」が多く、また全く違う立場から原発問題を考えているという特徴があった。
基調講演者の金栄枰(キム・ヨンピョン)先生は長年韓国で原子力問題を研究され、原子力政策フォーラム理事長を務める方である。役職からも予想されるように、明らかに原子力の必要性と安全性を強調する「教科書的」な議論を展開した。 これに対し、多彩な経験をお持ちの田尾陽一さんは、「福島再生」という観点から、除染作業など現場での再生努力の一部を紹介した。田尾さんとはフォーラムの一週間ほど前、東京でお会いする機会があったが、その時、孫正義さんを「孫くん」と呼んでいたことと、美味しい「福島産放射能マツタケ」の話に驚いた。田尾さんの議論がちょっと浮いてしまうかもしれないという心配もあったが、とても「新鮮な」議論であり、オーディエンスからの受けもよく、見事に当った結果となった。
全鎮浩(チョン・ジンホ)さんは福島原発事故以来、韓国で最も忙しくなった国際政治学者の一人で、中立的観点から東アジアにおける原子力安全協力の重要性を強調した。 最後のスピカーの薬師寺泰蔵先生は「科学技術と国家の勢い」という文明史的観点から「坂の上の雲」としての原発の必要性について力説した。田尾さんとは長いお付き合いのようで酒席などでは議論がよく噛み合うような感じだったが、原子力問題となると、目には見えないものの、相当隔たりがあるような気がした。
このフォーラムの創立メンバーの李元徳(イ・ウォンドク)さんの司会で行われたパネル討論では、ウクライナのオリガ・ホメンコさんによる貴重なチェルノブイリ体験談や経済学者の洪鍾豪(ホン・ジョンホ)さんのコンパクトな提案を聞くことができた。時間が限られていたせいか、案外激論もなく閉会した。
食事会では、奈良の今西酒造「春鹿」で「一気飲みラブショット乾杯」があったといわれている。しかし、残念なことにその場に遅れて到着したため直接確認することはできなかった。「春鹿」は2009年度の第9回慶州フォーラムで奈良から空輸してきた一升瓶が目の前で割れて消えてしまう大事件があって以来、日韓アジア未来フォーラムの公式乾杯酒となっている。未来人力研究院の李鎮奎(リ・ジンギュ)先生が法事で早く帰られた関係で飲みが足りなかったせいか、場所を変え宿泊先の有名なドイツビール屋でもう一杯をしたあと、第11回フォーラムは終了した。
韓国側主催の時にいつも感じることだが、私の予想からしては「満員御礼」に近いレベルの(李先生に動員されたかもしれない)聴衆の数に驚いた。終了まで席を外すことなく真摯に講演や議論を一生懸命聞いてくれた学生諸君にこの場を借りて感謝したい。当たり前のことだが、このフォーラムを形にしてくれた今西さん、石井さん、金キョンテさん、そして忙しいところ参加してくれた韓国SGRAの皆さんにも感謝しなければならない。とくに素敵な食堂に案内してくれた幹事の韓京子(ハン・ギョンジャ)さん、本当にお疲れ様でした。
最後にちょっとした心残りと次回フォーラムのご案内。異なる立場からの素晴らしい講演のわりには立ち入った議論に踏み込めなかった限界は残したものの、いつものように、本当に、形式、内容、そして番外の三拍子が揃った素晴らしいフォーラムであったと思う。次回フォーラムは今回のフォーラムのセカンド・ラウンドとして福島でという動きがあるということにご注目!ぜひふるって参加してください。
(仁荷大学国際通商学部教授)
当日の写真(金範洙撮影)
2012年3月7日配信