日比共有型成長セミナー

  • 2024.10.03

    第7回アジア未来会議円卓会議報告:フェルディナンド・マキト「激動の東アジアにおけるASEAN中心性」

    歴史的、文化的な理由から中国、日本、韓国、あるいは私が「北東アジア」と呼んでいる地域は、SGRAの地域イベントにおいて非常に積極的な役割を果たしてきました。これに触発され、今西さんや角田さんに励まされながら、東南アジアのより積極的な参加を強く進めてきました。2024年8月にバンコクで開催された第7回アジア未来会議では「東南アジアのレンズから世界を考える」シリーズの第2弾となる東南アジア円卓会議を開催。サブテーマは「激動の東アジアにおけるASEAN中心性」。問題提起として私は東南アジアの視点から、平川均先生(名古屋大学名誉教授)は北東アジアの視点から発表しました。   私は東南アジア諸国連合(ASEAN)中心性に関する伝統的な視点と、あまり伝統的でない視点を取り上げました。伝統的な考え方では、ASEANは対立する主要国を交渉のテーブルに集めて冷静に課題を議論させる能力を持っているとみなされます。これに対して私は、地理的なアプローチを採用したあまり伝統的ではない視点から、東南アジアと北東アジアを合わせた「東アジア」諸国の地理的な中心は、まさに南シナ海の荒波に見出すことができると指摘し、二つの概念化を検討しました。一つは小国と大国との間の紛争に焦点を当てた地政学的なもので、事例として西フィリピン海・南シナ海の対立を挙げました。もう一つは東アジアにおける二つの顕著な勢力、国境を越える地域統合と各国国内における地方分権化との間の対立に焦点を当てた「地経学」(ジオエコノミック:地政学的目的のために経済を活用すること)的なものです。   平川先生は東アジアが地域秩序を形成する上で直面している課題は100年前と似ているが、中国が日本に代わって大国になったという発言から始め、米中の覇権争いで経済分断(デカップリング)が進んでいることを指摘しました。ASEAN地域は、双方がお互いを自分たちの陣営に引き込もうとしている競争の場となっています。南シナ海におけるASEANの領有権紛争は中国の「二国間交渉」により、ASEAN加盟国の中心性と結束に深刻な課題を投げかけています。もしASEAN諸国がばらばらに地経学的なアプローチをとると、アジアの地域開発の基盤が損なわれることになります。   平川先生は最後に、ASEAN中心性はASEANだけに任せるべきではなく、東アジアで地域公共財として確立した様々なレベルでの国際協力の枠組みを維持するために、地域メンバー国の努力が必要であると強調しました。これは中国を含む東アジア諸国が平和と繁栄の中で共に生き続けるための前提条件となるでしょう。ウクライナでの戦争が北大西洋条約機構(NATO、ウクライナを支援する米国も含む)とロシアの2つの陣営に分かれる中、東アジアがグローバルサウスへの道を模索するインドと協力することも重要でしょう。ASEAN中心性の枠組みの下で、中国と率直な対話を行うことを忘れてはなりません。中国もルールに基づく国際秩序を守り、ソフトパワーの台頭として世界における威信を高めるように行動すべきでしょう。   続いて行われた討論では、キン・マウン・トウエ氏が、ミャンマーはASEAN中心性にどのように参加できるかという問題を提起しました。私はASEAN中心性の2つの地理的概念化(地政学的および地経学的)が、ミャンマーを含む地域紛争の解決策を示しており、ASEANは依然として中心的な役割を果たすことができると説明しました。フィリピン大学放送大学の講座では、このASEANの中心的な役割を地方自治体や地域コミュニティと他国のカウンターパートとの接続「Local to Local Across Border Scheme(LLABS)」と名付けました。   モトキ・ラクスミワタナ氏(早稲田大学)は、世界銀行の研究が示すように、タイ政府は確かに地方分権化に慎重な動きをしており、最近はさらに慎重になっていることを確認しました。ジャクファル・イドルス氏(国士舘大学)は東アジアにおける権威主義の縮小を呼びかけ、ASEANにとって機能してきた原則の一つが、加盟国の地域問題への不干渉であることを思い出させました。マンダール・クルカーニ博士(GITAM人文社会大学)は、とても良くまとまった統計資料を共有しながら、インドと東アジアの間の強力な経済関係を確認しました。   ポーランドからの参加者による「なぜこの会議に中国人がいないのか」というコメントに対しては、日本に住んでいる中国人研究者と一緒に開催したセミナーを紹介しました。この第37回SGRA共有型成長セミナー「東アジアダイナミックス」のレポートはここからお読みいただけます。   日本にいる中国人は「日本化」されているという私の観察も共有しました。この円卓会議は東南アジアからの観点が中心で、北東アジアの観点は平川先生が十分に触れてくださったと思います。会議が始まった時には参加者がとても少なくて心配しましたが、休憩後には部屋がいっぱいになりました。次回は最初から多くの人に来ていただけるようにしたいと思います。   今回のアジア未来会議の開会宣言で、明石康大会会長は「すべての地政学的な断層線が現在活発化しているように見える」とおっしゃいました。ウクライナ-ロシアと中東の「断層線」が挙げられたので、南シナ海-西フィリピン海の「断層線」についても言及してくださるのを待っていましたが、残念ながら「その他」にグループ化されてしまいました。「ASEAN中心性」を検討する円卓会議の主催者として、次のアジア未来会議ではもっと「東アジアの断層線」について議論できる場を増やせたらと思います。   最終日の夜にはアジア未来会議の成功だけでなく、渥美国際交流財団の30周年も祝うためにラクーン(渥美奨学生のこと)たちの集まりがありました。おそらく日本国外に拠点を置く最年長の私は、中締めを頼まれました。短い挨拶の中で、集まってくれた若い仲間たちに今回のAFC7のテーマ「再生と再会」を思い出してもらい、これは私たちに対しても可能な限りの手段を使ってお互いに「再接続」し「再活性化」するための呼びかけであることを強調しました。   これまでに、ジャクファルさんはフィリピン大学放送大学の講座でインドネシアの農村企業について講義してくれました。ラムサル・ビカスさんは鹿島建設での研究開発活動について講演するためにロスバニョスまで来てくれました。台湾の梁蘊嫻さん(元智大学)には、台湾の国父であり中華人民共和国では革命の父である孫文(1866~1925)の地価税に対する見解について話してくれる人を探していただきました。モトキさんには、次の円卓会議で講演する可能性のあるタイの研究者の推薦をお願いしています。言うまでもなく、皆さんが再びつながることをとても温かく受け入れてくれました。第8回アジア未来会議の仙台での再会を楽しみにしています。   祝賀会はフィリピンを訪れることを楽しみにしてくれている全振煥さん(鹿島建設)に手伝ってもらい盛大な三本締めで終わりました。みなさんと再会できてとても嬉しかったです。   当日の写真   <フェルディナンド・マキト Ferdinand C. MAQUITO> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学放送大学提携教員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。     2024年10月3日配信
  • 2023.04.26

    マックス・マキト「第37回共有型成長セミナー『東アジアダイナミクス』報告」

    2023年4月10日(父の91歳の誕生日)、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(AISF・SGRA)、フィリピン大学ロスバニョス校公共政策・開発大学院(UPLB・CPAf)、東北亞未来構想研究所(INAF)の共催で第37回持続可能な共有型成長セミナーが、初めて「ダブルハイブリッド方式」で開催されました。対面式⇔オンラインおよび英語⇔日本語(同時通訳なし)のハイブリッドです。この方式を試した目的は、従来は英語圏の参加者しかいなかったこのセミナーに、英語圏と日本語圏の参加者が一緒に参加する機会を増やせないか、ということでした。   今回のテーマは「東アジアダイナミックス」で、東北アジアと東南アジアの2つを合わせた地域を「東アジア」と定義しています。発表者や討論者は、両東アジア地域の出身者で構成されています。   この「東アジア」の定義は、世界銀行が1993年に発表した報告書『東アジアの奇跡』でも使われています。今回のメインテーマである「共有型成長」という言葉も、この報告書にちなんでいます。共有型成長とは、効率性と公平性のバランスが取れた開発のことです。ピケティの『21世紀の資本主義』、スティグリッツの『不平等の代償』、そして国連の持続可能な開発目標(SDGs)と、最近盛んになってきた公平性の議論に数十年先んじたという点で、この報告書は重要です。   『東アジアの奇跡』は、東アジアのダイナミクスを分析する上で重要な意味を持つ一方、それが出版される頃にちょうど出現しつつあった、重要な2つのダイナミックスを含んでいません。それが「国際的な地域化」と「地方分権化」の試みで、今回のテーマです。平川均先生(名古屋大学名誉教授)が前者を、私が後者を発表しました。平川先生は地域化を「地域主義、地域協力、制度化、経済統合を組み合わせた総合的な概念」と定義し、私は、地方分権化を「国家が政治的権限や財政的自治を委譲することによって、実質的にサブナショナル(自治体)に権限を与える国家内の現象」と定義して、報告しました。   平川先生は、東アジアの地域化について、日本的な視点がふんだんに盛り込まれた興味深い見解を示しています。東アジアの地域化の最初の試みは大東亜共栄圏であったが、結局、日本の敗戦によって失敗。赤松要の「雁行形態発展論」は日本の近代化をその歴史の中で捉えるもので、同時に国際化の視点がありました。そのため、戦時中の日本帝国のプロパガンダの一部とみなされたのですが、1980年代には、東アジア経済の統合を説明する戦略的に首尾一貫した装置として再評価され、ASEAN+3(東南アジア諸国連合+日本・中国・韓国)といった広域統合のテンプレートとさえ言えるようになりました。しかし、こうした地域統合の仕組みが機能するためには、ASEANの地域協力の発展が同時に重要であり、東アジアの発展は両者の試みが融合することで達成されたとの見解を示しました。そして、今日の東アジアで進められている地域統合を成功させるためには、「制度としてASEANの中心性が重要な役割を果たす」と、ASEANの重要性を強調しました。   次に私が、東アジアにおける1990年代以降の地方分権化の傾向について、世界銀行が2005年に発表した報告書を引用しました。地域化と地方分権化は国家が適切に権限を与え(弱すぎず強すぎず)、地域レベルと地方レベルの両方に有効性をもつ共通の原則が存在する場合、つまり、代替ではなく相互補完的関係になる時、社会の発展が達成されます。さらに、地方分権化は発展途上地域への日本の関与が共有型成長志向の下にODA-FDI-EXIM(援助・海外直接投資・輸出入)の三位一体という形で行われる時に有効性を発揮するとの経験的メカニズムを導き出しました。これは、伝統的な成長センターの外に成長ポールを新たに作ろうとする地方分権化の推進を補完する提案となります。   国際的な地域化が失敗する可能性についても考えました。私の所属するフィリピン大学ロスバニョス校で、ASEAN+3のアジェンダを推進する上で地方自治体が果たすべき重要な役割について、最近の研究を引用しました。その研究では、ASEANスマートシティネットワークのパイロット都市をエンジンとし、隣接する都市を同化させる中核主導型アプローチと、サブリージョン都市をそのエンジンとする周辺主導型アプローチを提案しています。また、第6回アジア未来会議で開催した円卓会議「東南アジアの視点から世界を考える」でも、関連する研究が発表されました。航空路線に代表される地域や国際的なネットワークの特徴は、共有型成長の原則に基づくものではなく、COVID-19のパンデミックで明らかになったように、ハブがウイルスの攻撃によって打撃を受けると全体が機能しなくなるという脆弱性を持っているというものです。   3人の討論者からは、非常に興味深い指摘があり、私たちの考えをさらに進めるために大変役立ちました。討論者がとりあげたのは地方分権化がもたらした自治体間の格差の拡大でした。地方分権化は、自治体の効率性を高める手段であり、その結果、能力の異なる自治体間の格差を拡大するからです。このような負の側面はありますが、むしろ地方分権化を積極的に進めて緊張関係の中で効率性を高めつつ、格差の拡大を緩和する政策的措置を追加していくことが望ましい政策の在り方ではないでしょうか。   参加者からも貴重なコメントを頂きました。日本語圏の参加者は期待したほどには集まらず残念でしたが、日本のコミュニティー活性化の活動をしている方が、静かにセミナーを最後まで聞いてくださったことが後で分かりました。日本語圏の人々にも発言していただくためには、もう少し工夫が必要かもしれませんが、せっかくですから匿名のコメントをそのままの形で共有させていただきます。セミナーのテーマと一致していますし、私も全く同感です。   ・・・・・・・・・・・・ 大変なご努力のセミナーですね。現在の世界の緊急で核心的な課題だと思います。マキトさんの狙いが、私に分からなかったので、各スピーカーの思考のコンセプトを理解することに集中していました。最後にその中の考えの違いやズレも、だいたい理解できました。全部聞いていたのです。私も発言しようと思いましたが、会議の狙いもあるでしょうから、混乱させてはいけないと自制しました。私は南アジアと米日韓を加えた諸国の共同を言う人たちは、軍事的な安全思考であって、自国のことしか考えていないと思っています。私は、世界は核戦争で自滅の危機にあると思っています。それは近代国家を良しとするこの200-300年の時代の終焉だと思います。科学技術振興と経済成長、グローバリズムという近代が終わったと思います。21世紀は、20世紀までの思考と構造を破棄して、新しい思考と社会構造を創らなければ、破滅するでしょう。それは近代国家を支えて来たがおとしめられてきた地方/地域を主役に、中央集権体制を打破すること、新しいコミュニティーが自立し、国境を超えてネットワークを創ること、核武装国支配の国際的枠組みを変革することだと思います。近代国家と称する国々の指導者は、自分たちの利害/安全のために離合集散し、最後は核戦争も辞さないでしょう。私はこう言う考えの持ち主ですから、発言すると混乱を招く恐れがあったわけです。ご理解ください。 ・・・・・・・・・・・・   今回のセミナーは、関口グローバル研究会(SGRA)と渥美財団のルーツを思い起こす機会でした。SGRAは、渥美財団の本拠地である東京都文京区「関口」と世界を結ぶというビジョンを持って結成されました。北東アジアの平川先生や李先生、東南アジアのコルテス先生やイドラス先生の親切で積極的なご協力は、その活動の努力と発展を証明しています。私たちは、究極的には2つの東アジアではなく、1つの東アジアなのです。   SGRAは「多様性の中の調和」という原則に基づき、「良き地球市民の促進」に貢献することをモットーとしています。今回のセミナーのダブルハイブリッド方式は、この方向への良い動きだと、私は心から思っています。私たちは異なる場所にいても、選んだ言語(今回は、英語または日本語)で自由に話しても、なおかつ良い友人でいられる関係を構築することができると思います。   当日のプログラム   当日の写真   アンケート集計     <フェルディナンド・マキト Ferdinand C. MAQUITO> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。       2023年4月27日配信
  • 2022.11.24

    エッセイ723:キン・マウン・トウエ「アジア未来会議参加報告:20年ぶりの学術会議」

    第6回アジア未来会議に円卓会議II「コミュニティとグローバル資本主義:やはり世界は小さいのだ」の発表者として参加しました。学術研究の世界から離れて約20年たちましたが、渥美財団の今西常務理事とマキト先生のお誘いを受けて、学生時代に戻ったようでした。ホテル経営と観光業に力を入れてきたので、テーマは「ミャンマーの現状における観光業とそのコミュニティの発展」です。パンデミックや政権変動の後に立ち上がり始めたミャンマーの観光業の発展に関する報告をしました。   ミャンマーでは、コロナの影響によってお客様が来なくなって営業を止めたホテルがほとんどでしたが、再開し始めています。その際には国連世界観光機関(UNWTO)と世界保健機構(WHO)の基準に基づいて、厚生省と観光省が作成した(Standard Operating Procedure (SOP)規則によって、Health and Safety Protocol (HSP)認定が条件です。ホテル側は様々な準備や従業員へのコロナに関する教育指導、さらには観光業に関連するコミュニティ等への教育指導並びに準備も必要になりました。観光省の認定証は3つのレベル―地域レベル(Regional Level HSP)、国家レベル(National Level HSP)と国際レベル(International Level HSP)―があります。これから再開するホテルは国家レベルHSP認定証がないと営業は難しく、観光客からの信頼と信用を得られないでしょう。私も指導者の1人なので、教育と普及の責任を感じています。   現在、治安が良い観光地には国内観光客が増加しています。政府がオンラインビザ申請を再開したことによって、外国人観光客やビジネスの訪問者も増えていています。ただし、現状の物価急騰や国際的な燃料費の高騰、最も影響が大きい国内通貨の変動など問題は山積みです。このような課題があっても、「アジアのパラダイス」であるミャンマーの自然や歴史など、さまざまな観光資源を上手に開発して、今後の復興のために、観光に携わる人々の協力とそのコミュニティの発展を期待しながら、毎日一生懸命仕事をしていることを報告して発表を終えました。   その後、円卓会議座長のマキト先生の素晴しい進行によって、他の国際的な発表者たちと時間を忘れて楽しい議論をしました。最近、ミャンマーの観光業関係者の会議や打ち合わせが多くありますが、このような学術的な国際会議は約20年ぶりで大変興味深く、若返った気がしました。これからも平和な地球、より良いコミュニティを作るために頑張れるでしょう。   近年、ミャンマーではコロナの問題だけでなく、世界的に注目されている政権の変動によって人々の生活状況が大きく変わりました。ただ、治安の問題については、ミャンマーすべての場所でなく一部で起きていることです。治安が落ち着いている観光地では国内観光客が増加したことによって、経済も立ち直ってきたようです。政府が変わるのは国内の問題であり、毎日の生活のため、国民のひとりひとりが自ら実行できる対策を考えながら行動する必要があります。自由を求めることは、その人の考えに基づくものですし、レベルには差があると思いますが、まずは現状を見ながら生きることが最も重要・大切と思います。ミャンマーに自由がなければ、このようなオンラインの国際会議に私が参加することはできなかったでしょう。     英語版はこちら     <キン・マウン・トウエ Khin Maung Htwe> ミャンマーで「小さな日本人村」と評価されている「ホテル秋籾(AKIMOMI)」の創設者、オーナー。マンダレー大学理学部応用物理学科を卒業後、1988年に日本へ留学、千葉大学工学部画像工学科研究生終了、東京工芸大学大学院工学研究科画像工学専攻修士、早稲田大学大学院理工学研究科物理学および応用物理学専攻博士、順天堂大学医学部眼科学科研究生終了、早稲田大学理工学部物理学および応用物理学科助手、Ocean Resources Production社長を経て「ホテル秋籾」を創設。SGRA会員。   以下のエッセイもご参照ください。   https://www.aisf.or.jp/sgra/combination/sgra/2019/12587/   https://www.aisf.or.jp/sgra/active/network/2022/17933/
  • 2022.11.11

    エッセイ721:マックス・マキト「マニラレポート2022年夏」

    パンデミックのせいで台湾は「近くて遠い国」になってしまった。プレカンファランスをオンラインで開催して1年延期された第6回アジア未来会議であったが、皆の祈りはかなわなかった。アジア未来会議の「現場」に行けなかったのは初めてだ。参加者もいつもより少ない気がした。   しかし、現場から離れていても会議ができるだけ成功するように、この狸(注:渥美財団のロゴに因んで元奨学生を「狸」と呼んでいる)は頑張った。一つの時間帯を除き、最初のセッションから閉会式まで参加し、分科会セッションでは質問をして議論を盛りあげた。国籍や専門分野や社会部門(大学・政府・民間・市民社会)を乗り越えることが狸の使命なのだ。狸はにぎやかな集まりを好んで、状況に合わせて化ける癖がある。他の狸たちも舞台の表裏で頑張っていた。皆と話したかったが、状況が許してくれなかった。   今回の会議でも僕にはさまざまな役割があった。共著論文2本の発表、セッションの座長、そして3時間の円卓会議を主催した。全て僕が日本留学によって学び、取り組み始めた「共有型成長」の研究と関係しており、研究とアドボカシーをさらに一歩進めさせてくれた。   8月28日(日)午前9時(台湾・フィリピン時間)からの分科会セッション「所得・富の地域的な格差」では共著論文を2本発表した。どちらもSGRAフィリピンが主催する持続可能な共有型成長セミナー(おかげさまで既に34回開催!)で取り上げているテーマである。1本目の論文は、地価税が伝統的な所得税などより効率的かつ公平でエコである税金だと主張し、いかにフィリピンで導入できるかを検討した。残念ながら優秀論文には選ばれなかったが、共著者と相談して発表することにした。共同研究者にも経験を積んでもらうため、地方公務員のミニー・アレハンドル(Minnie Alejandro)さんに発表をお願いした。2本目の論文は、地方分権政策が共有型成長の重要な原理の一つだという考えから、コロナ禍のインドネシア、タイ、フィリピンの地方分権政策を比較したものである。優秀論文に選ばれ、フィリピン大学ロスバニョス校の同僚ダムセル・コルテス(Damcelle Cortes)先生と共同で発表した。   29日午後4時からのセッションでは座長を務めた。テーマは「国際的な観点からみた所得・富の格差」で、発表論文は3本しかなかった。1本目はロシアからの研究者で、移民の移民先に対する影響についての研究成果を発表した。2本目は日本の大学を卒業したインドネシアの研究者たちが、金融危機における銀行の機能を巡って日本とアングロ・アメリカとの銀行管理システムを比較した。3本目はフィリピンの大学の研究者の発表で、フィリピンの出稼ぎ労働者からの送金が母国の危機における緩和役を果たした報告である。   自由討論の中で、フィリピン大学オープン大学のセザー・ルナ(Cesar Luna)副学長から1本目の発表に対してとても良い指摘があった。「なぜ移民先(先進国)への影響に注目したか」。まあ、先進国の立場からの研究だから無理もない。   3本目の報告は逆で、出稼ぎ労働者の海外からの送金の母国への影響を調べていたが、僕は「問題意識をもっと深くしたほうがいいではないか」と指摘した。フィリピンの出稼ぎ労働者の英雄的な存在は以前からよく取り上げられているので、今度はフィリピンの社会・経済コストを研究したほうが良いのではないか。頭脳流出もよく指摘されている。今日のニュースでは「パンデミックに対応するフィリピンの病院設備は十分あるが、医療スタッフがすごく足りない(看護婦が全国で12万人ぐらい不足)」と言っていた。社会的なコストも高い。出稼ぎ労働者で一杯の国際空港の出発ロビーは旅行気分で賑やかではなく、むしろ愛する家族・友達としばらく離れる悲しい場所である。そして、政策により出稼ぎ労働者が外貨稼ぎの主な手段として使われているため、政府は他の経済部門(農業や工業)の育成を怠っている。気が付かないうちに、いわゆるオランダ病に落ち込んでいる。このような課題の方をもっと研究するよう発表者にお願いした。   2本目の日米の比較研究は、内容も良く時間も守ってくれたので優秀発表賞に推薦した。僕が研究していた日米経済の根本的な違いを確認してくれたので、僕の研究をシェアして続けるよう奨励した。   僕として一番大事なセッションは、29日午前9時からの円卓会議だった。アジア未来会議では毎回さまざまな円卓会議が開催され協力してきたが、初めて僕が主催者となった。1年以上前から準備を始めたが、その難しさを肌で感じることになった。渥美財団の角田英一事務局長と相談しながら、新しい円卓会議を立ち上げた。この円卓会議はシリーズ化する予定で、総合テーマは「世界をアジアから東南アジアのレンズ(視点)で観る」(Contemplating the World from Asia through Southeast Asian Lens)である。今回はその1回目の円卓会議という位置づけで、テーマは「コミュニティーとグローバル資本主義:やはり世界は小さいのだ」(Community and Global Capitalism: It’s a Small World After All)だった。   元渥美奨学生でインドネシア出身のジャックファル(Jakfar-Idrus Mohammad)先生とミャンマー出身のキン・マウン・トウエ(Khin Maung Htwe)さんが発表を引き受けてくれたので心強かった。ジャックファルさんは村有企業(village-owned enterprise)という面白い試みを取り上げた。キンさんは、観光によっていかにコミュニティーを活性化させるか、彼自身の努力を語った。ベトナムのハ(Quyen-Dinh Ha)先生は、ベトナムではパンデミック危機を抑えるためにコミュニティーがいかに重要だったかを報告した。   円卓会議の基調講演はフィリピン大学ロスバニョス校の同僚ホセフィナ・ディゾン(Josefina Dizon)先生と僕が担当し、このテーマの問題意識を紹介した。社会ネットワーク分析の「小さな世界」という概念を利用して、今の世界経済秩序が同時多発テロのようなパンデミックに対して脆いことを指摘した。そして、もう一つの小さな世界であるコミュニティーがこの打撃に対応する時に重要であると指摘した。それに対して討論してくれたのは、フィリピン大学でコミュニティー研究が専門のアレリ・バワガン(Aleli Bawagan)先生とジャン・ペレズ(John Perez)先生だった。両者ともパンデミックに対応するためにはコミュニティーの役割が大きいことを確認しながら、パンデミックの特殊性に合わせて研究と活動の見直しが必要ではないか、大学のプログラムをどう再編すればいいか等、色々なヒントを与えてくれた。   円卓会議を初めて企画段階から務めた担当者として、円卓会議の概念はそもそも何かということまで考えさせられた。由来は、やはりあのアーサー王の円卓(ラウンドテーブル)であり、目的はアーサー王が騎士らと集まる時にテーブルの上座がない、つまり一番偉い人がいない座り方にして全員が等しく重要であることを強調した。今度の円卓会議の発表者の多くは3~4世代にわたって蓄積したコミュニティー開発の経験があり、実を言うと僕が一番新参者(新世代)だ。しかし、僕は皆が平等であることを目指し、「先生」「博士」ではなく、昔風にサー(SIR)かマダム(MA'AM)と呼び合うようにお願いした。そのほうが皆が率直に話ができる、というのが円卓会議の本質である。こうして我が東南アジアの騎士たちは活発で有益な議論をしてくれた。   日本の茶室の伝統はこの円卓会議と同じ狙いであろう。侍は刀を外に置いて、茶室の低いにじり口をくぐって入り正座する。茶室で集まると、皆平等になる。アーサー王の円卓と違うのは茶人(tea_master)がいることだ。AFCの円卓会議では僕が座長を務めたので「茶室会議」と呼んだほうが良いかもしれない。だって、狸は畳の上に寝転がるのと一期一会の世界が好きだからさ。   追伸:僕のアンケートに協力していただいた狸たちにお礼を申し上げます。これからもよろしくお願いします!   <フェルディナンド・マキト Ferdinand C. MAQUITO> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。     2022年11月11日配信  
  • 2021.07.15

    第29回持続可能な共有型成長セミナーへのお誘い

    下記の通り、第29回の持続可能的共有型成長セミナーを、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)とフィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)公共政策大学院(CPAf)の共催により、オンラインで開催します。 関心のある方は直接お申込みください。   ◆「地域通貨の探求」 In_Search_of_Community_Currencies   日時:2021年7月27日(火) 午前9~12時(フィリピン時間)/午前10~13時(日本時間) 方法:Zoomウェビナーによる 言語:英語 申込:https://qr.paps.jp/LmclT   最初の講演は「コミュニティ経済と地域通貨」の著者である栗田健一先生。その他の講演者は、地域通貨を紹介してくださった中西徹先生(東京大学)、UPLBの同僚であるホセフィナ・ディゾン先生と私です。地域通貨は持続可能な共有型成長のメカニズムであると認識して2018年から研究を続けていますが、未だにフィリピンでは事例が発見されていません。このセミナーを通して、地域通貨の可能性をより深く探ることができれば幸いです。言語は英語ですが奮ってご参加ください。    
  • 2021.06.28

    エッセイ674:マックス・マキト「マニラ・レポート2021初夏」

    ワイリー・オンライン図書館の『情報システム・ジャーナル』で、「私達は研究の社会的効果(ソーシャル・インパクト)を気にしているか」というタイトルの社説を見つけた。この社説は「H指数の独裁政治」、つまりジャーナル・インパクト・ファクターへの批判が高まっていることをはっきり指摘しただけではなく、V指数(Value-indices)、つまり僕がソーシャル・インパクト・ファクターと呼ぶものに明快に言及している。学術的研究と一般社会の関係者をどのように結びつければよいか――これはアカデミズム尊重の根強い伝統に対する正真正銘の反乱であり、僕は以前から考えていたポリシーブリーフの作成に努力しようという思いを改めて強く感じた。ポリシーブリーフとは、さまざまな政策案件に関して、政策研究のエビデンスに基づき、政策の選択肢について簡潔に解説を行うものである。自分自身はもちろんのこと、「戦略的計画の理論と方法」の授業を受けている僕の大学院生たちにも持続可能な共有型成長に関するポリシーブリーフを作成してもらうことにした。   この動きは、コロナのパンデミックのために1年間中止していた「持続可能な共有型成長セミナー」の復活となって実を結んだ。2021年5月31日、フィリピン大学ロスバニョス校公共政策開発大学院(CPAf)と渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の共催で、第28回持続可能な共有型成長セミナー「持続可能な共有型成長へのポリシーブリーフ」が、初めての完全オンラインで開催された。   ロウェナ・バコンギス学院長と今西淳子SGRA代表の温かい開会挨拶の後、僕がセミナーの経緯と趣旨を説明し、最後に9人の大学院生が作成した5本のポリシーブリーフを発表した。9人は現役の教員や公務員で、ロックダウン中の最初の2学期間で僕が出したこの挑戦的な課題に真剣に応戦してくれた。   持続可能な共有型成長へのポリシーブリーフは次の通り。   1)ビバリー・デラクルスの「農場から食卓(F2F)までのロス削減:持続可能な食料システムのための3つの良い解決策」(“Farm to Fork FLaW (Food Loss and Waste) Reduction: A Triple Win Solution Towards Sustainable Food Systems” by Beverly Mae dela Cruz)。温室効果ガス排出の削減(SDG13)水(SDG14)と土(SDG15)の資源にかかる圧力の緩和、食料安全性と栄養による社会的状況の改善(SDG2)、責任ある消費と生産(SDG12)を通じた生産性と経済成長の向上(SDG8)をめざす。   2)マルク・イシップとダヤン・カベリョウの「強力な協同組合を通じるフィリピン国内の持続可能なハタ(魚類)の生産」(“Promoting a Sustainable Grouper (Lapu-Lapu) Production in the Philippines through a Strong Cooperative Sector” by Marc Immanuel G. Isip and Diana Rose P. Cabello )。海洋資源の保全、高価値のある海洋生産物の業者間の公平分配や、漁業部門の生産性の向上のために強い共同組合を提案。   3)ヨルダ・アバンティとジョセフィン・レバトの「イサログ山:共通の善か共通の対立か」(“Mount Isarog, A Common Good or A Common Conflict“ by Yolda T. Abante and Josephine R. Rebato)。 陸上の生物多様性の保全や中央・地方政府間の適切な権利分配やイサログ山コミュニティの活性化を促進する、適切な地方分権を提言。   4)フェ・アラザーとアイザ・スンパイの「公平な枠組みの構築:COVID-19時代に対応する採点方針(“Building a Framework of Equity: Responsive Grading Policy in the Time of COVID-19” by Fe B. Arazas and Aiza Sumpay )。学生達の多様な状況に配慮しながら、非正常でストレスが多いパンデミックの時代に合った採点システムを提言。   5)メルセル・クリマコサとカテリン・アルガの「栄養と教育:国の将来の決定要因」(“Nutrition and Education: Determinants of the Country’s Future” by Merssel F. Climacosa and Catherine N. Arga)。小学生とその親の世代間の関係に焦点を当て、子どもの栄養失調が国の未来に与える打撃を軽減するため、最近の栄養と教育の政策をサーベイ。   発表者たちのポリシーブリーフは、さまざまな完成段階にあったが、CPAfの教員であるメッリン・パウンラギ先生(Merlyne M. Paunlagui)、ジン・レイェス先生(Jaine C. Reyes)、マイラ・ダビッド先生(Myra E. David)とアジア太平洋大学のジョヴィ・ダカナイ先生からの適切なコメントを頂いた。ダカナイ先生と私は、アジア太平洋大学の前身である「研究とコミュニケーション・センター」時代の仲間である。当時はまだ大学院生であったが、今のポリシーブリーフに当たる「スタッフ・メモ」の定期的な執筆に動員され「火の洗礼」を受けた。あの時の熱気は、現在のアジア太平洋大学に立派に成長することになる魔法の種であった。あの時も今も、僕たちの関心は、誰かを置いてきぼりにするのではなく、全員を甲板に召集する事にある。これこそ、僕たちの社会が現在直面している深刻な問題を解決するために必要とされている。   当日の写真   本セミナーの報告書(英語)   <フェルディナンド・マキト Ferdinand_C._Maquito> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア 太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。    
  • 2020.06.04

    エッセイ634:フェルディナンド・マキト「マニラ・レポート2020年春」

      2020年3月12日、フィリピンの大統領はマニラ首都圏の隔離令を発動した。これは僕の人生で初めての経験だった。全てのレベルの学校が休校となり、教員と職員は在宅業務を促された。1月30日にWHO(世界保健機関)が、新型コロナウイルス感染症を国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public_Health_Emergency_of_International_Concern, PHEIC)と発表した頃から僕が懸念していた最悪な事態が、この隔離令となった。隔離令が実施されるまでの猶予期間に、僕の大学のあるロスバニョスからマニラの実家に帰る選択肢もあったが、家族が分散するように僕と甥2人はロスバニョスに残ることにした。   幸いな事にインターネットはずっと機能していて、SNSなどから社会のあらゆる声が聞こえてきた。僕の研究テーマである「持続可能な共有型成長」と関連した課題を取り上げ、早速「持続可能な共有型成長ポリシー・ブリーフ(Sustainable_Shared_Growth_Policy_Brief)」を始めた。ここでは第1号の内容を簡単に紹介したい。   感染症はそもそも自然環境から生じたものである。中・米の対立による生物兵器という陰謀説もあるが、今のところこのウイルスは自然に発生したものだと見なされる研究論文が有力のようである。災害論では、脆弱性(vulnerability)と回復力(resiliency)という概念が重要である。時間的に言えば、脆弱性とは災害が起こる前の概念で、災害からいかに被害を受けやすいかを指す。回復力は、災害が起こった後の概念である。そして、多くの災害研究により、脆弱性や回復力を左右するのは、所得分配や経済発展の度合いが重要な要素であることが指摘されている。所得分配が悪くなると、そして経済発展の度合いが低くなると、脆弱性は高まり回復力は低下するという。その故に、フィリピンのような所得・富の分配状況が悪い発展途上国は、今回のパンデミックにおいて深刻な問題を抱えている。   パンデミックの衝撃を和らげるために、フィリピンの政府・民間組織・市民社会は、今に至るまで、あらゆる対策を模索しながら採用している。この激しい戦いから一歩離れて、今回のパンデミックを「持続可能な共有型成長」、つまり環境・公平性・効率という観点から評価してみたい。   さらに整理するために、持続可能な共有型成長を時間・空間・宇宙(universe)という3つの次元に沿って話を進めていく。     ◇持続可能性と時間   環境経済学では、現在の世代と将来の世代の間で自然資源をいかに分配するかが政策の重要なポイントである。この見方は、よく引用される「持続可能な開発」の定義にも見られる―将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発。これは、1987年4月に公表された環境と開発に関する世界委員会の報告書『Our_Common_Future』の中心的な考え方として取り上げられた。多世代間の自然資源の分配は、結局政策立案者の計画期間(短期か中長期か)によって決定する。   綺麗な空気や水などの自然資源のように、病気のない環境というものも自然資源として考えられており、それを多世代に渡って提供するためには、やはり資金が必要である。政策提案として取り上げられるのは、パンデミック対策のための中長期的な資金調達である。これは一種の保険であり、パンデミックが発生する時に、対策の資金として使用できるものである。市場本位の例として挙げられるのが、世界銀行のカタストロフ債である。発動条件が厳しすぎる等の批判を浴びたが投資家から3.2億米ドルを集めたので、実際に有効な概念であることを証明した。このようなファンドは市場本位なので、パンデミックのリスク評価、リスク分散、リスク削減のための投資促進という面でも役に立っている。     ◇共有型成長と時間   開発経済学にクズネッツの逆U字型曲線というものがある。これは、経済発展過程を大きく2段階に分け、第1段階では発展すればするほど格差が広がるが、第2段階では発展すればするほど格差が縮まっていくという仮説である。この説は、フィリピンにおいても妥当するのではないかという研究もある。   上述のように、被災に対する脆弱性や回復力においては発展段階や所得・富の分配が大事なので、クズネッツ曲線の平坦化が不可欠である。言い換えれば、発展途上国で共有型成長ができるだけ早く実現できれば、その分、脆弱性を低くし回復力を高めることができる。     ◇持続可能性と空間   環境問題には国境がない。それはパンデミックにも該当する。そのため対策を練る時に国境を越える協力が必要である。   この場合、やはりWHOのような多国籍の組織が重要である。フィリピンにおいてもWHOに対して批判はあるが、パンデミックに上手く対応するためには、依然として国際的な組織が不可欠であることは変わらない。WHOがこんな状況に陥ったのは、加盟国からの拠出金が減少し自発的な寄付が増加してきたからである。その故に、WHOは本来の使命を果たす余裕をどんどん失ってしまった。確かにWHOは構造改革が必要だが、まずは加盟国による拠出金の復活から始めた方が良い。WHOの西太平洋地域本部がマニラにあるだけに、フィリピンはこのロビー活動に積極的に参加できる良い位置にあると思う。     ◇共有型成長と空間   共有型成長の一つの基本原理は地方分散である。分散することにより、伝統的な成長ハブから成長が拡散して行き、成長が共有されるようになる。   今回のパンデミックは成長ハブを最初に狙い、無力化した。それは今のグローバル化の当然な結果とも言える。各国に成長ハブを発展させて、それらのハブを繋げていく。感染症があっという間に広がり、成長ハブが次々とやられて行く。このような構造をより頑丈にするためには、やはり成長の分散が有効であろう。     ◇持続可能な共有型成長と代替的な宇宙(alternate_universe)   以上で論じたように、社会がより持続可能な共有型成長(環境・公平・効率の調和)という軌道に乗れば、今回新型コロナウイルスの襲来で受けている苦労は軽減されるはずである。私が20年以上訴え続け、今年の1月にマニラとロスバニョスで開催した第5回アジア未来会議でも強調したように、フィリピンにはこのような発展が必要である。そして、今回のパンデミックでも明らかになったように、世界にもそれが必要である。   マニラもロスバニョスも、ようやく6月から隔離令が一部緩和されたが、パンデミックにおける厳しい生活は長引く覚悟が必要である。この難しい時期を乗り越えるためには、(1)何か夢中になって、(2)家族や友達との繋がりを断たないことが大事である。   対策(1)として、SGRAでやり残した持続可能な共有型成長セミナーのレポート3本を渥美財団のウェブページに掲載したので、下記リンクをご参照いただきたい。 SGRA Sustainable Shared Growth Seminar 25 Report SGRA Sustainable Shared Growth Seminar 26 Report SGRA Sustainable Shared Growth Seminar 27 Report   そして、ポリシー・ブリーフのシリーズを始めて、第2号まで発行した。このマニラ・レポートはその第1号のまとめである。次回は第2号について紹介したいと思う。 Sustainable Shared Growth Policy Brief 1 Sustainable Shared Growth Policy Brief 2   対策(2)としては、フェイスブック上での交流に今まで以上に参加している。友達と議論し、笑ったり、共感したりしているが、最近始めたのは、勤務する大学の合唱サークルのオンライン練習である(下記リンク参照)。この合唱サークルのヴィジョンは「多様性の中の調和」であり、これは渥美財団とSGRAのヴィジョンでもある。4つの異なる声(ソプラノ、アルト、テノール、バス)が一つのハーモニを作り出すという意味もあるが、様々な人が、歌う能力と関係なく、楽しんで一緒に歌うという意味もあるので、みなさんも、どうぞご自由に参加ください。   みなさま、安全を第一にしながら、これを機会により良い世界を作り出しましょう。     英語版はこちら     <フェルディナンド・マキト Ferdinand_C._Maquito> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。     2020年6月4日配信
  • 2017.12.21

    エッセイ556:マックス・マキト「マニラ・レポート2017年秋:第24回持続可能な共有型成長セミナーinシドニー『人や自然を貧くしない進歩:地価税や経済地代の役割』報告」

      2017年9月23日(月)、SGRAフィリピンが開催する24回目の持続可能な共有型成長セミナーがオーストラリアのシドニー市で開催された。このセミナーの目標が効率・公平・環境なので、ローマ字の頭文字をとってKKKセミナーとも呼ばれている。日本語だけでなく、フィリピン語でも頭文字がKKKとなる。2004年3月にマニラ市で開催した第1回セミナー以来、年2回のペースで実施してきたが、今後は、フィリピン大学ロスバニョス校の協力を得て、より頻繁に開催する予定である。   KKKセミナーの実行委員のひとりで、オーストラリアに本部を置く「良き政府協会」の総書記のジョッフレ・バルセ氏(Joffre_Balce)の提案により、今回の第24回セミナーは初めてフィリピンの外で開催された。テーマはバルセ氏が第20回KKKセミナーで発表した「地価税」であった。本セミナーの共同主催者「良き政府協会」は19世紀米国の政治経済学者のヘンリー・ジョージ(Henry_George)の政治経済政策を提唱している。その重要な議論の1つが地価税である。今回のセミナーの開催地及び日時は、特別の意味があった。9月は1901年に設立された良き政府協会の設立月にあたり、開催地は地価税が課税される国である。   以下はバルセ氏からの報告である。 -------------------   このたび、1901年に設立された良き政府協会(Association_for_Good_Government、略してAFGG)の116周年に当たって「人や自然を貧しくしない進歩」というテーマで第24回SGRA持続可能な共有型成長セミナーを共同主催させて頂いて光栄です。   私どもの協会は様々なイベントを数多く開催してきましたが、このように、太平洋の国々から発表者を招いたセミナーは初めてでした。このセミナーの発表者たちは、今の世界で主流となっている考えを批判する私の同僚の主張に共鳴してくださいました。そして、学術や政治や民間など様々な立場からの参加者と活発な議論を繰り広げ、いくつかの争点は冷静な討論に取り込まれました。   司会を務めた私、ジョッフレ・バルセは、マックス・マキト氏の1980年代のフィリピン太平洋大学の同僚で、最近日本で再会の機会に恵まれました。2015年には東京の渥美国際交流財団を訪問し、その翌年に北九州で開催された第4回アジア未来会議に参加しました。このような交流が実現したのは、へンリー・ジョージ氏の次のような3つの教えが、SGRAフィリピンが掲げている効率・公平・環境と整合性があるからです。3つの教えとは(1)貧困なき経済進歩にとって社会正義が不可欠、(2)個人の自己決定の尊重や権利の平等性からなる民主主義、(3)コモンス(共有資源)の強調、です。AFGGとSGRAの理念に敬意を表して、本セミナーは「人や自然を貧しくしない進歩」というテーマで開催されました。   最初の発表者は、AFGG会長で、25年間事務局長を務めたリチャード・ガイルス氏(Richard_Giles)で、当日の議論の枠組みを設定しました。「ヘンリー・ジョージの社会的哲学」という演題で、個人の権利は大多数の合意に従わせる共同権利ではなく、個人の尊さを支持するものであるという権利平等の原理を丁寧に説明されました。この2つの権利の十字路において、人類の進歩発展が貧富の格差を生み出すか普遍的な繁栄をもたらすかが決まります。社会で共有されるものは2つあります。1つは、無料で誰にも所有されず、生きるために自由に使える自然界から豊富に提供された資源です。もう1つは、社会における協力が生み出す価値であります。そして、それが国の価値の唯一の源で、共有する富で、「単一税」の対象になるのです。   次に、マキト氏に代わって私が「地価税:理論や実証のサーベイ」を発表しました。これはリチャード・F・ダイ(Richard_F.Dye)やリチャード・W・イングランド(Richard_W.England)が編集し、2009年に出版した本のレビューでした。参加者はマキト氏の2つの結論に同感しました。1つは、税収の中立性という概念は、地価税の逆進性が福祉予算を減らすというイングランドの懸念を完全に払拭したこと、もう1つは、ヘンリー・ジョージの単一税という概念はより高度な収入の中立性としても考えられ、他の税金を無くしても政府の予算が足りなくならないことを意味しているということです。参加者は、既得権益が地価税の活発な研究や検討を妨げているという嘆きに同情的でした。   夫のサムエル・サプアイ氏(Sam Sapuay) の手伝いを受けながらグレース・サプアイ氏(EnP.Grace_Sapuay)は「フィリピンにおける地価税の実際の便益」について発表し、ケゾン市やマリキナ市の事例を紹介しながら、フィリピンのマニラ都における地価税の理解と実施の歴史的背景を議論しました。参加者はフィリピン社会の問題に大変同情的でありながら、数多くの税金や地価税に対するフィリピン立法者の誤った理解は社会的格差を生み出す重要な原因と指摘しました。サプアイ氏はその指摘を認め、AFGGの地価税のメカニズムについて、これから夫と共にさらに学びたいと答えました。   ランチを挟んで、私が「なぜ貧困反対が十分ではないのか:ジョージ流の改革の発展途上国との関連性」について発表しました。主な論点は、貧困緩和における政府援助の失敗、新古典派、新ケインズ派、近代金融論の欠点、そして、国民の経済活動と地価から、政府が「当然な分」だと称して獲得していくことの正当性に対する批判でした。ヘンリー・ジョージが提案する改革は、すでに次のような事例があります。ドイツのアドルフ・ダマスクク(Adolf Damaschke)による税制を中心とした土地改革、1930年代の世界大不況からオーストリアを救ったシルビオ・ゲゼル(Silvio Gessel)が提案したシニョリッジ政策(通貨発行益)、そして中国の近代革命を率いた孫文が提案したジョージ流の土地改革です。   最後の発表者はクアラルンプールにあるマレイシア大学法学部のヨギースワラム・スブラマニアム氏(Dr. Yogeeswaram_Subramaniam)でした。「先住の土地権利をジョージ主義に調和させる」と題する発表は法律の分野、特に先住の権利に、ヘンリー・ジョージの教えを適用する先駆的な試みでした。彼は先住民の法律の素晴らしい歴史とアメリカの先住民に対する支援について語りました。参加者はジョージ主義の妥当性とこれからの研究可能性に関する発表の結論を概ね受け入れました。ただ、先住土地権利の扱いにおける権利平等性や共同権利の意味について激した討論もありました。土地の権利は遺伝的ではなく平等であるという歴史的正義についても面白い議論がありました。   今回のセミナーの発表者および参加者は1人残らずセミナーの主催者のAFGGとSGRAに感謝し、今後の協力に期待しています。   当日の写真     <マックス・マキト☆Max_Maquito> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。       2017年12月21日配信    
  • 2017.08.24

    第24回日比持続可能な共有型成長セミナー「人や自然界を貧しくさせない進歩:地価税や経済地代の役割」へのお誘い

      下記の通り第24回日比持続可能共有型成長セミナーをオーストラリアのシドニー市で開催します。参加ご希望の方は、SGRAフィリピンに事前に申し込んでください。   第24回日比持続可能な共有型成長セミナー ◆「人や自然界を貧しくさせない進歩:地価税や経済地代の役割」 “Progress Without Poverty of People and Nature: The Role of Land Value Taxation and Economic Rents"   日時:2017年9月23日(月)9:00~17:00 会場:Sydney Mechanics School of Arts(オーストラリア、シドニー市) 言語:英語 共催:Association for Good Government (良き政府協会)AGG 申込み・問合せ:SGRAフィリピン ( [email protected] ) (詳細はこちら)   〇セミナーの趣旨   SGRAフィリピンが開催する24回目の持続可能な共有型成長セミナー。 持続可能な共有型成長セミナーは目標が効率・公平・環境ということで、KKKセミナーとも呼ばれている。現在まで、年2回というペースで開催されているが、フィリピン大学ロスバニョス校と協力し、より頻繁に開催される予定である。今回の24回目のセミナーは初めてフィリピンの外で行われることになる。オーストラリアに本部を置く、良き政府協会研究員のジョッフレ・バルセ氏(Mr. Joffre Balce)との議論により、第20回持続可能な共有型成長セミナーで発表された「地価税」がKKKの発表候補者リストに入れられた。バルセ氏は良き政府協会の総書記であり、この協会は19世紀米国の政治経済学者のヘンリー・ジョージ(Henry George) の政治経済政策を提唱している。そのなかの重要な議論の一つが地価税である。今回のセミナーの開催地及び日時は、特別の意味がある。9月は1901年に設立された良き政府協会の設立月にあたり、開催地は地価税が課税される国である。   〇プログラム 08:00–09:00 登録   09:00–09:15 開会挨拶   09:15–10:00 発表1「ヘンリー・ジョージの社会哲学」リチャード・ガイルス(Richard Giles)AGG会長   10:00–10:30 発表2「地価税:理論・証拠・実施に関する調査」 マックス・マキト(Max Maquito)フィリピン大学ロスバニョス校・SGRA   10:30–11:00 休憩   11:00–11:30 発表3「地価税の便益:マニラ都内の複数市の事例」 グレイス・サプアイ(Grace Sapuay)SGRAフィリピン運営委員   11:30–12:00 発表4「反貧困が少数派であり続ける理由:フィリピンに対するヘンリー・ジョージ流の改革の関連性」 ジョッフレ・バルセ(Mr. Joffre Balce)良き政府協会総書記   12:00–13:00 昼食   13:00–13:30 発表5「土地への平等アクセスやグローバルな移住の問題」 フランクリン・オべング・オドーム(Franklin Obeng-Odoom)シドニー技術大学   13:30–14:00 発表6「先住民の土地所有権に対するジョージ主義の含意の検討」 ヨギスワラム・スブラマニアン(Yogeeswaram Subramanian)マレーシア大学   14:00–14:30 発表7「貧困や金の番人」 ロン・ジョンソン(Ron Johnson)「The Good Government」編集長   14:30–15:00 休憩   15:00–17:00 SGRAのビジョン、近況報告+円卓会議(モデレーター:マックス・マキト)   セミナー終了後 シドニー見学  
  • 2017.06.01

    エッセイ536:マックス・マキト「マニラ・レポート2017年初夏」

    2015年9月、国連は17の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDG)を定めた。その6番目の目標に「すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」ということが掲げられている。これを背景として、第23回SGRA持続可能な共有型成長セミナーが、「経済的に困窮しているコミュニティのための水の統合システム」というテーマで、2017年5月7日(日)にマニラで開催された。共同主催者は、雨水利用を推進するアメコス・イノベーション社(AMECOS INNOVATION, INC.)で、自社を会場として提供してくれた。   SDGのウェブサイトには、次のような統計がある。 ・2015年の時点で、改良飲料水源を利用する人々の割合は、1990年の76%から91%へと増大しています。しかし、トイレや公衆便所など、基本的な衛生サービスを利用できない人々も、25億人に上ります。 ・毎日、予防可能な水と衛生関連の病気により、平均で5000人の子どもが命を失っています。 ・水力発電は2011年の時点で、最も重要かつ広範に利用される再生可能エネルギー源となっており、全世界の総電力生産量の16%を占めています。 ・利用できる水全体の約70%は、灌漑に用いられています。 ・自然災害関連の死者のうち15%は、洪水によるものです。   フィリピンでも水の状況はあまり芳しくない。今のままでは、フィリピンは今後10年以内に水不足が深刻な問題になり得る。不衛生な水しかなくて毎日55人が命を落としている。ボトルウォーターの使用が急増している。   SGRA持続可能な共有型成長セミナーの目標は「効率・公平・環境」の鼎立であるので、実行委員会ではKKKセミナーと呼んでいる。ちなみに、フィリピン語にしてもKKKなのである。毎年2回フィリピンで開催する共有型成長セミナーでは、1人の委員のKKKに関する研究とアドボカシー(主張)に焦点を当て、発表と議論が行われる。   第23回KKKセミナーの午前中の司会者は、フィリピン出身の元渥美奨学生のブレンダ・テネグラさんであった。彼女は暫くの間参加できなかったが、今西淳子SGRA代表の誘いで、前回のKKKセミナーから復帰してくれたので嬉しく思っている。今回のKKKセミナーの焦点は、アメコス社の社長で、元大学教授であるアントニオ・マテオ先生の雨水利用の活動であった。   マテオ先生と角田英一渥美財団事務局長の開会挨拶の後、マテオ先生が「イノベンション(発明+革新)と気候変動の影響」(Innoventions Versus Climate Change Effects)というテーマで発表した。雨水利用は家計の水道費を節約するだけでなく、気候変動によって頻繁に起きている湖水の被害を軽減できるという主張であった。水源に注目したマテオ先生に対して、フィリピン固形廃棄物管理協会(Solid Waste Management Association of the Philippines)のグレース・サプアイ会長と娘のカミールさんは、下水に焦点を当てた「浄化槽における環境に優しいイノベンション(発明+革新)」(Green Innoventions in Septic Tanks)を発表した。   ちなみに、KKKセミナーへの次世代の参加が増えていて嬉しく思っている。彼らには未来が託されているからこそ、積極的に参加してもらいたい。KKKセミナーは2004年にスタートしたが、その時から僕の兄弟たちはもちろん、姪と甥もできるだけ参加してもらうようにしている。今回も、マニラの大学の工学部を卒業した甥が参加した。別の甥は、セミナー前日の夜遅くまで仕事があったが、セミナー当日には運転手として手伝ってくれた(セミナーでは眠っていたけれど)。   サプアイ親子の発表の次に、「コモンズの管理と債務の開発のための交換 (Managing the Commons and Debt for Development Swap:コモンズとは誰の所有にも属さない資源を指すもの)についてジョッフレ・バルセ氏が発表した。彼は、100年以上も続く古いオーストラリアの「良き政府の協会」(Association for Good Government)の会長であり、セミナーのためにシドニーから来てくれた。バルセ氏は、汚職などが絡んで正しく使われなかった借入金はインフラ開発のため(例えば、水道システムの開発)に使えるようにすべきだと主張した。   最後に、フィリピン大学経営学部のアリザ・ラゼリス先生が「営利団体による水源の管理」(Water Resources Management by Business Organizations)について発表した。国連の「統合水源管理」が発表した理論的な分析枠組みを展開し、文化的要素を含む社会的な様相をその枠組みに導入しようとした。   昼食を挟んで、午後はSGRAフィリピン代表のマキトが司会を務め円卓会議を行った。他の委員のアドボカシーを事例として円卓会議の進め方を説明した後、発表者や参加者と一緒に、午前中の発表を1つずつ、5つの観点(つまり、効率・公平・環境・研究・アドボカシー)から論じた。その詳細と当日の写真は、セミナーの報告書(英文)をご参照ください。   円卓会議の後、マテオ先生にアメコス社をご案内いただいた。本社屋は多目的で、自宅でもありながら、発明用の研究室+展示施設でもある。獲得した特許はすでにご自分の年齢を上回っているほどで、「母の胎内にいた時にも発明をやっていた」と冗談を言っていた。   しかし、特許に関しては問題もある。あるフィリピン政府機関が無断で彼の発明を利用しているそうだ。知的財産の権利を守る番人でもある政府が、その役割を果たしていないのであるから問題の深刻さを物語っている。政府は国の発展のためにその発明を広めようとしているかもしれないが、さらなる発明や革新の妨げになるだろう。それでも、マテオ先生は国の発展のために発明や革新を呼びかけている。   アメコス社のプチ観光の最後に、子ども達や家族や友人たちを楽しませるために、再利用した資材を使って自分で作ったツリー・ハウス(樹上の家)に案内してくださった。マテオ先生が発明や革新の意欲を失わず、しかも、KKKセミナーの参加者とのネットワークがビジネスにも役立ったと話してくれたことを嬉しく思っている。   <マックス・マキト☆Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。     2017年6月1日配信