アジア未来会議

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  • 2022.11.11

    エッセイ721:マックス・マキト「マニラレポート2022年夏」

    パンデミックのせいで台湾は「近くて遠い国」になってしまった。プレカンファランスをオンラインで開催して1年延期された第6回アジア未来会議であったが、皆の祈りはかなわなかった。アジア未来会議の「現場」に行けなかったのは初めてだ。参加者もいつもより少ない気がした。   しかし、現場から離れていても会議ができるだけ成功するように、この狸(注:渥美財団のロゴに因んで元奨学生を「狸」と呼んでいる)は頑張った。一つの時間帯を除き、最初のセッションから閉会式まで参加し、分科会セッションでは質問をして議論を盛りあげた。国籍や専門分野や社会部門(大学・政府・民間・市民社会)を乗り越えることが狸の使命なのだ。狸はにぎやかな集まりを好んで、状況に合わせて化ける癖がある。他の狸たちも舞台の表裏で頑張っていた。皆と話したかったが、状況が許してくれなかった。   今回の会議でも僕にはさまざまな役割があった。共著論文2本の発表、セッションの座長、そして3時間の円卓会議を主催した。全て僕が日本留学によって学び、取り組み始めた「共有型成長」の研究と関係しており、研究とアドボカシーをさらに一歩進めさせてくれた。   8月28日(日)午前9時(台湾・フィリピン時間)からの分科会セッション「所得・富の地域的な格差」では共著論文を2本発表した。どちらもSGRAフィリピンが主催する持続可能な共有型成長セミナー(おかげさまで既に34回開催!)で取り上げているテーマである。1本目の論文は、地価税が伝統的な所得税などより効率的かつ公平でエコである税金だと主張し、いかにフィリピンで導入できるかを検討した。残念ながら優秀論文には選ばれなかったが、共著者と相談して発表することにした。共同研究者にも経験を積んでもらうため、地方公務員のミニー・アレハンドル(Minnie Alejandro)さんに発表をお願いした。2本目の論文は、地方分権政策が共有型成長の重要な原理の一つだという考えから、コロナ禍のインドネシア、タイ、フィリピンの地方分権政策を比較したものである。優秀論文に選ばれ、フィリピン大学ロスバニョス校の同僚ダムセル・コルテス(Damcelle Cortes)先生と共同で発表した。   29日午後4時からのセッションでは座長を務めた。テーマは「国際的な観点からみた所得・富の格差」で、発表論文は3本しかなかった。1本目はロシアからの研究者で、移民の移民先に対する影響についての研究成果を発表した。2本目は日本の大学を卒業したインドネシアの研究者たちが、金融危機における銀行の機能を巡って日本とアングロ・アメリカとの銀行管理システムを比較した。3本目はフィリピンの大学の研究者の発表で、フィリピンの出稼ぎ労働者からの送金が母国の危機における緩和役を果たした報告である。   自由討論の中で、フィリピン大学オープン大学のセザー・ルナ(Cesar Luna)副学長から1本目の発表に対してとても良い指摘があった。「なぜ移民先(先進国)への影響に注目したか」。まあ、先進国の立場からの研究だから無理もない。   3本目の報告は逆で、出稼ぎ労働者の海外からの送金の母国への影響を調べていたが、僕は「問題意識をもっと深くしたほうがいいではないか」と指摘した。フィリピンの出稼ぎ労働者の英雄的な存在は以前からよく取り上げられているので、今度はフィリピンの社会・経済コストを研究したほうが良いのではないか。頭脳流出もよく指摘されている。今日のニュースでは「パンデミックに対応するフィリピンの病院設備は十分あるが、医療スタッフがすごく足りない(看護婦が全国で12万人ぐらい不足)」と言っていた。社会的なコストも高い。出稼ぎ労働者で一杯の国際空港の出発ロビーは旅行気分で賑やかではなく、むしろ愛する家族・友達としばらく離れる悲しい場所である。そして、政策により出稼ぎ労働者が外貨稼ぎの主な手段として使われているため、政府は他の経済部門(農業や工業)の育成を怠っている。気が付かないうちに、いわゆるオランダ病に落ち込んでいる。このような課題の方をもっと研究するよう発表者にお願いした。   2本目の日米の比較研究は、内容も良く時間も守ってくれたので優秀発表賞に推薦した。僕が研究していた日米経済の根本的な違いを確認してくれたので、僕の研究をシェアして続けるよう奨励した。   僕として一番大事なセッションは、29日午前9時からの円卓会議だった。アジア未来会議では毎回さまざまな円卓会議が開催され協力してきたが、初めて僕が主催者となった。1年以上前から準備を始めたが、その難しさを肌で感じることになった。渥美財団の角田英一事務局長と相談しながら、新しい円卓会議を立ち上げた。この円卓会議はシリーズ化する予定で、総合テーマは「世界をアジアから東南アジアのレンズ(視点)で観る」(Contemplating the World from Asia through Southeast Asian Lens)である。今回はその1回目の円卓会議という位置づけで、テーマは「コミュニティーとグローバル資本主義:やはり世界は小さいのだ」(Community and Global Capitalism: It’s a Small World After All)だった。   元渥美奨学生でインドネシア出身のジャックファル(Jakfar-Idrus Mohammad)先生とミャンマー出身のキン・マウン・トウエ(Khin Maung Htwe)さんが発表を引き受けてくれたので心強かった。ジャックファルさんは村有企業(village-owned enterprise)という面白い試みを取り上げた。キンさんは、観光によっていかにコミュニティーを活性化させるか、彼自身の努力を語った。ベトナムのハ(Quyen-Dinh Ha)先生は、ベトナムではパンデミック危機を抑えるためにコミュニティーがいかに重要だったかを報告した。   円卓会議の基調講演はフィリピン大学ロスバニョス校の同僚ホセフィナ・ディゾン(Josefina Dizon)先生と僕が担当し、このテーマの問題意識を紹介した。社会ネットワーク分析の「小さな世界」という概念を利用して、今の世界経済秩序が同時多発テロのようなパンデミックに対して脆いことを指摘した。そして、もう一つの小さな世界であるコミュニティーがこの打撃に対応する時に重要であると指摘した。それに対して討論してくれたのは、フィリピン大学でコミュニティー研究が専門のアレリ・バワガン(Aleli Bawagan)先生とジャン・ペレズ(John Perez)先生だった。両者ともパンデミックに対応するためにはコミュニティーの役割が大きいことを確認しながら、パンデミックの特殊性に合わせて研究と活動の見直しが必要ではないか、大学のプログラムをどう再編すればいいか等、色々なヒントを与えてくれた。   円卓会議を初めて企画段階から務めた担当者として、円卓会議の概念はそもそも何かということまで考えさせられた。由来は、やはりあのアーサー王の円卓(ラウンドテーブル)であり、目的はアーサー王が騎士らと集まる時にテーブルの上座がない、つまり一番偉い人がいない座り方にして全員が等しく重要であることを強調した。今度の円卓会議の発表者の多くは3~4世代にわたって蓄積したコミュニティー開発の経験があり、実を言うと僕が一番新参者(新世代)だ。しかし、僕は皆が平等であることを目指し、「先生」「博士」ではなく、昔風にサー(SIR)かマダム(MA'AM)と呼び合うようにお願いした。そのほうが皆が率直に話ができる、というのが円卓会議の本質である。こうして我が東南アジアの騎士たちは活発で有益な議論をしてくれた。   日本の茶室の伝統はこの円卓会議と同じ狙いであろう。侍は刀を外に置いて、茶室の低いにじり口をくぐって入り正座する。茶室で集まると、皆平等になる。アーサー王の円卓と違うのは茶人(tea_master)がいることだ。AFCの円卓会議では僕が座長を務めたので「茶室会議」と呼んだほうが良いかもしれない。だって、狸は畳の上に寝転がるのと一期一会の世界が好きだからさ。   追伸:僕のアンケートに協力していただいた狸たちにお礼を申し上げます。これからもよろしくお願いします!   <フェルディナンド・マキト Ferdinand C. MAQUITO> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。     2022年11月11日配信  
  • 2022.11.03

    エッセイ720:李鋼哲「第6回アジア未来会議INAFセッション『台湾をもっと知ろう』レポート」

    今年のアジア未来会議は8月末に台北の中国文化大学で開催予定だったが、コロナ禍の終息が見られずハイブリッド形式で開催、台湾の参加者は会場に集まり、海外からはオンラインで参加した。コロナ禍にも関わらず、世界各地から大勢の参加者が集まり盛況だったと思う。   大会2日目の28日は多くの分科会が設けられたが、その中の2つを一般社団法人・東北亞未来構想研究所(INAF)が主催した。   この企画は、INAF所長である筆者が準備段階から研究所内の皆さんに呼び掛け、東北アジア地域を対象とした研究所としての特徴を生かし、東北アジア諸国と台湾との関係をテーマに設定し、政治や歴史、経済・産業分野を中心にしたユニークなセッションとして注目された。   当初、台湾に旅する機会が少ない皆さんは、視察旅行を兼ねて学術会議に参加を申し込んだが、残念ながらその望みは実現できなかった。   にもかかわらず、発表者の皆さんは忙しい中でも膨大なエネルギーを注いで準備を行った。専門分野ではあるものの、台湾との関係についてはほとんど各自の研究の射程に入っていなかった。台湾の特殊な事情により、日本を始め台湾研究者は非常に限られている。   特殊な事情の一つは、第2次世界大戦後の1949年に同じ国であった中国と台湾が中華人民共和国と中華民国に分断されたこと。次に国際社会の中で中国の存在感が大きく、台湾が小さいこと。最後に国際連合(UN)での代表資格が1945年から1971年10月までは中華民国だったが、その後は国連決議により中華人民共和国にとって替われ、それ以来、世界多数の国は中華人民共和国と国交を締結する際に「一つの中国」しか認めない、という中国政府の条件を受け入れ、中華民国との国交関係を次々と断絶したことなどが挙げられる。   そのような台湾(中華民国)が、今度のINAFセッションによって少しでも脚光を浴びることになったかもしれない。   【Part1】では平川均INAF理事長をモデレーターとし、3名の報告と討論が行われた。   第1報告は、筑波大学大学院博士課程の李安・INAF研究員による「岸信介政権期における政財界の対中「政経分離」認識―新聞報道を中心に―」だった。1950年代に国交がない中で民間貿易がどのように展開されたのかについて、当時のメディアの報道をリサーチした日中両国関係についての研究であるが、発表者は当時の日本と中華民国との関係についてもメスを入れて、日本は如何に国交がない中国との民間貿易に取り組んだのか、その中で中華民国との関係をどのように処理したのか、という大変興味深い内容であった。討論は羽場久美子・INAF副理事長・神奈川大学教授が務めた。   第2報告は、川口智彦・INAF理事の「北朝鮮-台湾関係と国際関係」。北朝鮮(DPRK)は建国後、ソ連や中国など社会主義圏との交流関係が多く中国とは親密な関係を持っていたため、資本主義圏の中華民国(台湾)との交流はほとんど行われず、両者関係は空白と言っても過言ではなかった。そのような厳しい状況であるにも関わらず、発表者は一生懸命に資料を収集し、韓国研究者の論文を見つけ出し、北朝鮮と台湾の関係が形成された時期の台湾外交を「第1期、柔軟な外交(1972~1987)」、「第2期、実用外交(1988~1999)」、そして「定型化(2000~現在)」に分け、両岸関係、中米関係、中韓関係と関連させながら、それぞれの時期にあった当該国間の外交、経済交流の事例に関する研究を紹介した。日本では前例をあまり見ない先駆的な研究であるかもしれない。討論は三村光弘・INAF理事・ERINA研究主任(北朝鮮専門家)が担当した。   第3報告は、アンドレイ・ベロフ・INAF理事・福井県立大学教授の「Economic Relations between Russia and Taiwan」であった。前述と同じ理由で、台湾はソ連やロシアと外交関係がなかったため、相互交流がほとんどなく、それに関する先行研究もほとんど見当たらない状況の中で、経済交流に関する資料を収集し、エネルギーや半導体の貿易が行われていることを明らかにしたので、これも先駆的な研究であるかもしれない。討論は筆者が務めた。   【Part2】のモデレーターは川口智彦理事が務め、2名の報告と討論が行われた。   第4報告は陳柏宇・INAF理事・新潟県立大学准教授の「東アジアにおける帝国構造とサバルタン・ステイト:台湾と韓国を中心に」であった。報告者はINAFセッションの中で唯一台湾出身の学者であり、東アジアの国際関係や国際政治を専門とし、台湾と中国の関係、台湾と日本の関係など多くの研究成果を発表している。本報告では「サバルタン」とは植民地化または他の形態の経済的、社会的、人種的、言語的または文化的支配によってもたらされる従属の状態であることを説明した上で、戦後の韓国と台湾(中華民国)は東アジアのサバルタン・ステイトの代表例だ、という指摘は印象に残った。討論は佐渡友哲・INAF理事が務めた。   最後の報告は筆者で、テーマは「半導体産業におけるグローバル・サプライ・チェーン再編―米中覇権争いと台湾―」にした。筆者は半導体産業の研究が専門ではないが、米中貿易摩擦および覇権争いが激しさを増す中、「半導体を制する者は21世紀を制する」と言われるので、それに関する資料を収集・分析して、半導体の開発・生産・販売を巡る米中台3者の関係を明らかにしようとした。討論は平川均理事長が務めた。   発表と討論の後に総合討論が行われ、白熱した議論が交わされた。台湾で開催されるアジア未来会議であるがために、INAFセッションでは台湾を重点的に取り上げて、興味深い報告や分析が行われていたことで、多数の参加者がオンラインで参加し、有意義な交流の舞台となった。   <李鋼哲(り・こうてつ)LI Kotetsu> 1985年北京の中央民族大学業後、大学院を経て北京の大学で教鞭を執る。91年来日、立教大学大学院経済学研究科博士課程単位修得済み中退後、2001年より東京財団、名古屋大学国際経済動態研究所、内閣府傘下総合研究開発機構(NIRA)を経て、06年11月より北陸大学で教鞭を執る。2020年10月1日に一般社団法人・東北亜未来構想研究所(INAF)を有志たちと共に創設し所長を務め、日中韓+朝露蒙など多言語能力を生かして、東北アジア地域に関する研究・交流活動に情熱を燃やしている。SGRA研究員および「構想アジア」チームの代表。近著に『アジア共同体の創成プロセス』、その他書籍・論文や新聞コラム・エッセイが多数ある。     2022年11月3日配信
  • 2022.10.13

    エッセイ718:陳姿菁「第6回アジア未来会議を終えて」

    「来年、台湾台北で会いましょう!」 中国文化大学元学長の徐興慶先生、台湾のラクーン(元渥美奨学生)たちと一緒に、2020年1月にフィリピンで開催された第5回アジア未来会議のクロージングパーティーのステージに上がり、皆さんに呼びかける自分の声が耳元で響いていた光景が昨日の出来事のようです。   翌日のツアーで火山の噴火を目の当たりにし、そして火山灰で滑走路が閉鎖され、空港では長時間待たされ、混乱の中で帰国便の変更をしたことなど、皆さんは覚えているでしょうか。   帰国後、第6回アジア未来会議の準備が始まりました。いえ、準備はもっと前から始まっていました。火山見学の途中、噴火する直前の火山の横の展望台で、徐先生から「準備委員会の連絡グループを作りましょう」と指示を受けた時に始まっていました。   フィリピン大会から約1カ月後、日本から今西さんと角田さんの2人、タイからはアジア未来会議(AFC)事務局3人組が台湾で集合しました。   宿泊施設の視察、おもてなしの台湾料理の試食など朝から晩までぎっしりとスケジュールが詰まっていました。台湾の魅力をどのように皆さんに知ってもらうか、いろいろなアイディアが飛び交っていました。   101ビルはランドマークとして広く知られているかもしれません。では、圓山ホテル(ザ・グランドホテル)はご存知でしょうか。赤い柱と金の瓦の14階建て中国宮殿様式のホテルで、台湾では初めての5つ星ホテルです。歴史のある圓山ホテルの格式を味わってもらう宴会場を探しました。高さ11メートルの天井に、渦を巻いて空を飛ぶ龍が珠を吐き出すホールを見学し、ここでクロージングパーティーを開いたらきっと一層華やかな雰囲気を引き立てられるのではないか、視察チームは様々な想像を巡らせて、その会場を予約することにしました。   その頃は新型コロナが世界にこんなに大きな影響を与えるとは思いもよりませんでした。台湾ではすでに警戒態勢で、マスクは配給制になっていました。視察チームが帰国する際に、空港で今西さんが「マスクをあげようか」と言ってくれたのをまだ鮮明に覚えています。「いえいえ今西さん、ご自分に取っておいた方がいいですよ」と答えましたが、まさかその後日本でもしばらくマスクが不足するとは思いませんでした。   2020年3月19日、今西さんたちが帰国して間もなく台湾は国境を閉じ、新型コロナは火に油を注ぐような勢いで世界中に広まっていきました。   新型コロナの収束が見えない中、対面で会議が開けるか台湾の準備委員会では議論を重ねました。様々な国の学者と対面で議論し、学際的な交流をするのはアジア未来会議の醍醐味です。その醍醐味を最大限に保ちたいという思いを優先し、2021年8月に台湾で開催予定だった第6回アジア大会の延期を決めました。「1年延期すれば、なんとか光が見えてくるでしょう」と準備委員会で議論しました。そして本番の大会の宣伝を兼ねて、オンライン式の「プレカンファランス」を開くことになり、2021年8月26日(木)に実施しました。   「プレカンファランス」が大成功に終わり、いよいよ本番を目指します。しかし、新型コロナがベータからデルタ、オミクロンへと次から次へ変異し事態が思わぬ方向へと進んでいきました。オンラインかハイブリッドか対面か、どの形にするか最後の最後まで決めかねていました。準備委員会としてはアジア未来会議の醍醐味である対面会議での交流を大事にしたいと考えていましたが、ご存じの通り入国制限があり、最後はハイブリッド形式に決まりました。アジア未来会議が始まってから初めてのチャレンジです。   大会数日前にはパネリストや通訳などに続々と感染者が出て、臨時的措置を取らなければならない慌ただしい雰囲気が漂っていました。あと数分で日付が変わる25日の真夜中に、事務局から26日に公開する英語のお知らせの中国語への翻訳の依頼が入り、「間に合うか間に合うか」と秒単位で緊張しながらのやり取りです。さまざまなネットワークやチームメンバーが動員された大会がいよいよ開幕を迎えると実感しました。   8月27日当日、台北市北部の山に位置する中国文化大学で大会が始まりました。台湾ではまだ新型コロナ対策として「社交距離」、「マスク着用」など様々な規制があるにも関わらず、大会ホールには大勢の人が集まっていました。   シンポジウムでは基調講演者の前(第14代)中華民国副総統の陳健仁先生をはじめ、各国・各分野で活躍する先生方が新型コロナについて様々な視点から話をしてくれました。パネリストの一人である黄勝堅先生(台北市立聯合病院前総院長)の言葉を借りますと、基調講演とシンポジウムの話はまさに大会趣旨である「みんなの問題、みんなで解決」にぴったりだと、私も思わずうなずいていました。   開催会場の中国文化大学側の総動員、日本(+タイ)側のスタッフ、そして台湾の多数の学校をまたぐ準備委員会の委員たちが積極的に協力してくれたおかげで、3日間にわたった基調講演、シンポジウム、円卓会議、分科会などがスムーズに行われ、活発な議論が展開されました。大会が順調に行われた裏ではたくさんの方々の協力が欠かせませんでした。心から感謝を申し上げます。   私は準備委員の一員であるほか、コメンテーター、座長、共同発表、個人発表など数役を担い、日本語、中国語、慣れない英語を切り替えながら気を張り詰めて3日間を過ごしました。新しく取り入れた研究テーマが「ベストプレゼンテーション」という評価をいただき、とても励みになりました。新しい研究やチャレンジの成果をシェアできる場として、異なる分野、異なる国の学者が異なる視点で議論できる場として、大会の様子を見て「あー参加して良かった」とつくづく思いました。   第6回アジア未来会議は無事に閉幕しました。対面会議ではない形で開催され残念な気持ちはありますが、これからの時代はハイブリッド形式が普通になるのではという感想もあります。   第1回から第6回、コロナのない時代、コロナの時代、ポストコロナの時代、そしてウィズコロナの時代、これからはどんな時代になるのでしょうか。第7回アジア未来会議は最初の開催地であるバンコクに戻ります。どんな話題が繰り広げられるのか、とても楽しみです。   では、台湾の台北からタイのバンコクへバトンタッチします。 皆さん、2024年8月にバンコクで会いましょう。     英語版はこちら     <陳姿菁(ちん・しせい)CHEN Tzu-Ching> SGRA会員。お茶の水女子大学人文科学博士。台湾教育部中国語教師資格、ACTFL(The American Council on the Teaching of Foreign Languages)のOPI(Oral Proficiency Interview)試験官(日本語)。台湾新学習指導要領(第二外国語)委員。開南大学副教授。専門は談話分析、日本語教育、中国語教育など。     2022年10月13日配信
  • 2022.07.26

    第6回アジア未来会議へのお誘い

    本年8月末に台北市の中国文化大学で開催予定であった第6回アジア未来会議は、新型コロナウイルス感染の収束が見通せず、海外からの台湾入境が厳しく制限される状況が続いているため、ハイブリッド方式で実施いたします。台湾在住の方は、中国文化大学の会場で開催する開会式、基調講演、シンポジウム、懇親会に是非ご参加ください。その他の方はオンラインでご参加ください。日本語への同時通訳もあり、また、カメラもマイクもオフのウェビナー形式ですから、どなたでもお気軽にお聞きいただけます。 円卓会議と200本の論文発表が行われる分科会もオンラインで行われます。優秀論文賞の表彰式、優秀発表賞の選考も行います。円卓会議と論文発表のセッションはどなたでも聴講していただけます。皆様のご参加をお待ちしています。   《概要》 名称:第6回アジア未来会議 テーマ:「アジアを創る、未来へ繋ぐ-みんなの問題、みんなで解決」 会期:2022年8月27日(土)~ 29日(月) 開催方法:中国文化大学(台北市)会場及びオンラインによるハイブリッド方式 プログラムはここをご覧ください。   【開会式、基調講演、シンポジウム】 2022年8月27日(土)午後3時~6時30分(日本時間) ※言語:中英・中日同時通訳 1.開会式 開会宣言:明石康(アジア未来会議大会会長) 主催者挨拶:渥美直紀(渥美国際交流財団理事長) 共催者挨拶:王淑音(中国文化大学学長) 来賓祝辞:泉裕泰(日本台湾交流協会台北事務所代表) 来賓祝辞:黄良華(中国文化大学傑出校友会会長)   2.基調講演「国際感染症と台湾―新型コロナウイルスとの共存か戦いか」 講師:陳建仁(前中華民国副総統)   3.シンポジウム「パンデミックを乗り越える国際協力―新たな国際協力モデルの提言」 (台湾)孫效智(国立台湾大学学長特別補佐:生命教育学) (韓国)金湘培(ソウル大学教授:国際政治学) (台湾)黄勝堅(台北市立聯合病院前総院長:医学) (日本)大曲貴夫(国立国際医療研究センター国立感染症センター長:公衆衛生学) (台湾)陳維斌(中国文化大学国際部部長:都市工学)   4.優秀論文賞授賞式   5.懇親会(会場参加者のみ)   ◇基調講演・シンポジウム参加申込 会場参加 オンライン参加   【円卓会議・セッション・分科会(論文発表)】 2022年8月27日(土)10:00~13:30(日本時間) 2022年8月28日(日)10:00~18:30(日本時間) 2022年8月29日(月)10:00~18:30(日本時間) ※言語:英語、日本語、または中国語 ※オンライン(Zoom会議Breakout_Room機能利用)   1.円卓会議I:アジアにおけるメンタルヘルス、トラウマと疲労 「Are you okay? ―Discussion on mental health, trauma, and fatigue in Asia」 2022年8月28日(日)10:00~13:30 ※言語:英語   2.円卓会議II:世界を東南アジアのレンズを通して観る 「Community and Global Capitalism ―It’s a Small World After All」 2022年8月29日(月)10:00~13:30 ※言語:英語   3.INAFセッション 「台湾と東北アジア諸国との関係」 2022年8月28日(日)15:00~18:30(日本時間) ※言語:日本語   4.分科会/セッション(テーマ別論文発表と討論) アジア未来会議は、学際性を核としており、グローバル化に伴う様々な課題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励しています。200本の論文を言語とテーマによって46セッションに分け、ZoomのBreakout_Room機能を用いて分科会が行われます。 ※言語:英語、日本語、または中国語   ◇円卓会議・分科会聴講申込 円卓会議・分科会の聴講をご希望の方は、アジア未来会議オンラインシステムにてユーザー登録と参加登録をお願いします。発表要旨、論文、及びZoomのリンク情報はAFCオンラインシステムにて閲覧・ご確認いただけます。(登録・参加無料)   <お問い合わせ> アジア未来会議事務局 afc@aisf.or.jp
  • 2021.09.15

    第6回アジア未来会議プレカンファランス「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」報告

    前回の第5回アジア未来会議は、2020年1月9日から13日の4日間、21ヵ国から294名の登録参加者を得てフィリピンで開催されました。12日午後、スタディツアーの1グループがタガイタイ観光を楽しんでいたまさにその時タール火山が噴火し、火山灰は会議場となったマニラ市南郊のアラバンにも達しました。帰国日、マニラ国際空港では欠航や遅れが相次ぎ、200名以上の参加者に影響を及ぼし、70名以上が会議場のホテルで延泊、それ以上が空港ターミナルや市内のホテルで長時間の待機を余儀なくされました。当時は大変な災難に遭遇したと思っていましたが、全世界を震撼させた新型コロナウイルスまん延防止のための武漢都市封鎖が1月23日でしたらから、今から思えば、この時に国際会議を開催できたのは運が良かったというべきでしょう。   第6回アジア未来会議は、当初、2021年8月に台北市で開催する予定でした。テーマは「アジアを創る、未来へ繋ぐ―みんなの問題、みんなで解決」と決まり、共催の中国文化大学の徐興慶学長がマニラ会議の閉会式で台湾開催を宣言、2020年2月24日には渥美財団の担当チームが訪台し、会場、宿泊所、宴会場を視察して文化大学で最初の会議を開催しました。その頃には殆どの人がマスクを着用し、有名な台湾のマスク販売管理システムも実施されていましたが、まさかその後台湾と日本の往来が全くできなくなり、それが1年半以上も続き、未だ終息の目途もたたない状況に陥るとは誰も予想だにしませんでした。   その後、コロナ禍中で発達したオンライン会議により、中国文化大学と渥美財団は定期的に連絡を取り合い、文化大学だけでなく他大学の先生方にもご協力いただく台湾実行委員会が立ち上がり、準備が始まりました。感染防止優等生の台湾では、300人規模の会議開催に問題はないと思われましたが、2021年8月に海外の参加者が入国するのは難しいことが予想され、1年延期を12月の実行委員会で決定し、ホームページや一斉メールなどで参加者に伝えました。既に優秀論文賞と奨学金の選考対象となる論文募集(AFC#6A)が締め切られていたので、その選考は予定通りに進め、2021年には再度、論文募集と選考(AFC#6B)を実施することにしました。優秀論文集も2回発行することになります。また、台湾実行委員会による台湾特別優秀論文賞も設立されました。   さらに、2021年8月にプレカンファランスを開催することを決めました。第6回アジア未来会議の会場となる中国文化大学で、午前中は500人規模の基調講演とシンポジウムを開催し、台湾の会場と世界各地からの参加者をオンラインで結ぶというハイブリッド形式です。午後は台湾特別優秀論文口頭発表は対面で、AFC優秀論文口頭発表はオンラインで計画されました。しかしながら、2021年5月に台湾でも感染が急拡大、1日の新規感染者数が500人を超える日もあり、5月19日から台湾全域で感染警戒レベルの厳しい感染措置が取られ、住民の生活は一変しました。台湾の大学では夏休みの間に外部者を招待するイベントの開催が難しくなりました。   そこで、プレカンファランスは完全オンライン形式へ変更することにしました。諸々検討した結果、東京で渥美財団がホストするZoomのプラットフォームで開催し、午前中の基調講演とシンポジウムは同時通訳設備機能のあるZoomウェビナー、午後の優秀論文の口頭発表はブレイクアウトルーム機能を利用できるZoom会議を利用することに決めました。渥美財団では2020年6月以来、全ての交流事業をオンラインあるいはハイブリッド形式で進めてきたので、失敗も含めてかなりの経験を積んでいましたが、このような規模の企画は初めてです。   接続テストは、ご挨拶いただく先生方、講師と討論者5名、同時通訳の会場となる中国文化大学、中英、中日の同時通訳者4名、AFC優秀論文口頭発表者20名、台湾特別優秀論文口頭発表者5名と4日間かけて実施しました。当日、先生方には1時間前には接続していただきました。午前10時から午後4時30分までの6時間半の間、大きな技術的トラブルがなかったことが一番安堵したことです。   *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   2021年8月26日(木)台湾時間午前10時、第6回アジア未来会議プレカンファランスが定刻通りに中国文化大学の林孟蓉先生の司会で始まりました。台湾実行委員会によるプロモーションのおかげで、Zoomウェビナーへの参加登録は15カ国から669名、その半数が台湾居住者です。最初にアジア未来会議の明石康会長から開会の挨拶をいただきました。   基調講演は中央研究院の呉玉山院士による「アジアは何処に向かうのか?:疾病管理が政治に巻き込まれた時」というタイトルの非常に時宜を得た刺激的なお話でした。呉先生は「流行性疾病を管理することは国際的な協力行動を刺激するはずだったのに、新型コロナウイルスのパンデミックでは、疾病の起源を巡る責任のなすり合い、ワクチン・ナショナリズム・ワクチン外交など一連の国際紛争を経験した。紛争によって協力関係が抑制される現象は、パンデミック前から存在した国際システムの中の新冷戦と関係している。新冷戦は国際間における大国の権力の移り変わりと経済危機に起因する右派ポピュリズムの台頭に根源があり、その勢いは既に根深く、紛争の渦に吸収されてしまっている」と分析しました。   そして「どうすればこの局面の一層の悪化を阻止できるのか。まず防疫を国際政治競争から切り離して独立した領域とし、新たな冷戦に感染させないこと、第2に防疫とその他の協力可能なセクターが一致して、政治的対立の融和をはかること、第3は抜本的措置で、新たな冷戦が深化し続けるのを阻止することである。これらがうまくいかなければ、深刻な結果となるだろう」と警鐘を鳴らしました。   第2部のシンポジウムでは、徐興慶・文化大学学長がモデレーターを務め、松田康博・東京大学教授、李明・政治大学教授、ケヴィン・ヴィラノバ・フィリピン大学准教授、徐遵慈・中華経済研究院台湾東南アジア国家協会研究センター主任がコメントし、ワクチンパスポートの難しさ、感染抑え込みに成功した台湾のユニークな立場、東南アジア諸国連合(ASEAN)が中心となった対策の必要性、本当の負け組は発展途上国であることなどが提起されました。講演概要と発表資料はプロシーディングスをご覧ください。   昼食後、台湾時間午後1時から第3部の優秀論文賞授与式と口頭発表が始まりました。授与式の司会は元渥美奨学生のソンヤ・デールさんです。同時通訳はなく英語だけで進められましたが、チャットでの「おしゃべり」が奨励され、午前中とは一変して和やかな雰囲気になりました。明石会長に再びお出ましいただき、受賞者への祝辞が述べられ、平川均・アジア未来会議学術委員長から選考の方針と経緯についての説明がありました。   その後、3つの分科会室(ブレイクアウトルーム)で6セッションに分かれて20本のAFC#6A優秀論文と5本の台湾特別優秀論文の口頭発表が行われました。各セッションでは2人の座長が進行を務め、4人の発表(台湾特別優秀論文のセッションは5人)が行われました。アジア未来会議は国際的かつ学際的なアプローチを目指しており、各セッションは発表者が投稿時に選んだ「環境」「イノベーション」「平和」「教育」などのトピックに基づいて調整され、学術学会とは趣を異にした多角的で活発な議論が展開されました。どの部屋にも20~30名が参加し、全体で100名を超える盛況でした。   優秀論文は学術委員会によって事前に選考されています。2020年9月20日までに発表要旨、2021年3月31日までにフルペーパーがオンライン投稿された112本の論文を12のグループに分け、55名の審査員によって査読しました。ひとつのグループを5名の審査員が、次の7つの指針に沿って審査しました。投稿規定に反するものはマイナス点をつけました。(1)論文のテーマが会議のテーマ「アジアを創る、未来へ繋ぐ-みんなの問題、みんなで解決」と適合しているか(2)論文の構成が分かりやすいか(3)明確に説明され説得力があるか(4)独自性(5)国際性(6)学際性(7)総合的にみて推薦するか。各審査員はグループの中の9~10本の論文から2本を推薦し、集計の結果、上位20本を優秀論文と決定しました。   AFC#6A優秀論文リスト   台湾実行委員会による台湾特別優秀論文も同じプロセスで選考されました。   台湾特別優秀論文リスト   台湾時間午後4時20分に閉会式が始まりました。今西淳子・アジア未来会議実行委員長の簡単な報告のあと、陳姿菁・開南大学准教授が台湾ラクーン(渥美奨学生同窓会)を代表して、渥美財団とアジア未来会議の紹介をした後、2022年8月26日から30日にかけて台北市で開催する第6回アジア未来会議へ招待しました。残念ながらオンライン会議なので懇親会はできませんでしたが、参加者は来年台北市での再会を誓って、初めてオンラインで開催した第6回アジア未来会議プレカンファランスは成功裡に終了しました。   第6回アジア未来会議プレカンファランス「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」は、(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)主催、中国文化大学の共催、(公財)日本台湾交流協会の後援、(公財)高橋産業経済研究財団の助成、台湾大学日本研究センターと台中科技大学日本研究センターの協力、中鹿営造(股)と日商良基注入営造(股)の協賛をいただきました。   運営にあたっては、台湾実行委員会と協力しながら、台湾出身の元渥美奨学生が中心となったAFC実行委員会と、世界各地の元渥美奨学生とフィリピンSGRAのメンバーによるAFC学術審査委員会が組織され、企画・実施、優秀賞の選考、写真撮影まであらゆる業務を担当しました。午前中の基調講演とシンポジウムは台湾実行委員会、午後の優秀論文の口頭発表と閉会式はAFC実行委員会が担当しました。   500名を超える参加者の皆さん、開催のためにご支援くださった皆さん、さまざまな面でボランティアで協力くださった皆さんのおかげで、第6回アジア未来会議プレカンファランスを成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。   アジア未来会議は、国際的かつ学際的なアプローチを基本として、グローバル化に伴う様々な問題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化など、社会のあらゆる次元において多面的に検討する場を提供することを目指しています。SGRA会員だけでなく、日本に留学し世界各地の大学等で教鞭をとっている研究者、その学生、そして日本やアジアに興味のある若手・中堅の研究者が一堂に集まり、知識・情報・意見・文化等の交流・発表の場を提供するために、趣旨に賛同してくださる諸機関のご支援とご協力を得て開催するものです。   第6回アジア未来会議は、2022年8月26日(金)から30日(火)まで、台湾の中国文化大学と共催で、台北市で開催します。皆様のご支援、ご協力、そして何よりもご参加をお待ちしています。   第6回アジア未来会議の写真(ハイライト)   第6回アジア未来会議のフィードバック集計   第6回アジア未来会議プレカンファランスチラシ   <今西淳子(いまにし・じゅんこ)Junko_Imanishi> 学習院大学文学部卒。コロンビア大学人文科学大学院修士。1994年の設立時より(公財)渥美国際交流財団に常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく国際的かつ学際的研究者ネットワークの構築を目指し、2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。2013年より隔年でアジア未来会議を開催し実行委員長を務める。     2021年9月16日配信  
  • 2021.07.22

    第6回アジア未来会議プレカンファランスへのお誘い

    第6回アジア未来会議プレカンファランスへのお誘い 「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」   新型コロナウイルスのパンデミックにより、第6回アジア未来会議(AFC#6)は延期され、2022年8月に台北市で開催することになりました。今年は下記の通りプレカンファランスをオンラインで開催します。日本語への同時通訳があり、一般視聴者はカメラもマイクもオフのZoomウェビナー形式ですので、どなたでもお気軽にご参加ください。   日時:2021年8月26日(木) ※下記は日本時間です 11:00~11:10:開会式 11:10~12:00:基調講演 12:00~13:00:シンポジウム 14:00~17:20:AFC優秀論文・台湾特別優秀論文の授与式と発表 17:20~17:30:閉会式 開催方式:オンライン(Zoomウェビナー) 使用言語:中国語・英語(基調講演とシンポジウムは中⇒英、中⇒日の同時通訳あり)   ◇参加申込: 基調講演とシンポジウムに参加ご希望の方は、参加登録をお願いします。 午後の優秀論文発表は事前の参加登録不要です。     ◇プログラム 【開会式】(日本時間11:00~11:10) 開会挨拶:明石康(アジア未来会議大会会長) 司会:林孟蓉(第6回アジア未来会議台湾実行委員長)   【第1部:基調講演】(日本時間11:10~12:00) 「アジアはどこに向かうのか?:疾病管理が政治に巻き込まれた時」 講師:呉玉山 中央研究院院士(国際関係、政治学) [発表要旨] COVID-19は、20世紀初頭のスペイン風邪以来、世界が遭遇した最も深刻な流行性疾病である。これを管理することは、あらゆる国家の利益であり、間違いなく「すべての者が安全になるまで誰も安全ではない」ということで、国際的な協力行動を刺激するはずだったと思われる。しかし、2020年初頭のパンデミック以来、我々は疾病の起源を巡る責任のなすり合いに加え、「ワクチン・ナショナリズム」や「ワクチン外交」などの一連の国際紛争を経験した。紛争によって協力関係が抑制される現象は、パンデミック前から存在した国際システムの中の新冷戦と関係している。新冷戦は国際間における大国の権力の移り変わりと経済危機に起因する右派ポピュリズムの台頭に根源がある。新冷戦の勢いは既に根深く、COVID-19のような共通の危機があっても、意見の相違を解決して協力をもたらすことができずに、紛争の渦に吸収されてしまっている。このような状況で、アジアがどこに向かうのか、ということを考えなければならないだろう。   【第2部:シンポジウム】(日本時間12:00~13:00) 「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」 モデレーター:徐興慶(中国文化大学学長) パネリスト: 松田康博(東京大学東洋文化研究所教授) 李明(政治大学国際事務学院兼任教授) Kevin_Villanueva(フィリピン大学准教授/中興大学特任副研究員) 徐遵慈(中華経済研究院台湾東南アジア国家協会研究センター主任) 呉玉山(中央研究院院士)   【第3部:優秀論文発表】(日本時間14:00~17:20) 優秀論文賞授与式と論文発表(Zoom分科会形式) AFC#6A優秀論文(20編) 台湾特別優秀論文(5編)   【閉会式】 閉会挨拶:今西淳子(アジア未来会議実行委員長) 第6回アジア未来会議(2022年8月、台北)へのお誘い   ※第3部と閉会式は事前の参加登録不要です。 当日13:30(日本時間)以後、ここから直接ご参加ください。   中国語版はこちら 英語版はこちら   ◇お問合せ:AFC事務局 afc@aisf.or.jp テクニカルサポートが必要な場合にもご連絡ください。  
  • 2020.05.07

    第6回アジア未来会議 論文募集のお知らせ

    新型コロナウイルスによるパンデミックによって、これから世界が大きく変わるでしょうが、問題はどのように変わるか今はわからないことです。第6回アジア未来会議はまだ1年以上先のことですから、できるだけ台湾の状況と台湾への旅行情報を参加者の皆さんと共有しながら準備を進めてまいります。最悪の場合には、関係者の安全のため延期等もありえます。しかしながら、状況が落ち着き、私たちが一堂に会することができれば、この会議はポストコロナのアジアと世界を語り合う絶好の場となるでしょう。1日も早く全世界で新型コロナウイルスが収束することを祈りつつ、アジア未来会議の開催に対する皆さまのご理解とご協力、そしてご参加をお願いいたします。   ◆第6回アジア未来会議 「アジアを創る、未来へ繋ぐ-みんなの問題、みんなで解決」 会期:2021年8月27日(金)~31日(火)(到着日、出発日を含む) 会場:中国文化大学(台北市) 発表要旨の投稿締切: ・奨学金、優秀賞に応募する場合  2020年8月31日(月) ・奨学金、優秀賞に応募しない場合 2021年2月28日(日) 募集要項は下記リンクをご覧ください。 画面上のタブで言語(英語、日本語、中国語)を選んでください。 Call for Papers   ◇総合テーマについて 本会議全体のテーマは「アジアを創る、未来へ繋ぐ―みんなの問題、みんなで解決」です。 アジアの将来には偉大な可能性があり、世界はその発展に注目しています。過去30年に亘り、アジアは目覚ましい発展を遂げ、消費レベルは急速に上昇し、グローバルな貿易、資本、人材、イノベーションの一角を担うに至りました。次の10年の間に、アジア経済はこの地域だけでなく、グローバルな流れを決定するようになるでしょう。インターネットや技術革新から国際貿易まで、アジアは多くの分野で主要な地位を占めるようになりました。今大事なのは、アジアがいかに早く上昇するかではなく、いかに指導的役割を発揮するかです。アジアは言語、人種、宗教が様々で、政治体制も経済システムも異なりますが、歴史的な発展やその背景などを分かち合っています。   2000年にアジアのGDPは世界の1/3以下でしたが、2040年には50%を超え、世界消費の40%を占めると予測されています。経済発展は言うに及ばず、人々の寿命は延び、識字率は向上し、人間開発に役立つ技術とインターネットの普及が成し遂げられるでしょう。しかしながら、その結果起こる資源の過剰消費や健康保険の問題は深刻になると考えられます。 アジアの発展は数億人の人々を最貧困の状態から救い出しましたが、同時に貧富の格差を広げる結果となりました。都市化は経済発展に拍車をかけ、教育や公衆衛生を促進しましたが、貧困やその他の課題は手付かずでした。人口の急速な増加に伴い、多くの都市は十分な住宅の供給、インフラ、関連サービスが整備されていません。アジアの国々、或いは地域は、格差や環境問題の重圧に対処するために、より包括的かつ持続可能な経済発展を達成する必要があります。   さらに、環境や経済の持続性に加え、アジアの国々は、平和な未来を築くために共に努力することが求められています。   第6回アジア未来会議は「アジアを創る、未来へ繋ぐ」ための独創的な提案を募集します。皆様のご応募をお待ちしています。   ◆アジア未来会議について アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。アジア未来会議は、学際性を核としており、グローバル化に伴う様々な課題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励します。皆様のご参加をお待ちしています。
  • 2020.03.19

    エッセイ624:平川均「社会倫理とグローバル経済:円卓会議『東南アジア文化/宗教間の対話』に参加して」

    2020年1月、第5回アジア未来会議の円卓会議「東南アジア文化/宗教間の対話」がアラバン・ベルニューホテル(マニラ)とフィリピン大学ロスバニョス校を会場にして2日間にわたって行われた。テーマは「社会倫理とグローバル経済」。アジア経済が私の研究対象であり、発展途上経済、最近では新興経済と呼ばれる地域の経済発展に関心を持っていることもあり、円卓会議開催の趣旨説明を行った。そのため、特に円卓会議に参加する中で考えたこと、感じたことを述べることにしたい。   残念なことに私自身の語学力に加えて宗教や東南アジア社会に対する知識不足が加わり、その理解は限られている。そのため、会議の内容の紹介にはなっていない。これについては司会の労を取って下さった小川忠・跡見学園女子大学教授の報告で確認していただきたい。私自身も今後、記録が出された段階で、改めて経済学と宗教や社会倫理との関係について考えを深めたいと思う。   さて、本円卓会議を設けることの趣旨に関わって、私自身は、経済学が今日、発展途上社会に多大な影響を与えているにも拘らず、その社会への配慮が極めて不十分であると感じてきた。2001年のノーベル経済学賞の受賞者のジョセフ・スティグリッツ教授は、経済学を学ぶ学生の経済行動に関する公正の認識が一般の人々と掛け離れたものであることを、彼の同僚のシカゴ大学の経済学者リチャード・セーラー教授の経験を紹介する形で述べている。それによると、嵐の後に雪かき用シャベルの価格設定に関する調査で、値上げをアンフェアと考える回答が、一般の人々では82%であるのに対して、同大MBA受講生では24%に過ぎなかった。経済学の学生のフェアの認識は社会的なそれとは大きく異なっているのである。実際こうした事例は、現在進行中の新型コロナウイルス感染禍にあってマスクを高値販売する行為として身近で起こっている。スティグリッツ教授はまたアメリカ社会の所得格差の拡大で、富裕層と政治家の結託だけでなく経済学が一役買ってきたことを鋭く批判している。   経済学が社会問題に関心が薄い、あるいは利己的であるという問題提起に関しては、円卓会議の基調講演者であるバーナード・M・ヴィレガス・アジア太平洋大学副学長が言及した。ヴィレガス教授は経済学博士号を有する教育者として半世紀の経験に基づいて、経済学が過度の細分化と数量化を進めてきたこと、また経済学が経済現象の分析で数式の優雅さを競い、市場の自立性を強調し、正義や人間の社会的責任、そして国家の規制への配慮などを排除してきたことを客観的批判的に総括された。同時に、経済学は「社会科学」であるとして、フィリピンの貧困問題の解決のために諸科学の成果を採り入れて経済学教育を実践されてこられたことを説得的に述べられた。   フィリピンにおける貧困の女性化を扱われたフィリピンの聖スコラスティカ大学のシスター・メアリー・ジョン・マナンザン女史のご報告、タイにおける仏教の社会倫理認識とグローバリゼーションを報告された社会参画仏教ネットワークのソンブーン・チュンプランプリー氏の報告、そしてインドネシアにおけるイスラム運動の最新情報を報告されたシャリフ・ヒダヤツラ―州イスラム大学のジャムハリ・シスワント大学院長の報告は、いずれも東南アジアの宗教者の現在の課題を取り上げられた。   それらを聴きながら、私の知る経済学はそれらに真に応えられるのだろうかとの問いが浮かんでは消え、消えては浮かんだ。宗教者の社会活動は生身の人間を対象にしている。人々が様々な環境や条件の中で絶対的貧困や性差別を含む様々な差別と闘っていることに直接に関わっている。東南アジアの社会活動の多くが、貧困や性差別からの解放に向けられている。   考えてみるに、経済学は社会を明らかに異なる視点から捉えている。経済学は、複雑な社会関係を単純な抽象的市場のモデルで表し、その市場を通じて社会が「効率」を最大化できると捉える。ここでの市場は、理念と現実の区別を曖昧なままに社会を同一視している。その上、現在主流の経済学では、数学的モデルを通じて現実の社会が捉えられ、それ以外の社会科学は排除されている。もちろん経済学は現在大きく発展し、現実に近づくために様々なモデルが作られている。原理的なモデルは修正されている。   だが、こうした経済学が発展途上世界に適用されるとき、果たしてどうだろうか。開発の処方箋を書き上げる経済学者は発展途上社会に関する知識をほとんど持っておらず、そうして作られた処方箋が先進国や国際開発機関を通じて政策とされている。結局、そうしたモデルは単純な市場モデル、つまり原理的なモデルに依拠する政策でしかなかったと言えるだろう。政策が失敗する場合は、その原因は発展途上社会それ自体の中に求められてきた。1997年のアジア通貨危機への対応が好例である。   経済学では、あえて言えば経済と社会の区別はないように私には思える。経済のグローバル化の中で経済学は発展途上地域の開発に関わり、発展途上諸国に自由化、民営化を強制してきた。そのことで起こる様々な矛盾は弱者に押し付けられてきた。   話が少し飛躍するが、2008年のアメリカのサブプライムローン危機に発する世界金融危機、そして2017年のアメリカのトランプ大統領の誕生は、新自由主義経済学が推し進めてきた政策の失敗の帰結の面があるように思われる。また、成功するはずがないと思われた共産党政権下の中国が、驚異的な発展・成長を達成したことは痛烈な皮肉である。それは主流派経済学への現実社会の反撃と捉えられるのではないか。あらゆる社会にはルールが必要である。だが、過去半世紀の経済学はそれを規制と捉えることで社会のルールを壊し所得格差を拡大させ、社会的分断を深め、経済と社会を劣化させてきた。その付けがアメリカの外と内の両方における民主主義の危機なのではないか。   円卓会議で、私が経済学は抽象的な「モデル」を前提として厚生を考えていると発言した時、シスター・マナンザン女史が辟易とした表情を見せた。そのように私には感じられ、鋭く心に突き刺さった。   「経済学は科学である」という言葉も頭に浮かぶ。だが、社会科学としての経済学は抽象的モデルの現実社会への適用に関しては、自制的でなければならないし、諸科学との協力・協調の中で政策が作りだされなければならないのではないか。経済学がどれだけ学問的な優位性を主張しても、それだけでは独断であり傲慢でしかない。国際開発、貧困開発では自制的態度が、今まで以上に切実なものとして求められているのではないか。   経済学は確かに部分的、局所的分析、政策では有効性を持つ。それは間違いない。しかし、発展途上社会に適用しようとする時には、とりわけ慎重さ、自制が求められる。アジア通貨危機の頃だったと思うが、経済学者が発展途上国の歴史や社会を学ぶことは政策決定で判断を曇らせると、かつてある著名なアメリカの経済学者が語ったとの逸話を思い出す。経済学は現在、発展途上経済の開発に大きな影響力を持つ。経済学を学ぶ者は社会や歴史について真剣に学ぶ必要がある。2日間の円卓会議の場に身を置いて、社会との関係について考えさせられた。今後も両者の関係と持続可能な共有型成長について考えていきたいと思う。   最後に、このような円卓会議の開催は、私には経済学と宗教を考える貴重な契機となった。基調講演をお引き受け下さったビリエガス教授はじめ、報告者と参加者の皆様、開催と運営にあたって司会の小川忠教授、ランジャナ・ムコパティヤヤ博士、プロジェクトコーディネーターのブレンダ・テネグラ博士、フェルデイナンド・C・マキト博士、そして私の通訳もしてくれたソンヤ・デール博士ほか関係者すべての皆様に感謝を申し上げたい。   英語版はこちら   <平川均(ひらかわひとし)HIRAKAWA_Hitoshi> 京都大学博士(経済学)。東京経済大学等を経て、名古屋大学大学院経済学研究科教授/同国際経済動態センター長を歴任。現在、名古屋大学名誉教授、浙江越秀外国語学院特任教授、国士舘大学客員教授。渥美国際交流財団理事。主要著書に、平川均・石川幸一ほか共編『一帯一路の政治経済学』文眞堂、2019年、「グローバリゼーションと後退する民主化―アジア新興国に注目して」山本博史編『アジアにおける民主主義と経済発展』文眞堂、2019年、ほか。   ※円卓会議『東南アジア文化/宗教間の対話』の報告は下記もご覧ください。 ◇小川忠「経済学と宗教実践―壁を乗り越える試み」   2020年3月19日配信
  • 2020.03.12

    エッセイ623:小川忠「経済学と宗教実践―壁を乗り越える試み:円卓討議『東南アジア文化/宗教間の対話』に参加して」

    第5回アジア未来会議の円卓討議B「東南アジア文化/宗教間の対話」の表題は「宗教は市場経済の暴虐を止められるか」というものだった。いささか粗削りなテーマ設定ではある。今日の世界が置かれている政治状況は、この一文で表現できるほど単純なものではない。それでも国際協調の精神が危機に瀕している今だからこそ、経済学、政治学、文化人類学、宗教学という専門の垣根を越えて集まり、世界が抱えている問題について議論することが必要である。そして行動が必要である。   まさに単刀直入に、会議冒頭で名古屋大学の平川均名誉教授が、そういう問題提起を行った。東南アジアは数十年わたり驚異的な経済発展を遂げ、貧困を削減し膨大な中間層を創出してきた。しかし強い光は、深い闇をも生む。こうした発展は、グローバル資本主義に一層組み込まれることを意味し、経済成長の果実を享受できる者と享受できない者との格差を拡げ、深刻な環境破壊をもたらした。   「グローバル資本主義が行き詰まりを見せるなか、明日を切り開くカギが過去に隠れているのではないか」「もう一度、アジア各地で息づいてきた宗教、伝統文化のなかに、新たな経済のかたちを考えるヒントがあるのではないか」「タコつぼ化した専門分野の壁を乗り越え、全体知の復権を構想しよう」と平川氏は参加者に呼びかけた。経済学の権威が、今日の経済学の限界をこれだけ率直に語るのは衝撃的であり、その誠実な問いかけは、各参加者の胸に深く届いたと確信する。   平川氏に続いて、基調講演を行ったのはフィリピン歴代大統領の経済顧問を務めてきたフィリピンを代表する経済学者、アジア太平洋大学のバーナード・ヴィレガス教授である。ヴィレガス氏は、国際間の貧富格差、そして一国内で広がる貧富格差、公職にあるものの汚職、ビジネスリーダーたちの社会貢献意識の低さを問題視した。政財界の指導者たちが、人々の公益をかえりみることなく、利潤を追求するのみでは社会的紐帯は成り立たないことを指摘した。他方、消費者も、自分の消費行動が地球環境にどのような影響を及ぼしているのかを考える想像力をもつべきと訴えた。   つまり健全な経済には社会倫理が不可欠であり、そうした社会倫理の土台となるのが、宗教や文化的価値観なのである。ヴィレガス氏の講演を聴いて思い浮かんだのは、渋沢栄一の道徳経済合一論である。   今から100年ほど前に、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一は著書『論語と算盤』のなかで、利益は独占するものではなく、社会に還元すべきものであると説き、「富を為す根源は仁義道徳」と論じていた。あらためて『論語と算盤』をアジアの人々と一緒に読み直し、語り合いたいと感じた。   経済学の限界、新自由主義経済の閉塞状況に関する、平川・ヴィレガス両経済専門家の問題提起を受けるかたちで、世界の三大宗教(仏教、イスラム教、キリスト教)を基盤に社会的に行動し続けている知識人3人が、それぞれの立場からの発表を行った。   最初のプレゼンテーションは、フィリピンのシスター・メアリー・マナンザンである。彼女はマニラのベネディクト派女子修道院の院長にして、フェミニスト市民活動家でもある。シスターは「女性の貧困」に焦点をあて、フィリピンにおける女性の貧困の原因として、不平等な利益分配、土地と資本所有の不平等、外国資本の経済支配等をあげ、男性以上に女性のほうが、寿命・健康・教育・生活水準・政治参加等の面で抑圧的環境に置かれていることを指摘した。そのうえで、伝統的な教会の家父長的・西洋優越主義的イデオロギーが女性に屈従を強いてきた、と既存の教会のあり方を手厳しく批判した。そのうえで、女性の置かれている状況を変えていくためには、経済的な支援のみならず、ジェンダー平等の観点から女性を精神的に解放し、自己肯定感を持たせていくことが大切で、そこに宗教が果たすべき役割があるという。   次に発表したのは、タイの仏教に根差した平和・人権市民活動家のソンブン・チュンプランプリー氏である。仏教NGO「関与する仏教(社会参加仏教)」国際ネットワークの専務理事を務め、タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマーでの草の根市民運動を組織している。   21世紀に入ってタイの政治は、タクシン派と反タクシン派の対立が民主主義を機能不全に陥らせ、軍政支配の復活を招きいれてしまった。分断はタイ国民の多くが信仰する仏教にまで及んでいる。仏教は、本来は暴力を戒める平和な宗教とみられているが、仏敵を倒すためには暴力行使も是とする過激僧がアジアの仏教界に現れ、物議をかもしている。   ソンブン氏は、ブッダが説いた「中道」の教えに立ち返り、過激を排し、貪欲と憎悪を捨て去ることが、現代の仏教徒に求められていると述べた。市場経済の暴走をくいとめる知恵もブッダが説いた価値のなかにあり、それは自立、自分と社会との調和、小規模な自給生活、自然との共生、瞑想、我執の消滅といったものである。「関与する仏教(社会参加仏教)」とは、このような価値に基づいて、人権抑圧、経済搾取、自然破壊に異議を唱え、人間の苦の根本にある強欲、敵意、無知に向き合うことを目指す実践的な仏教のあり方を指す。   ソンブン氏らの「関与する仏教(社会参加仏教)」は、今日の世界が置かれている状況に照らした仏教教義の創造的解釈といえよう。   インドネシア国立イスラム大学ジャカルタ校のジャムハリ副学長は、世界最大のイスラム教徒人口を擁する多宗教国家インドネシアにおいて、多数派のイスラム教徒が次第に少数派への寛容性を失い、少数派へのハラスメントを増大させている状況に警鐘を鳴らす報告を行った。同大学付属機関「イスラムと社会研究センター」が2017年に全国2000人を超える高校生・大学生・教員を対象に行った調査によれば、回答者の34%が少数派宗教への差別を是とし、23%が自爆テロを聖戦(ジハード)として許容すると答えたという。   インドネシアは21世紀半ばから高い経済成長率を維持し、今や国民の半数以上が中間層となった。中間層の拡大とともに、学歴社会化、デジタル社会化も進んでいる。先のアンケートに答えた高校生、大学生はインドネシア経済の躍進が生んだ新中間層の申し子ともいうべき存在である。都市部の、高学歴の中間層の若者が、なぜ他者への寛容性を失い、一部過激化するのか。これは、インドネシアだけでなく先進国の民主主義も、同じ問題に直面している。   ジャムハリ氏は、その理由の一つとして、経済発展とグローバリゼーションの加速化による伝統的な地縁・血縁社会の弱体化、共同体から放り出され厳しい競争にさらされている個人のアイデンティティー不安の問題を挙げた。   翌日、私がモデレーターをつとめた分科会セッションでは、宗教・倫理と経済の調和を図る試み、ケーススタディー報告を参加者にお願いした。前述したタイのソンブン氏は、仏教内部の寛容派と非寛容派の亀裂が深刻化するなかで、仏教内部の対話の重要性を指摘し、非寛容派仏教リーダーとの対話例を紹介してくれた。   フィリピン大学ロス・バニョス校で農業・応用経済を教えるジーニィ・ラピナ助教授はリベリア、ブルンジ、スーダンでUNDPの農村開発プロジェクトに携わってきた実践経験をもつ。彼によれば、農村開発において、その土地の文化・宗教を考慮に入れる必要があり、部族ごとのアイデンティティーに細分化され、時にそれが反目しあうなかで、対峙する共同体が共に利益を分かちあう共通インフラを作ることが、敵対意識軽減に効果的であると説明した。   インドネシア国立イスラム大学ジャカルタ校教員で歴史研究者アムリア・ファウジアは、社会的弱者への短期的な救援・支援を指す慈善(チャリティー)と長期的な自立を促すフィランソロピーの違いを論じ、インドネシア・イスラームには慈善とフィランソロピー両方の伝統が存在することを説明した。彼女によれば、インドネシア・イスラームにおいて活発なフィランソロピー活動が行われており、それが社会のセーフティ・ネットになっているという。一例として、私有財産を放棄し公益に資するためにモスク等に寄進し基金とする「ワクフ」と呼ばれる、欧米の財団制度に似たイスラム公益制度がある。アムリア氏は、インドネシアのワクフの全体像を描いた優れた論文を発表している。   最後に印象に残ったコメントを書きとめておきたい。冷戦時代、半世紀に渡り共産主義と戦ってきた、資本主義の牙城アメリカにおいて、近年共産主義・社会主義になびく若者が増えているという。「共産主義は死んだのか」とベレガス教授に聞いてみた。彼の答えは、「経済理論としての共産主義の命脈は尽きた。しかし社会的弱者への視線、公平・公正な利益分配というイデオロギーとしての共産主義は、依然として顧みる価値がある。」   共産主義は宗教を否定するといわれるが、階級のない平等な世界というユートピアを設定する共産主義は、それ自体が宗教的でもある。「人はパンのみにて生きるにあらず。」極度に数式化、理論化した経済学が行き詰まりを見せるなかで、宗教の復権現象が世界中で起きているのは、別個の現象に見えて、地下水脈のようにつながっているような気がする。   円卓会議の写真   <小川 忠(おがわ・ただし)OGAWA_Tadashi> 2012年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士。1982年から2017年まで35年間、国際交流基金に勤務し、ニューデリー事務所長、東南アジア総局長(ジャカルタ)、企画部長などを歴任。2017年4月から跡見学園女子大学文学部教授。専門は国際文化交流論、アジア地域研究。 主な著作に『ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭 軋むインド』(NTT出版)2000、『原理主義とは何か 米国、中東から日本まで』(講談社現代新書)2003、『テロと救済の原理主義』(新潮選書)2007、『インドネシア・イスラーム大国の変貌』(新潮選書)2016等。     2020年3月12日配信
  • 2020.02.06

    エッセイ618:フェルディナンド・マキト「母国で開催したアジア未来会議」

    2018年8月、台風襲来の韓国ソウルで開催された第4回アジア未来会議のクロージングパーティーで、僕たちは一生懸命参加者を舞台に誘ってフィリピン版カンナムスタイルを一緒に踊って第5回アジア未来会議への参加を促した。実は、これは用意してきた企画では物足りないと言われたので、急遽YouTubeの投稿を参考にセッションの合間に慌てて練習したものだった。普段このようなことをしたことのない僕にとって大変だったが、現在所属しているフィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)や渥美財団の関係者を含めた会場の皆さんが大いに盛り上がってくれたので手応えを感じた。練習用の動画のように、年齢や性別や職業や人種が違っていても、とにかく一緒に楽しくやろうということがアジア未来会議の目的に合致したのだろう。   1年半の準備期間には、さまざまなネットワークが動員された。日本側では渥美国際交流財団のネットワークから鹿島フィリピンとフィリピンプラザ・ホールディングスが応援してくださった。今西淳子常務理事(Tita Junko)は数回に渡ってマニラとロスバニョスを訪問して打合せを行った。角田英一事務局長(Kuya Eiichi)が率いるロジスティクスのサポートも力強かった。2004年からマニラで行っている共有型成長セミナーの支援者であるSGRAフィリピンの仲間たちも積極的に協力してくれた。そして、UPLB公共政策・開発大学院(CPAf)のローランド・ベリョー学院長からは大学院を挙げて全面的な支援・協力をいただいた。ソウルの突然の踊りから2020年1月12日の花火(火山噴火)まで、皆さんいろいろ大変なことがあったと思うが、いつも優しい言葉とポジティブな態度で対応してくださり心から感謝を申し上げたい。   実際、カンナムスタイルの踊りから始まって、この会議は、僕が普段したことのないことばかりだった。そして、母国フィリピンの発展を振り返る機会にもなった。   2020年1月9日、円卓会議A「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」で、唯一の東南アジア人として、しかも歴史が専門ではない僕が、大変光栄にも開会の挨拶をさせていただいた。三谷博先生と劉傑先生の暖かい歓迎を受けながら、19世紀初まで250年間も続いた「マニラ・アカプルコ間のガレオン貿易」について日本語で発表した。マニラは長期に渡って中継貿易のハブとして繁栄していたのに、なぜ今はそれが続いていないのか、AFC5のテーマを念頭に置きながら、母国の発展を振り返ってみる良い機会となった。(発表資料は下記リンクからご覧いただけます)   10日の開会式の前に記者会見が開かれた。僕が司会を務め、アジア未来会議の明石康大会会長、渥美財団の今西常務理事、UPLB CPAfのべリョー学院長がメディアの皆さんからの質問に答えた。今回はアジア未来会議の中でも、マスコミの参加が一番多かったのではないかと思う。1月5日には僕とべリョー先生がマニラで一番古いラジオ局の番組への出演依頼を受けたし、10日の記者会見の後でも熱心な記者たちが廊下や会場で参加者にインタビューしていた。基調講演をしたラウレル駐日フィリピン大使のインタビューが急遽手配され、5つのテレビ局が報道した。 UPLBの報道関係事務所からの報告   開会式に続くシンポジウムは僕が企画から担当し、当日は司会と問題提起を務めさせていただいた。そもそも第5回アジア未来会議のテーマである「共有型成長」は、僕がずっと追究し続けている研究課題で、マニラにおいてもSGRAフィリピンの事業として2004年から毎年セミナーを開催している。今回のシンポジウムでは、既に27回開催したマニラセミナーを振り返りながら、研究やアドボカシーに協力してくださっている先生方(UPLBのCPAfのべリョー学長、UPLBの大学院研究科のドング・カマチョ学長、UPLBのCPAfのジョーパイ・ディゾン教授、フィリピンのアジア・太平洋大学の経済学院のピター・ユ元学長、フィリピン大学ディリマン校の建築学部の都会設計ラボのマイク・トメルダン研究所長)と一緒に「持続的な共有型成長:みんなの故郷、みんなの幸福」を検討した。 問題提起として、僕は、なぜ持続可能共有型成長がフィリピンだけではなく世界に必要なのかを訴えた。これも母国の発展を振り返ってみる機会であった。(発表資料は下記リンクからご覧いただけます)   11日、UPLBの森林学部の森の中のキャンパスで行われた分科会で、僕は、フィリピン政府の要請で関わったR&D機関の研究について発表した。これはUPLB・CPAfの同僚であるジェング・レイエスとマイラ・ダビド先生との共同プロジェクトの結果であり、組織構築論を使って母国の発展についての問いかけである。長年共同研究を続けている平川均先生に招かれ、2019年12月に神奈川大学で日本語で発表したものの英語版である。実は、同じ時間帯に、ベスト・ペーパーを受賞した地域通貨についての共著論文と、地価税についての共著論文の発表もあったが、ジョン・ペレス先生とセサー・ルナ先生それそれに発表を任せた。   突然の日程変更があって、次のセッションの座長がダブル・ブッキングになってしまったが、ラクーン(元渥美奨学生)に救われた。狸(ラクーン)のパワーを今まで以上感じて心から感謝。日本、中国、韓国、台湾、モンゴル、ミャンマー、タイ、インドネシア、トルコ、イタリア、イギリス、ウクライナ、ナイジェリア、オーストラリア、コスタリカからわざわざフィリピンに集まってきてくださった仲間たちは、本当に心強かった。閉会式での「マ・キ・ト」コールは最高だった!   100年に1回の火山噴火に襲来されたマニラで開催した第5回アジア未来会議はとても大変だったと思うが、参加してくださった皆さんが少しでも楽しい思い出を作ってくださったのであれば幸いである。渥美財団の素早い対応は印象的で、ホテル延泊の一泊分を財団が負担したのは海外から一番早い災害援助であった。僕らもすごく安心した。   タール火山の祝福を受けたアジア未来会議の炎を台湾へお渡しします。   フィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)撮影の写真   <フェルディナンド・マキト Ferdinand C. Maquito> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。       2020年2月6日配信