アジア未来会議

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  • 2016.11.24

    孫軍悦「第10回チャイナ・フォーラム『東アジア広域文化史の試み』@アジア未来会議報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#7)   公益財団法人渥美国際交流財団関口グローバル研究会は、2014年と2015年に清華東亜文化講座の協力を得て、中国在住の日本文学や文化の研究者を対象に、2回のSGRAチャイナ・フォーラムを開催した。2014年の会議では、東京藝術大学の佐藤道信教授が、19世紀以降の華夷秩序の崩壊と東アジア世界の分裂という歴史的背景の下で創られた東アジアの美術史は、美術の歴史的な交流と発展の実態を反映しない一国美術史にすぎないという問題を提起し、一国史観を脱却した真の「東アジア美術史」の構築こそ、東アジアが近代を超克できるか否かの重要な試金石であると指摘した。一方、2015年のフォーラムでは、国際日本文化研究センターの劉建輝教授が、古代の交流史と対比して「抗争史」の側面が強調されがちな近代においても、日中韓三国の間に多彩多様な文化的交流が展開されており、古来の文化圏と違う形で西洋受容を中心とする一つの近代文化圏を形成していたことを明らかにした。   今回は、過去2回のフォーラムの報告者とコメンテーターを討論者として招き、塚本麿充氏(東京大学)と孫建軍氏(北京大学)による二本の報告を基に、今後、東アジアにおける広域文化史の試みをいかに推進していくべきかについて活発な議論を繰り広げた。   まず、塚本氏の報告「境界と国籍―“美術”作品をめぐる社会との対話―」は、日本に伝来した中国・朝鮮絵画や福建、広東など中国の地方様式や琉球絵画といったマージナルな地域で生み出された作品を取り上げ、「国家」という大きな物語に到底収斂され得ない、まさに交流を通して境界で育まれた豊饒な「モノ」の世界を開示してくれた。   孫建軍氏の報告「日中外交文書に見られる漢字語彙の近代」は、1871年に日中間で調印された最初の外交条約「日清修好条規」から1972年の「日中共同声明」までの100年間の外交文書を対象に、日中語彙交流の見地から漢字語彙の使用状況、とりわけ同形語の変遷を考察し、日本語から新漢字を輸入することによって、古い漢字語彙から近代語へと変わっていく現代中国語の形成過程の一端を浮き彫りにした。   前者は、国家の物語に回収され得ない大量な歴史的事象の存在を突きつけることによって、後者は、この国ならではの均質、単一な価値を付与されたものの起源の雑種性を証明することによって、それぞれ、外側と内側から国民国家の文化的同一性の虚構を突き破る報告となった。    討論では、佐藤道信氏はまず、中国大陸や台湾、アメリカ、また関西と関東の様々な美術コレクションに接していた塚本氏の多文化体験に言及し、一国美術史に位置付けられない「モノ」の価値を見出す彼ならではの「鑑賞眼」の養われた背景を説明してくれた。その上、国家の呪縛から解き放たれた後の膨大な「モノ」の世界をいかに整理し、その歴史をどのように語り得るか、という新たな困難な課題を提示し、一国美術史に慣れ親しんだ我々自身の感受性の変革と歴史叙述の創造力が問われていることを示唆してくれた。   稲賀繁美氏(国際日本文化研究センター)は、交易のプロセスに組み込まれた美術品の制作が、最初から享受する者の美意識や趣味、要求を取り入れている事実に注目し、一つの価値体系もしくは「本質」が備わっているとする「一国美術史」の想定自体が、単純すぎるのではないかという疑問を呈した。同じ歴史観を共有することは困難だが、異なる歴史観があるという意識の共有は可能だという言葉が、とりわけ印象的であった。   木田拓也氏(国立近代美術館)は、日本で親しまれ、楽しまれている茶碗が中国に持っていくと、その美が全く認識されないという例をあげながら、他国、他地域の人々と共有しない美意識、価値観の存在もまた厳然たる事実であることを指摘した。「一国美術史」は単に国民国家歴史観の反映ではなく、むしろ国民国家の文化的同一性を創出する装置として、このような均一の価値観や美意識乃至身体性を常に作り続けていることを、木田氏の発言によって改めて意識させられるのである。   董炳月氏と趙京華氏(中国社会科学院文学研究所)は、魯迅による浮世絵のコレクションを整理し、書籍化する過程において、そのコレクションが、「浮世絵」ではないという錯覚すら与えるほど、「浮世絵」に対する我々の常識を揺るがす特異性を持っていることを紹介した。このような書籍の出版自体が、すでに広域文化史の構築へ向けての一つの実践だと言えよう。   林少陽氏(東京大学)も、「中間地域」で育まれた豊饒な「モノ」の世界に注目する塚本氏と同じ関心を共有し、「中間地域」の発見が、日本の一国美術史を相対化することができるだけでなく、中国美術史の一国中心主義的歴史叙述への再検討にもつながると述べている。   一方、孫建軍氏の報告に対し、外交文書を単に言語のデーターベースとして取り扱う方法の妥当性が問われ、具体的な歴史的背景や使用者の現実的状況、外交文書の特殊的性格などを考慮に入れると、言語使用のより豊かで複雑な相貌が浮かび上がってくるのではないかというコメントが多く寄せられた。   様々な専門分野の研究者による多岐にわたるコメントの焦点を明確に示してくれたのはむしろフロアとの短い対話であった。明石康氏(元国際連合事務次長)は、国境を前提とする外交や国際政治の領域と異なり、文化領域こそ「国境」の人為性を相対化することができ、今回のフォーラムに大いに啓発されたと述べた。そして、葛兆光氏(復旦大学)は、国民国家がその成立した瞬間から、つねに自らの文化的同一性を作り続けていて、その文化的アイデンティティの形成の歴史と、その結果としての均質的、同一的文化、価値の存在を決して無視できないことを指摘した。これに対し、劉建輝氏(国際日本文化研究センター)は、このような文化的同一性は決して古くから自然に形成されたものでなく、人為的作為の産物にほかならないこともまた忘れてはならないと釘を刺した。古代と近代の東アジア文化交渉史に関する実証的研究を積み重ねてきたお二人の発言から、歴史的に構築された一国文化史の重みと、多彩な交流を包括する広域文化史への確信がひしひしと感じられた。   今回のフォーラムを通して、多様性と雑種性をも巧みに「国民性」や「国民文化の伝統」に回収する「一国文化史」が今日もなお国民国家の文化的同一性を創出する装置として機能し続けている状況において、「一国文化史」に強く規定され続けてきた我々自身の感受性や価値観、思考様式乃至歴史叙述の言語そのものに抗しながら、新たな広域文化史を紡ぎ出すことの可能性と課題の双方が鮮明に浮かび上がってきたと言えよう。   当日の写真   <孫_軍悦(そん・ぐんえつ)Sun_Junyue> 2007年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。学術博士。現在、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部専任講師。専門分野は日本近現代文学、日中比較文学、翻訳論。     2016年11月24日配信
  • 2016.11.10

    エッセイ511:沼田貞昭「アジア未来会議-新しい息吹き」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#6)   筆者は、北九州市で9月30日−10月1日に開催された公益財団法人渥美国際交流財団主催第3回アジア未来会議に参加した。2013年3月にバンコックで開かれた第1回会議、2014年8月バリ島で開かれた第2回会議にも参加した。400名の参加者が熱心に議論を交わし合う姿を目の当たりにして、渥美奨学金により日本で博士号を取得した人々を中核とするアジアおよび他の地域の知的ネットワークが、今やインドネシアなどの若い学生・研究者の新しい息吹もあって着実に拡大していることを心強く思った。以下、筆者の参加したセッションについての感想を記す。   ◇9月30日午前 AFC_Forum_#2「東南アジアの変わりつつある社会環境に対する宗教の反応」   (1)筆者は、1976−78年スハルト「新秩序」の軍の二重機能の下で政治勢力としてのイスラームの影響力は限られていたインドネシアに在勤し、2000年−2002年には駐パキスタン大使として、近代的穏健イスラーム国家を標榜しながらも急進イスラームの勢力伸張に伴う深刻な不安定要因を抱えた9.11事件前後のパキスタンの姿に接していた。このような経験に鑑み、「1998年後のインドネシアにおける民主主義のデイレンマ:一層の自由は宗教間の対立が深まることを意味するのか、対話が進むことを意味するのか?」とのガジャマダ大学ムンジッド・アハマッド氏の発表は極めて興味深いものだった。   今日のインドネシアは、スハルト・ファミリー及び軍部の強権的支配の崩壊後、政治の民主化、地方分権化が進みつつあること、また、経済成長が進み「イスラーム大国」に変貌しつつあること、民主主義の進展と自由の拡大が異宗教間の対話を進める契機となり得ることなど、筆者にとって学ぶことは多かった。なかんずく、アハマッド氏他インドネシアからの参加者が、自国の抱える問題を闊達に議論していたことが印象的だった。と同時に、インドネシアと比較すると、ムシャラフ政権の崩壊により軍部支配は一応終わったとは言っても、民主化の進展にはまだまだ障壁が残り、多種多様な人種・地域からなる国家を統一するシンボルとしてのイスラームのあり方が急進派と穏健派の間で激しい対立抗争を呼んでいるパキスタンは、何時イスラーム国家として安定するのだろうかとの疑問を禁じ得なかった。   (2)続いて「フィリピンにおける気候変動とカトリックの反応」(アテネオ・デ・マニラ大学ジャイール・セラノ・コルネリオ氏発表)をめぐる討論で、気候変動のもたらす環境破壊、災害の被害者である貧者に対するカトリック教会の取り組みに見られる社会的宗教的正義の問題が取り上げられた。タイの教育関係NGO代表ヴィチャク・パニク氏は、「人道に反する仏教:愛とか親切心ではないもの」と題する発表で、仏教がナショナリズムの一部ないしは支配階級の政治的道具として使われる場合には、人命をも脅かす強圧的なものになりうる危険を指摘した。フランスの現代東南アジア研究所カリヌ・ジャケ氏は、「宗教と救援活動:ミャンマーにおける宗教関係団体と社会的貢献の役割」と題する発表において、ミャンマーの辺境地域などの自然災害被害者に対する仏教団体、キリスト教団体の救援活動を通じて、国家が十分に果たし得ない救援などの社会貢献活動ネットワークが広がって行く可能性を指摘した。   (3)セッションを総括したエリック・クリストファー・シッケタンツ氏(東京大学)は、宗教が民族ないし国家のアイデンティティを誇示する手段として使われる時に政治的対立がしばしば生じるが、宗教が政治的対立に巻き込まれないようにして行くにはどうしたら良いか、また、地域ないし国家のアイデンティティを超えて宗教が果たし得る役割にはどのようなものがあるかを考える必要があると指摘した。   (4)以上の討論を聞いていて、筆者は、アジア各国における多様な宗教状況についてこのような議論を聞く機会は日本国内では極めて少なく、インドネシアにおけるイスラーム、フィリピンにおけるカトリック、タイ及びミャンマーにおける仏教がそれぞれ果たしている役割及び抱えている問題についての日本の一般国民の理解は皮相なものにとどまっており、この日の討論のような内容を日本国内で広めていくことが必要であると感じた。   ◇10月1日午前「平和」分科会(2)   筆者がミラ・ゾンターク立教大学教授とともに共同議長を務めた本分科会では、多民族・多文化社会であるインドネシアと平和国家を目指す日本の直面する問題に関してそれぞれ2つの発表が行われた。   (1)インドネシア   〇「宗教的シンボルの無い教会」(バンジャルマシン宗教・社会研究所シリ・タラウィヤ氏) 南カリマンタン州首都バンジャルマシンのイスラーム社会の中に存在する少数のキリスト教ベテル派信者と周辺住民との間に、信者の集まりに伴うゴスペル等の騒音、駐車問題等を巡り摩擦が生じ、ベテル派追放の動きもあったが、イスラーム系住民の中にも共存しようと努める向きもある。他方、地方政府当局の硬直的介入がかえって事態を混乱させている。   〇「モルッカ諸島におけるサニリ(伝統的合議体)を通じる紛争解決及び環境保存」(ジョグジャカルタ大学スハルノ講師) 中央政府がインドネシア全土にわたって「村」という同一の行政単位を広めようとして来たのに対し、モルッカ諸島では、伝統的な合議体であるサニリが例えば漁業資源の有効利用、保存といった問題について調整機能を発揮している。1999年のアンボンにおけるイスラーム系住民とクリスチャンの流血の対立への政府・公的機関の無為な対応ぶりは、サニリという「土地の知恵(local_wisdom)」への住民の志向を高めた。   〇この2つの発表は、インドネシアのような多文化社会では、異宗教・異民族間の様々な問題が地域レベルで生じるところ、これに対する中央ないし地方政府の画一的な対応には限界があることを指摘する点で共通していた。 (2)日本   〇「至上の法としての憲法遵守:憲法9条と日本の平和主義」(デリー大学准教授ランジャナ・ムコパディヤーヤ博士) 1947年5月5日に日本の仏教、キリスト教等宗教関係者からなる全日本宗教平和会議は、先の戦争を阻止できなかったことについての「懺悔の表明」を行った。仏教界は「聖戦」の名の下に戦争と植民地拡大を支持したことを反省し、憲法9条の戦争放棄条項を仏教の非暴力の教えを具現するものと考えた。キリスト教徒も同条項を「汝殺すなかれ」の教えを反映するものと捉えた。このようにして、日本の宗教界は憲法9条改正に反対する平和運動の主要な勢力となって来た。   〇「地球温暖化、戦争、原子力の三角関係」(木村建一早稲田大学名誉教授) 地球温暖化防止のための炭酸ガス排出制限を定めた京都議定書の下でも軍事目的のためのエネルギー使用についての抜け道がある。米国、中国等の武器生産・使用等の軍事支出のうちかなりの部分が炭酸ガス排出につながるという意味で、地球温暖化は戦争にも関連している。原子力発電は温暖化防止に役立つとして推進されてきたが、日本においては2011年の福島の原発事故以来多くの原発が閉鎖を余儀なくされている。また、原発に蓄積されるプルトニウムは、核兵器生産に使用され得るものとして、非核3原則との関連で深刻な問題を提起している。地球温暖化、エネルギーの問題を考えるにあたりこのような相関関係を考慮する必要がある。   〇この2つの発表は、憲法改正、原子力発電という現下の懸案を考えるに当たり興味深い視点を提供するものだった。   ◇10月1日午後「教育」分科会(3)   筆者が傍聴したこの分科会では、いずれもインドネシアからの4人の学生・若手研究者が、英語教育に関わる発音訓練、YouTubeの利用、グローバル言語とローカル言語、外国人とのコミュニケーション成立過程についてそれぞれ発表を行った。筆者がジャカルタに在勤していた30年前に比べて、インドネシアの学生とか若手研究者の英語習熟度及び発表意欲が著しく高まったことに印象付けられた。   「環境と共生」という今回会議のテーマのうち筆者が参加したセッションは、平和と宗教、多文化社会の問題、環境等に関するものだったが、これらの問題を世界レベル、国家レベル、地域社会レベルで複眼的に把握する必要があること、さらにそれぞれのレベルでのガバナンスの問題に取り組む必要があること、また、インドネシアのような多民族・多文化国家は、日本国内には見られないような様々な課題を抱えていることを明らかにするものだった。また、筆者は英語で行われたセッションに参加したので特に感じたのかもしれないが、今回会議に国外から78名と最も多く参加していたインドネシアの若手研究者とか学生の強い意欲と熱気に感銘を受けた。   <沼田 貞昭(ぬまた さだあき)☆NUMATA Sadaaki> 東京大学法学部卒業。オックスフォード大学修士(哲学・政治・経済)。 1966年外務省入省。1978-82年在米大使館。1984-85年北米局安全保障課長。1994−1998年、在英国日本大使館特命全権公使。1998−2000年外務報道官。2000−2002年パキスタン大使。2005−2007年カナダ大使。2007−2009年国際交流基金日米センター所長。鹿島建設株式会社顧問。日本英語交流連盟会長。     2011年11月10日配信
  • 2016.11.04

    エッセイ510:ブレンサイン「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#5)   ここ十数年の急激な経済発展を経て、中国は世界第2の経済大国に成長した。このプロセスを1970から1980年代にかけて急成長した日本に例えて「中国版バブル経済」という人もいる。しかし、勢いよく続いてきた中国の経済発展にも、ここに来て陰りが見え始め、中国経済のバブル的な発展はもう終焉を迎えているのではないかと囁かれている。いずれにせよ、21世紀に入ってから現在に至るまでの中国は、経済発展による激動の時代であり、13億の人口を抱える大国の国内の状況が目まぐるしく変化した。   そもそも中国は漢族以外に55もの少数民族を抱える多民族国家であり、文化と歴史の異なるこれらの少数民族の人々は広範囲に「自治区」を形成して居住している。急激な経済発展のなかで、これらの少数民族の人々が等しくその恩恵にあずかり、各少数民族自治区の経済状況も共に発展したかどうかについては、必ずしもその状況がよく伝わっているとはいえない。これらの少数民族の多くは人口が比較的少ない辺境地域に居住しているが、これらの地域には各種の資源が豊富で、特に地下資源は以前から中国全体の経済発展を支えてきた。   中国は1990年代後半から資源輸入国に転じ、「世界の工場」に変身した今日、原材料の供給地は全世界の隅々にまで及んでいる。急激な経済発展下における原材料調達と製品輸出によるグローバル化のなかで、国内少数民族地域の状況が見えなくなり、以前にも増して風通しが悪くなっていることも事実である。私たちは、急激な経済発展期における少数民族地域の変化、そして伝統的な資源供給地であった少数民族地域、少数民族の人々が如何にバブル的な経済発展の洗礼を受け、いかなる遺産を引き受けたのかを知る必要がある。色々な意味において、上海や北京だけではなく、内陸部で起きたリアルな変化を把握することによって、はじめて中国の立体的な姿を捉えることができる。第3回アジア未来会議では、このような問題意識をもって自主セッション「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」を組織した。   本セッションでは、まず内モンゴル大学のネメフジャルガルさん(2008年度渥美奨学生)が「内モンゴル自治区とモンゴル国の草原牧畜業の比較研究」というテーマで報告した。遊牧と牧畜の伝統を共有するモンゴル国と内モンゴル自治区は今こそ異なる国家に分断されているが、1911年までは共に清朝に属し、20世紀の半ばからそれぞれソ連と中国の2大社会主義国家の枠組みのなかで社会主義の洗礼を受けてきた。中国の改革開放に伴って、内モンゴルは1980年代初期から限定的な市場経済へ移行し、その後中国の社会主義市場経済の荒波にさらされてきた。一方、モンゴル国は1990年に社会主義体制が崩壊して、一気に市場経済の土俵に押し出され、社会主義的な牧畜から市場経済的な牧畜への移行に伴う混乱は現在まで続いている。   内モンゴルでは、牧草地の使用権の個人分配が行われ、家畜頭数の増加と調整不能な牧草地利用の間に生じた矛盾が急激な沙漠化を引き起こした。市場経済に移行したモンゴル国でも都市部において土地の私有化がすすめられ、将来的に牧草地の私有化が行われるのではないかと危惧されている。つまり、遊牧に頼ってきたモンゴル国と内モンゴルは、両者ともそれぞれ微妙に異なる市場経済による環境の変化に晒されている一方で、ここ十数年の急激な経済発展のなかで、両者とも中国経済の原材料供給地となり、地下資源開発ブームに沸いている。   ネメフジャルガルさんの報告で特に注目すべき点は、資源開発によって内モンゴル各地で起きている工業汚染、デベロッパーと地方政府の利権絡みで強引にすすめられる開発プロジェクトとそれに対するモンゴル人の抗議活動など、現地で起きているなどの最新情報であった。本セッションの直前に、内モンゴル自治区共産党委員会書記(自治区のトップ)が交替し、前書記の王君氏が力を注いていた「十個全覆蓋」(十大インフラ整備)という内モンゴル全体を巻き込んだインフラ整備運動が中断されたというホットなニュースが報告された。内モンゴル史上最大の「面子工程」といわれるこの強引なインフラ整備運動を、人々は色とりどりに化粧された羊に例えて風刺したり、宴席の笑いのネタにしたりしていた。このプロジェクトによって、内モンゴル各地の地方財政は大きな負債を抱えたといわれている。情報化、グローバル化の時代と裏腹に、中国の少数民族居住地域で起きているこうした情報は国際社会に伝わり難いので、本セッションの趣旨に沿った大変有意義な報告であった。   2番目の報告者は内モンゴル大学のナヒヤさん(2007年度渥美奨学生)で、テーマは「内モンゴルにおける小学校の統廃合問題:フルンボイル市新バルガ左旗を事例に」であった。中国では、2001年ころから「撤点并校」と呼ばれる農村の末端地域にある小中学校の統廃合政策がすすめられ、農村の子供たちは県(内モンゴルでは旗・県)政府所在地などその地域の中心都市に就学することになった。それにより、村から学校までの距離は遠くなり、子供が下宿するため親が都市部にアパートを借りで子供の世話にあたり、村の生活がおろそかになることや就学バスの事故が多発して大きな社会問題となっている。問題の重大さに気づいた中国政府は2012年に見直し、統廃合にブレーキをかけたが、それまですすめられた政策の影響は全国的で深刻なものである。   末端小中学校の統廃合運動は分散居住する少数民族地域ではさらに大きな混乱をもたらし、その影響は人口の密集する地域よりもさらに深刻である。モンゴル族が分散居住するフルンボイル市新バルガ左旗の場合は、強引な統廃合や都市化による人口流出で自然廃校してしまい、人々は教育の質を求めてより大きな町の学校へ進学するという状況が生じた。現在、内モンゴルの牧畜地域では、ほとんどの末端小中学校が廃止され、旗政府所在地に旗内のすべての子供たちが修学するために集まるという状況になっている。それは結果的に、モンゴル族の文化と社会の将来を担う次世代の子供たちを、生の民族の生活から強引に引き離し、同化に拍車をかけることになっている。   3番目の報告者は新疆ウィグル自治区出身のイミテ・アブリズさん(2002年度渥美奨学生)であった。化学を専門とするアブリズさんは現在新疆大学で教鞭をとっている。周知の通り、現在の新疆ウィグル自治区は中国の少数民族自治区のなかでも最も情報の閉鎖された地域の一つであり、そうした政治的な閉塞の陰で、経済や社会的な変化に関する情報も見えにくくなっている。本セッションを企画するなかで、専門の異なるアブリズさんに経済や社会に関する報告を準備していただきとても感謝している。   新疆ウィグル自治区は中国屈指の石油、天然ガスと石炭の埋蔵庫であり、中国全体のエネルギー資源埋蔵量の1/3を占めるともいわれている。また温暖な気候をもつ新疆では近年、綿花やトマトの生産が盛んに行われ、農業でもその重要性が増している。急激に成長する中国経済にとって新疆がもつ豊かな資源は益々重要な存在となっており、ウィグル族をめぐる政治的問題と並んで新疆がもつ経済的な意義も軽視できない。しかし、2015年の新疆のGDPは中国31の省・市・自治区のなかで、後ろから6 番目に留まっている。豊富な資源があるにもかかわらず経済発展に恵まれないこのような現象をアブリズさんは「資源の呪い」に例えた。新疆は旧ソ連圏の中央アジア諸国やアフガニスタン、パキスタンなど西アジア諸国への玄関口であり、その地政学的重要性は新疆のインパクトを一層強めることとなっている。   2014年の統計によると、新疆ウィグル自治区の総人口は2322万人に達し、そのうちウィグル族の人口は自治区総人口の48.53%を占める1127万人であり、漢族は859万人(37.01%)、カザフ族は159万人(6.88%)であり、チベット自治区を除けば、漢族人口が半分に満たない唯一の自治区となっている。また、ウィグル族とカザフ族を合わせると全自治区総人口の55%がトルコ系のイスラム教徒によって占められるという点も注目に値する。この2つの特徴が今日新疆を取り巻く複雑な状況の背景にあることは間違いない。ちなみに、同じイスラム教徒である回族も百万人(5%弱)居住している。   各民族の規模や力関係をめぐるこうした状況は民族教育にも色濃く反映されている。新疆では、ウィグル族を対象に「双語教育」(バイリンガル教育)という政策が厳しく実施されている。バイリンガル教育とは本来、2つの言語を均等に操ることのできる状態を指すのが一般的で、ウィグル族も含めてモンゴル族やチベット族、朝鮮族といった独自の言語と文字をもつ少数民族は、小学校3年まで自民族の言語や文字で勉強し、小学校3~4年生のころから中国語を学び始めるのが従来のやり方であった。しかし、現在新疆で実施されているのは、ウィグル語を母語として生まれた子供たちに小学校1年生から中国語で教育を受けさせ、母語のウィグル語はいわばひとつの言語として学ぶというものであり、何よりも中国語によるコミュニケーション能力と知識習得を重視している。これも新疆における民族対立の根底にある要因の1つだと囁かれている。   最後の報告は奇錦峰さん(2001年度渥美奨学生)による「ゴースト・タウン(鬼城)『康巴什』」であった。中国の広州中医薬大学教授の奇さんは内モンゴル自治区オルドス(鄂爾多斯)出身のモンゴル族であり、彼の故郷のオルドスは「鬼城/ゴースト・タウン=康巴什(ヒヤバグシ)」が位置する地域として世界的に有名である。夏休みに広州から遥々内モンゴルに行って現地調査をし、報告を準備してくださったことを大変感謝している。   内モンゴル自治区西部の沙漠のど真ん中にあるヒヤバグシは「中国のドバイ」或は「中国のラスベガス」ともいわれている資源バブルで急成長した幻の都市である。黄河と沙漠に囲まれたオルドスはもともと牧畜業を中心としてきた内モンゴル自治区の盟(市)レベルの地域の一つで、モンゴル族の生活舞台であったが、改革開放後の1980年代からカシミア山羊の飼育に成功し、有名な「鄂爾多斯カシミア」ブランドで世界中にその名が知られるようになった。   そのオルドス沙漠の地下には豊富な石炭が埋蔵していることが発見されて、1990年代から採掘が始まった。ちょうど中国が経済発展期を迎える時期であり、オルドス南隣に位置する中国最大の石炭採掘地域である山西、陝西両省の石炭資源が限界を迎えていた時期とも重なったのである。この2つの偶然がオルドスの運命を変え、2000年にわずか15億元しかなかったGDPは、2009年には2000億元にまで膨れ上がり、わずか9年で香港を超えて「オルドスの奇跡」と呼ばれた。まさに中国の急激な経済発展が少数民族地域にもたらした典型的な資源バブルである。経済規模の膨張に伴ってオルドス市は沙漠のなかに百万人が居住できる新都市の建設に乗り出し、世界的に有名な建築家たちを集めてインパクトの強い建物と大勢の市民が居住する高層住宅を建設した。   それと同時に、加熱する不動産業への投資として金融活動も活発になり、シャド―・バンキングとも呼ばれる民間の金融業者が横行し、オルドスは浙江省の温州とともに中国の金融バブルを代表する闇金融の代名詞ともなった。しかし、バブルの饗宴は長つづきせず、リーマンショックによる世界的な需要の低下によって石炭の需要も減り、2010年ころからオルドスの経済は失速した。現在百万人を収容できる都市に5万人前後しか人が住んでおらず、ヒヤバグシは中国に数多くある「ゴースト・タウン」の代表格として定着した。草原と沙漠と遊牧でしか知られていなかった内モンゴルの奥地に何故世界的なゴースト・タウンができたのか。わずか十数年の間に、蜃気楼のように現れた「オルドスの奇跡」は一体何を物語っているのか。奇さんの報告は、聴講者に深く問いかけるものであった。   自主セッション「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」では、中国の少数民族出身の4名の元渥美奨学生にそれぞれの故郷で起きているホットな出来事を報告していただいた。現代中国を内陸部から理解するためのとても重要な情報発信であり、これは渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)がもつソフトパワーの1つでもあると思う。   当日の発表資料(抜粋1)と会場風景   当日の発表資料(抜粋2:オルドス)   <ボルジギン・ブレンサイン> 渥美国際交流財団2001年度奨学生。1984年に内モンゴル大学を卒業後内モンゴル自治区ラジオ放送局に勤務。1992年に来日し、2001年に早稲田大学で博士学位取得。現在は滋賀県立大学人間文化学部准教授。   2016年11月4日配信  
  • 2016.10.27

    エッセイ509:ラムサル・ビカス「AFC円卓会議『人とロボットの共生社会をめざして』で学んだこと」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#4)   2016年9月29日から10月3日まで北九州市で開催された第3回アジア未来会議は、私にとってとても楽しく、またたくさんのことを学んだ貴重な機会でした。総合テーマは「環境と共生」で、20ヵ国から約400人が参加し、多分野に亘る国際的かつ学際的なセッションがたくさんありました。ここでは、9月30日の午前中に北九州国際会議場で行われた4つの円卓会議の一つである「人とロボットの共生社会をめざして」について報告します。   この円卓会議の発表者は、東京大学名誉教授の井上博允先生、立命館大学教授の李周浩(Lee Joo-Ho)先生、ロシア・カザン連邦大学教授のイヴゲニ・マギッド(Evgeni Magid)先生、九州産業大学教授の李湧権(Lee Yong-Kwun)先生、韓国ROBOTIS社のピョ・ユンソク(Pyo Yoon-Seok)先生、ミュンヘン工科大学教授のディルク・ウォルヘル(Dirk Wollherr)先生、上海交通大学の李紅兵(Li Hongbing)先生の7名で、討論者は東京大学の文景楠(Moon Kyungnam)さんとAtelier OPA代表取締役の杉原有紀さんでした。座長は李周浩先生とイヴゲニ・マギッド先生が務め、使用言語は英語でした。   会議は井上先生の基調講演から始まりました。新しい技術に取り組んでいらっしゃる先生は、「コボット:私たちと協働するロボット(COBOT: Robots that collaborate with us)」というテーマで、iPhoneからプロジェクターに出力して発表をされました。50年以上のロボット研究の経験をお持ちの先生は、ロボットに新しい名前を付けてコボットと呼んでいます。共同作業ロボット(COllaborative roBOT)という意味で、ロボットは人間と共同作業をしているという意味を深めるためです。将来、会社などでロボットは労働者として使われるようになり、人口減少の影響により起こる深刻な問題を解決するロボット・ソリューションについての興味深いお話でした。   李周浩先生は「漫画アニメーションにおけるロボットの社会や人間の共存(Coexisting societies of robots and human beings in cartoon animation)」というテーマで発表されました。日本には多くの漫画やアニメーションがあり、そのいくつかはロボットと人間の共存を扱っている事を知りました。1951年に発表された「鉄腕アトム(Astro Boy)」という漫画が、ロボットに関する10の法則を伝えおり、それを参考にして現在のロボットができたという話は、真実であろうと感じました。1969年に発表された「ドラえもん」は、人間とは違う姿をしていますが、人間と同じように考え、人間のために働いてくれるロボットです。言うまでもなく、ロボットはあくまでも人間のために働いてくれる存在なのです。他にもロボットと人間の共存を示す漫画アニメーションが流行っていますが、結論を言うと漫画アニメーションで見られるものは現実の技術レベル以上です。しかし、いつか必ず私たちの日常生活の中に取り入れられてゆくのだろうと感じました。   イヴゲニ・マギッド先生は「都市捜索救助シナリオにおけるモバイルロボットアシスタント(Mobile Robotic Assistants in Urban Search and Rescue Scenarios)」というテーマで発表されました。人間が行くことができない環境と危険な場所に、人間の代わりに行ってくれるモバイルロボットの活用についての発表でした。この発表では起伏の多い地形や瓦礫などで救助が困難なときに、安全でより良い経路を見つけるロボットが、被災地でとても役に立つ事が示唆されています。   李湧権先生は「九州産業大学のヒューマンロボティクス研究センター(HRRC)における研究活動(Research Project of Human-Robotics Research Center in Kyushu Sangyo University)」というテーマで発表されました。リハビリや介護の現場は人手不足が問題になっているため、それを解決するリハビリロボットの開発についての発表でした。現在では、高齢者や脊損患者のリハビリ支援に役立つロボット、全身性麻痺患者用移動支援ロボットや、ベッドの上での生活を介助するロボット開発が進んでいる事がわかりました。   ピョ・ユンソク先生は「なぜ『ヒューマノイド』が必要とされるのか?(Why is “HUMANOID” requested?)」というテーマで発表されました。人間との共生の視点から人間型ロボットの利点、人間型ロボットの外見から機能までの開発条件、人間と人間型ロボットの間の望ましい共存のための予見などについての発表でした。   ディルク・ウォルヘル先生は「人間環境におけるロボットアクションの相互作用の意識(Interaction-awareness for robot action in human environments)」というテーマで発表されました。自然で直感的なロボットアクションは、人間の環境で採用される将来のロボットの受け入れ先を増やすための鍵だということを教えて頂きました。人間は新しい状況に適応する能力を持っている。この人間との対話を目指すロボットは直感的なインターフェイスを持つことが、特に重要になると力説されました。   李紅兵先生は「手術用ロボットの力感知および制御(Force sensing and control for surgical robots)」というテーマで発表されました。現在多くの低侵襲性外科手術の手順は、遠隔操作ロボットシステムを用いて行われていますが、このような一般的なシステムでは外科医の「微妙な力加減」のコントロールシステム(フィードバックシステム)が内蔵されていません。特に、人の持つ組織は繊細なため、外科医に与える触覚的なフィードバックの欠落は、安全で複雑かつ繊細な手術においてボトルネックになっています。そのため手術ロボットの失敗操作が多いという事を知りました。このような失敗をなくすために、力のフィードバックシステムを内蔵した施術ロボットの開発に取り組んでいるそうです。   以上がロボット技術者からの発表でした。最後に、招待討論者の杉原さんは、噴水指輪のデザインと開発を紹介し、ロボット開発にもデザインが大事だということを発表されました。   同じく招待討論者の哲学者である、文景楠さんがいくつかの大事な点をコメントされました。多方面におけるコメントでしたが、一番話題になったのは「ロボットが失敗したら、だれの責任か?」という質問でした。その答えは、開発者の責任になるとも言えますが、私は技術者としてロボットを制御する人の責任でもある、と発言しました。   本会議で色々な種類のロボットについて学ぶ事ができました。ロボットと人間がどのように共存する社会を目指していくか、様々な事を考えました。問題点は多くありますが、技術者は問題解決に向け日々研究を行っている事を知ると共に、ロボット技術の研究開発には、ただ技術者だけではなく哲学者やデザイナーなど理系、文系の枠を超えた学際的なアプローチが必要だという事がよくわかりました。   当日の写真   <ラムサル・ビカス Lamsal Bikash> 渥美国際交流財団2016年度奨学生。トリブバン大学科学技術学部。物理学科を終えて、2010年1月に日本語学生をとして日本へ来日。2014年3月に足利工業大学大学院修士課程を取得。2014年4月から足利工業大学大学院博士課程情報・生産工学専攻に入学。現在は顔検出技術について研究中。
  • 2016.10.06

    第3回アジア未来会議「環境と共生」報告

    2016年9月30日(金)~10月2日(日)、北九州市において、二十日ヵ国から397名の登録参加者を得て、第3回アジア未来会議が開催されました。総合テーマは「環境と共生」。北九州市は製鉄業をはじめとする工業都市として発展しましたが、1960年代には大気や水の汚染により、ひどい公害が発生しました。その後、市民の努力により環境はめざましく改善され、2011年には、アジアで初めて、経済協力開発機構(OECD)のグリーン成長モデル都市に認定されました。第3回アジア未来会議では、このような自然環境と人間の共生はもとより、さまざまな社会環境や文化環境の中で、いかに共に生きていくかという視点から、広範な領域における課題に取り組み、基調講演とシンポジウム、招待講師によるフォーラムや円卓会議、そして数多くの研究論文の発表が行われ、国際的かつ学際的な議論が繰り広げられました。   開会に先立つ9月29日(木)午後7時、北九州国際会議場において、第10回SGRAチャイナフォーラム「東アジア広域文化史の試み」が開催されました。SGRAが毎年秋に北京を始め中国各地で開催しているフォーラムを、今回はアジア未来会議にあわせて日本で実施したもので、過去2回のフォーラムの論点に沿ってさらなる研究成果が報告され、今後の展開に繋げました。   翌、9月30日(金)午前9時から12時半まで、北九州国際会議場では4つのフォーラムと円卓会議が同時に開催されました。どの会場も大入り満員で、グローバルな課題に取り組む活発な議論が展開されました。   ◇円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」(助成:東京倶楽部) この円卓会議では、東アジアの歴史和解を実現するとともに、国民同士の信頼を回復し、安定した協力関係を構築するためには歴史を乗り越えることが一つの課題であると捉え、中国の「国史」、日本の「国史」、韓国の「国史」を対話させることが大事であることを確認しました。将来的には「国史」研究者同士の交流によって共有する東アジア史に繋がっていくことが期待されます。今回は今後5回程度のシリーズの初回と位置づけられ、日本、中国、韓国の歴史研究者が集まって「国史たちの対話」の可能性を検討しました。(日中韓同時通訳付き)   ◇円卓会議「東南アジアの社会環境の変化と宗教の役割」(助成:国際交流基金アジアセンター) この円卓会議では、宗教が本来人間や社会を幸福にするために生まれたものであるにもかかわらず、近年は対立や衝突の原因と見なされがちである現状を踏まえ、民族と宗教のモザイクで構成され、各国で固有の宗教と社会の関係が見られる東南アジア各国の事例を基にして、この地域から招待する研究者、日本で研究活動を行う外国人及び日本人研究者が共に、宗教と社会のかかわり、社会変化と宗教の役割などの普遍的なテーマを議論しました。(使用言語:英語)   ◇円卓会議「人とロボットの共生社会をめざして」(助成:鹿島学術振興財団) この円卓会議では、(1)ロボットが日常生活の中に入る時、どのように人々とかかわり合い、どんな働きをすべきか、(2)人々とロボットが信頼関係を作り、共生できる社会は実現できるか、(3) ロボットは、従来の「人を模した相互作用対象」という限られた役割を超え、人間社会の中で、高度に知的で創造的な協調活動を誘発し、人々の間の相互作用の質を向上させる新たな役割を担うようになるか、等の問題意識に基づき、理工系研究者の発表の後、若手の哲学、デザインの研究者を交えて、人とロボットが共生する近未来の社会を構想しました。(使用言語:英語)   ◇AGI経済フォーラム「アジアの人口問題と対策」(主催:アジア成長研究所主催) 北九州市に本拠を置くアジア成長研究所主催の本フォーラムは、「アジア諸国は目下、少子高齢化、人口減少、人口移動、人口の都市化、外国人労働者の流入、性差などのような多くの人口問題を抱えており、これらの問題について網羅的に吟味し、対策を打ち出すことが急務となっている」という問題意識に基づき、アジア成長研究所の4名の専門家が、アジア諸国が直面している様々な人口問題を取り上げ、その実態、経済社会に与える影響、対策、他のアジア諸国への教訓などについて検証しました。(使用言語:英語)   昼食休憩の後、午後3時、北九州国際会議場メインホールにて開会式が始まり、第3回アジア未来会議を共催する北九州市立大学の近藤倫明学長の歓迎の挨拶の後、明石康大会会長が開会を宣言しました。引き続き、トヨタ自動車のMIRAIチーフエンジニア田中義和氏による「燃料電池自動車MIRAIの開発と水素社会の実現に向けたチャレンジ」と題した基調講演がありました。その後、北九州市立大学創立70周年記念シンポジウム「持続可能な発展とアジア市民社会-水素エネルギー社会の実現を目指して-」が開催され、北九州市で環境問題に取り組む市民活動について、研究員、NPO、起業家からの活動報告がありました。   フォーラムの講演一覧   最後に、松元照仁北九州副市長の祝辞をいただいた後、北九州市立大学創立70周年を祝して大学の研究成果の麹と地域民間企業のコラボが醸造する日本酒「ひびきのの杜」で鏡開きが執り行われました。参加者がホールを出ると、奇跡的に雨が止んだ中庭で、ジャズ演奏を聴きながら、そのお酒が300名を超える参加者に振る舞われてウェルカムパーティーが始まりました。アジアを中心に各国から集まった参加者が小倉名物の屋台によるB級グルメを楽しんだ後、小倉祇園太鼓の演奏に続いて、いよいよ今回の目玉イベントであるプロジェクションマッピングで、北九州の1500年の歴史を3分で纏めた影像が国際会議場中庭の大壁面に放映されました。   10月1日(土)、参加者は全員、小倉駅からモノレールで北九州市立大学北方キャンパスに移動し、8つの自主セションを含む58の分科会セッションに分かれて225本の論文発表が行われました。アジア未来会議は国際的かつ学際的なアプローチを目指しているので、各セッションは、発表者が投稿時に選んだ「平和」「幸福」「イノベーション」などのトピックに基づいて調整され、学術学会とは違った、多角的かつ活発な議論が展開されました。前日の招待フォーラムの講師を含む延べ109名の方に多様性に富んだセッションの座長をお引き受けいただきました。ポスター発表は地下一階の休憩所に隣接して行われました。休憩時間には北九州市立大学の学生やボランティアによるピアノの演奏やお茶のお点前があり、国際交流の雰囲気を盛り上げました。   各セッションでは、2名の座長の推薦により優秀発表賞が選ばれました。 優秀発表賞の受賞者リスト   また、本会議では10本のポスターが掲示されましたが、AFC学術委員会により2本の優秀ポスター賞が決定しました。 優秀ポスター賞の受賞者リスト   さらに、優秀論文は学術委員会によって事前に選考されました。2015年8月31日までに発表要旨、2016 年2月28日までにフルペーパーがオンライン投稿された115本の論文を13のグループに分け、ひとつのグループを4名の審査員が、 (1) 論文のテーマが会議のテーマ「環境と共生」と適合しているか、 (2) わかりやすく説得力があるか、(3) 独⾃性と⾰新性があるか、(4) 国際性があるか、(5) 学際性があるか、という指針によって審査しました。各審査員は、グループの中の9~10本の論文から2本を推薦し、集計の結果、上位20本を優秀論文と決定しました。 優秀論文リスト     フェアウェルパーティーは、同日午後7時から、ステーションホテル小倉において開催され、今西淳子AFC実行委員長の会議報告のあと、北九州市立大学の漆原朗子副大学長による乾杯で始まりました。食事が終わる頃、AFC学術委員長の平川均国士舘大学教授から選考報告があり、優秀賞の授賞式が行われました。授賞式では、優秀論文の著者20名が壇上に上がり、明石康大会委員長から賞状の授与がありました。続いて、優秀ポスター賞2名、優秀発表賞50名が表彰されました。パーティーの最後に、韓国未来人力研究院院長の李鎮奎高麗大学教授から第4回アジア未来会議の概要の発表がありました。   10月2日(日)参加者は、それぞれ、水俣スタディツアー、秋吉台・萩観光、北九州市内観光、北九州環境スタディツアー、温泉体験などに参加しました。   第3回アジア未来会議「環境と共生」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)主催、北九州市立大学と北九州市の共催、外務省と文部科学省の後援、国際交流基金アジアセンター、東京倶楽部、鹿島学術振興財団、北九州市の助成、九州経済連合会、アジア成長研究所の協力、そして、麻生セメント、カジマ・オーバーシーズ・アジア、 鹿島建設、鹿島道路、 九州電力、九州旅客鉄道、九電工、コクヨ、スナヤン開発、ゼンリン、第一交通産業、中外製薬、テノ・コーポレーション、TOTO、西日本産業貿易コンベンション協会、本庄国際奨学財団、三井住友銀行、米良電機産業、門司港運、安川電機、山口銀行からのご協賛をいただきました。   運営にあたっては、元渥美奨学生を中心に実行委員会、学術委員会が組織され、フォーラムの企画から、ホームページの維持管理、優秀賞の選考、当日の受付まであらゆる業務を担当しました。また、北九州市立大学にも実行委員会が開設され、延べ120名を超える教員、職員、学生ボランティアのご協力をいただきました。   400名を超える参加者のみなさん、開催のためにご支援くださったみなさん、さまざまな面でボランティアでご協力くださったみなさんのおかげで、第3回アジア未来会議を成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。   アジア未来会議は、国際的かつ学際的なアプローチを基本として、グローバル化に伴う様々な問題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化など、社会のあらゆる次元において多面的に検討する場を提供することを目指しています。SGRA会員だけでなく、日本に留学し現在世界各地の大学等で教鞭をとっている研究者、その学生、そして日本に興味のある若手・中堅の研究者が一堂に集まり、知識・情報・意見・文化等の交流・発表の場を提供するために、趣旨に賛同してくださる諸機関のご支援とご協力を得て開催するものです。   本会議は2013年から始めた新しいプロジェクトで、当初10年間で5回の開催を計画しましたが、既に3回の会議を成功裡に終えることができたので、2020年以後も開催を続けることになりました。第4回アジア未来会議は、2018年8月24日から27日まで、韓国ソウル市で開催します。皆様のご支援、ご協力、そして何よりもご参加をお待ちしています。   第4回アジア未来会議チラシ   第3回アジア未来会議の写真(ハイライト)   フェアウェルパーティーの時に映写した写真(動画)     (文責:SGRA代表 今西淳子)     2016年10月6日配信
  • 2015.05.14

    第3回アジア未来会議☆論文・小論文・ポスター/展示発表の募集

    渥美国際交流財団関口グローバル研究会では、バンコク、バリ島に続き、第3回アジア未来会議を開催します。アジア未来会議は、日本で学んだ人、日本に関心をもつ人が一堂に集まり、アジアの未来について語る<場>を提供することを目的としています。毎回400名以上の参加者を得、200編以上の論文発表が行われます。国際的かつ学際的な議論の場を創るために皆様の積極的なご参加をお待ちしています。   日時:2016年9月29日(木)~10月3日(月)(到着日・出発日も含む) 会場:北九州国際会議場、北九州市立大学北方キャンパス 詳細は下記リンクをご覧ください。 http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/   アジア未来会議では、下記の通り論文・小論文・ポスター/展示発表を募集します。 奮ってご応募ください。   テーマ   本会議全体のテーマは「環境と共生」です。 北九州市は製鉄業をはじめとする工業都市として発展しましたが、1960年代には大気や水の汚染により、ひどい公害が発生しました。その後、市民の努力により環境はめざましく改善され、2011年には、アジアで初めて、経済協力開発機構(OECD)のグリーン成長モデル都市に認定されました。アジア未来会議では、このような自然環境と人間の共生はもとより、さまざまな社会環境や文化環境の中で、いかに共に生きていくかという視点から、広範な領域における課題設定を歓迎します。   第3回アジア未来会議で学際的に議論するために、下記のテーマに関連した論文、小論文、ポスター/展示発表を募集します。登録時に一番関連しているテーマを3つ選択していただき、それに基づいて分科会セッションが割り当てられます。   <テーマ> 自然環境 社会環境 共生 平和 多様性 持続性 人権 歴史 健康 教育 成長 幸福 公平 思想 メディア グローバル化 イノベーション コミュニケーション   言語   第3回アジア未来会議の公用語は日本語と英語です。登録時に、まず口頭発表および ポスター/展示発表の言語を選んでください。日本語で発表する場合は、発表要旨を 日本語(600字)と英語(250語)の両方で投稿してください。論文および小論文は日 本語のみです。   発表の種類  アジア未来会議は日本で学んだ人、日本に関心のある人が集まり、アジアの未来について語り合う場を提供することを目的としています。国際的かつ学際的なアプローチによる、多面的な議論を期待しています。専門分野の学術学会ではないので、誰にでもわかりやすい説明を心掛けてください。   小論文(2~3ページ)   アジア未来会議における専門外の研究者も含めた国際的かつ学際的な議論を前提とした口頭発表の内容を纏めた小論文を投稿してください。発表レジュメ・パワーポイント等の配布資料でもこれに相当するものと認めます。発表要旨のオンライン投稿の締め切りは2016年2月28日、合格後の小論文のオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切りは2016年6月30日です。6月30日までに投稿がない場合は、アジア未来会議における発表を辞退したと見なされますのでご注意ください。小論文は、奨学金、優秀論文賞の選考対象にはなりません。   論文(10ページ以内)― 奨学金、優秀論文賞の選考対象になります   アジア未来会議は、多面的な議論によって各人の研究をさらに磨く場を提供します。必ずしも完成した研究でなくても、現在進めている研究を改善するための、途中段階の論文を投稿していただいても結構です。発表要旨のオンライン投稿締め切りは2015年8月31日で、合格後の論文のオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切りは2016年3月31日です。発表要旨の合格後、論文の投稿を前提に奨学金を申請できます。奨学金の選考結果は12月20日までに通知します。尚、地元の参加者は奨学金の対象外です。   また、学術委員会による審査により、優秀論文約20本が選出されます。優秀論文には、アジア未来会議において優秀賞が授与され、会議後に出版する優秀論文集「アジアの未来へー私の提案Vol.3」に収録されます。既にアジア未来会議で優秀論文賞を受賞したことのある方は、選考の対象外となりますので予めご了承ください。3月31日以降も論文投稿はできますが、奨学金・優秀論文賞の対象になりません。   ポスター/展示発表   ポスターはA1サイズに印字して当日持参・展示していただきます 展示作品は当日の朝に自分で搬入し展示していただきます   発表要旨のオンライン投稿締め切りは2016年2月28日で、合格後のポスター/展示のデータのオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切りは6月30日です。アジア未来会議において、参加者の投票により、優秀ポスター/展示賞数本が選出されます。ポスター/展示作品は、奨学金と優秀論文賞の選考対象にはなりません。   詳細は、下記ウェブサイトをご覧ください。 http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/call-for-papers/
  • 2014.10.15

    孫 建軍「第2回アジア未来会議円卓会議『これからの日本研究:学術共同体の夢に向かって』実施報告書 」

    本円卓会議は、漢字圏を中心としたアジア各地の日本研究機関に所属する研究者が集まり、グローバル時代における日本研究のあり方について議論する場として、第1回に引き続き、第2回アジア未来会議の二日目に開催された。会議は日本語で行われ、円卓を囲んだ10名の発表者と討論者、および各地から駆けつけた多くのオブザーバーが参加した。   円卓会議は2部からなり、前半は提案の代読及び指定発表者の報告であった。提案者である早稲田大学劉傑教授は都合で来場できなかったが、提案は文章として寄せられ、司会者の桜美林大学李恩民教授によって代読された。内容は主に四つの部分からなり、(1)未来に向けての「東アジア学術共同体」の意味、(2)「東アジア学術共同体」の実験として、「日本研究」を設定することの意味、(3)アジアないし世界が共有できる「日本研究」とはどのようなものなのか、そして(4)東アジアの日本研究の仕組みをどのように構築していくのか、というものだった。   続いて、4人の指定報告者による報告が行なわれ、日本を除く東アジア地域の代表的な日本研究所の歴史や活動などの最新情報が紹介された。ソウル大学日本研究所の南基正副教授は、当研究所で展開中のHK企画研究の紹介を通じた企業との連携の実績や、次世代研究者の養成に力を入れていることを紹介した。復旦大学日本研究所の徐静波教授は、日本の総領事館や企業の支援を受けることは、レベルの高い日本研究を維持していく重要な前提であると語った。中国社会科学院日本研究所の張建立副研究員からは、中国一を誇る研究陣営、政府のシンクタンクの役割を十分果たす国家レベルの研究所の紹介があった。台湾大学の辻本雅史教授は、発足したばかりの台湾大学文学院日本研究センターを紹介し諸機関との連携を呼びかけた。   後半は北京大学准教授で早稲田大学孔子学院長を兼任している私の司会で始まり、6名の指定討論者からコメントがあった。中国社会科学院文学研究所の趙京華研究員は日本研究の厳しい現状を報告した上で、学術共同体という言葉遣いに疑問を投げかけた。学術共同体を目指すのではなく、東アジア各国の間における軽蔑感情を取り除くべく、問題意識の共有を提案した。また、他者を意識させかねないことを防ぐため、他分野の学者も討論に呼ぶべきだと提案した。北京大学外国語学院の王京副教授も、学術共同体は外部が必要なため派閥が生まれやすいと指摘した。また、統合されていない北京大学における日本研究の現状を例に挙げ、情報共有の大切さを訴えた。   韓国国民大学日本研究所の李元徳教授は学術共同体を目指す提案者の意見に賛同する一方、日中韓の間における独自の問題を指摘した。また衰退しつつある韓国の日本研究は、魅力をなくしつつある日本に起因することを慨嘆した。ジャーナリストの川崎剛氏は東アジアの概論の必要性を訴えた。SGRA今西淳子代表は、関口グローバル研究会として組織ではなく人の繋がりを心がけ、小さいながらも大きな組織の間を繋ぐ触媒的な存在でありたいと説明した。「学術共同体」については、中国大陸の学者の反対的意見を尊重し、使用を控えたほうがよいと語った。一方で、提案者劉傑教授の意図は既にある情報インフラをもっと活用できないかという観点からであると補足説明し、相互情報交換に力を入れる意向を明らかにした。また日本は魅力をなくしたとは言い切れないと指摘した。中国社会科学院文学研究所の董炳月研究員は、学術から出発して国家概念を超えた協力関係の構築を提案した。最後に台湾中央研究院の林泉忠副研究員は日本研究の厳しい現状の再確認を促し、一刻も早く苦境の脱出を図らなければならないと指摘した。   円卓会議にはアジアのほかの地域の学者も参加し、タイ、インドなどからの学者の発言もあった。話題は日本研究のみではなく、各大学の教育現場における新しい動向や悩みにまで及び、予定時刻を若干オーバーして有意義な意見交換を行った。今までの2回の議論を踏まえて、多くの参加者は、第3回アジア未来会議の場においても、引き続きこのようなセッションを設けてほしいと望んでいる。   ------------------------------- <孫建軍 Sun Jianjun> 1969年生まれ。1990年北京国際関係学院卒業、1993年北京日本学研究センター修士課程修了、2003年国際基督教大学にてPh.D.取得。北京語言大学講師、国際日本文化研究センター講師を経て、北京大学外国語学院日本言語文化系副教授。現在早稲田大学社会科学学術院客員准教授、早稲田大学孔子学院中国側院長を兼任中。専門は日本語学、近代日中語彙交流史。 -------------------------------   2014年10月15日配信
  • 2014.09.03

    第2回アジア未来会議報告

    2014年8月22日(金)~8月24日(日)、インドネシアのバリ島にて、第2回アジア未来会議が、17か国から380名の登録参加者を得て開催されました。総合テーマは「多様性と調和」。このテーマのもと、自然科学、社会科学、人文科学各分野のフォーラムが開催され、また、多くの研究論文の発表が行われ、国際的かつ学際的な議論が繰り広げられました。   アジア未来会議は、日本留学経験者や日本に関心のある若手・中堅の研究者が一堂に集まり、アジアの未来について語り合う場を提供することを目的としています。   8月22日(金)、バリ島サヌールのイナ・グランド・バリ・ビーチホテルの大会議場の前室には、午後のフォーラムで講演する戸津正勝先生(国士舘大学名誉教授)のコレクションから70点のバティック(インドネシアの伝統的なろうけつ染)、島田文雄先生(東京藝術大学)他による20点の染付陶器、そしてバロン(バリ島獅子舞の獅子)が展示され、会場が彩られました。   午前10時、開会式は4人の女性ダンサーによる華やかなバリの歓迎の踊りで始まり、明石康大会会長の開会宣言の後、バリ州副知事から歓迎の挨拶、鹿取克章在インドネシア日本大使から祝辞をいただきました。   引き続き、午前11時から、シンガポールのビラハリ・コーシカン無任所大使(元シンガポール外務次官)による「多様性と調和:グローバル構造変革期のASEANと東アジア」という基調講演がありました。「世界は大きな転換期を経験している。近代の国際システムは西欧によって形作られたが、この時代は終わろうとしている。誰にも未来は分らないし、何が西欧が支配したシステムに取って代わるのか分からない。」と始まった講演は、ほとんどがアジアの国からの参加者にとって大変示唆に富むものでした。   基調講演の後、奈良県宇陀郡曽爾村から招待した獅子舞の小演目が披露されました。その後、参加者はビーチを見渡すテラスで昼食をとり、午後2時から、招待講師による3つのフォーラムが開催されました。   社会科学フォーラム「中国台頭時代の東アジアの新秩序」では、中国、日本、台湾、韓国、フィリピン、ベトナム、タイ、インドネシアの研究者が、中国の台頭がそれぞれの国にどのように影響を及ぼしているか発表し、活発な議論を呼び起こしました。   人文科学フォーラム「アジアを繋ぐアート」では、日本の獅子舞とバリ島のバロンダンス、日本と中国を中心とした東アジアの陶磁器の技術、そしてインドネシアの服飾(バティック)を題材に、アジアに共通する基層文化とその現代的意義を考察しました。   自然科学フォーラム「環境リモートセンシング」は、第2回リモートセンシング用マイクロ衛星学会(SOMIRES 20)と同時開催で、アメリカ、インドネシア、マレーシア、台湾、韓国、日本からの研究者による報告が行われました。 フォーラムの講演一覧   午後6時からビーチに続くホテルの庭で開催された歓迎パーティーでは、夕食の後、今回の目玉イベントである日本の獅子舞とバリ島のバロンダンスの画期的な競演が実現し、400名の参加者を魅了しました。   8月23日(土)、参加者は全員、ウダヤナ大学に移動し、41の分科会セッションに分かれて178本の論文が発表されました。アジア未来会議は国際的かつ学際的なアプローチを目指しているので、各セッションは、発表者が投稿時に選んだサブテーマに基づいて調整され、必ずしも専門分野の集まりではありません。学術学会とは違った、多角的かつ活発な議論が展開されました。   各セッションでは、2名の座長の推薦により優秀発表賞が選ばれました。 優秀発表賞受賞者リスト   また、11本のポスターが掲示され、AFC学術委員会により3本の優秀ポスター賞が決定しました。 優秀ポスター賞の受賞者リスト   さらに、アジア未来会議では投稿された各分野の学術論文の中から優秀論文を選考して表彰します。優秀論文の審査・選考は会議開催に先立って行われ、2014年2月28日までに投稿された71本のフルペーパーが、延べ42名の審査員によって審査されました。査読者は、(1)論文のテーマが会議のテーマ「多様性と調和」と合っているか、(2)論旨に説得力があるか、(3) 従来の説の受け売りではなく、独自の新しいものがあるか、(4) 学際的かつ国際的なアプローチがあるか、という基準に基づき、9~10本の査読論文から2本を推薦しました。集計の結果、2人以上の審査員から推薦を受けた18本を優秀論文と決定しました。 優秀論文リスト   41分科会セッションと並行して、3つの特別セッションが開催されました。   円卓会議「これからの日本研究:東アジア学術共同体の夢に向かって」は、東京倶楽部の助成を受けて中国を中心に台湾や韓国の日本研究者を招待し、各国における日本研究の現状を確認した後、これから日本研究をどのように進めるべきかを検討しました。   CFHRSセミナー「ダイナミックな東アジアの未来のための韓国の先導的役割」は、韓国未来人力研究院が主催し、講義と学部生による研究発表が行われました。   SGRAカフェ「フクシマとその後:人災からの教訓」では、SGRAスタディツアーの参加者が撮影した写真展示及びドキュメンタリフィルムの上映と、談話セッションを行いました。   午後5時半にセッションが終了すると、参加者は全員バスでレストラン「香港ガーデン」に移動し、フェアウェルパーティーが開催されました。今西淳子AFC実行委員長の会議報告のあと、ケトゥ・スアスティカ ウダヤナ大学長による乾杯、2名の日本人舞踏家によるジャワのダンス、優秀賞の授賞式が行われました。授賞式では、優秀論文の著者18名が壇上に上がり、明石康大会委員長から賞状が授与されました。優秀発表賞41名と、優秀ポスター賞3名には、渥美伊都子渥美財団理事長が賞状を授与しました。最後に、北九州市立大学の漆原朗子副学長より、第3回アジア未来会議の発表がありました。   8月24日(日)参加者は、それぞれ、世界文化遺産ジャティルイの棚田観光、ウブドでの観光と買い物、ウルワツ寺院でのケチャックダンスとシーフードディナー、などを楽しみました。   第2 回アジア未来会議「多様性と調和」は、渥美国際交流財団(関口グローバル研究会(SGRA))主催、ウダヤナ大学(Post Graduate Program)共催で、文部科学省、在インドネシア日本大使館、東アジアASEAN経済研究センター(ERIA)の後援、韓国未来人力研究院、世界平和研究所、JAFSA、Global Voices from Japanの協力、国際交流基金アジアセンター、東芝国際交流財団、東京倶楽部からの助成、ガルーダ・インドネシア航空、東京海上インドネシア、インドネシア三菱商事、Airmas Asri、Hermitage、Taiyo Sinar、ISS、Securindo Packatama、大和証券、中外製薬、コクヨ、伊藤園、鹿島建設からの協賛をいただきました。とりわけ、鹿島現地法人のみなさんからは全面的なサポートをいただき、華やかな会議にすることができました。   運営にあたっては、元渥美奨学生を中心に実行委員会、学術委員会が組織され、SGRA運営委員も加わって、フォーラムの企画から、ホームページの維持管理、優秀賞の選考、当日の受付まであらゆる業務をお手伝いいただきました。また、招待講師を含む延べ82名の方に多様性に富んだセッションの座長をご快諾いただきました。   400名を超える参加者のみなさん、開催のためにご支援くださったみなさん、さまざまな面でボランティアでご協力くださったみなさんのおかげで、第2回アジア未来会議を成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。   アジア未来会議は2013年から始めた新しいプロジェクトで、10年間で5回の開催をめざしています。第3回アジア未来会議は、2016年9月29日から10月3日まで、北九州市で開催します。   皆様のご支援、ご協力、そして何よりもご参加をお待ちしています。   <関連資料>   第2回アジア未来会議写真   第2回アジア未来会議新聞記事(ジャカルタ新聞)   第2回アジア未来会議和文報告書(写真付き)   Asia Future Conference #2 Report (in English) with photos   第3回アジア未来会議チラシ   (文責:SGRA代表 今西淳子)
  • 2013.03.13

    第1回アジア未来会議無事終了―ありがとうございました

    2013年3月8日(金)~3月10日(日)、タイ国バンコク市ラップラオのセンタラグランドホテルにて、第1回アジア未来会議が、20か国から332名の参加者を得て開催されました。総合テーマは「世界の中のアジア:地域協力の可能性」で、このテーマに関する自然科学、社会科学、人文科学の研究論文が発表され、国際的かつ学際的な議論が繰り広げられました。   本会議は、SGRAの新事業として2年以上をかけて準備されたもので、日本留学経験者や日本に関心のある若手中堅の研究者が一堂に集まり、アジアの未来について語り合う場を提供することを目的としています。 3月8日(金)午前10時から、厳かな雰囲気の中で開会式が執り行われました。明石康 大会会長の開会宣言の後、主催の渥美国際交流財団と共催の北九州市立大学、タマサート大学を代表してSomkt Lertpaithoon学長から歓迎の挨拶、佐藤重和在タイ日本大使から祝辞をいただきました。   引き続き、午前10時半から、本会議の公開基調講演として、日本だけでなく世界的な建築家の隈研吾氏が「場所の時代」というテーマで、徹底的に場所にこだわって設計する建築――その場所でしか手に入らない材料を使い、場所を熟知した職人の手を使い、その地の気候、環境と調和し、人々が本当に必要としている建築について、素晴らしい建築作品を映像で見せながらお話しくださり、1200人の聴衆を魅了しました。   その日の午後と翌日は、8つの招待講演に並行して8つの分科会が同時進行で開催され、219本の論文が55セッションに分かれて発表されました。招待講演の講師と演題は次の通りです。   招待講演(社会科学)    明石康(元国連事務次官)「The Fragile Nature of Peace」   Larry Maramis(ASEAN事務局部門間協力局長)「International Cooperation in Natural Disasters」   楊棟梁(南開大学教授)「中日関係の構造的転換と当面の課題」   李元徳(国民大学教授)「東アジア共同体の現状と日韓関係」   招待講演(人文科学)   葛兆光(復旦大学教授)「なぜ東アジアなのか、東亜のアイデンティティーを如何に構築するか」   山室信一(京都大学教授)「空間アジアを生み出す力――境界を跨ぐ人々の交流」   招待講演(自然科学)   中上英俊(住環境計画研究所所長)「Promotions of energy efficient appliances by using a Utility-Bill-Payback Scheme in Vietnam」   譚洪衛(同済大学教授)「From Green Campus to City Sustainable Development」   (タイトルが英語のものは英語で、日本語のものは日本語で講演。ただし、葛教授は中国語で日本語への通訳付き。)   会議開催に先立って、12月31日までにオンライン投稿された146本の論文を対象に、76名の審査員による選考が行われ、優秀論文賞22本が選ばれました。優秀論文は、2013年度内にアジア未来会議優秀論文集として出版されます。また、48のセッションより1名ずつ選ばれた48名が優秀発表賞、15のポスターの中から選ばれた3つが優秀ポスター賞を受賞しました。これらの賞の授賞式は、Farewell Partyでにぎやかに執り行われました。   受賞者のリスト   3月10日(日)午前9時、懇談会「グローバル時代の日本研究の現状と課題」が開催されました。王敏法政大学教授の問題提起の後、タイ(ワリントン タマサート大学准教授)、ベトナム(グエン ビック ハー ハノイ貿易大学教授)、インド(ムコパディヤーヤ デリー大学准教授)、韓国(南基正ソウル大学日本研究所副教授)、台湾(徐興慶 台湾大学教授)、中国(徐一平 北京日本学研究センター所長)の日本研究の現状と課題についての報告がありました。休憩を挟んで、山室信一 京都大学教授と、4名の指定討論者(王雲 浙江工商大学教授、王中忱 清華大学教授、董炳月、趙京華 中国社会科学院文学研究所研究員、李元徳 国民大学日本研究所所長)から大変興味深いコメントがありました。   会議のプログラム   以上の学術的なプログラムの他に、参加者は、ホテルのプールサイドでおこなわれた歓迎懇親会や、アユタヤ、グランドパレス、水上市場等への遠足を楽しみました。   第1回アジア未来会議は、渥美国際交流財団主催、タマサート大学と北九州市立大学の共催で、文部科学省、在タイ日本大使館他3機関の後援、国際交流基金と東京倶楽部の助成、本庄国際奨学財団、かめのり財団他3団体の協力、全日空、三井住友銀行、中外製薬他14社の協賛をいただきました。なかでも、本庄国際奨学財団は40名の参加者を派遣してくださり、また、タイ鹿島にはバンコクにおいて全面的なご協力をいただきました。   協力・賛助機関・企業リスト   300名を超える参加者のみなさま、開催のためにご支援くださったみなさま、さまざまな面でボランティアでご協力くださったみなさまのおかげで、初めてのアジア未来会議を成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。   第1回アジア未来会議の写真   アジア未来会議は渥美国際交流財団が公益財団法人へ移行するのをきっかけに企画された新プロジェクトですが、アジア21世紀奨学財団からのご寄附のおかげで、10年間で5回の開催をめざす大きな事業になりました。   第2回アジア未来会議は、2014年8月22日(金)~24日(日)、インドネシアのバリ島で開催されます。皆様のご参加をお待ちしています。   (今西淳子 渥美国際交流財団常務理事/SGRA代表)     2013年3月13日配信  
  • 2011.11.23

    アジア未来会議のお知らせと発表論文募集

    SGRAでは、新事業「アジア未来会議」を立ち上げました。アジア未来会議は、日本に留学し現在世界各地の大学等で教鞭をとっていらっしゃる皆さん、その指導を受けた若手研究者の皆さん、研究所や企業等で研究や活動を続けていらっしゃる皆さん、そして日本の大学院で研究を続けている留学生の皆さん、国際交流に関心のある日本の研究者の皆さんに、交流・発表の場を提供し、アジアの未来について議論していただくことを目的としています。   第一回は2013年3月に中国上海市で「地域協力の可能性」をテーマに開催し、その後隔年度ごとに日本を含むアジアの各都市で開催する予定で、第二回はインドネシア開催を検討しています。アジア未来会議では、自然科学、社会科学、人文科学を包括する広範なテーマを設定し、国際的かつ学際的に研究を続けている中堅・若手研究者の方々に参加していただきたいと思っております。勿論オブザーバー参加も大歓迎で、日本留学者の同窓会、あるいはネットワーク構築の場としてもご利用いただきたいと思います。   このたび、発表論文の募集を始めましたので、奮ってご応募くださいますようお願いいたします。また、お知り合いの方々へのご紹介、皆様が所属するメーリングリスト等でのご宣伝を、よろしくお願い申し上げます。 詳細はアジア未来会議ホームページ(日本語、英語、中国語対応)をご覧ください。   第1回アジア未来会議☆発表論文募集 【開催日】2013年3月8日(金)~10日(日) 【会 場】中国上海市(同済大学、上海財経大学、復旦大学) ◇自然科学シンポジウム「環境エネルギー技術の地域協力」  テーマ:環境、エネルギー    言 語:日本語、英語、中国語   ◇社会科学シンポジウム「アジアにおける地域協力」  テーマ:政治と外交、経済発展と開発、企業経営管理、教育と人材育成、その他  言 語:日本語、英語、中国語   ◇人文科学シンポジウム「アジアにおける地域交流」  テーマ:言語・言語教育、文学・文化・芸術、歴史、社会・生活、その他  言 語:日本語   発表論文を下記の要領で投稿してください。 1. アジア未来会議のホームページの「Registration」から登録してください。一度登録すればIDとパスワードにより何度でもアクセスし登録情報を改訂することができます。   2. 発表要旨を、下記の要領でアジア未来会議ウェブ上のご自分のページに投稿してください。   ◇自然科学:英語(250語以内)締め切り:2012年3月31日(土) ◇社会科学:英語(250語以内)締め切り:2012年3月31日(土) ◇人文科学:日本語(600字以内)締め切り:2012年3月31日(土)   3. 学術委員会による審査の結果を、2012年4月30日(月)までにEメールでお知らせします。   4. 合格通知を受け取ったら、論文の原稿(フルペーパー:A4判で最大10ページ)を、下記の要領で、アジア未来会議ウェブ上のご自分のページに投稿してください。   ◇自然科学:英語、日本語、または中国語 締め切り:2012年8月31日(金) ◇社会科学:英語、日本語、または中国語 締め切り:2012年12月31日(月) ◇人文科学:日本語 締め切り:2012年12月31日(月)   5. 学術委員会による最終審査の結果を、2013年1月31日(木)までにEメールでお知らせします。   その他 ◇優秀論文執筆者は参加費を免除します。 ◇優秀論文は、後日SGRAから発行する論文集に掲載します。論文執筆者には謹呈します。   ◇申請に基づく参加費補助があります。   ☆☆☆皆様のご参加をお待ちしています☆☆☆