SGRAイベントの報告
第7回アジア未来会議円卓会議報告:チャンドラシリ・ナイワラ「AFC7円卓会議『生成AIの教育、研究へのインパクトを探る』報告」
生成AI(Generative AI)の急速な進化は、現代の技術文明の大きな成果であり多くの利点と可能性を持つ一方で、脅威やリスクを伴うことも明らかになってきています。円卓会議では生成AIの可能性とリスクについて教育、学術研究、職場、エンターテインメントの各分野のパネリストを招き講演/問題提起と共にディスカッションを行いました。さらに新しい試みとして、サイエンス・コミュニケーションの研究者をファシリテーターとしてワークショップが開催されました。円卓会議は3時間にわたりましたが、聴衆は100人を超え、AIに対する関心の深さを感じました。
会議は英語で行われ、講演やディスカッションでのパネリストのテーマや論点が入り組んだり重複したりしていますので、筆者の責任で内容を整理し、まとめて報告します。
プログラム
モデレーター:ナイワラ P. チャンドラシリ(工学院大学情報学部教授)
講演1:ダヌシュカ ボレガラ(リバプール大学コンピューターサイエンス学部教授)
講演2:ウィロト アルマナンクン(チュラーロンコーン大学文学部言語学科准教授)
討論1:ライアン ラショット(テンプル大学英語学科助教授)
討論2:ブラホ コストフ(パナソニックEU上級研究員)
討論3:ウダナ バンダラ(ラクテン技術研究所シニア研究員)
ワークショップ
ディレクター:朴ヒョンジョン(北海道大学CoSTEP講師・シニアリサーチサイエンティスト)
情報通信技術(ICT)の革命は、過去数十年にわたり私たちの日常生活に大きな変化をもたらしてきました。特にパーソナルコンピューターの出現からインターネットの普及、スマートフォンの登場、そして現在の生成AIに至るまでの技術革新は目覚ましいものがあります。私が豊橋技術科学大学の学部生だった頃、Mosaicブラウザを通じてインターネットに初めてコネクトしたことを思い出します。私にとって、それはまさに新しい時代の幕開けを象徴する瞬間でした。この時、アーサー・C・クラーク氏の「十分に発達した技術は魔法と見分けがつかない」という言葉を思い出しました。クラーク氏は『2001年宇宙の旅』の著者であり、またスリランカのモラトゥワ大学の学長を務めたことでも知られていますが、この言葉は今もなお、私たちの世界を形作る技術の驚異を見事に捉えています。
伝統的なAIと生成AIの違い
人工知能(AI)という言葉が初めて登場した1956年から、AIは何十年にもわたって研究・開発の対象となってきましたが、従来のAIはルールベースのシステムや特定のタスクを遂行するために設計された機械学習モデルに焦点を当ててきました。これらのシステムは強力ですが、そのプログラミングとトレーニングの範囲に限界があります。一方、生成AIはそれよりも大きな飛躍を遂げています。従来のAIが主にデータを分析して予測や意思決定を行うのに対し、生成AIは新しいコンテンツを創り出すことができます。このコンテンツはテキストや画像から音楽、さらには仮想環境に至るまで多岐にわたります。プログラムされていない新しいコンテンツを生成できる能力は、さまざまな分野で新たな可能性を切り開き、生成AIを革命的な力にしています。
教育におけるAIの影響
教育におけるAIの影響は非常に大きく、多面的です。AIを活用したツールは教育者の教授方法や学生の学び方を大きく変えています。例えば適応学習プラットフォームはAIを利用して、各学生のニーズに応じた教育コンテンツを提供し、個別化された学習体験を実現しています。このアプローチは学生のエンゲージメントを高めるだけでなく、各学習者の強みと弱みを特定して対処することで学習成果を向上させています。
さらに、AIは学生に即時のフィードバックとサポートを提供できるインテリジェントな指導システムの開発も可能にしています。特に数学、物理、化学など段階的な問題解決が重要な科目において、これらのシステムは大きな価値を持ちます。リアルタイムでフィードバックを提供することで、AIは学生がその場で誤りを修正し、重要な概念を強化するのに役立ちます。
しかし、教育にAIを導入することには重要な疑問も生まれています。その中で最も懸念されるのは、教育における人間的な要素が失われる可能性です。教育は単に知識を伝達するだけでなく、批判的思考や創造性、感情知能(EQ)を育むことも含まれます。AIは学習の多くの側面を支援することができますが、教室で人間の教師が提供する微妙な理解や共感を代替することはできません。
学術研究と出版におけるAIの影響
学術研究において生成AIはデータ分析や文献レビュー、さらには研究論文の作成といった時間のかかる作業を自動化することで大きな変革をもたらしています。AIツールは膨大な量のデータを迅速に精査し、人間の研究者が発見することが難しいパターンやトレンドを特定することができます。この能力は研究プロセスを加速させ、科学者がより高度な分析と解釈に集中できるようにします。
また、生成AIは学術出版の民主化にも寄与する可能性があります。執筆プロセスを自動化することで、英語圏以外の研究者も高品質の論文を英語で執筆できるようになり、学術的な議論における言語の多様性が増すでしょう。しかし、この発展はAI生成の研究の真正性や独創性に関する倫理的な懸念も引き起こします。AIツールが責任を持って使用され、適切な帰属と透明性が確保されることが、学術研究の健全性を維持するために不可欠です。
職場におけるAIの影響
職場もまた、AIによって大きな影響を受けています。AIによる自動化は業務を効率化し、コストを削減し、生産性を向上させることで産業を変革しています。データ入力やカスタマーサービス、さらには法律業務の一部など反復的な作業を含む仕事は、ますますAIシステムによって行われるようになっています。この変化により、職場の将来や雇用に対する懸念が生じています。
OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏は多くのホワイトカラーの仕事、特に深い感情的なつながりを必要としない仕事が最終的にはAIに取って代わられるだろうと予測しています。彼はルーティンタスクや反復的な作業が特に自動化の危険にさらされていると指摘しています。一方、Facebook(Meta)AI研究の主任AI科学者であるヤン・ルカン氏は、より慎重な見方を示しています。彼はChatGPTのようなAIモデルは、トレーニングデータの性質や物理的世界、論理、階層的な計画に対する理解の欠如に制約されていると主張しています。ルカン氏によれば、AIが人間の知能に到達することは当分ないだろうとされており、AIが人間の仕事を補完することはあっても完全に置き換えることはないと考えています。
エンターテイメントにおけるAIの影響
エンターテイメント業界でも生成AIによる革命が起きています。AI生成コンテンツには音楽やアート、さらには映画の脚本も含まれます。これらの技術によりクリエイターは新しいアイデアを試し、前例のない規模でコンテンツを制作することが可能になります。たとえば、AIはリスナーの気分にリアルタイムで適応する音楽を作曲したり、視聴者のインタラクションに基づいて進化するビジュアルアートを生成したりすることができます。
しかし、これには人間の創造性の役割に関する問いが生じます。AIは技術的に優れたコンテンツを生成することができますが、人間のクリエイターがもたらす感情的な深みや文化的な背景を欠いています。エンターテイメント業界の課題は、AIの能力を活用しつつ、人間の創造性の独自の特質を保つことにあります。
AIに関する共通の疑問
私たちの議論の中で、AIの将来に対する広範な懸念を反映したいくつかの共通の質問が提起されました。その中でも特に多くの人が関心を寄せたのは、AIによってどのような仕事が置き換えられるかという点です。前述したように、反復的な作業を含む仕事が最も危険にさらされています。しかし、AIによる職業の置き換えの可能性は、低技能の職業に限られるものではありません。法務、医療、金融といった高度なスキルを要する職業でも、AIシステムが進化するにつれて大きな変化が見られる可能性があります。
もう一つの重要な疑問は、AIが人間の知能を超えて人工汎用知能(AGI)や人工超知能(ASI)が誕生する可能性があるかどうかです。この問題については意見が分かれています。AGIの支持者は、さらなる進展が続けばAIが最終的に人間の知能に到達し、さらにはそれを超える可能性があると信じています。しかし、懐疑論者は、現在のAIシステムは常識や感情理解、抽象的な推論能力など、人間の知能を定義する基本的な特質を欠いていると主張しています。
AIの整合性(アラインメント)―AIシステムが人間の価値観や目標に沿って行動することの重要性を過小評価してはなりません。AIが私たちの日常生活にますます組み込まれてゆくにつれて、その倫理的な活用フレームワークと規制を開発することが不可欠となります。AIが活用される世界を実現するためには技術者や倫理学者、政策立案者、そして社会全体の協力が必要です。
未来のAI社会に備える
未来を見据えると、AIが社会においてますます重要な役割を果たすことは明らかです。この未来に備えるためにはAIの可能性を受け入れるだけでなく、それがもたらす課題にも対処する必要があります。AIに依存せざるを得ない世界で成功するためには、必要なスキルを個々人に提供するようにカリキュラムを進化させなければなりません。これにはデジタルリテラシーや批判的思考、そしてAIシステムと協力して働く能力の育成が必要となるのです。
結論として、AIは多くの機会と課題を提供しますが、機械が人間の仕事の一部を担うことがあっても、完全に取って代わることは当面ないでしょう。しかし、「AIを使わない人間は、AIを効果的に使う人間に取って代わられるかもしれな」のです。
<ナイワラ P. チャンドラシリ Dr. Naiwala P. Chandrasiri>
工学院大学情報学部教授。2001年東京大学より博士(情報工学)。現在の研究テーマは、人工知能、コンピュータビジョン、機械学習、ヒューマン・マシン・インターフェース、人間コミュニケーション工学。2001年、米国で開催されたWorld Multi-Conference on Systemics, Cybernetics and Informaticsで最優秀論文賞を受賞、さらに様々な賞を受賞。
2024 年11月16日配信