構想アジア

世紀を跨いで、アジアは興隆と繁栄の時代になりつつある。歴史を鏡としながら、現在のアジアはどうあるべきか、50年または100年後のアジアをどのように構想し、構築していくべきか。それに向けての諸課題をグローバルな視点に立って探求します。
  • 2023.08.03

    エッセイ744:李鋼哲「キャリアと天職」

    大学のゼミに「キャリア・デザイン」という科目が設置された。その意味すら分からなかったので、担当することになった時に『大学生のためのキャリア・デザイン入門』を購入し、勉強した。「働き方、社会活動と生き方に繋がりをつけ、自分の人生の中でどう働き、どう社会活動をしていくかを考え、計画し実行するのがキャリア・デザイン」とある。職業人生に焦点を当てているので、学生たちに「将来就きたい仕事について」レポートを書かせた。以前、「人生100歳時代をどう生きるか」のテーマを出し、各自パワーポイントを作って発表させたこともある。今回も学生たちはいろいろな資料を調べて、それについて自分の考え方を発表した。   しかし、私は日本の学校教育において何か欠けているのではないか、といつも考えている。日本の小中高校教育に携わったことがないので、どのように教育を受けたのかは個人面談などを通じて推測するしかない。何が欠けているだろう?30数年間日本に住み観察しているが、日本の教育は「サラリーマン」を育てるのが主な役割のようだ。もちろん、社会が成り立つためには大勢のサラリーマンが必要であろう。それを進めているのが「キャリア・デザイン」かな、と思う。しかし、それでは物足りないのではないか。   その答えを韓国人の友人のエッセイに見つけた。昨年12月、「世界平和フォーラム」からフィリピンに招待された時、私の講演の姿をイラストに描いて私に見せてくれたので一緒に写真を撮り、その後も日本と韓国で2回お会いした方である。建設現場で日雇いの仕事をしていると聞いてびっくりした。現場で働く労働者を直に観察しながら、人間や社会の深層を探求し、イラストで表現して社会に訴えている。それ自体が素晴らしい生き方だと私は感心するばかり。   友人が送ってくれた韓国の新聞に掲載されたというエッセイを読んでひらめいた。人間の職は3種類あるという。1つ目はジョブ(Job)で、生存するための仕事。2つ目はキャリアで、会社や社会で自分の才能や技能を十分に発揮できる仕事。そして、3つ目のコーリング(Calling)が「天職」である。日本に来てから「学校の教師は職業なのか、それとも天職なのか」という議論を聞いたことがあったが、「天職」についてそれ以上のことは知らなかった。ましてや「コーリング」とは何か、辞書で調べた。「呼ぶこと、叫び、点呼、召集、天職、(神の)お召し、職業、強い衝動、欲求、性向」。   さらに、チャットGPTに「天職またはコーリングについてどう解釈しますか?」と聞くと、「天職またはコーリングは、個人が自身の生き方や仕事において本質的な目的や使命感を感じることを指します。それは単なる職業や仕事以上のものであり、個人の価値観や情熱と深く結びついています・・・」。この答えに大変満足した。中国の聖人孔子の言葉「五十にして天命を知る」に通じる。私も50歳で「天命」を知ることになったと考えている。   先週、大学の講義の前に、学生たちに「3つの職業」について話した。まず「キャリアとは何ですか」と質問を投げかけて学生の答えを聞いた後に、説明した。学生たちは目を丸くしていたので、全員の学生が初めて聞く話であることが分かった。   世間でよく言われる「日本の教育は学生に夢を抱くように教えない」、「日本の教育には哲学がない」、などの議論を考えると、学生には「職業」や「キャリア」だけではなく、「天職」についても教えるべきではないか。崇高な理想や夢をもって「Job」をこなし、「キャリア」を磨くような教育が必要ではないか?   自分の人生を振り返ると、小学生の時には「全世界に共産主義を実現し」、「世界の無産階級(プロレタリアート)の解放のために」勉強し、人生を頑張るという教育を受けていた。幼いころは、まじめにそれを受け止めていた。もちろん、今考えるとそれは「共産主義のイデオロギー教育」となって否定的に捉えることが多い。しかし、全人類の幸せのために頑張る人生観を身に着けるという意味では、今の「持続可能な開発目標(SDGs)」と通ずるところがあるのではないか。昨年、渥美財団関口グローバル研究会(SGRA)のフォーラムでも取り上げたように「誰一人残さない」というスローガンと、「良き地球市民」とは一致するのではないか?渥美財団との出会いは、私にとってはもう一つの「コーリング」に目覚めた機会だったと思っている。   その目標を、共産主義を通じて実現するのか、資本主義を通じて実現するのか、あるいは「第三の道」で実現するのかについて人々はそれぞれの考え方を持ってはいるだろうが、「誰一人残さない」というスローガンは立派なものであり、それをもって自分の人生観を育んでいたら、人類社会はどんなに素晴らしい社会になるだろう。   学校での教えで立派な夢を見て育ったが、いざ社会人になった私は、貧しい農村で如何に生存するかが重要な課題になってしまい、その貧しさから脱却するために4年間も農業労働をしながら受験し、「死ぬほど」勉強して、8億中国人民が憧れる首都北京の大学生になり、人生が180度転換した。大学では共産主義の教育を受け、率先して共産党員になり「全世界で共産主義を実現するために終生奮闘する」と党旗の前で宣誓した。   その後、北京で大学院に入り大学の先生になった。1989年の天安門広場での学生デモに参加して、政治改革を呼びかける学生を声援したが、それが武力により無慈悲に鎮圧されるのを見て、共産党や共産主義の理想に幻滅し、職を放棄し、資本主義で自由な国日本への留学を決意した。   目標や夢のないまま、そしてお金もなく裸一貫で日本に来て、10年間も「就学生」や「留学生」という在留資格を持ってアルバイトで生計を立てながら放浪していた。大学院まで卒業し大学の先生にまでなっていた私は、日本で学ぶ目標もなかった。何かのきっかけを見つけたかったかも知れないが、そんなに簡単には行かないのが現実だった。   日本語学校を経て、ビザを延期するためには日本の大学院に行かざるを得ない。大学院では国際経済学を学んだが、たまたま「図們江地域の国際開発構想」(「とまんこう」と呼ぶが、朝鮮半島では「豆満江」:どぅまんかんと呼ぶ)という研究テーマ(国連UNDPが関わる開発プロジェクトで、中国、北朝鮮とロシア参加国国境地帯を共同で開発する構想)に出会った。この地域の中国側は私の故郷であり、私はたまたま中国語と韓国語(朝鮮語)をマスターし、中国の大学院ではロシア語を独学していたので「この研究はライフワーク」と確信した。その時、天職(calling)という言葉は知らなかった。   東京の大学などでこの研究をする人はほとんどおらず、修士の指導先生からは「李君、そのようなテーマを研究しても日本では飯を食えないよ」と言われた。それでも私は諦めず、この研究に突き進んでいた。その後、素晴らしい出会いがあり、人生の転機を迎え、東京財団で「東北アジア開発銀行設立構想」について研究する研究プロジェクトの一員になり、当時の小泉純一郎首相へ政策提言した。「キャリア」としての人生が始まった。内閣府の国策シンクタンク総合研究開発機構(NIRA)の研究員にもなり、「東北アジアの未来を構想する」様々なプロジェクトに携わった。そして、大学の教員として「東北アジア経済」などを教えることになる。   3年前に一般社団法人・東北アジア未来構想研究所(INAF)を有志たちと設立し、将来はシンクタンクとして、この地域に平和と繁栄が実現することを目指して、生涯をかけて頑張ろうと決意している。結局、この研究と活動が私の「天職」なのかもしれない。     英語版はこちら     <李鋼哲(り・こうてつ)LI Kotetsu> 1985年北京の中央民族大学業後、大学院を経て北京の大学で教鞭を執る。91年来日、立教大学大学院経済学研究科博士課程単位修得済み中退後、2001年より東京財団、名古屋大学国際経済動態研究所、内閣府傘下総合研究開発機構(NIRA)を経て、06年11月より北陸大学で教鞭を執る。2020年10月1日に一般社団法人・東北亜未来構想研究所(INAF)を有志たちと共に創設し所長を務め、日中韓+朝露蒙など多言語能力を生かして、東北アジア地域に関する研究・交流活動に情熱を燃やしている。SGRA研究員および「構想アジア」チームの代表。近著に『アジア共同体の創成プロセス』、その他書籍・論文や新聞コラム・エッセイ多数。     2023年8月3日配信
  • 2022.12.08

    エッセイ725:李鋼哲「養鶏金卵と殺鶏取卵」

    11月3日のSGRAかわらばん943号に、筆者のエッセイ『台湾をもっと知ろう』を題とする第6回アジア未来会議の東北亜未来構想研究所(INAF)セッションに関するレポートが掲載された。   筆者もそのセッションで「半導体産業におけるグローバル・サプライ・チェーン再編―米中覇権争いと台湾―」をテーマに発表した。米中貿易摩擦および覇権争いが激しさを増す中、「半導体を制する者は21世紀を制する」と言われるので、それに関する資料を収集・分析して、半導体の開発・生産・販売を巡る米中台3者の関係を明らかにしようとした。   このテーマと関連して11月に注目すべきニュースが流れた。「(バンコク中央社)アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が19日、タイ・バンコクで閉幕した。蔡英文総統の代理として出席した張忠謀(モリス・チャン)氏(91歳)は、会議初日の18日に中国の習近平国家主席と非公式に会話したことを19日夜に開いた記者会見で述べた。張氏によると、2人は18日午前、休憩室であいさつを交わした。張氏は昨年股関節の手術をしたと話すと、習氏は「今は元気そうで何よりです」と応じたという。また、19日にハリス米副大統領と会談したことについては、副大統領は半導体大手の台湾積体電路製造(TSMC)によるアリゾナ州での工場建設を歓迎する他、台湾を支援する米国の決意を改めて示したとした。張氏はTSMCの創業者で、APEC台湾代表に選ばれるのは2006年以来6回目で、蔡政権が発足した16年以降では5回目」、という内容だった。   TSMCは世界屈指の半導体製造企業。台湾経済部(日本の経済産業省に相当)によると、2020年時点で台湾のファウンドリー(半導体の受託生産)は世界シェアの7割を占め、世界1位のTSMCだけでシェア50%を超えるという。特に先端ロジック半導体で世界をリードしており、米国半導体工業会(SIA)によると、線幅10ナノ・メートル(nm、1nm=10億分の1メートル)以下の製造工場の92%が台湾、8%が韓国に立地。特に台湾のファウンドリーは携帯電話から戦闘機まで、すべてのハイテク機器に内蔵される世界最先端のコンピューターチップを製造している。   米中両大国は台湾製半導体に大きく依存している。日経の記事によると、TSMCは、F-35ジェット戦闘機に使用されるXilinx(ザイリンクス)などの米国の兵器サプライヤー向けの高性能チップや、米国防総省承認の軍用チップなども製造。米軍が台湾製チップにどの程度依存しているのかは不明だが、米政府がTSMCに対して米軍用チップの製造工場を米本土に移転するよう圧力をかけていることからも、その重要さがうかがえる。また、米産業界も台湾製半導体に依存している。iPhone 12、MacBook Air、MacBook Proといった各種製品で使用されているAppleの5ナノ・プロセッサ・チップを提供しているのはTSMC1社のみだと考えられている。iPhone 13やiPad miniなどAppleの最新ガジェット内蔵のA15 BionicチップもTSMC製。顧客はAppleだけではない。Qualcomm、NVIDIA、AMD、Intelといった米大手企業もTSMCの顧客だという。   中国も2020年時点で約3000億ドル(約45兆円)相当の半導体チップを大量に輸入しており、言うまでもなく台湾は最大の輸入元である。中国は外国製チップへの依存度を縮小すべく、「中国製造2025」という計画で数千億ドルを投資しているが、その需要を国内のみで賄えるようになるのはまだ先の話である。中国の最先端半導体メーカのSMIC製造プロセスは、TSMCより数世代遅れている。SMICは現在7nm製造のテスト段階に入ったところだが、TSMCはすでに3nm、2nm製造プロセスまで進んでいる。そのため、中国企業は台湾製チップに頼らざるを得ない。中国のハイテク企業Huaweiも20年時点、TSMCの2番目の大手顧客で、5nmと7nmのプロセッサーの大半をTSMCに依存している。HuaweiはTSMCの2021年総収益の12%を占めていると言われている。   このような話が、本エッセイのテーマ「養鶏金卵と殺鶏取卵」とどのような関係があるのか。2つの4文字熟語は中国の諺である。鶏を育てて金の卵を産み続けてもらうのか、鶏を殺して卵を取り出して肉と一緒に食べてしまうのか、という話である。賢いものは前者を選択し、愚かなものは後者を選択するという意味である。   米政府は今年7月から8月にかけて、中国の最大手ファウンドリー、SMIC向けの14nmから先の微細化世代に対応する半導体製造装置の輸出を許可制とし、事実上の禁輸とした。また中国向けの高性能AIチップの輸出を許可制として、軍事目的が疑われる場合の輸出を禁じ、対中国半導体規制は一段と強化された。また、8月9日には米国でCHIPS法が成立、今後5年間で527億ドルの米半導体産業に対する補助金や税額控除により、生産能力、研究開発や供給網(サプライ・チェーン)を強化するとしている。台湾の半導体技術だけではなく人材も米国にとって宝物(金卵)だとわかっているからである。もし、その台湾が中国に飲み込まれてしまうと、「半導体を制する者は世界を制する」ということで、中国が世界を制することになるが、覇権国の米国としては絶対に譲れない。しかし、台湾を巡る米中戦争はどうしても避けたいところだ。   中国の対応はどうなのか。8月2日にペロシ米下院議長が台湾を訪問したが、「中国の核心的利益(レッド・ライン)を犯す」と、複数の機関が声明を一斉に発表して猛反発した。外務省はバーンズ米大使を夜中に呼びつけるという異例の対応で「ペロシ議長は意図的に挑発を行い、台湾海峡の平和と安定を破壊した。その結果は極めて重大で決して見過ごすことはできない。米国は自らの過ちの代償を支払わなければならない」と厳しく非難した。さらにペロシ議長が台湾から帰国後の4日午後、台湾を取り囲むように6か所の海域と空域で11発のミサイル射撃を行い「重要軍事演習」を行うと発表、地域の緊張が高まったことは生々しく覚えているだろう。   10月の第20回共産党大会の報告で、習近平主席は台湾問題に関して、「武力行使を放棄するとは決して約束しない」、「我が国の完全な統一は実現しなければならず、それを実現する」と述べている。習氏が掲げる「中華民族の偉大な復興」の重要な内容は「祖国統一」である。米国をはじめとする西側諸国は、習氏が任期中に台湾統一を目指していると分析している。現状では台湾との平和統一は望めない(民進党は統一反対を表明)と判断した場合、武力を使うことも「なきしもあらず」だと思う。   また、中国国際経済交流センターのエコノミスト陳文玲氏(政策決定に影響力が大きいと言われる)は、5月30日に中国人民大学が主催した講演会で、「米国と西側諸国がロシアに向けたような破壊的な制裁を中国に科すならば、供給網を再構築するという意味で、台湾を取り戻さなければならない。もともと中国のものであったTSMCを中国の手中に収めなければならない」と発言した、とネット・メディア「観察者網」が6月7日に伝えた。   もし当局がこの発言通りに意思決定し実行するとすれば、「台湾解放」の戦争になりかねないし、そうなれば、金卵を産んでいる台湾が中国のものになるという考え方であろうが、結果的には「殺鶏取卵」になるのではないか。中国のリーダーはそんな愚か者ではないことを祈る。「養鶏金卵」という賢者の道を選択すべきだと思うし、それこそ平和への道である。その意味で今回のAPECでのTSMC創業者である張忠謀氏の米中両国首脳との柔軟な外交は重要な意味を持つのだ。     英語版はこちら     <李鋼哲(り・こうてつ)LI Kotetsu> 1985年北京の中央民族大学業後、大学院を経て北京の大学で教鞭を執る。91年来日、立教大学大学院経済学研究科博士課程単位修得済み中退後、2001年より東京財団、名古屋大学国際経済動態研究所、内閣府傘下総合研究開発機構(NIRA)を経て、06年11月より北陸大学で教鞭を執る。2020年10月1日に一般社団法人・東北亜未来構想研究所(INAF)を有志たちと共に創設し所長を務め、日中韓+朝露蒙など多言語能力を生かして、東北アジア地域に関する研究・交流活動に情熱を燃やしている。SGRA研究員および「構想アジア」チームの代表。近著に『アジア共同体の創成プロセス』、その他書籍・論文や新聞コラム・エッセイ多数。     2022年12月8日配信    
  • 2022.11.03

    エッセイ720:李鋼哲「第6回アジア未来会議INAFセッション『台湾をもっと知ろう』レポート」

    今年のアジア未来会議は8月末に台北の中国文化大学で開催予定だったが、コロナ禍の終息が見られずハイブリッド形式で開催、台湾の参加者は会場に集まり、海外からはオンラインで参加した。コロナ禍にも関わらず、世界各地から大勢の参加者が集まり盛況だったと思う。   大会2日目の28日は多くの分科会が設けられたが、その中の2つを一般社団法人・東北亞未来構想研究所(INAF)が主催した。   この企画は、INAF所長である筆者が準備段階から研究所内の皆さんに呼び掛け、東北アジア地域を対象とした研究所としての特徴を生かし、東北アジア諸国と台湾との関係をテーマに設定し、政治や歴史、経済・産業分野を中心にしたユニークなセッションとして注目された。   当初、台湾に旅する機会が少ない皆さんは、視察旅行を兼ねて学術会議に参加を申し込んだが、残念ながらその望みは実現できなかった。   にもかかわらず、発表者の皆さんは忙しい中でも膨大なエネルギーを注いで準備を行った。専門分野ではあるものの、台湾との関係についてはほとんど各自の研究の射程に入っていなかった。台湾の特殊な事情により、日本を始め台湾研究者は非常に限られている。   特殊な事情の一つは、第2次世界大戦後の1949年に同じ国であった中国と台湾が中華人民共和国と中華民国に分断されたこと。次に国際社会の中で中国の存在感が大きく、台湾が小さいこと。最後に国際連合(UN)での代表資格が1945年から1971年10月までは中華民国だったが、その後は国連決議により中華人民共和国にとって替われ、それ以来、世界多数の国は中華人民共和国と国交を締結する際に「一つの中国」しか認めない、という中国政府の条件を受け入れ、中華民国との国交関係を次々と断絶したことなどが挙げられる。   そのような台湾(中華民国)が、今度のINAFセッションによって少しでも脚光を浴びることになったかもしれない。   【Part1】では平川均INAF理事長をモデレーターとし、3名の報告と討論が行われた。   第1報告は、筑波大学大学院博士課程の李安・INAF研究員による「岸信介政権期における政財界の対中「政経分離」認識―新聞報道を中心に―」だった。1950年代に国交がない中で民間貿易がどのように展開されたのかについて、当時のメディアの報道をリサーチした日中両国関係についての研究であるが、発表者は当時の日本と中華民国との関係についてもメスを入れて、日本は如何に国交がない中国との民間貿易に取り組んだのか、その中で中華民国との関係をどのように処理したのか、という大変興味深い内容であった。討論は羽場久美子・INAF副理事長・神奈川大学教授が務めた。   第2報告は、川口智彦・INAF理事の「北朝鮮-台湾関係と国際関係」。北朝鮮(DPRK)は建国後、ソ連や中国など社会主義圏との交流関係が多く中国とは親密な関係を持っていたため、資本主義圏の中華民国(台湾)との交流はほとんど行われず、両者関係は空白と言っても過言ではなかった。そのような厳しい状況であるにも関わらず、発表者は一生懸命に資料を収集し、韓国研究者の論文を見つけ出し、北朝鮮と台湾の関係が形成された時期の台湾外交を「第1期、柔軟な外交(1972~1987)」、「第2期、実用外交(1988~1999)」、そして「定型化(2000~現在)」に分け、両岸関係、中米関係、中韓関係と関連させながら、それぞれの時期にあった当該国間の外交、経済交流の事例に関する研究を紹介した。日本では前例をあまり見ない先駆的な研究であるかもしれない。討論は三村光弘・INAF理事・ERINA研究主任(北朝鮮専門家)が担当した。   第3報告は、アンドレイ・ベロフ・INAF理事・福井県立大学教授の「Economic Relations between Russia and Taiwan」であった。前述と同じ理由で、台湾はソ連やロシアと外交関係がなかったため、相互交流がほとんどなく、それに関する先行研究もほとんど見当たらない状況の中で、経済交流に関する資料を収集し、エネルギーや半導体の貿易が行われていることを明らかにしたので、これも先駆的な研究であるかもしれない。討論は筆者が務めた。   【Part2】のモデレーターは川口智彦理事が務め、2名の報告と討論が行われた。   第4報告は陳柏宇・INAF理事・新潟県立大学准教授の「東アジアにおける帝国構造とサバルタン・ステイト:台湾と韓国を中心に」であった。報告者はINAFセッションの中で唯一台湾出身の学者であり、東アジアの国際関係や国際政治を専門とし、台湾と中国の関係、台湾と日本の関係など多くの研究成果を発表している。本報告では「サバルタン」とは植民地化または他の形態の経済的、社会的、人種的、言語的または文化的支配によってもたらされる従属の状態であることを説明した上で、戦後の韓国と台湾(中華民国)は東アジアのサバルタン・ステイトの代表例だ、という指摘は印象に残った。討論は佐渡友哲・INAF理事が務めた。   最後の報告は筆者で、テーマは「半導体産業におけるグローバル・サプライ・チェーン再編―米中覇権争いと台湾―」にした。筆者は半導体産業の研究が専門ではないが、米中貿易摩擦および覇権争いが激しさを増す中、「半導体を制する者は21世紀を制する」と言われるので、それに関する資料を収集・分析して、半導体の開発・生産・販売を巡る米中台3者の関係を明らかにしようとした。討論は平川均理事長が務めた。   発表と討論の後に総合討論が行われ、白熱した議論が交わされた。台湾で開催されるアジア未来会議であるがために、INAFセッションでは台湾を重点的に取り上げて、興味深い報告や分析が行われていたことで、多数の参加者がオンラインで参加し、有意義な交流の舞台となった。     英語版はこちら     <李鋼哲(り・こうてつ)LI Kotetsu> 1985年北京の中央民族大学業後、大学院を経て北京の大学で教鞭を執る。91年来日、立教大学大学院経済学研究科博士課程単位修得済み中退後、2001年より東京財団、名古屋大学国際経済動態研究所、内閣府傘下総合研究開発機構(NIRA)を経て、06年11月より北陸大学で教鞭を執る。2020年10月1日に一般社団法人・東北亜未来構想研究所(INAF)を有志たちと共に創設し所長を務め、日中韓+朝露蒙など多言語能力を生かして、東北アジア地域に関する研究・交流活動に情熱を燃やしている。SGRA研究員および「構想アジア」チームの代表。近著に『アジア共同体の創成プロセス』、その他書籍・論文や新聞コラム・エッセイが多数ある。     2022年11月3日配信
  • 2022.02.01

    レポート第97号「「誰一人取り残さない」 如何にパンデミックを乗り越え SDGs 実現に向かうか ―世界各地からの現状報告―」

    SGRAレポート第97号   第67 回SGRA フォーラム 「誰一人取り残さない」 如何にパンデミックを乗り越えSDGs 実現に向かうか ―世界各地からの現状報告― 2022年2月10日発行   <フォーラムの趣旨> SDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)は、2015 年9月の国連サミットで、国連加盟193 カ国が採択した、2016 年から30 年までの15 年間で持続可能で、より良い世界を目指すために掲げた目標。国連ではSDGs を通じて、貧困に終止符を打ち、地球を保護してすべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す普遍的な行動を呼びかけている。具体的には、17 のゴール(なりたい姿)・169 のターゲット(具体的な達成基準)から構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leaveno one behind)」ことを誓っている。SDGs に取り組むのは、国連加盟国の各国政府だけではなく、企業、NPO、NGO などの各種団体、地方自治体、教育機関、市民社会、そして個人などすべての主体がそれぞれの立場から取り組んでいくことが求められている。   2020 年はSDGs の5年目になる年であったが、新型コロナウイルスによるパンデミックが世界を席巻し、世界各国の経済や社会生活に多大な打撃を与え、世界大戦に匹敵する死傷者を出す悲惨な状況になってしまった。世界では先進国を中心にワクチン開発・供給などで取り組んで来ているが、多くの発展途上国は、資本主義の生存競争のなかで、パンデミックの対応に困難を極める状況に置かれているのが現状である。   本フォーラムは、SDGs の基本理念と目標について理解するとともに、いくつかの国をケーススタディとしてとりあげ、パンデミックを如何に克服して「誰一人取り残さない」SDGs の実現に対応すべきかについて議論を交わすことを通じて、「地球市民」を目指す市民の意識を高め、一人一人がSDGs に主体的に取り組むアクションを起こすきっかけを提供することを目的とする。     <もくじ> 【第1 部】 基調報告 SDGs時代における私たちの意識改革 佐渡友 哲(日本大学、INAF)   【第2 部】 世界各地からの現状報告 【報告1】 フィリピンにおけるSDGs フェルディナンド・C・マキト(フィリピン大学ロスバニョス校、SGRA) 【報告2】 ハンガリーにおけるSDGs ―水に関するハンガリー・中国の国際関係・協力を事例に― 杜 世鑫(INAF) 【報告3】 「 アラブ持続可能な開発レポート2020」から読み解く 中東・北アフリカ地域のSDGsに向けた課題 ダルウィッシュ ホサム(アジア経済研究所、SGRA) 【報告4】 朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)における SDGsの取り組みと評価 李 鋼哲(北陸大学、SGRA、INAF) 【報告5】 民主化プロセスとパンデミック ―歴史の運命のいたずらに翻弄されるスーダン暫定政府と国民― モハメド・オマル・アブディン(参天製薬(株)、SGRA)   【第3 部】 討論・総括 モデレーター:李 鋼哲(北陸大学、SGRA、INAF) 指定討論者: 羽場 久美子(神奈川大学教授・青山学院大学名誉教授、INAF)、三村 光弘(環日本海経済研究所(ERINA)、INAF) パネリスト:報告者全員 総   括:平川 均(名古屋大学名誉教授、SGRA、INAF)   あとがきにかえて 李 鋼哲(北陸大学、SGRA、INAF)   講師略歴
  • 2021.10.28

    李鋼哲「第67回SGRAフォーラム『誰一人取り残さない:如何にパンデミックを乗り越えSDGs実現に向かうか―世界各地からの現状報告―』報告」

    2021年9月23日午後、第67回SGRAフォーラムが渥美財団ホールおよびオンライン(ZOOM)で開催された。テーマは「誰一人取り残さない:如何にパンデミックを乗り越えSDGs実現に向かうか―世界各地からの現状報告―」で、SGRA構想アジアチームにより企画され、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)が主催、一般社団法人東北亜未来構想研究所(INAF)の共催で行われた。国内外から約80名がオンラインなどで参加し、国連が掲げるSDGsの2030年目標達成に向けて世界各地からの報告があった。   総合司会はロスティカ・ミヤさん(大東文化大学講師、SGRA構想アジアチームメンバー)が務めた。冒頭に今西淳子SGRA代表より開会の挨拶があり、SGRAとINAFについて紹介、共催に至った経緯を説明した。   引き続き、李鋼哲がモデレーターを務め、第1部は基調講演、第2部は世界各地の報告5本、そして第3部は指定討論およびパネル・ディスカッションが順次行われ、最後に渥美国際交流財団理事・INAF理事長の平川均先生が総括した。   基調講演は、佐渡友哲先生(さどとも・てつ:日本大学大学院講師、INAF理事)の「SDGs時代における私たちの意識改革」で、会場の渥美財団ホールで行われた。先生は、国際関係論が専門で、北東アジア学会会長など多くの要職を歴任され、2019年12月には『SDGs時代の平和学』(単著、法律文化社)を出版された。冒頭で「いま私たちに求められていることは、私たちが『持続可能ではない世界』に住んでいることを知り、そのことを強く意識することであり、『知る→意識する→考える→行動する』というプロセスが重要である」と強調。かつてゼミ生を引率してインドを始め発展途上国で現地調査を行った実体験と結果を踏まえながら、「持続可能な発展」目標と「持続可能ではない世界」の現状について明晰に分析し、「SDGs達成のためには、私たちの現代文明が行き着いた大規模化・集中化・グローバル化という仕組みを見直し、循環型社会を強化することであることに気づかなければならない」と訴えた。   SDGs時代の教員に求められていることは「持続可能な社会の創り手」を育成すること、この「創り手」とは経済成長に貢献する、いわゆるグローバル人材(人財)ではなく、いま生活しているこの社会・世界が持続不可能であることを認識し、SDGsの理念を理解して、地球的諸問題の解決へ向けて行動を起こす地球市民(global_citizen)のことである。これはSGRAが設立当初から提唱する「良き地球市民」と共通しており、その中身についての重要な示唆点を提示してくれた。   休憩を挟んで第2部では、5本の現地報告があった。 第1報告は「フィリピンにおけるSDGs」について、フェルディナンド・マキト・SGRA大先輩(フィリピン大学ロスバニョス校准教授)により、オンラインで行われた。フィリピンはパンデミックによりSDGsへの取り組みが大幅に妨げられており、「COVID-19で死ななくても、仕事が無くて飢え死んでしまうだろう」という生々しい現場の声を伝えた。しかし、明るい兆しも見えてきており、(1)国内農業の重要性の見直し、(2)多くの有力な民間企業が株主だけではなく社会的役割も重要であるという認識が芽生えていること、(3)大学は学術的な実績だけではなく、社会へのインパクトも評価されつつあるという、とても示唆に富む話であった。   第2報告は「ハンガリーにおけるSDGs」というテーマで、杜世鑫さん(と・せきん:INAF研究員、グローバル国際関係研究所研究員)により行われた。東欧諸国の中でハンガリーのSDGs達成度は高く(世界で第25位)、「水資源の開発」をめぐるハンガリーと中国との協力関係を事例に取り上げ、持続可能な開発における先導的な役割を果たしていることを紹介した。   第3報告は、「中東・北アフリカ地域におけるSDGs」をテーマに、ダルウィッシュ・ホサムさん(アジア研究所研究員、SGRAメンバー)により行われた。この地域は過去50年間、平均寿命の伸び率が他のどの地域よりも高く、保健、教育、所得という3つの人間開発指標(HDI)と生活の多様な側面で大幅に改善されていることを紹介すると同時に、2020年の「アラブ持続可能な開発報告書」によれば、この地域では、2030年までにSDGsを達成できる国はないと結論づけられている現実についても紹介し、その原因について分析した。   第4報告は、「朝鮮におけるSDGs」をテーマに李鋼哲が報告した。日本や国際社会であまり知られていない朝鮮の社会と経済開発の実態について分析し、開発途上国でありながら社会主義体制を維持する朝鮮社会の特質について認識した上でSDGsの達成度を評価する必要性を強調し、経済的な困窮の中でも国連と連携しながらSDGsの実現に向けて取り組んでいる現状を紹介した。   第5報告は、「アフリカにおけるSDGs」というテーマで、モハメド・オマル・アブディンさん(参天製薬㈱、SGRAメンバー)が報告した。スーダン出身のアブディンさんは、2019年4月に30年間に及んだ独裁体制がやっと崩壊し、民主化に向けて暫定政府が発足したが、半年後にパンデミックが猛威を振るい始めた状況のなかで、国境封鎖やロック・ダウンを含む厳しい非常事態宣言が行われ、スーダン経済に及ぼした影響について紹介し、収入を保障できない貧困国における感染対策実行の難しさについて述べた。   以上の報告に対し、羽場久美子先生(神奈川大学教授、INAF副理事長)と三村光弘先生(ERINA主任研究員、INAF理事、北東アジア学会会長)がコメントした。続いて基調講演者と報告者全員によるパネル・ディスカッションが行われ、SDGs実現に向けての現状およびパンデミック対策や問題点など重要な論点について白熱した議論が交わされた。   最後に、平川均先生が総括した。パンデミックによる世界の現状について、豊富なデータによってワクチン接種における先進国と開発途上国の格差問題について取り上げ、グテ―レス国連事務総長とテドロス世界保健機関(WHO)事務局長の訴えを紹介して締めくくった。   当日の写真   アンケート集計   英語版はこちら   <李鋼哲(り・こうてつ)LI Kotetsu> 中国延辺朝鮮族自治州生まれの朝鮮族。1985年中央民族大学(中国)哲学科卒業後、中共北京市委党校大学院で共産党研究、その後中華全国総工会(労働組合総会)傘下の中国労働関係大学で専任講師。91年来日、立教大学大学院経済学研究科博士課程単位修得済み中退後、2001年より東京財団研究員、名古屋大学国際経済動態研究所研究員、内閣府傘下総合研究開発機構(NIRA)主任研究員を経て、06年より北陸大学教授に就任。2020年10月より、一般社団法人・東北亜未来構想研究所(INAF)を有志たちと共に創設、所長に就任。日中韓+朝露蒙など多言語能力を生かして東北アジアを檜の舞台に研究・交流活動を行う。SGRA研究員および「構想アジア」チーム代表。近著に『アジア共同体の創成プロセス』(編著、2015年、日本僑報社)、その他書籍・論文や新聞コラム・エッセイ多数。     2021年10月28日配信
  • 2021.09.01

    第67回SGRAフォーラム「誰一人取り残さない」へのお誘い

    下記の通り、第67回SGRAフォーラムをオンラインで開催します。一般視聴者はカメラもマイクもオフのZoomウェビナー形式ですので、お気軽にご参加ください。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。 テーマ:「誰一人取り残さない:如何にパンデミックを乗り越えSDGs実現に向かうか―世界各地からの現状報告―」 日 時:2021年9月23 日(木・祝)午後2時~4時30分 方 法:オンライン(Zoomウェビナー)開催 言 語:日本語 主 催:渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA) 申 込:ここからお申し込みください お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)   ■フォーラムの趣旨 SDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)は、2015 年 9 月の国連サミットで、国連加盟193 カ国が採択した、2016 年から 30 年までの 15 年間で持続可能で、より良い世界を目指すために掲げた目標。国連では SDGs を通じて、貧困に終止符を打ち、地球を保護してすべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す普遍的な行動を呼びかけている。具体的には、17 のゴール(なりたい姿)・169 のターゲット(具体的な達成基準)から構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。SDGs に取り組むのは、国連加盟国の各国政府だけではなく、企業、NPO、NGO などの各種団体、地方自治体、教育機関、市民社会、そして個人などすべての主体がそれぞれの立場から取り組んでいくことが求められている。 2020 年は SDGs の 5 年目になる年であったが、新型コロナウイルスによるパンデミックが世界を席巻し、世界各国の経済や社会生活に多大な打撃を与え、世界大戦に匹敵する死傷者を出す悲惨な状況になってしまった。世界では先進国を中心にワクチン開発・供給などで取り組んで来ているが、多くの発展途上国は、資本主義の生存競争のなかで、パンデミックの対応に困難を極める状況に置かれているのが現状である。本フォーラムは、SDGs の基本理念と目標について理解するとともに、いくつかの国をケーススタディとしてとりあげ、パンデミックを如何に克服して「誰一人取り残さない」SDGs の実現に対応すべきかについて議論を交わすことを通じて、「地球市民」を目指す市民の意識を高め、一人一人が SDGs に主体的に取り組むアクションを起こすきっかけを提供することを目的とする。 ◇プログラム: 総合司会:ロスティカ・ミヤ(大東文化大学/SGRA) 【第1部】 基調報告(14:10~14:40): 佐渡友 哲(さどとも・てつ:日本大学/INAF) テーマ「SDGs時代における私たちの意識改革」 概要 (参考図書:『SDGs 時代の平和学』法律文化社、2019.12) 【第 2 部】世界各地からの現状報告(14:40~15:30): 報告1:フィリピンにおける SDGs:フェルディナンド・マキト(フィリピン大学ロスバニョス校/SGRA) 報告2:ハンガリーにおける SDGs:杜世鑫(INAF 研究員) 報告3:中東・北アフリカ地域におけるSDGs:ダルウィッシュ  ホサム(アジア研究所/SGRA) 報告4:朝鮮におけるSDGs:李鋼哲(北陸大学/SGRA/INAF) 報告5:スーダンにおけるSDGs:モハメド・オマル・アブディン(参天製薬㈱/SGRA) 【第 3 部】自由討論(15:40~16:20): モーデレーター:李鋼哲(北陸大学/SGRA/INAF) パネリスト:報告者全員+羽場久美子(青山学院大学名誉教授/INAF)、三村光弘(ERINA/北東アジア学会)、その他数名 総括:平川均(名古屋大学名誉教授/SGRA/INAF) 詳細はプログラムをご覧ください  
  • 2020.04.10

    李恩民 「第4回東アジア日本研究者協議会パネル 『日本のODAとアジア:再評価の試み』報告」

    2019年11月2日、400人以上の参加者を迎えた東アジア日本研究者協議会第4回学術大会にて、SGRAより参加した3パネルの一つである「日本のODAとアジア:再評価の試み」が台湾大学の普通教学館で挙行された。 このパネルは公益財団法人渥美国際交流財団の助成を受けて企画されたものである。1950~60年代に始まった日本の政府開発援助(Official Development Aid=ODA)は、1989年には米国を抜きODA拠出額では世界ナンバーワンとなった。しかし、その過程で世界各国からさまざまな批判、日本国内からも不満または評価の高まりを受け、日本政府は予算の縮小・戦略の再構築を決断した。2015年、ODA大綱は「開発協力大綱」と名称を変更し、より一層強く「国益」の確保への姿勢を打ち出した。他方、政治的な要因で対台湾の経済協力事業は中止、経済的な要因で対韓国のODAは予定通り「卒業」、急速に経済の高度成長を遂げた中国へのODAも2019年春をもって終了した。アジアにおける複雑な政治経済の動きが世界規模で影響を拡大している現在、「日本の重要な政策ツールのひとつ」と位置づけられた「ODAを主体とする開発協力」について、立体的かつ総合的にレビューする機が熟した。 これまで日本が行ってきたODAについては政策決定のプロセスや戦略意図についての論考が多かったが、今回のパネルでは黄自進・中央研究院教授(Prof. Huang Tzu-chin, Academia Sinica)の司会のもと、異国で博士学位を取った多文化なバックグラウンドを持つ学者陣と共に、日本のODA政策へのレビュー、対アジア主要国ODAのケース・スタディーに重点を置いた議論を進めていった。 基調講演をされた深川由起子・早稲田大学教授(Prof. Fukagawa Yukiko, Waseda University)は「日本の開発援助政策転換~韓国との比較から~」というタイトルで、日本ODAの歴史と現在、成果と問題について総合的に語った。深川教授の研究によれば、日本のODAをめぐっては1990年代にその規模がピークに達すると、欧米から自国利益を拡大するための「商業主義」であるという批判を受けた。しかしながらその後、多くの研究によって誤解が解かれると共に、結果としてアジア各国が優れた経済発展を遂げることで、むしろ「商業的」なODAが民間企業の誘致や技術の波及に役立ったとする肯定的な評価が台頭していった。深川教授はさらに、アジアにおいてODAには自国の発展経験の移転といった側面が強く、中国の「一帯一路」がさらに商業性を強めた「経済協力」として展開されるようになって以来、日本のODAもより経済権益に直結するインフラ輸出などの「経済協力」として再編されつつある。これに対し、韓国はセマウル運動の移植や人材育成などより古典的なODAを展開している、との見解を示された。最後、深川教授は「北東アジアでは政治的障壁からドナー間の協力や対話が進んでいないが、潜在的には様々な補完性もあり、アフリカ支援協力などで具体的な協力を模索する時期に来ている」と鋭く指摘した。都市鉄道システム(高度な建設技術・安全・正確な運行管理など)をはじめとするパッケージ型インフラ輸出とODAの活用といった事例紹介は特に印象深かった。 次に韓国に絡んだ諸課題が提起され、金雄煕・仁荷大学教授(Prof. Kim Woonghee, Inha University)が登壇し、「日本の対韓国ODAの諸問題」をテーマに事例報告を行った。金教授の話によると、日本の対韓経済協力に対する研究は、その重要性にもかかわらず、いくつかの理由から客観的な分析が困難な状況である。1965年の日韓国交正常化を皮切りに実施された多くの協力案件は半世紀以上の歳月が経過してしまい、韓国経済において日本による資金協力や技術協力の痕跡を見出すことは、もはや容易ではない。また請求権資金がもつ特殊性、すなわち、戦後処理的・賠償的性格と経済協力としての性格を併せ持つことによる複雑性もある。さらに元徴用工の戦後補償問題に由来し最終的に最悪の状態に陥った日韓関係のなかで、日本が韓国に対し資金協力や技術協力を行ったことを公に議論することはかなりセンシティブでリスキーなことと認識されている。 同問題について金教授は次の通りに指摘した。韓国で請求権資金の性格や役割に対する評価は、一般的に日韓国交正常化に対する評価と密接につながっている。安保論理と経済論理が日韓の過去の歴史清算を圧倒する形で日韓国交正常化が進められ、肯定的な評価と否定的な評価が大きく分かれてしまった。請求権資金についても同じく評価が分かれているが、構造的な韓国の対日貿易不均衡などいくつかの問題は起こしたものの、請求権資金が韓国経済の初期発展過程で重要な役割を果たしたことは否定できないというのが韓国国内での一般論である。 報告の中で、金教授は詳細なデータをもって、請求権資金を中心に日本の対韓経済協力についての異なる評価や様々な論点を紹介し、特に日本の外務省が「日本の援助による繁栄」の象徴的事業としているソウル首都圏地下鉄事業と浦項製鉄所(現在のPOSCO)の建設事業についての異なる評価も取り上げつつ、より客観的に日本の対韓経済協力をレビューした。 上記の報告を踏まえて、フェルディナンド・シー・マキト准教授・フィリピン大学ロスバニョス校(Prof. Maquito, Ferdinand C. University of the Philippines Los Baños)は、商業主義や日中韓ODAの補完性についてコメントを入れながら「フィリピンからの報告:日本ODAの再検討」というタイトルで最新の研究成果を報告した。マキト准教授は、日本のODAを西洋諸国または中国のODAと比較した上で、その相違性と類似性を分析し、アジアにおける共有型成長への日本によるODAの貢献を評価した。マキト准教授は最後に、韓国や中国にとっても日本型ODAのシステムは模範的だったと指摘した。 最後は被援助国としての中国のケース・スタディーを私、李恩民・桜美林大学教授(Prof. LI Enmin, J.F.Oberlin University)より発表し、日本の対中ODAの40年を概観した。 1979年、鄧小平が推進した改革開放政策は経済発展を最優先にする新時代の幕明けであった。この年、中国政府は日本の財界人の助言を受け、これまでの対外金融政策を改めて日本からODAを受け入れ、主要インフレと文化施設の建設に集中した。それ以降の40年間、政府から民間まで日本側は円借款、無償資金提供、技術協力などを通して中国の経済発展、人材育成、格差の是正、環境保全等分野に大きく貢献してきた。その証として、ODAプロジェクトの現場で撮った写真を展示しながら中国民衆の認識・評価を紹介した。 全員の報告を終えた後、石原忠浩・台北にある政治大学助理教授の質問を皮切りにディスカッションに入った。しかし時間の制約があって、会場では十分な議論ができなかった。そのため、司会者の黄自進教授は国際性に富んだこのパネルの特徴について総括した後、パネルの締め括りとして今後も他地域で同じメンバーで会議を重ね、良き研究成果を出すよう力強く訴えた。 学術の立場から日本によるODAへのレビューは、理論的な検討も現地考察も欠かせない至難の作業である。90分のパネルだけで議論を尽くすことはほぼ不可能である。この意味で言えば、この種の研究成果の活発な意見交換は今後も進めて行かなければならない。   当日の写真   < 李 恩民  Li Enmin > 中国山西省生まれ。1996年南開大学にて歴史学博士号、1999年一橋大学にて社会学博士号取得。桜美林大学国際学系教授、公益財団法人渥美国際交流財団理事。2012~2013年スタンフォード大学客員研究員。主な著書に『中日民間経済外交 1945~1972』(人民出版社1997年)、『転換期の中国・日本と台湾』(御茶の水書房2001年、大平正芳記念賞受賞)、『「日中平和友好条約」交渉の政治過程』(御茶の水書房2005年)、『中国華北農民の生活誌』(御茶の水書房2019年)。共著に『歴史と和解』(東京大学出版会2011年)、『対立と共存の歴史認識』(東京大学出版会2013年、中文版:社会科学文献出版社2015年)、『日本政府的両岸政策』(中央研究院2015年)などがある。
  • 2018.01.11

    朴准儀「一帯一路フォーラム開催まで」

    シンガポール国立大学でポストドクター/博士後研究員2年目を過ごしていた2017年初めに、慶應大学の訪問研究員として派遣された私は、久しぶりに2011年度渥美奨学生(ラクーン)の同期であった李彦銘博士と東京で再開した。東アジアを中心とする国際政治経済を勉強し共通点が多い私たちは、話すことがたくさんあった。ある時、ランチをしながら話し続けるうちに、彼女が私に「もしも機会があれば、一緒にパネルを作ってみない?」と言い、私はもちろん「そうしましょう!」と答えた。   そして私はシンガポールに戻り、彼女は東京で研究活動を続けていたが、私が7月頃シンガポールから韓国に移る準備をするためソウルに一時帰国していた時に、偶然2018年8月にソウルで渥美財団が主催する予定のアジア未来会議(AFC)の準備会議に出席し、今西さん(渥美財団常務理事)から渥美財団が元奨学生を対象にパネル企画を募集していることを知らされた。それが切掛けとなり、ちょうどシンガポールでエネルギー市場の動きを研究し、中東での中国の戦略を見ていた私は、李さんに「一帯一路」政策の研究に興味があるかと聞いたところ、日本ではあまりに語られていないが、興味を持っているということだった。   渥美財団のパネル企画案募集は中国や日本で開催されるいくつかの日程が計画されていたので、私は、中国の関連の内容である一帯一路政策関連のパネルを日本で行うのはどうか、そしてそのプレフォーラムとしてSGRAフォーラムを考えるのはどうかと提案した。応募するためには渥美奨学生出身者が3人以上必要であったので、先輩の朴栄濬教授の参加の意思を確認してから、私と李さんが他に関心を持ってくれると思うパネリストに接触した。   このパネルは日中韓出身の学者に揃って欲しかったため、パネルの構成は、発表者数を、少なくとも国籍に限っては、均等にしたかった(日本2人、中国2人、韓国2人)。参加する学者たちは各自の個人研究で国際安全保障、国際経済、地政学、外交政策、エネルギーなどの場面で活発な活動をしている方々であり、北東アジアやアメリカ、そして東南アジアをめぐる両国関係や地域関係を専門にしている方が望ましい。その上、一帯一路のテーマの特性上、中国の国内政治と外交政策、米中競争とそれに反応する隣国の立場、そして中国の南シナ海(地政学的な拡張)や中東での進出(エネルギー貿易)等、北東アジア圏外の地域を含めることにし、北東アジアや太平洋での地政学に限らず、全世界がカバーできなくても主に一帯一路に現れた中国の世界戦略に近づいてそれを読み解く機会にしたかった。   最初はアメリカの先生を含めたほうがいいかと思ったが、そうするとアジアの国々からの立場がよく現れなくなるのではないかと思った。その結果、司会者をのぞいて日本を代表し古賀さんと西村さんが、韓国を代表し朴(栄)先生と私が、そして中国を代表し朱先生と李さんに決まった。司会者としては国士舘大学の平川先生にお世話になることになった。この構成であれば、アメリカの発表者がいなくても十分だと思った。   SGRAフォーラムでパネルを作る初めての経験であったが、私はこのテーマについてどうしても日本人の一般の方々にたくさん参加して欲しかった。一帯一路政策については中国では無論、韓国やアメリカ、特にワシントンでは頻繁に論争されているが、5月に中国でこのテーマで発表を行った時に、中国の学者たちから中国の拡張について否定的な反応を見かけ、日本の人々はどう考えているのかを一般の参加者に聞いてみたかったからだ。それで、観客を集めるため、ポスター作りを渥美財団に提案し、それをSNS(Eventbrite, Facebook)に乗せて幅広く広報した。SGRAフォーラムとしては初めての試みであったが、結果としては良い戦略だったと思う。そして次の機会には、画期的な案(例:マスコミの使用)でさらに一般の観客に近づきたい。それが政策の複雑さをもっと多くの人々に説明する学者やパブリックインテレクチュアルの義務だと思っている。   最後に、このフォーラムを実現するためにお世話になった渥美財団へもう一度感謝の気持ちを伝えたい。   <朴准儀(パク・ジュンイ)June_Park> 高麗大学政治学学士、高麗大学国際政治学大学院碩士、ボストン大学政治学大学院博士。 東京大学社会科学研究所訪問研究員、日本財務総合政策研究所訪問研究員、北京大学国際関係学大学院訪問研究生、シンガポール国立大学李光耀行政政策大学院博士後課程研究員等を経て、現在ソウル大学アジア研究所北東アジア選任研究員、Pacific_Forum_CSIS ジェームス・ケリーフェロー、アジアソサエティアジア21フェロー。専門分野は国際政治経済、貿易保護主義、エネルギー(アメリカ―東アジア、中東)。     2018年11月11日配信
  • 2018.01.11

    李彦銘「『一帯一路』―中国の戦略の含意を探る:第58回SGRAフォーラム報告」

    「アジアを結ぶ?『一帯一路』の地政学」と題する第58回SGRAフォーラムが2017年11月18日(土)午後、東京国際フォーラムガラス棟にて開催された。基調講演者(朱建栄/東洋学園大学)及び報告者(李彦銘/東京大学、朴栄濬/韓国国防大学校、朴准儀/ソウル大学アジア研究所、古賀慶/シンガポール南洋理工大学)、討論者(西村豪太/『週刊東洋経済』)の構成から見れば、日中韓の三カ国からそれぞれ2名と非常にバランスの取れるものになった。また、パネルにおけるパネリストは国際政治、国際政治経済を専門とする研究者が中心だが、全体司会/モデレーター(平川均/国士館大学)と討論者の設定により、経済学からの視点とジャーナリスト/実務レベルの視点も組み込まれたといえよう。   今回のフォーラム開催の直前にあった中国共産党の第19回党大会(10月18-24日)では、「一帯一路」は習近平総書記が繰り返し強調したキーワードの1つとなり、さらに共産党の党章(党の性格や目標、組織構成を規定する規約)の、党の求める対外政策の性質を説明する部分に書き込まれた。その結果、フォーラム開催は非常にタイムリーなものとなり、多くの方々の関心を得た。その後、年末に安倍首相が日本の対外政策を「一帯一路」と連携する意向があると明らかにし、2018年は日中の政治関係が漸く改善すると見込まれる。「一帯一路」をはじめとする日中の経済協力は今後、より一層注目されるだろう。   基調講演では、「一帯一路」構想の具体的内容、推進された背景、経緯とその主な手段、戦略的目的についての分析がまず紹介され、後半の報告は各国の反応を中心に展開された。発展途上国のインフラ整備需要にうまくマッチしていることから中央アジアを中心とするいくつかの地域では支持を得られやすい一方、米欧日、そしてロシアとインドにも地政学における警戒と懸念をもたらしている。それに対し中国政府も一定の対応策を示し、各国の開発戦略、構想との連携性を強調しつつ、「海」ではなく「陸」のほうを優先的に、そして経済を前面に推進して来ていると見られる。その点で日中協力の余地も大きいのではないかと論じられた。   個別報告セッションでは、まずはかつて日本が70年代から推進したプラント(インフラもプラントの一種)輸出戦略や、80年代後半からの対アジア直接投資、技術移転と対日貿易拡大が三位一体になった「ニューエイドプラン」が紹介され、中国の「一帯一路」との類似性及び、さらなる経済成長のための対外経済政策であることがその本質だと理解できると、李によって提起された。   朴(栄)報告は、国家の対外戦略と海軍力の立場からの検討であるが、「一帯一路」は地政学から見てもアメリカとの海での直接対決を避けるために中国が取った陸での戦略だととらえられると言う。   朴(准)報告は、中東地域を取り上げ、これらの地域における中国の政策、援助や港湾建設などが紹介された。しかし当地域では複雑な国内・国際政治(米ロの競争)が展開されているため、パワーの空白の中その経済利益を守るためにも、今後中国は自身の政治と軍事的プレゼンスを増大させざるを得ないだろうと言う。   最後は、ASEAN諸国のような大国ではないアクターの態度と立場、担いうる役割が古賀報告によって検討された。小国でありながらも、米中のような大国の間で、自らの利益を守るためにバランスをとる可能性があると論じられた。この点、韓国も似ているような戦略を取っていると朴(栄)からも主張された。   フリーディスカッションでは、フロアを含め様々な質問があったが、全体としてまとめると、やはり「一帯一路」に対する警戒や危惧というようなものはまだまだ強いと言える。これは今までの日本社会での論じ方と概ね一致するものだろう。パネルからは「一帯一路」は1990年代後半からすでに始まっていた中国企業による「走出去」の成果、その延長線上にあるという指摘や、今まで中国が2国間でやってきたものを束ねたものにすぎないという指摘があったものの、「一帯一路」というように世界地図で示されるようになると、地政学による心配が一層高くなるのは当然のことかもしれない。   一方、中国が2013年に「一帯一路」を正式に打ち出した後、その内実についてまだ内外に対し十分説明できていないことや、政策形成のプロセスがやはり不透明であると言わざるを得ない。ただし全貌が不透明の中でありながらも、「一帯一路」のサポート役であるAIIBの運営実態からは中国は開かれた姿勢を保っている現状も確認できると西村が指摘した。グローバルスタンダードが中国のリードで形成されることを危惧するのであれば、「一帯一路」を静観/敬遠するのではなく、日本がより積極的に参加し、自らのイニシアティブを発揮していくことも必要であろうという西村の論点はパネリストたちの共通する見方となった。またグローバル経済史や人類史の長いスパンから見る場合、世界の中心が移動することなど、多様な論点が提起され、地政学におけるパワーバランスのみではなく、「一帯一路」が持ちうる、より大きな意味にも気付く必要がある。   紙幅の関係で個々の論点について展開できないが、フォーラムを企画した当時の目的は概ね達成され、「一帯一路」に関する知識と考える場、多様な思考回路を少しばかり提供できたといえよう。フォーラム当日の具体的な報告は、2018年の秋までにSGRAレポートとして纏められる予定なので、関心がある方は是非ともご参照いただきたい。   今回のフォーラムを企画した当初は、確かに日本ではまだあまり「一帯一路」の話は表に出ていなかった。もちろん専門家や経済界等、特定のオーディエンスを対象とする勉強会や講演会などは開かれていたと思うが、今回のように一般向けで、そして政策当局に少し距離を置く学者の立場から議論したものは少なかった。   また、企画者としての感想となるが、「一帯一路」の政策形成プロセス、つまり具体的に誰がどのように案を練り上げ、そしてアクター間のどのような力関係を経て、このような政策結果ができてきたのかを明らかにしたい、というさらなる研究課題が与えられたような気がする。   最後は、今回の企画に賛同し、隅々までサポートしてくれたSGRA事務局と、報告を快諾してくださったパネリストの先生方にお礼を申し上げたい。当日足を運んで、たくさんの質問を熱心に寄せてくだったオーディエンスの皆様や、フォーラムの内容に個人的に関心を示してくれた方々にも深く感謝したい。 (文中は敬称を略した)   当日の写真   <李彦銘(り・えんみん)Yanming_Li> 北京大学国際関係学院学士、慶應義塾大学法学研究科修士・博士、現在:東京大学教養学部特任講師。専門分野は日中関係、政策形成過程、国際政治経済。主な著作に『日中関係と日本経済界――国交正常化から「政冷経熱」まで』(単著、勁草書房、2016年)、『中国対外行動の源泉』(共著、慶應義塾大学出版会、2017年)ほか。     2018年11月11日配信  
  • 2017.11.20

    レポート第83号「アジアを結ぶ?『一帯一路』の地政学」

    SGRAレポート第83号   SGRAレポート第83号(表紙)   第58回SGRAフォーラム講演録 「アジアを結ぶ?『一帯一路』の地政学」 2018年11月16日発行   <フォーラムの趣旨>   中国政府は2013年9月から、シルクロード経済ベルトと 海上シルクロードをベースにしてヨーロッパとアジアを連結させる「一帯一路」政策を実行している。「一帯一路」政策の内容の中心には、中国から東南アジア、中央アジア、中東とアフリカを陸上と海上の双方で繋げて、アジアからヨーロッパまでの経済通路を活性化するという、習近平(シーチンピン)中国国家主席の意欲的な考えがある。しかし、国際政治の秩序の視点から観れば、「一帯一路」政策が単純な経済目的のみを追求するものではないという構造を垣間見ることができる。   「一帯一路」政策は、表面的にはアジアインフラ投資銀行(AIIB)を通じた新興国の支援、融資、そしてインフラ建設などの政策が含まれており、経済発展の共有を一番の目的にしているが、実際には、貿易ルートとエネルギー資源の確保、そして東南アジア、中央アジア、中東とアフリカにまで及ぶ広範な地域での中国の政治的な影響力を高めることによって、これまで西洋中心で動いて来た国際秩序に挑戦する中国の動きが浮かび上がってくる。   本フォーラムでは、中国の外交・経済戦略でもある「一帯一路」政策の発展を、国際政治の観点から地政学の論理で読み解く。「一帯一路」政策の背景と歴史的な意味を中国の視点から考える基調講演の後、日本、韓国、東南アジア、中東における「一帯一路」政策の意味を検討し、最後に、4つの報告に関する議論を通じて「一帯一路」政策に対する日本の政策と立ち位置を考える。   <もくじ> 【基調講演】 「一帯一路構想は関係諸国がともに追いかけるロマン」 朱建栄(Prof. Jianrong ZHU)東洋学園大学教授   【研究発表1】 「戦後日本の対外経済戦略と『一帯一路』に対する示唆」 李彦銘(Dr. Yanming LI)東京大学教養学部特任講師   【研究発表2】 「米中の戦略的競争と一帯一路:韓国からの視座」 朴 栄濬 (Prof. Young June PARK) 韓国国防大学校安全保障大学院教授   【研究発表3】 「『一帯一路』の東南アジアにおける政治的影響:ASEAN中心性と一体性の持続可能性」 古賀慶 (Prof.Kei KOGA)シンガポール南洋理工大学助教   【研究発表4】 「『一帯一路』を元に中東で膨張する中国:パワーの空白の中で続く介入と競争」 朴 准儀(Dr.June PARK)アジアソサエティ   【フリーディスカッション】「アジアを結ぶ?『一帯一路』の地政学」 -討論者を交えたディスカッションとフロアとの質疑応答- モデレーター:平川均(Hitoshi Hirakawa)国士舘大学21世紀アジア学部教授 討論者:西村豪太 (Gouta NISHIMURA) 『週刊東洋経済』編集長