地球市民

SGRAの活動の目的は「地球市民の実現」です。本研究チームは、ますますグローバル化する世の中における「地球市民(Global Citizen)」の位置付けを課題として取り組んでいます。
  • 2023.09.08

    第19回SGRAカフェ「国境を超える『遠距離ケア』」へのお誘い

    下記の通り第19回SGRAカフェを会場及びオンラインのハイブリット方式開催いたします。参加をご希望の方は、会場、オンラインの参加方法に関わらず事前に参加登録をお願いします。   テーマ:「国境を超える『遠距離ケア』」 日 時: 2023年10月14日(土)14:00~16:00 方 法: 会場及びZoomミーティング 言 語: 日本語 主 催: (公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会 [SGRA]  申 込: こちらよりお申し込みください   お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)       ■ フォーラムの趣旨 社会がグローバル化する中で世界を移動する人々の数も急激に増加している。国連の 2013 年の調査によると世界人口の約 3.2%が移動人口に当たると言われている。日本に目を向けると、外国人移住者数も年々増加しており、滞在の長期化も進んでいる。出入国在留管理庁のデータによると、2022 年6月末の在留外国人数は296 万人で、前年末に比べ 20 万人(7.3%)も増加したことが分かった。   こうした変化の中、在日外国人移住者もまた新たな課題に直面している。在日外国人移住者は日本での生活基盤を自ら構築することはもちろん、母国に残る家族の健康、介護問題も考えざるをえない。こういった外国人ならではのライフワークバランスはキャリアにも影響する。またコロナ禍では、日本における外国人の(再)入国制限のため自由に日本と母国の間に行き来できず、帰国したくてもできなかった事例や、家族のために日本での生活を諦めて帰国を選択した者も見られる。   今回のカフェでは ・日本における国境を超える遠距離介護の実態と背景 ・海外における事例と取組み ・課題の改善策 の 3 点について参加者と一緒に考え、ディスカッションを通して継続的に成長するグローバル社会に有意な示唆を得る事を目的とする。     ■  プログラム 14:00        開会挨拶 14:05        ケア状況や遠距離ケア問題について紹介 14:55        質疑応答 15:10        ディスカッションの準備(グループ分けと課題の提起) 15:15        グループディスカッション 15:35        ディスカッション内容の報告 15:55        閉会挨拶   ※プログラムの詳細は、下記リンクをご参照ください。 プログラム詳細
  • 2022.11.28

    レポート第100号「進撃のKカルチャー ――新韓流現象とその影響力」

    SGRAレポート第100号(日韓合冊)     第20 回 日韓アジア未来フォーラム 「進撃のKカルチャー―新韓流現象とその影響力」 2022年11月16日発行     <フォーラムの趣旨> BTS は国籍や人種を超え、一種の地球市民を一つにしたコンテンツとして、グローバルファンダムを形成し、BTS 現象として世界的な注目を集めている。一体BTS の文化力の源泉をなすものは何か。BTS 現象は日韓関係、地域協力、そしてグローバル化にどのようなインプリケーションをもつものなのか。   本フォーラムでは日韓、アジアの関連専門家を招き、これらの問題について幅広い観点から議論するため、日韓の基調報告をベースに討論と質疑応答を行った。   <もくじ> 【開会の辞】 今西淳子(渥美国際交流財団常務理事・SGRA代表)    【第1 部】 [報告1] 文化と政治・外交をめぐるモヤモヤする「眺め」 小針 進(静岡県立大学教授)   [報告2] BTSのグローバルな魅力―外的、環境条件と内的、力量の要因― 韓 準(延世大学教授)   【第2 部】 [ミニ報告] ベトナムにおけるKポップ・Jポップ チュ・スワン・ザオ(ベトナム社会科学院文化研究所上席研究員)   [講演者と討論者の自由討論] 討論者: 金 賢旭(国民大学教授) 平田由紀江(日本女子大学教授)   【第3 部】 [質疑応答] 進 行: 金 崇培(釜慶大学日語日文学部准教授) 金 銀恵(釜山大学社会学科准教授) 回答者: 小針 進(静岡県立大学教授) 韓 準(延世大学教授) 平田由紀江(日本女子大学教授)   【閉会の辞】 徐 載鎭(ソ・ゼジン:未来人力研究院院長)   講師略歴   あとがきにかえて
  • 2022.04.08

    第20回日韓アジア未来フォーラム「進撃のKカルチャー:新韓流現象とその影響力」

    下記の通り日韓アジア未来フォーラムをオンラインにて開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。聴講者はカメラもマイクもオフのZoomウェビナー形式で開催しますので、お気軽にご参加ください。   テーマ:「進撃のKカルチャー:新韓流現象とその影響力」 日 時: 2022年5月14日(土)15:00~17:00 方 法: Zoomウェビナー による 言 語: 日本語・韓国語(同時通訳付き) 主 催: (公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会 [SGRA] (日本) 共 催: (財)未来人力研究院(韓国) 申 込: こちらよりお申し込みください   お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)     ■ フォーラムの趣旨 BTSは国籍や人種を超え、一種の地球市民を一つにしたコンテンツとして、グローバルファンダムを形成し、BTS現象として世界的な注目を集めている。一体BTSの文化力の源泉をなすものは何か。BTS現象は日韓関係、地域協力、そしてグローバル化にどのようなインプリケーションをもつものなのか。本フォーラムでは日韓、アジアの関連専門家を招き、これらの問題について幅広い観点から議論してみたい。日韓の基調報告をベースに討論と質疑応答を行う。 日韓同時通訳付き     ■  プログラム 《開会》 司会:金雄煕(キム・ウンヒ、仁荷大学教授) 【開会の辞】:今西淳子(いまにし・じゅんこ:渥美国際交流財団常務理事・SGRA代表)   第1部 講演 【講 演 1】「文化と政治・外交をめぐるモヤモヤする「眺め」」 小針進(こはり・すすむ:静岡県立大学教授) 【講 演 2】「BTSのグローバルな魅力」 韓準(ハン・ジュン:延世大学教授)   【休  憩】   第2部 討論 【ミニ報告】「ベトナムにおけるKポップ・Jポップ」 チュ・スワン・ザオ(Chu Xuan Giao:ベトナム社会科学院文化研究所上席研究員) 【講演者と討論者の自由討論】 金賢旭(キム・ヒョンウク:国民大学教授)、 平田由紀江(ひらた・ゆきえ:日本女子大学教授)、   第3部 質疑応答 【質疑応答】 アシスタント:金崇培(キム・スンベ:釜慶大学日語日文学部准教授) 金銀恵(キム・ウンヘ:釜山大学社会学科准教授) Zoom ウェビナーのQ&A機能を使い質問やコメントを視聴者より受け付ける   【閉会の辞】:徐載鎭(ソ・ゼジン:未来人力研究院院長) 《閉会》   韓国語版サイト
  • 2020.10.01

    尹在彦「第14回SGRAカフェ『国際的観点から見た日本の新型コロナウイルス対策』報告」

      現在、全世界が様々な形でコロナウイルスと向き合っている。各国政府はもちろん、あらゆる団体や個々人まで何らかの対応を取らざるを得ない状況だ。ウイルスの危険性が完全には判明していないため、気を緩めることも難しい。世界中どこでもこのような認識を前提に、対策がとられている。   2020年9月19日(土)に開かれた今回のSGRAカフェのテーマ「国際的観点から見た日本の新型コロナウイルス対策」もまさにここに焦点が当てられていた。渥美財団ホールを会場としてスタッフを含め20人余りが参加し、世界各地からZoomでの参加者も50人に達した。誰もが認識している現実問題のため高い関心が寄せられた。15時にスタートした今回のSGRAカフェは17時に公式イベント(講演・報告・質疑応答)が終了し、後半の「懇親会」(1時間)では自由な雰囲気の中で議論が行われた。   まず、日本、とりわけ東京の対応について最前線で戦っている大曲貴夫先生(国立国際医療研究センター国際感染症センター長)よりお話をいただいた。クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス号)や第一波への対応の問題点を踏まえ、次第に対応が改善されていった。検査体制が整備され、待機時間は飛躍的に減らされた。まだ特効薬はないものの、治療法が改善された結果7月から始まった第二波では、死亡者や重症者多少減少した(高齢者は依然として油断はできない)。   大曲先生の30分間の講演後、韓国(金雄熙_仁荷大学教授)、台湾(陳姿菁_開南大学副教授)、ベトナム(チュ・スワン・ザオ_ベトナム社会科学院文化研究所上席研究員)、フィリピン(ブレンダ・テネグラ_アクセンチュアコンサルタント)、インド(ランジャナ・ムコパディヤヤ_デリー大学准教授)の順で元渥美奨学生のみなさんの現地報告(Zoom)が続いた。   韓国からはIT技術を活用した追跡・隔離措置とともに、国内政治の複雑な状況がもたらした感染拡大についての説明があった。コロナ対応が単純に感染症対策にとどまらず、政治問題に飛び火する構図が良くわかる。初期からコロナを抑え込んでいた台湾からも、奏功したIT技術の役割とともに経済との両立問題(国境開放)が述べられた。ベトナムでは国を挙げての対策がとられたが、気のゆるみで第二波の際には苦戦した。現在は厳しい政策の下、落ち着きつつある。宗教的な儀礼としての疫病退散も紹介された。フィリピンとインドでは依然として感染拡大が続いている。フィリピンは数多くの出稼ぎ労働者の帰国という悩ましい問題を抱えながらコロナと戦っている。インドでもIT技術を通じたコロナ対策が導入されているものの人口の多さゆえに対応に苦慮している。   質疑応答(16時半より30分間)は会場とZoom接続の参加者の両方からリアルタイムで行われた。東京の満員電車問題、コロナの後遺症等についての質問が大曲先生に出された。満員電車の場合は、高いマスク着用率を考えると危険性はそれほど高くないが、後遺症については十分注意する必要があるとの説明があった。大曲先生も自らリポーターに積極的に質問を投げかけたのが印象的だった。質疑応答の後、会場+オンラインの「ハイブリッド懇親会」も用意され、比較的自由な雰囲気で各国の状況や教育現場の課題等の話が交わされた。   過去にお世話になったとある奨学財団では、9月にようやく顔合わせ会を開催したと聞く。それを考えると、渥美国際交流財団のスタッフの方々の安全かつ楽しい交流会への取り組みには感謝申し上げたい。今回のSGRAカフェはある意味、新たな試みとして他の交流団体にも十分参考となり得ると思う。司会としても有意義な経験だった。 (文責:尹在彦)   当日の写真はこちらよりご覧いただけます。   当日のアンケート集計結果はこちらご覧いただけます。   当日の録画(YouTube)を下記リンクよりご覧いただけます。   <尹在彦(ユン・ジェオン)Jaeun_YUN> 2020年度渥美国際交流財団奨学生、一橋大学大学院博士後期課程。2010年、ソウルの延世大学社会学部を卒業後、毎日経済新聞(韓国)に入社。社会部(司法・事件・事故担当)、証券部(IT産業)記者を経て2015年、一橋大学公共政策大学院に入学(専門職修士)。専攻は日本の政治・外交政策・国際政治理論。共著「株式投資の仕方」(韓国語、2014年)。   2020年10月1日配信
  • 2020.08.07

    第14回SGRAカフェ「国際的観点から見た日本の新型コロナウイルス対策」へのお誘い

    SGRAでは、良き地球市民の実現をめざす皆さまに気軽にお集まりいただき、講師のお話を伺い議論をする<場>として、SGRAカフェを開催しています。今回はオンラインZoomと渥美財団の会場とを繋ぎ、リアルとバーチャルを組み合わせて開催します。皆さまのご参加をお待ちしています。 ◆第14回SGRAカフェ「国際的観点から見た日本の新型コロナウイルス対策」 日時:2020年9月19日(土)15時00分~17時00分(日本時間) 参加方法:オンライン(Zoom)または渥美財団へご来訪かを参加登録時にお選びいただけます。 言語:日本語のみ 会費:無料 定員:オンライン:100名/渥美財団へご来訪:15名   (人数に達した時点で申込を締め切らせていただきます)   参加申込:こちらよりお申込みください お問合せ:[email protected] ◇プログラム 14:45 Zoom接続開始 司会:尹 在彦 15:00 開会挨拶 15:10 講演:大曲 貴夫「国際的観点から見た日本の新型コロナウイルス対策」 15:40 コメント(10分)&各国リポート5ヵ国(1人5分程度) 16:20 質疑応答(会場+オンライン) 17:00 終了 17:00~ご希望の方々によるZoom懇親会(18:00頃終了予定)   趣旨: 新型コロナウイルス(COVID-19)は世界を席巻し、各国は感染拡大防止と社会経済活動の両立を目指して試行錯誤を繰り返しています。日本でも一旦終息に向かうかに思われた感染も再び勢いを増し、先行きの不透明感は深まっています。一方で、新型コロナウイルスについての知見、研究成果も蓄積されつつあります。今回のSGRAカフェでは、国立国際医療研究センター国際感染症センター長の大曲貴夫先生をお招きして新型コロナウイルスとはなにか、日本の新型コロナウイルス対策の特徴と現状についてのお話を伺うと共にアジア各国からのリポートを交えての対話を行います。更に「感染症とリスクコミュニケーション」、「防疫の国際協力」等の議論も行いたいと思います。   講演要旨:「国際的観点から見る日本の新型コロナウイルス対策」大曲 貴夫 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、新しく発生した感染症としてその診断、治療、感染防止対策が医療上の大きな課題となっている。そればかりでなく、この感染症が社会全般特に経済に及ぼす影響は極めて大きく、COVID-19の影響が今後数年以上継続すると予想されているなかで、この脅威に社会としてどのように対応するかは国際的な大きな課題となっている。日本では1月に患者発生が始まり、3-5月には第一波と呼ばれる多数の重症患者の発生に対応してきた。そして6月以降は軽症患者を中心とした新たな波への対応を迫られている。今回の講演では日本の現状と、今後この感染症にどのように向き合っていくべきかについて、私の意見をお伝えしたい。 ◇略歴 講演:大曲 貴夫(おおまがり のりお) 国立国際医療研究センター国際感染症センター長 理事長特任補佐、DCC科長感染症内科医長併任 聖路加国際病院内科レジデント 国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター長(兼任)   司会:尹 在彦(ユン ジェオン) 一橋大学大学院 国際関係論専攻/元新聞記者(毎日経済新聞・韓国) リスク・コミュニケーションや経済・移動制限政策を中心にコロナ時代における国際社会の変容をウォッチしている。   リポーター: 韓  国:金 雄熙(1996渥美奨学生) 仁荷大学国際通商学科教授。筑波大学 博士(国際政治経済学) 国際通商論を専攻するが国際政治経済、グローバリズムの展開も研究領域としている。   台  湾: 陳 姿菁(2002渥美奨学生) 開南大学副教授。お茶の水女子大学 博士(日本語教育)。日本語教育、中国語教育等の学習評価に焦点を当てている。   ベトナム : チュ スワン ザオ(2006渥美奨学生) ベトナム社会科学院文化研究所上席研究員。総合研究大学院大学博士(文化人類学)。新型コロナウイルス感染症を背景に疫病と人類の文化・宗教との関わりに注目している。   フィリピン : ブレンダ テネグラ(2005渥美奨学生) アクセンチュアコンサルタント・チームリード。お茶の水女子大学博士(社会学)。 ジェンダー、海外出稼ぎ労働者、送金の複層的政治に関心がある。   イ ン ド:ランジャナ ムコパディヤヤ(2002渥美奨学生) デリー大学准教授。東京大学博士(宗教社会学)。現在、ポストコロナ時代における人間関係と教育問題に焦点を当てている。   プログラム
  • 2020.06.11

    エッセイ635:崔圭鎮「コロナウイルスへの対応から明らかになった社会の問題点―医療の空白と人権問題―」

      (「2017年韓国研究財団」の支援を受け作成(NRF-2017R1C1B5075765)。原文は韓国語。長谷川さおり訳)     ◇はじめに   現時点では、どの国にも新型コロナウイルス(以下コロナウイルス)対策の妙策があるようには見えない。スウェーデンの「集団免疫」や、初期対応の遅れが多数の死亡者を出したイタリアやイギリスなどの事例を見ても分かるように、感染の疑いがある人々を迅速に検査し、感染後は速やかに適切な対応をとること(行政力を動員した接触者の把握と隔離など)、そしてソーシャル・ディスタンスを徹底することくらいしか効果的な策がないのが現状だ。   こうした状況の中で、韓国の対応は世界的にも比較的高く評価されていると言っていいだろう。いわゆる「K防疫」と呼ばれる防疫モデルを成功事例として学ぼうとする動きもある。一例として「ドライブスルー」、「ウォークスルー」、「診断キット」などが世界的な注目を集めている。2020年に任期が満了する日本の後にWHO執行理事国を務めることになった韓国が、このような形で世界の防疫に貢献できることを嬉しく思う。   少なくとも、これまで「K防疫」が成功したのは事実だ。しかし成功の裏側に隠された問題を提起する声も徐々に上がってきている。本文ではこうした防疫対策の裏側に注目したいと思う。韓国の防疫モデルの粗探しをするのが目的ではなく、2次流行に備えさらに徹底した対応を行えるよう働きかけるため問題を提起するに至ったという点をご理解いただければ幸いである。   今後十分な検討が行われるべき部分もあるが、今回はいくつかある問題の中でも特に重要だと考える医療の‘空白’と人権について、「チョン・ユヨプ君(17)死亡事故」と「梨泰院(イテウォン)クラブ発コロナ拡散」という2つの事例をもとに見ていくことにする。     ◇「チョン・ユヨプ君(17)死亡事故」を通して見た医療の‘空白’問題   高熱が出たチョン・ユヨプ君は午後7時頃、地域にある唯一の総合病院(民間病院)を訪れた。しかしPCR検査を受けるまではいかなる診療も行うことができないため、翌日検査を受けてから再訪するよう病院から門前払いされたユヨプ君家族は、結局この日はそのまま帰宅することになった。検査を行う病院の選別診療所が午後6時までしか運営していなかったためだ。   夜通し高熱に苦しんだユヨプ君は、翌朝再び病院を訪れPCR検査を受けた後、ようやくレントゲンを撮ってもらうことができた。しかしまたもやここで病院側から検査結果が出るまでは入院させることができないとの通達を受け、やむを得ず自宅へ戻ることになった。帰宅後高熱が下がらず、呼吸困難の症状が見られたためユヨプ君の両親はすぐさま疾病管理本部(保健福祉部傘下機関)に連絡した。その後疾病管理本部から該当地域の保健所に連絡が行ったものの、ここでも検査結果が出るまでは診療ができないとし、検査を受けた総合病院に問い合わせてほしいとの一点張りで時間だけがむなしく過ぎていった。再び総合病院を訪れた頃にはすでに時計の針が午後4時半を回っていた。この時になって初めて、ユヨプ君の両親は病院側から朝方撮影したレントゲンの検査結果が非常に思わしくないため嶺南(ヨンナム)大学病院へ行ってほしいとの指示を受けた。結局早期に治療を受けることのできなかったユヨプ君は2日後に死亡した。   今回の死亡事故をコロナウイルスの感染者が爆発的に増加している状況で起きた、やむを得ない事故であったとする人も多い。しかし本来ならば命を落とすことのなかった子ども(ユヨプ君には基礎疾患は一つもなかった)が死亡した今回のケースを「やむを得ない事故」としてやり過ごせば、今後数十人、数百人が犠牲になるかもしれない同類の事故を放置することになる。そして厳密に今回の事故を検証していくうちに、決して「やむを得ずして」起きた事故では済まされない点がいくつも明らかになった。PCR検査の結果が出ない限り、いかなる処置もとることが出来ないということが、地域に唯一存在する総合病院の方針であったというのも、コロナ対応策の大きな欠点を浮き彫りにしている。   民間病院の立場上、方針に従うほかなかったのならば、少なくともPCR検査を受けることのできる他機関を早い段階で家族に案内すべきだった。実際に病院からわずか5分足らずの場所に、夜間でも検査を受けることのできる診療所があった。翌日のレントゲン検査で肺炎の所見が見られたにもかかわらず、PCR検査の結果が出るまで自宅で待機するよう指示し、早期診療の機会を逃したのは病院側の明らかな過失と言っていい。自宅で待機している間、両親が連絡を取った疾病管理本部・保健所も該当民間総合病院へ再度問い合わせるよう指示するだけで、適切な介入を行なわなかった。地域の医療体系を正確に把握しているコントロールタワーが存在していなかったことが結局事故を招いたのだ。   実のところ、嶺南大学病院は検査結果が出ていなくとも入院することが出来る病院だった。つまり、疾病管理本部・保健所・民間総合病院のいずれかの機関が嶺南大学病院にすぐさま案内していれば、防ぐことが出来たかもしれない事故だった。そして、嶺南大学病院にも全く過失がなかったとは言えない。民間総合病院から検査結果が陰性であったという知らせを受けた後、嶺南大学病院側で実施した検査であらためて陰性が確認されたにもかかわらず、コロナウイルスによる肺炎を疑い、死亡するまで計13回も検査を行った上に、感染者の治療で医療陣が不足していたのが原因なのか現在真偽を確認中ではあるが、30秒間酸素マスクが外れる事態も起きた。   最も大規模な流行が起きた慶尚北道という地域の特殊性を考慮すべきだという声もある。しかし、こうした事故はどの地域でも再び起こりうる。コロナウイルスが流行している状況で、急遽PCR検査を受ける必要がある場合、どこに行けば迅速に検査を受けることができるのか、また緊急時には、どこの病院に行けば検査を受けていなくても診療を受けることができるのか、などを適切に把握している医療体系のコントロールタワーが存在しなかったという点は、韓国社会がしっかりと反省すべきだ。今回保健福祉部(日本の厚生労働省にあたる)の傘下機関であった疾病管理本部が疾病管理庁に昇格したことを肯定的にとらえる声が大半ではある。しかし一部から、民間医療機関に絶対的に依存している韓国の医療体系を問題視し、「公共医療庁」を同時に設立すべきだと主張する声が上がっていることも忘れてはならない。   韓国はOECD加盟国の中で最も公共医療の比重が低い国であり、その割合は2018年度時点で病床数基準10%、医療機関数基準5.7%に過ぎない。保守政党が政権を握っている慶尚北道の場合、従来あった公共医療機関さえも次々に閉鎖されたため、全体に占める公共医療機関の比重が他の地域よりもさらに低い。こうした状況が果たしてユヨプ君の死亡と無関係だと言えるだろうか。公共医療機関の‘空白’問題について、あらためて考えてみる必要がある。     ◇「梨泰院(イテウォン)クラブ発 コロナ拡散」を通して見た人権問題   コロナウイルスの感染者数が1日あたり2桁以下に落ち着いていた5月初め、梨泰院(イテウォン)にあるクラブを訪れた人々の間で再び感染が拡大した。感染者数の急激な増加に伴ってマイノリティーに対する嫌悪・差別が深刻化し、今韓国では人権上の大きな問題が発生している。   実はこうした嫌悪や差別をめぐる問題は、防疫の初期段階からすでに影を落としていた。中国人に対する嫌悪・差別に続き、「新天地」という特定宗教に対する攻撃が社会全体から加えられた。政府が初期の防疫対応に集中しすぎたあまり、こうした問題を見逃してしまい、結局今回もマイノリティーに対する嫌悪・差別が起きた。特定集団をターゲットとした差別は防疫の妨げとなりウイルスの拡散にもつながるため、社会全体で取り組み確実に改善していくべきだ。   5月初めに感染者が発生した梨泰院のクラブは、マイノリティーの中でも特にゲイ、男性同性愛者が多く訪れるクラブとして大々的に報道された。一部メディアがクラブの利用者を性的に淫らな集団として描写するなど過剰なまでに攻撃を加えたため、結果として社会的な嫌悪を増幅させることとなった。特にクラブを訪れた利用者のうち、一部が自発的に検査を受けなかったことから感染者が増加すると、ゲイに対する嫌悪と差別はさらに深刻化した。今回のケースは、単純に彼らの道徳的価値観の不足のみを原因として論じることのできない、複雑な差別問題を内包している。一部の自治体で匿名検査などを実施しているものの、梨泰院のクラブを訪れたという事実だけでもゲイ扱いされ、差別される社会だ。そう簡単に解決できる問題ではない。   一旦検査を受ければ感染者との濃厚接触者でないとしても、検査結果が出るまで少なくとも1日から2日自宅で待機しなければならない。つまり、職場や知人に外出できない理由を説明しなければならない状況が生じることになる。しかしメディアがこれほどまでに憎悪を煽ってきた以上、該当クラブを訪れた人々が安心して検査を受け、職場に検査を受けた事実を告げるのはほぼ不可能と言っていいだろう。   マイノリティーに対する否定的な認識が依然として根強く残っている韓国社会では、こうした嫌悪・差別が人生を左右する問題になりうる。仁川(インチョン)地域の大学に通う塾講師の場合、調査の初期段階で「無職」と自身の職業を隠したことが災いし、結局職場の同僚や教え子までが感染する事態に発展した。仁川市はこうした事態を受け、該当学生を刑事告発することを発表した。学生は「卒業と就職に影響が出るのを恐れ」、事実を偽ったと後日告白している。しかし、果たしてコロナウイルスを広めたすべての責任が彼にあると言えるだろうか?   マイノリティーを差別してきた韓国社会、梨泰院のクラブを訪れた人々はマイノリティーで、マイノリティーは社会から排除すべき存在であるというステレオタイプを作り上げたメディア、そしてそうした報道を野放しにしてきた政治家が平凡な市民を「嘘つき」に仕立て、2次、3次感染を引き起こしたのではないだろうか?   誰よりも検査を迅速に受けることの重要性を理解しているはずの選別診療所で働く公衆保険医(兵役勤務として軍隊ではなく保健所に勤務する医師)も梨泰院のクラブを訪問した事実を4日も隠したまま、患者を診察していたことが明らかになった。選別診療所で活動する医師でさえも、ウイルスよりも差別の方が怖かったのだ。   このように、社会的弱者に対する嫌悪と差別は防疫にも大きな妨げとなっている。今、世界全体がコロナウイルスとの長期戦に備えている。長期戦で私たちが勝利するための方法は実は意外と簡単だ。感染の疑いがある場合迅速に検査を受けることのできる環境を整えること、それが勝利のための唯一の道だ。自発的に検査を受けることが出来ない、差別が渦巻く現状を改善するためにも国家レベルでの積極的な介入が必要だ。     ◇おわりに   感染症人類を脅かす災いであることは紛れもない事実だ。しかし感染症にはネガティブな側面しかないとは一概には言えない。普段はよく見えなかった社会問題に気づかせてくれるからだ。問題を適切に解決することが出来れば、もうひと段階、成熟した社会へと発展することが出来るだろう。しかし問題を誤った方向に解釈している勢力も少なからず存在する。実際多くの企業や政治家が、業務外の健康上の理由で賃金や仕事を失うことなく休むことのできる有給病気休暇(韓国は恥ずかしながらOECD加盟国の中で唯一、有給病気制度と傷病手当の2つともない国だ)の実施や公共医療の拡張がされるべき領域に、遠隔医療やバイオ事業を取り入れようと躍起になっている。   現在韓国で行われているこうした議論は、それでも「K防疫」が成功を収めたという評価を前提にしている。防疫さえもしっかり実践できないまま、どこから、どのような議論をすべきか先が見えない国々よりはマシな状況にあると言えよう。しかし「K防疫の成功」にうぬぼれ、コロナウイルスの流行から学ぶべき教訓と、より良い社会へと発展することのできる機会を見逃してはいないか、心配が先立つこの頃だ。     英語版はこちら     <崔圭鎮(チェ・キュジン)Choi_Kyu-jin> 仁荷大学医科大学を卒業後ソウル大学大学院で人文医学を専攻。修士・博士を取得後、現在は母校である仁荷大学で医史学と医療倫理を教えている。「人道主義実践医師協議会」、「健康と代案」、「労働健康連隊」などの市民団体でも活動中。   <長谷川さおり Hasegawa_Saori> 獨協大学を卒業後、韓国の梨花女子大学通訳翻訳大学院で修士を取得した。現在は仁荷大学大学院博士課程にて医史学を勉強している。医学・歴史と関連した通訳翻訳を主に行っている。     2020年6月11日配信
  • 2017.09.14

    金キョンテ「第2回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性『蒙古襲来と13世紀のモンゴル帝国のグローバル化』円卓会議報告」

    第57回SGRAフォーラムは「第2回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性:蒙古襲来と13世紀のモンゴル帝国のグローバル化」というテーマで開催された。昨年秋に開催された第1回会議がプロローグとしてこれからの対話の可能性を開く場だったとしたら、第2回は学界で最も活発に活動している若手中堅の研究者が集まって、本格的な「対話」をしようとする場であった。   2017年8月7日から3日間、北九州国際会議場で予定されていた会議には開催危機の瞬間があった。観測史上2番目に進度の遅い台風10号が、当日九州の北部を通るという予報だったからである。幸いなことに、開催地である北九州の航空と列車運行には大きな影響はなかった。ただし、航空会社が事前に着陸時間を調整したために、韓国からの参加者の一部は(筆者本人を含め)開始時間に少し遅れて到着した。   初日には開会式と基調講演が行われた。今西淳子SGRA代表の開会挨拶に続き、三谷博先生(跡見学園女子大学)から趣旨説明があった。これまでの東アジアの歴史を背景に行われた様々な歴史に関する議論は、主に20世紀前半の日本の侵略をどのように捉えるかにあったこと、ある面では成功したが、いくつかの面では失敗したこと、また明らかなことは、国家が介入すると失敗したということ、そして、個人が構成する会議としてお互いを理解する努力があれば成功させることができると指摘した。また、全5回シリーズとして予定されるこの会議は、前近代と近代以後のすべての時代を網羅的に論ずるという趣旨で、1〜3回を前近代に配置したこと、最も重要なのは、お互いの発表をよく聞いてレスポンスをする作業であることを強調した。   葛兆光先生(復旦大学)は、基調講演「ポストモンゴル時代?-14~15世紀の東アジア史を見直す」で、モンゴル帝国の衰退後、新しい王朝が成立し、お互いに(朝貢システムに限らない)多様な関係を結びはじめた14世紀末〜15世紀初めに至る時期を、東アジアのその後の関係を示唆するものとして参考にすることができると提案した。関連する歴史研究者としても重要な指摘を含む提案だったと思う。   8月8日は、本格的な論文発表であった。4つのセッションに分けて11篇の論文が発表された。最初のセッションは、四日市康博先生(昭和女子大学)、チョグト先生(内蒙古大学)、橋本雄先生(北海道大学)の発表で、「モンゴルインパクト」の歴史的意味と各国の立場から、さらに世界史の視点からどのように見るべきかを提案した。2番目のセッションは、エルデニバートル先生(内蒙古大学)、向正樹先生(同志社大学)、孫衛国先生(南開大学)の発表で、モンゴル侵略による文化的・技術的影響に様々な史料を通じてアプローチした発表であった。3番目のセッションは金甫桄先生(嘉泉大学)、李命美先生(ソウル大学)、ツェレンドルジ先生(モンゴル国科学院)の発表で、モンゴルの主要侵略対象とされ、長い間抵抗した国である高麗を例に挙げ、モンゴルの支配実像の多角的な分析を示した。最後のセッションは趙阮先生(漢陽大学)、張佳先生(復旦大学)の発表で、食事と帽子という物質的、文化的要素にみられる長期的かつ系列的なモンゴルの影響を調べた。各セッションの発表者は、他のセッションの討論者として参加した。   8月9日の午前中は、昨日の各研究報告を踏まえての全体討論の時間だった。日本での一般的な学術大会とは少し異なる構成であったが、一日熟成した質問やコメントはそれぞれ本会議の趣旨に沿ったものであり、大変効果があったと思う。この日は、趙珖先生(韓国国史編纂委員会)の論点整理が先行した。「モンゴル襲来」と「グローバル化」をキーワードにして、集中的な発表と討論が行われたこと、モンゴルは最初にグローバル化に成功した「帝国」であり、その中で、韓国・日本・中国がそれぞれどのような歴史を展開したのかを検討することによって、グローバル化を明確に理解することができること、グローバリゼーションは、単純なグローバル化だけではなく、グローカリゼーションとの相互関係を見なければならないと指摘した。また、4つのセッションの全ての発表によって政治と統治様式、文化交流が幅広く調べられており、各国の国史を扱いながら一国の視点からのみではなく東アジア全体から見ると、どのように幅が広がるかを示した良い実例だったと結んだ。   総合討論の司会を務めた劉傑先生(早稲田大学)は5つの議論主題を提案した。まず、モンゴル帝国の影響をどのように評価するのか。第2に、冊封体制と朝貢について。第3に、モンゴル帝国はモンゴル史か中国史なのか、そしてどのように対話したら良いのか。第4に、高麗から朝鮮につながる韓国の歴史における中国の立場は何だったのか。そして最後に、史料批判の問題であった。続いて自由討論が行われた。上記テーマのうち、冊封体制、モンゴル史、史料批判の問題について、参加者全員が発言する活発な議論が繰り広げられた。   最後に三谷博先生の全体総括があった。非常に充実した3日間の会議であり、実行委員の一人として感謝すること、さらにもっと深いレベルの「グローバル化」の分析があったらよかったという所感を述べた。そして今後も対話を続けて欲しいという総評だった。   午後は見学会であった。モンゴルが襲来した九州北部の重要な場所を踏査した。元寇記念館と筥崎宮は歴史をどのように記憶して使用するかの問題を提起する史料館で、また史跡として印象が深かった。雨の中を訪ねた生の松原元寇防塁跡では、約800年前にこの海から上陸を試みていたモンゴル連合軍と、これを眺めていた日本の鎌倉武士たちはどんな気持ちだったのだろうという考えに浸った。   期間中、各国の研究者が自分の最新の研究成果や研究の過程での悩みを提示し、議論やアドバイスが行き来した。当時存在していた国ないし王朝の勢力範囲は、そのまま現在の国境や国家概念と必ずしも合致しない。そのような面で、モンゴルの研究者の参加は大事であった。国際会議での最大の難関は、言語の問題である。交差通訳をする場合、時間がかかる。したがって質問や反論があっても飛ばす場合が多い。今回は3日にわたって同時通訳が提供されて、各国の研究者は率直に話をすることができた。渥美財団と同時通訳者の労苦に感謝する。   今回の大会においての感想は皆違うと思うが、多くの成果と課題を残したという点は同意するだろう。東アジアという空間、時間における朝貢関係の具体性、固定化された各国史の視座をどのように超えるのか等、基本的な問題提起を介して得られたことが多いと思う。連続した「国史の対話」は、5回まで予定されている。これまでの成果さえ失ってしまい、後戻りしてはいけない。成果を踏まえて、次のステップに進まなければならない。来年夏に開催する第3回会議は、近世に東アジアを揺さぶった戦乱と平和の世紀への移行を扱う予定である。多くの方々に関心を持って参加していただき、発展的な新しい歴史学の時代が来ることを期待している。   会議の写真はここからご覧いただけます。   報告書は2018年春にSGRAレポートとして発行予定ですが、関連資料はここからご覧いただけます。   韓国語版   中国語版   <金キョンテ☆Kim_Kyongtae> 韓国浦項市生まれ。韓国史専攻。高麗大学校韓国史学科博士課程中の2010年~2011年、東京大学大学院日本文化研究専攻(日本史学)外国人研究生。2014年高麗大学校韓国史学科で博士号取得。韓国学中央研究院研究員を経て現在は高麗大学校人文力量強化事業団研究教授。戦争の破壊的な本性と戦争が導いた荒地で絶えず成長する平和の間に存在した歴史に関心を持っている。主な著作:壬辰戦争期講和交渉研究(博士論文)     2017年9月14日配信
  • 2016.11.24

    今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#8)   ◆今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」   2016年9月30日(金)午前9時から12時30分まで、北九州国際会議場の国際会議室で、円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」が開催された。日本、中国、韓国から歴史研究者が集まり活発な議論が交わされた。88人が定員の会場は満席で、人々の関心の高さが示された。   最初に早稲田大学の劉傑(Liu Jie)教授が、問題提起の中で「なぜ『国史たち』の対話なのか」「『国史』から『歴史』へ」「対話できる『国史』研究者を育成すること」と題して、最近の10数年間の日本・中国・韓国の「歴史認識問題」をめぐる対話の成果、また留学生の増加と大学の国際化に伴う「国史」から「歴史」への変化を認めながらも、「国史たち」の対話をより実質的なものにするために、現在の研究者同士の交流をさらに進めると同時に、10年後、或いは20年後に本格的な国史対話が行えるような環境を整備することが重要であると指摘した。   次に、高麗大学の趙珖(Cho Kwang)名誉教授は、東北アジアの歴史問題は自民族中心主義と国家主義的な傾向に由来するとし、韓国で近来編集された学校教科書、学会の日本関係史、中国関係史の叙述について分析した。(1)「前近代中国に対する叙述」では、高句麗史をめぐる混乱を通じて「華夷意識」に言及、また、(2)「前近代日本に対する叙述」の結論においては「全体的に(韓国の)教科書でみる前近代日本は、文化後進国として(朝鮮の)先進文化の受益者、そして侵略者としての姿である。これは一面的には妥当だが、正確ではない。日本を一つのまともな関係主体として見做さない国史教科書の認識は、韓国をめぐる現在の様々な難題を解決し、正しい韓日関係を作るのに役立つとは思えない」と主張した。そして、(3)「近代東アジアに対する叙述」では、19世紀以後の東アジアは、一国の状況のみで自国史を述べること自体が不可能であるほどに三国の歴史が絡み合っているのに、韓国近現代史の教科書に中国と日本の近現代史に関する内容が殆ど出てこないこと、朝鮮戦争の場合でさえ、内部政治や経済や社会に関する説明が溢れ、参戦した各国の論理が紹介されていないことを指摘、近現代史の場合、中国史のみならず、日本史と連結して説明することによって脈絡を理解できるようになる、自分を読むことも重要な仕事であるが、如何に他人を読めばよいかという問題も重要である、と結んだ。   復旦大学の葛兆光(Ge Zhaoguang)教授は、「蒙古襲来」(1274、1281)「応永の役」(1419)「壬申丁酉の役」(1592、1597)を例にして、国別史と東アジア史の差異を論じた。一国史の視点から見ると、ひとつの円心の中心部は明晰でありながらも、周辺部はぼやけてしまう。もしいくつかの円心があれば、幾つかの歴史圏が形成され、それが重なる部分がでてくる。東アジア史を語る場合、この歴史圏の重なる部分を浮き彫りにする必要がある。たとえば蒙古襲来によって、日本が初めて「神国」と思われるようになり、日本文化の独立の端緒が開かれ、中国の「華夷秩序」から離脱したと日本史には記述される。ところが高麗は蒙古化され、蒙古人が日本に侵略する際、その前線基地になった。一方、中国では蒙古/元朝は「自国史」と見なされ、蒙古襲来は、蒙古と日本と高麗という中国の外で起こったこととされる。東アジア全体の視野で見れば、蒙元の日本侵略(または高麗を従属国にすること)は、東アジアの政治局面のみならず文化的にも各国の自我意識を喚起し、東アジアの「中国中心」の風潮が次第に変わっていくきっかけとなったと解釈できる。同様に、応永の役の発生及び解決は、その後数百年の東アジア国際関係を安定へと導いた。「壬辰の役」は、それまでの安定した東アジア国際関係を大きく揺らし、その後の東アジアが共有していたアイデンティティの崩壊の伏線を引いたが、当時はこの事件も速やかに収まり、東アジアのバランスのとれた局面は、19世紀に西洋諸国が武力を背景に東洋に進出するまで続いた。しかし、中国の歴史では、蒙元の日本侵略と高麗支配は、ただ蒙古人の世界支配の野心の現れに過ぎず、朝鮮の対馬への侵攻も隣国同士の紛争、「壬辰の役」に到ると、日本は侵略者であり、中国は朝鮮の国際的な友人として、両国が手を携えて日本侵略軍を打ち負かしたと明言する。もし歴史学者が東アジア史の視野をもって見直したら、新しい認識がでてくるのではないかと論じた。   東京大学の三谷博名誉教授は、国史たちの対話を促進するために、(1)日本における高校歴史教育課程の改訂について報告し、(2)日本史教科書の中の世界・東アジア記述の問題点を指摘した。日本の高校では「歴史総合」が必修教科となる予定である。「歴史総合」は、(a)世界史と日本史を融合させ、(b)近代史に絞り、(c)アクティブ・ラーニングを推奨する点に特徴がある。しかしながら、このような動向に、学会や教育会が協力するかどうかは未だ明らかではない。日本史の研究と教育において、つい最近生じた隣国との関係悪化は、東アジアの中に日本を位置づけるという研究動向に冷水を注いだ。内外から押し寄せる政治圧力を超えて、長期的に有意味な展開ができるか予断を許さないと述べた。また、長期的には(3)互いに隣国の国内史を学ぶ必要を強調した。日中韓3国の知識人たちの欧米への関心の高さと、隣国への無関心との対照に深い懸念を抱き、国際関係だけでなく、まず相手の国がどんな文脈を持っているかを知らなくてはいけない、隣国の歴史をわかったつもりにならず、互いに、虚心に学び合う、それが「国史たちの対話」の究極の課題であると結んだ。   韓国、中国、日本の歴史の大家の大局的な講演に続いて、6名の中堅若手の研究者からコメントがあった。   北九州市立大学の八百啓介教授は、先ず近代史における対欧米関係と東アジアの視点との比重についての中韓日の相違点を指摘して論点整理を試みるとともに、東アジアの国民国家としての日中韓の立場の相違、前近代東アジア史を国民国家の視点を離れて見直すことによって近代東アジアの国民国家を検証する可能性と必要性を指摘した。   北海道大学の橋本雄准教授は、1402年に執り行われた足利義満による明使接見儀礼を復元し、いかに義満が、明使への配慮や敬意を表しながら、自尊意識を満足させる儀礼に換骨奪胎していたかを詳しく説明した。日本史を描く場合に対外関係史の成果を衍用することは不可欠だが、ただ単に外国史の文脈をナイーヴに読み込めばよいというものではない。双方の文脈に注意しながら各国史料を実証的に突き合わせ、冷静な判断をしていかないと「国史」が偏ったものになってしまうだろう、と指摘した。   早稲田大学の松田麻美子氏は、「中国の教科書に描かれた日本:教育の『革命史観』から『文明史観』への転換」というタイトルで、中国の歴史教科書の変化について報告したが、習近平政権成立後は揺り戻しもおきていると指摘した。   復旦大学の徐静波教授は、東アジアの歴史を正しく認識する際、自国の立場に拘泥せずに、もっと広い視野で見る必要があり、または自国の資料だけでなく、出来るだけ各国の歴史資料や考古学の成果を利用して客観的に考察する必要があると指摘した。   高麗大学の鄭淳一氏は、「国史たちの対話」の進展のためには、これまで行われてきた官民レベルの歴史対話の事例をちゃんと調べ、「国史たちの対話」プロジェクトとの共通点、相違点を分析し、生産的な課題を引き出していくことが大事であると指摘。また、高校生・大学生レベルでの「対話」あるいは学術交流も視野に入れた若手研究者同士の交流を促進する方法、韓国の高校『東アジア史』の経験を参考にして東アジアにおける「国史」の叙述方式を 皆で考える必要があると提案した。   高麗大学の金キョンテ氏は、共通の歴史的事件に関する用語をどう決めるのかという問題をとりあげ、「壬辰倭乱」ではなく「壬辰戦争」という用語がいいと思うが、「韓国の情緒にはまだ早い」という反論があると紹介した。また、「国史教科書」と「国史研究」が持つべき目標」は、「自信感」「誇り」であったが、それはもう有効な目標ではなく、各国の政治的、歴史的な特徴が反映されなければならないと指摘した。   円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)が、2013年3月にバンコクで開催した第1回アジア未来会議中の円卓会議「グローバル時代の日本研究の現状と課題」をかわきりに検討を重ね、2015年7月に東京で開催したフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」で、早稲田大学の劉傑教授によって提案された「アジアの公共知としての日本研究」を創設するための提案を受けて発展させたものである。本会議は、これから5回は続けるプロジェクトの初回として、第3回アジア未来会議の中で開催された。今後は、テーマを絞りながら、日本人の日本史研究者、中国人の中国史研究者、韓国人の韓国史研究者の対話と交流の場を提供していく予定である。   本プロジェクトのひとつの特徴は言葉の問題である。本会議では、下記6名によって同時通訳が行われた。【日本語⇔中国語】丁莉(北京大学)、宋剛(北京外国語大学)【日本語⇔韓国語】金範洙(東京学芸大学)、李へり(韓国外国語大学)【中国語⇔韓国語】李麗秋(北京外国語大学)、孫興起(北京外国語大学)。今後もできるだけ同じメンバーで続けていきたい。   本会議の講演録は、SGRAレポートに纏め、日本語版、中国語版、韓国語版を発行する予定である。   当日の写真   <今西淳子(いまにし・じゅんこ)Junko Imanishi> 学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(公財)渥美国際交流財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、(公社)CISV日本協会常務理事。     2016年11月24日配信
  • 2016.11.01

    レポート第74号「日本研究の新しいパラダイムを求めて」

    SGRAレポート74号(本文1) SGRAレポート74号(本文2) SGRAレポート74号(表紙)   第49回SGRAフォーラム 「日本研究の新しいパラダイムを求めて」 2016年6月20日発行   <もくじ> 第一部 問題提起:「『日本研究』をアジアの『公共知』に育成するために」 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)   【基調講演・報告】「新しい、アジアの日本研究に求めるもの」 平野健一郎(早稲田大学名誉教授、東洋文庫常務理事)   【報告1】「中国の日本研究の現状と未来」 楊 伯江(中国社会科学院日本研究所副所長)   【報告2】「台湾の日本研究の現状と未来」 徐 興慶(台湾大学日本研究センター所長)   【報告3】「東アジア日本研究者協議会への呼びかけ」 朴 喆熙(ソウル大学日本研究所所長)   【報告4】「日本研究支援の現状と展望-国際ネットワークの形成に向けて-」 茶野純一(国際交流基金日本研究・知的交流部長)   第二部 【円卓会議】 モデレーター:南 基正(ソウル大学日本研究所研究部長)   「円卓会議に向けた論点整理」 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)   パネリスト: 梁 雲祥(北京大学国際関係学院教授) 白 智立(北京大学日本研究センター副所長) 帰 泳濤(北京大学国際関係学院副教授) 李 元徳(国民大学日本学研究所長) 劉 建輝(国際日本文化研究センター教授) 稲賀茂美(国際日本文化研究センター教授) 須藤明和(長崎大学多文化社会学部教授) 森川祐二(長崎大学多文化社会学部准教授) 林 泉忠(台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学歴史学科兼任教授) 及び講演者、発表者   【総括と今後の展開】 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)   特別寄稿1:「方法としての東アジアの日本研究」 白 智立(北京大学日本研究センター副所長)   特別寄稿2:「アジア新時代における韓国の日本研究-ソウル大学日本研究所の試みを中心に」 南 基正(ソウル大学日本研究所研究部長)  
  • 2016.02.25

    第9回SGRAカフェ「難民を助ける~民と官を経験して~」へのお誘い

    SGRAでは、良き地球市民の実現をめざす(首都圏在住の)みなさんに気軽にお集まりいただき、講師のお話を伺う<場>として、SGRAカフェを開催しています。2013年3月に開催した第3回SGRAカフェでは、SGRA会員のダルウィッシュ・ホサムさんに「『アラブの春』とシリアにおける人道危機」というお話をしていただき、大きな反響を呼びました。あれから3年、残念ながら情勢は悪化するばかりです。日本においても、難民・移民問題が注目されていますが、今回は民間の立場から難民を助け、また法務省難民審査参与員としても難民問題に携わり、双方の立場を経験されている「難民を助ける会」の柳瀬房子様に、これまでのご活動や日本と難民支援の歴史、そしてこれからの難民支援についてお話しいただきます。参加ご希望の方は、事前にSGRA事務局([email protected])へお名前、ご所属、連絡先をご連絡ください。 第9回SGRAカフェへのお誘い◆柳瀬房子氏講演「難民を助ける~民と官を経験して~」 〇日時:2016年 4月2日(土)14:30~17:00   〇会場:渥美国際交流財団/鹿島新館ホール    http://www.aisf.or.jp/jp/map.php〇会費:無料〇申込み・問合せ:SGRA事務局 ([email protected]) 〇プログラム:14:30~15:30 講演15:30~16:00 ティータイム(休憩)16:00~17:00 質疑応答 〇講師プロフィール:柳瀬房子(「難民を助ける会」会長)1948年、東京都出身。フェリス女学院短大卒。1979年からAARで活動を始め、専務理事・事務局長を経て2000年11月から2008年6月までAAR理事長。2009年7月より会長。1996年より対人地雷廃絶キャンペーン絵本『地雷ではなく花をください』を執筆し、同年、多年にわたる国際協力活動により、外務大臣表彰を受ける。1997年には、『地雷ではなく花をください』により日本絵本読者賞を受賞。法務省難民審査参与員。 難民支援活動や地雷廃絶キャンペーンのため、国内での講演はもとより、海外でも活躍中。 〇メッセージ:「インドシナ難民を助ける会」として発足(相馬雪香会長)したAARJapan難民を助ける会は、 37年目の活動に入りました。政治、宗教、思想に偏らず、活動を続けております。私自身、人生の一番の働き盛りの、30代、40代、50代そして今、67歳、日本の難民支援のための初めての市民団体を、けん引する役割ができたことは、本当にありがたいことと感謝の日々です。多くの方々が、この活動を支えてくださっております。音楽を楽しみながら、日本への難民支援だけでなく、国際協力活動や、東日本大震災後の支援活動などもご報告するチャリティーコンサートを100回以上開催したり、皆様からの募金がこのように生かされているということを、常に発信しながら、ご一緒に活動の輪に加わっていただければと、日々知恵を働かせています。37年間に経験した、官と民、公と私、日本人と世界の人々、難民とは、NGOとは、などを軸に、皆さんとお話ができましたら嬉しいと思います。