SGRAイベントの報告

今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」

(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#8

 

◆今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」

 

2016930日(金)午前9時から1230分まで、北九州国際会議場の国際会議室で、円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」が開催された。日本、中国、韓国から歴史研究者が集まり活発な議論が交わされた。88人が定員の会場は満席で、人々の関心の高さが示された。

 

最初に早稲田大学の劉傑(Liu Jie)教授が、問題提起の中で「なぜ『国史たち』の対話なのか」「『国史』から『歴史』へ」「対話できる『国史』研究者を育成すること」と題して、最近の10数年間の日本・中国・韓国の「歴史認識問題」をめぐる対話の成果、また留学生の増加と大学の国際化に伴う「国史」から「歴史」への変化を認めながらも、「国史たち」の対話をより実質的なものにするために、現在の研究者同士の交流をさらに進めると同時に、10年後、或いは20年後に本格的な国史対話が行えるような環境を整備することが重要であると指摘した。

 

次に、高麗大学の趙珖(Cho Kwang)名誉教授は、東北アジアの歴史問題は自民族中心主義と国家主義的な傾向に由来するとし、韓国で近来編集された学校教科書、学会の日本関係史、中国関係史の叙述について分析した。(1)「前近代中国に対する叙述」では、高句麗史をめぐる混乱を通じて「華夷意識」に言及、また、(2)「前近代日本に対する叙述」の結論においては「全体的に(韓国の)教科書でみる前近代日本は、文化後進国として(朝鮮の)先進文化の受益者、そして侵略者としての姿である。これは一面的には妥当だが、正確ではない。日本を一つのまともな関係主体として見做さない国史教科書の認識は、韓国をめぐる現在の様々な難題を解決し、正しい韓日関係を作るのに役立つとは思えない」と主張した。そして、(3)「近代東アジアに対する叙述」では、19世紀以後の東アジアは、一国の状況のみで自国史を述べること自体が不可能であるほどに三国の歴史が絡み合っているのに、韓国近現代史の教科書に中国と日本の近現代史に関する内容が殆ど出てこないこと、朝鮮戦争の場合でさえ、内部政治や経済や社会に関する説明が溢れ、参戦した各国の論理が紹介されていないことを指摘、近現代史の場合、中国史のみならず、日本史と連結して説明することによって脈絡を理解できるようになる、自分を読むことも重要な仕事であるが、如何に他人を読めばよいかという問題も重要である、と結んだ。

 

復旦大学の葛兆光(Ge Zhaoguang)教授は、「蒙古襲来」(12741281)「応永の役」(1419)「壬申丁酉の役」(15921597)を例にして、国別史と東アジア史の差異を論じた。一国史の視点から見ると、ひとつの円心の中心部は明晰でありながらも、周辺部はぼやけてしまう。もしいくつかの円心があれば、幾つかの歴史圏が形成され、それが重なる部分がでてくる。東アジア史を語る場合、この歴史圏の重なる部分を浮き彫りにする必要がある。たとえば蒙古襲来によって、日本が初めて「神国」と思われるようになり、日本文化の独立の端緒が開かれ、中国の「華夷秩序」から離脱したと日本史には記述される。ところが高麗は蒙古化され、蒙古人が日本に侵略する際、その前線基地になった。一方、中国では蒙古/元朝は「自国史」と見なされ、蒙古襲来は、蒙古と日本と高麗という中国の外で起こったこととされる。東アジア全体の視野で見れば、蒙元の日本侵略(または高麗を従属国にすること)は、東アジアの政治局面のみならず文化的にも各国の自我意識を喚起し、東アジアの「中国中心」の風潮が次第に変わっていくきっかけとなったと解釈できる。同様に、応永の役の発生及び解決は、その後数百年の東アジア国際関係を安定へと導いた。「壬辰の役」は、それまでの安定した東アジア国際関係を大きく揺らし、その後の東アジアが共有していたアイデンティティの崩壊の伏線を引いたが、当時はこの事件も速やかに収まり、東アジアのバランスのとれた局面は、19世紀に西洋諸国が武力を背景に東洋に進出するまで続いた。しかし、中国の歴史では、蒙元の日本侵略と高麗支配は、ただ蒙古人の世界支配の野心の現れに過ぎず、朝鮮の対馬への侵攻も隣国同士の紛争、「壬辰の役」に到ると、日本は侵略者であり、中国は朝鮮の国際的な友人として、両国が手を携えて日本侵略軍を打ち負かしたと明言する。もし歴史学者が東アジア史の視野をもって見直したら、新しい認識がでてくるのではないかと論じた。

 

東京大学の三谷博名誉教授は、国史たちの対話を促進するために、(1)日本における高校歴史教育課程の改訂について報告し、(2)日本史教科書の中の世界・東アジア記述の問題点を指摘した。日本の高校では「歴史総合」が必修教科となる予定である。「歴史総合」は、(a)世界史と日本史を融合させ、(b)近代史に絞り、(c)アクティブ・ラーニングを推奨する点に特徴がある。しかしながら、このような動向に、学会や教育会が協力するかどうかは未だ明らかではない。日本史の研究と教育において、つい最近生じた隣国との関係悪化は、東アジアの中に日本を位置づけるという研究動向に冷水を注いだ。内外から押し寄せる政治圧力を超えて、長期的に有意味な展開ができるか予断を許さないと述べた。また、長期的には(3)互いに隣国の国内史を学ぶ必要を強調した。日中韓3国の知識人たちの欧米への関心の高さと、隣国への無関心との対照に深い懸念を抱き、国際関係だけでなく、まず相手の国がどんな文脈を持っているかを知らなくてはいけない、隣国の歴史をわかったつもりにならず、互いに、虚心に学び合う、それが「国史たちの対話」の究極の課題であると結んだ。

 

韓国、中国、日本の歴史の大家の大局的な講演に続いて、6名の中堅若手の研究者からコメントがあった。

 

北九州市立大学の八百啓介教授は、先ず近代史における対欧米関係と東アジアの視点との比重についての中韓日の相違点を指摘して論点整理を試みるとともに、東アジアの国民国家としての日中韓の立場の相違、前近代東アジア史を国民国家の視点を離れて見直すことによって近代東アジアの国民国家を検証する可能性と必要性を指摘した。

 

北海道大学の橋本雄准教授は、1402年に執り行われた足利義満による明使接見儀礼を復元し、いかに義満が、明使への配慮や敬意を表しながら、自尊意識を満足させる儀礼に換骨奪胎していたかを詳しく説明した。日本史を描く場合に対外関係史の成果を衍用することは不可欠だが、ただ単に外国史の文脈をナイーヴに読み込めばよいというものではない。双方の文脈に注意しながら各国史料を実証的に突き合わせ、冷静な判断をしていかないと「国史」が偏ったものになってしまうだろう、と指摘した。

 

早稲田大学の松田麻美子氏は、「中国の教科書に描かれた日本:教育の『革命史観』から『文明史観』への転換」というタイトルで、中国の歴史教科書の変化について報告したが、習近平政権成立後は揺り戻しもおきていると指摘した。

 

復旦大学の徐静波教授は、東アジアの歴史を正しく認識する際、自国の立場に拘泥せずに、もっと広い視野で見る必要があり、または自国の資料だけでなく、出来るだけ各国の歴史資料や考古学の成果を利用して客観的に考察する必要があると指摘した。

 

高麗大学の鄭淳一氏は、「国史たちの対話」の進展のためには、これまで行われてきた官民レベルの歴史対話の事例をちゃんと調べ、「国史たちの対話」プロジェクトとの共通点、相違点を分析し、生産的な課題を引き出していくことが大事であると指摘。また、高校生・大学生レベルでの「対話」あるいは学術交流も視野に入れた若手研究者同士の交流を促進する方法、韓国の高校『東アジア史』の経験を参考にして東アジアにおける「国史」の叙述方式を 皆で考える必要があると提案した。

 

高麗大学の金キョンテ氏は、共通の歴史的事件に関する用語をどう決めるのかという問題をとりあげ、「壬辰倭乱」ではなく「壬辰戦争」という用語がいいと思うが、「韓国の情緒にはまだ早い」という反論があると紹介した。また、「国史教科書」と「国史研究」が持つべき目標」は、「自信感」「誇り」であったが、それはもう有効な目標ではなく、各国の政治的、歴史的な特徴が反映されなければならないと指摘した。

 

円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)が、20133月にバンコクで開催した第1回アジア未来会議中の円卓会議「グローバル時代の日本研究の現状と課題」をかわきりに検討を重ね、20157月に東京で開催したフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」で、早稲田大学の劉傑教授によって提案された「アジアの公共知としての日本研究」を創設するための提案を受けて発展させたものである。本会議は、これから5回は続けるプロジェクトの初回として、第3回アジア未来会議の中で開催された。今後は、テーマを絞りながら、日本人の日本史研究者、中国人の中国史研究者、韓国人の韓国史研究者の対話と交流の場を提供していく予定である。

 

本プロジェクトのひとつの特徴は言葉の問題である。本会議では、下記6名によって同時通訳が行われた。【日本語中国語】丁莉(北京大学)、宋剛(北京外国語大学)【日本語韓国語】金範洙(東京学芸大学)、李へり(韓国外国語大学)【中国語韓国語】李麗秋(北京外国語大学)、孫興起(北京外国語大学)。今後もできるだけ同じメンバーで続けていきたい。

 

本会議の講演録は、SGRAレポートに纏め、日本語版、中国語版、韓国語版を発行する予定である。

 

当日の写真

 

<今西淳子(いまにし・じゅんこ)Junko Imanishi

学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(公財)渥美国際交流財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、(公社)CISV日本協会常務理事。

 

 

2016年11月24日配信