SGRAイベントの報告

第39回SGRAフォーラム「ポスト社会主義時代における宗教の復興」報告

2010年10月16日(土)午後2時30分より、東京国際フォーラムガラス棟会議室において、「ポスト社会主義時代における宗教の復興」というタイトルで、第39回SGRAフォーラムが開催された。本フォーラムの開催はSGRA「現代社会と宗教」研究チームが担当した。「ポスト社会主義」と「宗教」という、多くの人々にとって馴染みの薄いテーマで、どれほど関心を呼び起こせるかという不安が少しあったが、講演者とパネリストの他50名を超える参加を得、現代社会における宗教に対する強い関心がうかがえた。

今西淳子SGRA代表の開会挨拶後、カバ加藤メレキさん(筑波大学大学院・SGRA研究員)の司会進行で、四つの発表が行われた。最初に、エリック シッケタンツ(東京大学死生学研究室・SGRA研究員)が問題提起と背景説明として、「ポスト社会主義」という概念を説明した後、ポスト社会主義と宗教というテーマの直接的背景となっているカール・マルクスの宗教批判と社会主義時代における宗教政策を概観的に紹介した。そして、ポスト社会主義諸国における宗教復興を社会主義時代との連続/非連続という二分法の観点から捉える必要性を指摘し、脱私事化、ナショナリズムとの関連、市場化等、ポスト社会主義諸国における宗教復興に関して注目されている主な要点を説明した。

続いて、井上まどか研究員(清泉女子大学キリスト教文化研究所)が「ロシア連邦におけるキリスト教の興隆」というタイトルで、1980年代後半の宗教復興から現在まで、ロシアにおけるキリスト教の発展と国家の宗教に対する政策についての発表を行った。井上さんはロシアの宗教復興を大きく二つの時期に分け、90年代半ばまでの第一期においては、外来宗教教団活動の自由化と資本主義化への過程に対する不満を特徴として取り上げた。そして、現在まで続いている第二期の特徴は、ロシア正教(キリスト教)、イスラーム、仏教とユダヤ教から構成される「伝統宗教」と国家との連携が顕著になったことだと言及した。第一期において、宗教の「市場化」現象が見られたのに対し、第二期では連邦統治のためのイデオロギー模索など、国家と宗教の関係があらわになった。最後に、社会主義時代との連続と非連続の問題に言及し、国家による宗教の管理など、宗教政策において社会主義時代との連続が見られるが、価値教育や伝統宗教をめぐる書物と機会の増大という新しい現象に見られるような大きな相違もあると指摘した。

次に、ティムール・ダダバエフ准教授(筑波大学人文社会科学研究科)が「中央アジアにおけるイスラームの復活」について発表し、社会主義時代の中央アジアにおける宗教の位置づけを紹介した後、社会主義終焉後のイスラームの変容と役割について報告した。氏は、ソ連時代でも、各家庭における日常的なイスラームの実践は比較的自由に行うことができたことを強調した。続いて、今日の中央アジアにおけるイスラーム原理主義と過激派の背景、そしてそれに対する国家の対応を紹介した。グローバルな原理主義運動との関係を指摘し、いくつかの過激派や原理主義の組織と活動を紹介した後、その支持基盤、拡大要因と拡大方法に言及した。社会主義体制崩壊後に生じた経済状況の悪化が生み出した不満はこれらの運動の重要な支持基盤の一つだと指摘し、中央アジア諸国における民主化の不十分さと政府の人権侵害も原因として取り上げられた。国家の対応としては、過激派に対して「正しい」イスラームを唱え、日常イスラームを支持し、イスラーム大学などの宗教教育施設を設立するという政策が見られる。日常のイスラームはソ連時代から継続されているため、ソ連後の中央アジアにおける宗教の復興の特徴は政治的なイスラームの復活にあると指摘した。

最後の発表者、ミラ・ゾンターク准教授(立教大学文学部・SGRA研究員)は「中国のキリスト教:土着化の諸段階とキリスト教の社会的機能」という発表を行った。中国におけるキリスト教の歴史を概観的した後、主に中国基督教協会や三自愛国運動委員会など、国家の管理下で形成されたキリスト教組織と国家管理の枠組外において存在している非公認の地方召会を中心に現在の状況を紹介した。キリスト教に対する迫害件数の増加を指摘した一方、中国政府内におけるキリスト教への注目やキリスト教信者の膨大な増加を指摘した。また「Boss Christians」、つまり私営企業を持っているキリスト教徒という現象にも言及した。この「Boss Christians」の多くは女性であり、その思想的背景にはカルバン主義的職業倫理が見られ、近年の興味深い現象である。また、2013年に韓国のプサンで開催される世界キリスト教協議会(WCC)に中国代表団が参加する予定であることを紹介し、今後の中国のキリスト教の発展を注目する必要性を強調した。

パネルディスカションは、島薗進教授(東京大学宗教学研究室・SGRA顧問)が司会を担当した。まず陳継東准教授(武蔵野大学人間関係学部)が1979年の改革開放期以来の中国における宗教政策の変更についての説明を行ない、中国仏教の現状を紹介した。改革開放期以来、中国政府の宗教に対する態度は緩和したと言えるが、国家が依然として宗教を管理し、国家統一と愛国心高揚の政策の中へ取り込んでいるという、1990年代以降の宗教政策の変化が指摘された。

その後、フロアからの質問にもとづいた議論が行われた。各発表についての質問の他、特に社会主義国家とそうでない国家における宗教統制の比較とポスト社会主義概念自体が大きな論点として出された。時間の制約により、この議論は午後6時10分前に嶋津忠廣SGRA運営委員長の閉会挨拶によって終わらざるを得なかったが、その後の懇親会において再び賑やかに続けられた。

以前の発展論と近代化論の主張に反して、現代社会において宗教はさらに大きな影響力を持っている。社会主義という経験を持つ国は多く、その文化的背景が多様なため、一括して取り扱うことは困難であるが、本フォーラムにおいて今日の世界における宗教情勢の重要な側面を多く取り上げることができた。しかし、「ポスト社会主義」という枠組み自体がさまざまな問題点を含んでいることを痛感して、このテーマはさらなる議論を必要とすることも感じた。

最後に、各発表者とパネリストを始め、本フォーラムの参加者の皆さんに感謝の気持ちを表したい。近い内に本研究フォーラムの成果をまとめたSGRAレポートを刊行する予定である。

*郭栄珠さんが撮影した当日の写真は、下記URLからご覧ください。

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<エリック シッケタンツ ☆ Erik Schicketanz>
1974年、ドイツ(プフォルツハイム)生まれ。2001年、ロンドン大学東洋アフリカ学院(日本学)修士。2006年、東京大学人文社会系研究科(宗教学宗教史学)修士。同年、東京大学人文社会系研究科宗教学宗教史学博士過程入学。現在、東京大学人文社会系研究科・特任研究員。趣味は、旅行と映画・音楽鑑賞。
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2010年11月3日配信