共同プロジェクト

  • 第22回日比持続可能な共有型成長セミナー「地方分権と持続可能な共有型成長」へのお誘い

      下記の通り第22回日比共有型成長セミナーをフィリピンのラグナ州ロスバニョス市で開催します。参加ご希望の方は、SGRAフィリピンに事前に申し込んでください。 第22回日比持続可能な共有型成長セミナー   テーマ:「地方分権と持続可能な共有型成長」 “Decentralization and Sustainable Shared Growth”   日時:2017年2月13日(月)9:30~15:30 会場:フィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)公共政策と開発学部 言語:英語 申込み・問合せ:SGRAフィリピン ( sgraphil@gmail.com )   セミナーの趣旨 SGRAフィリピンが開催する22回目の持続可能な共有型成長セミナー。 第二次世界大戦後、フィリピンは東南アジアでトップの発展を遂げていたのに、残念ながら今では同級生に遅れをとってしまっている。フィリピン持続可能な共有型成長を妨げる3つの問題は、鈍い成長、格差、環境である。一方、戦後の開発の大半は、首都に集中する経済や政治的決断に依存していたが、この20年間には地方分権を目指す様々な努力が行われている。この努力を「持続可能な共有型成長」という観点から理解し、地方分権によって上述の問題が解決できるか検討するのが今回のセミナーの基本的な目的である。   プログラム   09:00–09:30 登録 司会:メルリン・M・パウンァラギ(Dr. Merlyne M. Paunlagui)、 ロウェナ・DT・バコンギス(Dr. Rowena DT Baconguis)   09:30–10:00 開会挨拶 ヴィルジニア・カルデナス(Dean Virginia Cardenas)UPLB公共政策と開発学部学部長 今西淳子(Ms. Junko Imanishi)渥美国際交流財団関口グローバル研究会代表   10:00–11:00 発表1「連邦制と地方自治」 ダニ・レイエス(Dr. Danny Reyes)UPLB行政ガバナンス学部教授   11:00–11:30 発表2「再建と復興の戦略の再検討:ジョージスムからの観点」 ジョッフレ・バルセ(Mr. Joffre Balce)良き政府協会研究員   11:30–12:00 発表3「フィリピン農業の現状」 エリセオ・ポンセ(Dr. Eliseo Ponce)国際コンサルタント、ヴィサヤス大学名誉教授   12:00–13:00 ランチ休憩 13:00–15:00 円卓会議 モデレーター:マックス・マキト(Dr. Max Maquito)SGRAフィリピン代表   15:00–15:30 ミリエンダ休憩 セミナー終了後 UPLBキャンパス見学   Program in English    
  • 金雄熙「第16回日韓アジア未来フォーラム『日中韓の国際開発協力-新たなアジア型モデルの模索』報告」

    2016年12月1日(木)、韓国仁川市松島コンベンシアで第16回日韓アジア未来フォーラムが開催された。今回のフォーラムは、多様な分野における東アジア各国の日本研究の専門家が知識を共有できる貴重な場として設立された「東アジア日本研究者協議会」第1回国際学術大会の共同パネルで、テーマは「日中韓の国際開発協力-新たなアジア型モデルの模索」であった。2016年2月に東京で開催された第15回日韓アジア未来フォーラム「これからの日韓の国際開発協力:共進化アーキテクチャの模索」、2016年10月1日に北九州で開催された第3回アジア未来会議の自主セッション「アジア型開発協力の在り方を探る」における議論を受け、日韓に中国を含めて東アジアの開発援助のあり方について、モデル構築の可能性を念頭に置きながら考えた。   フォーラムでは、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の今西淳子(いまにし・じゅんこ)代表による開会の挨拶に続き、これまでのODA関連フォーラムの経緯と議論を受け、日中韓の研究者が比較の視座に立ち、アジア型開発援助モデルの収れんの可能性について論じた。まず李恩民(リ・エンミン)桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群教授は、「中国的ODA」(The Chinese-style ODA)について、中国が開発途上国として日本などからODAの供与を受ける一方で、外交の一環として第三世界に属するアジア・アフリカ・ラテンアメリカ・太平洋諸国に政治色の強い「対外援助」を実施していることを指すと定義した。そして、アジア・アフリカ、特に隣国であるベトナムとモンゴルなどへの政治的・経済的援助等に焦点を当てて、「中国的ODA」展開のプロセスを究明し、レシピエント(被援助地域)の視点からその歴史と効果を検討し、「中国的ODA」の内実と本質に迫った。   孫赫相(ソン・ヒョクサン)慶熙大学公共大学院院長は、「開発協力に対するアジア的モデルの可能性の模索:北東アジア供与国間の収れんと分化」というタイトルで、経済発展段階における韓国、日本、中国の同質性と異質性が対外戦略と連携した開発協力ではいかなる様相に収れんし分化するのかについて考察し、開発協力におけるアジア的アプローチの可能性について報告した。現段階における性急なモデル化の試みには慎重な立場をとりながらも、国連の持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)など国際規範の拡散などを軸としたアジア型モデルの収れんの可能性に触れた。また、ODAに変わる概念枠組みとして持続可能な開発のための「総合的開発支援(TOSSD: Total Official Support for Sustainable Development)」を用いて、中国の国際開発協力を国際比較の視座で議論できるとした。さらに、アジア型開発協力モデルの模索において、3 カ国による開発事業の共同実施や開発経験の共有、北朝鮮開発支援がいかなる意味合いや重要性を持つかについても言及した。   李鋼哲(り・こうてつ)北陸大学未来創造学部教授は、日中韓を始めとするアジア諸国は先進国からの援助を受けて経済成長を成し遂げており、既に先進国になった日本、先進国仲間入りを果たした韓国、そして未だに発展途上国である中国の国際開発協力は、それぞれの特徴をもちながらも、共通点が多いとした。そして日中韓3カ国の援助アプローチは、国際援助コミュニティーに支配的な援助アプローチと異なる、2つの基本的な特徴、即ち、「内政不干渉」の原則と「援助・投資・貿易の相乗効果」の重視を共有すると主張した。   その後、討論者の金泰均(キム・テギュン)ソウル大学国際大学院教授は、国際開発協力の「アジア型モデル」を議論する上では、3カ国のODAのウィンウィン戦略(モデリング)、3カ国の開発援助の特質、そして受援国(パートナー国)にとってもウィンウィン戦略になるかなどの視点をバランスよく考えるべきだとした。そして「内政不干渉」の原則をめぐる日韓と中国の認識の相違、開発援助(とりわけ、対アフリカ援助)における雁行モデル的な展開にみられる援助レジームの共通点と相違点、開発援助の担い手としての各国政策金融機関による国際開発金融機関(MDB: multilateral Development Bank)のセイフガード3原則(環境破壊、強制移住、人権蹂躙の禁止)などの共有を通じた国際開発協力の「アジア型モデル」の収れん可能性について議論した。   時間の制約で討論をフロアーにオープンすることはできなかったが、それぞれの立場や専門領域を踏まえた、そして自分の夢が込められた素晴らしい討論が交わされた。最後は、北朝鮮・統一専門家でもある徐載鎭(ソ・ゼジン)未来人力研究院院長により、北朝鮮に対する開発支援の重要性に触れるコメントと閉会の辞で締めくくられた。   これからも日韓アジア未来フォーラムで「ポスト成長時代における日韓の課題と東アジア協力」について、実りのある議論を展開していくためには、総論的な検討にとどまらず、ODAフォーラムのように具体的なイシューにおいて掘り下げた検討を重ねていかなければならない。次年度も前2回のODAフォーラムの延長としてODA問題を取り上げることになるが、次回のフォーラムに当たっても、引き続き国際開発協力における中国のプレゼンスにも注目しつつ、北朝鮮に対する開発支援をめぐる日中韓の協力の可能性を1つの軸に設定して進めていくと良いのではないかと思う。それによって「アジア型ODA」の課題も浮き彫りになるだろうし、ODAの理念にもどって、理論的に検討できるのではないか。最後に、このフォーラムの成功のためにご支援をいただいた李鎮奎未来人力研究院理事長と今西代表 、そして大統領の弾劾に向けたキャンドル集会の真っただ中で韓国を訪ねた発表者と渥美財団スタッフの皆さんに感謝の意を表したい。   当日の写真   <金雄煕(キム・ウンヒ)Kim Woonghee> 89年ソウル大学外交学科卒業。94年筑波大学大学院国際政治経済学研究科修士、98年博士。博士論文「同意調達の浸透性ネットワークとしての政府諮問機関に関する研究」。99年より韓国電子通信研究員専任研究員。00年より韓国仁荷大学国際通商学部専任講師、06年より副教授、11年より教授。SGRA研究員。代表著作に、『東アジアにおける政策の移転と拡散』共著、社会評論、2012年;『現代日本政治の理解』共著、韓国放送通信大学出版部、2013年;「新しい東アジア物流ルート開発のための日本の国家戦略」『日本研究論叢』第34号、2011年。最近は国際開発協力に興味をもっており、東アジアにおいて日韓が協力していかに国際公共財を提供するかについて研究を進めている。     2017年1月26日配信
  • エリック・シッケタンツ「円卓会議『東南アジアの社会環境の変化と宗教の役割』報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#10)   植民地時代の苦難を経て、最近のグローバリゼーションのもと、東南アジア諸国は、国づくり、環境の悪化、宗教と民族の対立、社会的不平等など、さまざまな困難に再び直面している。識者の多くは「宗教」を、これらの課題を更に悪化させるネガテイブな要素とみなしている。本円卓会議においては「宗教は、各国が抱える様々な課題を克服するにあたって、重要な役割を果たすことができるのではないか、現に果たしているのではないか」とのポジティブな視点から、東南アジアの社会環境の変化に対応する宗教の役割を見直すことを目的とした。   本円卓会議は東南アジアの4カ国からの発表者から寄せられた4本の小論文の発表と、それに続く円卓会議の形式で行われた。発表者はインドネシア/ガジャマダ大学のアクマッド・ムンジッド、フィリピン/アテネオ・ド・マニラ大学のジャイール・S・コルネリオ、タイの活動家ヴィチャック・パニク、そしてヤンゴンベースのフランス人のミャンマー研究者、カリーヌ・ジャケであった。   最初の発表者であるアクマド・ムンジッドは、植民地以後のインドネシアの「新秩序時代」(1968-1998)、並びに1998年の民主化以降の国と宗教との関係についての流れを概観した。「新秩序時代」においては、イスラム教と政治とは一線を画していたが、1998年以降は再び宗教の政治化傾向があらわれてきた。スハルト政権の崩壊のあと、宗教内、宗教間での対立、抗争が顕在化し、近年その傾向は減ったとは言え、今でも続いており、過激で狂信的なイスラム教徒も出現している。こうした傾向に対して宗教指導者で政治家でもあった、アブドララーマン・ワヒッド(Abdurrahman_Wahid)元大統領(在任1999~2001年)に見られるような、伝統的イスラム教に身を置きつつも、(宗教的)教義を緩め、他宗派・他宗教にも寛容であり、さまざまな勢力との対話を重視するという政策も続けられた。ムンジッドは、インドネシアでの進歩的な宗教家間の対話、或いは連合を試みている様々な団体や組織の事例を挙げて、社会的公正や安定・平和をもたらす宗教間の対話の重要性を強調した。   次のジャイール・S・コルネリオの発表では、環境問題に焦点が当てられ、フィリピンのカソリック教会による気候変動の影響の緩和、或いは防止に向けた啓蒙活動などへの貢献が紹介された。彼はコミュニティでのスチュワードシップの育成、あるいは環境保全に対する責任感の醸成など、フィリピンカソリック教会の試みを、ボトムアップで社会を変えようとする「草の根活動(grass-roots_activities)」をベースとしたポジティブな役割として紹介した。   3番目のヴィチャック・パニクは発表の中で、高名な仏教の僧侶達が、共産主義者や犯罪者など体制側から見れば「敵」と見做される人々に対する冷酷な仕打ちに目をつぶるなど、タイ国で起きている国家と宗教の間の馴れ合いとも思われる「同盟関係」を批判的に考察した。パニクは、民衆の(伝統的な)精神的な拠りどころであり「森の中の隠者」と呼ばれる修道僧達の存在さえも無視あるいは犠牲にして、仏教の本来の教えである「慈悲」や「人間性」から離れてしまった、現在の制度化し体制化してしまった仏教界と国は、危険な政治的同盟関係に入ってしまったと厳しく批判した。   最後に、カリーヌ・ジャケはミャンマーにおける援助(Relief)と宗教に関わる政治について、2つの援助に焦点を当てて発表した。ひとつはサイクロン「ナルギス(Nargis)」による被害に対する支援、もうひとつは中央政府とカチン州との内戦の一連の流れである。ジャケは、ナルギスの後、ビルマの仏教界はいち早く対応し、罹災者に対して僧院を緊急時のシェルターとして開放し、仏教の教えの「ダーナ(dana:布施)」のもと経済的な支援をしたことを挙げた。2番目のケースは、主にカチン州に多いキリスト教の援助組織の活動についてであった。この事例では、宗教上の援助組織は地元で信頼され歓迎されているので、紛争地域でも効果的に活動できる一方、この様な宗教色のある援助が宗教集団間の対立を助長し、かえって紛争を長引かせたとも指摘した。   その後、この4人の発表者に各国からの6人の討論者が加わって円卓会議が行われた。円卓会議では会場からの質問、発言も相次ぎ、活発な意見の交換も行われ議論は時間切れまで続き、多くの東南アジアからの参加者の強い関心がうかがわれた。   皮肉に思えるかも知れないが、宗教の為しうるポジティブな貢献を議論するために設けられた本円卓会議の多くの時間は、現代世界が直面している様々な課題に対する宗教のネガテイブな局面に費やされた。無論、宗教が問題解決の一部となる一方、同時に問題の一部であることも事実であるため、これは地球上で起こっている現実を反映していると思われる。   今回の円卓会議で示されたのは、宗教と民族国家(政治)との関係についての今日的な課題である。宗教があまりに国家(政治)に近寄り過ぎ、政治的主体性を帯びてしまうと、かえって緊張をエスカレートしてしまう。気候変動のように、地方社会では対応できない諸問題の解決には国家レベルでの支援が早急に望まれるのは当然のことである。宗教には、さまざまなローカルな紛争に引きずり込まれず、地域、国あるいはグローバルに進行中の紛争にポジティブなインパクトを与えるよう、政治との距離と関係を慎重に見直すことが求められている。   英語の原文   <エリック・クリストファー・シッケタンツ☆Erik_Christopher_Schicketanz> 渥美国際交流財団2009年奨学生。東京大学大学院宗教学宗教史学研究室にて博士号の取得を経て、現在、日本学術振興会外国人特別研究員(東洋史)。専門は近代東アジアの宗教史、宗教と政治の関係。主な書籍には『堕落と復興の近代中国仏教—日本仏教との邂逅とその歴史像の構築』(法蔵館、2016年)等がある。
  • エッセイ516:高偉俊「アジア未来会議に思うこと」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#9)   第3回アジア未来会議が、20ヵ国から397名の登録参加者を得て、北九州市で開催されてからもう2カ月が過ぎました。元渥美財団の奨学生として第1回アジア未来会議の企画当初から係わり、また、私の所属する北九州市立大学が第3回アジア未来会議を共催することになり、現地連絡責任者として大会運営に携わった者として、いろいろな思い出が湧いてきます。   2009年ごろだったと思いますが、私を含めた数人のSGRA会員が渥美財団の今西さんとおしゃべりしているうちにだんだん話が盛り上がってきました。それは、元渥美奨学生(ラクーン)はすでに世界中に広がり、大学の教授になって学生や若手研究者の指導をしたり、研究所や企業等で研究活動を続けている。そのような元奨学生(渥美財団のこどもたち)や彼らが指導する学生や若手研究者(渥美財団の孫たち)が集まる国際会議を立ち上げ、渥美奨学生やSGRA会員の交流の輪を拡げ深めたいという話でした。   翌年、事務局長(当時)の嶋津さんも交えて話す機会があり、そのような国際会議をやりましょう、そして第1回会議は経済大国として台頭する中国の上海で開催しましょう、ということになりました。それから徐々に、会議の名前は「アジア未来会議」とすること、ネットワークを広げるために、SGRA会員だけでなく日本に留学し現在世界各地の大学等で教鞭をとっている方々や、その学生の皆さんにも交流・発表の場を提供すること、限定された専門家ではなく広く社会全般を対象に、幅広い研究領域を包括した国際的かつ学際的な活動を狙いとすることなどが決まっていきました。   2011年4月、第1回アジア未来会議の企画案が出来上がりました。テーマは「世界のなかの東アジア:地域協力の可能性」とし、参加者150人以上の規模をめざし、2012年8月上旬に上海で開催としましたが、その後、諸般の事情により、2013年3月に500人の規模で開催する計画に変更されました。2011年7月18日から21日まで、今西さんと一緒に上海を訪問し、メイン会場として3000人収容できる上海同済大学会場を視察、上海市僑務弁公室副主任蔡建国氏および複旦大学日本センター主任の徐静波先生に協力をお願いし、SGRA会員の上海財経大学の範建亭教授と打ち合わせを行いました。   2012年に入ってから、2回の現地訪問を重ね、着実に会議の準備を進めていましたが、2012年8月に尖閣諸島(中国では「釣魚島」)の「国有化」問題のために中国の反日運動が激しくなりました。国際政治に翻弄され、良き地球市民の実現を目指す渥美財団としては非常に残念ではありましたが、2012年10月に上海での開催を断念し、会場を上海からタイのバンコク市に移すことになりました。開催まであと4カ月しか準備期間がありませんから、慌ててバンコクを視察し、タマサート大学と北九州市立大学に共催を打診し快諾をいただきました。また当初イベント会社に依頼して企画してもらう計画も水の泡になりましたが、そのおかげで、その後の会議はSGRAネットワークを利用して、渥美財団が自ら企画運営する原型になりました。   SGRA会員の積極的な参加、多くの企業等の後援により、第1回アジア未来会議は20か国から332名の参加者を得ました。建築家隈研吾氏の公開基調講演には1200人が参加して成功へ導きました。フェアウェルパーティーにて第3回アジア未来会議の開催地の話が出て、当会議に参加した北九州市立大学の近藤学長から「ぜひ北九州で行いましょう」というお話があり、その場で決まってしまい、北九州市立大学の教授として私は重い責任を感じました。その後、2014年8月にインドネシアのバリ島で、第2回アジア未来会議「多様性と調和」が、17か国から約400名の参加者を得て開催されました。私としても北九州の開催に向けて益々緊張が高まりました。環境首都の旗を掲げた北九州での開催ですから、メインテーマを決めるのはそれほど時間がかかりませんでした。日本語の「環境と共生」の英訳には当初の「Environment and Symbiosis」より広い意味の「共生」を意味する「Environment and Coexistence」としました。   日本で初めての開催、また地方都市の北九州市での開催ですから、参加者が集まるか心配でした。しかし、論文の発表要旨の締め切りをした時点で700編を超える応募があり、改めてSGRAネットワークの強さを感じました。また会議開催に当たっては、投稿論文の査読やセッション座長から受付や会場案内まで、多くのSGRA会員がボランティアで手伝ってくださり、会議の成功に向けて奮闘してくださいました。最も感動したのは、渥美伊都子理事長がご高齢にもかかわらず会議に参加してくださり、大きな励みになったことでした。   北九州市立大学としても、第3回アジア未来会議を創立70周年記念の大行事と位置づけ、学長のリーダシップのもとに、副学長漆原先生を部会長としてアジア未来会議部会を立ち上げ、10回ほどの会合を開いて会議の開催に尽力しました。会議期間中に、職員の応援延べ86人、学生ボランティア延べ134人を動員し、休憩時のピアノの演奏や茶道のお点前など多くのイベントを準備しました。特に感動したのは漆原先生が食堂に立ち、自らマイクをもって、茶道のインベトの宣伝をする姿でした。このような大きな行事の開催によって、我大学としても大きなものを得たことを付け加えたいと思います。   以上のように、第3回アジア未来会議はみなさんのおかげで無事に成功裡に終了しました。渥美財団の元奨学生として、また今回の会議の運営組織の一員として振り返ってみると、アジア未来会議の開催は我々SGRA会員の交流を深めるばかりではなく、社会へSGRAの主張を広げることにより、良き地球市民の実現を目指すSGRAの目標に近づくことにもなったと思います。これからもより多くの方々にアジア未来会議に参加していただき、国境を越えたアジア未来を語っていきたいと思います。   <高偉俊(ガオ・ウェイジュン)Gao_Weijun> 北九州市立大学国際環境工学部建築デザイン学科教授。中国西安交通大学、四川大学、浙江大学等客員教授。SGRA研究員     2016年12月29日配信
  • 第21回日比持続可能な共有型成長セミナー「開発研究・指導の進歩と効果を持続させるために」へのお誘い(日程変更)

    台風のため延期された第21回日比共有型成長セミナーを、下記のとおりフィリピンのベンゲット州で開催します。参加ご希望の方は、SGRAフィリピンにご連絡ください。   ◆第21回日比持続可能な共有型成長セミナー テーマ:「開発研究・指導の進歩と効果を持続させるために」 “Sustaining the Growth and Gains of Development Research and Extension”   日時:2017年1月6日(金)~7日(土) 場所:ベンゲット州コルディリェラ行政地域 1日目:ベンゲット州立大学農業研修所にて円卓会議 2日目:農場の現場視察 言語:英語 申込み・問合せ:SGRAフィリピン ( sgraphil@gmail.com )   セミナーの概要   SGRAフィリピンが開催する21回目の持続可能な共有型成長セミナー。今回は、アジア未来会議から習った新しい形式で開催。テーマは「開発研究・指導の効果や成長の維持」。SGRAフィリピンの運営委員でもある、フィリピン政府農業省のJane Toribio博士の研究調査の現場である、ベンゲット州(マニラ市から北へ車で約6時間の山岳地帯)を会場とし、1日目は関係者の円卓会議を、2日目は現場視察を予定している。 これからのマニラ・セミナーは、今まで続けてきた「持続可能な共有型成長」というテーマにさらに集中し、効率・公平・環境の3側面(3K)を重視している委員たちの研究・アドバカシーのみを扱いたい。従来は絨毯爆撃(carpet bombing)方式で「なんでもあり」というやり方で、課題に命中しないことが多かったので、今後は精密打撃 (surgical strike)方式で展開する。今回は、持続可能な農業という3Kの研究・アドバカシーである。お時間のある方、ぜひ奮ってご参加してください。   プログラム   1日目:1月6日(金) 発表1(09:45~10:15)「ベンゲット州における有機農業の実践と経験」 発表者:Jeffrey Sotero 発表2(10:15~10:45)「ベンゲット州における苺農業」 発表者:Felicitas Dosdos 発表3(10:45~11:15)「ベンゲット州における被災のリスク低減や管理」 発表者:Atty. Roberto Canuto, Winston Palaez, Erick Abangley 発表4(11:15~11:45)未定 質疑応答 円卓会議(13:30~17:00) モデレーター:Dr. Max Maquito 討論者:午前の発表者   2日目:1月7日(土) 08:00:バギオ市のR. Salda市長へ挨拶 08:30:Bahongの花畑と農園の視察 10:00:苺農園の視察 12:00:有機農業の食事 13:30: マニラへ向かいながら観光   詳細は プログラム をご覧ください。      
  • 今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#8)   ◆今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」   2016年9月30日(金)午前9時から12時30分まで、北九州国際会議場の国際会議室で、円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」が開催された。日本、中国、韓国から歴史研究者が集まり活発な議論が交わされた。88人が定員の会場は満席で、人々の関心の高さが示された。   最初に早稲田大学の劉傑(Liu Jie)教授が、問題提起の中で「なぜ『国史たち』の対話なのか」「『国史』から『歴史』へ」「対話できる『国史』研究者を育成すること」と題して、最近の10数年間の日本・中国・韓国の「歴史認識問題」をめぐる対話の成果、また留学生の増加と大学の国際化に伴う「国史」から「歴史」への変化を認めながらも、「国史たち」の対話をより実質的なものにするために、現在の研究者同士の交流をさらに進めると同時に、10年後、或いは20年後に本格的な国史対話が行えるような環境を整備することが重要であると指摘した。   次に、高麗大学の趙珖(Cho Kwang)名誉教授は、東北アジアの歴史問題は自民族中心主義と国家主義的な傾向に由来するとし、韓国で近来編集された学校教科書、学会の日本関係史、中国関係史の叙述について分析した。(1)「前近代中国に対する叙述」では、高句麗史をめぐる混乱を通じて「華夷意識」に言及、また、(2)「前近代日本に対する叙述」の結論においては「全体的に(韓国の)教科書でみる前近代日本は、文化後進国として(朝鮮の)先進文化の受益者、そして侵略者としての姿である。これは一面的には妥当だが、正確ではない。日本を一つのまともな関係主体として見做さない国史教科書の認識は、韓国をめぐる現在の様々な難題を解決し、正しい韓日関係を作るのに役立つとは思えない」と主張した。そして、(3)「近代東アジアに対する叙述」では、19世紀以後の東アジアは、一国の状況のみで自国史を述べること自体が不可能であるほどに三国の歴史が絡み合っているのに、韓国近現代史の教科書に中国と日本の近現代史に関する内容が殆ど出てこないこと、朝鮮戦争の場合でさえ、内部政治や経済や社会に関する説明が溢れ、参戦した各国の論理が紹介されていないことを指摘、近現代史の場合、中国史のみならず、日本史と連結して説明することによって脈絡を理解できるようになる、自分を読むことも重要な仕事であるが、如何に他人を読めばよいかという問題も重要である、と結んだ。   復旦大学の葛兆光(Ge Zhaoguang)教授は、「蒙古襲来」(1274、1281)「応永の役」(1419)「壬申丁酉の役」(1592、1597)を例にして、国別史と東アジア史の差異を論じた。一国史の視点から見ると、ひとつの円心の中心部は明晰でありながらも、周辺部はぼやけてしまう。もしいくつかの円心があれば、幾つかの歴史圏が形成され、それが重なる部分がでてくる。東アジア史を語る場合、この歴史圏の重なる部分を浮き彫りにする必要がある。たとえば蒙古襲来によって、日本が初めて「神国」と思われるようになり、日本文化の独立の端緒が開かれ、中国の「華夷秩序」から離脱したと日本史には記述される。ところが高麗は蒙古化され、蒙古人が日本に侵略する際、その前線基地になった。一方、中国では蒙古/元朝は「自国史」と見なされ、蒙古襲来は、蒙古と日本と高麗という中国の外で起こったこととされる。東アジア全体の視野で見れば、蒙元の日本侵略(または高麗を従属国にすること)は、東アジアの政治局面のみならず文化的にも各国の自我意識を喚起し、東アジアの「中国中心」の風潮が次第に変わっていくきっかけとなったと解釈できる。同様に、応永の役の発生及び解決は、その後数百年の東アジア国際関係を安定へと導いた。「壬辰の役」は、それまでの安定した東アジア国際関係を大きく揺らし、その後の東アジアが共有していたアイデンティティの崩壊の伏線を引いたが、当時はこの事件も速やかに収まり、東アジアのバランスのとれた局面は、19世紀に西洋諸国が武力を背景に東洋に進出するまで続いた。しかし、中国の歴史では、蒙元の日本侵略と高麗支配は、ただ蒙古人の世界支配の野心の現れに過ぎず、朝鮮の対馬への侵攻も隣国同士の紛争、「壬辰の役」に到ると、日本は侵略者であり、中国は朝鮮の国際的な友人として、両国が手を携えて日本侵略軍を打ち負かしたと明言する。もし歴史学者が東アジア史の視野をもって見直したら、新しい認識がでてくるのではないかと論じた。   東京大学の三谷博名誉教授は、国史たちの対話を促進するために、(1)日本における高校歴史教育課程の改訂について報告し、(2)日本史教科書の中の世界・東アジア記述の問題点を指摘した。日本の高校では「歴史総合」が必修教科となる予定である。「歴史総合」は、(a)世界史と日本史を融合させ、(b)近代史に絞り、(c)アクティブ・ラーニングを推奨する点に特徴がある。しかしながら、このような動向に、学会や教育会が協力するかどうかは未だ明らかではない。日本史の研究と教育において、つい最近生じた隣国との関係悪化は、東アジアの中に日本を位置づけるという研究動向に冷水を注いだ。内外から押し寄せる政治圧力を超えて、長期的に有意味な展開ができるか予断を許さないと述べた。また、長期的には(3)互いに隣国の国内史を学ぶ必要を強調した。日中韓3国の知識人たちの欧米への関心の高さと、隣国への無関心との対照に深い懸念を抱き、国際関係だけでなく、まず相手の国がどんな文脈を持っているかを知らなくてはいけない、隣国の歴史をわかったつもりにならず、互いに、虚心に学び合う、それが「国史たちの対話」の究極の課題であると結んだ。   韓国、中国、日本の歴史の大家の大局的な講演に続いて、6名の中堅若手の研究者からコメントがあった。   北九州市立大学の八百啓介教授は、先ず近代史における対欧米関係と東アジアの視点との比重についての中韓日の相違点を指摘して論点整理を試みるとともに、東アジアの国民国家としての日中韓の立場の相違、前近代東アジア史を国民国家の視点を離れて見直すことによって近代東アジアの国民国家を検証する可能性と必要性を指摘した。   北海道大学の橋本雄准教授は、1402年に執り行われた足利義満による明使接見儀礼を復元し、いかに義満が、明使への配慮や敬意を表しながら、自尊意識を満足させる儀礼に換骨奪胎していたかを詳しく説明した。日本史を描く場合に対外関係史の成果を衍用することは不可欠だが、ただ単に外国史の文脈をナイーヴに読み込めばよいというものではない。双方の文脈に注意しながら各国史料を実証的に突き合わせ、冷静な判断をしていかないと「国史」が偏ったものになってしまうだろう、と指摘した。   早稲田大学の松田麻美子氏は、「中国の教科書に描かれた日本:教育の『革命史観』から『文明史観』への転換」というタイトルで、中国の歴史教科書の変化について報告したが、習近平政権成立後は揺り戻しもおきていると指摘した。   復旦大学の徐静波教授は、東アジアの歴史を正しく認識する際、自国の立場に拘泥せずに、もっと広い視野で見る必要があり、または自国の資料だけでなく、出来るだけ各国の歴史資料や考古学の成果を利用して客観的に考察する必要があると指摘した。   高麗大学の鄭淳一氏は、「国史たちの対話」の進展のためには、これまで行われてきた官民レベルの歴史対話の事例をちゃんと調べ、「国史たちの対話」プロジェクトとの共通点、相違点を分析し、生産的な課題を引き出していくことが大事であると指摘。また、高校生・大学生レベルでの「対話」あるいは学術交流も視野に入れた若手研究者同士の交流を促進する方法、韓国の高校『東アジア史』の経験を参考にして東アジアにおける「国史」の叙述方式を 皆で考える必要があると提案した。   高麗大学の金キョンテ氏は、共通の歴史的事件に関する用語をどう決めるのかという問題をとりあげ、「壬辰倭乱」ではなく「壬辰戦争」という用語がいいと思うが、「韓国の情緒にはまだ早い」という反論があると紹介した。また、「国史教科書」と「国史研究」が持つべき目標」は、「自信感」「誇り」であったが、それはもう有効な目標ではなく、各国の政治的、歴史的な特徴が反映されなければならないと指摘した。   円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)が、2013年3月にバンコクで開催した第1回アジア未来会議中の円卓会議「グローバル時代の日本研究の現状と課題」をかわきりに検討を重ね、2015年7月に東京で開催したフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」で、早稲田大学の劉傑教授によって提案された「アジアの公共知としての日本研究」を創設するための提案を受けて発展させたものである。本会議は、これから5回は続けるプロジェクトの初回として、第3回アジア未来会議の中で開催された。今後は、テーマを絞りながら、日本人の日本史研究者、中国人の中国史研究者、韓国人の韓国史研究者の対話と交流の場を提供していく予定である。   本プロジェクトのひとつの特徴は言葉の問題である。本会議では、下記6名によって同時通訳が行われた。【日本語⇔中国語】丁莉(北京大学)、宋剛(北京外国語大学)【日本語⇔韓国語】金範洙(東京学芸大学)、李へり(韓国外国語大学)【中国語⇔韓国語】李麗秋(北京外国語大学)、孫興起(北京外国語大学)。今後もできるだけ同じメンバーで続けていきたい。   本会議の講演録は、SGRAレポートに纏め、日本語版、中国語版、韓国語版を発行する予定である。   当日の写真   <今西淳子(いまにし・じゅんこ)Junko Imanishi> 学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(公財)渥美国際交流財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、(公社)CISV日本協会常務理事。     2016年11月24日配信
  • 孫軍悦「第10回チャイナ・フォーラム『東アジア広域文化史の試み』@アジア未来会議報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#7)   公益財団法人渥美国際交流財団関口グローバル研究会は、2014年と2015年に清華東亜文化講座の協力を得て、中国在住の日本文学や文化の研究者を対象に、2回のSGRAチャイナ・フォーラムを開催した。2014年の会議では、東京藝術大学の佐藤道信教授が、19世紀以降の華夷秩序の崩壊と東アジア世界の分裂という歴史的背景の下で創られた東アジアの美術史は、美術の歴史的な交流と発展の実態を反映しない一国美術史にすぎないという問題を提起し、一国史観を脱却した真の「東アジア美術史」の構築こそ、東アジアが近代を超克できるか否かの重要な試金石であると指摘した。一方、2015年のフォーラムでは、国際日本文化研究センターの劉建輝教授が、古代の交流史と対比して「抗争史」の側面が強調されがちな近代においても、日中韓三国の間に多彩多様な文化的交流が展開されており、古来の文化圏と違う形で西洋受容を中心とする一つの近代文化圏を形成していたことを明らかにした。   今回は、過去2回のフォーラムの報告者とコメンテーターを討論者として招き、塚本麿充氏(東京大学)と孫建軍氏(北京大学)による二本の報告を基に、今後、東アジアにおける広域文化史の試みをいかに推進していくべきかについて活発な議論を繰り広げた。   まず、塚本氏の報告「境界と国籍―“美術”作品をめぐる社会との対話―」は、日本に伝来した中国・朝鮮絵画や福建、広東など中国の地方様式や琉球絵画といったマージナルな地域で生み出された作品を取り上げ、「国家」という大きな物語に到底収斂され得ない、まさに交流を通して境界で育まれた豊饒な「モノ」の世界を開示してくれた。   孫建軍氏の報告「日中外交文書に見られる漢字語彙の近代」は、1871年に日中間で調印された最初の外交条約「日清修好条規」から1972年の「日中共同声明」までの100年間の外交文書を対象に、日中語彙交流の見地から漢字語彙の使用状況、とりわけ同形語の変遷を考察し、日本語から新漢字を輸入することによって、古い漢字語彙から近代語へと変わっていく現代中国語の形成過程の一端を浮き彫りにした。   前者は、国家の物語に回収され得ない大量な歴史的事象の存在を突きつけることによって、後者は、この国ならではの均質、単一な価値を付与されたものの起源の雑種性を証明することによって、それぞれ、外側と内側から国民国家の文化的同一性の虚構を突き破る報告となった。    討論では、佐藤道信氏はまず、中国大陸や台湾、アメリカ、また関西と関東の様々な美術コレクションに接していた塚本氏の多文化体験に言及し、一国美術史に位置付けられない「モノ」の価値を見出す彼ならではの「鑑賞眼」の養われた背景を説明してくれた。その上、国家の呪縛から解き放たれた後の膨大な「モノ」の世界をいかに整理し、その歴史をどのように語り得るか、という新たな困難な課題を提示し、一国美術史に慣れ親しんだ我々自身の感受性の変革と歴史叙述の創造力が問われていることを示唆してくれた。   稲賀繁美氏(国際日本文化研究センター)は、交易のプロセスに組み込まれた美術品の制作が、最初から享受する者の美意識や趣味、要求を取り入れている事実に注目し、一つの価値体系もしくは「本質」が備わっているとする「一国美術史」の想定自体が、単純すぎるのではないかという疑問を呈した。同じ歴史観を共有することは困難だが、異なる歴史観があるという意識の共有は可能だという言葉が、とりわけ印象的であった。   木田拓也氏(国立近代美術館)は、日本で親しまれ、楽しまれている茶碗が中国に持っていくと、その美が全く認識されないという例をあげながら、他国、他地域の人々と共有しない美意識、価値観の存在もまた厳然たる事実であることを指摘した。「一国美術史」は単に国民国家歴史観の反映ではなく、むしろ国民国家の文化的同一性を創出する装置として、このような均一の価値観や美意識乃至身体性を常に作り続けていることを、木田氏の発言によって改めて意識させられるのである。   董炳月氏と趙京華氏(中国社会科学院文学研究所)は、魯迅による浮世絵のコレクションを整理し、書籍化する過程において、そのコレクションが、「浮世絵」ではないという錯覚すら与えるほど、「浮世絵」に対する我々の常識を揺るがす特異性を持っていることを紹介した。このような書籍の出版自体が、すでに広域文化史の構築へ向けての一つの実践だと言えよう。   林少陽氏(東京大学)も、「中間地域」で育まれた豊饒な「モノ」の世界に注目する塚本氏と同じ関心を共有し、「中間地域」の発見が、日本の一国美術史を相対化することができるだけでなく、中国美術史の一国中心主義的歴史叙述への再検討にもつながると述べている。   一方、孫建軍氏の報告に対し、外交文書を単に言語のデーターベースとして取り扱う方法の妥当性が問われ、具体的な歴史的背景や使用者の現実的状況、外交文書の特殊的性格などを考慮に入れると、言語使用のより豊かで複雑な相貌が浮かび上がってくるのではないかというコメントが多く寄せられた。   様々な専門分野の研究者による多岐にわたるコメントの焦点を明確に示してくれたのはむしろフロアとの短い対話であった。明石康氏(元国際連合事務次長)は、国境を前提とする外交や国際政治の領域と異なり、文化領域こそ「国境」の人為性を相対化することができ、今回のフォーラムに大いに啓発されたと述べた。そして、葛兆光氏(復旦大学)は、国民国家がその成立した瞬間から、つねに自らの文化的同一性を作り続けていて、その文化的アイデンティティの形成の歴史と、その結果としての均質的、同一的文化、価値の存在を決して無視できないことを指摘した。これに対し、劉建輝氏(国際日本文化研究センター)は、このような文化的同一性は決して古くから自然に形成されたものでなく、人為的作為の産物にほかならないこともまた忘れてはならないと釘を刺した。古代と近代の東アジア文化交渉史に関する実証的研究を積み重ねてきたお二人の発言から、歴史的に構築された一国文化史の重みと、多彩な交流を包括する広域文化史への確信がひしひしと感じられた。   今回のフォーラムを通して、多様性と雑種性をも巧みに「国民性」や「国民文化の伝統」に回収する「一国文化史」が今日もなお国民国家の文化的同一性を創出する装置として機能し続けている状況において、「一国文化史」に強く規定され続けてきた我々自身の感受性や価値観、思考様式乃至歴史叙述の言語そのものに抗しながら、新たな広域文化史を紡ぎ出すことの可能性と課題の双方が鮮明に浮かび上がってきたと言えよう。   当日の写真   <孫_軍悦(そん・ぐんえつ)Sun_Junyue> 2007年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。学術博士。現在、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部専任講師。専門分野は日本近現代文学、日中比較文学、翻訳論。     2016年11月24日配信
  • 第16回日韓アジア未来フォーラム「日中韓の国際開発協力-新たなアジア型モデルの模索」へのお誘い

    下記の通り、第16回日韓アジア未来フォーラムを開催します。参加ご希望の方は、事前にSGRA事務局( sgra-office@aisf.or.jp )へお名前、ご所属、連絡先、懇親会の出欠をご連絡ください。   日 時: 2016年12月1日(木)午前10時50分~午後12時20分 会 場: 韓国仁川松島コンベンシア(Songdo Convensia) 主 催:(財)未来人力研究院(韓国) 共 催:(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA) 申込み・問合せ:SGRA事務局 電話:03-3943-7612 Email:sgra-office@aisf.or.jp    フォーラムの趣旨 日本には、経済発展と省エネルギー・環境の両立、防災、 高齢化社会対応など課題先進国ならではの技術と知識、それに経験がある。圧縮成長を成し遂げ、さらに経済危機を乗り越えてきた韓国の経験もアジア地域における将来の発展に貴重な手掛かりを提供すると期待されている。近年は中国も、急速に援助量を増加させており、国際世論を意識しながら対外援助をさらに充実させようとしている。今後日中韓は、これらの知的資産を活用しながら、三ヶ国の切磋琢磨を通じて、質量ともに開発援助の向上を図るべきであろう。本フォーラムでは、日中韓が協力し、競争し合いながら、ともに進化し、開発協力の「アジアモデル」とでもいえるようなアーキテクチャを創り上げる可能性も視野に入れながら、議論を展開したい。今回は、2016年2月に東京で開催された第15回日韓アジア未来フォーラム「これからの日韓の国際開発協力:共進化アーキテクチャの模索」、2016年10月1日に北九州で開催された第3回アジア未来会議の自主セッション「アジア型開発協力の在り方を探る」における議論を受け、日韓に中国を含めて東アジアの開発援助のあり方を考える。日韓同時通訳付き。   <プログラム>   司会:金 雄煕(キム・ウンヒ、仁荷大学国際通商学科教授) 開会の辞:今西淳子(いまにし・じゅんこ、渥美国際交流財団常務理事・SGRA代表)   【報 告1】「中国的ODAの展開:レシピエントの視点」 李 恩民(リ・エンミン、桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群教授)   【報 告2】「開発協力に対するアジア的モデルの可能性の模索:北東アジア供与国間の収斂と分化」 孫 赫相(ソン・ヒョクサン、慶熙大学公共大学院院長・韓国国際開発協力学会会長)   【ミニ報告及び討論1】「日中両国の対外開発協力に関する比較研究」(仮題) 李 鋼哲(り・こうてつ、北陸大学未来創造学部教授)   【討論2】金 泰均(キム・テギュン、ソウル大学国際大学院教授)   【自由討論】渥美財団SGRA及び未来人力研究院の関連研究者   【閉会の辞】: 徐 載鎭(ソ・ゼジン、未来人力研究院 院長)   詳細は下記リンクをご覧ください。 プログラム
  • エッセイ511:沼田貞昭「アジア未来会議-新しい息吹き」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#6)   筆者は、北九州市で9月30日−10月1日に開催された公益財団法人渥美国際交流財団主催第3回アジア未来会議に参加した。2013年3月にバンコックで開かれた第1回会議、2014年8月バリ島で開かれた第2回会議にも参加した。400名の参加者が熱心に議論を交わし合う姿を目の当たりにして、渥美奨学金により日本で博士号を取得した人々を中核とするアジアおよび他の地域の知的ネットワークが、今やインドネシアなどの若い学生・研究者の新しい息吹もあって着実に拡大していることを心強く思った。以下、筆者の参加したセッションについての感想を記す。   ◇9月30日午前 AFC_Forum_#2「東南アジアの変わりつつある社会環境に対する宗教の反応」   (1)筆者は、1976−78年スハルト「新秩序」の軍の二重機能の下で政治勢力としてのイスラームの影響力は限られていたインドネシアに在勤し、2000年−2002年には駐パキスタン大使として、近代的穏健イスラーム国家を標榜しながらも急進イスラームの勢力伸張に伴う深刻な不安定要因を抱えた9.11事件前後のパキスタンの姿に接していた。このような経験に鑑み、「1998年後のインドネシアにおける民主主義のデイレンマ:一層の自由は宗教間の対立が深まることを意味するのか、対話が進むことを意味するのか?」とのガジャマダ大学ムンジッド・アハマッド氏の発表は極めて興味深いものだった。   今日のインドネシアは、スハルト・ファミリー及び軍部の強権的支配の崩壊後、政治の民主化、地方分権化が進みつつあること、また、経済成長が進み「イスラーム大国」に変貌しつつあること、民主主義の進展と自由の拡大が異宗教間の対話を進める契機となり得ることなど、筆者にとって学ぶことは多かった。なかんずく、アハマッド氏他インドネシアからの参加者が、自国の抱える問題を闊達に議論していたことが印象的だった。と同時に、インドネシアと比較すると、ムシャラフ政権の崩壊により軍部支配は一応終わったとは言っても、民主化の進展にはまだまだ障壁が残り、多種多様な人種・地域からなる国家を統一するシンボルとしてのイスラームのあり方が急進派と穏健派の間で激しい対立抗争を呼んでいるパキスタンは、何時イスラーム国家として安定するのだろうかとの疑問を禁じ得なかった。   (2)続いて「フィリピンにおける気候変動とカトリックの反応」(アテネオ・デ・マニラ大学ジャイール・セラノ・コルネリオ氏発表)をめぐる討論で、気候変動のもたらす環境破壊、災害の被害者である貧者に対するカトリック教会の取り組みに見られる社会的宗教的正義の問題が取り上げられた。タイの教育関係NGO代表ヴィチャク・パニク氏は、「人道に反する仏教:愛とか親切心ではないもの」と題する発表で、仏教がナショナリズムの一部ないしは支配階級の政治的道具として使われる場合には、人命をも脅かす強圧的なものになりうる危険を指摘した。フランスの現代東南アジア研究所カリヌ・ジャケ氏は、「宗教と救援活動:ミャンマーにおける宗教関係団体と社会的貢献の役割」と題する発表において、ミャンマーの辺境地域などの自然災害被害者に対する仏教団体、キリスト教団体の救援活動を通じて、国家が十分に果たし得ない救援などの社会貢献活動ネットワークが広がって行く可能性を指摘した。   (3)セッションを総括したエリック・クリストファー・シッケタンツ氏(東京大学)は、宗教が民族ないし国家のアイデンティティを誇示する手段として使われる時に政治的対立がしばしば生じるが、宗教が政治的対立に巻き込まれないようにして行くにはどうしたら良いか、また、地域ないし国家のアイデンティティを超えて宗教が果たし得る役割にはどのようなものがあるかを考える必要があると指摘した。   (4)以上の討論を聞いていて、筆者は、アジア各国における多様な宗教状況についてこのような議論を聞く機会は日本国内では極めて少なく、インドネシアにおけるイスラーム、フィリピンにおけるカトリック、タイ及びミャンマーにおける仏教がそれぞれ果たしている役割及び抱えている問題についての日本の一般国民の理解は皮相なものにとどまっており、この日の討論のような内容を日本国内で広めていくことが必要であると感じた。   ◇10月1日午前「平和」分科会(2)   筆者がミラ・ゾンターク立教大学教授とともに共同議長を務めた本分科会では、多民族・多文化社会であるインドネシアと平和国家を目指す日本の直面する問題に関してそれぞれ2つの発表が行われた。   (1)インドネシア   〇「宗教的シンボルの無い教会」(バンジャルマシン宗教・社会研究所シリ・タラウィヤ氏) 南カリマンタン州首都バンジャルマシンのイスラーム社会の中に存在する少数のキリスト教ベテル派信者と周辺住民との間に、信者の集まりに伴うゴスペル等の騒音、駐車問題等を巡り摩擦が生じ、ベテル派追放の動きもあったが、イスラーム系住民の中にも共存しようと努める向きもある。他方、地方政府当局の硬直的介入がかえって事態を混乱させている。   〇「モルッカ諸島におけるサニリ(伝統的合議体)を通じる紛争解決及び環境保存」(ジョグジャカルタ大学スハルノ講師) 中央政府がインドネシア全土にわたって「村」という同一の行政単位を広めようとして来たのに対し、モルッカ諸島では、伝統的な合議体であるサニリが例えば漁業資源の有効利用、保存といった問題について調整機能を発揮している。1999年のアンボンにおけるイスラーム系住民とクリスチャンの流血の対立への政府・公的機関の無為な対応ぶりは、サニリという「土地の知恵(local_wisdom)」への住民の志向を高めた。   〇この2つの発表は、インドネシアのような多文化社会では、異宗教・異民族間の様々な問題が地域レベルで生じるところ、これに対する中央ないし地方政府の画一的な対応には限界があることを指摘する点で共通していた。 (2)日本   〇「至上の法としての憲法遵守:憲法9条と日本の平和主義」(デリー大学准教授ランジャナ・ムコパディヤーヤ博士) 1947年5月5日に日本の仏教、キリスト教等宗教関係者からなる全日本宗教平和会議は、先の戦争を阻止できなかったことについての「懺悔の表明」を行った。仏教界は「聖戦」の名の下に戦争と植民地拡大を支持したことを反省し、憲法9条の戦争放棄条項を仏教の非暴力の教えを具現するものと考えた。キリスト教徒も同条項を「汝殺すなかれ」の教えを反映するものと捉えた。このようにして、日本の宗教界は憲法9条改正に反対する平和運動の主要な勢力となって来た。   〇「地球温暖化、戦争、原子力の三角関係」(木村建一早稲田大学名誉教授) 地球温暖化防止のための炭酸ガス排出制限を定めた京都議定書の下でも軍事目的のためのエネルギー使用についての抜け道がある。米国、中国等の武器生産・使用等の軍事支出のうちかなりの部分が炭酸ガス排出につながるという意味で、地球温暖化は戦争にも関連している。原子力発電は温暖化防止に役立つとして推進されてきたが、日本においては2011年の福島の原発事故以来多くの原発が閉鎖を余儀なくされている。また、原発に蓄積されるプルトニウムは、核兵器生産に使用され得るものとして、非核3原則との関連で深刻な問題を提起している。地球温暖化、エネルギーの問題を考えるにあたりこのような相関関係を考慮する必要がある。   〇この2つの発表は、憲法改正、原子力発電という現下の懸案を考えるに当たり興味深い視点を提供するものだった。   ◇10月1日午後「教育」分科会(3)   筆者が傍聴したこの分科会では、いずれもインドネシアからの4人の学生・若手研究者が、英語教育に関わる発音訓練、YouTubeの利用、グローバル言語とローカル言語、外国人とのコミュニケーション成立過程についてそれぞれ発表を行った。筆者がジャカルタに在勤していた30年前に比べて、インドネシアの学生とか若手研究者の英語習熟度及び発表意欲が著しく高まったことに印象付けられた。   「環境と共生」という今回会議のテーマのうち筆者が参加したセッションは、平和と宗教、多文化社会の問題、環境等に関するものだったが、これらの問題を世界レベル、国家レベル、地域社会レベルで複眼的に把握する必要があること、さらにそれぞれのレベルでのガバナンスの問題に取り組む必要があること、また、インドネシアのような多民族・多文化国家は、日本国内には見られないような様々な課題を抱えていることを明らかにするものだった。また、筆者は英語で行われたセッションに参加したので特に感じたのかもしれないが、今回会議に国外から78名と最も多く参加していたインドネシアの若手研究者とか学生の強い意欲と熱気に感銘を受けた。   <沼田 貞昭(ぬまた さだあき)☆NUMATA Sadaaki> 東京大学法学部卒業。オックスフォード大学修士(哲学・政治・経済)。 1966年外務省入省。1978-82年在米大使館。1984-85年北米局安全保障課長。1994−1998年、在英国日本大使館特命全権公使。1998−2000年外務報道官。2000−2002年パキスタン大使。2005−2007年カナダ大使。2007−2009年国際交流基金日米センター所長。鹿島建設株式会社顧問。日本英語交流連盟会長。     2011年11月10日配信
  • レポート第77号「これからの日韓の国際開発協力-共進化アーキテクチャの模索」

    SGRAレポート77号(本文) SGRAレポート77号(表紙)   第15回日韓アジア未来フォーラム 「これからの日韓の国際開発協力-共進化アーキテクチャの模索」 2016年11月10日発行   <もくじ> はじめに:金 雄煕(キム  ウンヒ、仁荷大学国際通商学部教授)   第一部 【講演1】「韓国の学者たちがみた日本のODA」 孫 赫相(ソン  ヒョクサン:慶熙大学公共大学院教授・韓国国際開発協力学会会長)   【講 演 2】「韓国の開発経験とODA戦略」 深川由起子(早稲田大学政治経済学術院教授)   第二部 【円卓会議(ミニ報告と自由討論)】 【ミニ報告1】「日本のODAを振り返る-韓国のODAを念頭においた日本のODAの概括-」 平川  均(国士舘大学教授・名古屋大学名誉教授)   【ミニ報告2】「日本の共有型成長DNAの追跡-開発資金の観点から-」 フェルディナンド・C・マキト(テンプル大学ジャパン講師)   【自由討論】 モデレーター:金 雄煕(キム  ウンヒ、仁荷大学国際通商学部教授)   パネリスト:上記講演者、報告者及び下記の専門家 園部哲史(政策研究大学院教授) 広田幸紀(JICAチーフエコノミスト) 張   玹植(チャン  ヒョンシク:ソウル大学行政大学院招聘教授・前KOICA企画戦略理事) その他 渥美財団SGRA及び未来人力研究院の関連研究者    
  • 1 / 1012345...10...最後 »