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  • エッセイ636:林泉忠「香港の『国家安全法』から窺える台湾への啓示」

      (原文「香港『國安』變局對台灣的啓示」は『明報』筆陣(2020年5月25日付)に掲載。平井新訳)   感染症がいまだ終息しておらず、香港の「『逃亡犯条例』改正論争」もまだ依然として終わりをみせないなか、北京が「全人代」開催を機に疾風迅雷のごとく「香港国家安全法」を提起したことで、香港情勢は急転直下、重大な局面を迎えている。中国政府の香港および台湾に対する政策は完全に同じとは言えないまでも、台湾に対して「一国二制度」を長年の統一戦略として掲げてきたのと同様に、中南海の対香港および対台湾の考え方と戦略は常に一定程度連動してきた。この度の「香港国家安全法」は、北京の中央政府と香港特別行政区との関係を徹底的に明確化させることになった。そして、その衝撃は間違いなく台湾にも波及し、両岸関係の未来を展望するにあたって、無視できない新たな変数となるだろう。     ◯香港・マカオと台湾を区別しない中国の「国家安全保障観」   「香港国家安全法」が明らかにした重大な意義は、二つに大別できる。そしてこの二つの意義に共通しているのは、北京政府の国家統治に対する考え方からすれば、香港・マカオ地区と台湾地区との間に、どのようなバージョンの「一国二制度」が敷かれようとも、本質的な違いは存在しないということである。   まず、「香港国家安全法」の制定によってはっきりしたのは、国家主権と国家の安全保障に係る議題において、北京政府としてはいかなるあいまいさも交渉の余地も存在しないことである。そして「国家主権」と「国家の安全保障」の定義は、70年来改変されたことのない、「全体主義」から導かれる「権力至上主義」の考え方に基づいている。   確かに、欧米のような西洋国家を含む世界の大部分の国家には、どこでも国家安全保障に関連した法律が存在する。重要なのは、民主主義国家ではたとえ反与党・反政府ないし一部地域の独立を要求する言論および出版物が出現したり、さらには独立を要求する団体が設立されたとしても、政府を転覆させるための行動計画を立てない限り違法ではなく、言論、報道、出版、結社などの公民権を含む、憲法が保障する個人の自由を享受できる点である。   日本の沖縄を例に挙げれば、沖縄県では政府に抗議する大規模な集会が常に行われているだけでなく、独立を要求する団体・党派も存在している。そのメンバーの中にはかつて選挙に出馬した者もいるが、彼らの政治的主張を理由にして政府から立候補資格が香港のようにはく奪されたことはない。そして、米軍基地への反対を含む中央政府の政策に反対する出版物や、沖縄の独立・自立を主張する書籍でさえ書店に並んでいるばかりか、公立図書館にも所蔵されている。日本政府はこのような主張や活動に対して、国家安全保障に関連した法律を以ってこれを罪であるとすることはないのである。   しかし、1949年以降の中国で実施されたのは、共産党の一元的な指導によるレーニン主義政治体制である。そして、共産党が掌握した権力および社会に対する統治能力は、政治学的には「全体主義体制」と呼ばれ、台湾の「両蒋時代」における「権威主義体制」とは異なるものである。両者の最大の違いは、当時の国民党政権は市民の思想と行為を完全にコントロールするだけの能力を備えていなかっただけでなく、経済制度ないし社会制度に対する完全な管理能力も備えていなかったのに対して、1949年以降の新中国が実施した政治体制においては、これらの能力が備わっていたという点にある。   1980年代の初頭、中英両政府が将来の香港の主権移譲に向けた協議を開始したことで、香港社会はかつてパニックに陥った。悲観派は、「九七」(1997年の香港返還)以降の香港の「大陸化」は不可避であると考えた。一方で、楽観派は大陸の「香港化」の進む速度の方がより早まるだろうと考えた。こうした議論には、鄧小平が当時推進していた「改革開放」の開始直後だったという時代背景もあっただろう。1989年の「六四天安門事件」の後ではあっても、鄧小平はまだ中国が一人一票によって指導者を選出するまでにあと50年はかかると言及していた。こうした言及は、当時の中国の指導者が、将来的には普通選挙制度を含めた政治体制改革を起動するという可能性をまだ排除していなかったことを意味しており、楽観主義者の見立てにとって、ある程度はプラスの判断材料を提供していたと言えよう。   その後の30年にわたり、中国大陸は市場経済の深化および資本主義的な要素の浸透にともない、確実に「香港化」のプロセスをある程度経験した。しかし、中国大陸のガバナンスモデルは、当時の鄧小平が掲げたような、あるいは趙紫陽がかつて模索したような、もしくは多くの香港人が期待したような、「全体主義体制」から民主憲政への方向に向かうことがなかった。大陸側は、むしろ経済の飛躍や国力の増強にともなって、香港のガバナンスに関する議題においては、「大陸化」の進展を加速させることを要求している。   言い換えれば、北京の中央政府が香港に導入している「香港国家安全法」は、香港の「大陸化」の新たなマイルストーンを示しており、それが実質的に内包しているのは大陸が実施する「全体主義体制」の香港への拡張である。したがって、もし共産党統治下の大陸が台湾統一に成功したとすれば、北京の「国家主権観」と「国家安全保障観」に基づき、台湾においても必然的に「台湾国家安全法」の実施が推し進められるだろうと容易に理解できる。     ◯台湾版「一国二制度」にも適用される北京による「全面的管轄権」   「香港国家安全法」が明らかにするもう一つの重大な意義は何か。それは、「一国二制度」において中央政府が「全面的管轄権」を擁する能力を確保しただけでなく、「全体主義体制」および「権力至上主義」の考えを放棄することはできないという前提のもとで、たとえ香港・マカオにおける、あるいは将来的に台湾での実施を想定しているいかなるタイプの「一国二制度」であっても、北京政府が適当な時期にこのメカニズムを起動させ、「中央の全面的管轄権」を達成しようとするのは確実かつ不可避だという点である。   「中央の全面的管轄権」という概念は、もともと香港の『基本法』には見られない文言である。この概念は、2014年に香港で普通選挙が議論されていた折、国務院が6月に発布した『「一国二制度」の香港特別行政区における実践』白書のなかで初めて出てきたものである。とは言え、実際には、基本法のたてつけのなかには、すでに「中央の全面的管轄権」を実施するためのメカニズムがあらかじめ備えられていた。基本法では、基本法の解釈権が「全国人民代表大会常務委員会に属する」(第8章第158条)ことが定められているほか、中央政府が「関係する全国レベルの法律を香港特別行政区において実施する命令を出すこと」も認められている。今般の「香港国家安全法」は、この基本法第18条の規定に基づいており、「全国レベルの法律」である『国家安全法』が基本法の付属文書3に付け加えられたものである。   要するに、北京政府が香港で実施している「一国二制度」は、制度設計上は独自の法律、貨幣、関税特権など香港がもともと有する制度的な特徴を保持しつつ、言論や報道の分野でも一定程度の自由空間を維持することが許されているものの、それと同時に北京の中央政府が最高権力を擁することも保障している。今回、北京政府は香港の立法会を経ずに「香港国家安全法」を直接制定した。ひとたびこの道が開かれれば、将来的には中央政府が必要だと考えさえすれば、この方法に則って大陸が香港に代わって法律を直接制定し、「中央の全面的管轄権」を全面的に実現することができるようになる。   習近平が2019年1月2日に台湾に対して重要な談話を発表した後、北京側の対台湾部門は「台湾版一国二制度」草案の準備を加速させている。枠組み自体が依然として定かではなく、特に統一後の台湾地区の地位をどのように規定するかについてはいまだ明らかにされていない。しかし、はっきりしているのは、たとえその内容が香港・マカオよりも「台湾人民の利益を十分に考慮したもの」であったとしても、香港における「教訓」を踏まえれば、「台湾版一国二制度」が台湾において「台湾国家安全法」を実施することのできるメカニズムを含めた「中央の全面的管轄権」をより明確に確保するものでしかあり得ないということは疑いようもなく確かである。これは台湾側にとって、北京政府の「台湾版一国二制度」を研究し、解釈していくうえで、必ず明確に認識しなければならない重要なポイントである。   「台湾版一国二制度」は、現在、いまだ北京政府の「希望的観測」の段階にあるものの、香港と国際社会を驚愕させた「香港国家安全法」の登場は、「一国二制度」の本質に対する台湾側の認識を、間違いなくより深めることになるだろう。本稿は、「香港国家安全法」に関して、台湾版「一国二制度」構想を含めた「一国二制度」の本質に対する示唆的な意味合いについてのみ論じた。紙幅の都合上、「香港国家安全法」が台湾民衆の心理に与える衝撃や、民進党および国民党の両岸政策を含む台湾の政局に対する影響の分析については、別稿に譲ることとする。   英語版はこちら   <林 泉忠(りん・せんちゅう)John_Chuan-Tiong_LIM> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、中国武漢大学日本研究センター長、香港『明報』「筆陣」主筆を歴任。     2020年6月25日配信
  • エッセイ635:崔圭鎮「コロナウイルスへの対応から明らかになった社会の問題点―医療の空白と人権問題―」

      (「2017年韓国研究財団」の支援を受け作成(NRF-2017R1C1B5075765)。原文は韓国語。長谷川さおり訳)     ◇はじめに   現時点では、どの国にも新型コロナウイルス(以下コロナウイルス)対策の妙策があるようには見えない。スウェーデンの「集団免疫」や、初期対応の遅れが多数の死亡者を出したイタリアやイギリスなどの事例を見ても分かるように、感染の疑いがある人々を迅速に検査し、感染後は速やかに適切な対応をとること(行政力を動員した接触者の把握と隔離など)、そしてソーシャル・ディスタンスを徹底することくらいしか効果的な策がないのが現状だ。   こうした状況の中で、韓国の対応は世界的にも比較的高く評価されていると言っていいだろう。いわゆる「K防疫」と呼ばれる防疫モデルを成功事例として学ぼうとする動きもある。一例として「ドライブスルー」、「ウォークスルー」、「診断キット」などが世界的な注目を集めている。2020年に任期が満了する日本の後にWHO執行理事国を務めることになった韓国が、このような形で世界の防疫に貢献できることを嬉しく思う。   少なくとも、これまで「K防疫」が成功したのは事実だ。しかし成功の裏側に隠された問題を提起する声も徐々に上がってきている。本文ではこうした防疫対策の裏側に注目したいと思う。韓国の防疫モデルの粗探しをするのが目的ではなく、2次流行に備えさらに徹底した対応を行えるよう働きかけるため問題を提起するに至ったという点をご理解いただければ幸いである。   今後十分な検討が行われるべき部分もあるが、今回はいくつかある問題の中でも特に重要だと考える医療の‘空白’と人権について、「チョン・ユヨプ君(17)死亡事故」と「梨泰院(イテウォン)クラブ発コロナ拡散」という2つの事例をもとに見ていくことにする。     ◇「チョン・ユヨプ君(17)死亡事故」を通して見た医療の‘空白’問題   高熱が出たチョン・ユヨプ君は午後7時頃、地域にある唯一の総合病院(民間病院)を訪れた。しかしPCR検査を受けるまではいかなる診療も行うことができないため、翌日検査を受けてから再訪するよう病院から門前払いされたユヨプ君家族は、結局この日はそのまま帰宅することになった。検査を行う病院の選別診療所が午後6時までしか運営していなかったためだ。   夜通し高熱に苦しんだユヨプ君は、翌朝再び病院を訪れPCR検査を受けた後、ようやくレントゲンを撮ってもらうことができた。しかしまたもやここで病院側から検査結果が出るまでは入院させることができないとの通達を受け、やむを得ず自宅へ戻ることになった。帰宅後高熱が下がらず、呼吸困難の症状が見られたためユヨプ君の両親はすぐさま疾病管理本部(保健福祉部傘下機関)に連絡した。その後疾病管理本部から該当地域の保健所に連絡が行ったものの、ここでも検査結果が出るまでは診療ができないとし、検査を受けた総合病院に問い合わせてほしいとの一点張りで時間だけがむなしく過ぎていった。再び総合病院を訪れた頃にはすでに時計の針が午後4時半を回っていた。この時になって初めて、ユヨプ君の両親は病院側から朝方撮影したレントゲンの検査結果が非常に思わしくないため嶺南(ヨンナム)大学病院へ行ってほしいとの指示を受けた。結局早期に治療を受けることのできなかったユヨプ君は2日後に死亡した。   今回の死亡事故をコロナウイルスの感染者が爆発的に増加している状況で起きた、やむを得ない事故であったとする人も多い。しかし本来ならば命を落とすことのなかった子ども(ユヨプ君には基礎疾患は一つもなかった)が死亡した今回のケースを「やむを得ない事故」としてやり過ごせば、今後数十人、数百人が犠牲になるかもしれない同類の事故を放置することになる。そして厳密に今回の事故を検証していくうちに、決して「やむを得ずして」起きた事故では済まされない点がいくつも明らかになった。PCR検査の結果が出ない限り、いかなる処置もとることが出来ないということが、地域に唯一存在する総合病院の方針であったというのも、コロナ対応策の大きな欠点を浮き彫りにしている。   民間病院の立場上、方針に従うほかなかったのならば、少なくともPCR検査を受けることのできる他機関を早い段階で家族に案内すべきだった。実際に病院からわずか5分足らずの場所に、夜間でも検査を受けることのできる診療所があった。翌日のレントゲン検査で肺炎の所見が見られたにもかかわらず、PCR検査の結果が出るまで自宅で待機するよう指示し、早期診療の機会を逃したのは病院側の明らかな過失と言っていい。自宅で待機している間、両親が連絡を取った疾病管理本部・保健所も該当民間総合病院へ再度問い合わせるよう指示するだけで、適切な介入を行なわなかった。地域の医療体系を正確に把握しているコントロールタワーが存在していなかったことが結局事故を招いたのだ。   実のところ、嶺南大学病院は検査結果が出ていなくとも入院することが出来る病院だった。つまり、疾病管理本部・保健所・民間総合病院のいずれかの機関が嶺南大学病院にすぐさま案内していれば、防ぐことが出来たかもしれない事故だった。そして、嶺南大学病院にも全く過失がなかったとは言えない。民間総合病院から検査結果が陰性であったという知らせを受けた後、嶺南大学病院側で実施した検査であらためて陰性が確認されたにもかかわらず、コロナウイルスによる肺炎を疑い、死亡するまで計13回も検査を行った上に、感染者の治療で医療陣が不足していたのが原因なのか現在真偽を確認中ではあるが、30秒間酸素マスクが外れる事態も起きた。   最も大規模な流行が起きた慶尚北道という地域の特殊性を考慮すべきだという声もある。しかし、こうした事故はどの地域でも再び起こりうる。コロナウイルスが流行している状況で、急遽PCR検査を受ける必要がある場合、どこに行けば迅速に検査を受けることができるのか、また緊急時には、どこの病院に行けば検査を受けていなくても診療を受けることができるのか、などを適切に把握している医療体系のコントロールタワーが存在しなかったという点は、韓国社会がしっかりと反省すべきだ。今回保健福祉部(日本の厚生労働省にあたる)の傘下機関であった疾病管理本部が疾病管理庁に昇格したことを肯定的にとらえる声が大半ではある。しかし一部から、民間医療機関に絶対的に依存している韓国の医療体系を問題視し、「公共医療庁」を同時に設立すべきだと主張する声が上がっていることも忘れてはならない。   韓国はOECD加盟国の中で最も公共医療の比重が低い国であり、その割合は2018年度時点で病床数基準10%、医療機関数基準5.7%に過ぎない。保守政党が政権を握っている慶尚北道の場合、従来あった公共医療機関さえも次々に閉鎖されたため、全体に占める公共医療機関の比重が他の地域よりもさらに低い。こうした状況が果たしてユヨプ君の死亡と無関係だと言えるだろうか。公共医療機関の‘空白’問題について、あらためて考えてみる必要がある。     ◇「梨泰院(イテウォン)クラブ発 コロナ拡散」を通して見た人権問題   コロナウイルスの感染者数が1日あたり2桁以下に落ち着いていた5月初め、梨泰院(イテウォン)にあるクラブを訪れた人々の間で再び感染が拡大した。感染者数の急激な増加に伴ってマイノリティーに対する嫌悪・差別が深刻化し、今韓国では人権上の大きな問題が発生している。   実はこうした嫌悪や差別をめぐる問題は、防疫の初期段階からすでに影を落としていた。中国人に対する嫌悪・差別に続き、「新天地」という特定宗教に対する攻撃が社会全体から加えられた。政府が初期の防疫対応に集中しすぎたあまり、こうした問題を見逃してしまい、結局今回もマイノリティーに対する嫌悪・差別が起きた。特定集団をターゲットとした差別は防疫の妨げとなりウイルスの拡散にもつながるため、社会全体で取り組み確実に改善していくべきだ。   5月初めに感染者が発生した梨泰院のクラブは、マイノリティーの中でも特にゲイ、男性同性愛者が多く訪れるクラブとして大々的に報道された。一部メディアがクラブの利用者を性的に淫らな集団として描写するなど過剰なまでに攻撃を加えたため、結果として社会的な嫌悪を増幅させることとなった。特にクラブを訪れた利用者のうち、一部が自発的に検査を受けなかったことから感染者が増加すると、ゲイに対する嫌悪と差別はさらに深刻化した。今回のケースは、単純に彼らの道徳的価値観の不足のみを原因として論じることのできない、複雑な差別問題を内包している。一部の自治体で匿名検査などを実施しているものの、梨泰院のクラブを訪れたという事実だけでもゲイ扱いされ、差別される社会だ。そう簡単に解決できる問題ではない。   一旦検査を受ければ感染者との濃厚接触者でないとしても、検査結果が出るまで少なくとも1日から2日自宅で待機しなければならない。つまり、職場や知人に外出できない理由を説明しなければならない状況が生じることになる。しかしメディアがこれほどまでに憎悪を煽ってきた以上、該当クラブを訪れた人々が安心して検査を受け、職場に検査を受けた事実を告げるのはほぼ不可能と言っていいだろう。   マイノリティーに対する否定的な認識が依然として根強く残っている韓国社会では、こうした嫌悪・差別が人生を左右する問題になりうる。仁川(インチョン)地域の大学に通う塾講師の場合、調査の初期段階で「無職」と自身の職業を隠したことが災いし、結局職場の同僚や教え子までが感染する事態に発展した。仁川市はこうした事態を受け、該当学生を刑事告発することを発表した。学生は「卒業と就職に影響が出るのを恐れ」、事実を偽ったと後日告白している。しかし、果たしてコロナウイルスを広めたすべての責任が彼にあると言えるだろうか?   マイノリティーを差別してきた韓国社会、梨泰院のクラブを訪れた人々はマイノリティーで、マイノリティーは社会から排除すべき存在であるというステレオタイプを作り上げたメディア、そしてそうした報道を野放しにしてきた政治家が平凡な市民を「嘘つき」に仕立て、2次、3次感染を引き起こしたのではないだろうか?   誰よりも検査を迅速に受けることの重要性を理解しているはずの選別診療所で働く公衆保険医(兵役勤務として軍隊ではなく保健所に勤務する医師)も梨泰院のクラブを訪問した事実を4日も隠したまま、患者を診察していたことが明らかになった。選別診療所で活動する医師でさえも、ウイルスよりも差別の方が怖かったのだ。   このように、社会的弱者に対する嫌悪と差別は防疫にも大きな妨げとなっている。今、世界全体がコロナウイルスとの長期戦に備えている。長期戦で私たちが勝利するための方法は実は意外と簡単だ。感染の疑いがある場合迅速に検査を受けることのできる環境を整えること、それが勝利のための唯一の道だ。自発的に検査を受けることが出来ない、差別が渦巻く現状を改善するためにも国家レベルでの積極的な介入が必要だ。     ◇おわりに   感染症人類を脅かす災いであることは紛れもない事実だ。しかし感染症にはネガティブな側面しかないとは一概には言えない。普段はよく見えなかった社会問題に気づかせてくれるからだ。問題を適切に解決することが出来れば、もうひと段階、成熟した社会へと発展することが出来るだろう。しかし問題を誤った方向に解釈している勢力も少なからず存在する。実際多くの企業や政治家が、業務外の健康上の理由で賃金や仕事を失うことなく休むことのできる有給病気休暇(韓国は恥ずかしながらOECD加盟国の中で唯一、有給病気制度と傷病手当の2つともない国だ)の実施や公共医療の拡張がされるべき領域に、遠隔医療やバイオ事業を取り入れようと躍起になっている。   現在韓国で行われているこうした議論は、それでも「K防疫」が成功を収めたという評価を前提にしている。防疫さえもしっかり実践できないまま、どこから、どのような議論をすべきか先が見えない国々よりはマシな状況にあると言えよう。しかし「K防疫の成功」にうぬぼれ、コロナウイルスの流行から学ぶべき教訓と、より良い社会へと発展することのできる機会を見逃してはいないか、心配が先立つこの頃だ。     英語版はこちら     <崔圭鎮(チェ・キュジン)Choi_Kyu-jin> 仁荷大学医科大学を卒業後ソウル大学大学院で人文医学を専攻。修士・博士を取得後、現在は母校である仁荷大学で医史学と医療倫理を教えている。「人道主義実践医師協議会」、「健康と代案」、「労働健康連隊」などの市民団体でも活動中。   <長谷川さおり Hasegawa_Saori> 獨協大学を卒業後、韓国の梨花女子大学通訳翻訳大学院で修士を取得した。現在は仁荷大学大学院博士課程にて医史学を勉強している。医学・歴史と関連した通訳翻訳を主に行っている。     2020年6月11日配信
  • エッセイ634:フェルディナンド・マキト「マニラ・レポート2020年春」

      2020年3月12日、フィリピンの大統領はマニラ首都圏の隔離令を発動した。これは僕の人生で初めての経験だった。全てのレベルの学校が休校となり、教員と職員は在宅業務を促された。1月30日にWHO(世界保健機関)が、新型コロナウイルス感染症を国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public_Health_Emergency_of_International_Concern, PHEIC)と発表した頃から僕が懸念していた最悪な事態が、この隔離令となった。隔離令が実施されるまでの猶予期間に、僕の大学のあるロスバニョスからマニラの実家に帰る選択肢もあったが、家族が分散するように僕と甥2人はロスバニョスに残ることにした。   幸いな事にインターネットはずっと機能していて、SNSなどから社会のあらゆる声が聞こえてきた。僕の研究テーマである「持続可能な共有型成長」と関連した課題を取り上げ、早速「持続可能な共有型成長ポリシー・ブリーフ(Sustainable_Shared_Growth_Policy_Brief)」を始めた。ここでは第1号の内容を簡単に紹介したい。   感染症はそもそも自然環境から生じたものである。中・米の対立による生物兵器という陰謀説もあるが、今のところこのウイルスは自然に発生したものだと見なされる研究論文が有力のようである。災害論では、脆弱性(vulnerability)と回復力(resiliency)という概念が重要である。時間的に言えば、脆弱性とは災害が起こる前の概念で、災害からいかに被害を受けやすいかを指す。回復力は、災害が起こった後の概念である。そして、多くの災害研究により、脆弱性や回復力を左右するのは、所得分配や経済発展の度合いが重要な要素であることが指摘されている。所得分配が悪くなると、そして経済発展の度合いが低くなると、脆弱性は高まり回復力は低下するという。その故に、フィリピンのような所得・富の分配状況が悪い発展途上国は、今回のパンデミックにおいて深刻な問題を抱えている。   パンデミックの衝撃を和らげるために、フィリピンの政府・民間組織・市民社会は、今に至るまで、あらゆる対策を模索しながら採用している。この激しい戦いから一歩離れて、今回のパンデミックを「持続可能な共有型成長」、つまり環境・公平性・効率という観点から評価してみたい。   さらに整理するために、持続可能な共有型成長を時間・空間・宇宙(universe)という3つの次元に沿って話を進めていく。     ◇持続可能性と時間   環境経済学では、現在の世代と将来の世代の間で自然資源をいかに分配するかが政策の重要なポイントである。この見方は、よく引用される「持続可能な開発」の定義にも見られる―将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発。これは、1987年4月に公表された環境と開発に関する世界委員会の報告書『Our_Common_Future』の中心的な考え方として取り上げられた。多世代間の自然資源の分配は、結局政策立案者の計画期間(短期か中長期か)によって決定する。   綺麗な空気や水などの自然資源のように、病気のない環境というものも自然資源として考えられており、それを多世代に渡って提供するためには、やはり資金が必要である。政策提案として取り上げられるのは、パンデミック対策のための中長期的な資金調達である。これは一種の保険であり、パンデミックが発生する時に、対策の資金として使用できるものである。市場本位の例として挙げられるのが、世界銀行のカタストロフ債である。発動条件が厳しすぎる等の批判を浴びたが投資家から3.2億米ドルを集めたので、実際に有効な概念であることを証明した。このようなファンドは市場本位なので、パンデミックのリスク評価、リスク分散、リスク削減のための投資促進という面でも役に立っている。     ◇共有型成長と時間   開発経済学にクズネッツの逆U字型曲線というものがある。これは、経済発展過程を大きく2段階に分け、第1段階では発展すればするほど格差が広がるが、第2段階では発展すればするほど格差が縮まっていくという仮説である。この説は、フィリピンにおいても妥当するのではないかという研究もある。   上述のように、被災に対する脆弱性や回復力においては発展段階や所得・富の分配が大事なので、クズネッツ曲線の平坦化が不可欠である。言い換えれば、発展途上国で共有型成長ができるだけ早く実現できれば、その分、脆弱性を低くし回復力を高めることができる。     ◇持続可能性と空間   環境問題には国境がない。それはパンデミックにも該当する。そのため対策を練る時に国境を越える協力が必要である。   この場合、やはりWHOのような多国籍の組織が重要である。フィリピンにおいてもWHOに対して批判はあるが、パンデミックに上手く対応するためには、依然として国際的な組織が不可欠であることは変わらない。WHOがこんな状況に陥ったのは、加盟国からの拠出金が減少し自発的な寄付が増加してきたからである。その故に、WHOは本来の使命を果たす余裕をどんどん失ってしまった。確かにWHOは構造改革が必要だが、まずは加盟国による拠出金の復活から始めた方が良い。WHOの西太平洋地域本部がマニラにあるだけに、フィリピンはこのロビー活動に積極的に参加できる良い位置にあると思う。     ◇共有型成長と空間   共有型成長の一つの基本原理は地方分散である。分散することにより、伝統的な成長ハブから成長が拡散して行き、成長が共有されるようになる。   今回のパンデミックは成長ハブを最初に狙い、無力化した。それは今のグローバル化の当然な結果とも言える。各国に成長ハブを発展させて、それらのハブを繋げていく。感染症があっという間に広がり、成長ハブが次々とやられて行く。このような構造をより頑丈にするためには、やはり成長の分散が有効であろう。     ◇持続可能な共有型成長と代替的な宇宙(alternate_universe)   以上で論じたように、社会がより持続可能な共有型成長(環境・公平・効率の調和)という軌道に乗れば、今回新型コロナウイルスの襲来で受けている苦労は軽減されるはずである。私が20年以上訴え続け、今年の1月にマニラとロスバニョスで開催した第5回アジア未来会議でも強調したように、フィリピンにはこのような発展が必要である。そして、今回のパンデミックでも明らかになったように、世界にもそれが必要である。   マニラもロスバニョスも、ようやく6月から隔離令が一部緩和されたが、パンデミックにおける厳しい生活は長引く覚悟が必要である。この難しい時期を乗り越えるためには、(1)何か夢中になって、(2)家族や友達との繋がりを断たないことが大事である。   対策(1)として、SGRAでやり残した持続可能な共有型成長セミナーのレポート3本を渥美財団のウェブページに掲載したので、下記リンクをご参照いただきたい。 SGRA Sustainable Shared Growth Seminar 25 Report SGRA Sustainable Shared Growth Seminar 26 Report SGRA Sustainable Shared Growth Seminar 27 Report   そして、ポリシー・ブリーフのシリーズを始めて、第2号まで発行した。このマニラ・レポートはその第1号のまとめである。次回は第2号について紹介したいと思う。 Sustainable Shared Growth Policy Brief 1 Sustainable Shared Growth Policy Brief 2   対策(2)としては、フェイスブック上での交流に今まで以上に参加している。友達と議論し、笑ったり、共感したりしているが、最近始めたのは、勤務する大学の合唱サークルのオンライン練習である(下記リンク参照)。この合唱サークルのヴィジョンは「多様性の中の調和」であり、これは渥美財団とSGRAのヴィジョンでもある。4つの異なる声(ソプラノ、アルト、テノール、バス)が一つのハーモニを作り出すという意味もあるが、様々な人が、歌う能力と関係なく、楽しんで一緒に歌うという意味もあるので、みなさんも、どうぞご自由に参加ください。   みなさま、安全を第一にしながら、これを機会により良い世界を作り出しましょう。     英語版はこちら     <フェルディナンド・マキト Ferdinand_C._Maquito> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。     2020年6月4日配信
  • エッセイ633:林泉忠「日冷中熱??ポストコロナ時代における日中関係の新たな特徴」

      (原文「感染症の流行による日中「疑似蜜月期」の早期の終焉」は『明報』(2020年5月11日付)に掲載。平井新訳)   世界を震撼させた2020年の新型コロナウイルスが世界システムをかく乱し、「ポストコロナ時代」の国際秩序は再建の課題に直面している。このプロセスのなかで最も注目を集めた点は、世界の各ブロックないし各国がいかに中国との関係を調整するかである。本稿ではまず、「ポストコロナ時代」の日中関係に焦点をあてる。   周知の通り、トランプが2017年に大統領に就任してから、アメリカは全面的な「中国封じ込め」の国家戦略を策定した。アメリカは貿易戦争や科学技術競争などを通じて、中国に一歩一歩詰めよっていき、米中関係は日増しに悪化していった。しかし、日中関係は奇しくも「全面的な関係回復」という逆向きの段階を進んだのである。ただし、通常考えられなかった日中の2年間にわたるこの「疑似蜜月期」も、感染症の流行によってもたらされた構造的な衝撃によって、早期の終焉が言い渡されたと言えよう。   ○「蜜月期」から「疑似蜜月期」まで   1972年の日中国交正常化から半世紀近くにわたる日中関係を振り返ってみれば、「蜜月期」と呼べるのは、わずかに1980年代だけであることがわかる。1990年代に入り日中関係は「歴史問題」などの要因によって長年「時好時壊(良かったり悪かったり)」の段階にあった。2010年代には、特に2012年に日本が「尖閣諸島」(中国名:釣魚島)の「国有化」の措置を実施したことによって、日中関係は奈落の底へと転落し、一時期はすわ戦争かという一触即発の事態にまで及んだことすらあった。   そして、2014年11月、日中関係はようやく「雪解け」の契機を迎えた。両国は「4点の原則的共通認識」に達し、部分的な交流を再開させた。しかし、中国は遅々として両国首脳の相互訪問メカニズムを起動させようとはしなかった。2018年に至り、日本は中国に一歩譲って、中国の「一帯一路」に対する態度を軟化させる方向で調整した。その後、中国側も日中関係をようやく「正常軌道へと戻す」方針をとったのだった。   日中両国が全面的な関係回復に踏み出したことは、同年5月の李克強首相の訪日によって示されている。その後、安倍首相もまた10月に正式に訪中することができたのである。しかし、安倍首相側は、習近平国家主席の国賓待遇での正式な訪日が実現したのち、両国の指導者の相互訪問をもってようやく日中関係の「全面回復」と言うことができるという認識だった。そして中国側も、もともと予定されていた習近平国家主席の4月の訪日をより重要視しており、日中首脳会談で「日中新時代」の到来を共同で宣言できることを期待していた。同時に、中国側は、来るべき日中首脳会談の際に、日中双方が両国関係の新時代を象徴する「第五の政治文書」が発表できるよう強く促すことも希望していた。こうして、中国側が主導するこの「疑似蜜月期」の日中関係は、より最高潮に達したのである。     ○「日中友好」における潜在的な脆弱性   両国関係の改善は双方の諸々の利害要素と戦略思考に関わっているが、日中関係がこの2年にわたって「疑似蜜月期」の状況を呈することができたのは、主に中国政府の一方的な新戦略によるものだった。実際、日本側は釣魚島の「国有化」措置をいまだに取り消したりしていないし、また釣魚島付近の「南西諸島」における自衛隊駐屯地の設置を含む日本の防衛力強化の動きを止めたりしていない。   日本側がいまだに重要な課題において譲歩していない状況のなか、中国側は依然として主体的に日本との関係修復を望んでいる。この背景には、まさに「中米新冷戦」の衝撃があり、それ以外の目的はないだろう。つまり、日米が連携して中国を封じ込めることを「分断」し、アメリカ政府の「中国抑制」能力を削るためということである。   要するに、1980年代以降の日中関係で稀にみる「疑似蜜月期」と呼べるこの2年間において、中国政府は「積極的対応」、日本政府は「成り行き任せ」という双方の基本姿勢が形成されたのである。しかし、この「擬似蜜月」が「一方向的」であったというその特徴からも明らかなように、この時期の「日中友好」は潜在的な脆弱性をはらんでいたと言える。こうした脆弱性は、両国関係に関する世論調査にも的確に反映されている。   日本の言論NPOと中国国際出版集団は2005年から日中関係に関する世論調査を共同で実施している。感染症流行前の昨年10月における世論調査の結果では、45.9%の中国人が日本に対して良い印象を持っていると示している。これは2005年の本調査開始以降、中国人の日本への好印象において最高の記録を更新した数字であった。しかし、日本人の中国に対する印象は、日中関係が「正常軌道」へと戻ったことで明らかに改善したとは言い難く、依然として中国に対して「良くない印象」を持つ人の割合は84.7%という高水準にあった。   実際、安倍政権は習近平国家主席の国賓待遇での正式な訪日を積極的に促しているものの、かたや日本国内では中国の最高指導者の訪日を歓迎する雰囲気は盛り上がっていない。   重要なのは、今年起こったこの予想外の新型コロナウイルスの大流行が、中国の対日戦略のあり方を徹底的に混乱させたと同時に、日本側がどうにか維持してきたものの元々脆弱だった「日中友好」の基盤をも動揺させたことである。     ○感染症流行による「日中友好」の基盤の動揺   まず、安倍首相が同盟国アメリカの進める厳格かつ迅速な「制中戦略」の推進という圧力を前にして北京と共に「日中友好」を提唱したのは、自身の(訳者注:「戦後レジームからの脱却」というような)歴史的評価に関わるもの以外に、やはり一番大きな理由は日中間の経済的な緊密関係に基づいていただろう。   しかし、中国から始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、安倍政権に中国との経済関係を再考させることになった。4月7日、安倍政権は「緊急事態宣言」を発令し、同時に速やかに「緊急経済対策」の予算を通過させ、感染症流行の影響で危機に瀕しているサプライチェーンの再構築を呼びかけた。そのなかの一項目として、2,400億円もの予算が計上されていたのが、日本企業の生産ラインを中国などから日本国内に戻す、あるいはその生産拠点を東南アジアにまで多元化することを促すためのものであった。安倍政権におけるこうした動向は、明らかに「リスク分散」の考えに基づいたものである。   このほか、感染症流行後の中国経済に対する展望に関し、日本の世論のほとんどは比較的悲観的な見方を有しており、「V字回復」は起こらないと考えている。この点、中国世論の楽観的な態度とははっきりと異なっていると言えるだろう。経団連加盟の企業を含む日本の経済界は、慎重な立場を採っているようだが、こうした世論の雰囲気は、経済界が引き続き中国と緊密な貿易関係を維持するという従来の考え方には明らかな逆風となっている。   次に、中国の感染症への対応について、特に初期の「感染症流行の隠蔽」の疑いや、当局の「不作為」、そして李文亮医師らへの処分などは、日本社会の中国に対する見方をすでに悪化させていた。3月以降、中国がたびたび対外的に「大外宣(大プロパガンダ)」のメディア攻勢を発動したことは、日本メディアからは中国国内の感染症拡大における初動の失態の挽回を試みるものと解釈され、日本社会の中国に対する反感をいっそう増大させた。   さらに、3月以降に新型コロナウイルスが欧米などの西洋国家に広がると、パンデミックの衝撃はアメリカを直撃した。その後、ワシントンは、中国の「感染症の隠蔽」に対する責任追及や、中国への賠償要求などの「中国バッシング」の新政策を打ち出そうとしている。こうした中で「ポストコロナ時代」の米中関係がいっそう険悪なものになるのは想像に難くない。アメリカで「反中」の歩みが加速する情勢下で、日本の「親中」政策に対しワシントンがさらに圧力をかけてくるのは必定であり、ワシントンから日本に向けた銃の引き金に指がかけられたも同然だろう。     ○「日冷中熱」??ポストコロナ時代の日中関係   このような感染症による世界情勢の新たな変化を受けてか、安倍首相もまた中国側と歩調を合わせた形で日中関係の友好局面を維持することが難しいことを悟ったようである。安倍首相は、自身本来のイデオロギー的立場を慎重に抑制するのをやめて、もともとすでに脆弱であった日中関係を維持しようとはしなくなった。中国に対する反感が拡大したのと対照的なのは、日本社会における台湾の防疫に対する高い評価である。1960年代以降、最も親台的であると言える安倍首相も、もはや北京に対する不満を隠そうとはせず、台湾がオブザーバーとして今年のWHO総会に参加することへの支持を機に乗じ高らかに表明した。   一方、北京も安倍首相の日中関係改善へ向けた決心がすでに揺らぎ始めていることを見透かしたようで、憚ることなく日本を牽制する強硬措置に出ている。5月8日、中国海警局の船4隻が尖閣諸島付近の海域に侵入し、操業していた日本の漁船2艘を追尾したため、これに対し日本側は中国に抗議している。日本政府は、5月24日までに尖閣諸島の周辺に41日連続で中国の公船が出現したと発表している。   以上をまとめれば、もともとすでに脆弱だった日中の「疑似蜜月期」は、新型コロナウイルスの感染拡大によって早期に終焉するだろうということである。この判断にもとづき、筆者は、たとえコロナ後の秋になっても、日本側には習近平国家主席がゆったりと訪日できるような友好的な環境はもはや存在しないだろうと考えている。   しかし、米中関係がさらに厳しい状況となれば、中国は「日本を抱き込む」ことで、「アメリカを牽制する」という戦略を維持し、短期的にはこの戦略を放棄しないだろう。したがって、たとえ日本社会の中国に対する「親近感」が新型コロナによって下落したとしても、中国はすでに定まっている「正常軌道に戻」っている対日政策を短期的に全面撤回することはない。したがって、「日冷中熱」を特徴とする「ポストコロナ時代」の日中関係は、比較的長い期間にわたって持続するだろう。   <林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、中国武漢大学日本研究センター長を歴任。     2020年5月28日配信
  • エッセイ632:謝志海「新型コロナウイルスと世界経済の行方」

    新型コロナウイルスは世界規模で拡散の一途をたどり、まだ収束のめど立たない。米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、2020年5月4日の時点で、感染者数がすでに348万人を超え、死者は24万人に達している。これにより、世界経済は甚大な打撃を受けており、その影響がオイルショックやリーマンショックをはるかに超えることは、もはや明らかであり「コロナショック」とも言われている。   国際通貨基金(IMF)は4月14日に2020年の世界経済の成長率が前年比マイナス3.0%という見通しを発表した。JPモルガン・チェースも今後2年間、世界経済が日本のGDPに相当する5兆ドルの損失を被ると予測した。最近発表されたデータによると、すでに多くの国の2020年1-3月期のGDPが深刻な下落の影響を受けている。たとえば、中国、アメリカ、ユーロ圏、日本がそれぞれ前年同期比6.8%減、前期比年率4.8%減、前期比3.8%減、前期比年率3.4%減だった。医療の専門家は新型コロナウイルスの収束には少なくとも1年かかるだろうと指摘している。ゆえに、コロナショックも長引き、経済への影響が1年以上続く可能性がある。   さて、各国はどのようにコロナショックがもたらした経済危機を乗り越えようとしているのか。リーマンショックの際と同様、ほとんどの主要国家は大規模な財政救済策を講じている。果たしてこれらの救済策はどれほどの効果が見込まれるのか。現時点の経済対策は消費の冷え込みを防ぐことに注力しかちだが、生産の回復の方がより大変になるかもしれない。リーマンショックの時はまず金融が直接ダメージを受け、そこから実体経済に影響を及ぼしていったが、コロナショックの場合は、最初にダメージを受けたのが実体経済そのものだ。コロナショックから抜け出すのは、リーマショックよりも難易度が高いだろう。   また、コロナショックの脅威によるグローバル化の逆流や保護主義の台頭がもうしばらく続くかもしれない。コロナウイルスが収束しても、経済はすぐにV字回復を見込めないと推測する。実際のところ、経済協力開発機構(OECD)は、新型コロナウイルスの世界的流行による打撃から世界経済が回復するには、数年はかかるだろうと警告した。   日本経済はどうだろう。4月27日に日銀は2020年度の日本経済の成長率はマイナス3%?マイナス5%を見込むと発表した。2020東京オリンピックは日本経済の起爆剤として期待されてきたが、新型コロナウイルスにより延期を余儀なくされた。専門家の試算では、この延期により約6,400億円あまりの経済損失が出る。2021年夏にオリンピックが無事に開催されたとしても、訪日の観光客は当初の想定数を下回るだろう。この時のインバウンドが果たして日本経済を救えるかどうかはまだ断定できない。   とはいえ、コロナショックは、世界経済にとって決してすべてがネガティブとも言えない。少なくとも以下の4点のポジティブな面がある。第1に、マスクなどの医療物資の大量の不足にはサプライチェーン(Supply Chain)の不合理が反映されている。グローバル経済にとって、サプライチェーンの再構築が喫緊の急務だ。今まで中国に頼りすぎた分、いざとなると物資や商品の調達が難しくなる。今回我々が身をもって学んだことだ。例えば、日本のマスクの80%は中国から輸入していた。花粉症大国として常時マスクの需要が多い日本は、せめてマスクぐらいはもっと国内で生産すべきだ。   第2に、コロナショックは世界規模で働き方の革命を起こしている。在宅ワークを機に、すでに本来やらなくていい会議などがたくさんあると気づいた人も多いだろう。今後ムダな仕事が淘汰されることが望まれる。また、在宅勤務や短縮営業はコロナ収束後も一部を残すべきだ。例えば、人の来ない時間帯に店を開ける必要はないだろう。コンビニやファミレスの24時間営業体制も本格的に見直すべきだ。在宅や時短勤務が増えれば、公共交通機関の混雑も緩和されるだろう。   第3に、コロナショックが新しい技術革新(Innovation)を加速させるだろう。現にコロナの影響で5Gの到来が前倒しになるなど、様々な分野においてITの躍進は続くだろう。例えば、オンライン授業や会議の実施が日常となり、米Zoom等のIT企業が飛躍的に発展している。アメリカでは、食事や商品を配達するロボットがこの時期に大活躍しているという報道もあった。   最後に、コロナショックはグローバル化のあり方にとても大きな意味合いをなす。確かに、歴史上の伝染病の流行例と比べると、グローバル化の進展により新型コロナウイルスは瞬く間に拡散された。一方で、グローバル化のおかげで、国々の間で速やかに情報、技術、経験や物資の共有ができ、コロナ対策の役に立っている。グローバル化はコロナショックにより後退ということはなく、むしろ、これを機に、制度の改善や協力の強化を通じ、グローバル化がさらに推進されていくだろう。     英語版はこちら     <謝志海(しゃ・しかい)Xie Zhihai> 共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。     2020年5月21日配信
  • エッセイ631:ナーヘド・アルメリ「コロナと人間的社会」

    COVID-19、または新型コロナという名称で知られるようになったウイルス拡散の危機は、感染を予防し、拡大を防ぐために、私たちに隔離政策やソーシャルディスタンシングなどいくつかの社会的ルールを課した。その中で大きく影響を及ぼしたのは、物理的な接触で始まる社会的コミュニケーションの形態、例えば、承認やサポートなどの気持ちを表明するために、肩を撫でたり、握手・ハグ・キスをしたりするなどの伝統的な社会的コミュニケーションだ。   何世紀にもわたって築かれてきた国よって異なる挨拶の形態は、異なる習慣や伝統だけでなく、親密さをも示す。アラブ世界では、握手やキスは挨拶の最も重要な形態だ。特にアラブの中でも地域によって挨拶の仕方やその位置付けが異なるのがキスの場合だ。例えば、シリアと国境を接するアラビア語圏諸国とエジプトでは額・頬・肩・手の甲、アラビア半島ではそれらに加えて鼻先同士のタッチ、モロッコ地域では手の甲と手のひらのキスは様々な意味を持っている。アラブの中で国が異なっても、親戚の人が訪ねてきた時に軽くハグしながら頬にキスしないと無礼な態度として見られる。頬のキスは2回、または3回、3回以上キスする人も少なくない。   この文化的多様性を認識している地中海に加えて、大西洋の海岸に位置する国々の人々が交渉・協定・条約などの終結の時の挨拶の仕方の異なる習慣に対して混乱しても不思議ではないが、少なくとも誰もが握手し、握手によって挨拶することに賛同するだろう。同時に、誰もが異なる地域による文化的特異性を尊重する義務があることを理解している。異国へ初めて訪問する者は、誤解や恥ずかしいことを避けるために、事前に訪問先の習慣や伝統を調べていくことが多い。シリアにいた時に、最初はキスをすることを気持ち悪がっていった日本人が、シリアに滞在して半年くらい過ぎた頃には親しい人とキスするようになったことがあった。しかし、COVID-19は、公共の安全の優位性の下でそれらの文化を尊重することに対して全く無神経だ。コロナ感染拡大回避の下で問題とされるのは、もはや社会常識や個人の権利と義務ではなく、集団的責任だ。   無論、新しいことが常識になるまでには拒否に直面することもあるが、実際にそれが次の世代を生み出す社会的状態に変わり、やがて将来的に習慣と伝統と呼ばれることになる。社会における新しいことの意識的な確立は、相対的で科学的な価値に基づく。これらの価値は測定可能な・解釈可能な・社会的合意や支援を集めることに基づく。しかし、区別なく人間全員を対象とする目に見えない敵に関することになると、決定的な判断は影響力のある指導者や政治家ではなく、医療専門家によるものとなる。   アフターコロナの世界では、物理的に気持ちを表現したり、人や物とコミュニケーションを取ったりすることはもはや受け入れられなくなるかもしれない。私たち一人一人が、人や物との間に安全な距離を維持する必要も出てくるかもしれない。コロナが私たちにソーシャルディスタンスを強制した。しかし、ソーシャルディスタンスは個人や社会のレベルで人間のコミュニケーションの中断を意味するのではなく、むしろそれを強化したのではないだろうか。コロナは私たちに少なくとも、コミュニケーションの形態について再考させたと同時にその重要性をも再認識させてくれた。また、感染の予防と意識を広めるために他人を助けることへの関心を強化し、互いを思いやることの大切さを再認識させた。   コロナは、私たち人間全員に身のほどを知らしめた。また、私たち人間が、生存、健康、安全、そして豊かな暮らしを求めている社会的生き物に過ぎないということに気づかせた。私たちはアフターコロナの世界を構築するために、ソーシャルディスタンスを始め、食事と健康の見直しや、個人、政府、国家レベルでの支出の優先順位の再考に至るすべての教訓から学ばなければならない。   英語版はこちら   <ナーヘド・アルメリ Nahed ALMEREE> 渥美国際交流財団2019年度奨学生。シリア出身。ダマスカス大学日本語学科卒業。2011年9月日本に留学。2013年4月筑波大学人文社会科学研究科に入学。2020年3月博士号取得。博士論文「大正期の童謡研究――金子みすゞの位置づけ」は優秀博士論文賞を受賞し、現在出版準備中。新型コロナウイルスが収束次第帰国し、ダマスカス大学日本語学科で教鞭をとる予定。     2020年5月14日配信
  • エッセイ630:林泉忠「「孤立」する台湾がテドロスに「完勝」したワケ?」

      (原文は『明報』(2020年4月20日付)に掲載。平井新訳)   4月8日、WHOのテドロス・アダノム事務局長は記者会見という公開の場で台湾を名指しし、台湾が彼に個人攻撃と人種差別を行なっているという異例の非難を行った。その後、「人から人への伝染」の可能性を警告する昨年12月末の台湾当局からのメールをWHOが無視したのではないかという国際社会からの疑念をめぐって、再度議論が紛糾したために、「テドロスvs台湾」というこの「意外な戦争」はさらに続き、しかも予想外の結果に至ることになった。   最大のポイントは、テドロスが積極的に仕掛けたこの「対等でない戦争」において、一方でテドロス本人に綿密な戦略的思考と有効な対応策の調整が欠けていたことと、また他方では台湾側が巧妙に「借力使力」(てこの原理のように相手の力をこちらの望みを達成するためにうまく利用すること)で立ち回り、自らが得意としている防疫の成功経験をうまく絡めて、機に乗じて“Taiwan_can_help”という国際戦略の大攻勢に打って出たということである。こうして台湾は、国際的な舞台において、ここ数十年で稀に見る高い露出度を獲得し、今回のパンデミックにおける台湾の防疫の優秀さがさらに世界的な注目を浴びるきっかけともなった。WHOの大門をもう一度叩いて開こうとする台湾にとって、これは有利な国際世論の環境づくりに成功したことになる。台湾は、いかにしてこれを成し遂げたのだろうか。     ○テドロスの台湾批判における戦略上の「4つの失策」   言うまでもないことだが、WHOは国際社会が今回の新型コロナウイルスのパンデミックに対応する上で最も重要な国際機関である。しかし、事務局長であるテドロス氏は、この空前の感染爆発の初期には、「あからさまな中国贔屓」と見受けられるいくつもの発言をしていた。1月14日にはまだ「人から人へ」の感染の可能性を否定する声明を発表するなど、この感染症の流行状況に対する数々の「誤った判断」が目立っていたといえる。こうした対応がすでに国際世論の多くの批判を招いていたのであり、テドロスの受けていたプレッシャーが相当なものだったのは言うまでもない。   次第に積み重なっていく国際世論からの批判の荒波の中で、テドロスがついに耐えきれなくなって、WHOの記者会見上で「反撃」を試みたのだろうということは想像に難くない。しかし、テドロスのこの「反撃」は、その問題設定のあり方そのものが、内容、対象、タイミング、状況判断の全てにおいて、成功する策略家であれば犯すことのない過ちを多く犯したことで、国際世論からの再批判という衝撃を受け止める支えすら失った。その結果は、予期していた効果を得られないばかりでなく、かえって台湾に「逆転勝利」のチャンスを与えてしまったのである。     ○テドロスの犯した過ちとは具体的には何だったのか。   第1に、証拠を欠いた非難だったことである。いかなる種類の「反撃」であっても、最も基本的な対応は十分な根拠を持って反論を行うことであろう。しかし、テドロスはただ単に「私に対する侮辱、「黒人」や「黒鬼(黒人であることを蔑んだ呼び方)」などという人種差別的表現を使った私への攻撃」が「台湾からだった」と指弾するにとどまった。確かに、テドロスは「台湾の外交部も、一部の人々が私に対して個人攻撃をしていることを知っていたし、しかもその中(そうした個人攻撃)に加わっていることを否定していない」と述べているが、ついに具体的な論拠を示すことはなかったのである。   第2に、場違いの状況だったことも問題であろう。それは「公私混同」、「公的機関の私的利用」と言われかねないやり方だった。実際、テドロスは、通常のWHOの記者会見の場において突如、彼個人に対する人身攻撃について語り出したが、いじめられていかにも辛そうなその表情を公に晒すことで、「国際機関を管理する指導者としての風格を失った」という印象を世間に与えてしまった。   第3に、タイミングも見誤ったといえる。3月に入って新型コロナウイルスはパンデミックに至り、欧米はまさに日増しに厳しい情勢になっていた。こうした状況において、テドロスが初期に「判断を誤った」とする国際世論の不満はどんどん高まりを見せていた。テドロスが記者会見で台湾を名指しで批判したちょうどその頃、テドロスの辞任を求めるネット上の署名運動に75万人ものネットユーザーが名を連ねていたが、こうした動向は決してそのすべてが台湾によって主導されたものだとは言えないだろう。したがって、こうした自己に不利な状況というタイミングで「反撃」を行ったテドロスが、国際世論の広い支持を得られなかったというのは、はじめから予測可能だったとさえ言えるだろう。   第4に、対象の選び方においても誤っていた。テドロスの「反撃」は、具体的な個人に対するものでもなければ団体に対してでもなく、また非常に具体的な一つの事件に関するものでもなく、一つの政治的な実体としての台湾そのものであり、しかも非難する理由として挙げたのは「人種差別」があったという非常に漠然とした内容であった。実際、テドロスの台湾への「反撃」は、国際世論の支持を取り戻すため以上のものではなかっただろう。しかし、この「反撃」の主体は、テドロスともしくはその秘書を加えた小さなグループがせいぜいのところであり、かたや相手は一つの社会全体である。しかも論拠も証拠も乏しい状況でこうした主張を行えば、相手方からどれほど強烈な「再反撃」の波が押し寄せるか想像に難くなかったはずだ。   果たして、テドロスの「反撃」が招いたのは、まさに台湾社会全体から押し寄せる「反テドロス」の怒号であった。この怒号は、民進党と国民党に珍しく与野党ともに声を合わせて「対外的に一致」する機会を与えただけでなく、島内の人々であれ海外からの留学生であれ皆が一致団結して、テドロスの「事実に沿わない非難」に対して抗議したのであった。     ○台湾はいかにして「借力使力」の「完勝」を成し遂げたのであろうか?   この時、台湾はまさに防疫に成果を上げており、この防疫対応の過程で示してきた台湾の医療技術とイノベーション力が国際社会に評価されていた。民進党当局もこの有難いチャンスを生かして“Taiwan_can_help”の国際キャンペーンを打ち出し、積極的に国際社会との交流協力を通じて台湾の存在感を強化し、台湾の国際的なプレゼンスを高めた。   したがって、テドロスによるあからさまな台湾批判は、むしろ台湾に格好の「当たりくじ」を送ることになってしまった。まず、台湾外交部はすぐさま声明を発表し、「あまりにも無責任な責任転嫁」だとテドロスに抗議し、謝罪を要求した。蔡英文総統もフェイスブック(Facebook)上で立場を表明し、テドロスに抗議するだけでなく、「台湾はこれまでいかなる形式の差別にも反対してきました。私たちは国際組織から長年排除されてきたのであり、差別され孤立するのがどのような気持ちか誰よりもわかっているつもりです」と「借力使力」の対応を示した。さらに、この流れに棹さして、台湾はWHOとの関係が縮まるよう希望しているとし、そしてテドロスに対して「ぜひ台湾に訪問してもらいたい」という意思表示の中で「台湾人民がいかに差別と孤立に遭う中で努力を続け、世界に向かう歩みを堅持し、国際社会に貢献しているかを感じて欲しい」とまで語った。国民党も声明で、「WHOのリーダーは論拠が不明確な状況のもとで最近(WHOが)受けている批判の原因を台湾のせいにすべきではない」と発表している。   市民の間に広がる「反テドロス」の怒号の中でも最も注目を集めたのは、台湾のユーチューバー「阿滴」と著名なデザイナー聶永真などが、テドロスによる「台湾批判」の後に「ニューヨークタイムス」に掲載しようと始めた「台湾人が世界に宛てて書いた手紙」という募金活動である。この運動は、もともとは400万台湾元(約1300万円相当)を集めることを目標としていたのに、キャンペーン開始からわずか15時間ほどで1900万元(約6840万円相当)を超える寄付金額を達成した。この意見広告は4月14日に「ニューヨークタイムス」に掲載され、“Who_can_help?Taiwan”(誰が助けられる?台湾だ)というメッセージが伝えられ、「孤立させられた時、私たちは団結を選択した」という台湾の立場を強調した。   こうして台湾から寄贈されたマスク等の防疫物資が多くの国に続々と届いているまさにちょうどその頃、アメリカのトランプ大統領は4月17日には中国が感染症の流行拡大や実際のデータを隠蔽したと再度批判し、同時に台湾が去年12月末に「人から人への感染」を警告したことをWHOが無視したと指摘した。これと同時に、テドロスの最大の支持者であるはずの中国では、広州地域において現地在住のアフリカ人が人種差別的な扱いを受けるという事件が発生していた。まだ感染者であると確定していない状況にもかかわらず、黒人であれば強制隔離され、パスポートを没収し、場合によっては住宅やホテルから追い出されるような事態も起こっていた。こうした事態に、多くのアフリカ諸国が現地の中国大使を召喚したり、中国外相王毅に親書を送付し、この問題を注視していることを伝え、説明を要求したりした。   一方で、台湾が外国人に対して非常に友好的な社会であることは世界が認めるところである。たとえ、両岸関係が長期的にうまく行っていないとしても、機会があって台湾に進学した大陸の学生や観光客は皆が、台湾社会の友好的な態度と礼儀正しさにプラスの評価を与えている。国際世論のプレッシャーを受けてきたテドロスは、軽率にも台湾に矛先を向けて「人種差別」の謗りを以って台湾への非難の理由とした。もしかすると彼は、台湾が国際的な地位を欠いているために国際連合が承認する主権国家でWHOのメンバーでもないことから、こうした非難への反発はそこまで大きく広がらないと考えていたのかもしれない。しかし、結果はむしろテドロスにとって逆効果となったのであった。   テドロスの「台湾批判」という判断の誤りは、「WHOの外に排除されている」という問題について、国際社会のより大きな関心を台湾に獲得させることになった。現在、欧米や日本などの諸国は、5月に開かれるWHO総会への台湾のオブザーバー参加への支持を、次々に表明している。こうした逆境のもとで、WHOもついに4月18日の記者会見上で、台湾の防疫対応における成果を初めて公に評価せざるを得なくなったのである。   台湾がWHOに参加できるか否かは、最終的には北京の態度にかかっている。しかし、今回の「テドロスvs台湾」という意外な場外乱闘は、北京の主権的立場のために国際社会において長い間孤立してきた台湾に、これを機に自らの立場についてより多くの国際世論の関心と支持を得るチャンスを与えたのである。この点から言えば、台湾はまさに「完勝」したといえるだろう。   <林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、中国武漢大学日本研究センター長、香港『明報』(筆陣)主筆などを歴任。     英語版はこちら     2020年4月30日配信
  • エッセイ629:シム チュン・キャット「そして、除菌マニアに僕は変身しました」

      たまに行く大学やスーパーあるいは近所の散歩などから家に戻ったら、まずは黙って洗面所に直行し、一心不乱にうがいをおこなった後、今度はハンドソープで徹底的に手洗いします。手についた菌を殺したら、抗菌衛生使い捨てポリ袋を手に嵌めてすぐにまた戸外に戻り、これまで取った行動をそっくり繰り返しながら、玄関デジタルロックのナンバーパッドとそのカバー、ドアの取っ手、電気スイッチ、洗面所の蛇口などなど手で触った所なら、消毒液をたっぷり沁み込ませた脱脂綿で良い菌も悪い菌も分け隔てなく無表情で皆殺しにします。それから、ポケットの中の財布、小銭入れ、鍵とスマホも満遍なく滅菌します。今なら罪を犯しても現場に残した指紋と証拠を全部綺麗さっぱり消して、絶対捕まらないようにする自信があります。そうです。冷徹な無差別殺菌者に僕はなりました。除菌マニアに僕は変身しました。   つい先月まで、何でも抗菌・除菌・滅菌・殺菌するような人を僕は笑って冷ややかに見ていました。そこまで潔癖になって疲れませんか?無菌状態になってどんどん免疫力が落ちて弱くなるだけです!今にノイローゼになりますよ!と、心の中でちょっと小バカにもしていました。しかし人生とはやはり面白いもので、新型コロナ禍の中、そのような「小バカ」に僕はなったのです。菌よりも非常に狡猾で質の悪い困った相手である以上、ゼロ・トレランスで殲滅しなければなりません。   自分が感染しないために、とりわけ他の人を感染させないためにも、すべての菌も含めて敵に回し宣戦布告をせざるを得ません。ほとんどの菌が無関係な良い菌だと知りつつも大義名分のもとで撲滅しなければなりません。まるで人間同士の戦争のようです。特に検査件数が極端に少なく感染経路不明のケースが非常に多い日本において、いつどこで誰に感染させられてもおかしくないことから、ある意味テロへの戦争とも変わりません。襲われる前に先手を打って菌殺しに取りつかれる除菌マニアに僕が変身してしまうのも仕方がないというものです。   大学の授業でよく引きこもり問題について語る僕は引きこもりにも変身しました。当事者の体験を追体験するようで、その気持ちが少しわかるようになった気がします。なるほど、出かけたくても出かけられない、行きたい所があっても行けない、会いたい人がいても会えない、という焦りと不安の心境はこのようなものだったかもしれませんね。外で陽光が燦燦と降り注いでいるというのに外出を自粛しなければならないなんて、「春なのにため息またひとつ…♪」という昔の歌の歌詞を思い出します。   ところで、日本語の「自粛」という言葉もまた曖昧かつ厄介なもので、「自分から進んで自分の言動を慎むこと」という辞書的な意味からもわかるように、進んで慎むかどうかはあくまで本人次第で、法的な強制力がない以上、「春だから外出またひとつ…♪」という人がいても不思議ではありません。このせいか、海外の様子とは違って、日本ではどこか緊張感・危機感に欠けていると思うのは僕だけでしょうか。   確かに海外のような罰則がなくても多くの人はちゃんとディシプリンをもって外出を控えており、新宿、渋谷、銀座などの繁華街では人出が激減しているようですが、逆に地元の商店街がにわか繁華街になったり、スーパーやホームセンターなどの「生活必需品売場」が子ども連れの遊園地に化してしまったりしています。学校にも通えない子どもを外に連れていきたい気持ちは痛いほどわかります。わかりますが、このままで日本は大丈夫でしょうか、というのが無差別殺菌者である僕の正直な心情です。朝通勤する人数の減少は目標値に達していませんし、スーパーのレジ前の列を見る限りソーシャルディスタンシングも海外のようにきちんと守られていません。このままで本当に大丈夫でしょうか。ため息またひとつです。   このような呑気さ・無警戒さは恐らくリーダーの原稿読み上げ・棒読みスピーチと質疑応答に関連しているのではないかと僕は考えます。日本のリーダーによる、他人事のような、人に伝わらない、心に響かない演説スタイルは僕の国シンガポールのメディアにも取り上げられたぐらい、今の世界状況では逆に際立って注目されています。うつむいて読み上げる単調でモノトーンな宣言が「発出」されるたびに、シンガポールの友人から心配なメールがたくさん届くのも無理はありません。そもそも、「やさしい日本語」が求められる昨今において、「発出」のような普段使わない、永田町・霞が関文学的な言葉はなんとかなりませんか。   あと、トップが発する丁寧すぎる言葉も気になります。「ご理解いただきますようにお願いいたします」はまだ良いとして、「ご協力を申し上げさせていただきます」はへりくだりすぎて逆に緊迫感が薄れてしまうのではありませんか。除菌する前に僕が「殺させていただきたいゆえ、ご理解とご協力を申し上げさせていただきます」と手に向かって言ったら、無差別殺菌者の気持ちも緩んでしまうのではないでしょうか。とにもかくにも、新型コロナに対する日本の旧型の生温い対応でもこのまま持ちこたえられることを切に祈るばかりです。   何はともあれ、いつになるかはわかりませんが、夜が明けて僕の除菌・引きこもり生活にも終わりが来るのでしょう。ポストコロナの時代について、世界パワーバランスの変化やら、グローバリゼーションの終焉やら、自由市場の後退やら、独裁政権の台頭やら、民主主義の崩壊やら、経済活動の再編やら、国家間・地域間・民族間・階層間の格差の拡大やら、SGRAも含めて世界中の知性がいろいろ語っています。人類にとって大きな試練であることは間違いはなく、今後壮大な政治的、経済的、文化的、そして社会的な実験、挑戦と選択を我々は迫られることになるのでしょう。何より、それらの変動によって、あるいはそれらの変転とは無関係に、新型コロナによって否応なしに新型人間が生まれるのか、歴史は果たして大きな転換点を迎えるのか、まずポストコロナの自分がまたどのような変身を遂げるのかと、今日も僕は在宅勤務と自宅菌務に励みながら思いを馳せています。   <シム チュン・キャット Sim_ChoonKiat> シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。昭和女子大学人間社会学部・現代教養学科准教授。SGRA研究員。主な著作に、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋館出版社)2009年、「論集:日本の学力問題・上巻『学力論の変遷』」第23章(日本図書センター)2010年、「現代高校生の学習と進路:高校の『常識』はどう変わってきたか?」第7章(学事出版)2014年、「世界のしんどい学校-東アジアとヨーロッパにみる学力格差是正の取り組み」はじめに、第1章、第8章(明石書店)など。     英語版はこちら     2020年4月23日配信
  • エッセイ628:林泉忠「『記事撤回事件』と『パンデミック宣伝戦』」

      (原文は『明報』(2020年3月23日付)に掲載。平井新訳)   香港における「抗疫大將(防疫作戦の将軍)」と称される香港大学微生物学系講座教授の袁国勇とその弟子である名誉助理教授龍振邦の両名が3月18日に『明報』に投稿した「17年前の教訓を全く活かせなかった武漢由来のパンデミック」の記事に関して「撤回声明」を出すに至り、香港全土を揺るがす「記事撤回事件」が起こった。では、記事撤回の決定はどのような経緯と圧力のもとに起こったのだろうか。事件の真相の詳細についてはまだよく分かっていない。確かに事件の背景に関しては諸説紛糾しているものの、中国の国内外で感染症の流行状況が逆転してしまった現状において、中国が今まさに戦いの火蓋を切って落とそうとしている宣伝作戦とこの「記事撤回事件」の関係にまず着目すべきだろう。     ○二人を「記事撤回」に追い込んだきっかけ   新聞紙上に掲載された文章は、たとえ誤りを含んだものであったとしても、普通はメディアを通じて読者へ釈明したり、訂正を出したりすれば事足りるのであって、記事そのものを「撤回」するというのは珍しい出来事である。そもそも一度掲載してしまった内容を「撤回」などできるはずもなく、「撤回声明」で問題が一件落着するわけでもない。実際、「撤回声明」が出たことによって、多くの読者が興味をもって元の記事を探して読むことにつながってしまい、当該記事は『明報』のウェブサイトでもヒット数が激増し、記事の影響力はかえって増大することになった。   ここで、「記事撤回事件」の背景と原因を窺い知るためには、北京側のロジックから理解しなければならない。   そもそも、3月18日の「記事撤回事件」は、2段階の進展を見せていた。まず、第1段階は、記事が発表された当日の夕方だいたい5時から6時の間に、記事の筆者である龍と袁の両名が『明報』社に記事内の「中華民国」の文字を「台(湾)」に変更するよう要求した。この段階での問題は、北京からすれば「常識を欠く低レベルの間違いを犯した」というものであっただろう。中国に復帰した後の香港は、中華人民共和国の特別行政区である。たとえ香港と内地の言論の自由に関する規範が必ずしも一致せず、内地では掲載不可能な「台湾総統選」や「台湾総統蔡英文」など類似のこうした表現について、必ずしも内地における報道に合わせて「中国台湾」、「台湾地区」と呼称する必要はない。 とはいえ、括弧を付けずに「中華民国」と香港、マカオを並列にすることは、?台湾を一つの国家であると認めること、?台湾の国名は「中華民国」であると認めている、とはっきりと示すことになってしまう。こうした表現は、もっとも緩やかな基準に基づいて判断したとしても、北京から見れば、少なくとも「ポリティカル・コレクトネスに反する」となろう。   しかし、香港の言論、新聞、出版の自由は、香港『基本法』の保障を受けている。だからこそ、『基本法』にもとづき、『明報』の編集部も当初、記事の筆者に対してかかる台湾の名称に関する表記の変更を積極的に要求しなかったと、筆者は信じている。重要なのは、袁国勇は香港大学医学院教授であるというだけでなく、同時に中華人民共和国国家衛生健康委員会のシニアエキスパートチームのメンバーであり、かつ香港政府の防疫専門家顧問団のメンバーであるなど、現役「官僚」の身分をも有しているということである。こうした身分を持ちながら、自らが公開する文章において、台湾を「中華民国」と表現することの重大性は、すでに「不適切」の一言で済まされる問題ではなく、これこそ彼ら2名を記事の撤回に追い込むことになった原因といえるだろう。もちろん、当該記事の「問題」はこれだけにとどまらない。     ○北京の新たな「宣伝戦」にも反する論調   記事の筆者である2人は、18日の夕方に「中華民国」の名称の訂正を求めた後、夜にはさらに『明報』に対して「記事撤回声明」を発表し、『明報』は当日深夜11時38分にニュースリリースを発表した。これが、「記事撤回事件」の第2段階目の展開であった。合理的に推察すれば、夜になって筆者両名が受けた圧力がさらに一歩強まり、「中華民国」という表現を訂正すれば良いという問題ではないということに思い及び、そこで夜中に再度新聞社に連絡してあまり見慣れない「記事撤回声明」を出すに至ったという経緯が考えられよう。言い換えれば、記事撤回の背景には、「中華民国」という呼称以外に文章内容も関係したということではないだろうか。   そもそも当該記事には、上述した台湾の呼称のほかに、論争を巻き起こす3つのポイントがあった。それは、第1に感染症の名称として「武漢肺炎」という呼称に正当なお墨付きを与える内容だったこと、第2に「ウイルスの発生地は武漢である」と主張したこと、第3に「中国人の陋習劣根」が「ウイルスの発生源」であると主張したことである。この3大論点は、それぞれ若干内容が異なるとはいえ、結局は中国における民族主義の逆鱗に触れたという点で、「世間の皆様に不快な思いをさせた」というばかりでなく、むしろ「中国人の民族感情を著しく傷つけた」という意味で、強い反発を招きやすく、中国大陸のネットユーザーの「出動」と炎上を触発する要因となりかねなかったのである。もちろん、こうした指摘の裏に潜んでいる真意は、当局の「野生動物の濫獲と食用に対する取り締まりの不行届」が招いた問題であるという意味で、民族感情レベルの問題だけではないと言えよう。   いわゆる「龍の逆鱗に触れたる者は必ず死に至る(「逆鱗」の故事成語)」となった当該記事が「炎上した」理由として、おそらく民族感情を害したことよりもさらに重大だったのは、公職にある香港随一の防疫専門家が、あろうことか「武漢肺炎」の用語を公然と肯定し、同時にさらに一?踏み込んで「ウイルスの発祥地は武漢である」という論まで展開したことだろう。   客観的には、3月に入って以降、中国内地における感染症の流行は次第に抑え込まれつつあった。習近平は3月10日に武漢を視察し「感染症との戦いには段階的な勝利を収めた」と標榜していた。これと同時に感染症の流行状況は中国国外において急激に拡大しつつあり、中国の国内外において状況が逆転し始めていた。   この段階に到って中国の官製メディアは、すぐに「パンデミック世論戦」を展開し始めた。一方では「中国の制度的優越性」によって「パンデミックとの戦い」に勝利できたと声高に喧伝し、他方では中国における感染症の流行のマイナスイメージを極力払拭しようとしたのであった。   これによって、感染症流行に対する中国政府の対応への中国国内外からの批判を和らげ、中国に対する責任問題の追及をかわそうとしていた。従って「武漢肺炎」という呼称を頑なに使用し続ける台湾当局や、トランプが連日に渡り「中国ウイルス」と呼び続ける事に対して、厳しく譴責していた。   この他にウイルスの発生源に関する問題について、中国世論ではこれを曖昧化し始めていた。中国とは関係がないと極力主張するばかりか、中国外交部のスポークスマンである趙立堅が、先日SNSメディアで表明したように、「新型コロナウィルス肺炎の感染症は米軍によって武漢に持ち込まれた可能性がある」とまで語っている。   簡単に言えば、中国側の世論において(コロナ騒動の原因と責任に関して)反転攻勢の宣伝が激しく展開されているまさにその時に、中国国家保健委員会シニアエキスパートチームの一員の身分を有する袁国勇教授が高らかに当該記事を発表したことは、北京側の宣伝の意向を無視し、中央政府の基本的な認識に真っ向から挑戦するという大禍を招いた事になるのである。このように顔に泥を塗られた北京当局が、記事の撤回だけでことを済ませ、袁国勇教授に対しその公職に引き続き留任させるというのであれば、中国内地の基準に照らせば、おそらく前代未聞の寛大な処置と言えるだろう。     ○反転攻勢の「パンデミック世論戦」もほどほどに   公正を期して述べるならば、もし当該記事が発表されたのが、2月中旬のWHOが正式に新型コロナウィル肺炎の名前を「COVID-19」命名とする以前であれば、問題はここまで重大なことにはならなかっただろう。実際にWHOが正式に命名する以前の段階では、世界各国のみならず中国国内メディア及びネットユーザーですら「武漢肺炎」という呼称を便宜的に使用していたのであり、この呼称が「社会的スティグマ」であると公式に認定されたのちに、ようやく呼称が変更されたという経緯があった。この点から言えば、今回の事件は、当該記事の筆者には中国政治の「敏感(デリケート)度」に対する観察と対応能力が足りなかったために起こったと言わざるを得ない。   実のところ、「武漢肺炎」であれ「中国ウイルス」であれ、たとえウイルスの発生源が最終的に武漢からであったと確定されたとしても、こうした名称が人種差別の意味を含んでしまう誹りは免れない。特に、人類の文明が進歩し、人権への尊重が進むにつれて、こうした名称は極力避けられるべきだろう。しかし、これは「香港インフルエンザ」、「香港脚(水虫)」、「日本脳炎」など、地域の名称を冠したその他の疾病の呼称に対しても、同様に批判を展開すべきであり、ダブルスタンダードとなってはいけないだろう。   この他、中国はまさに反転攻勢型の「パンデミック宣伝戦」をこれからさらにおし進めようとしている。しかし、これは西欧世論の注目を広く集めるばかりでなく、反感さえ招いており、中国は自画自賛だと批判されている。中国政府が「当局のとった的確な防疫対応は人類の健康と安全を守るために大きな貢献となった」などと強調することは、当局が感染症の発生初期に真相を隠蔽して感染爆発を招いたという中国社会及び国際社会が有する負の記憶を抹消しようとするものだという批判である。中国の感染症への対応が的確であったかどうか、またその効果はいかなるものかについて、もちろん様々な見解が存在するだろう。   しかし、もし民意と国際世論の反応を無視して、当局が「パンデミック宣伝戦」を高らかに展開し続けるのであれば、おそらく「感恩論」(訳者註:3月初旬に武漢市の党書記王忠林が、武漢市民に今回の感染症拡大に対する政府の対応に感謝する「感恩教育」の必要性を説いたことに対して、中国のネットユーザーを中心に市民からの批判が殺到したため、当局はすぐにこれを撤回した)や、出版されずに回収となった『大国戦”疫”』(訳者註:中国共産党と政府宣伝部門が主導し、習近平指導部の新型コロナウィルス感染症への対応の成果と指導力をアピールする内容の書籍が2月下旬に出版予定だったが、市民からの非難が殺到したために販売予定の書籍は回収された)と同様に、逆効果となるため、ほどほどに慎むべきだろう。   <林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、中国武漢大学日本研究センター長を歴任。     2020年4月16日配信
  • エッセイ627:謝志海「新型コロナウイルスの流行で気づく大学授業のあり方」

    世界中のほとんどの人が、2020年がこの様な年になるとは想像していなかっただろう。中国から広まった新型コロナウイルスはまたたく間に世界中に広まり、人々は、右肩上がりの自国と世界の感染推移から目が離せない上に、日々の生活になにかと制限がかかる。早くも「コロナ疲れ」なんて言葉も出てきている。誰もが皆、何かしらの予防と対策をしながら1日でも早い収束の兆しを待ちわびている。今日はアカデミック(大学)におけるコロナ対策について書いてみたいと思う。何故なら国によって、その対応が大きく違うと感じるからだ。   コロナウイルスの蔓延は収束への一途が見えないまま3月に突入し、感染者の多い国にある大学から徐々に休校を決断した。アメリカやイギリスの大学はちょうど3月半ばから月末にかけての春休みを前倒しにするかたちで休みに入った。そして春休み明けから学年末まではオンラインでの授業。6月の卒業式までもバーチャル(オンライン)卒業式とすると決定した大学もある。中国は春節の連休後から現在に至るまで授業はもうずっとオンラインで行っている。韓国も同様である。これらの国があっさりとオンラインでの授業に切り替えることができたのは、すでにそのインフラが整っていたこと、普段から活用していることの表れであろう。   では日本はどうだろう。オンライン授業にするかしないかというよりは、4月からの新学期の開始日をいつまで遅らせるかの議論に重きを置いている大学が多いように思う。そんななか、東京大学はオンライン授業で新学期をスタートすると決めた。その他の多くの私立大学も新入生オリエンテーションはオンラインで行うとする他、できることからオンライン体制を整えつつ、今後の状況を探るというスタイルも見えはじめた。留学生や遠方から来る学生を多く抱える立命館アジア太平洋大学(APU)や秋田県にある国際教養大学(AIU)は新学期からオンラインでの授業を宣言している。大学側としては、学生の健康を守ることが第一であり、同時にキャンパスを衛生的に守ることも大事だ。そのほかにも交換留学生の受け入れ送り出しなど、適宜対応せねばならないことは山積みである。   一つ考慮すべきは、大学側はなにがあっても学生に学びの機会を提供できる場でなければいけないということ。例えば、今回のことは新学期を遅らせる分だけ、後に補講したり、授業は夏休みまで少し後ろ倒しにしたりします、というよりはブランクを空けることのないようにすることも大事だと思う。すぐにオンライン授業に切り替えるべきとは言わないまでも、講義の代わりに学生に課題を与え、レポートをメールで提出してもらうなど、スマートフォンとインターネット環境があれば、学生と大学が、そして学びが途切れることなく繋がれると思うのだ。この時期、家から出られず、大学はいつ始まるかわからないようでは精神的孤立、孤独を招く可能性だってある。このエッセイを書くにあたり、欧米の大学のウェブサイトを見て回ったが、オンライン授業の案内のページには、自宅待機で孤独を感じた場合のホットラインの案内や、学生同士がオンライン上で助け合ってクラスを乗り切るコミュニティの情報も一緒に掲載されていた。単に授業をオンラインでするだけでなく、アフターケアまで用意されていることに感心した。   政府の緊急事態宣言に伴い、私の勤める大学と非常勤をしている大学もオンラインでの授業を検討し始めた。このコロナウイルスの広がりを教訓に、いつでもどこでも学生に授業や課題を提供できる状態を備えておこうと痛感する日々である。   <謝志海(しゃ・しかい)Xie_Zhihai> 共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。   英語版はこちら   2020年4月9日配信