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エッセイ773:尹在彦「海を越え歌は響き渡る」
YouTubeのアルゴリズムは、個々人を特定の情報空間に閉じ込めるという問題点(いわゆる「フィルターバブル」)があるが、個人的にはそれほど抵抗はない。その閉じられた空間が「意外と広い」ということもあるからだ。YouTubeの「おすすめ」に表示されるものは「再生回数稼ぎ」のための低レベルの動画ばかりではなく、知識の面で有益な情報も少なくない。最近は有名YouTuberではない人の動画も表示されたりする。アルゴリズムも批判を意識し、それなりに進化しているのだ。
2024年6月26、27日、日韓の交流サイト(SNS)で同時に話題になる出来事があった。K-POP女子アイドル「NewJeans(ニュージーンズ)」が日本で初めての公式イベントを東京ドームで開催し、そこで披露した一曲が大きな関心を集めた。1980年代に一世を風靡した松田聖子が歌った「青い珊瑚礁」(1980年)だ。44年前の名曲が、K-POPアイドルによりカバーされたことで、日韓両国のファンたちが熱く反応した。数多くの動画が既にYouTubeにアップロードされていた。
NewJeansは2022年7月にデビューした女子5人のアイドルグループ。韓国だけでなく多国籍メンバーで構成されており、「青い珊瑚礁」で注目されたのはベトナム系オーストラリア人のメンバー(ハニ)だった。男子アイドルBTSと同じ事務所(「HYBE」)の傘下に属しているが、「レトロ」「イージーリスニング」を標榜した点から若年層だけでなく、やや上の年代までファン層を広げている。
NewJeansの日本上陸を受け、YouTubeで関連する動画や反応を調べてみた。ファンたちがアップしたとみられる「直撮」(韓国アイドル界隈で使われる用語で、「ファンが現場で撮った動画」)の動画が多数見られた。そこでYouTubeのアルゴリズムが新たな動画の存在を教えてくれた。日本人女性たちが韓国のテレビ番組で「青い珊瑚礁」を歌う動画だ。再生回数は既に100万回に迫っており、かなり注目されていることが分かるが、私にはなじみのない番組だった。
タイトルは「韓日歌王戦」(日本版は「日韓歌王戦」)。日韓それぞれのオーディションを勝ち抜いた14人が両国の「古き良き時代の歌」を披露し、競い合う番組だ。審査員として松崎しげるなど両国の大物歌手が出演していた。
YouTubeには「韓日歌王戦」で歌われた多くの名曲がアップロードされていた。最初は意識していなかったが、段々とある変化もしくは事実に気付かされた。これまで韓国のテレビ番組で「日本の歌」が「日本語」で堂々と歌われたことがなかったということだ。MBNは「総合編成チャンネル」で、ケーブルチャンネルだが地上波テレビ局と編成の面で大差はない(ニュースやバラエティー番組が放映できる)。放送に関係する法律などで日本の歌が禁止されているわけではないが、これまでは「暗黙のルール」がそれを阻んできた。今回、その見えないタブーの一部が崩れた。私はかつて同テレビ局の系列会社(新聞社)で働いていたので内部を取材したことがあるが、政府の(暗黙の)了解は必要だった。
一説によると「韓日歌王戦」で歌われた「青い珊瑚礁」は、NewJeansのプロデューサー(もしくは所属事務所の代表)の選曲の参考になったという。原曲になかった振り付けがそのままNewJeansのコンサートで取り入れられたのが根拠だ。「韓日歌王戦」動画のコメント欄も興味深い。歌を純粋に楽しむコメントが多く、そこに国境は見られない。この番組は放送時間帯視聴率1位を記録した。単純に日本の歌が韓国のテレビ局で歌われた以上に有意義な結果を残したのだ。日本側の出演者の一人は歌唱力が韓国で大きな話題になり、長きにわたった無名歌手としての人生が報われたということで、日本のフジテレビで取り上げられた。
同番組の人気を受け、続編「韓日トップテンショー」も放映中だ。最近は日本での「韓流の先駆け」とも呼ばれた桂銀淑が舞台に立ちヒット曲を日本語で歌った。コメント欄には昔の彼女の歌声を覚えている日本のファンたちの反応も少なくない。韓国では近年、日本のいわゆる「シティ・ポップ」が再発見され「はまった」という人も増えている。
コロナ禍が立ちはだかった両国間の文化交流は再び活発化している。メディア界では合作プロジェクトが続々とスタートした。少なくとも文化では「タブーなき享受」が長らく続くことを願う。
<尹在彦(ユン・ジェオン)YUN Jaeun>
立教大学平和・コミュニティ研究機構特別任用研究員、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所非常勤講師。2020年度渥美財団奨学生。新聞記者(韓国)を経て、2021年一橋大学法学研究科で博士号(法学)を取得。国際関係論及びメディア・ジャーナリズム研究を専門とし、最近はファクトチェック報道や、国際人権規範と制度化などに関心を持っている。
2024年9月12日配信