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2006.04.18
SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ
マックス・マキト
2006年4月18日(火)午後2時から5時まで、マニラ市にあるアジア太平洋大学(UA&P)のPLDTホールにて、UA&P・SGRA日本研究ネットワークの第4回セミナーが開催された。セミナーの主な目的はEADN(東アジア開発ネットワーク)やSGRAの支援を受けて行ったフィリピンの経済特区についての研究報告であった。経済特区管理局(PEZA)の積極的な支援をいただいて、予想を上回る71名の参加者があった。
まず、アジア太平洋大学のヴィリイェガス常任理事より開会挨拶があり、効率性だけではなく所得分配も重視する開発戦略、いわゆる共有型成長が必要であることが強調された。
研究報告は経済学部長のピーター・ユー教授が分析枠組みの説明をし、その後に、私が実証研究報告を行った。この研究は数年前から続けており、今年は対象期間と特区の範囲を拡大したが、以前の研究結果がこの拡大した研究でも立証された。つまり、雇用の安定性、現地調達の割合、日本経済との統合が高ければ高いほど輸出生産性が高まるという結果が得られたのである。要するに、私たちの研究結果が示しているのは、共有型成長を目指すことは経済特区の効率性に貢献するということである。
最後の報告として、トヨタ(フィリピン)産業関係部のジョセプ・ソッブルベガ部長より、トヨタ経済特区におけるクラスタ化の活動についての発表があった。クラスタ化は現地の中小企業の育成を目指す活動であり、私たちの研究で取り上げた現地調達との関係が深い。このような活動にトヨタが力を入れていることは大歓迎である。セミナーの後、ジョセプ氏は、私たちの研究を聞いて初めて彼の活動のマクロ的な意味を把握できたと言ってくれた。今後もお互いに連絡を取り合うことになった。
その後、会場からの意見を聞いた。UA&P・SGRA日本研究ネットワークの将来的な活動として、NGOとしての第三者の視点を持ちながら、企業と政府の間の話し合いの場が提供できればと思う。最後に、今西淳子SGRA代表が、閉会の挨拶の中で、日本とフィリピンの友好50周年記念の活動のひとつとして、このセミナーを開催できたことに対し関係者の皆さんに感謝の意を伝えた。
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2006.04.18
SGRA「宗教と現代社会」研究チームチーフ
名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授
ランジャナ・ムコパディヤーヤ
2006年5月14日(日)午後2時から5時半まで、第23回SGRAフォーラムが東京国際フォーラムにて開催された。今回のフォーラムは、今年新設されたSGRA「現代社会と宗教」研究チームの第1回目のフォーラムであった。近年、原理主義運動、宗教紛争などの宗教をめぐる様々な問題が世界各地で発生している一方、ニューエイジ運動やスピリチュアル・ケア活動の興隆にみられるように宗教に癒しを求めている人も少なくない。現代社会及び現代人をよく理解するために「宗教」に対する知識を高める必要があるのではないかという発想からSGRAの新しい研究チームが発足した。当然の関心として挙げられたのが、日本人にとって「宗教」とはどういうものでしょうかという問題だった。日本人は「無宗教」であるのか、「多宗教」であるのか。日本人の宗教観への理解を目指して、当フォーラムのテーマは「日本人と宗教」となった。
東京大学宗教学の島薗進教授が「日本人にとっての『宗教』と『宗教のようなもの』」というテーマの基調講演を行った。島薗家は代々医師であったが、なぜ島薗教授は医学を捨てて宗教学を選んだのかというところから日本人の宗教観について語りはじめた。島薗家は浄土宗であるが、お母様がカトリックに信仰したり、教授自身がプロテスタント系の幼稚園に通っていたり、また神道式の葬式に共感するなどのことがらが指し示すように日本人の宗教観念は包容的で多元的である。日本人は、同時に様々な宗教を信仰しながらも、なぜ「無宗教」だというのか。その説明として、島薗教授は「自然宗教」と「創唱宗教」の概念を紹介した。自然宗教とは、神道、ヒンドゥー教、道教など、創始者をもたない宗教である。創唱宗教は、キリスト教、イスラム教、仏教のように、創始者をもち、その教説に拠る宗教である。日本の民族宗教(神道)はアニミズムのようなものであり、それが日本人の宗教心の根底をなす。日本人の「無宗教」を課題とした著作として阿満利麿著『日本人はなぜ無宗教なのか』が紹介された。日本人の宗教に対する考え方が学問的に、そして一般的にも注目を浴びるきっかけになったのはオウム事件である。その後、日本の宗教状況に関する多数の図書が刊行された。例として橋本治著『宗教なんかこわくない!』、梅原猛、山折哲雄共著『宗教の自殺―日本人の新しい信仰を求めて』などの書籍が挙げられた。さらに、日本人の宗教観念を表すもう一つの概念は「道」である。神道や道教に「道」の文字が含まれているように日本人にとって宗教は「道」のようなものである。宗教学を研究する者には、茶道、華道などの芸道、剣道、弓道などの武道を学んでいる人が多い。最近は武士道がリバイバルであり、宮本武蔵を主人公とする漫画が大人気になっている。
続いて、日本で宗教研究に従事している4人の外国人研究者がどのような経緯で宗教・宗教学に関心をもつようになったのか、日本留学のきっかけ、とりわけ日本の宗教を研究することに至ったのかという内容の自己紹介を行った。國學院大學神道文化学部助教授のノルマン・ヘィヴンズ氏は、ベトナム戦争の時、アメリカの兵士として沖縄に来て、初めて異文化と触れる機会を得た。それが、日本の宗教や文化に関心をもつきっかけとなった。その後、神道をはじめ、日本の巡礼、とりわけ幕末時代の「お陰参り」、「ええじゃないか」などの日本宗教の諸相について研究をすすめてきた。名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授のランジャナ・ムコパディヤーヤ氏(SGRA研究員)が日本の仏教に関心をもったきっかけは、インドにおける原理主義問題であった。また、家族が信心深いの職業軍人であったことにも影響を受けた。様々な国・文化における宗教状況を比較考察する目的でムコパディヤーヤ氏が宗教学そして日本宗教の研究に着手した。来日以来、日本仏教の社会活動(「社会参加仏教」)に関する研究に取り組んできた。ミラ・ゾンターク氏(SGRA研究員)は、富坂キリスト教センター研究所において「宗教と教育」という研究を担当している。旧東ドイツに生まれ、19歳の時、ベルリンの壁が破壊し、社会主義体制が終焉に向った際、ゾンターク氏はキリスト教に関心をもちはじめた。また、美術、言語学そして柔道にも関心があったことから、大学で日本学を専攻することにした。最後に、京都のイスラム文化センター代表のセリム・ユジェル・ギュレチ氏(第2期渥美財団奨学生)が湾岸戦争の時、報道機関の人々にイスラムについて質問された際、日本人のイスラムに対する知識の浅さに驚き、日本でイスラムに関する知識を広げることを「天命」として受けとめた。その後、トルコ政府の支援による東京都渋谷区にモスクを建設し、現在は京都でイスラムセンターを設立して活動に励んでいる。
休憩を挟んで、フロアからの質問を踏まえながら、「日本人と宗教」というテーマのパネルディスカッションが行われた。4人の研究者はパネリストを、島薗教授はコーディネーターを務めてくださった。最初の質問者は、SGRA会員の玄承洙氏であった。韓国のキリスト教の家に生まれ、牧師を目指していた玄氏は、ある時期からその宗教に疑問を抱く一方、イスラムに関心をもつようになった。現在東京大学大学院博士課程でチェチェン紛争について研究している玄氏の質問は、「宗教は平和思想を生み出すと思われているが、実際は戦争や暴力の原因ではないでしょうか」というものだった。4人のパネリストがそれぞれの立場から回答した。人類の長い歴史のなか、宗教理念によって正当化された戦争や暴力の事例は少なくない。宗教の重要な役割は社会秩序を維持することであり、そのために権力者による暴力や戦争を正当化してしまう場合がある。近代以降、政教分離によって、戦争が政府側の権力として認められ、平和活動が宗教の領域になったのである。その後、宗教が精神的内面的なものであるのか、社会的なものであるのかということについて意見が交わされた。
次の質問は、今もっとも注目されている靖国問題に関連するものであった。戦没者の慰霊祭が宗教的行為であるか否かという質問だった。パネリストの答えは、日本の宗教文化においては追悼式や慰霊祭、つまり魂を祭ることが宗教的な行為として認識されている。そして、靖国神社は宗教施設であり、そこで行われる慰霊祭が宗教と無関係であるとはいい難い。続いて、「政教分離」がパネルディスカッションの話題となり、各パネリストが、それぞれの国における宗教と国家との関係をめぐる諸問題を日本の状況と対比しながら、政教分離の理念を賛否する意見を述べた。
宗教と自殺に関する質問もあった。日本人の自殺率が高いのは宗教と関係があるかという質問だった。その質問に対するパネリストの反応も様々であった。イスラムやキリスト教においては、自殺する人が地獄に落ちるという見方に対して、仏教では、死によってこの苦の世界から解放され浄土に生まれ変わることができるという考え方がある。ここでは、宗教によって「死」に対する考え方が異なっていることを窺うことができた。その関連でパネリストから宗教と道徳についての発言があった。人間の行為が(習慣としても)宗教によって規定されうるので、宗教が人々のモラル(道徳観)をどのように育むことができるのか、ということについて真剣に検討する必要がある。
最後に、貿易関係の仕事をしている会社員から「外国人に貴方の宗教は何かと聞かれたら迷ってしまうことがあるので、外国人に日本人の宗教についてどのように説明すれば良いでしょうか」という質問があった。パネリスト側の回答としては、日本で近代以降出現した「宗教」という言葉が、日本の多元的包容的な宗教状況を把握するために必ずしも適切な概念であるとはいえない。日本人の宗教観をより正確に表す概念を模索することは今後の課題であるということだった。この質問が求めていた回答はまさに本フォーラムの趣意であった。日本で長く生活し、日本宗教の研究に取り組んでいる外国人研究者たちは、日本の宗教をどう見ているのかという視点から当フォーラムが日本人の宗教観について理解の深めようとしたのである。
このフォーラムの様子は、「仏教タイムズ」第2217号(2006年5月18日)にも掲載されました。その記事と当日の写真は、ここをご覧ください。
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2006.04.10
SGRAレポート第32号
第21回SGRAフォーラム講演録
「日本は外国人をどう受け入れるべきか:留学生」
横田雅弘、白石勝己、鄭仁豪、K.スネート、王雪萍、黒田一雄、大塚 晶、徐 向東、
2006年4月10日発行
---もくじ-----------------
【ゲスト講演1】「アジア諸国の留学生事情と日本のこれから」
横田雅弘(よこた・まさひろ)一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長
【ゲスト講演2】「外国人学生等の受入れに関する提言:留学生支援活動の現場から」
白石勝己(しらいし・かつみ)アジア学生文化協会、SGRA会員
【研究報告1】「韓国人元留学生は日本での留学をどう評価しているか:日・欧米帰国元留学生に対する留学効果の比較から」
鄭 仁豪(チョン・インホ)筑波大学大学院人間総合科学研究科助教授
【研究報告2】「日米留学の実態から日本の留学生受け入れ態勢を検証する:タイ人留学研究者の追跡調査を踏まえて」
カンピラパーブ・スネート 名古屋大学大学院国際開発研究科講師
【研究報告3】「改革・開放後中国政府派遣の元赴日学部留学生の日本認識」
王 雪萍(ワン・シュエピン)慶応義塾大学政策メディア研究科博士課程
【パネルディスカッション】
進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事、SGRA顧問)
横田雅弘(一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長)
白石勝己(アジア学生文化協会、SGRA会員)
黒田一雄(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科助教授)
大塚 晶(朝日新聞社会部) 徐 向東(キャストコンサルティング代表取締役、SGRA研究チーフ)
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2006.03.27
第24回SGRAフォーラムのお知らせ
「ごみ処理と国境を越える資源循環~私が分別したゴミはどこへ行くの?~」
■ 日時: 2006年7月22日(土)
午後2時00分~9時00分
■ 会場: 鹿島建設軽井沢研修センター会議室
■ 会費:無料
■ プログラム
総合司会 全振煥(鹿島技術研究所主任研究員、SGRA研究員)
【発表1】鈴木進一(エックス都市研究所取締役)
「廃棄資源の国際間移動の現状と今後:アジアを中心として」(仮題)
【発表2】間宮 尚(鹿島技術研究所上席研究員)
「EUの再生資源とリサイクル:ドイツを中心として」(仮題)
【発表3】李 海峰(北九州市立大学、SGRA研究員)
「アジアにおける家電リサイクル活動に関する調査報告」
【発表4】東南アジアの事例?
【パネルディスカッション】進行:高偉俊(北九州市立大学助教授)
詳細は企画書をご覧ください
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2006.03.26
第23回SGRAフォーラムのご案内
「日本人と宗教:宗教って何なの?」
■日 時: 2006年5月14日(日)午後2時~5時30分
■会 場: 東京国際フォーラム G棟610号室
http://www.t-i-forum.co.jp/function/map/index.html
■参加費: 無 料
(フォーラム後の懇親会は、会員1000円・非会員3000円 要予約)
■フォーラムの趣旨
多くの日本人にとって宗教とは何か理解しにくい。イスラーム過激派によるテロ事件が起き、ますますその思いはつのる。日本人は「無宗教」と言われるが、では何も信じていないのか。外国で「無宗教」と言うと野蛮人のように見られる。宗教がないと社会に秩序がなくなると言われる。しかし、日本ほど規範意識が高く、秩序を尊ぶ社会も少ないのではないか。神道では、木や山や川や海、どこにでも神がいる、死んだ人は皆神様になるから祖先をお祀りすると言うと、原始的な信仰のように思われる。初詣を神社(神道)で、結婚式を教会(キリスト教)で、葬式をお寺(仏教)で行うのはおかしい?宗教が暴力的な対立を容認する現代において、多様な宗教が混在する日本から何か発信できるのか。一方、創価学会・立正佼成会をはじめとする新宗教の興隆も、現代の日本人と宗教を考える時に無視できない。オウム真理教の起こした事件は、私たちに何を問いかけているのか。
新しいSGRA「宗教と現代社会」研究チームが担当する最初のフォーラムでは、日本で宗教の研究をする日本人や外国人の学者の方々をお招きして、このような疑問に率直に答えていただきます。
■プログラム
【基調講演】島薗 進(東京大学教授)
「日本人にとっての「宗教」と「宗教のようなもの」
「宗教」というとアレルギーを起こしたり、無関心になったりする日本人は多い。しかし、「宗教のようなもの」と話を広げてみるとどうだろうか。たとえば「道」である。茶道、華道などの芸道、剣道、弓道などの武道。最近は武士道がリバイバルだ。神道にも「道」の文字が含まれている。教育勅語も人としての「道」を説くものだった。また、近年は「霊性」とか「スピリチュアリティ」、また「精神世界」や「アニミズム」も人気がある語だ。これらを考え合わせて、日本人にとっての「宗教」の意義を考えたい。
【パネルディスカッション】
○日本人と神道について
ノルマン・ヘィヴンズ (國學院大學神道文化学部助教授)
○日本人と仏教について
ランジャナ・ムコパディヤーヤ
(名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授、SGRA研究員)
○日本人とイスラーム教について
セリム・ユジェル・ギュレチ
(イスラーム文化センター事務総長)
○日本人とキリスト教について
ミラ・ゾンターク
(富坂キリスト教センター研究主事、SGRA研究員)
詳細はプログラムをご覧ください
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2006.03.26
Aiming for Shared Growth
共有された成長を目指せ
Sources of Export Production Efficiency in the Economic Zones
特区における輸出生産の効率性の源
■日時:2006年4月18日(火)午後2時から5時まで
■会場:アジア太平洋大学(UA&P)
Pearl Drive, Ortigas Center, Pasig City
■プログラムは別紙参照ください。このセミナーでは、EAST ASIA DEVELOPMENT NETWORKなどから受賞した研究助成金の結果を一般人に報告されると同時に日比友好年の祝いの一環としても実施される
■参加費:無料
■参加申込み・お問い合わせ:
Ms. Arlene Idquival 637-0912 to 26 ext. 362(英語)
Dr. Peter Lee U
[email protected] (英語)
Dr. Ferdinand Maquito
[email protected] (英語・日本語)
プログラムに関してはここからご覧ください。
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2006.02.20
SGRAレポート第31号
第20回SGRAフォーラムin軽井沢
「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」
講演録 2006年2月20日発行
【基調講演】渡辺利夫(拓殖大学学長)
「東アジア共同体への期待と不安」
【ゲスト講演】トラン・ヴァン・トウ(早稲田大学教授)
「東アジアの雁行型工業化とベトナム」
【研究報告1】範 建亭(上海財経大学国際工商管理学院助教授、SGRA研究員)
「中国家電産業の雁行型発展と日中分業」
【研究報告2】白 寅秀(韓国産業資源部産業研究院副研究委員、SGRA研究員)
「韓・中・日における分業構造の分析と展望―化学産業を中心としてー」
【研究報告3】エンクバヤル(環日本海経済研究所ERINA研究員)
「モンゴルの経済発展と東北アジア諸国との経済関係」
【研究報告4】F.マキト(フィリピンアジア太平洋大学研究助教授、SGRA研究チーフ)
「共有型成長を可能にする雁行形態ダイナミックス(フィリピンの事例)」
【パネルディスカッション】 進行: 李 鋼哲(北陸大学教授、SGRA研究員)
【総括】平川 均(名古屋大学大学院経済学研究科教授、SGRA顧問)
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2006.02.10
第22回SGRAフォーラム
「戦後和解プロセスの研究」
2006年2月10日(金)午後6時30分から9時まで、第22回SGRAフォーラムが東京国際フォーラムにて開催された。SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームが担当した今回のフォーラムには、市民や学生ら48名が参加し、東アジアの平和を願う人々の高い関心を示した。
「戦後和解プロセスの研究」というテーマで、山梨学園大学法学部助教授の小菅信子先生が日本と英国の民間レベルで行われた戦後和解活動について、またSGRA研究員で桜美林大学国際学部助教授の李恩民先生が花岡和解をテーマに講演を行った。二つの主題は、戦後和解の観点から東アジアの平和の道を展望するもので、「歴史清算問題」をめぐって対立している東アジアの和解の可能性を模索したテーマでもある。
SGRA代表の今西さんは、開会挨拶の中でフォーラムの主題を「戦後和解」にした主旨や意義について説明したが、渥美財団の母体ともいえる鹿島建設が訴訟対象となった花岡裁判をフォーラムのテーマとして扱う難しさが感じられた。「八方ふさがりの状況に対して何かできることはないか探りたい」という今西さんの言葉は、今の東アジアの現実を何とか打開しようとする強い思いがうかがえた。「戦後和解」という、人類普遍的な平凡なテーマが、それを願う人々の心に重くのしかかるのは、東アジアにおける相互理解と平和の定着がいかに難しいのかを物語っている。
英国との関係修復を中心に戦後和解のプロセスを紹介した小菅先生の講演では、日本と英国の戦後和解の思想・歴史的背景を踏まえ、その影響や成果など、「和解」をめぐる総合的な考察が行なわれた。民間交流を通じての相互の理解、さらにそのプロセスに関する研究は、国家間の交渉では解決し得ない人々の感情的な対立を解消していく実例を提示した点に大きな意義がある。過去の「敵国」であった日本と英国の和解のように、東アジアの国々も普遍的相互理解の観点からの共有認識が必要であるとした小菅先生の見解は、国家間の相互不信や葛藤が根強い日・中、日・韓の関係に示唆するところが大きい。もちろん、日本と英国との戦後和解のプロセスが、中国や韓国
との関係で同様に適用されるとは言いがたい。この問題については、英国と東アジアは異なる歴史的背景を持っており、より慎重な問題への取り組みが必要であるという旨の指摘を懇親会で小菅先生からいただいた。しかし、日本と英国との和解のプロセスは、政治的交渉による「歴史清算」が限界を露呈している東アジアがその突破口を考究するに当たり、参考に値する十分な価値があるのではなかろうか。その意味で、小菅先生の講演は、東アジアにおける平和構築の可能性を、和解に達した成功例を通じて提示できたといえる。
引き続き、李恩民先生から花岡裁判の和解のプロセスに関する研究報告がされた。日本民間企業の戦時中の責任問題を取り扱った花岡裁判は、中国のみならず、日本との間に同様の問題を抱えている韓国でも関心を集めた。そのため、花岡和解がもつ意義や影響は極めて大きい。強制連行や過酷な労働と弾圧によって多くの犠牲者を出した悲劇的事件の戦後和解は、単に日・中の二国間の問題ではなく、韓国を含む東アジアの「歴史清算」と平和共存の可能性を模索している人々に示唆するものがある。一方で花岡和解については、憎悪と不信を乗り越えて和解に至ったという肯定的な評価とともに、「和解」という結果にたどり着いたことに対する批判的な意見も存在する。
李先生はこの点について、この和解がすべての訴訟当事者を満足させることはできなかったと言及する。しかし、第2次世界大戦中の日本企業の責任をめぐる「歴史清算」の問題が、当面の課題として東アジア社会の平和構築に影を落としていることを鑑みると、花岡和解を捉える意見の相違はあるにせよ、そのプロセスや成果までを看過してはいけない。その点で、李先生の研究は高く評価できる。
フォーラム参加者は、東京国際フォーラムの地下1階にあるレストランで開かれた懇親会に場を移して意見交換を行った。今回のフォーラムは、東アジアが過去の呪縛を解き解していく可能性を提示したことで重要な意義がある。敵対や憎悪に満ちた対決、もしくは自己の主張を一方的に貫徹させようとする解決策は、双方において相当な反発を招きかねない。加害者と被害者という二分的な認識に、人類の普遍的な幸福と共存のための努力が加えられるとき、東アジアの真の平和はもたらされるのである。忘却なき平和を願う多くの参加者がその解決策をともに考えたことは、今回のフォーラムの大きな成果といえる。(文責:金 範洙)
尚、SGRA運営委員のマキトさんが取った写真のアルバムは、
ここからご覧ください。
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2006.01.11
下記の通り第22回SGRAフォーラムを開催いたします。参加ご希望の方は、ファックス(03-3943-1512)またはemail(
[email protected])でSGRA事務局宛ご連絡ください。よろしければ最後の申込欄をお使いください。SGRAフォーラムはどなたにも参加いただけますので、ご関心をお持ちの皆様にご宣伝いただきますようお願い申し上げます。
■ 日時: 2006年2月10日(金)
午後6時30分~8時30分まで、終了後懇親会
■ 会場: 東京国際フォーラム ガラス棟G602会議室
http://www.t-i-forum.co.jp/function/map/index.html
■ 会費:フォーラムは無料。懇親会は会員1000円、非会員3000円
■ フォーラムの趣旨
「和解」とは、一般に、争いや対立を止めるために当事者間で行われる歩み寄りや譲歩をさす。「和解」の対義語は「復讐」である。復讐は、人が愛するものや大切ものを失ったときに抱く、自然で強烈な衝動である。一方、和解は、復讐、怨恨、憎悪や怒りが、自らの社会にとっても、かつての敵との関係にとっても、有害で、究極的には混迷と無秩序につながることを学習してはじめてとり得る行動とされる。「戦後和解」を、講和後あるいは平和が回復された後も旧敵国間にわだかまる感情的な摩擦や対立の解決と定義する。「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という一文がユネスコ憲章の前文にあるが、人の心にはじまった戦争を、人の心をもって終わらせるためには、政治はもとより市民社会や有志の個人が、戦争がもたらした偏見や憎悪について、政策上の課題として、あるいは市民交流に際しての懸案として、意図的かつ意欲的に取り組んでいく必要がある。こうした努力は、共有すべき未来の平和と共存とを担保に、双方向からなされることが望ましい。戦後和解は、平和を強化するためのプロセスのひとつである。その目的は、偏見の払拭と相互理解の促進を通した、さまざまなレベルにおける国際交流の調和と柔軟性の醸成にある。(小菅信子「戦後和解」より)
これまで日本では、第二次世界大戦中の問題行為について、戦後和解という観点から議論を試みること自体に或る種の躊躇があった。本フォーラムでは、その障壁を乗り越える2つの報告をお願いし、東北アジアにおける「戦後和解」にむけた「双方からのとり組み」の可能性について考えたい。
■ プログラム
http://www.aisf.or.jp/sgra/schedule/forum22program.doc
○講演1: 「戦後和解:英国との関係修復を中心に」
小菅信子(山梨学院大学法学部助教授)
日本と英国の民間レベルで展開されてきた<戦後和解>活動について具体的に検証する。<戦後和解>活動のエッセンスは、旧敵同士の再会、忘却を拒否した許し、喪失を相互に認め悼むことによって得られる癒し、修正できない過去をふまえた未来の協働のための高潔な妥協であるといえる。報告者は1996年から約10年間にわたって日英和解活動に主体的に関わってきたが、本報告では、とくに、活動の前提となる戦後和解の発想、歴史的・政治的文化的脈絡、具体的な和解活動とそれを可能にした人的・物的条件と環境、活動によって引き起こされたさまざまな波紋や反発、活動によって得られた成果・挫折・摩擦について考察する。
○講演2:「花岡和解研究序説」
李 恩民(桜美林大学国際学部助教授、SGRA研究員)
5年前の2000年11月、東京高等裁判所において花岡事件訴訟の和解が成立した(略称「花岡和解」)。花岡事件訴訟は、第二次世界大戦中、鹿島組(現鹿島建設株式会社)の強制連行・強制労働により被害を受けた中国人が初めて損害賠償を求めて提訴した訴訟で、民間企業の戦争責任を追及する最初の訴訟でもある。花岡和解において「自主交渉」「裁判所勧告」「信託方式」「基金方式」「一括解決方式」といった戦後補償裁判の中であまり類のない大胆な試みが行われ、世界の注目の的となった。本報告は花岡事件の経緯を簡単に紹介した上で、受難者と鹿島建設との交渉から裁判を経て、和解に至るプロセスと、その後の中国赤十字会・「花岡平和友好基金」の活動を究明し、花岡和解が内包する戦後和解の意義と普遍性について分析したい。
■ 講 師 略 歴
○小菅信子 ☆ こすげ・のぶこ ☆ Kosuge Nobuko
1960年生まれ。上智大学文学部卒業、同大学院文学研究科史学専攻博士課程修了満期退学。ケンブリッジ大学国際研究センター客員研究員を経て、現在、山梨学院大学法学部政治行政学科助教授。著書に『戦争の記憶と捕虜問題』(共著、東京大学出版会)、『東京裁判ハンドブック』(共著、青木書店)、『戦争の傷と和解』(編、山梨学院大学生涯学習センター)、『Japanese Prisoners of War』(co-edition, Hambledon and London)、『戦後和解:日本はから解き放たれるのか』(中公新書1804)。訳書に『GHQ日本占領史5:BC級戦争犯罪裁判』(共訳・解説、日本図書センター)、『忘れられた人びと』(シャリー・フェントン・ヒューイ著、共訳、梨の木舎)他。
○李 恩民 ☆ り・えんみん ☆ LI Enmin
1961年生まれ。1983年中国山西師範大学歴史学系卒業、1996年南開大学にて歴史学博士号取得。1999年一橋大学にて博士(社会学)の学位取得。南開大学歴史学系専任講師・宇都宮大学国際学部外国人教師などを経て、現在桜美林大学国際学部助教授、SGRA研究員。著書に『中日民間経済外交』(北京:人民出版社1997年刊)、『転換期の中国・日本と台湾』(御茶の水書房、2001年刊、大平正芳記念賞受賞)、『「日中平和友好条約」交渉の政治過程』(御茶の水書房、2005年刊)など多数。現在、日本学術振興会科研費プロジェクト「戦後日台民間経済交渉」研究中。
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2005.12.20
SGRAレポート第30号
第19回SGRAフォーラム 講演録
「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」
2005年12月20日発行
【ゲスト講演】宮崎法子(実践女子大学文学部教授)
「中国山水画の住人たち-「隠逸」と「自由」の形 - 」
【ゲスト講演】東島 誠(聖学院大学人文学部助教授)
「東アジアにおける市民社会の歴史的可能性」
【フロアーとの質疑応答】
進行 高 熙卓(SGRA「地球市民研究」チーフ、グローカル文化研究所首席研究員)