SGRAイベントの報告

第25回フォーラム「ITは教育を強化できるのか」報告

2006年9月23日(土)、秋分の日に相応しい天高く馬肥ゆる秋晴れ。運動会に没頭する子どもたちの情熱に負けじと、有楽町の東京国際フォーラムにて第25回SGRAフォーラムが開催された。テーマは「ITは教育を強化できるのか」という奥深さを感じるものだった。

 

総合司会のSGRA研究員ナポレオン氏(ヤマタケ研究所研究員)が開会を宣言し、SGRA代表の今西淳子氏から開会の挨拶があった。今西氏は、第9回SGRAフォーラムで「デジタルデバイド」について検討した時、IT化により先進国と途上国の格差が広がる懸念があるのではないかという問題意識で企画したが、むしろ後進国が追いつき追い越すのに非常に有効な手段であると感じたと述べた。また、近日下されたオーム真理教教祖麻原被告の死刑判決にヒントを得て、優秀な理系の研究者がどうして才能を誤ったところに使ってしまったのか、これは社会の情報化と関係あるのか、そもそも教育とは何なのか、ITは価値の教育に貢献できるのかという問題を提起した。このフォーラムでは、これらの疑問点を①技術の面、②人的な面の二つの側面から考えた。

 

フォーラムの前半では3人の講師を迎えご講演いただいた。特に、今回のテーマを考慮に入れ、それぞれの専門分野の中で、どのようにITが教育に生かされているのかについても検討していただいた。後半のパネルディスカッションはSGRA研究員の江蘇蘇氏(株式会社 東芝)の司会の下、3人の講師により熱い討論が行われた。

 

一人目の講演者である横浜国立大学教授の高橋冨士信氏は、「途上国へのE-learning技術支援とオープンソースソフトウェア教育強化~南太平洋大学におけるJICAプロジェクト活動を中心に」をテーマとして、日本と途上国においてのIT教育への取り組みの違いなどについて講演した。理工系離れが深刻化している日本と対照的に、途上国では理工系への関心が極めて強い。高橋氏はリーダーとして2年間にわたり南太平洋大学(USP)のIT強化プログラムを遂行したが、この間にインド系学生が多いUSPでは情報系学科への志望者数が3倍になった。ハングリー精神をもって最先端の仕事に従事していこうとする途上国の学生と対照的に、ITが空気のようになっている日本においてはかえって学生の学習意欲が低いなど、教育効果に大きな相違が生じていると力説した。最後に、日本では若者を叱るだけではなく、団塊の世代も含めた「大人」がもっと途上国に出かけるべきで、他の文化を理解し分析した上で自国の長所や短所が初めて見えてくるし、そうすることが若者にも良い影響を与えるだろうと主張した。

 

次に、「伝え合うことで学ぶ『交流学習』と支援のあり方」について目白大学専任講師の藤谷哲氏が講演した。藤谷氏も高橋氏と同様、教師同士のコミュニケーション不足や新しいことへ挑戦する時の壁などの問題点が挙げられ、教師から学生に情報を十分に発信することができないと述べた。そして、「では、どんな学習活動ができたらよいと言えるのか?」という疑問を提起し、その答えを探るべく行ってきた二つの試み、①技術的な面から<ネットワークをツールとした技術者と子供たちの交流活動>と②人的な面から<国際交流・国際理解教育をテーマに教育実践>を紹介した。①では新しい科学技術の紹介ページや質問ページの開設、高校生によるプレゼンテーションなどを通して先端科学技術に関する発展的な学習・関心の深化を目指している。②では主に教師向け研修で国際教育・学校間交流学習の手法紹介、教員の招聘などを通して多国間での情報交換および国際理解教育実践を行っている。このようなプロジェクトにおいてはITを利用したネットワークの役割はますます大きくなっていると指摘した。

 

最後に、「Mobile-Learningが教育を変える?!」と題して台湾国立中央大学助教授の楊接期氏が講演した。楊氏の研究実例の一つに学生一人ひとりにレスポンスパッドを待たせ先生の質問に対し全員がレスポンスパッドを用いて回答するというものがある。先生はサーバーで管理された一人ひとりの答えを確認し、統計と比較することにより、生徒個々人の学習レベルや学習姿勢、モチベーションなどを把握でき、適切な指導ができるようになるというコンセプトである。また、学生同士でモバイル機器を用いたFace-to-face探求的な学習活動もあり、モバイル機器に搭載されているさまざまな植物や動物のデータベースを用い、自分たちが観察した生物について詳しく理解しレポートにまとめるという、「調べる・書く」練習がある。これらにより、先生が一方的に学生に教えるのではなく、学生自身が自ら学習をコントロールし積極的な姿勢を養うことができる。また、楊氏は「『成績がいい』と『子供が育つ』ということは必ずしも一対一の関係ではない」と唱え、モバイルテクノロジーを用いた英語学習実践例を挙げ、テストの成績はあがらなかったが、子供たちの英語を話す自信が倍増したことを示した。

 

10分の休憩を挟み、パネルディスカッションでは聴講者からの質問をもとに討論を広げた。

 

「IT化は子供たちにどういう影響を与えたのか」という問いかけに対して、楊氏は興味深いデータを示した。過去10年のコンピューターによる勉強成果統計によると、PCを持つことによって成績が下がった学生が過半数だという。一方で観察力および情報収集の力は向上した。賛否両論といったところだ。「人と接する機会を多く与えるために、小学校ではむしろパソコンを使わせないほうがよいのでは」という意見に対して、印象深かったのは「人と接する機会を多く与えるという意味では、『幼稚園児にテレビを見させないほうがよい』」に置き換えられるという藤谷氏の意見だ。肝心なのは「本当に必要なことは何か?それらをどのようにして見つけるのか?」ということで、いままでのBlack Box化した学習ではなく、目的は何か、それを達成するためには何が必要なのかという大枠をまず考える必要がある。高橋氏も同意見で、何かを習得するには①思索段階、②必要な材料(情報)を集めるという二段階のプロセスが必要で、思索段階ではIT技術は全く必要なく、想像力や経験などでオリジナリティを出す。それによりできた案に必要な材料をいかに集中力をもって集めるかという段階になるとIT技術は必要不可欠な道具となってくると指摘した。また、冒頭の「優秀な理系の大学院生がどうして才能を誤ったところに使ってしまったのか?」という問題提起に関連するが、米国と日本では理系の研究者に対しての見方に違いがある。米国ではいわゆる「ハッカー」の才能を見込んで、積極的に企業に取り込んでいっているのに対し、日本では「おたく」は暗いイメージを持ち重宝されない。こういった社会背景の中、世界有数のストレス国でもある日本では精神的におかしくなることも不可思議ではないといえるかもしれない。

 

いずれにせよ、ITは使い方次第で教育に役立つという結論になったのではないかと思う。「では、適切な使い方はどのようなものなのか」という次のステップの問題は、次回のフォーラムに残して、一時間半のパネルディスカッションを終えた。最後にSGRA運営委員長の嶋津忠廣氏がフォーラムをまとめ、閉会の辞を述べた。
(文責 江蘇蘇2006/10/05)