SGRAイベントの報告

  • 2003.02.08

    第10回フォーラム「21世紀の世界安全保障と東アジア」

    2003年2月8日(土曜日)午後2時、第10回SGRAフォーラム「21世紀の世界安全保障と東アジア」が、お台場の東京国際交流館で開かれた。今回のフォーラムは、SGRA研究会「世界平和と安全保障」研究チームが企画及び準備段階から関わったものであった。「世界平和」研究チームは、元渥美国際奨学生を中心とした留学生同士が、世界平和と安全保障のための議論を一緒にしようという目的をもって、昨年作られたばかりの研究チームである。今回のフォーラムはその最初の仕事であり、チームの南基正チーフが発表者の一人として、そして幹事の筆者が司会者として役割を分担した。こうした留学生による試みに対して日本国際教育協会と東京国際交流館、中島記念国際交流財団、朝日新聞アジアネットワーク、渥美国際奨学財団が、協賛・支援して下さった。記して謝意を表したい。   フォーラムが開かれた国際交流館のプラザ平成メディアホールでは、SGRA会員25名を含むと80名の方々が駆け付けた。日本人のみならず、交流館に住んでいる留学生の姿も少なくなかった。国際交流館が開館した2年前に最初に入館した筆者の記憶から、これぐらいの人数が集まったのは、昨年のワールドカップ共同応援以来初めてではなかったろうか。改めて、我々が作った「世界平和」研究チームが立ち上げた目的に、顔の知らなかった世界各国からの留学生が、国籍と専門分野の壁を越えて共感してくれるのだと感じた。   研究チームの設立とフォーラム開催に至るまで、すべての仕事を担ったSGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、四人の発表者による講演が行われた。   京都大学東南アジア研究センターの白石隆教授は、「日本とアジア」というタイトルで基調講演をしていただいた。白石先生は、東アジアという概念を政治経済的システムとして捉え、こうしたシステムがどのような歴史的な過程の中で形成され始めているのかを説明しつつ、1980年代の後半から東アジアの範囲で地域秩序形成の動きが活発になっている背景として、日本と韓国による直接投資の要因が働いていると分析した。しかしこうした東アジアにおける地域秩序形成の過程を、ヨーロッパにおける地域秩序の現実と比較してみると、ナショナリズムの過剰や、共同体に向けた政治意識の欠如、共通規範の不在、政治経済体制の差異などの、地域秩序の形成を妨害する要因が少なくない。従って、東アジアにおける共同体に向けては、諸国家共同の利益と規範の共有、特に強大な力を持つアメリカの関与如何が重要な鍵を握っていると展望した。白石先生の基調講演は、大変幅広い歴史的且つ比較政治的アプローチに基づいて、東アジアにおける地域共同体成立の可能性とその現実的な条件を検討して下さった、興味深いものであった。   最初の講演は、東北大学法学部の助教授であり、「世界平和」研究チームのチーフでもある南基正先生に「朝鮮半島の平和構築と日本の役割」というテーマでお話し頂いた。南先生は、2002年9月17日に行われた日本と北朝鮮の首脳会談とその後の情勢を分析しつつ、日米関係が日朝交渉に臨んでいる日本の外交を拘束しているのか、或は米朝関係が日本の存在なしに機能しているのかに関する仮説を各々検討した。結論として南先生は、日米関係が北朝鮮に対する日本の外交従属性を意味するものではない、そして米朝関係は日朝交渉の制約要因であると同時に促進要因でもあると述べつつ、東アジア地域の安全保障のためにも日本政府が日朝交渉により積極的に取り組むことを提案した。   二番目の講演は、「中国の台湾戦略を解く」というタイトルで、宇都宮大学国際学部の外国人教師であり、SGRA研究会「歴史問題」研究チームのチーフである李恩民さんに発表して頂いた。李先生は台湾に対する中国の基本政策を、江沢民時代の「平和統一」や「一国二制度」政策を中心として説明した後、現在展開されている両岸の動きを軍事・経済・政治などの分野に関する具体的なデータに基づいて紹介した。そして今後の提案として、台湾が中国との平和統一を通して中国の全体的な民主化を促してくれること、中国側からも「一国二制度」に拘らず、平和統一への意思を徹底することを打ち出した。   三番目の講演は、「ブッシュ政権の東アジア戦略」というタイトルで、同志社大学法学部助教授の村田晃嗣先生にお話しして頂いた。村田先生は冷戦後のアメリカが軍事的な側面から断然他国を圧倒しうる超大国になっていることを説明しつつ、現在のブッシュ政権が、イメージとは異なって、レトリックと実際の行動を異にしていると分析した。そうしたアメリカ認識に基づいて同盟国として日本が何をすべきかという問いに対して、村田先生は、只の反米感情は、反中や反ロの感情と同様、日本にとって、望ましい選択肢にはなれないと強調した。先生は、今こそ更なる日米同盟の再定義と国際協調が求められていると結論づけられた。   四人の先生による熱い講演の後、第二部では参加者による質問が続けた。お台場に住んでいる日本人RAの富川英生さん(東京大学経済学研究科)と金子光さん(東京大学経済学研究科博士課程)、留学生の和愛軍さん(中国出身、東京大学農学生命科学研究科博士課程)及び李明賛さん(韓国出身、慶応大学法学研究科博士課程)が各々発表者に対して質問を投げかけた。その他、インドネシア、台湾、中国などから来た留学生や研究者が予定した時間を遥かに過ぎてまで、熱気溢れる質問を問いかけた。長々4時間にわたって行われた第10回SGRAフォーラムは、午後6時半、嶋津忠廣SGRA運営委員長の閉会挨拶を最後に、盛会の幕を閉じた。   日本に来た留学生同士が、SGRAのお陰でこの「世界平和」研究チームを作ったきっかけは、20世紀の東アジアに対する反省からであった。20世紀のアジアは、日ロ戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国-ベトナム戦争など、戦争の絶えない時代であった。21世紀を迎えた今も、これら戦争の傷は、講演にも触れられたように、朝鮮半島や中国-台湾の間でまだ残っている。そうした戦争の連続で、加害者も被害者も、戦争の犠牲者になった。戦争の責任を問うこと、どちらが悪かったかを問うことは、勿論大事な問いである。しかし21世紀を生きている我々は、20世紀を生きていた先輩の世代が避けられなかった戦争の時代を超えて、何とかして、協力と平和の時代を切り開けなければならないと思う。   武器を溶かして平和の材料を作る作業は、一国の国境を越えて、各国が協力しなければならない。特に各国の若い世代同士が共に力と知恵を合わせなければできない。そうした意味で、SGRA研究会の「世界平和」研究チームが、各国の留学生が一緒に住んでいるお台場の東京国際交流館で試みた本フォーラムは、まさに東アジアの平和と協力に向けた小さな一歩であろう。元々お台場は、150年前の幕府時代に海を渡って来た西欧の黒船を防ぐために作られた砲台であった。世界に「閉じられた鎖国」のシンボルでもあったお台場で、150年の時間が過ぎて各国の研究者と留学生が集まって、「21世紀の世界安全保障と東アジア」というテーマのもとで共に議論する場を設けたことは、その意義が少なくなかったと思われる。   文責:朴栄濬(「世界平和と安全保障」研究チーム幹事)  
  • 2002.11.29

    第9回フォーラム「情報化と教育」

    11月29日(金)、東京国際フォーラムガラス棟G610号室にて、SGRA活動の拡大路線が承認された総会の後、第9回SGRAフォーラム「情報化と教育」が開催されました。主な課題はいわゆる「デジタル・ディバイド」現象で、日本の政府機関と民間研究所の関係者の視点から、豊富なデータと国際的な事例に基づきお話ししていただきました。   日本の文部科学省メディア教育開発センターの苑復傑助教授は、e-JAPAN政策について分かりやすく説明してくださいました。2005年までに「IT最先端国となる日本」を目標とするこの政策は、世界比較における日本のITの遅れを克服するための対策のようです。まだまだ、課題も多いようですが一応進展していると評価できます。   NECの国際社会経済研究所の遊間和子専任研究員は、デジタル・ディバイドの構造を説明した後、ディバイドを克服するためのIT人材育成に各国がどのように取り組んでいるかを、写真を使って紹介してくださいました。米国の低所得層のコミュニティーにおけるNPOの取り組み、韓国政府による少年院の取り組み、中国の専門学校の事例において、社会のあらゆる層の人々がIT能力を向上できるようにする試みに感心しました。   お二人の発表の後、「ITと教育」研究チームのチーフ、J.スマンティオ博士の司会で、場から質問を受け付けました。二人の質問者とも、デジタル・ディバイドをもっと広い次元から、即ち、長期的そして発展途上国も含む全世界的な観点から見るべきだと訴えたと理解できるでしょう。フォーラムのあとの懇親会で今西代表が述べた「日本で考えているデジタル・ディバイドというのは、『勝ち組み』の中の競争に、いかに負けないようにするかという話ですね」という言葉が印象的でした。   (原文:マキト 編集:今西)  
  • 2002.07.20

    第8回フォーラム「グローバル化の中の新しい東アジア」報告

    初めての試みとして軽井沢での開催を2月に決定してから、鋭意準備を進めてきた第8回SGRAフォーラム「グローバル化の中の新しい東アジア」は、2002年7月20日(土)盛会のうちに終了しました。スタッフの祈りが効き過ぎたくらいで、前日までの雨も止み、参加者が到着した19日(金)から、最後の21日(日)昼の渥美財団理事長別荘でのバーベーキューまで、軽井沢は暑いほどの晴天に恵まれました。今回のフォーラムは、従来よりも幅広いご協力をいただき実現しました。鹿島学術振興財団、韓国の(財)未来人力研究センター、渥美財団から協賛、名古屋大学大学院経済学研究科附属国際経済動態研究センター、フィリピンのアジア太平洋大学経済学部、そして朝日新聞アジアネットワークから後援をいただきました。そして、現役の渥美奨学生を含むSGRA会員等60名の積極的な参加もフォーラムを大成功に導きました。 フォーラムは20日(土)午後1時より、ホテルメゾン軽井沢内の軽井沢セミナーハウスで、日本語を公用語として開催されました。今西SGRA代表の開催趣旨とゲスト講演者の紹介後、本フォーラムを担当するSGRA「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームの顧問、名古屋大学の平川均教授が「通貨危機は東アジアに何をもたらしたか」というテーマで基調講演し、一般にあまり知られていないアジア通貨危機から芽生えた東アジア地域協力の経緯が報告されました。李鋼哲SGRA研究員からの「北東アジアの地域協力をどのように東アジアの地域協力に位置づけるか」という質問に対して、平川先生は「北東アジアの経済協力は重要であるが、ASEANを含め多角的な関係にしたほうが良い」と答えました。次に、本フォーラムの協賛者である韓国の(財)未来人力研究センターの理事で、高麗大学の李鎮奎教授が「韓国IMF危機以後の企業と銀行の構造改革」について英語で発表しました。アジア通貨危機後のIMF政策の成功例を紹介しながら、会場からの笑いも引き出して、とても明るい発表でした。他の英語による発表と同様、SGRA研究員が用意した日本語スライドを利用しながら発表は進められ、英語の質疑は日本語に通訳されました。金雄熙SGRA研究員の「何故韓国はこれほど早く危機から回復できたのか」という質問に対して、李教授は「一時的に大量の資金の国外流出に対応できなかったが、韓国の経済基礎は強いので早く危機を乗り越えることができた」と説明しました。3番目の発表者はインドネシア銀行構造改革庁主席アナリストのガト氏で「経済危機と銀行部門における市場集中と効率性―インドネシアの経験」について英語で発表し、統計と統計的分析法を利用しながら、インドネシアの事例をIMFの失敗例として取り上げました。F.マキトSGRA研究員の「何故IMFは失敗したか」という質問に対して、ガト氏は「IMFは政治的問題を経済政策と混同した」と指摘し、さらに「AMF(アジア通貨基金)のようなIMFの代替国際機関も検討しても良いのではないか」という考えを示しました。 青空のもと、木々に囲まれたホテルの庭で、コーヒーと高原の空気を満喫した休憩の後、4番目の発表者は中国清華大学で日本の経済産業研究所ファカルティーフェローの孟健軍教授で、「アジア経済統合の現状と展望」について日本語で発表しました。孟教授は、中国大陸を舞台に欧米と日本が投資を競い合っているデータを示し「中国は日本なしでもやっていける」という刺激的な分析を発表しました。また、中国人の国際的人材移動について頭脳流出(Brain Drain)から頭脳還(Brain Circulation)に変化しているという認識が示されました。金香海SGRA研究員は孟教授が中国政府の政策立案に関わっていることに関心を示しながら、「この地域での経済統合は果たして可能であるか」という疑問を投げかけましたが、孟教授は、「何千年の中国統合の歴史の中で、中国は異文化異民族を纏めてきた」と前向きな姿勢を崩しませんでした。5番目の発表者、フィリピンアジア太平洋大学のヴィレイガス教授は「中国と競争と協力」について発表し、協力しながら競争する「協争(Co-opetition)」というキーワードを紹介しました。徐向東SGRA 研究員からの「どの分野でフィリピンが中国と競争できるか」という質問に対して、ヴィレイガス先生は「付加価値が高い農業品や衣類品など、つまり安い労働に依存度が高くない市場の隙間をフィリピンが見つけないと勝ち目がない」と答え、同時に中国と協力するためにフィリピンの華僑の活躍に期待を示しました。 その後の自由討論では発表者のあいだで活発な議論が交わされましたが、焦点は「アジア共有の価値観は何か」ということでした。そしてこの「アジア共有の価値観」については、その晩のオープンディスカッションでも、その他の場面でも、軽井沢での熱い議論のテーマになりました。最後に、平川教授が総括を行い、第一部は終了しました。 第2部は、宮澤喜一元総理大臣をお招きし、アジア通貨危機における新宮沢構想、中国との貿易、地域協力、高齢化・少子化等、幅広いテーマについて、率直なご意見を聞かせていただきました。新宮澤構想は日本が外貨が多かったので、少しでもアジア諸国のお役にたてばという気持で行ったこと、日本は戦前アジアと一緒にやろうとして失敗し、近隣諸国に多大なご迷惑をおかけしたのだから、リーダーシップをとるのは相応しくないと思うこと、アジアはヨーロッパと違って宗教や文化を共有しないし、政治体制が違うのだから、アジアの地域協力にはそれほど楽観的ではないこと、しかしながら近年は情報化等により社会の変化が早いので以前よりは協力体制への道は近いかもしれないこと、対中セーフガードは恥ずかしかった、あのようなことをやっているのだから自由貿易協定への道は遠いだろう、少子高齢化であるが老人は負担ではなく資産と考えるべきではないか、等等、控えめな姿勢ながらもまさに鋭い洞察力に、参加者は大変深い印象を受けました。 フォーラムの後、夕方の涼風の中、ホテルの庭に集まった参加者は、ビールやワインを飲みながら、さらに歓談を楽しみました。その中には、東アジアの地域協力において、SGRAのようなNGOの役割は大きいではないかという意見がありました。フォーラムでも示されたように、国家の違いを越えることができるのは、世界の人々と仲良くし平和な世界を作りたいという市民ひとりひとりの熱意による、ということがもっとも印象的でした。 <原文:F.マキト、編集:今西>
  • 2002.07.19

    第2回日韓アジア未来フォーラム「動揺する日本の神話」

    2002年7月19日(金)午後8時半より、SGRA/渥美国際交流奨学財団と韓国の21世紀日本研究グループ/財団法人未来人力研究院の共同プロジェクトである、第2回ワークショップ「動揺する『日本の神話』」研究フォーラムが、軽井沢の鹿島建設研修センターで開催されました。 このワークショップは、戦後日本の様々な「成功神話」がどのような過程を経て「失敗神話」に転換したのか、また現在進められている一連の改革を通じて現れる日本の姿はどのようなものであるかについて包括的に捉えるために企画された。このような認識のもとで日本の過去と現在、そして未来を説明できる一貫した枠組みを構築し、主要分野を検討した。ここで取り上げられた分野は日本の対外政策、政治経済、教育、情報化、環境の五つである。朴栄濬氏(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)の司会、南 基正氏(東北大学大学院法学研究科助教授)を座長に、下記の研究発表があり、活発な意見交換が行われました。 フォーラムには渥美財団の奨学生、元奨学生に、渥美理事長、未来人力研究院の宋理事長、翌日開催される第8回SGRAフォーラム「グローバル化の中の新しい東アジア」の講師、平川先生、ヴィりエガス先生、ガト先生方も参加してくださり、研修室が満席になる盛況で、参加者はさまざまな角度から「動揺する日本の神話」について熱心な議論が交わされました。また、このフォーラムに関心を持ってくださった朝日新聞アジアネットワークの村田記者に取材をいただいた。
  • 2002.05.10

    第7回フォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」報告

    2002年5月10日(金)午後6時半から8時45分まで、有楽町の東京国際フォーラム610号室にて、第7回SGRAフォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」が開催されました。今回は、地球環境破壊、特に砂漠化(沙漠化)について、二つの対照的な研究、衛星写真情報の利用という大規模かつ最新鋭の理工学的研究と、現場のフィールドワークという地道な人文科学的研究が、約50名の参加者に紹介されました。   まず、千葉大学環境リモートセンシング研究センター助教授の建石隆太郎博士より、「衛星データから広域の砂漠化を調べる」というタイトルで、様々な衛星画像データを紹介しながら、砂漠化とは何か、衛星データによるリモートセンシングの基本、衛星データによる砂漠化調査の方法、砂漠化地図化などについて、わかりやすく解説していただきました。そして、この研究は、重要な環境問題の一つである砂漠化の現状を、衛星データを利用してなるべく正しく把握することであり、各国の衛星によるデータをあわせて、より総合的に砂漠化を把握する国際的共同研究も進められていること、砂漠化を正しく把握するためには、どんなに高精度であっても衛星データだけでなく、地上の正確な地図、そして現場での実地調査が必要であり、広範囲な学際的研究が求められることを説明してくださいました。   次に、SGRA研究員で、日本学術振興会外国人特別研究員・早稲田大学モンゴル研究所客員研究員のボルジギン・ブレンサイン博士から「フィールドワークでみる内モンゴルの沙漠化」というタイトルで、20世紀前半の満州国文献における内モンゴル地域の実態調査報告書の分析、追跡調査の結果、内モンゴル東部地域における農地化によって、いかに沙漠化が進んだかという研究を発表してくださいました。無理な開発と農業中心主義政策によって開墾が拡大され、ステップの保護層としての表土が傷められて、風化が進み、農業も牧畜もその存続すら危ぶまれる窮地に至っているというお話に、参加者はあらためて砂漠化の深刻さを認識しました。   その後、限られた時間でしたが、SGRA「環境とエネルギー研究チーム」の高偉俊チーフ(北九州市立大学国際環境工学部助教授)の司会により、建石先生とブレンサインさんのおふたりに対して、質疑応答が行われました。今年は、北京やソウルがひどい黄砂の嵐にまきこまれ、北海道にも降って、中国内陸部の砂漠化が、より身近な問題として感じられたこと、地球の砂漠化に対する総合的な政策は殆ど発表されたことがないこと、内モンゴルの砂漠化がカシミヤ山羊の飼育や髪菜という珍しい食材の乱獲などが原因となっており、知らないうちに、私たちの日々の暮らしにも関連していること、などが指摘されました。そして「では、明日からもっと明るい気持ちで生きていくにはどうすれば良いでしょうか」という質問に、ブレンサインさんは「内モンゴルに旅行して、その土地の習慣や文化を知ってください」と答えました。   (文責:今西淳子)
  • 2001.12.21

    第6回フォーラム「日本とイスラーム:文明間の対話のために」

    2001年12月21日(金)午後5時半から8時まで、東京代々木上原のイスラム教モスク、東京ジャーミイにて、第6回SGRAフォーラム「日本とイスラーム:文明間の対話のために」が開催されました。参加者は、まず、SGRA研究員で東京ジャーミイ副代表のセリム・グランチさんの案内で、礼拝堂を含む施設の見学をしました。その後、1階の多目的ホールにて、東京ジャーミイ代表のジェミル・アヤズ様とSGRAを代表して今西から挨拶があり、次に、セリムさんより、9月11日のテロ事件後、たくさんの報道人がインタビューにやってきたが、イスラムについて極めて限定的な知識しかもっていなかった。そこで「日本人の皆さんが人間を磨くために考えることは、ほぼイスラームの基本的な概念をなしている」と申し上げた、という短いコメントが披露されました。 講演会では、日本のイスラーム学の権威、東京大学名誉教授の板垣雄三先生のお話を伺いました。先生は、まず、日本はイスラームを遠ざけて見ようとし、イスラーム世界は日本に親近感を抱いているが、何故そうなったのかという問題を提起されました。イスラームは、本来、宗教や文化の異なる多様な人々が共生し取引する「都市」を生きる生き方を教えてきた。このイスラームの多元主義的普遍主義に対して、欧米は、欧米対イスラームの対立にこだわり、イスラームを敵と決め付ける文明衝突論の伝統を抱えてきた。イスラーム世界の人々にとっては、欧米諸国に双肩する日本は憧れでもあり親しみも感じている。 一方、欧米のメガネを借りた日本人のイスラーム感は、しばしばこの思いを裏切る。正倉院御物の中にも見出されるように、日本とイスラーム世界との繋がりは非常に古い。また、現在の日本人は、日本の経済的繁栄の土台である化石燃料が、あたかも自動的にもたらされたもののように勘違いしている。日本社会は、イスラーム世界の日本に対する好意的な心情が、日本にとってかけがえのない資産だということに気づかなければならない。 イスラーム文明は、近代欧米文明の源泉である。日本の知識人がイスラームへの無知を口にするのは、実はよく知っていると思っている欧米への無知を告白しているにすぎない。世界人類を巻き込む現在の危機において、日本は欧米を通したイスラーム感から離脱し、日本独自の役割を演じなければならない。「多元的な都市」を生きるイスラーム文明本来のメッセージを評価して、イスラーム世界と文明的協力を進めていかなければならない、と訴えられました。 その後、限られた時間でしたが、板垣先生とセリムさんのおふたりに対して、質疑応答が行われました。そして、トルコ料理の懇親会においても、おふたりの講師の先生は、参加者の熱心な質問に答えていらっしゃいました。雪まじりの雨が降る生憎の天気でしたが、トルコのお茶サーラップに始まったSGRAフォーラムに参加した76名の参加者は、温かくて明るいモスクの中で、イスラームの夕べを楽しみました。 (文責:今西)
  • 2001.10.01

    第5回フォーラム「グローバル化と民族主義:対話と共生をキーワードに」

    2001年10月1日(月)午後6時半~8時45分、東京国際フォーラムガラス棟402会議室にて、SGRA第5回研究会「グローバル化と民主主義:対話と共生をキーワードに」が開催されました。46名の参加者は、まず、9月11日にニューヨークとワシントンで起きたテロリストの攻撃の犠牲者とその家族に黙祷をして追悼の意を表しました。 その後、チベット文化研究所のペマ・ギャルポ所長が「民族アイデンティティと地球人意識」というタイトルで、「肌の色や宗教が違っても、人間は同じなんだ。」という、ご自身の体験に基づいた信念を迫力ある語り口でお話しくださいました。文革が終わり、一掃されてしまったチベット語の教師を外国から送り込むことになった時、その人たちを教育して、いつでも蜂起できるようにしよう、という提案に、ダライ・ラマ法皇はとても悲しい顔をされて、「私達が暴力で訴えたら、どうして中国政府を批判することができるだろう」とおっしゃった、というエピソードなどは、仏教の教えに根ざした平和主義の力強さを伝え、聞く者の胸に迫りました。多様な人々が共存していくためには、やはり普遍的な価値を確認しあうことが必要である。幸いにも、基本的人権など、それは国連憲章で定められている。しかしながら、そのような普遍的価値を押し付けるのではなく、相手に悟らせる。誰にも押し付けられなかったのに、文化や宗教が違っても、徐々に、たくさんの人が洋服を着るようになったように。少しずつ説いていけば、チベットのことを海外の人々が応援してくれるようになり、そして今は情報が限られている中国の一般の人たちの中にも応援してくれる人がでてくるようになり、やがて民族同士が対立するのではなく、お互いの文化や宗教を尊敬しあいながら、共存していくことができるようになるだろうと信じている、というお話は、「地球市民の実現」をめざすSGRAにとっても、とても力強い応援歌でありました。 次に、香港から参加した東京大学法学研究科在籍でSGRA研究員の林泉忠さんが、「北京五輪と『中国人』アイデンティティ:グローバル化と土着化の視点から」と題してお話しくださいました。林さんは、まず、中国本土は「強い期待→大喜び」、香港では「まぁいいんじゃない→商機への期待」、台湾では「どうでもいい→台湾への影響を心配」、海外華人はさまざまと分類した後、1980年代半ば以降の「中華世界」アイデンティティの多様化を分析しました。そして、中国本土のナショナリズムの増強と本土以外の土着意識の顕在化から、「大陸」と「非大陸」へ二分化されていることを指摘しました。オリンピックの北京開催によって、大陸では①求心力の強化に一定の効果があり②台湾・香港への姿勢も強まる可能性もあるが、③今後の経済発展の持続と中央統制力の維持ができるかが鍵となるだろう。一方、非大陸では①五輪のみで中華世界の求心力が急速に強まることはなく②大陸の国力の増強が構造的に求心力を強める方向に導くが③キーポイントは大陸への政治帰属意識が増強できるかどうか(つまり大陸の民主化が進むかどうか)ということだという結論を導きました。 その後、SGRA地球市民研究チームの薬会チーフの司会で、フロアーとの質疑応答が為され、第5回研究会も盛会のうちに終わりました。 (文責:今西淳子)
  • 2001.07.20

    第4回フォーラム 「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」

    2001年7月20日(金)、東京国際フォーラムガラス棟409会議室にて、SGRA第4回研究会「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」が開催されました。今回は、(財)鹿島学術振興財団と(財)東京国際交流財団から助成をいただき、休日(海の日)の午後を使って、シンポジウム形式で行いました。9名の発表者からITを利用した教育現場の最新動向の紹介があり、80名を越す参加者は、教育におけるITの可能性と問題点を考えました。 最初に、NECのeラーニング事業部の臼井武彦氏が、eラーニングの実例を紹介しながら、「いつでも・どこでも」の利便性、社員全員への一斉教育が可能、コスト削減など、その利点をわかりやすく説明してくださいました。また、eラーニングは、まだ始まったばかりだが、今後急速に発展するだろうと予測されました。 次に、鹿島ITソリューション部の西野篤夫氏より、マサチューセッツ工科大学(MIT)のIT教育戦略についてお話いただきました。時代の先駆者を自認するMITでは、ITが高等教育に及ぼすインパクトに注目、「教育はビジネス」という考え方に基づき、遠隔教育による講義配信、マルチメディアを利用した教材製作、教育支援システムの開発などが、全学プロジェクトとして推進されている様子をご紹介いただきました。 在日のSGRA研究員4名は、自分自身が携わっているITを利用した教育について発表しました。ブラホ・コストブ氏(都立科学技術大学博士課程)は、同学とスタンフォード大学で行っている協調機械設計授業(紙で自転車を作る・縦列駐車の支援システムの開発)の紹介をしました。フェルディナンド・マキト氏(テンプル大学ジャパン講師)は、自分自身が行っているオンライン教育の体験をもとに、1と0の概念を用いながら、私達の身近なデジタル・ディバイドの克服方法をわかりやすく話しました。ヨサファット・スリスマンティオ氏(千葉大学博士課程)は、インドネシアの状況を紹介した後、自分自身が行っているバンドン大学へのオンライン授業の体験から、今後の様々な課題を指摘しました。蒋恵玲さん(横浜国立大学博士課程)は、上海交通大学の遠程教育センターで、どんどん進められている市内アクセスポイントを使ったオンライン教育を紹介しました。 休憩の後、台北から来てくださった台湾国立中央大学の楊接期氏から、国家からの支援を受けて進めているバーチャル教育都市「Educities」の紹介がありました。30個ものサブ・プロジェクトからなり、50名を超える共同研究という大規模な計画ですが、時間が足りなくて全体像をご紹介いただけなかったのが残念でした。ソウルから来てくださった韓国通信政策研究院の李來賛氏は、ブロードバンドとワイヤレス・インターネット(携帯電話など)の発展を分析した後、デジタル・ディバイド克服のために政策が大事だということを説明しました。 最後に、慶應義塾常任理事の斎藤信男教授から、「ITは教育にも変化をもたらす事ができるであろうか」というお話がありました。ITの適用によって①教育の生産性が向上するか②新しい教育方法・活動が実施できるか、ということを考えました。そして、慶應義塾大学がアジアの大学と始めた国際的教育への取り組みを紹介し、今や教育の大競争時代に突入していると結論づけられました。そして、私達はITの可能性を信じ、ITが真に人類にとって有効に働けるように努力していきましょうと宣言されました。 短い休憩の後、施建明さん(東京理科大学助手)の進行で、9名の講師のパネル・ディスカッションを行いました。フロアーからだされた質問に、講師の皆さんは丁寧にお答えいただきました。酷暑の中で、午後1時より開催されたSGRAの初めてのシンポジウムは、午後6時半、予定通り、盛会の内に終了しました。 (文責:今西淳子)
  • 2001.05.30

    第3回フォーラム「共生時代のエネルギーを考える:ライフスタイルからの工夫」

    2001年5月30日(金)午後6時半~8時45分、東京国際フォーラムガラス棟402会議室にて、SGRA第3回研究会「共生時代のエネルギーを考える:ライフスタイルからの工夫」が開催されました。50名を越す参加者は、講演者の用意したたくさんのスライドを見ながら、ライフスタイルという身近な切り口から環境問題を考えました。 最初に、早稲田大学理工学部の木村建一名誉教授が「民家に見る省エネルギーの知恵」についてお話しくださいました。木村先生は、持続可能な建築を考える上で、民家の環境に適した美しさ<環境美>を強調されました。断熱と気密化で住宅の暖房エネルギーは1/10にすることができるが、問題は夏の住まいだと指摘され、世界各地の民家の美しい写真をたくさん見せてくださいました。そして、民家には蒸発冷却・大気放射冷却・地中の恒温性利用、加湿冷却、天井扇など、「涼房」と名づけることのできる様々な知恵が見られ、機能と調和した美しさを備えた民家には建築の本質があるとされ、民家技術の現代的適用として①形態と気候風土と②社会情勢の変化に適応していること、③材料の再利用、④(自動ではなく)人動制御、⑤設計の態度を改めること、が大事であると提案されました。また、これからの建築は、①化石燃料を使わない②工夫の心をもつ③地域性をいかす④建物は生き物と認識することが大事であり、伝統的民家こそ環境にやさしい建築である、今後の建築はもっと「民家に見る知恵」を学ばなければいけないと主張されました。 次に、北九州大学助教授でSGRA研究員のデワンカー・バート氏は、「ドイツのエムシャー工業地帯の再生プロジェクトから学ぶこと」という演題で、ドイツ人の環境保全の意識について講演しました。デワンカー氏は、まず、緑がいかに大切かを説明し、工業地帯の再開発では、屋上や駐車場の地面にまで緑を生やしてあったり、太陽電池のパネルが並んでいる様子を見せてくださいました。ビートルスの60年代からドイツの若者は環境破壊的な政策に反対運動を続け、石炭の利用は殆どなくなり、原子力発電を停止することが決まった。そして、自然エネルギーの利用として、風力発電が開発されたが、既にドイツの若者は、風車という人工物を作ることに反対を始めている。だから、何が良いかはまだ誰もわからない。でも、こうして自然資本を生かした世界を生み出していく努力が必要であり、そのために「ALL YOU NEED IS LOVE.」であると結論づけました。 最後に、同じく北九州大学の助教授でSGRA研究員の高偉俊氏は、「都市構造とライフスタイルの変化による省エネルギーの効果」という講演の中で、人口の多いアジアの特性と経済の発展をデータで示した後、コミュニティーを重視したライフスタイルへの変化と、都市を高層化して地域化し、緑と水でネットワーク化したクラスター化が必要であるとの提案をしました。「マイホームからマイルームへ」、外食の薦め、コミュニティーセンター活用など、具体的な提案はとても刺激的でした。 その後、短い時間でしたが、いくつかの質疑応答が為され、デワンカー氏の「できることから始めなければいけない」との力強い宣言をもって、第3回研究会も盛会のうちに 終わりました。 (文責 今西)
  • 2001.02.09

    第2回フォーラム「グローバル化のなかの新しい東アジア:経済協力をどう考えるべきか」

    2001年2月9日(金)午後6時半~9時、東京国際フォーラムのガラス棟402会議室にて、SGRA第2回研究会が開催されました。約40名の参加者は、「グローバル化の中の日本の独自性」研究チームが担当で、ODAを中心に、アジア通貨危機以後の東アジアの経済協力はどうあるべきかということを考えました。最初の講演は、名古屋大学経済学部付属国際経済動態研究センターの平川均教授の「グローバル化とリージョナリズム:東アジアの地域協力は何故必要か」。平川先生は、アジア通貨・経済危機について、その責任はアジアの内的要因に問題がないわけではないが、責任はより大きく、市場の自由化を推奨した米国、IMF、世界銀行などの先進側にあると主張しました。そして、無秩序なグローバル化の制御に向けたひとつの対応策としての地域協力が不可欠であり、リージョナリズムがアジアにおいて急速に展開されていると指摘。今後の目標として、アジアを共生の地とする思想、互いの文化や伝統の尊重、時間の観念を加えた構造転換を提言しました。 次にアジア21世紀奨学財団の角田英一常務理事が、ASEAN中堅官僚研修プログラムを担当している経験に基づき、アジア通貨危機のIMF主導の解決策への反発から、日本型経済発展モデルの研究熱が高まったことを指摘しながらも、汚職・癒着・縁故主義(インドネシア語でKKN)がはびこる限り、経済は歪められ、阻害された国民の無力感、国家への不信感を生み出している。このアジア的風土をどう改革するかが大きな課題であると強調しました。マキトSGRA研究員は、最近の新聞記事のODA削減に関する議論等を引用しながら、「自助努力を支援する」という日本ODAの理念<要請主義・円借款・非干渉主義>について検討し、数の議論に偏らないで、日本ODAの理念がせっかく持っている強いところを生かし、「質」の改善をさらに図るべきだと提言しました。 最後に、李鋼哲SGRA研究員は、日中両国民の相手国に対する意識調査など、たくさんの資料を示しながら、ODA削減議論を中心とした日中経済協力について説明し、中国経済はテイクオフし既に自立発展が可能な段階にあるので、ODA削減は妥当であると結論。さらに日中経済協力の今後の課題として、歴史問題に区切りをつけること、草の根(NGO)・環境協力・貧困扶助を重視すること、経済協力は政府間から民間へシフトすること、日中が両輪となって東アジアの経済発展を進めていくこと等を提言しました。その後、短い時間でしたが、いくつかの質疑応答が為され、第2回研究会も無事、盛会のうちに終わりました。 (文責:今西)