SGRAセッション

  • 第4回東アジア日本研究者協議会へのお誘い(SGRAパネル#3「日本における女性ムスリムの現状)

    東アジア日本研究者協議会は、東アジアの日本研究関連の学術と人的交流を目的として 2016年に発足されました。SGRAはその理念に賛同し今年も3チームが参加いたします。 各チームの発表内容を順次ご案内しますので、 これを機会に皆様のご参加やご関心をお寄せいただければ幸いです。 詳細はこちらでご覧いただけます。 ——————————————————————————————— 【東アジア日本研究者協議会の趣旨と歩み】 北米を中心としたAAS(アジア学会)、欧州を中心としたEAJS(欧州日本学会)が存在するのに対し、東アジア地域における日本研究者の集う場として2016年に発足された協議会。「東アジアにおける日本研究関連の学術と人的国際交流」を目的に毎年、東アジア各都市で国際学術大会が開催されている。   ◇協議会趣旨 一、日本研究の質的な向上。 一、地域の境界に閉ざされた日本研究から脱し、より多様な観点と立場からの日本研究を志向。 一、東アジアの安定と平和への寄与。   ◇国際学術大会の歩み 第1回は2016年韓国・仁川、第2回は2017年中国・天津、第3回は2018年日本・京都で開催。 第4回が本年11月に台湾・台北で開催される。   ——————————————————————————————— 第4回東アジア日本研究者協議会国際学術大会 in 台北 日 時: 2019年11月1日(金)~3日(日) 会 場: 福華国際文教会館、台湾大学 主 催: 第4回東アジア日本研究者協議会、台湾大学日本研究センター 概 要 :  全体プログラム その他: 協催、助成、後援についてはこちらご覧ください。   ——————————————————————————————— SGRA参加パネル#3 「日本における女性ムスリムの現状・留学中に直面する課題と彼女らの挑戦」 ——————————————————————————————— 分科会H3(一般パネル) 11月2日(土)14:15-15:45 於 台湾大学普通教学館304号室 ———————————————————————————————   パネル趣旨: 最新の推計結果(2013年)によると日本におけるムスリム人口は約18万5千人、日本人口の 0.1%を占めており、外国人人口の増加とともに今後も増える見込みである。そこで在日ムスリムの現状を把握することを目的に調査が実施され、信仰活動や仕事・交友関係などの生活状況が明らかにされたのだが、その対象は男性のみであった(店田 2006,2013)。他にもムスリム留学生へのインタビュー調査などが行われているが、どれも男性を対象にしているものが多く、日本に在留する女性ムスリムは依然としてヴェールに包まれているといっても過言ではない。しかしながら、ムスリム女性は、意図せずして、彼女らの宗教や文化の象徴的な存在として昨今の国際社会におけるディスコースの中心となっている。そこで本研究は、日本に留学するムスリム女性に着目し、彼女たちの「可視性が日常生活に及ぼす影響」と異文化しかも非ムスリム的環境における「ムスリム女性としてのアイデンティティ構築に結びつく内なる葛藤」を明らかにすることを試みた。 本パネルでは、5人の在日ムスリム女性へのインタビュー調査結果の報告を踏まえ、討論者らの女性ムスリム留学生としての実体験を交えながら、現在の日本社会が抱える異文化共生の問題を議論し、今後の多文化共生社会のあり方を模索する。 (参考文献:「在日ムスリム調査 関東大都市圏調査 第一次報告書」2006年、店田廣文「世界と日本のムスリム人口 2011年」2013年)   パネリスト: 司会者  張桂娥(東呉大学) 発表者1 沈雨香(早稲田大学) 発表者2 アキバリ・フーリエ(白百合女子大学) 討論者3 ショリナ ダリヤグル(明渓日本語学校) 討論者4 ミヤ・ドゥイ・ロスティカ(大東文化大学)   発表要旨: 【発表1】沈雨香(早稲田大学) 「在日ムスリム女性の困難ー彼女らの可視性から」   文化庁の2015年の報告書によると日本における包括宗教法人の数は390程で、信者数の総数は1億人を上回る 。しかしながら、我々は日常生活で個々人の宗教・信仰を意識することはあまりない。それは、ほとんどの場合、信仰は「目に見えない」からである。例えば教会でお祈りをしたり、神社で参拝する姿でも見ない限り日常生活の中で個々人がどの宗教を信仰しているかを知ることは難しい。ただし、ムスリム女性は例外である。 ヒジャブ(スカーフ)は女性が髪や顔を覆うもので、その素材や色、覆う方法などは様々であるが、ムスリム女性は宗教的慣習や文化に基づき日常的にヒジャブを着用している。つまり、ヒジャブはムスリム女性の宗教への信仰を「可視化」しているのである。その宗教的可視性の故、ムスリムの女性は他から存在的にそして認識的に区別されており、彼女らならではの生活世界を経験していると考えられる。しかも、非ムスリム文化圏であればより顕著であるだろう。 そこで本研究では、ムスリム女性が持つ可視性に着目し、日本に滞在するヒジャブを着用する女性と非着用の女性計5人を対象にした半構造化インタビューを通して、その可視性がもたらす影響を明らかにすることを試みた。その結果、ヒジャブ着用者と非着用者の間で交友関係や日常生活における経験に差があることはもちろん、属するコミュニティも異なっていることが明らかになった。また、ヒジャブが持つ宗教の可視性は彼女らの生活のあらゆる場面における経験を決定する一つの要因であるとともに、彼女らの意識や行動規範を示す一つの明確な指標として機能していることも示唆された。これらの知見を踏まえ、近年ムスリム人口が増加する日本における異文化共生や、今後の多文化共生社会のあり方を模索する。   【報告2】アキバリ・フーリエ(白百合女子大学) 「在日ムスリム女性留学生の内なる葛藤」   80年代以降、留学や就労働目的で来日するムスリムが増加している。「宗務時報No119」では、2010年末の滞日ムスリム人口は約11万人としている。着実に日本社会でも「ムスリム・コミュニティ」が根付きつつあると指摘できる。大学においても、中近東諸国からの政府派遣受け入れに伴い、ムスリム留学生の在籍数が増加している。一方で、21世紀のムスリム諸国においても、ムスリム女性の社会進出が目立つようになった。これまでのムスリム女性に対する、控えめで従順なステレオタイプのイメージとは一線を画して、キャリア重視の女性が増加している。その変化に伴い、日本においても女性ムスリム留学生が近頃見られるようになった。確かに日本は、アジアの国々と友好な関係であることと、安全な国であることから、女性ムスリムの留学先の優先国として適している。 そこで、在日ムスリムの宗教的価値観の違いによるストレスや、異文化葛藤の問題も考慮すべき課題となる。本発表では、在日ムスリム女性としてのアイデンティティの構築と日本社会の一員として、多文化社会においてどのような内なる葛藤があるのかに焦点を当てた。日本で留学経験がある5人のムスリム女性を対象に半構造化インタビューを通して、彼女らの内なる葛藤を観察した。葛藤の要因は、日本社会からのみではなく、同じ一神教のイスラム教徒であるムスリム・コミュニティの中からも発生していることが明らかとなった。それは、従来の女性像を基準に両者からの評価と判断の対象となっていることに起因している。社会が彼女らへ期待するムスリムとしての在り方の偏りがアイデンティティの揺らぎを含めた内なる葛藤へと結びついている。今後日本が多様性を包摂する多文化共生社会に移行するためには、ムスリムアイデンティティも含め、個々人の多様なアイデンティティを受け入れる姿勢が求められる。  
  • 第4回東アジア日本研究者協議会へのお誘い(SGRAパネル#2「ODAとアジア」)

    東アジア日本研究者協議会は、東アジアの日本研究関連の学術と人的交流を目的として 2016年に発足されました。SGRAはその理念に賛同し今年も3チームが参加いたします。 各チームの発表内容を順次ご案内しますので、 これを機会に皆様のご参加やご関心をお寄せいただければ幸いです。 詳細はこちらでご覧いただけます。   ——————————————————————————————— 【東アジア日本研究者協議会の趣旨と歩み】 北米を中心としたAAS(アジア学会)、欧州を中心としたEAJS(欧州日本学会)が存在するのに対し、東アジア地域における日本研究者の集う場として2016年に発足された協議会。「東アジアにおける日本研究関連の学術と人的国際交流」を目的に毎年、東アジア各都市で国際学術大会が開催されている。   ◇協議会趣旨 一、日本研究の質的な向上。 一、地域の境界に閉ざされた日本研究から脱し、より多様な観点と立場からの日本研究を志向。 一、東アジアの安定と平和への寄与。   ◇国際学術大会の歩み 第1回は2016年韓国・仁川、第2回は2017年中国・天津、第3回は2018年日本・京都で開催。 第4回が本年11月に台湾・台北で開催される。   ——————————————————————————————— 第4回東アジア日本研究者協議会国際学術大会 in 台北 日 時: 2019年11月1日(金)~3日(日) 会 場: 福華国際文教会館、台湾大学 主 催: 第4回東アジア日本研究者協議会、台湾大学日本研究センター 概 要 :  全体プログラム その他: 協催、助成、後援についてはこちらご覧ください。   ——————————————————————————————— SGRA参加パネル 「ODAとアジア:再評価の試み」 ——————————————————————————————— 分科会N3(一般パネル)11月2日(土)14:15-15:45 於 台湾大学 普通教学館404号室 ———————————————————————————————   パネル趣旨: 1950~60年代に始まった日本のODAは、1989年には米国を抜きODA拠出額では世界第1位となった。しかし、その過程で様々な批判または評価の高まりを受け、日本政府は予算の縮小を決断した。2015年、ODA大綱は「開発協力大綱」と名称を変更し、より一層強く「国益」の確保への姿勢を打ち出した。一方、政治的な要因で対台湾のODAは中止、経済的な要因で対韓国のODAは終了、急速に経済発展を遂げた中国へのODAも2018年度をもって終了した。複雑な問題が世界的に様々な影響を拡大させているなかで、「ODAを主体とする開発協力は日本の重要な政策ツールのひとつ」と位置づけられているが、これに関して総合的にレビューする必要もある。今まで日本の政策決定のプロセスや戦略意図についての論考が多かったが、本パネルは日本の対アジア主要国ODAのレビューに重点を置きたい。   パネリスト: 討論者兼総括 黄 自進(中央研究院近代史研究所研究員) 報告者 1  深川 由起子(早稲田大学) 報告者 2  金 雄煕(仁荷大学) 報告者 3  李 恩民(桜美林大学) 報告者 4兼討論 フェルディナンド・シー・マキト(フィリピン大学)   発表要旨: 【報告1】 深川 由起子(早稲田大学) 「日本の開発援助政策改革~韓国との比較から」   日本の政府開発援助(ODA)をめぐっては1990年代にその規模がピークに達すると、欧米から自国利益を拡大するための「商業主義」であるという批判を受けた。しかしながらその後、多くの研究によって誤解が解かれると共に、結果としてアジア各国が優れた経済発展を遂げることで、むしろ「商業的」なODAが民間企業の誘致や技術の波及に役立ったとする肯定的な評価が台頭した。アジアではODAには自国の発展経験の移転といった側面が強い。中国の「一帯一路」がさらに商業性を強めた「経済協力」として展開されるようになって以来、日本のODAもより経済権益に直結するインフラ輸出など「経済協力」として再編されつつある。これに対し、韓国はセマウル運動の移植や人材育成などより古典的なODAを展開している。北東アジアでは政治的障壁からドナー間の協力や対話が進んでいないが、潜在的には様々な補完性もあり、アフリカ支援協力などで具体的な協力を模索する時期に来ている。   【報告2】 金 雄煕(仁荷大学) 「日本の対韓国ODAの諸問題」   日本の対韓経済協力に対する研究は、その重要性にもかかわらず、いくつかの理由から客観的な分析が困難な状況である。1965年の日韓国交正常化を皮切りに実施された多くの協力案件は半世紀以上の歳月が経過してしまい、韓国経済において日本による資金協力や技術協力の痕跡を見出すことが容易ではない。また、請求権資金がもつ特殊性、すなわち、戦後処理的・賠償的性格と経済協力としての性格を併せ持つことから生じる複雑性がある。さらに最悪の日韓関係のなかで、日本が韓国に対し資金協力や技術協力を行ったことを公に議論することはかなりセンシティブでリスキーなことになっていることが上げられる。韓国で請求権資金の性格や役割に対する評価は、一般的に日韓国交正常化に対する評価と密接につながっている。安保論理と経済論理が日韓の過去の歴史清算を圧倒する形で日韓国交正常化が進められ、肯定的な評価と否定的な評価が大きく分かれてしまった。請求権資金についても同じく評価が分かれているが、構造的な韓国の対日貿易不均衡などいくつかの問題はおこしたものの、請求権資金が韓国経済の初期発展過程で重要な役割を果たしたことは否定できないというのが一般論であるように思われる。本報告では、請求権資金を中心に日本の対韓経済協力についての相異なる評価や様々な論点を紹介する。日本の外務省が「日本の援助による繁栄」の象徴的事業としているソウル首都圏地下鉄事業と浦項製鉄所(現在のPOSCO)の建設事業についての異なる評価も取り上げつつ、より客観的に日本の対韓経済協力へのレビューを試みることにする。   【報告3】 李恩民(桜美林大学) 「日本の対中ODAの30年」   1979年、鄧小平が推進した改革開放政策は、経済発展を最優先にする新時代の幕明けであった。まさにこの年に、中国政府は日本の財界人の助言を受け、これまでの対外金融政策を改め、日本からODA(Official development Aid)を受け入れ、主要インフレと文化施設の建設に集中した。以来40年間、政府から民間まで日本側は円借款、無償資金提供、技術協力などを通して中国の経済発展・人材育成・格差の是正、環境保全等分野に大きく貢献してきた。中国側は日本のODAをどう活用し、どのような成果をもたらしたのか、一般の民衆はこれに対してどう認識・評価しているのか、本報告はフィールドワークお成果をもとにその詳細について考察してみたい。   【報告4】 フェルディナンド・シー・マキト(フィリピン大学) 「日本の共有型成長とそのODA:再考察」   日本のODAを次の観点から簡単に見直す。1)西洋のODAと比較し、その違いを強調しながら共有型成長に貢献しているかどうか、検討する。2)中国のODAと比較し、その類似性を強調しながら、ODA理念を検討する。    
  • 第4回東アジア日本研究者協議会へのお誘い(SGRAパネル#1「明治期の小説と口絵・挿絵」)

    東アジア日本研究者協議会は、東アジアの日本研究関連の学術と人的交流を目的として2016年に発足されました。SGRAはその理念に賛同し今年も3チームが参加いたします。 各チームの発表内容を順次ご案内しますので、これを機会に皆様のご参加やご関心をお寄せいただければ幸いです。 詳細はこちらでご覧いただけます。   ——————————————————————————————— 【東アジア日本研究者協議会の趣旨と歩み】 北米を中心としたAAS(アジア学会)、欧州を中心としたEAJS(欧州日本学会)が存在するのに対し、東アジア地域における日本研究者の集う場として2016年に発足された協議会。「東アジアにおける日本研究関連の学術と人的国際交流」を目的に毎年、東アジア各都市で国際学術大会が開催されている。   ◇協議会趣旨 一、日本研究の質的な向上。 一、地域の境界に閉ざされた日本研究から脱し、より多様な観点と立場からの日本研究を志向。 一、東アジアの安定と平和への寄与。   ◇国際学術大会の歩み 第1回は2016年韓国・仁川、第2回は2017年中国・天津、第3回は2018年日本・京都で開催。 第4回が本年11月に台湾・台北で開催される。   ——————————————————————————————— 第4回東アジア日本研究者協議会国際学術大会 in 台北 日 時: 2019年11月1日(金)~3日(日) 会 場: 福華国際文教会館、台湾大学 主 催: 第4回東アジア日本研究者協議会、台湾大学日本研究センター 概 要 :  全体プログラム その他: 協催、助成、後援についてはこちらご覧ください。   ——————————————————————————————— SGRA参加パネル 「明治期の小説と口絵・挿絵―絵の役割―」 ——————————————————————————————— 分科会C(一般パネル) 11月2日(土)10:20-11:50 於 台湾大学 普通教学館406号室 ———————————————————————————————   パネル趣旨: 江戸時代から明治時代になって、新しい印刷技術、また雑誌や新聞などの新たなメディアが出現した。それによって、江戸時代の作品がさまざまな形態で次から次へ再出版された。小説の再刊に際しては、本文の内容は変わらないままで、口絵や挿絵が新たに描き直されるということがよくあった。そのため、挿絵から作品の成立背景、ひいては作品の本質を窺い知ることができる。ところが、文学研究では、挿絵は小説の付属品だと思われがちであり、本文と挿絵との関係についての研究は少ない。本パネルでは、口絵・挿絵と小説との相互関係について議論する予定である。本パネルの発表を通して、小説と挿絵に関する研究が重視され、前進することを期待する。   パネリスト: 司 会 者 張 桂娥 (東呉大学) 発表者 1 出口 智之(東京大学) 発表者 2 梁 蘊嫻 (元智大学) 討論者 1 延広 真治(東京大学) 討論者 2 藍 弘岳 (交通大学)   発表要旨: 【発表1】 出口 智之(東京大学) 「明治期絵入り新聞小説と単行本の挿絵戦略        ―尾崎紅葉「多情多恨」に即して―」   あまり知られていないことだが、明治中期以降の近代文学の時代に入ってもなお、小説作者たちは江戸期の戯作と同様、口絵や挿絵の下絵を描いて画工に指示することが求められていた。そうした彼らにとっての自作とは、本文だけでなく口絵や挿絵もその範疇に入っていたはずであり、時として本文で記述しない過去の重要な出来事や物語の結末を絵で示すなど、積極的に活用することもあった。本発表ではこうした観点から、尾崎紅葉「多情多恨」について、初出時(『読売新聞』明治29年)と単行本(春陽堂、明治30年)に用いられた挿絵の違いを検討してみたい。特に、『読売』連載時の挿絵が他紙には見られない独特の様式であること、単行本の挿絵制作に際して画工に与えた指示画二葉が残っていることなどを手がかりとし、媒体にあわせて変化する紅葉の戦略を考察する予定である。       【発表2】 梁 蘊嫻 (元智大学) 「明治時代に出版された『絵本通俗三国志』         ―青柳国松版を中心に―」   『絵本通俗三国志』(池田東籬作・二世葛飾北斎画)天保7(1836)年から天保12年に出版された絵本読本である。本作は挿絵が400図も超え、江戸時代の「三国志物」の中で数量が最も多い作品である。明治時代になると、『絵本通俗三国志』は30種以上のバージョンが刊行された。数多くの出版物の中で、二世北斎の絵を模写したものもあれば、斬新な挿絵を読者に提供しようとするものもある。明治20年に青柳国松によって出版された『絵本通俗三国志』は後者である。本書は、明治15年に、清水市次郎出版したものを継承したものと思われるが、清水市次郎版と大きい違いが見られる。青柳国松は清水市次郎版の前半、すなわち小林年参の挿絵をすべて削除し、水野年方による挿絵を取り替えたのである。このことから、古典としての『絵本通俗三国志』を区別し、独自性を出そうとする出版社の意図が窺われる。本発表では、青柳国松版『絵本通俗三国志』の独自性を分析する。
  • 2019年度SGRAセッション/フォーラム/カフェの企画案の募集

    ラクーンのみなさん   SGRAではラクーンのみなさんにもっと参加していただくために、昨年に引き続き、SGRAセッション/フォーラム/カフェの企画案を募集します。企画が採用されれば、講師や討論者の旅費・滞在費などの経費の全額を、SGRAが負担します。奮って応募してください。   ◇企画案は応募フォームを下記からダウンロードして記入、送付してください。   PDF版応募フォーム http://www.aisf.or.jp/raccoon/SGRA-kikaku-form.pdf   Word版応募フォーム http://www.aisf.or.jp/raccoon/SGRA-kikaku-form.docx   <募集内容>   1. 東アジア日本研究者協議会(EACJS)第4回国際学術大会(2019年11月1日~3日@台北市)のパネルに参加するSGRAチームを募集します。 ※ 応募希望者は3月15日までにご一報ください。   詳細は下記リンクより募集要項をご覧ください。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2019/02/2019EACJS.pdf   2. SGRAフォーラムの企画案を募集します。<応募締切:2019年3月31日> 日本国内で1~2回くらい開催予定です。週末の午後1時から5時くらいまで。基調講演1名、研究報告2~3名で構成してください。講師、討論者、司会者にラクーンが3名以上入るようにしてください。50名~100名の参加者を集めたいです。有楽町の東京国際フォーラムで開催することが多いですが、ここに限りません(大学施設等での開催、東京以外での開催も可能です)。講演録はSGRAレポートとして発行します。今回募集するフォーラムの実施は2019年度になります。   3. SGRAカフェの企画案を募集します。<応募締切:2019年3月31日> 日本国内で1~2回くらい開催予定です。週末の午後に、渥美財団ホールで開催することが多いですが、ここに限りません(大学施設等での開催、東京以外での開催も可能です)。講師、討論者、司会者にラクーンが2名以上入ること。講演と質疑応答で2時間程度、30名以上の参加者を集めたいです。講演録は作成しません。   お問い合わせは:sgra-kikaku@aisf.or.jp(角田、辰馬)まで。 皆さんの積極的なご応募をお待ちしています。  
  • 張桂娥「第3回東アジア日本研究者協議会パネル報告『アジアにおける日本研究者ネットワークの構築』報告」

    2018年10月27日(土)京都において、「第3回東アジア日本研究者会議国際学術大会」が開催され、SGRAから参加した2つのパネルの1つとして「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築~SGRA(渥美国際交流財団関口グローバル研究会)の取り組みを中心に~」と題するパネルディスカッションが行なわれた。当パネルは発表者4名、討論者2名、座長兼司会1名で構成され、ほぼ満場に近い世界各国からの来場者を前に、SGRAがアジアを中心に取り組んでいる日本研究者ネットワークの構築について幅広い議論が交わされた。   本パネルは、アジアにおける日本研究者ネットワークが実現するまでに、2000年の発足以来継続してきたSGRAの取り組みを振り返り、今後目指すべき新地平を探ることを目的とした。特に、日本国内のSGRAフォーラムとシンクロして、アジア各地域で展開される、「日韓アジア未来フォーラム」(2001~)、「日比共有型成長セミナー」(2004~)、「SGRAチャイナフォーラム」(2006~)、「日台アジア未来フォーラム」(2011~)に焦点を当て、地域ごとの活動報告を通して、より創発的に共有できる「知の共同空間」構築のための解決すべき課題、未来を切り拓く骨太ビジョンの策定等について、異なる見解が共有され多様な視点が得られた。また、フロアの参加者たちを交えた質疑応答コーナーでも活発な意見交換が行なわれ、改めて本パネルの課題に寄せられた研究者たちの関心の大きさに気づかされ、実り豊かなひと時を過ごすことができた。   パネルの流れとしては、最初に座長兼司会の劉傑先生(早稲田大学社会科学総合学術院教授)がパネル企画の背景・趣旨およびメンバーの紹介を行い、次に4つの発表をした後、討論者がコメントをし、最後に参加者の質疑応答の時間を設けた。2015年第49回SGRAフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」において、「アジアないし世界が共有できる『日本研究』とはどのようなものか」「東アジアの日本研究の仕組みをどのように構築していくのか」といった問題を提起した劉先生は、「日本研究」をアジアの「公共知」として育成するために、アジアで共有できるアジア研究を目指すネットワークの構築が喫緊の課題であるといち早く予見し提唱した識者であるが、SGRAの取り組みの方向性についてコメントしていただけるラクーン(元渥美奨学生)ネットワークのアドバイザーでもある。今回のパネル議題に強い関心を持つ劉先生の切れ味抜群の司会進行で、各発表が明るくテンポよく進められた。以下、4本の発表要旨と討論者によるコメントの概要を簡単にまとめる。   1本目の発表は、「日韓アジア未来フォーラム」(JKAFF)の設立(2001年)から係わってきた金雄熙先生(韓国・仁荷大学国際通商学科教授)による報告であった。韓国未来人力研究院の「21世紀日本研究グループ」と渥美財団SGRAの共同プロジェクトで始まったJKAFFの経緯(17回毎年開催した形式、内容、番外の三拍子が揃ったフォーラムのテーマの紹介)、現状(アジアの研究者及び現場の専門家たちが、アジアの未来について幅広く意見を交換する集まり)について詳しく説明した金先生は、さらに社会統計学の手法を用いて、これまでに積極的に参加した韓国ラクーンと出席関係者たちで築き上げられた知のネットワークを、ダイナミックなグラフで「見える化」した。スクリーンに写し出された科学的・実証的な考察結果に、報告者も含むフロア一同、強いインパクトを受けた。   金先生は、歴史問題で揺れ動く日韓の間ではあまり類を見ないしっかりとした交流プロジェクトであるJKAFFの実績を自負しながらも、決して現状に甘んずることなく、テーマ設定の在り方や次世代を担う若手研究者の育成面では考え直すところがあると、危惧の念を抱いているという。今後の課題として、より多元的で弾力的な推進体系を取り入れ、東アジア地域協力課題により多面的に対応し、ダイナミックで実践的な知のネットワークを作り上げていきたいと、淡々と語った金先生であるが、彼の眼には、知日派人材の宝庫である韓国ラクーンメンバーたちの目指す「日韓アジア未来フォーラム」(JKAFF)の未来像(テーマの多様化・運営主体の多元化・運営資金調達の安定化・専門同時通訳士の予算確保・ネットワークの脱集中化)が、より鮮やかに映って来たのではないか、というインパクトのある印象を受けた。   2本目の発表は、フェルディナンド・シー・マキト(Ferdinand_C._Maquito)先生(フィリピン大学ロスバニョス校准教授)による発表であり、SGRAの全面的な支援を受けて2004年に設立した「日比共有型成長セミナーの経緯、現状と課題」について振り返ったものである。当初は経済の成長と分配が同時に進む「共有型成長」を軸に進められたが、2010年よりラクーン同期である高偉俊教授(北九州市立大学教授)の協力を得て環境問題も含む学際的な日比共同研究プラットホームが実現した。以降、訪日歴あるフィリピン研究者を中心に環境問題が取り上げられ、ここ数年では、環境保全(持続的)、公平(共有)、効率(成長)の3つの目標を目指す「持続的な日比共有型成長セミナー」に進化してきた。この3つの目標に当たるフィリピン旧来文字の言葉の頭文字が<KA、KA、KA>であることから、「3KA(さんか)セミナー」と愛称されることに。   2017年に帰国したマキト先生は、東アジアからさらに南西に離れたフィリピンで展開した、「英語」ベースの日比共有型成長セミナーの活動を、遠路遥々の日本における「東アジア日本研究者協議会」で「日本語」で発表するめったにない機会に感謝しながら、少しのためらいと緊張感に包まれていたように見受けたが、簡潔明瞭で歯切れのよい日本語の説明と、持ち前のユーモアセンスで会場中の人びとを笑いのるつぼに陥れることに成功した。2020年1月に第5回アジア未来会議を開催する責任者に任命されたマキト先生は、3KAセミナーに基づく「持続的な共有型成長:みんなの故郷(ふるさと)、みんなの幸福(しあわせ)」という目標を大会のテーマに据えて、SGRAフィリピンの活動の集大成を目指したいという。さらに、フィリピンに限らず、世界が直面している課題でもある「持続的な共有型成長」の実現に向けて、微力ながら貢献できればと、目を輝かせながら力強く締めくくった。   3本目の発表は、2006年SGRAチャイナフォーラムが発足した当初から舵を取ってきた孫建軍先生(北京大学外国語学院副教授)が、フォーラムの経緯、現状と課題をめぐって、「広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探って」という視座から振り返った報告であった。前期(2006-2013)では、中国全土(北京、上海、フフホト、ウルムチ、延辺など)で活躍している20名弱の中国ラクーンの所属大学を拠点に、若者(大学生たち)向けに、環境問題・人材養成などの分野で活躍している日本の公益活動を紹介する講演会を開催し、知的情報の共有や国際的な視野と円満な人格の涵養を図るイベントがメインであった。   しかし、2012年に起きた反日活動の影響で大きく軌道修正したチャイナフォーラムは、2014年より、清華大学東亜文化講座の協力を得て、広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探ることをテーマの主眼に据え、日本文学や文化研究に携わる中国人研究者の関心を集め、国際的な学術的活動への新しい展開を見せている。その背景には、研究者層の拡大、経済的背景の変化、文化史(美術、言葉、映画)への共通的関心など、様々な要素が挙げられるという。豊富な語彙で切れのいい言葉づかいの名人である孫先生は、軽妙でユーモアな語り口と独創的な表現力を駆使しながら、今後の課題について、ぶれない文化史を軸に、他地域の経験を如何に生かすかという極めて重大な問題を提起した。底の知れぬ可能性を持つチャイナフォーラムは、独自の路線を維持するか、それともさらなる大きな方向転換に挑むか、今後の動向が興味深い。   4本目の最終発表は、本パネルの企画者である張桂娥(東呉大学日本語文学科副教授)が、2010年代に誕生したばかりの「日台アジア未来フォーラム」(JTAFF)の歩み(経緯、現状と課題)を振り返りながら、台湾ラクーンメンバーの「既成概念にとらわれない柔軟なフットワークで、身の丈にあった知的交流活動の展開」を紹介した。JTAFFでは、主にアジアにおける言語、文化、文学、教育、法律、歴史、社会、地域交流などの議題を取り上げ、若手研究者の育成を通じて、日台の学術交流を促進し、台湾における日本研究の深化を目的とすると同時に、若者が夢と希望を持てるアジアの未来を考えることを、その設立の趣旨としている。2011年東北大震災の直後にスタートしたJTAFFは、かつてないほど盛り上がった日台友好ムードに恵まれ、台湾の大学機関・公的部門のみならず、台湾現地の日系企業からも比較的潤沢な活動資金が確保できるという、運営体質に恵まれた組織である。   JTAFF主催責任を担う7名の台湾ラクーンはそれぞれ専門が異なるため、バラエティーに富んだ多元的学問領域を視座に、既成概念にとらわれない柔軟なフットワークを展開してきたが、長期的には、持続可能な「知の共同空間」の構築に欠かせない骨太ビジョン、いわば具体的にアプローチできる目標を確立しない限り、活動のアイデアの枯渇やマンネリ化に陥る危機感を募らせる一方である。今後、台湾ラクーン個々のメンバーに期待される急務は、学際的・国際的学術交流に積極的に参画することによって、長期的視野に立ったフォーラム作りをはじめ、広域的な視点に立ったテーマの取組みまで、日台間の歴史文化・政治的・社会的問題に幅広い関心をもって、深く掘り下げることの出来る高度の知見と能力を兼ね備えることではないか。   続く専門家の助言を仰ぐ時間であるが、1人目の討論者として迎えた稲賀繁美先生(国際日本文化研究センターおよび総合研究大学院大学教授)のコメントは、まず所属する公的機関、国際日本文化研究センターを引き合いに、「国際」を大々的に掲げたにも関わらず、日本国内にある国際学術機構の交流成果は民間組織であるSGRAの実績には遥かに及ばない現実に言及し、東アジアで展開されるSGRAの取り組みこそ、日本の国際的学術組織がもっとも見習うべき見本の1つではないかと念を押した。 そして、国際社会に向けて発信する際の言語媒体に悩まされる学者の懸念に対し、英語が公用語である3KAセミナーを除き、同時通訳付き形式を採用したSGRA中韓台のフォーラム運営方式には肯定的な意見を示した。最後に、本パネルの4つの発表を通して、日本学を外に開いたことをどう意味づけするのか、東アジアの諸国(非日本語の世界)に蓄積された日本研究の成果、知識、解釈が、日本の学会・日本列島に住んでいる国民にも行き渡るようなプラットホームの構築をどう実現していくのか、日本学のあり方や真価が問われる喫緊の課題ではないかとコメントした。   2人目の討論者である徐興慶学長(中国文化大学学長・外国語文学院日本語文学系教授兼院長)は、本パネルで報告した上記4名の発表内容を総括した形で感想・助言を述べられた。たとえば、フィリピン3KAセミナーでは、時の政権と抗って果敢に取り上げられた環境・自然問題、経済利益の公平的再分配問題を、古き時代から蓄積してきた文化資産の共有で日本とは強いつながりを持ってきた中国では、両国の美術交流史・文化交流史の再構築に焦点を当てるチャイナフォーラムの斬新な試み、JKAFFで実現できた日韓交互開催形式の幅広いネットワークの強い連帯感、そして、第1回JTAFFの開催に徐興慶学長自身がパイオニア主催者として最善を尽したJTAFFの独創的なスタイルーー既成概念にとらわれない柔軟な対応力を培った多元文化社会台湾ならではの底力――、つまり、SGRAの元奨学生がそれぞれの国の置かれた状況にふさわしい活動をダイナミックに展開することに成功しているのではないかと、励ましのコメントを送った。   座長を務めた劉傑先生は、討論者の意見に対してそれぞれ簡潔なコメントを述べたあと、会場からの質問を受けることに移った。   渥美国際交流財団についての質問をはじめ、4つの国以外でも実施した或いは実施する予定の取り組みや奨学金の申請方法、元奨学生が活躍できる交流の場の提供や場づくりのノウハウなど、会場まで駆けつけた今西淳子常務理事が自らの言葉で説明したり、現場にいる元奨学生たちが補足したり、実に幅広い課題について議論が交わされた。満場に近いオーディエンスから終始熱い注目を浴びている会場の雰囲気から、東アジア日本研究者協議会のような、広域的な地域連携による知的交流の場づくりの大切さが、フロア全員にも、しっかりと体感できたのではないか。   何より、本来、日本留学を終え、韓・比・中・台、それぞれの国に貢献すべく、帰国した高度知日派人材であるラクーンメンバーが、独自な組織運営を営みながら孤軍奮闘してきた足跡・蓄積してきた知的交流のノウハウは、こうした国際的な知的情報の交換/交流舞台に持ち込まれ、広く共有されることで、新たなエネルギーを生み出していくと確信できよう。そのエネルギーは、やがて国際交流に役立つファシリテーターに吸収され、国際的ネットワークへ拡張していき、その先々には、再生できる知的交流サークルが形成されることであろう。   今回は(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)のパネル企画者及び発表者として参加でき、実りの多い貴重な体験を記憶に刻むことができた。それぞれの立場をわきまえながら、同じ思いで別々の国で努力している仲間たちとの意見交換によって、これまでにない斬新なアプローチに向けて発展させ、アジアにおける日本研究者ネットワークを広げることの意味を台湾の仲間たちに伝えることができる。参加してみて改めて、会話・対話を通じたコンセンサス(合意)形成の意味と必要性を深く認識させられた東アジア日本研究者協議会であった。   素晴らしい機会を与えていただき、感謝の念に尽きない。 報告者、討論者、座長(司会)の先生方に改めて感謝を申し上げたい。(文中敬称略)   金雄熙(日韓アジア未来フォーラム)発表資料   マキト(共有型成長セミナー)発表資料   孫建軍(SGRAチャイナフォーラム)発表資料   張桂娥(日台アジア未来フォーラム)発表資料   第3回東アジア日本研究者協議会国際学術大会の写真   英訳版はこちら   <張 桂娥(ちょう・けいが)Chang_Kuei-E> 台湾花蓮出身、台北在住。2008年に東京学芸大学連合学校教育学研究科より博士号(教育学)取得。専門分野は児童文学、日本語教育、翻訳論。現在、東呉大学日本語学科副教授。授業と研究の傍ら、日本児童文学作品の翻訳出版にも取り組んでいる。SGRA会員。     2019年1月24日配信
  • グアリーニ & ファスベンダー「第3回東アジア日本研究者協議会パネル『現代日本社会の『生殖』における男性の役割――妊娠・出産・育児をめぐるナラティブから』報告」

    2018年10月27日(土)に国際日本文化研究センター(日文研)と京都リサーチパークにおいて、第3回東アジア日本研究者協議会国際学術大会が開催されました。私たちは、SGRAから参加したパネルの1つとして「現代日本社会の『生殖』における男性の役割――妊娠・出産・育児をめぐるナラティブから」という発表をしました。本パネルは、2人の発表者のほか、司会者のコーベル・アメリ(パリ政治学院)、討論者のデール・ソンヤ(一橋大学)とモリソン・リンジー(武蔵大学)の5人のメンバーで構成されました。当日、約15人の参加者を迎え、討論者や参加者から刺激的な質問やコメントをいただき、熱心な議論が交わされました。   本パネルは、現代日本において、妊娠・出産・育児における男性の役割がどのように語られているかを考察することを目的としました。日本の最重要な社会的課題として「少子化」が議論されているなかで、個人の妊娠・出産・育児には、国家や企業、マスメディアからの介入がみられますが、その言説では、若い女性が子供を産み育てるために身体・キャリア・恋愛などの人生のあらゆる側面をプランニングし、管理する必要性が説かれています。そうした「妊活」(妊娠活動)や育児に関わる言説には、今も尚、母性神話が強く根付いています。一方、そこに男性の存在感は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されています。たとえ「イクメン」という言葉が流行し、子育てに参加したい気持ちはあっても、長時間労働や日本企業独特の評価制度などに縛られ、それを許されない男性は多いのです。   上記の背景を踏まえた上で、本パネルでは、社会学と文学のそれぞれの視点から、妊娠・出産・育児における男性の役割の考察を試みました。   最初の発表は、イサベル・ファスベンダー(東京外国語大学)による「『妊活』言説における男らしさ―現代日本社会における『産ませる性』としての男性に関する言説分析」でした。ファスベンダーは、これまで「妊活」言説が、国家・医療企業・マスメディアの利害関係のもとにいかに形成されてきたか、そしてその言説がいかに個人、とりわけ女性の生き方を規定するかを分析してきました。 しかし今回は、その言説における男性の役割に焦点をあてました。「妊娠」すること、「産む」ことは、個人的な領域に属していると思われがちですが、不断に政治的なものとして公の介入を受けてきました。特に問題視されてきたのは「妊孕性」と「年齢」の関係性です。これまで「妊活」言説の主人公が主に女性に限定されてきましたが、最近になって、男性の身体、妊孕性をめぐる言説も注目されてきています。生殖テクノロジーの発展に伴う生殖プロセスの、生殖細胞レベルでの可視化が、さらに徹底して利用されていることが背景にあります。 この発表は、新聞記事、専門家へのインタビュー、男性向けの「妊活」情報、そして男性自身の語る「妊活」体験談などの分析に基づいて、男性の生殖における役割が現在の日本社会においてどのように位置づけられているのかを探りました。   2番目の発表は、レティツィア・グアリーニ(お茶の水女子大学)による、「妊娠・出産・育児がつくりあげる男性の身体-川端裕人『ふにゅう』と『デリパニ』を手がかりに-」でした。この発表では、川端裕人の『おとうさんといっしょ』(2004年)を中心に日本現代文学における父親像の表象について考察を試みました。 現代日本における出産・育児の語り方は、常に女性に焦点を当て、母親がいかにして子どもを産み育てるための身体を作るべきかが論じられています。一方、そこに男性の存在は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されています。このような社会事情を反映する現代文学においても出産・育児の体験はしばしば女性を中心に語られており、男性が物語の舞台に登場することは少ない上、育児に「協力する」副次的な人物として描かれることが多いのです。 グアリーニは、川端裕人の『おとうさんといっしょ』から出産に立ち会う男性を主人公にする「デリパニ」と授乳しようと試みる父親を描く「ふにゅう」、この2つの短編小説を取り上げ、川端裕人の作品分析によって、男性の身体に焦点を絞りながら父親の表象について論じ、新たな観点から出産・育児の体験を考察しました。   今回、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)のパネルの発表者として参加できたおかげで、貴重なコメントをくださった討論者の方はもちろん、さまざまな研究者と意見交換ができました。自分たちの研究について改めて考える機会を与えていただき、ありがとうございました。 (文中敬称略)   当日の写真   <グアリーニ・レティツィア GUARINI Letizia> 2017年度渥美奨学生。イタリア出身。ナポリ東洋大学東洋言語文化科(修士)、お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科(修士)修了。現在お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科に在学し、「日本現代文学における父娘関係」をテーマに博士論文を執筆中。主な研究領域は戦後女性文学。       2019年1月17日配信
  • ボルジギン・フスレ「AFC#4:SGRAセッション『現代モンゴル地域における社会変容』報告」

    2018年8月26日の午後に開催された第4回アジア未来会議自主セッション「現代モンゴル地域における社会変容」は、激変する北東アジア社会の複雑な状況を視野に入れながら、最新の資料を駆使して、モンゴル地域における社会変遷を焦点に特色ある議論を展開することを目的とした。同セッションでは、国立政治大学民族学部准教授の藍美華(LAN Mei-hua)先生と私が共同で座長をつとめた。   SGRA会員、内モンゴル大学モンゴル研究センター准教授のリンチン(仁欽、Renqin)氏の報告「20世紀後半の内モンゴルにおける草原生態系問題の検討」は、20世紀後半の内モンゴルにおける放牧地開墾問題の実態はどうだったか、その背景と要因は何であったか、放牧地開墾問題はモンゴル人地域社会に何をもたらしたか、さらに今日の内モンゴルにおいても生じている環境、漢化、自治区の自治権の低下、人口、言語教育など非漢民族の生存権問題と如何に関連しているのかなどについて考察した。 リンチン氏は、結論として、下記の事を指摘した。 第1に、「大躍進」運動では、農業地域か牧畜業地域かを問わず、内モンゴル地域では「農業を基礎にする」という方針のもと、「牧畜業地域の食糧と飼料の自給」という名目で、中華人民共和国建国以来最大規模の放牧地が開墾された。 第2に、「文化大革命」期間の「牧民はみずから穀物を生産すべき」のスローガンのもとで、内モンゴル生産建設兵団による2回目の大規模の放牧地開墾が行われた。しかし、その結果、食糧と飼料の自給が成し遂げられるどころか、むしろ穀物は減産したのである。 第3に、草原生態系への破壊的影響をもつ開墾により、放牧に利用できる草原の面積が縮小したため、牧民たちは生産手段でもある放牧地を失い、生活の困窮状態に陥った。 第4に、近年、北京、天津にとどまらず、はるか朝鮮半島、日本にまで猛威を振るっている「黄沙」の主な発生源は内モンゴルとされているが、そう簡単に結論づけることはできない。内モンゴルにおける環境問題は、実際このようは政治的・社会的・人為的要因があった。   SGRA会員、昭和女子大学国際学部国際学科教授のマイリーサ(Mailisha)氏の報告「観光化の中における文化伝承」は、甘粛省粛南ヨグル族自治県白銀モンゴル自治郷(1930年代に外モンゴルから河西回廊に移住したハルハ・モンゴル人の村落)における「伝統文化の担い手と継承のための工夫」の事例を検証した。言語や文化の消滅の危機にさらされている少数民族の生存戦略と、その潜在的な可能性について検討し、「民族風情園」など「中国的な見せる観光」における問題点を指摘し、たいへん興味深かった。   東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程ソルヤー(Suruya)氏の報告「フルンボイル地域における民族衣装の再創造――ダウル人を中心に――」は、日本における文化人類学の先端的な研究成果を吸収し、ホブズボウムとレンジャーの「伝統の創造」論を踏まえ、先行研究を批判的に参考にしながら、民族表象の問題として民族衣装に焦点をあてた。フィールドワークで得た成果に基づいて、ダウル人の民族衣装を中心に、内モンゴル・フルンボイル地域におけるモンゴル系サブグループの民族衣装が、20世紀以降、いかに衰退から「再生」へと発展してきたのか、それがフルンボイルのモンゴル系サブグループのアイデンティティの再構築とどのような関係をもっているかなどについて検討をおこなった。今日、ダウル人は伝統を取り戻そうと、その民族衣装を再構築し続けているが、そのプロセスにおいて、実際は、多くの伝統が失われ、また新たな「伝統」が生まれ続けていることなどを指摘した。   桐蔭横浜大学FIJ欧米・アジア語学センター非常勤講師ボヤント(Buyant)氏の報告「内モンゴルにおける土地紛糾の一考察」は、モンゴル人社会の現状を踏まえ、映像資料を含む第一次資料を用いて、2010年以降、内モンゴル地域で農民・牧畜民と地方政府の間で起きた土地・生態環境をめぐる紛糾を焦点に、さまざまな矛盾や葛藤を抱えている多民族国家中国の民族問題の現状について考察し、検討した。1978年に「改革開放政策」が提唱されて40年が経過した現在、少数民族地域におけるインフラ整備や資源開発、経済成長、党幹部養成等は目覚ましい勢いで進んでいる一方、「党国家」をおびやかす事件が多発し、少数民族をとりまく状況は急速に変わっている。氏の報告は刺激的であり、関心をもたらせた。   セッションの最後に、藍美華氏がセッション報告の成果をまとめ、今後の研究の展開について期待をかけた。   当日の写真     <ボルジギン・フスレ Borjigin_Husel> 昭和女子大学国際学部教授。北京大学哲学部卒。1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会外国人特別研究員、昭和女子大学人間文化学部准教授などをへて、現職。主な著書に『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、共編著『国際的視野のなかのハルハ河・ノモンハン戦争』(三元社、2016年)、『日本人のモンゴル抑留とその背景』(三元社、2017年)他。        
  • 朱琳「AFC#4:SGRAセッション『東アジアのナショナリズムを再考する』報告」

    第4回アジア未来会議の一環として、私が企画責任者を務めるグループセッションが8月26日(日)午後にソウルのThe_K-Hotelで開催された。セッションのテーマは「東アジアのナショナリズムを再考する――日・中・韓の近代史からの問い」である。   今日、東アジア諸国の相互依存が一層深まる一方で、感情的摩擦が次第に表面化するようになった一面も否定できない。それは、それぞれ周辺文化への理解の未熟さや、「東アジア」という空間形成の歴史的経緯の軽視などに由来したところが多いと言えよう。そこで、文化のグローバリゼーション(光と影の両面)などに対応しうる「国民国家」というシステムのより広い文脈での位置づけ、および総合的な見通しが問われている。このような問いに検討を加えるために、狭義の一国史に限定することなく、「東アジア」という「場」を多様な文化が接触・連鎖する「舞台」として複眼的・動態的に認識し考察する必要があるように考えられる。 このような問題意識のもとで、今回は3名の発表者と2名の討論者を迎えてセッションを組んでみた。   まず、李セボン氏(延世大学比較社会文化研究所・専門研究員)は「儒者の視点から見た「文明」とナショナリズム――中村正直を中心に」という題で発表した。主に幕末から明治初期にかけて活動し儒学というレンズを通して西洋を見た中村正直(1832~1891)の思想を手がかりに、儒者のいう「文明」とナショナリズムの関係について考察している。   ついで、黄斌氏(早稲田大学地域・地域間研究機構・次席研究員)は「アジア主義・ナショナリズムとマルクス主義の狭間――李大釗の葛藤」という題で発表した。中国ナショナリズムの系譜を時系列に整理した上、その系譜の中に中国共産党の創立に参加した李大釗(1889~1927)の思想を位置づけ、その思想の変容および影響などを分析している。   3番目の発表者は柳忠煕氏(福岡大学人文学部東アジア地域言語学科・専任講師)であり、発表題目は「朝鮮知識人の戦争協力と〈朝鮮的なもの〉――尹致昊と李光洙を中心に」である。帝国日本の戦争遂行に協力した植民地朝鮮の知識人の政治的想像力とはどのようなものだったのかという問題提起を行い、尹致昊(1865~1945)と李光洙(1892~1950)の二人のそれぞれの戦争協力の理由と論理を明らかにし、〈帝国/植民地〉という状況における〈朝鮮的なもの〉の保存への試みとその逆説を解析している。   討論者として、平野聡氏(東京大学大学院法学政治学研究科・教授)と劉雨珍氏(南開大学外国語学院・教授)を迎えた。3名の発表内容について逐一、感想とコメントをされただけでなく、的確なアドバイスもいただいた。   セッションとして、必ずしも最初から意識していたわけではないが、結果的に明治・大正・昭和の3つの時期をカバーし、そして日・中・韓の3国の知識人の思想的葛藤と苦闘を凝縮的にそれぞれの発表に反映させたことになり、よくバランスがとれた。発表者と討論者に加え、聴衆も積極的に参加してくれたおかげで、大変濃密な議論の時間を過ごすことができた。   聴衆に福島大学のある教授がおられ、会議後、ここソウルでこんなに高いレベルの発表およびコメントを聞けるとは思わなかったという。この言葉を励みに、今後できればよりよい企画を提案できるよう協力していきたい。   *発表者、討論者、そして、何よりも渥美国際交流財団の関係者の方々のおかげで、セッションを成功裏に開催できたことを心より感謝申し上げます。皆さま、本当にどうもありがとうございました!   当日の写真   <朱 琳(シュ・リン)ZHU_Lin> 東北大学大学院国際文化研究科准教授。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はアジア政治思想史。     2018年10月25日配信  
  • 第3回東アジア日本研究者協議会へのお誘い

      東アジア日本研究者協議会は、東アジアの日本研究関連の学術と人的交流を目的として2016年に発足し、韓国・仁川で第1回国際学術会議が開催されました。2017年の第2回会議(於中国・天津)に続き、本年10月末には第3回会議が日本・京都で開催されることとなりました。 歴史的な壁のため、さらに東アジアでは自国内に日本研究者集団が既に存在することもあり、国境・分野を越えた日本研究者の研究交流が妨げられてきた側面があります。東アジア日本研究者協議会は日本研究の質的な向上、自国中心の日本研究から多様な観点に基づく日本研究への志向、東アジアの安定と平和への寄与の3つを目的としています。SGRAも同協議会の理念に賛同して共同パネルとして参加をいたします。 本年はSGRAから、「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」、「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」の2パネルが参加します。 これを機会に皆様のご参加やご関心をお寄せいただければ幸いです。     第3回東アジア日本研究者協議会 国際学術大会 日 時:   2018 年 10 月 26 日(金)~ 28 日(日) 会 場:    国際日本文化研究センター(10月26日)  京都リサーチパーク(10月26日 、27日、28日) 主 催: 東アジア日本研究者協議会、国際日本文化研究センター 共 催: 独立行政法人国際交流基金 助 成:    鹿島学術振興財団、村田学術振興財団 概 要 :     全体プログラム  分科会プログラム ——————————————————————————————— SGRA参加パネル 「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」 「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」 ——————————————————————————————— ——————————————————————————————— ◆セッションB1:「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」 分科会1(一般パネル) 10月27日(土)9:30-11:00 於 京都リサーチパーク ——————————————————————————————— パネル趣旨: 現代日本における最重要の社会的課題として「少子化」は、依然として大いに議論されている。そのなかで、個人の妊娠・出産・育児には、国家や企業、マスメディアからの介入がみられるが、その言説では、若い女性が子供を産み育てるために身体・キャリア・恋愛などの人生のあらゆる側面をプランニングし、管理する必要性が説かれている。そうした「妊活」(妊娠活動)や育児に関わる言説には、今も尚、母性神話が未だ強く根付いている。一方、そこに男性の存在感は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されている。たとえ「イクメン」という言葉が流行し、子育てに参加したい気持ちはあっても、長時間労働や日本企業独特の評価制度などに縛られ、それを許されない男性は多い。 上記の背景を踏まえた上で、本パネルでは、社会学と文学のそれぞれの視点から、妊娠・出産・育児における男性の役割がいかにして語られるかを考えていく。   パネリスト: 司会者     コーベル・アメリ(パリ政治学院) 発表者1   ファスベンダー・イサ ベル(東京外国語大学) 発表者2  グアリーニ・レティツィア(国際基督教大学)* 討論者1  デール・ソンヤ(一橋大学) 討論者2  モリソン・リンジー(武蔵大学)     発表要旨:   【発表①】 「妊活」言説における男らしさ―現代日本社会における 「産ませる性」としての男性に関する言説分析 (ファスベンダー・イサ ベル )   「妊娠」すること、「産む」ことは、個人的な領域に属していると思われがちであるが、不断に政治的なものとして公の介入を受けてきた。とりわけ、切実な少子化社会にあることを背景に、「少子化政策の主体たる国家」、「生殖テクノロジーを用いて不妊治療サービスを展開する医療企業」、「世論を左右するマスメディア」の三つの権力主体が相互に絡み合いながら、その言説を形成してきた。つねに問題視されてきたのは「妊孕性」と「年齢」の関係性である。個人に"正しい"「情報・知識」を提供することで、若い女性が子供を産むために身体・キャリア・恋愛などの人生のあらゆる側面をプランニングし、管理する必要性が説かれてきた。 先行研究においては、これまで「妊活」言説の主人公が主に女性に限定されてきたことが批判されている。ただ最近になって、男性の身体、妊孕性をめぐる言説も注目されてきている。生殖テクノロジーの発展に伴う生殖プロセスの、生殖細胞レベルでの可視化が、さらに徹底して利用されていることが背景にある。本発表は、新聞記事、専門家へのインタービュー、男性向けの「妊活」情報、そして男性自身の語る「妊活」体験談などの分析に基づいて、男性の生殖における役割が現在の日本社会においてどのように位置づけられているのかを探ってゆく。それによって、現在進行する「生殖をめぐるポリティクス」、ひいては権力による「性の管理」について、重要な一側面を明るみに出すことを目指す。     【発表②】 妊娠・出産・育児がつくりあげる男性の身体-川端裕人 「ふにゅう」と「デリパニ」を手がかりに-  (グアリーニ・レティツィア)   現代日本における出産・育児の語り方は、常に女性に焦点を当て、母親がいかにして子どもを産み育てるための身体を作るべきか論じられている。一方、そこに男性の存在は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されている。たとえ「イクメン」という言葉が流行しているとはいえ、父親が出産・育児において副次的な役割しか担わないことは多い。このような社会事情を反映する現代文学においても出産・育児の体験はしばしば女性を中心に語られており、その体験が母親の身体および精神にいかなる影響を与えるかを探求する作品が多い。それに対して、男性が物語の舞台に登場することは少ない上、育児に「協力する」副次的な人物として描かれることが多い。 本発表では、川端裕人の『おとうさんといっしょ』(2004年)を中心に日本現代文学における父親像の表象について考察を試みる。まずは、川上未映子、角田光代、伊藤比呂美、山崎ナオコーラなど、様々な作家や作品を並べて分析することによって、出産・育児における母親像および父親像を探り、「父親の不在」の表象を明確にする。また、川端裕人の『おとうさんといっしょ』から出産に立ち会う男性を主人公にする「デリパニ」と授乳しようと試みる父親を描く「ふにゅう」、この二つの短編小説を取り上げる。川端裕人の作品分析をもって、男性の身体に焦点を絞りながら父親の表象について論じ、新たな観点から出産・育児の体験を考察する。     ——————————————————————————————— ◆セッションB3:「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」 分科会3(一般パネル) 10月27日(土) 13:45-15:15 於 京都リサーチパーク ——————————————————————————————— パネル趣旨: 「関口グローバル研究会」(SGRA)は渥美国際交流財団が支援した元奨学生が中心となって活動している研究ネットワークである。21世紀の幕開けに設立されたSGRAは、第1回フォーラム「21世紀の日本とアジア」を皮切りに、多分野多国籍の研究者によって、多面的なアプローチから研究を行っている。その集大成として2013年に第1回アジア未来フォーラム(AFC)が開催され、今夏に第4回AFCは成功裏に幕を閉じた。 2014年第2回AFC@バリ島円卓会議の続編として行なわれた2015年第49回SGRAフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」において、「日本研究」をアジアの「公共知」として育成するために、アジアで共有できるアジア研究を目指すネットワークの構築が喫緊の課題だというコンセンサスが得られた。また、東アジアに創られた「知の共同空間」での「共同体」の構築に欠かせない「方法としての東アジアの日本研究」の意義も再認識された(SGRAレポートNo.74<2016.6発行>より)。 その翌年に第1回東アジア日本研究者協議会(EACJS)がソウルで開催され、2017年第2回@天津に続き、今秋第3回EACJS@京都の開催を迎える運びになった。いわば、SGRAフォーラムで展開された有識者らの論議が起爆剤になり、東アジアの日本研究者を集結する「知の共同空間」を誕生させたのではないかともいえよう。 本パネルでは、アジアにおける日本研究者ネットワークの構築が実現するまでに、2000年発足以来継続してきたSGRAの取り組みを振り返り、今後目指すべき新地平を探る。特に、SGRAフォーラムとシンクロして、アジア各地域で展開される、「日韓アジア未来フォーラム」(2001~)、「日比共有型成長セミナー」(2004~)、「SGRAチャイナフォーラム」(2006~)、「日台アジア未来フォーラム」(2011~)に焦点を当て、地域ごとの活動報告に伴い、より創発的に共有できる「知の共同空間」の構築に解決すべき課題、未来を切り拓く骨太ビジョンの策定等について、活発的な意見交換を行う。   パネリスト: 司会者  劉傑 (早稲田大学) 発表者1    金雄熙(韓国・仁荷大学) 発表者2    マキト、フェルディナンド  (フィリピン大学ロスバニョス校) 発表者3 孫建軍(中国・北京大学) 発表者4 張桂娥(台湾・東呉大学)* 討論者1 稲賀繁美(国際日本文化研究センター) 討論者2 徐興慶(台湾:中国文化大学)     発表要旨:   【発表①】 日韓アジア未来フォーラムの経緯、現状と課題: 「ダイナミックで実践的な知のネットワークを目指して」(金雄熙)     「日韓アジア未来フォーラム」(JKAFF)は、日本と韓国、そしてアジアの研究者及び現場の専門家たちが、アジアの未来について幅広く意見を交換する集まりであり、韓国ラクーンも積極的に参加し、知のネットワークを築き上げてきた。2001年韓国未来人力研究院の「21世紀日本研究グループ」と渥美財団SGRAの共同プロジェクトで始まり、主に東アジア共同体の構築に向けた様々な分野における地域協力の動きや可能性を探ってきた。2001年10月に第1回会議がソウルで開かれて以来、2018年3月第17回まで間断なく進められ、さらなる発展を模索している。歴史問題で揺れ動く日韓の間ではあまり類を見ないしっかりした交流プロジェクトであると自負できよう。 これまでのテーマは、「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」、「東アジアにおける韓流と日流:地域協力におけるソフトパワーになりうるか」、「親日・反日・克日:多様化する韓国の対日観」、「日韓の東アジア地域構想と中国観」、「東アジアにおける公演文化(芸能)の発生と現在:その普遍性と独自性」、「1300年前の東アジア地域交流」、「東アジアにおける原子力安全とエネルギー問題」、「アジア太平洋時代における東アジア新秩序の模索」、「ポスト成長時代における日韓の課題と東アジア協力」、「アジア経済のダイナミズム-物流を中心に」、そして最近の日中韓の国際開発協力についての3か年プロジェクトなど、2-3年単位のプロジェクトで東アジア協力課題について議論してきた。 JKAFFは主に主催側の代表や幹事とでテーマを設定し、SGRAメンバーやその分野の専門家に参加を呼び掛けるかたちで専門用語が通じ、顔の見える実践的な知のネットワークの構築を目指してきた。これまでの経験からみると、専門性の追求と緩やかなネットワークの構築には相反する側面もあったと思われる。17年も同じ進め方で運営してきたので、テーマの設定の在り方や次世代を担う若手研究者の育成という面では考え直すところがあるのも事実であろう。今後より多元的で弾力的な推進体系を取り入れ、東アジア地域協力課題により多面的に対応し、ダイナミックで実践的な知のネットワークを作り上げていきたい。     【発表②】 日比共有型成長セミナーの経緯、現状と課題: 「持続的な共有型成長~みんなの故郷(ふるさと)、みんなの幸福(しあわせ)~をめざして」(マキト、フェルディナンド)       マキトがマニラに設立した「SGRAフィリピン」は渥美財団の支援を受けて、2004年から毎年マニラ市を中心にフィリピン各地でセミナーを24回開催してきた。テーマは一貫して「共有型成長(Shared Growth)」。これは、世界銀行が「東アジアの奇跡」と呼んだ、経済成長とともに貧富の格差が縮小した日本をはじめとする東アジア各国の1960~70年代の経験に因む。残念ながらフィリピンはこの「奇跡」の中に入れなかったので、かつての日本の経験をフィリピンに伝えたいという願いがあった。以来15年間に日本の社会経済状況は大きく変わったが、「グローバル化の津波」にいかに対抗するかという本セミナーの問題意識は変わらない。近年は、グローバルに深刻な環境問題も取り入れ、「持続的な共有型成長」というテーマに発展した。持続的な共有型成長セミナーでは、環境保全(持続可能)、公平(共有型)、効率(成長)の実現を目ざすために必要と思われるメカニズムを多角的な視点から考察し、実現のための途を探って行きたい。多くの参加を促す為に、国際的、学際的、分野横断的なアプローチで、専門家だけでなく一般人にもわかるような発表・議論を進めようとしている。 本セミナーは、SGRAでは珍しく英語のみで実施している。これまでのテーマは、「都会・地方の格差と持続可能共有型成長」「人と自然を大切にする製造業」「人間環境学と持続可能共有型成長」「開発研究・指導の進歩と効果を持続させるために」「地方分権と持続可能な共有型成長」「人や自然を貧しくしない進歩:地価税や経済地代の役割」など。 共有型成長セミナーは、当初マニラ市にあるアジア太平洋大学の協力を得て開始したが、2010年と2011年に渥美奨学生同期の高偉俊教授が、フィリピン大学(ディリマン校)工学部建築学科の研究者数名を北九州市立大学に招へいし、日本で2回環境問題をテーマにSGRAフォーラムを開催してから、共有型セミナーにも積極的に関わって学際的な人的ネットワークが発展し、2013年にフィリピン大学で開催した第16回セミナーには220名もの参加者を得た。その後、マニラだけでなくフィリピン各地における円卓会議の開催も試みられたが、2017年にマキトが帰国し、フィリピン大学ロスバニョス校に赴任したため、本セミナーは同校の全面的な支援を受けて、毎年2~3回のペースで開催する予定である。 共有型セミナー通じて形成されたフィリピン国内における研究者ネットワークは、渥美財団が開催するアジア未来会議の実施に貢献している。そして、共有型成長セミナーのネットワークとフィリピン大学ロスバニョス校の全面的な支援を得て、第5回アジア未来会議は、2020年1月にフィリピンで開催される。     【発表③】 SGRAチャイナフォーラムの経緯、現状と課題: 「広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探って」(孫建軍)     2006年に発足したSGRAのチャイナフォーラムは早くも12年間活動してきた。他の地域のSGRA活動と較れば、内容に大きな方向転換があったのが主な特徴といえる。活動当初は、中国人若者を対象に、日本の各界で活躍しているNPOの方が講演をする形式だった。テーマとして、日本語教育、黄土高原の緑化協力、在日アジア人留学生の支援、水俣病、アフリカ児童への食事支援、中国の環境問題と日中民間協力、ボランティアなどがあった。会場は大学が殆どだったが、国際交流基金北京日本文化センターで行うこともあった。また、同じ内容の講演を、北京のほかに、もう1箇所の都市で開催することも試みた。フフホトをはじめ、延辺・ウルムチ・上海などにおいて、計6回ほど行われている。また、より多くの中国人若者の参加を得るため、同時通訳付きで行われたこともチャイナフォーラムの特徴の一つだった。毎回のアンケート集計を見れば、講演から様々な知識を得て、視野が広がったといった回答が多く、やりがいのない活動内容ではなかった。 日本と中国は一衣帯水の関係にあると言われているが、この一衣帯水も日中関係を荒らすことがある2012年に起きた周知の出来事の波紋が予想外にもチャイナフォーラムに及び、活動内容の大きな軌道修正を促した。清華大学東亜文化講座の協力を得て、2014年より広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探ることをテーマの主眼に据え、日本文学や文化の研究者を対象に、「近代日本美術史と中国」、「日中200年―文化史からの再検討」、「東アジア広域文化史の試み」(アジア未来会議の一部)、「東アジアからみた中国美術史学」と、4回ほど行ってきた。多くの中国人研究者の関心を集め、成功裏に開催できたことを実感した。本発表では方向転換が功を奏した理由を探ってみたい。     【発表④】 日台アジア未来フォーラムの経緯、現状と課題: 「既成概念にとらわれない柔軟なフットワークで、身の丈にあった知的交流活動の展開を」(張桂娥)     「関口グローバル研究会」(SGRA)主催の地域型国際会議として、2011年から毎年開催する「日台アジア未来フォーラム」(JTAFF)は、台湾ラクーン(渥美国際交流財団元奨学生)が中心となって活動している学術交流ネットワークである。JTAFFでは、主にアジアにおける言語、文化、文学、教育、法律、歴史、社会、地域交流などの議題を取り上げ、若手研究者の育成を通じて、日台の学術交流を促進し、日本研究の深化を目的とすると同時に、若者が夢と希望を持てるアジアの未来を考えることを、その設立の趣旨としている。 これまでのテーマは、「国際日本学研究の最前線に向けて」、「東アジア企業法制の現状とグローバル化の影響」、「近代日本政治思想の展開と東アジアのナショナリズム」、「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流」、「日本研究から見た日台交流120 年」、「東アジアにおける知の交流」、「台・日・韓における重要法制度の比較」、「グローバルなマンガ・アニメ研究のダイナミズムと新たな可能性」など、実に多種多様である。 JTAFF主催責任を担う台湾ラクーンは、バラエティーに富んだ多元的学問領域を視座に、既成概念にとらわれない柔軟なフットワークを展開してきた。いわば「身の丈にあった日台間知的交流活動」をコンセプトに、地道な活動に取り組んきたわけであるが、目標も着地点も定まらない中、危機感を募らせる現状である。 本発表では、JTAFFの活動報告に伴い、持続可能な「知の共同空間」の構築に欠かせない骨太ビジョンの策定等について、有識者と活発的な意見交換を行いたい。    
  • 林泉忠「戦争・架け橋・アイデンティティ~近代日本と東アジアの文化越境物語~:東アジア日本研究者会議パネル報告(3)」

      去る2017年10月28日から29日にかけて、風薫る爽やかな深秋の季節の中、「第2回東アジア日本研究者協議会国際学術大会」が、中国天津にある象賽ホテルにおいて開催された。今回は私が企画したセッションで渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の派遣チームの1つとして参加した。   セッションのテーマは「戦争・架け橋・アイデンティティ~近代日本と東アジアの文化越境物語~」で、企画の背景に、戦前の日本と東アジアとの関係が、しばしば戦争や植民地支配に集約される単純さに違和感を持ったことが挙げられる。そのため、戦前における日本と東アジアとの民間レベルの社会・文化交流の架け橋を担っていた人々とそのストーリーは軽視されてしまう。本セッションは、あの激動の時代において戦争を超える日本と中国・東アジアの民間レベルの交流物語を取り上げ、国境や戦争を超える東アジアの文化交流の意味を検討した。   当セッションは、孫建軍教授(北京大学)を座長に、2つの報告を中心に行われた。   第1報告は、私(林泉忠・中央研究院)自身が行った「知られざる『旅愁』の越境物語~戦前東アジア文化交流の一断章~」で、百年前から日本でも中華圏でもよく歌われてきた名曲「旅愁」(中国語は「送別」)の伝播の軌跡を探って、戦争を超える近代日本と東アジアの文化交流の一側面を明らかにした。「旅愁」は19世紀の半ば頃にアメリカで生まれたDreaming_of_Home_and_Mother(「家と母を夢見て」、作曲ジョン・P・オードウェイ[John_P._Ordway])に由来し、1907年に日本の作詞家で音楽教育者の犬童球渓によって訳され、「旅愁」として音楽教科書「中等教育唱歌集」で取り上げられた。やがて日本の植民地になった台湾や朝鮮半島にも広がっていった。そして、当時東京留学中の中国若手音楽家・画家の李淑同の手で1915年に「送別」として中国に広く伝えられていったという。   当報告は、1.信じられている自国の文化は必ずしも自国で誕生したものではなく、2.文化は交流によってより高い価値を獲得し、3.人類が共有する宝として再認識する必要がある、と指摘した上、戦争・植民地時代の文化の広がりについて、戦争や植民地支配の正当性は肯定できないが、その時代の民間レベルの文化交流にかかわる人々とその結果や価値についてもう少し丁寧に検討する必要がある、と強調した。   第2報告は、李嘉冬教授(上海・東華大学)の「近代日本の左翼的科学者の中国における活動~上海自然科学研究所所員小宮義孝を例に~」で、小宮義孝という人物の物語を取り上げ、上海自然科学研究所所員時代にスポットライトを当て、氏の上海での生活及び中国人科学者・学者たちとの交流実態を明らかにしようとするものであった。小宮は近代日本の寄生虫学者で、東京帝国大学医学部在学時代から、社会医学を志していたという。のちに、マルクス主義に傾倒し共産主義のシンパとして活動していたため、特高にマークされ監獄に入れられる直前に、恩師の横手千代之助・東京帝大教授の助けで1931年上海に避難し、日本の文化事業の上海自然科学研究所に入所して終戦まで大陸の寄生虫病の研究に従事していた。戦後になって、小宮は中国政府の要請を受け寄生虫撲滅の建議案を提出し、その結果、長年中国の農村部で苦しめられた日本住血吸虫病がほとんど治まることになったという。   2つの報告の後、討論者としてJohan_Nordstrom氏(都留文科大学)と篠原翔吾氏(在中国日本国大使館専門調査員)が加わって2つの報告についてそれぞれ適切なコメントをしてくださった。さらにフロアーから興味深い質問やコメントをいただいて、活発な議論が行われた。   最後に、今回の会議についての感想を述べさせていただきたい。   まず、東アジアにおける国境や地域を越えた日本研究関連の学術・人的交流を目的として発足した東アジア日本研究者協議会が主催する国際学術会議は、今回の天津会議が2回目で、私は1年前の仁川会議に続き、連続参加となった。初回に比べると各国の日本研究者の姿がより多く見られ、同協議会の国際学術大会の知名度や地位はわずか1年で随分上昇し、各国の日本研究機関にかなり重視されていることが分かった。   次に、今回の国際会議は、各国から270名以上の日本研究者が集まったが、共催の天津・南開大学日本研究院によって、周到に準備され、会議は順調に進められた。この点について高く評価したい。一方、セッションのアレンジについてであるが、同じ時間帯にいくつかの同分野のセッションが集中したため、各セッションの参加者が薄く分散してしまう結果になった。来年以降の会議は、その点に関して是非改善していただきたい。   さらに、今回は渥美国際交流財団関口グローバル研究会が3つのチームを派遣し、かなり注目されていた。SGRAが日本研究に力を入れ精力的に支援していることが幅広く知られるようになった。SGRAの知名度アップに貢献するにとどまらず、渥美財団・SGRA=日本研究の重要な存在というイメージの確立に成功したといっていい。是非、次回以降の大会にも引き続きチームを派遣し続けていただきたい。   最後に、次年度の「第3回東アジア日本研究者協議会国際学術大会」の一層の成功と、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)派遣チームのさらなる活躍を願って、今回のセッション報告を終わらせていただきたい。   <林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2010年夏台湾大学客員研究員。2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、2014年より国立台湾大学兼任副教授。       2018年2月2日配信
  • 1 / 212