SGRAイベントの報告

アキバリ・フーリエ 「第4回東アジア日本研究者協議会パネル『日本における女性ムスリムの現状、留学中に直面する課題と彼女らの挑戦』報告」

2019年11月2日(土)台北の台湾大学において、「東アジア日本研究者協議会国際第4回学術大会」が開催され、渥美国際交流財団(SGRA)の派遣チームの1つとして「日本における女性ムスリムの現状、留学中に直面する課題と彼女らの挑戦」と題するパネルセッションを行った。当パネルは発表者2名、討論者2名、座長1名で実施された。

セッションの背景には、日本における外国人の人口増加があげられる。しかし、日本社会で知られていた外国人も近年では多様化が進み、様々な人種、宗教背景を持つ人達が目立つようになっている。その外国人コミュ二ティの中のひとつがイスラム教徒を宗教背景にしているコミュ二ティの人々である。

そこで、本セッションでは、中東湾岸諸国の女性の高等教育をめぐる意識と行動をこれまで研究してきた沈雨香(早稲田大学)と日本での外国人コミュニティの現状を研究対象にし、また自身もムスリム女性として日本で留学経験のあるアキバリ・フーリエ(白百合女子大学)が日本の多様性社会に目を向けた。

 

発表で取り上げられたのは、「在日女性ムスリム」であった。“女性ムスリム”に注目したのは、彼女らが宗教や文化の象徴的な存在として昨今の国際社会におけるディスコースの中心となってきていること、そして、特に可視性が強いと考えられる彼女たちは、外の社会からは「他者」「外国人」として、ムスリムコミュ二ティ内では「期待」「評価」される存在としてプレッシャーをかかえていると考えられたからである。

 

パネルの流れとしては、最初に座長司会の張桂娥氏(東呉大学)がパネル企画の背景や流れを説明し、その後各発表者、討論者の紹介を行い、次にそれぞれのパネル者により発表が行われ、そして討論者からの意見と質疑応答が行われた。最後には、来場者からの質疑応答により幅広い議論が交わされた。

 

まずはじめの発表においては、沈雨香が「ムスリム女性の困難―彼女らの可視性から―」についての研究報告を行った。沈は、ムスリム女性が宗教的慣習や文化に基づき日常的にヒジャブを着用していることに着目し、可視性がもたらす影響を明らかにすることを試みた。その中で、ヒジャブはムスリム女性の宗教への信仰を「可視化」していると述べ、その宗教的可視性の故、ムスリムの女性は他から物理的にも意識的にも区別されており、彼女らならではの生活世界を経験していると指摘した。続いて、3か月にわたる5名のムスリム女性への半構造化インタビューに基づき、非イスラム文化圏で暮らすムスリム女性の可視性は、「ムスリムコミュニティ」では信仰心の判断基準や彼女個人の性格や思考、趣味の指標として。「日本社会」ではムスリム、外国人、他者のシンボルとして、彼女らの生活世界を決定づけていることを明らかにした。

 

続いて、アキバリ・フーリエによる「在日ムスリム女性留学生の内なる葛藤」についての研究報告が発表された。アキバリは、日本という多文化社会において在日ムスリム女性留学生らはどのような葛藤を経験しているのかに焦点を当てた。その背景には、21世紀に入り、急スピードで変化していく時代の中で、控えめで従順なステレオタイプのイメージとは一線を画して、キャリア重視のムスリム女性が増加していることを強調した。その変化は著しく、まだムスリム社会でもその受け入れに戸惑いを隠せない人たちがいることを指摘した。

アキバリも同様に5名のムスリム女性に焦点を当て、彼女らの語りでのキーワードに注目した。その結果、内なる葛藤の要因として、「ムスリム・同国籍者社会」、「家族」、「日本社会」、「自己の信仰」を挙げた。葛藤が起きる仕組みとして、まず「自国のこれまで生きてきた社会から来る“過去のしきたりや習慣を踏襲することへの期待と評価”というプレッシャー」があると分析。一方で新たな受け入れ先の社会からは、「“ムスリム女性として与えられてきた評価が新しい社会でどのように受け取られるかへの不安”、“自分の信仰心に対するムスリムコミュ二ティからの期待”」が大きく葛藤につながることを報告した。

 

2つの研究発表の後、討論者としてミヤ・ドゥイ・ロスティカ氏(大東文化大学)とショリナ・ダリヤグル氏(明渓日本語学校)が加わり、2つの研究報告についてそれぞれコメント、質問が続いた。討論者の興味深いコメント・質疑から幅広い議論が行われた。最後、来場者の中の一人であった、関西大学多賀太先生からは、「多様性社会の教育現場においては、同化を求める部分に比較的圧力が入っており、特別扱いをすることがよくないとされ、マイノリティである彼らを特別に見ることは差別を伴うため避けるべきとの考えが広がりつつある。マイノリティを尊重する姿勢は重要である。」ととても貴重なご指摘を頂いた。

 

本セッションは、ムスリム女性は多様性社会のマイノリティメンバーの一つの事例として取り上げたことを強調したい。本研究の考察を通して、彼女らは、“自分自身を受け入れる”、“相手に受け入れてもらう”ためにヒジャブを外すという自己調整をしていることがひとつ明確になった。しかし、「ハーフ」「身体障害者」「LGBT」「日系人」「外国人労働者」等々、自己調整が不可能である彼らはどのように自己そして社会と向き合っていくのかを今後の課題として考えていきたい。

 

最後に、今回、渥美国際財団関口グローバル研究会(SGRA)の派遣チームとして、多くの日本研究者と共に、本学会に参加できたことに感謝の意を表したい。貴重なコメントを頂き、多くの研究者と意見交換ができたことを大変誇りに思う。今後、日本社会の多様性についてこれを機に、研究を進めていければと思う。ありがとうございました。

 

当日の写真

 

< アキバリ、フーリエ  Akbari, Hourieh >
2017年度渥美国際財団奨学生。イラン出身。テヘラン大学日本語教育学科修士課程卒業後、来日。2018年千葉大学人文社会科学研究科にて博士号取得。現在千葉大学人文公共学府特別研究員。白百合女子大学の非常勤講師。研究分野は、グローバル近代社会における社会言語学および日本語教育。研究対象は、主に日本在住のペルシア語母語話者の言語使用問題。