SGRAプロジェクト

  • 第4回SGRAチャイナフォーラム「TABLE FOR TWO~世界的課題に向けていま若者ができること~」報告

    【北京】   第4回チャイナフォーラム(北京)は体の丈夫そうな宋剛君の強力かつ情熱的な勧めで、9月16日に北京外国語大学の日本学研究センタAー三階の多目的ホールにて開催された。2006年に北京大学で開催したパネルディスカッション「若者の未来と日本語」、2007年に北京大学と新疆大学で開催した緑の地球ネットワーク高見邦雄事務局長の講演「黄土高原緑化協力の15年:無理解と失敗から相互理解と信頼へ」、2008年に北京大学と延辺大学で開催したアジア学生文化協会工藤正司常務理事の講演「一燈やがて万燈となる如く~アジアの留学生と生活を共にした協会の50年~」に引き続き第4回目であった。今回のテーマは「TABLE FOR TWO~世界的課題に向けていま若者ができること~」で、講演者は特定非営利活動法人TABLE FOR TWO Internationalの近藤正晃ジェームス共同代表理事だった。   9月16日午後4時、フォーラムは定刻どおり開始し、SGRA代表の今西淳子さんと国際交流基金北京日本文化センターの小島寛之副所長の開会挨拶の後、司会の孫健軍さん(北京大学/SGRA)は、フロアにいる70名近くの入場者に近藤正晃ジェームスさんを紹介した。近藤さんは、世界の死亡・病気の原因のトップ2は肥満と飢餓だと説明し、その同時解消に取り組もうというTABLE FOR TWO(TFT)の創立趣旨を紹介し、近年の活動成果および数多くの興味深い事例を生々しく語った。   具体的には、2007年2月に日本で始まったTFT活動は、2009年6月時点では鹿島建設を含む130の企業、衆参両議院をはじめとする多くの官公庁や、地方自治体、大学、病院など200以上の事業所における実施協力を得たという。活動の内容は、日本などの先進国において、実施団体に所属する人々の一食分のカロリーを減らすと約20円程度が節約でき、それをTFT事務局を通してアフリカなどの発展途上国の学校に寄付し、子供たちの給食にするというシステムだそうだ。さらに、事例としては、ウガンダ、ルワンダ、マラウィの三カ国における実施を通じて、子供たちの「栄養状態は改善、健康増進につながる」、「給食導入後の半年から一年で生徒数が2倍近くに増加」、「最終学年の50人のうち、42人が高等教育への進学試験に合格」といった成果を収め、これまでの累計支援定食数は104万食を超えているという。さらに、レストラン、宅配、コンビニなど業界への活動拡大も着々と進めており、地球範囲での実施を今後の課題として視野に入れていると近藤さんは抱負を語った。   近藤さんの目を見張らせる志とTFT活動の成果の一つであるその健康ぶりと若さに驚いた参加者から、「カロリーオフのメニュー」、「TFT活動の運営システムと監督規制」、「中国企業との連携可能性」など、多岐に渡って数多くの質問が出され、会場ではインターアクションのムードが高まり、予定を延長して6時15分、李恩民さん(桜美林大学/SGRA)の閉会挨拶で第4回チャイナフォーラムは幕を下ろした。懇親会は北外賓館のレストランで行い、自由参加で学生さんを中心に40人程度が集まった。宴会中、今回のフォーラムの北京担当の宋剛君は熱で耳鳴りがしていたが、「近藤さんは行動的だ、援助金でご馳走してくれたね、早く北京で活動拡大してほしい」という参加者の声が聞こえた。今後の北京の立場と今夜の宴会の勘定者を間違えられたが、とりあえずTFTという活動を中国で初めて知ってもらえたことで、宋君の熱がだいぶ下がったようだった。   (文責:北京外国語大学/SGRA 宋 剛)   【上海】   9月17日夕方、SGRA上海フォーラムは上海財経大学にて開催された。テーマは「TableFor Two」で、前日北京フォーラムと同じ内容であった。北京の講演には70名の学生が参加したことを知って、本学ではどのぐらいの学生が集まるのかとても不安であった。というのは、上海財経大学は規模が小さく、経済や経営関連の分野を専攻している学生が大半であり、日本語学科の学生は一学年に一クラスしかないから、日本のことや社会貢献、ボランティアなどにどれほど興味を持つのか分からないからだ。さらに、その日はあいにく天気が悪く、朝から大雨が続いていたので、一層学生の出足を心配した。   ところが、講演の20分前までがらがらだった教室は、定刻の6時になると、学生さんが次々と入り、教室の大半を埋めた。結局、100人近くの学生が出席してくれた。翌日学生さんに確認したところ、参加者には学部2年生と3年生が多かったが、1年生と4年生もいる。また、修士課程の学生も何人かいた。日本語学科の学生は全体の三分の一に過ぎなかった。   スクリーンに映されたPPTは日本語のもので、講師の近藤さんも日本語でスピーチをしていたが、北京大学/SGRAの劉健さんの素晴らしい逐次通訳によって、講演はスムーズに進んでいた。質疑の時間に入ると、学生さんから沢山の質問が出された。中には、講師に日本語で直接質問した人も何人かいたが、その場合も通訳が必要なので、結構時間がかかった。講演終了後も近藤さんを囲んでさらに質問する学生もいた。その熱心ぶりに感服したが、終了時間は予定より1時間も延長された。   逐次通訳の講演は効率が落ちることを覚悟していたが、3時間ほどになるとは思わなかった。また、会場は普通の教室だったので、臨時に増加したマイクの調子も良くなかったなど、改善すべき点もいくつかあった。とはいえ、講演は概ね成功したといえる。経済学専攻の学生さんからは日本語専攻者とは違った質問が出たと近藤さんが言う。実際、今回のフォーラムが成功裏に終わった主な要因は、何より講師の近藤さんの素晴らしいスピーチである。その話し方はとても魅力的で、大学の先生よりも上手だなあと感心した。   回収されたフォーラムに対するアンケート調査を見ると、参加者のほとんどがフォーラムの主旨を理解し、収穫を得たと回答した。講演を通じて、日本発の民間人によるグローバルな社会貢献運動を中国人学生に伝え、彼らや彼女たちの視野を広げることができたと思う。これからは、貧困や環境汚染といった世界共通の問題を真剣に考え、TFTのような社会貢献運動に取組んでいくことを中国の若者に期待したい。   (文責:上海財経大学/SGRA 範 建亭)   ■ 初めての上海虹橋→東京羽田のシャトル便は極めてスムーズで、今回使った全ての便と同様、満席でした。東アジアの人の交流はますます盛んになってきていると旅行する度に感じます。そして、いつものように、中国の発展のパワーとエネルギーに圧倒されました。   フォーラム前の南開大学の国際シンポジウム「グローバル化時代における東アジアの制度変革」へのオブザーバー参加から、フォーラム後の上海万博の工事現場見学まで、とても充実した一週間でした。南開大学の楊棟梁先生、宋志勇先生、上海設計学院のPan Zhengwei先生をはじめ、ご支援ご協力いただきました皆さまに、心から御礼申し上げます。   宋剛さんと範建亭さんのご尽力のおかげで、北京と上海で開催した今年のチャイナフォーラムも無事盛会裡に終わりました。今年の講師の近藤さんは、参加者と年齢も近く、トピックも現代的で、聴く人を惹きつける力をもっていらしたので、両会場とも大変良い雰囲気で良い交流ができたと思います。上海財経大学では、社会起業ということ自体に関心のある学生さんが自分達の活動レポートを配布し、若者の間でグローバル化の潮流が伝わるスピードの早さに驚きました。SGRAチャイナフォーラムは、来年も9月に、今度は北京とフフホトで開催したいと思っています。みなさん是非ご予定ください。 (SGRA代表 今西淳子)   ■SGRAチャイナフォーラムの写真は下記よりご覧ください。 石井撮影     劉健撮影     李恩民撮影     2009年10月28日配信
  • レポート第50号「日韓の東アジア地域構想と中国観」

    SGRAレポート第50号本文(日本語)本文 SGRAレポート第50号本文(日本語)表紙   SGRAレポート第50号本文(韓国語)本文 SGRAレポート第50号本文(韓国語)表紙   第8回日韓アジア未来フォーラム・第34回SGRAフォーラム講演録 「日韓の東アジア地域構想と中国観」 2009年9月25日発行   SGRA_Report_50(English)TEXT SGRA_Report_50(English)COVER   The 34th SGRA Forum/8th Asian Future Forum of Japan and Korea "East Asian Regional Concept and Chinese View of Japan and Korea"   <もくじ> 【発表1】平川 均(名古屋大学経済学部教授、SGRA顧問)      「日本の東アジア地域構想-歴史と現在-」   【発表2】孫 洌(延世大学国際学大学院副教授)      「韓国の東アジア地域構想-韓国の地域主義-」   【発表3】川島 真(東京大学大学院総合文化研究科准教授)      「日本(人)の中国観」   【発表4】金 湘培(ソウル大学外交学科副教授)      「韓国(人)の中国観」   【コメント】李 鋼哲(北陸大学未来創造学部教授、SGRA研究員)      「中国からみた日韓の中国観」   【パネルディスカッション】      進行:金 雄煕(韓国仁荷大学国際通商学部副教授、SGRA研究員)      パネリスト:上記講演者  
  • 第4回チャイナフォーラム「TABLE FOR TWO ~世界的課題に向けていま若者ができること~」ご案内

    下記の通りSGRAチャイナフォーラムを開催します。参加ご希望の方は、SGRA事務局(sgra.office09@aisf.or.jp)までご連絡ください。また、北京と上海にお住いで、興味をもっていただけそうな方にご宣伝いただけますと幸いです。   【講演】 近藤正晃ジェームス 「TABLE FOR TWO ~世界的課題に向けていま若者ができること~」   ★プログラムは下記URLよりダウンロードしていただけます。 日本語版 中国語版   ■ 日時と会場   【北京】 2009年9月16日(水)午後4時~6時 北京外国語大学日本学研究中心三楼多功能庁   【上海】 2009年9月17日(木)午後6時~8時 上海財経大学梯一教室(国定路777号)   ■ フォーラムの趣旨 開発途上国の飢餓と先進国の肥満や生活習慣病に同時に取り組む、TABLE FOR TWOという日本発の社会貢献運動の創始者、近藤正晃ジェームスさんにご講演いただきます。TABLE FOR TWOとは、先進国の食卓に出される健康的な食事が、開発途上国の食卓の学校給食に生まれ変わることを意味します。2007年に始められた活動ですが、協力企業はどんどん増え、たくさんの日本のメディアにとりあげられています。日中同時通訳付き。SGRAは、民間人による公益活動を、北京をはじめとする中国各地の大学等で紹介するフォーラムを開催していきたいと思っています。   ■ 講演要旨 世界には60億人以上の人々が暮らしていますが、10億人が飢餓、10億人が肥満などの生活習慣病で苦しんでいます。世界の死亡と病気の原因は、1位が肥満、2位が飢餓です。戦争、事故、感染症を大きく上回る人類の課題です。この飢餓と肥満の同時解消に取り組もうと立ち上がったのがTABLE FOR TWO(TFT)です。TFTに参加する企業食堂、レストラン、ホテルなどで健康的な食事をとると、開発途上国で飢餓に苦しむ子供に学校給食が1食寄付されます。1人で食べていても、世界の誰かと2人で食べている。それでTFTという名前をつけました。日常の中で、世界とのつながりを感じられる。小さな一歩で、お互いに救われる。そんな運動です。社会起業家のキャリアに興味がある方、食や健康に興味がある方、TFTを中国で広げることに興味がある方。幅広い方々との議論を楽しみにしています。   ■ 講師紹介   近藤正晃ジェームス(こんどう まさあきらじぇーむす)   現職: 特定非営利活動法人TABLE FOR TWO International 共同代表理事 特定非営利活動法人 日本医療政策機構 副代表理事 兼 事務局長 東京大学先端科学技術研究センター 特任准教授   略歴: 1990年慶応義塾大学経済学部卒。1997年ハーバード・ビジネス・スクール修了。 マッキンゼー・アンド・カンパニーにおいて、世界各国の支社で15年間、政府の経済政策および国際企業のグローバル戦略を立案。2003年より東京大学医療政策人材養成講座の設立・運営に関わる。2004年、特定非営利活動法人日本医療政策機構を共同設立。2005年ダボス会議ヤンググローバルリーダーに選出。各国のリーダー達と共にTABLE FOR TWOの構想を固め、2007年、特定非営利活動法人TABLE FOR TWO Internationalを設立。現在に至る。    
  • F.マキト「立教大学国際シンポジウム参加報告」

    SGRAかわらばん257号でお知らせした通り、立教大学第二回経営学部国際シンポジウムに参加し、「Rediscovering Japan's Leadership in "Shared Growth" Management: Some Findings from a Study on Philippine Ecozones and Automotive Industry」という報告をした。 基調講演をされたRICHARD STEERS博士は、アメリカ型の経営がグローバル化に対応できない部分があると指摘した。例えば、20年以上前に出版された「IN SEARCH FOR EXCELLENCE」という経営学のMUST READINGに掲載された優勝なアメリカの企業グループの3分の1は現在すでに存在していないという。そして、アメリカの大学のMBAのいわゆる国際的経営の指導は十分であるかどうかという疑問も投げかけた。グローバル化が生み出した多文化の経営環境にアメリカ型の経営者が適応できるかどうかと。アメリカの大学の経営学の教授の発言として非常に謙遜で妥当な自己評価だと思った。 懇親会のときに、STEERS先生とお話しした。僕は「多文化のアメリカは、本来、多文化経営に優れているはずだが、なぜそれが欠けているか」と質問した。先生は「アメリカの『上の階級』は実際多文化ではなく、多くのアメリカ人はそれに対して不満を持っている。(オバマ大統領を含む・・・先生はオバマ大統領は『GOD』であると評価している。僕も同感。)」とお答えになった。もうひとつの共通点は、このままでは、HAVEとHAVE NOTSとの格差が拡がっていくという懸念である。面白い調査結果を聞かせていただいた。従業員の一番高い給料と一番低い給料の平均的な差は日本では20倍ぐらいだが、アメリカでは420倍だという。 この調査結果を、共有型成長の経営の必要性を強調した僕らの発表で引用させていただいた。ただ、最近、この必要性がどのぐらい日本で浸透しているか、はっきりわからなくなってきている。だから、僕らが発表した論文では、この共有型成長の魂の「再発見」を提案している。いつものように、発表を聴いてくれた人は多くなかったけれど、学会の会長は僕らの論文を一番良いと評価してくれた。僕の住まいから自転車でいける学会で、これだけ勉強させていただいたのは贅沢かもしれない。 当日の写真はこちらからご覧いただけます。 -------------------------- <マックス・マキト ☆ Max Maquito> SGRA運営委員、SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師。 -------------------------- 2009年6月17日のSGRAかわらばん「会員だより」で配信
  • エッセイ145:ボルジギン・フスレ「ウランバートルレポート:2008年夏(その1)」

      2008年6月24、25日の2日間、モンゴル国家文書管理局、関口グローバル研究会(SGRA)、モンゴル科学アカデミー歴史研究所、モンゴル・日本センターが共同主催、在モンゴル日本大使館、モンゴル国立大学、モンゴル国際研究所、東京外国語大学が後援、渥美国際交流奨学財団、守屋留学生交流協会、高澤三次郎国際奨学財団、三菱商事、三井住友銀行、鹿島建設が協賛の国際シンポジウム「歴史・文学・メディア・アーカイブズからみたグローバル秩序――北東アジア社会を中心に」が、モンゴル国の首都ウランバートルで開催された。SGRAが初めてモンゴルでおこなったプロジェクトであるが、盛大な国際シンポジウムとなった。    開会の準備のために、6月19日、私は一足先にウランバートルに到着した。空港からウランバートル市内まで、30分ほどの距離だったが、二つのことにびっくりした。一つ目はポスターと宣伝カーである。外資企業の看板を除いて、ほとんどのポスターと看板が、国民大会議員選挙のポスターになっていた。そして、各政党の宣伝カーのほか、たくさんの車が各自の支持する政党の旗あるいは宣伝ポスターを掲げていた。至るところにポスターと旗が掲げられていた。モンゴル国で4年に一度の国民大会議(国会、定数76)の議員の選挙が6月29日におこなわれることについては去年同シンポジウムを企画した際すでに知っていたが、これほど熱くなっているとは思っていなかった。 二つ目は旱魃である。空港から市内まで、土ばかりで、草がなく、緑色はまったくなかった。環境問題の厳しさを再び痛感した。    ホテルに到着すると、モンゴル国家文書管理局の総務課長チンバト(Ts. Chinbat)氏と外事課のボヤンヘシグ(Buyankhishig)氏が待っていた。荷物を置いてすぐ文書管理局に行った。 昼食の後、文書管理局のパソコンでメールをチェックしようとしたが、日本語のサイトはまったく開けなかった。隣の建物にある国家文書館に行って、ある役人が買ったばかりのTOSHIBAのノートパソコンを使ってみても、日本語のソフト、フォントを入れていないため、日本語のサイトはやはり開けなかった。ダウンロードもなかなかできなかった。TOSHIBAなのに、なぜ日本語のソフトが入っていないのか不思議に思った。外観は立派だが、ソフトなどをチェックしてみたら、2001年、1999年版のものばかりで、どうみても贋物っぽかった。メールをチェックすることをあきらめて、管理局に戻って、職員たちと一緒にシンポジウムの準備の仕事をした。   夕方、ホテルにもどって、ホテルのパソコンを開けてみても、日本語のサイトは開けなかった。そして、ホテル周辺のインターネット・カフェ、国家郵便局のインターネットコーナーにも行ってみたが、日本語サイトはやはり開けなかった。この事情を知った総務課長のチンバト氏が、夕食の後、自宅のApple Mac Bookを持ってきてくれたので、やっと日本語のサイトに入ることができた。    翌朝、目を覚ますと、雨が降っていた。まさに干天の慈雨だと思った。   文書管理局に行くと、ウルズィバータル(Ulziibaatar. Demberel)局長がスケジュールなどを遂一確認して、直接準備作業を指揮していた。私は外事課、総務課などの方々と一緒に仕事をした。仕事はスムーズに進んだが、あまりに熱心だったので、やっと昼食を取ることができたのは3時すぎてからであった。    土曜日、雨が続いていた。シンポジウムの準備のため、午後4時まで、チンバト氏等と一緒に働いていた。その後、空港で、今西さんを出迎えた。東京から直行のモンゴル航空OM502便はほぼ予定通りに到着した。新潟大学の広川佐保準教授も同じ便だった。   大雨のなかのウランバートル空港(チンギス・ハーン空港)は、初めてモンゴルに来た今西さんにどんなイメージを与えたのか分からなかったが、車のなかで、今西さんは「この空気がいい」と言った。モンゴルでは、「雨を持ってきた人」という言葉は相手を誉める言葉なので、チンバト氏の挨拶もこの言葉から始まった。意外にも、「雨」「雨を持ってきた人」という話題は会議修了まで終始続いた。   モンゴル国家文書管理局長、文書館長などが仕事で地方の県に視察に行っていたため、ウランバートルホテルで、チンバト氏が文書管理局を代表して、今西さんとわたしを招待してくれた。外交辞令のやりとりもあったが、話はもちろんシンポジウムと同文書管理局の仕事のことが中心であって、わりに気軽だった。   今西さんがモンゴル料理になれるかどうか心配していたチンバト氏は、今西さんに好きなものを注文させた。料理はモンゴル+西洋式のものであった。今西さんはウラバートルのモンゴル料理はこんなにヨーロッパ的なものだと思っていなかったそうだ。    日曜日、雨がやむ様子がなく、むしろ激しくなってしまった。天気予報では、「25日まで雨」ということで、私たちは心配し始めた。   文書管理局外事課の方は日曜日もシンポジウムの準備の仕事をしていた。わたしは少し手伝ってから、午前10時40分に空港に行って、北京大学の陳崗竜教授を迎えた。   空港から戻って、大雨のなか、私と今西さんは国家百貨店の7階のレストランで「中華料理」を注文した。野菜の前菜だが、牛乳(ヨーグルト?)がいっぱい入っていた。値段は東京に負けないほど高かった。物価の高騰を実感した。    午後、SGRA研究員のマイリーサさん、ブレンサインさん、ヤロスラブさん、包聯群さんと昭和女子大学のフフバートル准教授等が中国国際航空CA421便で来る予定で、私は文書管理局の職員と再び空港に行った。16時30分に到着予定だったが、空港で2時間も待った。中国国際航空の遅延はこれだけではなく、それ以降も遅延し続け、会議の参加者に多大な不便を与えた。   19時、モンゴル出身のSGRA会員マンダフ・アリウンサイハンさんが手配したアイリッシュ・パブ(Grand Khaan Irish Pub)で、今西さんが在モンゴル日本大使館参事官小林弘之氏、モンゴル日本センター所長中村光夫氏、同大使館小山勲三等書記官、深井啓専門調査員等を招待した。昭和女子大学のフフバートル準教授、SGRA研究員のブレンサインさん(滋賀県立大学準教授)、マイリーサさん、アリウンサイハンさん、ヤロスコフさん、包聯群さんと私も参加した。   快適な雰囲気のなか、みな食事をしながら、自己紹介をし、今回の会議、SGRAの事業、モンゴルの総選挙、資源などについて歓談した。   小林参事官は有名なモンゴル通で、モンゴル国に進出した日本の企業、日本大使館の事業、モンゴル人留学生に対する支援、モンゴル国の現状、鉱山開発問題などについて紹介してくれた。また、今回の選挙についても詳細に分析した。結局、のちの選挙の結果は、ほぼその通りであった。氏はまた、自分の経歴を紹介しながら、研究者の道を選んだ私たちに貴重なアドバイスをした。    中村光夫所長は、JICAの仕事で、長い間トルコやアフリカの国で滞在経験があり、去年5月にモンゴル・日本センター所長に赴任。モンゴル・日本センターはモンゴルと日本両国間の理解を促進するために2002年6月に日本政府の無償資金協力で建設された。中村所長は、自分が経験したJICAの仕事や同センターがおこなってきた人材育成などの事業について語った。   今回のシンポジウムの開催にあたって、同センター主任ボロルサイハン(Bolorsaikhan. B)氏にたいへんお世話になった。本来ボロルサイハン氏もこの招待会に参加予定だったが、都合によって欠席になったことは、とても残念だった。   今西さんから、これからのモンゴルにおけるSGRAの事業に対して、日本大使館とモンゴル・日本センターからご支持とご協力を要請し、小林参事官と中村所長両氏は快諾し、わたしたちにいろいろアドバイスをしてくれた。   月曜日、雨がやんだり、降ったりしていた。   夕方、ウランバートルに戻ってきたモンゴル国家文書管理局長ウルズィバータル氏がレストラン・ソウルで今西さんを招待した。韓国系の料理店と言われているが、モンゴル・ヨーロッパ風の料理にした。モンゴル科学アカデミー歴史研究所の所員で、日本の東北大学で博士号を取得したオユンジャルガル(Oyunjargal. Ochir)さんが上手に通訳した。   ウルズィバータル局長は「モンゴルでこのように雨が降るのは珍しい。雨を持ってきた日本の今西代表に感謝したい」と語り、今西さんは「持ってきた雨が多すぎたかもしれない」と言って、選挙というたいへん忙しいところで、積極的に協力してくれたモンゴル国家文書管理局に感謝の意を述べた。冗談も混じえながら、今回のシンポジウム、そしてこれからもお互いに協力していくことについてまじめに話し合った。最後は記念品を交換した。   この日、モンゴル航空、大韓航空の便に乗った3名の日本人の研究者は、夜ウランバートルに到着した。その後、14時間以上も遅延した中国国際航空CA901便に乗った数名の研究者は、夜中になってやっとホテルに到着した。(続く)   写真による報告(その1)はここからご覧ください。   ------------------------------- <ボルジギン・フスレ☆ BORJIGIN Husel> 博士(学術)、昭和女子大学非常勤講師。1989年北京大学哲学部哲学科卒業。内モンゴル芸術大学講師をへて、1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士号取得。「1945年の内モンゴル人民革命党の復活とその歴史的意義」など論文多数発表。  
  • レポート第42号「黄土高原緑化協力の15年」

    SGRAレポート42号(日本語版) SGRAレポート42号(中国語版)   講演録:高見邦雄(緑の地球ネットワーク事務局長) 「黄土高原緑化協力の15年:無理解と失敗から相互理解と信頼へ」 2008年1月30日発行   緑の地球ネットワークは1992年以来、山西省大同市の農村で緑化協力を継続している。大同市は北京の西300kmほどのところにあり、北京の水源、風砂の吹き出し口でもある。そこで深刻な沙漠化と水危機が進行している。「ゼロからの出発」とよくいうが、歴史問題をかかえた大同ではマイナスからのスタートだった。初期は失敗つづきだったが、その後、日本側の専門家や中国のベテラン技術者の参加をえて、だんだんと軌道に乗ってきた。協力の双方も失敗と苦労を通じ、お互いを理解し、信頼しあうようになってきた。いまでは「国際協力の貴重な成功例」とまで評価されるようになっている。その経験と教訓を話したい。  
  • レポート第38号「親日・反日・克日:多様化する韓国の対日観」

    SGRAレポート第38号  第6回日韓アジア未来フォーラム in 葉山講演録 「親日・反日・克日:多様化する韓国の対日観」 2007年8月31日発行   総合司会: 金 雄熙(仁荷大学副教授、SGRA研究員)   【開会の辞】今西淳子(SGRA代表、渥美国際交流奨学財団常務理事)   【挨拶】李 鎮奎(未来人力研究院院長、高麗大学経営学部教授)   【発表1】金 範洙 キン・ボンス(東京学芸大学講師、SGRA研究員)                   「近代における韓国人の日本留学と人的ネットワークの形成」   【発表2】趙 寛子 チョウ・クァンジャ(中部大学人文学部助教授)                   「北朝鮮の戦時体制と韓国の歴史認識/論争」   【発表3】玄 大松 ヒョン・デソン(東京大学東洋文化研究所助教授)                   「独島/竹島と反日」   【発表4】小針 進 こはり・すすむ(静岡県立大学国際関係学部助教授)                   「韓流と日韓関係」   【フリーディスカッション】 進行:南 基正(国民大学助教授、SGRA研究員) フォーラム参加者全員(未来財団日本研究チーム、SGRA研究員、ゲスト等、約25名)  
  • レポート第37号 「若者の未来と日本語」

    SGRAレポート第37号   SGRAフォーラム in 北京 パネルディスカッション講演録 「若者の未来と日本語」 2007年6月10日発行     総合司会:孫 建 軍(北京大学日本言語文化学部助教授、SGRA研究員)   【パネルディスカッション】   進行:朴 貞 姫(北京語言大学 助教授、SGRA研究員)   ■「ビジネス日本語とは」           池崎美代子(JRP専務理事、SGRA会員)   ■「グローバル企業が求める人材」           武田春仁(富士通(中国)有限公司副董事長(兼)総経理)   ■「日本文化と通訳の仕事」           張 潤北(三井化学北京事務所所長代理)   ■「『日本語』の壁を超える」           徐 向東(キャストコンサルティング代表取締役、SGRA研究チーフ)  
  • 第4回日韓アジア未来フォーラム案内

    テーマ:「東アジアにおける韓流と日流:地域協力におけるソフトパワーになりうるか」   日 時: 2005年11月4日(金)午後1時~6時 会 場: 高麗大学校 仁村(インチョン)記念館   主 催: (財)韓国未来人力研究院   協 賛: (財)渥美国際交流奨学財団、高麗大学校労働研究院   後 援:「日韓友情年2005~進もう未来へ、一緒に世界へ~」実行委員会   フォーラムの趣旨:   ここ数年広がりをみせている東アジアにおける「韓流」はこれまでの東アジア国際関係に見られない画期的なできごとである。また、この地域において日本の大衆文化が若者の高い関心を集めたのは決して最近のことではない。このような韓流・日流を媒介とした密度の高い人的・文化的な交流の進展はもはや東アジア地域に共通する現象ともいえよう。今回のフォーラムでは政治的あるいは軍事的な「ハードパワー」においては様々な問題をかかえる東アジア地域にとって、急成長する「ソフトパワー」はどのような意味と意義があるのか考えてみたい。具体的に東アジアの視座からソフトパワーとしての韓流・日流の展開にともなう様々な現象、それがもたらす政治的、経済的、社会的インパクトなどについて考えてみることにする。   プログラム:  総合司会: 金 雄煕(仁荷大学国際通商学部助教授、SGRA研究員)   【開会の辞】 李 鎮奎(未来人力研究院院長、高麗大学経営学部教授)   【基調講演】 「東アジアにおける韓流・日流:地域協力におけるソフトパワーになりうるか」全 京秀(ソウル大学人類学科教授)      【講演】 ①韓国における日本ブーム 林 夏生(富山大学人文学部国際文化学科助教授) ②日本における韓国ブーム 平田由紀江(延世大学社会学科博士課程)交渉中 ③戦後中華圏の「哈日」「韓流」現象の歴史とその背景 林 忠泉(琉球大学法文学部助教授) ④ベトナムにおける日本ブーム・韓国ブーム ブ・ティ・ミン・チー(ベトナム人間科学研究所) ⑤東アジアにおける日本企業のマーケティング戦略 山中宏之(NHKエンタープライズ) ⑥東アジアにおける韓国企業のマーケティング戦略 趙 瑢俊(韓国情報文化振興院)   【パネルディスカッション】 進行: 李 元徳(国民大学国際学部副教授) パネリスト:発表者6人、木宮正史(東京大学)、林 慶澤(全北大学) 木宮、林氏にはそれぞれ日韓関係、東アジア協力を中心に議論していただく。   【謝  辞】 今西淳子(SGRA代表、渥美国際交流奨学財団常務理事) 【閉会の辞】 宋 復(未来人力研究院理事長)  
  • レポート第29号「韓流・日流―東アジア地域協力におけるソフトパワー―」

    SGRAレポート第29号   第4回日韓アジア未来フォーラム・第18回フォーラム講演録 「韓流・日流―東アジア地域協力におけるソフトパワー―」 李 鎮奎、林 夏生、金 智龍、道上尚史、木宮正史、李 元徳 日本語版 2005年5月20日   ---もくじ-----------------   【ゲスト講演】「韓流の虚と実」         李 鎮奎(イ・ジンギュ)未来人力研究院院長、高麗大学経営学部教授、SGRA顧問   【主題発表1】「日韓文化交流政策の政治経済学」         林 夏生(はやし・なつお)富山大学人文学部国際文化学科助教授   【研究報告2】「冬ソナで友だちになれるのか」         金 智龍(キム・ジリョン)文化評論家   【パネルディスカッション】 進行:金 雄熙(キム・ウンヒ)仁荷大学助教授、SGRA研究員 パネリスト:講演者3名に加えて 道上尚史(みちがみ・ひさし)内閣府参事官(元在韓国日本大使館参事官) 木宮正史(きみや・ただし)東京大学大学院総合文化研究科助教授 李 元徳(イ・ウォンドク)国民大学副教授  
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