アジア未来会議

  • 2021.09.15

    第6回アジア未来会議プレカンファランス「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」報告

    前回の第5回アジア未来会議は、2020年1月9日から13日の4日間、21ヵ国から294名の登録参加者を得てフィリピンで開催されました。12日午後、スタディツアーの1グループがタガイタイ観光を楽しんでいたまさにその時タール火山が噴火し、火山灰は会議場となったマニラ市南郊のアラバンにも達しました。帰国日、マニラ国際空港では欠航や遅れが相次ぎ、200名以上の参加者に影響を及ぼし、70名以上が会議場のホテルで延泊、それ以上が空港ターミナルや市内のホテルで長時間の待機を余儀なくされました。当時は大変な災難に遭遇したと思っていましたが、全世界を震撼させた新型コロナウイルスまん延防止のための武漢都市封鎖が1月23日でしたらから、今から思えば、この時に国際会議を開催できたのは運が良かったというべきでしょう。   第6回アジア未来会議は、当初、2021年8月に台北市で開催する予定でした。テーマは「アジアを創る、未来へ繋ぐ―みんなの問題、みんなで解決」と決まり、共催の中国文化大学の徐興慶学長がマニラ会議の閉会式で台湾開催を宣言、2020年2月24日には渥美財団の担当チームが訪台し、会場、宿泊所、宴会場を視察して文化大学で最初の会議を開催しました。その頃には殆どの人がマスクを着用し、有名な台湾のマスク販売管理システムも実施されていましたが、まさかその後台湾と日本の往来が全くできなくなり、それが1年半以上も続き、未だ終息の目途もたたない状況に陥るとは誰も予想だにしませんでした。   その後、コロナ禍中で発達したオンライン会議により、中国文化大学と渥美財団は定期的に連絡を取り合い、文化大学だけでなく他大学の先生方にもご協力いただく台湾実行委員会が立ち上がり、準備が始まりました。感染防止優等生の台湾では、300人規模の会議開催に問題はないと思われましたが、2021年8月に海外の参加者が入国するのは難しいことが予想され、1年延期を12月の実行委員会で決定し、ホームページや一斉メールなどで参加者に伝えました。既に優秀論文賞と奨学金の選考対象となる論文募集(AFC#6A)が締め切られていたので、その選考は予定通りに進め、2021年には再度、論文募集と選考(AFC#6B)を実施することにしました。優秀論文集も2回発行することになります。また、台湾実行委員会による台湾特別優秀論文賞も設立されました。   さらに、2021年8月にプレカンファランスを開催することを決めました。第6回アジア未来会議の会場となる中国文化大学で、午前中は500人規模の基調講演とシンポジウムを開催し、台湾の会場と世界各地からの参加者をオンラインで結ぶというハイブリッド形式です。午後は台湾特別優秀論文口頭発表は対面で、AFC優秀論文口頭発表はオンラインで計画されました。しかしながら、2021年5月に台湾でも感染が急拡大、1日の新規感染者数が500人を超える日もあり、5月19日から台湾全域で感染警戒レベルの厳しい感染措置が取られ、住民の生活は一変しました。台湾の大学では夏休みの間に外部者を招待するイベントの開催が難しくなりました。   そこで、プレカンファランスは完全オンライン形式へ変更することにしました。諸々検討した結果、東京で渥美財団がホストするZoomのプラットフォームで開催し、午前中の基調講演とシンポジウムは同時通訳設備機能のあるZoomウェビナー、午後の優秀論文の口頭発表はブレイクアウトルーム機能を利用できるZoom会議を利用することに決めました。渥美財団では2020年6月以来、全ての交流事業をオンラインあるいはハイブリッド形式で進めてきたので、失敗も含めてかなりの経験を積んでいましたが、このような規模の企画は初めてです。   接続テストは、ご挨拶いただく先生方、講師と討論者5名、同時通訳の会場となる中国文化大学、中英、中日の同時通訳者4名、AFC優秀論文口頭発表者20名、台湾特別優秀論文口頭発表者5名と4日間かけて実施しました。当日、先生方には1時間前には接続していただきました。午前10時から午後4時30分までの6時間半の間、大きな技術的トラブルがなかったことが一番安堵したことです。   *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   2021年8月26日(木)台湾時間午前10時、第6回アジア未来会議プレカンファランスが定刻通りに中国文化大学の林孟蓉先生の司会で始まりました。台湾実行委員会によるプロモーションのおかげで、Zoomウェビナーへの参加登録は15カ国から669名、その半数が台湾居住者です。最初にアジア未来会議の明石康会長から開会の挨拶をいただきました。   基調講演は中央研究院の呉玉山院士による「アジアは何処に向かうのか?:疾病管理が政治に巻き込まれた時」というタイトルの非常に時宜を得た刺激的なお話でした。呉先生は「流行性疾病を管理することは国際的な協力行動を刺激するはずだったのに、新型コロナウイルスのパンデミックでは、疾病の起源を巡る責任のなすり合い、ワクチン・ナショナリズム・ワクチン外交など一連の国際紛争を経験した。紛争によって協力関係が抑制される現象は、パンデミック前から存在した国際システムの中の新冷戦と関係している。新冷戦は国際間における大国の権力の移り変わりと経済危機に起因する右派ポピュリズムの台頭に根源があり、その勢いは既に根深く、紛争の渦に吸収されてしまっている」と分析しました。   そして「どうすればこの局面の一層の悪化を阻止できるのか。まず防疫を国際政治競争から切り離して独立した領域とし、新たな冷戦に感染させないこと、第2に防疫とその他の協力可能なセクターが一致して、政治的対立の融和をはかること、第3は抜本的措置で、新たな冷戦が深化し続けるのを阻止することである。これらがうまくいかなければ、深刻な結果となるだろう」と警鐘を鳴らしました。   第2部のシンポジウムでは、徐興慶・文化大学学長がモデレーターを務め、松田康博・東京大学教授、李明・政治大学教授、ケヴィン・ヴィラノバ・フィリピン大学准教授、徐遵慈・中華経済研究院台湾東南アジア国家協会研究センター主任がコメントし、ワクチンパスポートの難しさ、感染抑え込みに成功した台湾のユニークな立場、東南アジア諸国連合(ASEAN)が中心となった対策の必要性、本当の負け組は発展途上国であることなどが提起されました。講演概要と発表資料はプロシーディングスをご覧ください。   昼食後、台湾時間午後1時から第3部の優秀論文賞授与式と口頭発表が始まりました。授与式の司会は元渥美奨学生のソンヤ・デールさんです。同時通訳はなく英語だけで進められましたが、チャットでの「おしゃべり」が奨励され、午前中とは一変して和やかな雰囲気になりました。明石会長に再びお出ましいただき、受賞者への祝辞が述べられ、平川均・アジア未来会議学術委員長から選考の方針と経緯についての説明がありました。   その後、3つの分科会室(ブレイクアウトルーム)で6セッションに分かれて20本のAFC#6A優秀論文と5本の台湾特別優秀論文の口頭発表が行われました。各セッションでは2人の座長が進行を務め、4人の発表(台湾特別優秀論文のセッションは5人)が行われました。アジア未来会議は国際的かつ学際的なアプローチを目指しており、各セッションは発表者が投稿時に選んだ「環境」「イノベーション」「平和」「教育」などのトピックに基づいて調整され、学術学会とは趣を異にした多角的で活発な議論が展開されました。どの部屋にも20~30名が参加し、全体で100名を超える盛況でした。   優秀論文は学術委員会によって事前に選考されています。2020年9月20日までに発表要旨、2021年3月31日までにフルペーパーがオンライン投稿された112本の論文を12のグループに分け、55名の審査員によって査読しました。ひとつのグループを5名の審査員が、次の7つの指針に沿って審査しました。投稿規定に反するものはマイナス点をつけました。(1)論文のテーマが会議のテーマ「アジアを創る、未来へ繋ぐ-みんなの問題、みんなで解決」と適合しているか(2)論文の構成が分かりやすいか(3)明確に説明され説得力があるか(4)独自性(5)国際性(6)学際性(7)総合的にみて推薦するか。各審査員はグループの中の9~10本の論文から2本を推薦し、集計の結果、上位20本を優秀論文と決定しました。   AFC#6A優秀論文リスト   台湾実行委員会による台湾特別優秀論文も同じプロセスで選考されました。   台湾特別優秀論文リスト   台湾時間午後4時20分に閉会式が始まりました。今西淳子・アジア未来会議実行委員長の簡単な報告のあと、陳姿菁・開南大学准教授が台湾ラクーン(渥美奨学生同窓会)を代表して、渥美財団とアジア未来会議の紹介をした後、2022年8月26日から30日にかけて台北市で開催する第6回アジア未来会議へ招待しました。残念ながらオンライン会議なので懇親会はできませんでしたが、参加者は来年台北市での再会を誓って、初めてオンラインで開催した第6回アジア未来会議プレカンファランスは成功裡に終了しました。   第6回アジア未来会議プレカンファランス「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」は、(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)主催、中国文化大学の共催、(公財)日本台湾交流協会の後援、(公財)高橋産業経済研究財団の助成、台湾大学日本研究センターと台中科技大学日本研究センターの協力、中鹿営造(股)と日商良基注入営造(股)の協賛をいただきました。   運営にあたっては、台湾実行委員会と協力しながら、台湾出身の元渥美奨学生が中心となったAFC実行委員会と、世界各地の元渥美奨学生とフィリピンSGRAのメンバーによるAFC学術審査委員会が組織され、企画・実施、優秀賞の選考、写真撮影まであらゆる業務を担当しました。午前中の基調講演とシンポジウムは台湾実行委員会、午後の優秀論文の口頭発表と閉会式はAFC実行委員会が担当しました。   500名を超える参加者の皆さん、開催のためにご支援くださった皆さん、さまざまな面でボランティアで協力くださった皆さんのおかげで、第6回アジア未来会議プレカンファランスを成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。   アジア未来会議は、国際的かつ学際的なアプローチを基本として、グローバル化に伴う様々な問題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化など、社会のあらゆる次元において多面的に検討する場を提供することを目指しています。SGRA会員だけでなく、日本に留学し世界各地の大学等で教鞭をとっている研究者、その学生、そして日本やアジアに興味のある若手・中堅の研究者が一堂に集まり、知識・情報・意見・文化等の交流・発表の場を提供するために、趣旨に賛同してくださる諸機関のご支援とご協力を得て開催するものです。   第6回アジア未来会議は、2022年8月26日(金)から30日(火)まで、台湾の中国文化大学と共催で、台北市で開催します。皆様のご支援、ご協力、そして何よりもご参加をお待ちしています。   第6回アジア未来会議の写真(ハイライト)   第6回アジア未来会議のフィードバック集計   第6回アジア未来会議プレカンファランスチラシ   <今西淳子(いまにし・じゅんこ)Junko_Imanishi> 学習院大学文学部卒。コロンビア大学人文科学大学院修士。1994年の設立時より(公財)渥美国際交流財団に常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく国際的かつ学際的研究者ネットワークの構築を目指し、2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。2013年より隔年でアジア未来会議を開催し実行委員長を務める。     2021年9月16日配信  
  • 2021.07.22

    第6回アジア未来会議プレカンファランスへのお誘い

    第6回アジア未来会議プレカンファランスへのお誘い 「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」   新型コロナウイルスのパンデミックにより、第6回アジア未来会議(AFC#6)は延期され、2022年8月に台北市で開催することになりました。今年は下記の通りプレカンファランスをオンラインで開催します。日本語への同時通訳があり、一般視聴者はカメラもマイクもオフのZoomウェビナー形式ですので、どなたでもお気軽にご参加ください。   日時:2021年8月26日(木) ※下記は日本時間です 11:00~11:10:開会式 11:10~12:00:基調講演 12:00~13:00:シンポジウム 14:00~17:20:AFC優秀論文・台湾特別優秀論文の授与式と発表 17:20~17:30:閉会式 開催方式:オンライン(Zoomウェビナー) 使用言語:中国語・英語(基調講演とシンポジウムは中⇒英、中⇒日の同時通訳あり)   ◇参加申込: 基調講演とシンポジウムに参加ご希望の方は、参加登録をお願いします。 午後の優秀論文発表は事前の参加登録不要です。     ◇プログラム 【開会式】(日本時間11:00~11:10) 開会挨拶:明石康(アジア未来会議大会会長) 司会:林孟蓉(第6回アジア未来会議台湾実行委員長)   【第1部:基調講演】(日本時間11:10~12:00) 「アジアはどこに向かうのか?:疾病管理が政治に巻き込まれた時」 講師:呉玉山 中央研究院院士(国際関係、政治学) [発表要旨] COVID-19は、20世紀初頭のスペイン風邪以来、世界が遭遇した最も深刻な流行性疾病である。これを管理することは、あらゆる国家の利益であり、間違いなく「すべての者が安全になるまで誰も安全ではない」ということで、国際的な協力行動を刺激するはずだったと思われる。しかし、2020年初頭のパンデミック以来、我々は疾病の起源を巡る責任のなすり合いに加え、「ワクチン・ナショナリズム」や「ワクチン外交」などの一連の国際紛争を経験した。紛争によって協力関係が抑制される現象は、パンデミック前から存在した国際システムの中の新冷戦と関係している。新冷戦は国際間における大国の権力の移り変わりと経済危機に起因する右派ポピュリズムの台頭に根源がある。新冷戦の勢いは既に根深く、COVID-19のような共通の危機があっても、意見の相違を解決して協力をもたらすことができずに、紛争の渦に吸収されてしまっている。このような状況で、アジアがどこに向かうのか、ということを考えなければならないだろう。   【第2部:シンポジウム】(日本時間12:00~13:00) 「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」 モデレーター:徐興慶(中国文化大学学長) パネリスト: 松田康博(東京大学東洋文化研究所教授) 李明(政治大学国際事務学院兼任教授) Kevin_Villanueva(フィリピン大学准教授/中興大学特任副研究員) 徐遵慈(中華経済研究院台湾東南アジア国家協会研究センター主任) 呉玉山(中央研究院院士)   【第3部:優秀論文発表】(日本時間14:00~17:20) 優秀論文賞授与式と論文発表(Zoom分科会形式) AFC#6A優秀論文(20編) 台湾特別優秀論文(5編)   【閉会式】 閉会挨拶:今西淳子(アジア未来会議実行委員長) 第6回アジア未来会議(2022年8月、台北)へのお誘い   ※第3部と閉会式は事前の参加登録不要です。 当日13:30(日本時間)以後、ここから直接ご参加ください。   中国語版はこちら 英語版はこちら   ◇お問合せ:AFC事務局 afc@aisf.or.jp テクニカルサポートが必要な場合にもご連絡ください。  
  • 2020.05.07

    第6回アジア未来会議 論文募集のお知らせ

    新型コロナウイルスによるパンデミックによって、これから世界が大きく変わるでしょうが、問題はどのように変わるか今はわからないことです。第6回アジア未来会議はまだ1年以上先のことですから、できるだけ台湾の状況と台湾への旅行情報を参加者の皆さんと共有しながら準備を進めてまいります。最悪の場合には、関係者の安全のため延期等もありえます。しかしながら、状況が落ち着き、私たちが一堂に会することができれば、この会議はポストコロナのアジアと世界を語り合う絶好の場となるでしょう。1日も早く全世界で新型コロナウイルスが収束することを祈りつつ、アジア未来会議の開催に対する皆さまのご理解とご協力、そしてご参加をお願いいたします。   ◆第6回アジア未来会議 「アジアを創る、未来へ繋ぐ-みんなの問題、みんなで解決」 会期:2021年8月27日(金)~31日(火)(到着日、出発日を含む) 会場:中国文化大学(台北市) 発表要旨の投稿締切: ・奨学金、優秀賞に応募する場合  2020年8月31日(月) ・奨学金、優秀賞に応募しない場合 2021年2月28日(日) 募集要項は下記リンクをご覧ください。 画面上のタブで言語(英語、日本語、中国語)を選んでください。 Call for Papers   ◇総合テーマについて 本会議全体のテーマは「アジアを創る、未来へ繋ぐ―みんなの問題、みんなで解決」です。 アジアの将来には偉大な可能性があり、世界はその発展に注目しています。過去30年に亘り、アジアは目覚ましい発展を遂げ、消費レベルは急速に上昇し、グローバルな貿易、資本、人材、イノベーションの一角を担うに至りました。次の10年の間に、アジア経済はこの地域だけでなく、グローバルな流れを決定するようになるでしょう。インターネットや技術革新から国際貿易まで、アジアは多くの分野で主要な地位を占めるようになりました。今大事なのは、アジアがいかに早く上昇するかではなく、いかに指導的役割を発揮するかです。アジアは言語、人種、宗教が様々で、政治体制も経済システムも異なりますが、歴史的な発展やその背景などを分かち合っています。   2000年にアジアのGDPは世界の1/3以下でしたが、2040年には50%を超え、世界消費の40%を占めると予測されています。経済発展は言うに及ばず、人々の寿命は延び、識字率は向上し、人間開発に役立つ技術とインターネットの普及が成し遂げられるでしょう。しかしながら、その結果起こる資源の過剰消費や健康保険の問題は深刻になると考えられます。 アジアの発展は数億人の人々を最貧困の状態から救い出しましたが、同時に貧富の格差を広げる結果となりました。都市化は経済発展に拍車をかけ、教育や公衆衛生を促進しましたが、貧困やその他の課題は手付かずでした。人口の急速な増加に伴い、多くの都市は十分な住宅の供給、インフラ、関連サービスが整備されていません。アジアの国々、或いは地域は、格差や環境問題の重圧に対処するために、より包括的かつ持続可能な経済発展を達成する必要があります。   さらに、環境や経済の持続性に加え、アジアの国々は、平和な未来を築くために共に努力することが求められています。   第6回アジア未来会議は「アジアを創る、未来へ繋ぐ」ための独創的な提案を募集します。皆様のご応募をお待ちしています。   ◆アジア未来会議について アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。アジア未来会議は、学際性を核としており、グローバル化に伴う様々な課題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励します。皆様のご参加をお待ちしています。
  • 2020.03.19

    エッセイ624:平川均「社会倫理とグローバル経済:円卓会議『東南アジア文化/宗教間の対話』に参加して」

    2020年1月、第5回アジア未来会議の円卓会議「東南アジア文化/宗教間の対話」がアラバン・ベルニューホテル(マニラ)とフィリピン大学ロスバニョス校を会場にして2日間にわたって行われた。テーマは「社会倫理とグローバル経済」。アジア経済が私の研究対象であり、発展途上経済、最近では新興経済と呼ばれる地域の経済発展に関心を持っていることもあり、円卓会議開催の趣旨説明を行った。そのため、特に円卓会議に参加する中で考えたこと、感じたことを述べることにしたい。   残念なことに私自身の語学力に加えて宗教や東南アジア社会に対する知識不足が加わり、その理解は限られている。そのため、会議の内容の紹介にはなっていない。これについては司会の労を取って下さった小川忠・跡見学園女子大学教授の報告で確認していただきたい。私自身も今後、記録が出された段階で、改めて経済学と宗教や社会倫理との関係について考えを深めたいと思う。   さて、本円卓会議を設けることの趣旨に関わって、私自身は、経済学が今日、発展途上社会に多大な影響を与えているにも拘らず、その社会への配慮が極めて不十分であると感じてきた。2001年のノーベル経済学賞の受賞者のジョセフ・スティグリッツ教授は、経済学を学ぶ学生の経済行動に関する公正の認識が一般の人々と掛け離れたものであることを、彼の同僚のシカゴ大学の経済学者リチャード・セーラー教授の経験を紹介する形で述べている。それによると、嵐の後に雪かき用シャベルの価格設定に関する調査で、値上げをアンフェアと考える回答が、一般の人々では82%であるのに対して、同大MBA受講生では24%に過ぎなかった。経済学の学生のフェアの認識は社会的なそれとは大きく異なっているのである。実際こうした事例は、現在進行中の新型コロナウイルス感染禍にあってマスクを高値販売する行為として身近で起こっている。スティグリッツ教授はまたアメリカ社会の所得格差の拡大で、富裕層と政治家の結託だけでなく経済学が一役買ってきたことを鋭く批判している。   経済学が社会問題に関心が薄い、あるいは利己的であるという問題提起に関しては、円卓会議の基調講演者であるバーナード・M・ヴィレガス・アジア太平洋大学副学長が言及した。ヴィレガス教授は経済学博士号を有する教育者として半世紀の経験に基づいて、経済学が過度の細分化と数量化を進めてきたこと、また経済学が経済現象の分析で数式の優雅さを競い、市場の自立性を強調し、正義や人間の社会的責任、そして国家の規制への配慮などを排除してきたことを客観的批判的に総括された。同時に、経済学は「社会科学」であるとして、フィリピンの貧困問題の解決のために諸科学の成果を採り入れて経済学教育を実践されてこられたことを説得的に述べられた。   フィリピンにおける貧困の女性化を扱われたフィリピンの聖スコラスティカ大学のシスター・メアリー・ジョン・マナンザン女史のご報告、タイにおける仏教の社会倫理認識とグローバリゼーションを報告された社会参画仏教ネットワークのソンブーン・チュンプランプリー氏の報告、そしてインドネシアにおけるイスラム運動の最新情報を報告されたシャリフ・ヒダヤツラ―州イスラム大学のジャムハリ・シスワント大学院長の報告は、いずれも東南アジアの宗教者の現在の課題を取り上げられた。   それらを聴きながら、私の知る経済学はそれらに真に応えられるのだろうかとの問いが浮かんでは消え、消えては浮かんだ。宗教者の社会活動は生身の人間を対象にしている。人々が様々な環境や条件の中で絶対的貧困や性差別を含む様々な差別と闘っていることに直接に関わっている。東南アジアの社会活動の多くが、貧困や性差別からの解放に向けられている。   考えてみるに、経済学は社会を明らかに異なる視点から捉えている。経済学は、複雑な社会関係を単純な抽象的市場のモデルで表し、その市場を通じて社会が「効率」を最大化できると捉える。ここでの市場は、理念と現実の区別を曖昧なままに社会を同一視している。その上、現在主流の経済学では、数学的モデルを通じて現実の社会が捉えられ、それ以外の社会科学は排除されている。もちろん経済学は現在大きく発展し、現実に近づくために様々なモデルが作られている。原理的なモデルは修正されている。   だが、こうした経済学が発展途上世界に適用されるとき、果たしてどうだろうか。開発の処方箋を書き上げる経済学者は発展途上社会に関する知識をほとんど持っておらず、そうして作られた処方箋が先進国や国際開発機関を通じて政策とされている。結局、そうしたモデルは単純な市場モデル、つまり原理的なモデルに依拠する政策でしかなかったと言えるだろう。政策が失敗する場合は、その原因は発展途上社会それ自体の中に求められてきた。1997年のアジア通貨危機への対応が好例である。   経済学では、あえて言えば経済と社会の区別はないように私には思える。経済のグローバル化の中で経済学は発展途上地域の開発に関わり、発展途上諸国に自由化、民営化を強制してきた。そのことで起こる様々な矛盾は弱者に押し付けられてきた。   話が少し飛躍するが、2008年のアメリカのサブプライムローン危機に発する世界金融危機、そして2017年のアメリカのトランプ大統領の誕生は、新自由主義経済学が推し進めてきた政策の失敗の帰結の面があるように思われる。また、成功するはずがないと思われた共産党政権下の中国が、驚異的な発展・成長を達成したことは痛烈な皮肉である。それは主流派経済学への現実社会の反撃と捉えられるのではないか。あらゆる社会にはルールが必要である。だが、過去半世紀の経済学はそれを規制と捉えることで社会のルールを壊し所得格差を拡大させ、社会的分断を深め、経済と社会を劣化させてきた。その付けがアメリカの外と内の両方における民主主義の危機なのではないか。   円卓会議で、私が経済学は抽象的な「モデル」を前提として厚生を考えていると発言した時、シスター・マナンザン女史が辟易とした表情を見せた。そのように私には感じられ、鋭く心に突き刺さった。   「経済学は科学である」という言葉も頭に浮かぶ。だが、社会科学としての経済学は抽象的モデルの現実社会への適用に関しては、自制的でなければならないし、諸科学との協力・協調の中で政策が作りだされなければならないのではないか。経済学がどれだけ学問的な優位性を主張しても、それだけでは独断であり傲慢でしかない。国際開発、貧困開発では自制的態度が、今まで以上に切実なものとして求められているのではないか。   経済学は確かに部分的、局所的分析、政策では有効性を持つ。それは間違いない。しかし、発展途上社会に適用しようとする時には、とりわけ慎重さ、自制が求められる。アジア通貨危機の頃だったと思うが、経済学者が発展途上国の歴史や社会を学ぶことは政策決定で判断を曇らせると、かつてある著名なアメリカの経済学者が語ったとの逸話を思い出す。経済学は現在、発展途上経済の開発に大きな影響力を持つ。経済学を学ぶ者は社会や歴史について真剣に学ぶ必要がある。2日間の円卓会議の場に身を置いて、社会との関係について考えさせられた。今後も両者の関係と持続可能な共有型成長について考えていきたいと思う。   最後に、このような円卓会議の開催は、私には経済学と宗教を考える貴重な契機となった。基調講演をお引き受け下さったビリエガス教授はじめ、報告者と参加者の皆様、開催と運営にあたって司会の小川忠教授、ランジャナ・ムコパティヤヤ博士、プロジェクトコーディネーターのブレンダ・テネグラ博士、フェルデイナンド・C・マキト博士、そして私の通訳もしてくれたソンヤ・デール博士ほか関係者すべての皆様に感謝を申し上げたい。   英語版はこちら   <平川均(ひらかわひとし)HIRAKAWA_Hitoshi> 京都大学博士(経済学)。東京経済大学等を経て、名古屋大学大学院経済学研究科教授/同国際経済動態センター長を歴任。現在、名古屋大学名誉教授、浙江越秀外国語学院特任教授、国士舘大学客員教授。渥美国際交流財団理事。主要著書に、平川均・石川幸一ほか共編『一帯一路の政治経済学』文眞堂、2019年、「グローバリゼーションと後退する民主化―アジア新興国に注目して」山本博史編『アジアにおける民主主義と経済発展』文眞堂、2019年、ほか。   ※円卓会議『東南アジア文化/宗教間の対話』の報告は下記もご覧ください。 ◇小川忠「経済学と宗教実践―壁を乗り越える試み」   2020年3月19日配信
  • 2020.03.12

    エッセイ623:小川忠「経済学と宗教実践―壁を乗り越える試み:円卓討議『東南アジア文化/宗教間の対話』に参加して」

    第5回アジア未来会議の円卓討議B「東南アジア文化/宗教間の対話」の表題は「宗教は市場経済の暴虐を止められるか」というものだった。いささか粗削りなテーマ設定ではある。今日の世界が置かれている政治状況は、この一文で表現できるほど単純なものではない。それでも国際協調の精神が危機に瀕している今だからこそ、経済学、政治学、文化人類学、宗教学という専門の垣根を越えて集まり、世界が抱えている問題について議論することが必要である。そして行動が必要である。   まさに単刀直入に、会議冒頭で名古屋大学の平川均名誉教授が、そういう問題提起を行った。東南アジアは数十年わたり驚異的な経済発展を遂げ、貧困を削減し膨大な中間層を創出してきた。しかし強い光は、深い闇をも生む。こうした発展は、グローバル資本主義に一層組み込まれることを意味し、経済成長の果実を享受できる者と享受できない者との格差を拡げ、深刻な環境破壊をもたらした。   「グローバル資本主義が行き詰まりを見せるなか、明日を切り開くカギが過去に隠れているのではないか」「もう一度、アジア各地で息づいてきた宗教、伝統文化のなかに、新たな経済のかたちを考えるヒントがあるのではないか」「タコつぼ化した専門分野の壁を乗り越え、全体知の復権を構想しよう」と平川氏は参加者に呼びかけた。経済学の権威が、今日の経済学の限界をこれだけ率直に語るのは衝撃的であり、その誠実な問いかけは、各参加者の胸に深く届いたと確信する。   平川氏に続いて、基調講演を行ったのはフィリピン歴代大統領の経済顧問を務めてきたフィリピンを代表する経済学者、アジア太平洋大学のバーナード・ヴィレガス教授である。ヴィレガス氏は、国際間の貧富格差、そして一国内で広がる貧富格差、公職にあるものの汚職、ビジネスリーダーたちの社会貢献意識の低さを問題視した。政財界の指導者たちが、人々の公益をかえりみることなく、利潤を追求するのみでは社会的紐帯は成り立たないことを指摘した。他方、消費者も、自分の消費行動が地球環境にどのような影響を及ぼしているのかを考える想像力をもつべきと訴えた。   つまり健全な経済には社会倫理が不可欠であり、そうした社会倫理の土台となるのが、宗教や文化的価値観なのである。ヴィレガス氏の講演を聴いて思い浮かんだのは、渋沢栄一の道徳経済合一論である。   今から100年ほど前に、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一は著書『論語と算盤』のなかで、利益は独占するものではなく、社会に還元すべきものであると説き、「富を為す根源は仁義道徳」と論じていた。あらためて『論語と算盤』をアジアの人々と一緒に読み直し、語り合いたいと感じた。   経済学の限界、新自由主義経済の閉塞状況に関する、平川・ヴィレガス両経済専門家の問題提起を受けるかたちで、世界の三大宗教(仏教、イスラム教、キリスト教)を基盤に社会的に行動し続けている知識人3人が、それぞれの立場からの発表を行った。   最初のプレゼンテーションは、フィリピンのシスター・メアリー・マナンザンである。彼女はマニラのベネディクト派女子修道院の院長にして、フェミニスト市民活動家でもある。シスターは「女性の貧困」に焦点をあて、フィリピンにおける女性の貧困の原因として、不平等な利益分配、土地と資本所有の不平等、外国資本の経済支配等をあげ、男性以上に女性のほうが、寿命・健康・教育・生活水準・政治参加等の面で抑圧的環境に置かれていることを指摘した。そのうえで、伝統的な教会の家父長的・西洋優越主義的イデオロギーが女性に屈従を強いてきた、と既存の教会のあり方を手厳しく批判した。そのうえで、女性の置かれている状況を変えていくためには、経済的な支援のみならず、ジェンダー平等の観点から女性を精神的に解放し、自己肯定感を持たせていくことが大切で、そこに宗教が果たすべき役割があるという。   次に発表したのは、タイの仏教に根差した平和・人権市民活動家のソンブン・チュンプランプリー氏である。仏教NGO「関与する仏教(社会参加仏教)」国際ネットワークの専務理事を務め、タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマーでの草の根市民運動を組織している。   21世紀に入ってタイの政治は、タクシン派と反タクシン派の対立が民主主義を機能不全に陥らせ、軍政支配の復活を招きいれてしまった。分断はタイ国民の多くが信仰する仏教にまで及んでいる。仏教は、本来は暴力を戒める平和な宗教とみられているが、仏敵を倒すためには暴力行使も是とする過激僧がアジアの仏教界に現れ、物議をかもしている。   ソンブン氏は、ブッダが説いた「中道」の教えに立ち返り、過激を排し、貪欲と憎悪を捨て去ることが、現代の仏教徒に求められていると述べた。市場経済の暴走をくいとめる知恵もブッダが説いた価値のなかにあり、それは自立、自分と社会との調和、小規模な自給生活、自然との共生、瞑想、我執の消滅といったものである。「関与する仏教(社会参加仏教)」とは、このような価値に基づいて、人権抑圧、経済搾取、自然破壊に異議を唱え、人間の苦の根本にある強欲、敵意、無知に向き合うことを目指す実践的な仏教のあり方を指す。   ソンブン氏らの「関与する仏教(社会参加仏教)」は、今日の世界が置かれている状況に照らした仏教教義の創造的解釈といえよう。   インドネシア国立イスラム大学ジャカルタ校のジャムハリ副学長は、世界最大のイスラム教徒人口を擁する多宗教国家インドネシアにおいて、多数派のイスラム教徒が次第に少数派への寛容性を失い、少数派へのハラスメントを増大させている状況に警鐘を鳴らす報告を行った。同大学付属機関「イスラムと社会研究センター」が2017年に全国2000人を超える高校生・大学生・教員を対象に行った調査によれば、回答者の34%が少数派宗教への差別を是とし、23%が自爆テロを聖戦(ジハード)として許容すると答えたという。   インドネシアは21世紀半ばから高い経済成長率を維持し、今や国民の半数以上が中間層となった。中間層の拡大とともに、学歴社会化、デジタル社会化も進んでいる。先のアンケートに答えた高校生、大学生はインドネシア経済の躍進が生んだ新中間層の申し子ともいうべき存在である。都市部の、高学歴の中間層の若者が、なぜ他者への寛容性を失い、一部過激化するのか。これは、インドネシアだけでなく先進国の民主主義も、同じ問題に直面している。   ジャムハリ氏は、その理由の一つとして、経済発展とグローバリゼーションの加速化による伝統的な地縁・血縁社会の弱体化、共同体から放り出され厳しい競争にさらされている個人のアイデンティティー不安の問題を挙げた。   翌日、私がモデレーターをつとめた分科会セッションでは、宗教・倫理と経済の調和を図る試み、ケーススタディー報告を参加者にお願いした。前述したタイのソンブン氏は、仏教内部の寛容派と非寛容派の亀裂が深刻化するなかで、仏教内部の対話の重要性を指摘し、非寛容派仏教リーダーとの対話例を紹介してくれた。   フィリピン大学ロス・バニョス校で農業・応用経済を教えるジーニィ・ラピナ助教授はリベリア、ブルンジ、スーダンでUNDPの農村開発プロジェクトに携わってきた実践経験をもつ。彼によれば、農村開発において、その土地の文化・宗教を考慮に入れる必要があり、部族ごとのアイデンティティーに細分化され、時にそれが反目しあうなかで、対峙する共同体が共に利益を分かちあう共通インフラを作ることが、敵対意識軽減に効果的であると説明した。   インドネシア国立イスラム大学ジャカルタ校教員で歴史研究者アムリア・ファウジアは、社会的弱者への短期的な救援・支援を指す慈善(チャリティー)と長期的な自立を促すフィランソロピーの違いを論じ、インドネシア・イスラームには慈善とフィランソロピー両方の伝統が存在することを説明した。彼女によれば、インドネシア・イスラームにおいて活発なフィランソロピー活動が行われており、それが社会のセーフティ・ネットになっているという。一例として、私有財産を放棄し公益に資するためにモスク等に寄進し基金とする「ワクフ」と呼ばれる、欧米の財団制度に似たイスラム公益制度がある。アムリア氏は、インドネシアのワクフの全体像を描いた優れた論文を発表している。   最後に印象に残ったコメントを書きとめておきたい。冷戦時代、半世紀に渡り共産主義と戦ってきた、資本主義の牙城アメリカにおいて、近年共産主義・社会主義になびく若者が増えているという。「共産主義は死んだのか」とベレガス教授に聞いてみた。彼の答えは、「経済理論としての共産主義の命脈は尽きた。しかし社会的弱者への視線、公平・公正な利益分配というイデオロギーとしての共産主義は、依然として顧みる価値がある。」   共産主義は宗教を否定するといわれるが、階級のない平等な世界というユートピアを設定する共産主義は、それ自体が宗教的でもある。「人はパンのみにて生きるにあらず。」極度に数式化、理論化した経済学が行き詰まりを見せるなかで、宗教の復権現象が世界中で起きているのは、別個の現象に見えて、地下水脈のようにつながっているような気がする。   円卓会議の写真   <小川 忠(おがわ・ただし)OGAWA_Tadashi> 2012年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士。1982年から2017年まで35年間、国際交流基金に勤務し、ニューデリー事務所長、東南アジア総局長(ジャカルタ)、企画部長などを歴任。2017年4月から跡見学園女子大学文学部教授。専門は国際文化交流論、アジア地域研究。 主な著作に『ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭 軋むインド』(NTT出版)2000、『原理主義とは何か 米国、中東から日本まで』(講談社現代新書)2003、『テロと救済の原理主義』(新潮選書)2007、『インドネシア・イスラーム大国の変貌』(新潮選書)2016等。     2020年3月12日配信
  • 2020.02.06

    エッセイ618:フェルディナンド・マキト「母国で開催したアジア未来会議」

    2018年8月、台風襲来の韓国ソウルで開催された第4回アジア未来会議のクロージングパーティーで、僕たちは一生懸命参加者を舞台に誘ってフィリピン版カンナムスタイルを一緒に踊って第5回アジア未来会議への参加を促した。実は、これは用意してきた企画では物足りないと言われたので、急遽YouTubeの投稿を参考にセッションの合間に慌てて練習したものだった。普段このようなことをしたことのない僕にとって大変だったが、現在所属しているフィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)や渥美財団の関係者を含めた会場の皆さんが大いに盛り上がってくれたので手応えを感じた。練習用の動画のように、年齢や性別や職業や人種が違っていても、とにかく一緒に楽しくやろうということがアジア未来会議の目的に合致したのだろう。   1年半の準備期間には、さまざまなネットワークが動員された。日本側では渥美国際交流財団のネットワークから鹿島フィリピンとフィリピンプラザ・ホールディングスが応援してくださった。今西淳子常務理事(Tita Junko)は数回に渡ってマニラとロスバニョスを訪問して打合せを行った。角田英一事務局長(Kuya Eiichi)が率いるロジスティクスのサポートも力強かった。2004年からマニラで行っている共有型成長セミナーの支援者であるSGRAフィリピンの仲間たちも積極的に協力してくれた。そして、UPLB公共政策・開発大学院(CPAf)のローランド・ベリョー学院長からは大学院を挙げて全面的な支援・協力をいただいた。ソウルの突然の踊りから2020年1月12日の花火(火山噴火)まで、皆さんいろいろ大変なことがあったと思うが、いつも優しい言葉とポジティブな態度で対応してくださり心から感謝を申し上げたい。   実際、カンナムスタイルの踊りから始まって、この会議は、僕が普段したことのないことばかりだった。そして、母国フィリピンの発展を振り返る機会にもなった。   2020年1月9日、円卓会議A「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」で、唯一の東南アジア人として、しかも歴史が専門ではない僕が、大変光栄にも開会の挨拶をさせていただいた。三谷博先生と劉傑先生の暖かい歓迎を受けながら、19世紀初まで250年間も続いた「マニラ・アカプルコ間のガレオン貿易」について日本語で発表した。マニラは長期に渡って中継貿易のハブとして繁栄していたのに、なぜ今はそれが続いていないのか、AFC5のテーマを念頭に置きながら、母国の発展を振り返ってみる良い機会となった。(発表資料は下記リンクからご覧いただけます)   10日の開会式の前に記者会見が開かれた。僕が司会を務め、アジア未来会議の明石康大会会長、渥美財団の今西常務理事、UPLB CPAfのべリョー学院長がメディアの皆さんからの質問に答えた。今回はアジア未来会議の中でも、マスコミの参加が一番多かったのではないかと思う。1月5日には僕とべリョー先生がマニラで一番古いラジオ局の番組への出演依頼を受けたし、10日の記者会見の後でも熱心な記者たちが廊下や会場で参加者にインタビューしていた。基調講演をしたラウレル駐日フィリピン大使のインタビューが急遽手配され、5つのテレビ局が報道した。 UPLBの報道関係事務所からの報告   開会式に続くシンポジウムは僕が企画から担当し、当日は司会と問題提起を務めさせていただいた。そもそも第5回アジア未来会議のテーマである「共有型成長」は、僕がずっと追究し続けている研究課題で、マニラにおいてもSGRAフィリピンの事業として2004年から毎年セミナーを開催している。今回のシンポジウムでは、既に27回開催したマニラセミナーを振り返りながら、研究やアドボカシーに協力してくださっている先生方(UPLBのCPAfのべリョー学長、UPLBの大学院研究科のドング・カマチョ学長、UPLBのCPAfのジョーパイ・ディゾン教授、フィリピンのアジア・太平洋大学の経済学院のピター・ユ元学長、フィリピン大学ディリマン校の建築学部の都会設計ラボのマイク・トメルダン研究所長)と一緒に「持続的な共有型成長:みんなの故郷、みんなの幸福」を検討した。 問題提起として、僕は、なぜ持続可能共有型成長がフィリピンだけではなく世界に必要なのかを訴えた。これも母国の発展を振り返ってみる機会であった。(発表資料は下記リンクからご覧いただけます)   11日、UPLBの森林学部の森の中のキャンパスで行われた分科会で、僕は、フィリピン政府の要請で関わったR&D機関の研究について発表した。これはUPLB・CPAfの同僚であるジェング・レイエスとマイラ・ダビド先生との共同プロジェクトの結果であり、組織構築論を使って母国の発展についての問いかけである。長年共同研究を続けている平川均先生に招かれ、2019年12月に神奈川大学で日本語で発表したものの英語版である。実は、同じ時間帯に、ベスト・ペーパーを受賞した地域通貨についての共著論文と、地価税についての共著論文の発表もあったが、ジョン・ペレス先生とセサー・ルナ先生それそれに発表を任せた。   突然の日程変更があって、次のセッションの座長がダブル・ブッキングになってしまったが、ラクーン(元渥美奨学生)に救われた。狸(ラクーン)のパワーを今まで以上感じて心から感謝。日本、中国、韓国、台湾、モンゴル、ミャンマー、タイ、インドネシア、トルコ、イタリア、イギリス、ウクライナ、ナイジェリア、オーストラリア、コスタリカからわざわざフィリピンに集まってきてくださった仲間たちは、本当に心強かった。閉会式での「マ・キ・ト」コールは最高だった!   100年に1回の火山噴火に襲来されたマニラで開催した第5回アジア未来会議はとても大変だったと思うが、参加してくださった皆さんが少しでも楽しい思い出を作ってくださったのであれば幸いである。渥美財団の素早い対応は印象的で、ホテル延泊の一泊分を財団が負担したのは海外から一番早い災害援助であった。僕らもすごく安心した。   タール火山の祝福を受けたアジア未来会議の炎を台湾へお渡しします。   フィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)撮影の写真   <フェルディナンド・マキト Ferdinand C. Maquito> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。       2020年2月6日配信        
  • 2020.01.30

    エッセイ617:陳姿菁「フィリピンの一番美しい風景」

    フィリピンと言ったら、皆さんはどんなイメージでしょうか。マンゴ?パイナップル?英語は公用語?それとも出稼ぎの労働者でしょうか。今の私にとって、フィリピンと言ったら「優しい」という言葉が真っ先に頭に浮かびます。それは2020年1月12日のある出来事の実体験からの感想です。   2020年1月9日―13日にマニラで第5回アジア未来会議が開催されました。閉会の翌日に、恒例のスタディツアーが行われました。今回、私は5つのツアーの中でCツアーを選びました。   Cツアーを選んだのは、このコースは一人では行きにくいからこの機会を利用して、という単純な理由でした。   アジア未来会議の会場に着いて知り合いとおしゃべりをしていると、まだ迷っている人たちから何度も私のツアーの選択を聞かれました。そして、その後、何人もCツアーを選んでくれました。後で分かったのは、予定していたツアーを変えた人までいるほどでした。結局、Cツアーの3分の1から2分の1の参加者が私の影響で参加したようです。責任の重大さを感じました。   出発当日の朝「面白くないツアーだったら、あなたを火山に置いていくよ」と皆に冗談を言われましたが、その時は誰一人その後起きる事態を予想だにしていませんでした。   いざ出発し、目的地のタガイタイに向かいました。馴染みのない地名かもしれませんが、先日フィリピンで起きた自然災害のニュースの主役で、世界で一番小さい活火山と言われるタール火山の所在地です。   はい、その通り、Cツアーは火山を見学するツアーです。 1911年に噴火してから休眠している火山を見学しようとする私達でした。   Cツアーでは、まず火山を眺めるレストランでゆっくり昼食をとり、昼食後、火山を眺める展望台に向かい、写真撮影を楽しむというスケジュール。昼食の時には穏やかに見えた火山ですが、私たちが展望台に移動してから少しずつ変化を見せ始めました。   【展望台での会話】   私:ほらみて、あそこから煙が出始めましたよ! 参加者1:いや、あれは雲だよ 私:雲は下から出ないじゃないの、煙だよ! 参加者1:....   続いて、他の参加者に   私:ねえねえ、あそこから煙が出ているのが見える? 参加者2:あれは水蒸気だよ 私:...   さらに   私:徐先生、煙が大きくなっているわ、記念写真を撮りましょう。 徐先生:まあ、いいか、撮りましょう。   ベンチに腰を下ろして休んでいる徐先生が無理矢理私にひっぱられ、記念写真を撮りました(汗)。   その時には、私たちはまだその煙は日常茶飯事の出来事としか思っていません。   その次の観光スポット(お土産買うための場所)ではトイレ休憩だけにして、節約できた時間を使って火山の真正面から見えるスターバックスに寄りたいと皆が路線変更を要求しました。コーヒーがほしい人とグッドフォトを撮りたいという参加者の一致した要望です。   その時です!私は人生初の火山灰に降られました。 腕や服に、ぽつりぽつりと降ってきた雨らしきの跡がくっきり残っています。写真を撮っていたので携帯電話を指でなぞったら砂だらけ。しかし、当時はただ雨が汚いと思い、火山灰の意識はありませんでした。   次から次へと参加者たちが汚い格好で帰ってきて、皆は初めて火山灰だと気づきました。   しかし、まだ、日常茶飯事と思っている我々ツアーの参加者です。   そこからです。   バスの窓越しに見える煙は壮大な大きさになり、火山灰もひどく降ってきます。   その時はまだ予定変更通りに10ー15分ほどスターバックスに寄ると思っていました。   しかし、ガイドさんが「会社から早く戻るようにという指示があった」ということで帰ることになりました。面白い経験をシェアしたいので、火山から立ち上がった煙の写真を今西さんに送った直後のことです。   スターバックスを渋々断念し、帰ることにした私達の車の中に突然携帯電話の警報が鳴り始めました。3級から4級に警報のレベルが上がるにつれ、皆がやっと事の重大さに気づきました。これは冗談ではないと気づいた私たちは急いで帰ることにしました。   しかしながら、結局大渋滞に遭い、立ち往生状態に陥り、やむを得ず遠回りして、脇道から帰ることになりました。   そのときの出来事です。不思議な行動を目の当たりにしたのです。 近くの住民が集まり始め、何か情報交換している姿が見えました。晩ご飯後の世間話かなと思いきや、集まっていた人たちが一気にばらばらになって、通りかかる車にあるポーズをし始めます。   突然、私たちが乗っていたバスもスピードダウンしてその中の一人の前に止まりました。住民はバケツをもって水をフロントガラスに向けて撒いてくれ始めます。必死に掃除しても掃除しきれないほど火山灰が厚く積もったフロントガラスがやっと辛うじて前が見えるようになりました。   お金をどれぐらい取るかなと私は思っていましたが、なんとそのまま車は動き出し、走り続けました。   帰る途中、このような光景を何度も見ました。   あまりにも不思議なので、私は思わずフィリピン人のガイドさんにその行動の理由を聞きました。 お金でもなく、何かお返しをほしいということもない、フィリピン人が優しいからだそうです。   自分が逃げるのを後にして、通りかかる車を掃除してくれる住民の行動はフィリピンの最も暖かく、美しい風景だと思わせるワンシーン、第5回アジア未来会議で、一番私の心に刻み込む出来事でした。   <陳姿菁(ちん・しせい)Chen Tzu-Ching> SGRA会員。お茶の水女子大学人文科学博士。台湾教育部中国語教師資格、ACTFL(The American Council on the Teaching of Foreign Languages)のOPI ( Oral  Proficiency Interview)試験官(日本語)。台湾新学習指導要領(第二外国語)委員。開南大学副教授。専門は談話分析、日本語教育、中国語教育など。   ※フィリピンの火山噴火に関する他の参加者の報告を下記リンクよりご覧ください。   ランジャナさんの報告(フェイスブックより転載)   于暁飛さんの報告   陳エンさんの報告(フェイスブックより転載)       2020年1月30日配信
  • 2020.01.22

    第5回アジア未来会議報告

    2020年1月12日(日)第5回アジア未来会議最終日の午後、スタディツアーの1グループがフィリピンの首都マニラから約70キロ南にあるタガイタイ観光を楽しんでいた正にその時に、タール火山が噴火しました。この規模の噴火は1911年以来とのこと。噴煙は一時、高さ1万5000メートルに達し、火山灰は会議場となったマニラ市南郊のアラバンにも達しました。翌13日(月)の帰国日、マニラの国際空港では欠航や遅れが相次ぎ、200名以上の会議参加者に影響を及ぼし、70名以上が会議場ホテルで延泊、それ以上が空港ターミナルや市内のホテルで長時間の待機を余儀なくされました。   1月9日(木)~13日(月)、フィリピンのマニラ首都圏アラバンにあるベルビューホテルと、ラグーナ州のフィリピン大学ロスバニョス校において、21ヵ国から294名の登録参加者を得て、第5回アジア未来会議が開催されました。総合テーマは「持続的な共有型成長―みんなの故郷、みんなの幸福」。今日、世界はこれまで経験したことがないほどの経済成長をとげているものの、この成長は受入れがたい貧富格差の拡大と環境破壊を伴っているという問題意識に基づき、「持続的な共有型成長」のビジョンを議論すると共に、その実現を目ざすために必要と思われるメカニズムを多角的な視点から考察し、実現のための途を探ることを目標に、基調講演とシンポジウム、招待講師による円卓会議、そして数多くの研究論文の発表が行われ、広範な領域における課題に取り組む国際的かつ学際的な議論が繰り広げられました。   9日(木)午前9時から、同時通訳設備の都合で本会議に先立ち、円卓会議A「第4回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」が開始されました。東アジアの歴史和解を実現するとともに、国民同士の信頼を回復し、安定した協力関係を構築するためには歴史を乗り越えることが一つの課題であると捉え、日本の「日本史」、中国の「中国史」、韓国の「韓国史」を対話させる試みです。4回目の今回は19世紀の歴史に焦点を当て「東アジアの誕生-19世紀における国際秩序の転換-」というテーマで活発な議論が展開されました。(日中韓同時通訳)   10日(金)午前9時30分から開会式が始まりました。高校生の合唱隊によるお祈りの後、明石康大会会長が第5回アジア未来会議の開会を宣言しました。共催のフィリピン大学ロスバニョス校のF.C.サンチェス学長の歓迎の挨拶に続き、羽田浩二駐フィリピン日本大使とフィリピン大学のD.L.コンセプション総長より祝辞をいただきました。   引き続き、J.C.ラウレル駐日本フィリピン大使の「ソーシャルメディア時代に持続可能な開発目標を達成するために」と題した基調講演ありました。その後、渥美財団の第1期奨学生でフィリピン大学ロスバニョス校助教授のF.C.マキトさんの進行で、フィリピンにおけるSGRAの活動の5名の協力者の先生方と一緒に「持続的な共有型成長」というテーマについて検討しました。   午後には円卓会議A、Bと5つの分科会セッションが並行して開催されました。 円卓会議B「東南アジアの叡智-社会倫理とグローバル経済-」では、市場資本主義経済に乗って東南アジア諸国はかつてない経済成長と発展をおう歌しているが、富と権力は一極に集中し、地域コミュニティーは疲弊しているという問題意識に基づき、フィリピン、インドネシア、タイから宗教家と経済学者を招いて、民族、宗教、文化のるつぼである東南アジアには過去の人々が成功と失敗に基づく経験知を通じて築き上げてきたさまざまな叡智やシステムがあり、それらは「混迷する」と言われる現代の経済学や経済社会にどのような光をあてるのだろうかという議論が展開されました。(使用言語:英語)   第5回アジア未来会議プログラム   11日(土)午前8時、参加者は全員7台の大型バスに約1時間乗ってフィリピン大学ロスバニョス校に向かいました。今回の会場は、広大なキャンパスの中の森林学部で、参加者は冷房の効いたホテルの会議室から自然の中に解放され、円卓会議Bと40にわたる分科会セッションが開催されました。お昼には参加者は植物園まで散策し、森の中でお弁当を楽しみました。   第5回アジア未来会議では、グループセッション、学生セッション、一般セッションを合わせて50セッションが行われ、173本の論文発表が行われました。アジア未来会議は国際的かつ学際的なアプローチを目指しており、各セッションは、発表者が投稿時に選んだ「共有型成長」「平和」「環境」「イノベーション」などのトピックに基づいて調整され、学術学会とは趣を異にした多角的で活発な議論が展開されました。   一般セッションと学生セッションでは、セッションごとに2名の座長の推薦により優秀発表賞が選ばれました。   第5回アジア未来会議優秀発表賞受賞者リスト   優秀論文は学術委員会によって事前に選考されました。2019年1月20日までに発表要旨、7月31日までにフルペーパーがオンライン投稿された127本の論文を13のグループに分け、65名の審査員によって査読しました。ひとつのグループを5名の審査員が、次の5つの指針に沿って審査しました。投稿規定に反するものはマイナス点をつけました。(1)論文のテーマが会議のテーマ「持続的な共有型成長」と適合しているか、(2)わかりやすく説得力があるか、(3)独自性と革新性があるか、(4)国際性があるか、(5)学際性があるか、という指針に基づいて査読しました。各審査員は、グループの中の9~10本の論文から2本を推薦し、集計の結果、上位20本を優秀論文と決定しました。   第5回アジア未来会議優秀論文リスト   分科会セッションの後に参加者は再びバスに乗って山の上のアートセンターに移動して、午後6時30分からクロージングパーティーを開始しました。学生サークルによる歌とダンスの宴もたけなわの頃、優秀賞の授賞式が行われました。授賞式では、優秀論文の著者20名が壇上に上がり、明石康大会委員長から賞状の授与がありました。続いて、優秀発表賞50名が表彰されました。 パーティーの終盤では、第6回アジア未来会議の概要の発表がありました。台湾の中国文化大学の徐興慶学長による招待の挨拶とビデオによる大学案内がありました。   12日(日)、参加者はそれぞれ、マニラ観光ツアー、ケソンシティー観光ツアー、そして冒頭のタガイタイ観光ツアーに参加しタール火山の噴火に遭遇しました。   第5回アジア未来会議「持続的な共有型成長:みんなの故郷、みんなの幸福」は、(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)主催、フィリピン大学ロスバニョス校公共政策開発学部の共催、文部科学省、在フィリピン日本大使館、在日本フィリピン大使館の後援、(公財) 高橋産業経済研究財団の助成、フィリピン大学連合および50を超える日本とフィリピンの組織や個人の方々からご協賛をいただきました。とりわけ、フィリピンプラザ・ホールディングスの皆様からは全面的なサポートをいただき、華やかな会議にすることができました。   第5回アジア未来会議主催・協力・賛助者リスト   運営にあたっては、渥美元奨学生を中心に実行委員会、学術委員会が組織され、フォーラムの企画から、ホームページの維持管理、優秀賞の選考、写真撮影まであらゆる業務を担当しました。特に2名しかいないフィリピン出身の渥美フェローは企画の最初から最後まで大活躍でした。   300名の参加者のみなさん、開催のためにご支援くださったみなさん、さまざまな面でボランティアでご協力くださったみなさんのおかげで、第5回アジア未来会議を成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。   アジア未来会議は、国際的かつ学際的なアプローチを基本として、グローバル化に伴う様々な問題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化など、社会のあらゆる次元において多面的に検討する場を提供することを目指しています。SGRA会員だけでなく、日本に留学し現在世界各地の大学等で教鞭をとっている研究者、その学生、そして日本に興味のある若手・中堅の研究者が一堂に集まり、知識・情報・意見・文化等の交流・発表の場を提供するために、趣旨に賛同してくださる諸機関のご支援とご協力を得て開催するものです。   第6回アジア未来会議は、2021年8月27日(金)から31日(火)まで、台湾の中国文化大学と共催で、台北市で開催します。皆様のご支援、ご協力、そして何よりもご参加をお待ちしています。   第5回アジア未来会議の写真(ハイライト)   第5回アジア未来会議フィードバック集計   第5回アジア未来会議報告(写真入り)日本語   The 5th Asia Future Conference Report   第6回アジア未来会議チラシ   明石康氏コラム(秋田魁新報2020年1月24日朝刊)   Newspaper Column by Mr. Yasushi Akashi   (文責:SGRA代表 今西淳子)
  • 2018.10.25

    ボルジギン・フスレ「AFC#4:SGRAセッション『現代モンゴル地域における社会変容』報告」

    2018年8月26日の午後に開催された第4回アジア未来会議自主セッション「現代モンゴル地域における社会変容」は、激変する北東アジア社会の複雑な状況を視野に入れながら、最新の資料を駆使して、モンゴル地域における社会変遷を焦点に特色ある議論を展開することを目的とした。同セッションでは、国立政治大学民族学部准教授の藍美華(LAN Mei-hua)先生と私が共同で座長をつとめた。   SGRA会員、内モンゴル大学モンゴル研究センター准教授のリンチン(仁欽、Renqin)氏の報告「20世紀後半の内モンゴルにおける草原生態系問題の検討」は、20世紀後半の内モンゴルにおける放牧地開墾問題の実態はどうだったか、その背景と要因は何であったか、放牧地開墾問題はモンゴル人地域社会に何をもたらしたか、さらに今日の内モンゴルにおいても生じている環境、漢化、自治区の自治権の低下、人口、言語教育など非漢民族の生存権問題と如何に関連しているのかなどについて考察した。 リンチン氏は、結論として、下記の事を指摘した。 第1に、「大躍進」運動では、農業地域か牧畜業地域かを問わず、内モンゴル地域では「農業を基礎にする」という方針のもと、「牧畜業地域の食糧と飼料の自給」という名目で、中華人民共和国建国以来最大規模の放牧地が開墾された。 第2に、「文化大革命」期間の「牧民はみずから穀物を生産すべき」のスローガンのもとで、内モンゴル生産建設兵団による2回目の大規模の放牧地開墾が行われた。しかし、その結果、食糧と飼料の自給が成し遂げられるどころか、むしろ穀物は減産したのである。 第3に、草原生態系への破壊的影響をもつ開墾により、放牧に利用できる草原の面積が縮小したため、牧民たちは生産手段でもある放牧地を失い、生活の困窮状態に陥った。 第4に、近年、北京、天津にとどまらず、はるか朝鮮半島、日本にまで猛威を振るっている「黄沙」の主な発生源は内モンゴルとされているが、そう簡単に結論づけることはできない。内モンゴルにおける環境問題は、実際このようは政治的・社会的・人為的要因があった。   SGRA会員、昭和女子大学国際学部国際学科教授のマイリーサ(Mailisha)氏の報告「観光化の中における文化伝承」は、甘粛省粛南ヨグル族自治県白銀モンゴル自治郷(1930年代に外モンゴルから河西回廊に移住したハルハ・モンゴル人の村落)における「伝統文化の担い手と継承のための工夫」の事例を検証した。言語や文化の消滅の危機にさらされている少数民族の生存戦略と、その潜在的な可能性について検討し、「民族風情園」など「中国的な見せる観光」における問題点を指摘し、たいへん興味深かった。   東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程ソルヤー(Suruya)氏の報告「フルンボイル地域における民族衣装の再創造――ダウル人を中心に――」は、日本における文化人類学の先端的な研究成果を吸収し、ホブズボウムとレンジャーの「伝統の創造」論を踏まえ、先行研究を批判的に参考にしながら、民族表象の問題として民族衣装に焦点をあてた。フィールドワークで得た成果に基づいて、ダウル人の民族衣装を中心に、内モンゴル・フルンボイル地域におけるモンゴル系サブグループの民族衣装が、20世紀以降、いかに衰退から「再生」へと発展してきたのか、それがフルンボイルのモンゴル系サブグループのアイデンティティの再構築とどのような関係をもっているかなどについて検討をおこなった。今日、ダウル人は伝統を取り戻そうと、その民族衣装を再構築し続けているが、そのプロセスにおいて、実際は、多くの伝統が失われ、また新たな「伝統」が生まれ続けていることなどを指摘した。   桐蔭横浜大学FIJ欧米・アジア語学センター非常勤講師ボヤント(Buyant)氏の報告「内モンゴルにおける土地紛糾の一考察」は、モンゴル人社会の現状を踏まえ、映像資料を含む第一次資料を用いて、2010年以降、内モンゴル地域で農民・牧畜民と地方政府の間で起きた土地・生態環境をめぐる紛糾を焦点に、さまざまな矛盾や葛藤を抱えている多民族国家中国の民族問題の現状について考察し、検討した。1978年に「改革開放政策」が提唱されて40年が経過した現在、少数民族地域におけるインフラ整備や資源開発、経済成長、党幹部養成等は目覚ましい勢いで進んでいる一方、「党国家」をおびやかす事件が多発し、少数民族をとりまく状況は急速に変わっている。氏の報告は刺激的であり、関心をもたらせた。   セッションの最後に、藍美華氏がセッション報告の成果をまとめ、今後の研究の展開について期待をかけた。   当日の写真     <ボルジギン・フスレ Borjigin_Husel> 昭和女子大学国際学部教授。北京大学哲学部卒。1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会外国人特別研究員、昭和女子大学人間文化学部准教授などをへて、現職。主な著書に『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、共編著『国際的視野のなかのハルハ河・ノモンハン戦争』(三元社、2016年)、『日本人のモンゴル抑留とその背景』(三元社、2017年)他。        
  • 2018.10.25

    朱琳「AFC#4:SGRAセッション『東アジアのナショナリズムを再考する』報告」

    第4回アジア未来会議の一環として、私が企画責任者を務めるグループセッションが8月26日(日)午後にソウルのThe_K-Hotelで開催された。セッションのテーマは「東アジアのナショナリズムを再考する――日・中・韓の近代史からの問い」である。   今日、東アジア諸国の相互依存が一層深まる一方で、感情的摩擦が次第に表面化するようになった一面も否定できない。それは、それぞれ周辺文化への理解の未熟さや、「東アジア」という空間形成の歴史的経緯の軽視などに由来したところが多いと言えよう。そこで、文化のグローバリゼーション(光と影の両面)などに対応しうる「国民国家」というシステムのより広い文脈での位置づけ、および総合的な見通しが問われている。このような問いに検討を加えるために、狭義の一国史に限定することなく、「東アジア」という「場」を多様な文化が接触・連鎖する「舞台」として複眼的・動態的に認識し考察する必要があるように考えられる。 このような問題意識のもとで、今回は3名の発表者と2名の討論者を迎えてセッションを組んでみた。   まず、李セボン氏(延世大学比較社会文化研究所・専門研究員)は「儒者の視点から見た「文明」とナショナリズム――中村正直を中心に」という題で発表した。主に幕末から明治初期にかけて活動し儒学というレンズを通して西洋を見た中村正直(1832~1891)の思想を手がかりに、儒者のいう「文明」とナショナリズムの関係について考察している。   ついで、黄斌氏(早稲田大学地域・地域間研究機構・次席研究員)は「アジア主義・ナショナリズムとマルクス主義の狭間――李大釗の葛藤」という題で発表した。中国ナショナリズムの系譜を時系列に整理した上、その系譜の中に中国共産党の創立に参加した李大釗(1889~1927)の思想を位置づけ、その思想の変容および影響などを分析している。   3番目の発表者は柳忠煕氏(福岡大学人文学部東アジア地域言語学科・専任講師)であり、発表題目は「朝鮮知識人の戦争協力と〈朝鮮的なもの〉――尹致昊と李光洙を中心に」である。帝国日本の戦争遂行に協力した植民地朝鮮の知識人の政治的想像力とはどのようなものだったのかという問題提起を行い、尹致昊(1865~1945)と李光洙(1892~1950)の二人のそれぞれの戦争協力の理由と論理を明らかにし、〈帝国/植民地〉という状況における〈朝鮮的なもの〉の保存への試みとその逆説を解析している。   討論者として、平野聡氏(東京大学大学院法学政治学研究科・教授)と劉雨珍氏(南開大学外国語学院・教授)を迎えた。3名の発表内容について逐一、感想とコメントをされただけでなく、的確なアドバイスもいただいた。   セッションとして、必ずしも最初から意識していたわけではないが、結果的に明治・大正・昭和の3つの時期をカバーし、そして日・中・韓の3国の知識人の思想的葛藤と苦闘を凝縮的にそれぞれの発表に反映させたことになり、よくバランスがとれた。発表者と討論者に加え、聴衆も積極的に参加してくれたおかげで、大変濃密な議論の時間を過ごすことができた。   聴衆に福島大学のある教授がおられ、会議後、ここソウルでこんなに高いレベルの発表およびコメントを聞けるとは思わなかったという。この言葉を励みに、今後できればよりよい企画を提案できるよう協力していきたい。   *発表者、討論者、そして、何よりも渥美国際交流財団の関係者の方々のおかげで、セッションを成功裏に開催できたことを心より感謝申し上げます。皆さま、本当にどうもありがとうございました!   当日の写真   <朱 琳(シュ・リン)ZHU_Lin> 東北大学大学院国際文化研究科准教授。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はアジア政治思想史。     2018年10月25日配信