SGRAの活動

  • 2018.11.08

    エッセイ580:マイリーサ「繋げて育む協働の輪―ふくしまスタディツアーに参加して」

      2018年5月25日、私は初めてSGRAふくしまスタディツアーに参加させていただきました。渥美国際交流財団SGRAでは2012年から毎年、原発事故の被災地である飯舘村を訪れています。出発の前、私はSGRAスタディツアーに参加した先輩方の感想文を読み、飯舘村の状況について少し事前勉強をさせていただきましたが、現場では、飯舘村がおかれている厳しい状況を改めて感じることができました。   「ふくしま再生の会」理事長の田尾さんのご案内で、私たちは住民の帰還開始から1年となる飯舘村を見学しました。正直、この美しい里山が消滅の危機に直面していると思いました。そして、「ふくしま再生の会」が非常に困難な課題の解決に挑んでいるというのも初日の感想でした。日本の農山村は元々人口減少や高齢化の進行に苦しんでいますが、原発事故災害という特殊な環境において、その傾向はいっそう拍車をかけられています。   しかし、このスタディツアーで、私は次第にある現象に気づき、ここは交流人口がとても多いことに驚きました。というのは、ツアー中に私たちは他地域からの訪問者をよく見かけました。土曜日になると、何世帯かの高齢者しかいない限界集落に奇跡が起きていました。田植えを翌日に控え、佐須地区の「再生の会」の拠点に様々な分野の幅広い世代の人々が訪れていました。   やはり、人と人が集う場所には明日への活力が生まれると、私はその時強く感じました。原発事故が発生した3ヶ月後から、ここ佐須地区を舞台に、村民・専門家・ボランティアの協働による除染法の開発や農作物の栽培試験の取り組みが始まっていましたが、種まき、田植え、稲刈りなど1年を通して村民は多くの参加者の方々と一緒に米を育ててきました。現在は人々の繋がりによる協働の輪が広がりつつあります。   話によると、ほぼ毎週末(土日)、「ふくしま再生の会」の活動拠点に人びとが集まり、各種の活動を行っています。埼玉県立鴻巣高校のボランティアや東京大学のサークルのツアーなど若者たちが来ていました。そうした中で、大学と結ぶ活動の創造的展開も生み出されています。東京大学や明治大学などとの協働により、住民の目線による農地再生の取り組みと新しい地域づくりも可能になっているのではないかと感じました。   人々のつながりの「輪」は、環境保全に限らず、歴史と文化の継承という可能性も生み出しています。山津見神社拝殿の天井絵(オオカミ絵)の復元プロジェクトへの協力、明治時代に造られた校舎の保全と活用、味噌づくり継承プロジェクトなどはその好例です。こうした持続的な交流と協働こそが、「ふるさと再生」の仕組みを作り上げることができるのではないかと感じました。外国人の私は、日本のこのような多様な主体を持つ社会活動の展開とそれによる社会的価値創造にとても励まされました。   飯舘村は、日本の最も美しい村の一つとして知られていますが、飯舘村に行ってさらに、信じられないほど美しい光景に出会いました。それは「繋げて育む協働の輪」です。私は人々のつながりに非常に感動しました。またこの美しい村に行きたいです。   ※SGRAスタディツアーの報告(2018年5月に実施)   英訳版はこちら   <マイリーサ Mailisha> 昭和女子大学国際学部教授。2000年一橋大学社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門分野は教育社会学、農山村の地域づくり。近年、日本の里山保全と中国の少数民族地域での環境問題を研究対象としている。日本学術振興会外国人特別研究員、立教大学非常勤講師、昭和女子大学人間文化学部特命教授などをへて、現職。主な著書に『内発的村づくりにおける人間形成をめぐって』(一橋大学大学院社会学研究科博士学位論文、2000年)「流域の生態問題と社会的要因――」中尾正義等編『中国辺境地域の50年史』(東方書店、2007年)他。     2018年11月8日配信    
  • 2018.10.31

    第12回SGRAチャイナ・フォーラム「日中映画交流の可能性」へのお誘い

    下記の通りSGRAチャイナ・フォーラムを北京で開催いたします。参加ご希望の方は、事前にお名前・ご所属・緊急連絡先をSGRA事務局宛ご連絡ください。   ※お問い合わせ・参加申込み:SGRA事務局([email protected], 03-3943-7612)   テーマ:「日中映画交流の可能性」 日時: 2018年11月24日(土)午後2時~5時 会場: 人民大学逸夫会堂第二報告庁 北京市海淀区中関村大街59号中国人民大学校内(明志路)   主 催: 渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA) 共 催: 中国人民大学文学院、清華東亜文化講座 助 成: 国際交流基金北京日本文化センター   ポスター(PDF)   ■フォーラムの趣旨   日中友好の基礎は民間交流に在り、お互いをより幅広く、正しく知るためには、相手の「心象風景」を知ることが、民間交流の基礎を固める上で重要である。映画は、その大事な手段であり、この40年にわたり、大きな役割を果たしてきた。 1977年と78年に、日本と中国でそれぞれ最初の映画祭が開かれた。中国では日本映画ブームが起こり、日本でも中国への関心から多くの観客が訪れた。このときの高倉健の影響力は衰えることなく、2014年の同氏の逝去に際し外交部スポークスマンが追悼の発言を行ったことは知られている。 日本映画の上映は、その後の「Love Letter」や「おくりびと」、「君の名は。」にいたるまで、中国に日本人の細やかな感情を伝え、等身大の日本人に親しみを感じさせてきた。そして、日本にロケした中国映画は、北海道ブームをもたらすなど、現在の日本旅行ブームの原動力にもなっている。また、中国映画の上映は、「芙蓉鎮」や「さらばわが愛、覇王別姫」が波乱の現代史に生きる中国人の姿を伝え、「ヒーロー」や「レッドクリフ」が歴史スペクタクルの楽しさを教えてくれた。 日中の国同士の関係に摩擦が生じたときも、映画交流はさらに発展を続け、映画祭の開催や劇場公開、合作映画の制作やインディペンデント映画の紹介、さらには回顧展の開催など、多様化が見られ、お互いに影響を与え合ってきた。近年はSNSによる発信など、中国の若者の日本への関心が増加しているが、日本でも賈樟珂や婁燁の作品が上映され、今年は「空海――美しき王妃の謎」がヒットし、「中国電影2018」で最新作が紹介されるなど、新たな動きが起こっている。4月の合作映画の撮影に関する日中政府間協議の締結も、重要な一歩である。 いまや中国は世界第1位のスクリーン数と第二の映画製作本数を誇る映画の一大市場であり、日本も世界第4位の映画製作本数を維持している。世界の映画産業のひとつの中心は、まさに東アジアにあると言ってもよいだろう。本フォーラムでは、この映画大国である日本と中国の40年にわたる映画交流を、日本と中国の側からそれぞれ総括を行い、意見交換を行い、今後の展望を検討することを目的としている。 刈間文俊氏は、1977年の中国映画祭から字幕翻訳に携わり、これまで100本に近い中国映画の字幕を翻訳し、中国映画回顧展のプロデュースを行うなど、日本での中国映画の紹介に携わってきた。王衆一氏は、日本映画に精通し、「人民中国」編集長として多くの日本の映画人と交友を持ち、「日本映画の110年」を翻訳し北京で出版している。日中の映画交流の歩みを現場で知る二人の発表をもとに、日中双方の識者による討論を行う。   ■プログラム   総合司会:孫 郁(中国人民大学文学院) 【講演1】刈間文俊(東京大学名誉教授) 【講演2】王衆一(人民中国編集長) 【総合討論】 討論者:李道新(北京大学)、秦 嵐(中国社会科学院)、周 閲(北京語言大学) 陳 言(北京市社会科学院)、林少陽(東京大学) 司会者:顔淑蘭(中国社会科学院) 〇同時通訳(日本語⇔中国語):文 俊(北京語言大学)、宋 剛(北京外国語大学)   ※プログラムの詳細は、下記URLをご参照ください。 日本語  中国語   ■発表内容   【講演1】 ◆刈間文俊「中国映画は日本になにをもたらしたか――その過去・現在・未来」 [要旨] 1977年に始まる中国映画祭は、日本に中国映画を紹介する大きな役割を果たした。1986年の「黄色い大地」のロードショー公開は、ニューウェーブの衝撃をもたらし、1985年の中国映画回顧展は、中国映画史の豊かさを教えるものとなった。1990年代に入ると、中国映画は国際映画祭での受賞が相次ぎ、インディペンデントの映画製作も始まるなど、多様化が見られた。日本における中国映画は、中国を知るための窓から、陳凱歌や張藝謀、賈樟珂、婁燁という監督の名前で語られる芸術となり、さらに歴史スペクタクルを描くエンターティメントとなったが、いま中国で大ヒットしている「私は薬神ではない」は、新たな社会派エンターティメントの可能性を示すもので、日本でも驚きをもって受け入れられるだろう。 [略歴] 東京大学名誉教授、武蔵野大学講師、南京大学客員教授。NPO法人日中伝統芸術交流促進会副理事長。1952年生まれ。東京都出身。麻布高校卒、1977年東大文学部中国文学科卒、83年同大学院博士課程中退。駒澤大学講師、87年東大教養学部講師、助教授を経て96年教授。専門は中国現代文学、中国映画史。共著書に「上海キネマポート―甦る中国映画」(凱風社)1985年、「チャイナアート」(NTT出版)1999年、訳書に陳凱歌「私の紅衛兵時代-ある映画監督の青春」 (講談社) 1990年。これまで中国映画の字幕を百本近く翻訳してきた。『空海―美しき王妃の謎』も日本語版の監修・翻訳を担当。   【講演2】 ◆王衆一「今に問われる日本映画が中国に与えた影響――融合・参考・合作」 [要旨] 西洋から来た映画は日本経由で中国に伝わったのである。戦後日本映画はいくつかの段階で、それぞれ特色のある形で中国に入りましたが、決定的に中国で日本映画の存在を示したのは40年前『中日友好条約』が調印された時点からです。高倉健、栗原小巻、中野良子、倍賞千恵子などは幾世代の中国人の記憶に残っていて、国民間の好感度向上に一役を買っています。以来、日本映画は中国映画に与える影響はハリウッドとヨーロッパ、ロシア映画と違う形で今日まで続いています。中日友好や共同市場をめざす合作映画も中日映画交流の特徴のひとつです。昨年中国でヒットした『君の名は。』やこの夏中国で話題を呼ぶ『万引き家族』は、日本映画の新たなブームが始まったことを宣言すると同時に、同時代の日本人の「心象風景」は、映画を通して中国の若い世代に理解されることにつながるでしょう。政府間の映画合作協定の締結は、将来共同市場の形成に新たな可能性を与えています。 [略歴] 『人民中国』雑誌社総編集長。1963年生まれ。吉林大学で日本言語学を専攻、1989年に修士号取得。同年、人民中国に入社。1994年から東京大学で一年客員研究員。コミュニケーションや、翻訳学、大衆文化など多岐にわたる研究を行う。中華日本学会及び中日関係史学会常務理事、中日友好協会理事を務める。著書に『日本韓国国家のイメージ作り』、訳書に『日本映画のラディカルな意志(四方田犬彦著)』『日本映画史110年(四方田犬彦著)』などがある。第十三期全国政治協商会議委員。
  • 2018.10.25

    ボルジギン・フスレ「AFC#4:SGRAセッション『現代モンゴル地域における社会変容』報告」

    2018年8月26日の午後に開催された第4回アジア未来会議自主セッション「現代モンゴル地域における社会変容」は、激変する北東アジア社会の複雑な状況を視野に入れながら、最新の資料を駆使して、モンゴル地域における社会変遷を焦点に特色ある議論を展開することを目的とした。同セッションでは、国立政治大学民族学部准教授の藍美華(LAN Mei-hua)先生と私が共同で座長をつとめた。   SGRA会員、内モンゴル大学モンゴル研究センター准教授のリンチン(仁欽、Renqin)氏の報告「20世紀後半の内モンゴルにおける草原生態系問題の検討」は、20世紀後半の内モンゴルにおける放牧地開墾問題の実態はどうだったか、その背景と要因は何であったか、放牧地開墾問題はモンゴル人地域社会に何をもたらしたか、さらに今日の内モンゴルにおいても生じている環境、漢化、自治区の自治権の低下、人口、言語教育など非漢民族の生存権問題と如何に関連しているのかなどについて考察した。 リンチン氏は、結論として、下記の事を指摘した。 第1に、「大躍進」運動では、農業地域か牧畜業地域かを問わず、内モンゴル地域では「農業を基礎にする」という方針のもと、「牧畜業地域の食糧と飼料の自給」という名目で、中華人民共和国建国以来最大規模の放牧地が開墾された。 第2に、「文化大革命」期間の「牧民はみずから穀物を生産すべき」のスローガンのもとで、内モンゴル生産建設兵団による2回目の大規模の放牧地開墾が行われた。しかし、その結果、食糧と飼料の自給が成し遂げられるどころか、むしろ穀物は減産したのである。 第3に、草原生態系への破壊的影響をもつ開墾により、放牧に利用できる草原の面積が縮小したため、牧民たちは生産手段でもある放牧地を失い、生活の困窮状態に陥った。 第4に、近年、北京、天津にとどまらず、はるか朝鮮半島、日本にまで猛威を振るっている「黄沙」の主な発生源は内モンゴルとされているが、そう簡単に結論づけることはできない。内モンゴルにおける環境問題は、実際このようは政治的・社会的・人為的要因があった。   SGRA会員、昭和女子大学国際学部国際学科教授のマイリーサ(Mailisha)氏の報告「観光化の中における文化伝承」は、甘粛省粛南ヨグル族自治県白銀モンゴル自治郷(1930年代に外モンゴルから河西回廊に移住したハルハ・モンゴル人の村落)における「伝統文化の担い手と継承のための工夫」の事例を検証した。言語や文化の消滅の危機にさらされている少数民族の生存戦略と、その潜在的な可能性について検討し、「民族風情園」など「中国的な見せる観光」における問題点を指摘し、たいへん興味深かった。   東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程ソルヤー(Suruya)氏の報告「フルンボイル地域における民族衣装の再創造――ダウル人を中心に――」は、日本における文化人類学の先端的な研究成果を吸収し、ホブズボウムとレンジャーの「伝統の創造」論を踏まえ、先行研究を批判的に参考にしながら、民族表象の問題として民族衣装に焦点をあてた。フィールドワークで得た成果に基づいて、ダウル人の民族衣装を中心に、内モンゴル・フルンボイル地域におけるモンゴル系サブグループの民族衣装が、20世紀以降、いかに衰退から「再生」へと発展してきたのか、それがフルンボイルのモンゴル系サブグループのアイデンティティの再構築とどのような関係をもっているかなどについて検討をおこなった。今日、ダウル人は伝統を取り戻そうと、その民族衣装を再構築し続けているが、そのプロセスにおいて、実際は、多くの伝統が失われ、また新たな「伝統」が生まれ続けていることなどを指摘した。   桐蔭横浜大学FIJ欧米・アジア語学センター非常勤講師ボヤント(Buyant)氏の報告「内モンゴルにおける土地紛糾の一考察」は、モンゴル人社会の現状を踏まえ、映像資料を含む第一次資料を用いて、2010年以降、内モンゴル地域で農民・牧畜民と地方政府の間で起きた土地・生態環境をめぐる紛糾を焦点に、さまざまな矛盾や葛藤を抱えている多民族国家中国の民族問題の現状について考察し、検討した。1978年に「改革開放政策」が提唱されて40年が経過した現在、少数民族地域におけるインフラ整備や資源開発、経済成長、党幹部養成等は目覚ましい勢いで進んでいる一方、「党国家」をおびやかす事件が多発し、少数民族をとりまく状況は急速に変わっている。氏の報告は刺激的であり、関心をもたらせた。   セッションの最後に、藍美華氏がセッション報告の成果をまとめ、今後の研究の展開について期待をかけた。   当日の写真     <ボルジギン・フスレ Borjigin_Husel> 昭和女子大学国際学部教授。北京大学哲学部卒。1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会外国人特別研究員、昭和女子大学人間文化学部准教授などをへて、現職。主な著書に『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、共編著『国際的視野のなかのハルハ河・ノモンハン戦争』(三元社、2016年)、『日本人のモンゴル抑留とその背景』(三元社、2017年)他。        
  • 2018.10.25

    朱琳「AFC#4:SGRAセッション『東アジアのナショナリズムを再考する』報告」

    第4回アジア未来会議の一環として、私が企画責任者を務めるグループセッションが8月26日(日)午後にソウルのThe_K-Hotelで開催された。セッションのテーマは「東アジアのナショナリズムを再考する――日・中・韓の近代史からの問い」である。   今日、東アジア諸国の相互依存が一層深まる一方で、感情的摩擦が次第に表面化するようになった一面も否定できない。それは、それぞれ周辺文化への理解の未熟さや、「東アジア」という空間形成の歴史的経緯の軽視などに由来したところが多いと言えよう。そこで、文化のグローバリゼーション(光と影の両面)などに対応しうる「国民国家」というシステムのより広い文脈での位置づけ、および総合的な見通しが問われている。このような問いに検討を加えるために、狭義の一国史に限定することなく、「東アジア」という「場」を多様な文化が接触・連鎖する「舞台」として複眼的・動態的に認識し考察する必要があるように考えられる。 このような問題意識のもとで、今回は3名の発表者と2名の討論者を迎えてセッションを組んでみた。   まず、李セボン氏(延世大学比較社会文化研究所・専門研究員)は「儒者の視点から見た「文明」とナショナリズム――中村正直を中心に」という題で発表した。主に幕末から明治初期にかけて活動し儒学というレンズを通して西洋を見た中村正直(1832~1891)の思想を手がかりに、儒者のいう「文明」とナショナリズムの関係について考察している。   ついで、黄斌氏(早稲田大学地域・地域間研究機構・次席研究員)は「アジア主義・ナショナリズムとマルクス主義の狭間――李大釗の葛藤」という題で発表した。中国ナショナリズムの系譜を時系列に整理した上、その系譜の中に中国共産党の創立に参加した李大釗(1889~1927)の思想を位置づけ、その思想の変容および影響などを分析している。   3番目の発表者は柳忠煕氏(福岡大学人文学部東アジア地域言語学科・専任講師)であり、発表題目は「朝鮮知識人の戦争協力と〈朝鮮的なもの〉――尹致昊と李光洙を中心に」である。帝国日本の戦争遂行に協力した植民地朝鮮の知識人の政治的想像力とはどのようなものだったのかという問題提起を行い、尹致昊(1865~1945)と李光洙(1892~1950)の二人のそれぞれの戦争協力の理由と論理を明らかにし、〈帝国/植民地〉という状況における〈朝鮮的なもの〉の保存への試みとその逆説を解析している。   討論者として、平野聡氏(東京大学大学院法学政治学研究科・教授)と劉雨珍氏(南開大学外国語学院・教授)を迎えた。3名の発表内容について逐一、感想とコメントをされただけでなく、的確なアドバイスもいただいた。   セッションとして、必ずしも最初から意識していたわけではないが、結果的に明治・大正・昭和の3つの時期をカバーし、そして日・中・韓の3国の知識人の思想的葛藤と苦闘を凝縮的にそれぞれの発表に反映させたことになり、よくバランスがとれた。発表者と討論者に加え、聴衆も積極的に参加してくれたおかげで、大変濃密な議論の時間を過ごすことができた。   聴衆に福島大学のある教授がおられ、会議後、ここソウルでこんなに高いレベルの発表およびコメントを聞けるとは思わなかったという。この言葉を励みに、今後できればよりよい企画を提案できるよう協力していきたい。   *発表者、討論者、そして、何よりも渥美国際交流財団の関係者の方々のおかげで、セッションを成功裏に開催できたことを心より感謝申し上げます。皆さま、本当にどうもありがとうございました!   当日の写真   <朱 琳(シュ・リン)ZHU_Lin> 東北大学大学院国際文化研究科准教授。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はアジア政治思想史。     2018年10月25日配信  
  • 2018.10.18

    第5回アジア未来会議☆発表要旨の募集開始!

    渥美国際交流財団関口グローバル研究会は、バンコク、バリ島、北九州、ソウルに続き、マニラ近郊にて第5回アジア未来会議を開催します。アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。アジア未来会議は、学際性を核としており、グローバル化に伴う様々な課題に対して、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励します。毎回400名以上の参加者を得、200編以上の論文発表が行われます。活発な議論の場を創るため、皆様の積極的なご参加をお待ちしています。   日時:2020年1月9日(木)~13日(月)(到着日と出発日を含む) 場所:フィリピン国マニラ首都圏アラバンとラグナ州ロスバニョス 総合テーマ:持続的な共有型成長-みんなの故郷(ふるさと)、みんなの幸福(しあわせ) http://www.aisf.or.jp/AFC/2020/   アジア未来会議は下記の要項にしたがって論文・小論文・ポスター/展示の発表要旨を募集しています。アジア未来会議は、特定分野の学会ではないので、一般の人々にもわかる発表を心掛けてください。   〇上記総合テーマに含まれる下記トピックに関連する研究発表の提案を募集中。 【効率】成長と繁栄 地域貿易と統合 グローバル化 移動 連携性 技術/社会革新 【公平】平和 公共/民間ガバナンス 紛争解決 人権 公平性 倫理 【環境】持続性 環境 生物多様性 気候変動 被災リスク管理 【人間】特別支援 文化/宗教研究 健康 教育 歴史 特別枠 共有型成長のメカニズム   〇発表言語 第5回アジア未来会議の公用語は英語と日本語です。登録時に、まず口頭発表およびポスター/展示発表の言語を選んでいただきます。英語で発表する場合の発表要旨は250語以内に纏めてください。日本語で発表する場合は、発表要旨のみ日本語(600字)と英語(250語)との両方で投稿していただきます。論文および小論文は日本語のみでけっこうです。   〇発表の種類 1.小論文(2~3ページ) 2.論文(5ページ以上10ページ以内) 3.ポスター/発表展示   〇分科会セッションの割り当て 分科会は、2020年1月10日(金)にアラバンで、1月11日(土)にフィリピン大学ロスバニョス校で開催します。 1.一般セッション(個人投稿:アジア未来会議実行委員会が割り当てる) 2.グループセッション(グループで独自のセッションを作る) 3.学生セッション   〇発表要旨の提出期限 [A] 奨学金・優秀論文賞の選考対象となる論文の発表要旨の投稿 2018年10月17日から2019年1月1日 [B] 論文・小論文・ポスター/展示の発表要旨の一般投稿(奨学金・優秀論文賞の対象外) 2018年10月10日から2019年6月30日   詳細は下記ウェブサイトをご覧ください。 画面上のタブで言語(英語か日本語)を選んでください。 http://www.aisf.or.jp/AFC/2020/call-for-papers/     2018年10月18日配信
  • 2018.10.18

    第3回東アジア日本研究者協議会へのお誘い

      東アジア日本研究者協議会は、東アジアの日本研究関連の学術と人的交流を目的として2016年に発足し、韓国・仁川で第1回国際学術会議が開催されました。2017年の第2回会議(於中国・天津)に続き、本年10月末には第3回会議が日本・京都で開催されることとなりました。 歴史的な壁のため、さらに東アジアでは自国内に日本研究者集団が既に存在することもあり、国境・分野を越えた日本研究者の研究交流が妨げられてきた側面があります。東アジア日本研究者協議会は日本研究の質的な向上、自国中心の日本研究から多様な観点に基づく日本研究への志向、東アジアの安定と平和への寄与の3つを目的としています。SGRAも同協議会の理念に賛同して共同パネルとして参加をいたします。 本年はSGRAから、「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」、「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」の2パネルが参加します。 これを機会に皆様のご参加やご関心をお寄せいただければ幸いです。     第3回東アジア日本研究者協議会 国際学術大会 日 時:   2018 年 10 月 26 日(金)~ 28 日(日) 会 場:    国際日本文化研究センター(10月26日)  京都リサーチパーク(10月26日 、27日、28日) 主 催: 東アジア日本研究者協議会、国際日本文化研究センター 共 催: 独立行政法人国際交流基金 助 成:    鹿島学術振興財団、村田学術振興財団 概 要 :     全体プログラム  分科会プログラム ——————————————————————————————— SGRA参加パネル 「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」 「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」 ——————————————————————————————— ——————————————————————————————— ◆セッションB1:「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」 分科会1(一般パネル) 10月27日(土)9:30-11:00 於 京都リサーチパーク ——————————————————————————————— パネル趣旨: 現代日本における最重要の社会的課題として「少子化」は、依然として大いに議論されている。そのなかで、個人の妊娠・出産・育児には、国家や企業、マスメディアからの介入がみられるが、その言説では、若い女性が子供を産み育てるために身体・キャリア・恋愛などの人生のあらゆる側面をプランニングし、管理する必要性が説かれている。そうした「妊活」(妊娠活動)や育児に関わる言説には、今も尚、母性神話が未だ強く根付いている。一方、そこに男性の存在感は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されている。たとえ「イクメン」という言葉が流行し、子育てに参加したい気持ちはあっても、長時間労働や日本企業独特の評価制度などに縛られ、それを許されない男性は多い。 上記の背景を踏まえた上で、本パネルでは、社会学と文学のそれぞれの視点から、妊娠・出産・育児における男性の役割がいかにして語られるかを考えていく。   パネリスト: 司会者     コーベル・アメリ(パリ政治学院) 発表者1   ファスベンダー・イサ ベル(東京外国語大学) 発表者2  グアリーニ・レティツィア(国際基督教大学)* 討論者1  デール・ソンヤ(一橋大学) 討論者2  モリソン・リンジー(武蔵大学)     発表要旨:   【発表①】 「妊活」言説における男らしさ―現代日本社会における 「産ませる性」としての男性に関する言説分析 (ファスベンダー・イサ ベル )   「妊娠」すること、「産む」ことは、個人的な領域に属していると思われがちであるが、不断に政治的なものとして公の介入を受けてきた。とりわけ、切実な少子化社会にあることを背景に、「少子化政策の主体たる国家」、「生殖テクノロジーを用いて不妊治療サービスを展開する医療企業」、「世論を左右するマスメディア」の三つの権力主体が相互に絡み合いながら、その言説を形成してきた。つねに問題視されてきたのは「妊孕性」と「年齢」の関係性である。個人に"正しい"「情報・知識」を提供することで、若い女性が子供を産むために身体・キャリア・恋愛などの人生のあらゆる側面をプランニングし、管理する必要性が説かれてきた。 先行研究においては、これまで「妊活」言説の主人公が主に女性に限定されてきたことが批判されている。ただ最近になって、男性の身体、妊孕性をめぐる言説も注目されてきている。生殖テクノロジーの発展に伴う生殖プロセスの、生殖細胞レベルでの可視化が、さらに徹底して利用されていることが背景にある。本発表は、新聞記事、専門家へのインタービュー、男性向けの「妊活」情報、そして男性自身の語る「妊活」体験談などの分析に基づいて、男性の生殖における役割が現在の日本社会においてどのように位置づけられているのかを探ってゆく。それによって、現在進行する「生殖をめぐるポリティクス」、ひいては権力による「性の管理」について、重要な一側面を明るみに出すことを目指す。     【発表②】 妊娠・出産・育児がつくりあげる男性の身体-川端裕人 「ふにゅう」と「デリパニ」を手がかりに-  (グアリーニ・レティツィア)   現代日本における出産・育児の語り方は、常に女性に焦点を当て、母親がいかにして子どもを産み育てるための身体を作るべきか論じられている。一方、そこに男性の存在は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されている。たとえ「イクメン」という言葉が流行しているとはいえ、父親が出産・育児において副次的な役割しか担わないことは多い。このような社会事情を反映する現代文学においても出産・育児の体験はしばしば女性を中心に語られており、その体験が母親の身体および精神にいかなる影響を与えるかを探求する作品が多い。それに対して、男性が物語の舞台に登場することは少ない上、育児に「協力する」副次的な人物として描かれることが多い。 本発表では、川端裕人の『おとうさんといっしょ』(2004年)を中心に日本現代文学における父親像の表象について考察を試みる。まずは、川上未映子、角田光代、伊藤比呂美、山崎ナオコーラなど、様々な作家や作品を並べて分析することによって、出産・育児における母親像および父親像を探り、「父親の不在」の表象を明確にする。また、川端裕人の『おとうさんといっしょ』から出産に立ち会う男性を主人公にする「デリパニ」と授乳しようと試みる父親を描く「ふにゅう」、この二つの短編小説を取り上げる。川端裕人の作品分析をもって、男性の身体に焦点を絞りながら父親の表象について論じ、新たな観点から出産・育児の体験を考察する。     ——————————————————————————————— ◆セッションB3:「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」 分科会3(一般パネル) 10月27日(土) 13:45-15:15 於 京都リサーチパーク ——————————————————————————————— パネル趣旨: 「関口グローバル研究会」(SGRA)は渥美国際交流財団が支援した元奨学生が中心となって活動している研究ネットワークである。21世紀の幕開けに設立されたSGRAは、第1回フォーラム「21世紀の日本とアジア」を皮切りに、多分野多国籍の研究者によって、多面的なアプローチから研究を行っている。その集大成として2013年に第1回アジア未来フォーラム(AFC)が開催され、今夏に第4回AFCは成功裏に幕を閉じた。 2014年第2回AFC@バリ島円卓会議の続編として行なわれた2015年第49回SGRAフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」において、「日本研究」をアジアの「公共知」として育成するために、アジアで共有できるアジア研究を目指すネットワークの構築が喫緊の課題だというコンセンサスが得られた。また、東アジアに創られた「知の共同空間」での「共同体」の構築に欠かせない「方法としての東アジアの日本研究」の意義も再認識された(SGRAレポートNo.74<2016.6発行>より)。 その翌年に第1回東アジア日本研究者協議会(EACJS)がソウルで開催され、2017年第2回@天津に続き、今秋第3回EACJS@京都の開催を迎える運びになった。いわば、SGRAフォーラムで展開された有識者らの論議が起爆剤になり、東アジアの日本研究者を集結する「知の共同空間」を誕生させたのではないかともいえよう。 本パネルでは、アジアにおける日本研究者ネットワークの構築が実現するまでに、2000年発足以来継続してきたSGRAの取り組みを振り返り、今後目指すべき新地平を探る。特に、SGRAフォーラムとシンクロして、アジア各地域で展開される、「日韓アジア未来フォーラム」(2001~)、「日比共有型成長セミナー」(2004~)、「SGRAチャイナフォーラム」(2006~)、「日台アジア未来フォーラム」(2011~)に焦点を当て、地域ごとの活動報告に伴い、より創発的に共有できる「知の共同空間」の構築に解決すべき課題、未来を切り拓く骨太ビジョンの策定等について、活発的な意見交換を行う。   パネリスト: 司会者  劉傑 (早稲田大学) 発表者1    金雄熙(韓国・仁荷大学) 発表者2    マキト、フェルディナンド  (フィリピン大学ロスバニョス校) 発表者3 孫建軍(中国・北京大学) 発表者4 張桂娥(台湾・東呉大学)* 討論者1 稲賀繁美(国際日本文化研究センター) 討論者2 徐興慶(台湾:中国文化大学)     発表要旨:   【発表①】 日韓アジア未来フォーラムの経緯、現状と課題: 「ダイナミックで実践的な知のネットワークを目指して」(金雄熙)     「日韓アジア未来フォーラム」(JKAFF)は、日本と韓国、そしてアジアの研究者及び現場の専門家たちが、アジアの未来について幅広く意見を交換する集まりであり、韓国ラクーンも積極的に参加し、知のネットワークを築き上げてきた。2001年韓国未来人力研究院の「21世紀日本研究グループ」と渥美財団SGRAの共同プロジェクトで始まり、主に東アジア共同体の構築に向けた様々な分野における地域協力の動きや可能性を探ってきた。2001年10月に第1回会議がソウルで開かれて以来、2018年3月第17回まで間断なく進められ、さらなる発展を模索している。歴史問題で揺れ動く日韓の間ではあまり類を見ないしっかりした交流プロジェクトであると自負できよう。 これまでのテーマは、「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」、「東アジアにおける韓流と日流:地域協力におけるソフトパワーになりうるか」、「親日・反日・克日:多様化する韓国の対日観」、「日韓の東アジア地域構想と中国観」、「東アジアにおける公演文化(芸能)の発生と現在:その普遍性と独自性」、「1300年前の東アジア地域交流」、「東アジアにおける原子力安全とエネルギー問題」、「アジア太平洋時代における東アジア新秩序の模索」、「ポスト成長時代における日韓の課題と東アジア協力」、「アジア経済のダイナミズム-物流を中心に」、そして最近の日中韓の国際開発協力についての3か年プロジェクトなど、2-3年単位のプロジェクトで東アジア協力課題について議論してきた。 JKAFFは主に主催側の代表や幹事とでテーマを設定し、SGRAメンバーやその分野の専門家に参加を呼び掛けるかたちで専門用語が通じ、顔の見える実践的な知のネットワークの構築を目指してきた。これまでの経験からみると、専門性の追求と緩やかなネットワークの構築には相反する側面もあったと思われる。17年も同じ進め方で運営してきたので、テーマの設定の在り方や次世代を担う若手研究者の育成という面では考え直すところがあるのも事実であろう。今後より多元的で弾力的な推進体系を取り入れ、東アジア地域協力課題により多面的に対応し、ダイナミックで実践的な知のネットワークを作り上げていきたい。     【発表②】 日比共有型成長セミナーの経緯、現状と課題: 「持続的な共有型成長~みんなの故郷(ふるさと)、みんなの幸福(しあわせ)~をめざして」(マキト、フェルディナンド)       マキトがマニラに設立した「SGRAフィリピン」は渥美財団の支援を受けて、2004年から毎年マニラ市を中心にフィリピン各地でセミナーを24回開催してきた。テーマは一貫して「共有型成長(Shared Growth)」。これは、世界銀行が「東アジアの奇跡」と呼んだ、経済成長とともに貧富の格差が縮小した日本をはじめとする東アジア各国の1960~70年代の経験に因む。残念ながらフィリピンはこの「奇跡」の中に入れなかったので、かつての日本の経験をフィリピンに伝えたいという願いがあった。以来15年間に日本の社会経済状況は大きく変わったが、「グローバル化の津波」にいかに対抗するかという本セミナーの問題意識は変わらない。近年は、グローバルに深刻な環境問題も取り入れ、「持続的な共有型成長」というテーマに発展した。持続的な共有型成長セミナーでは、環境保全(持続可能)、公平(共有型)、効率(成長)の実現を目ざすために必要と思われるメカニズムを多角的な視点から考察し、実現のための途を探って行きたい。多くの参加を促す為に、国際的、学際的、分野横断的なアプローチで、専門家だけでなく一般人にもわかるような発表・議論を進めようとしている。 本セミナーは、SGRAでは珍しく英語のみで実施している。これまでのテーマは、「都会・地方の格差と持続可能共有型成長」「人と自然を大切にする製造業」「人間環境学と持続可能共有型成長」「開発研究・指導の進歩と効果を持続させるために」「地方分権と持続可能な共有型成長」「人や自然を貧しくしない進歩:地価税や経済地代の役割」など。 共有型成長セミナーは、当初マニラ市にあるアジア太平洋大学の協力を得て開始したが、2010年と2011年に渥美奨学生同期の高偉俊教授が、フィリピン大学(ディリマン校)工学部建築学科の研究者数名を北九州市立大学に招へいし、日本で2回環境問題をテーマにSGRAフォーラムを開催してから、共有型セミナーにも積極的に関わって学際的な人的ネットワークが発展し、2013年にフィリピン大学で開催した第16回セミナーには220名もの参加者を得た。その後、マニラだけでなくフィリピン各地における円卓会議の開催も試みられたが、2017年にマキトが帰国し、フィリピン大学ロスバニョス校に赴任したため、本セミナーは同校の全面的な支援を受けて、毎年2~3回のペースで開催する予定である。 共有型セミナー通じて形成されたフィリピン国内における研究者ネットワークは、渥美財団が開催するアジア未来会議の実施に貢献している。そして、共有型成長セミナーのネットワークとフィリピン大学ロスバニョス校の全面的な支援を得て、第5回アジア未来会議は、2020年1月にフィリピンで開催される。     【発表③】 SGRAチャイナフォーラムの経緯、現状と課題: 「広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探って」(孫建軍)     2006年に発足したSGRAのチャイナフォーラムは早くも12年間活動してきた。他の地域のSGRA活動と較れば、内容に大きな方向転換があったのが主な特徴といえる。活動当初は、中国人若者を対象に、日本の各界で活躍しているNPOの方が講演をする形式だった。テーマとして、日本語教育、黄土高原の緑化協力、在日アジア人留学生の支援、水俣病、アフリカ児童への食事支援、中国の環境問題と日中民間協力、ボランティアなどがあった。会場は大学が殆どだったが、国際交流基金北京日本文化センターで行うこともあった。また、同じ内容の講演を、北京のほかに、もう1箇所の都市で開催することも試みた。フフホトをはじめ、延辺・ウルムチ・上海などにおいて、計6回ほど行われている。また、より多くの中国人若者の参加を得るため、同時通訳付きで行われたこともチャイナフォーラムの特徴の一つだった。毎回のアンケート集計を見れば、講演から様々な知識を得て、視野が広がったといった回答が多く、やりがいのない活動内容ではなかった。 日本と中国は一衣帯水の関係にあると言われているが、この一衣帯水も日中関係を荒らすことがある2012年に起きた周知の出来事の波紋が予想外にもチャイナフォーラムに及び、活動内容の大きな軌道修正を促した。清華大学東亜文化講座の協力を得て、2014年より広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探ることをテーマの主眼に据え、日本文学や文化の研究者を対象に、「近代日本美術史と中国」、「日中200年―文化史からの再検討」、「東アジア広域文化史の試み」(アジア未来会議の一部)、「東アジアからみた中国美術史学」と、4回ほど行ってきた。多くの中国人研究者の関心を集め、成功裏に開催できたことを実感した。本発表では方向転換が功を奏した理由を探ってみたい。     【発表④】 日台アジア未来フォーラムの経緯、現状と課題: 「既成概念にとらわれない柔軟なフットワークで、身の丈にあった知的交流活動の展開を」(張桂娥)     「関口グローバル研究会」(SGRA)主催の地域型国際会議として、2011年から毎年開催する「日台アジア未来フォーラム」(JTAFF)は、台湾ラクーン(渥美国際交流財団元奨学生)が中心となって活動している学術交流ネットワークである。JTAFFでは、主にアジアにおける言語、文化、文学、教育、法律、歴史、社会、地域交流などの議題を取り上げ、若手研究者の育成を通じて、日台の学術交流を促進し、日本研究の深化を目的とすると同時に、若者が夢と希望を持てるアジアの未来を考えることを、その設立の趣旨としている。 これまでのテーマは、「国際日本学研究の最前線に向けて」、「東アジア企業法制の現状とグローバル化の影響」、「近代日本政治思想の展開と東アジアのナショナリズム」、「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流」、「日本研究から見た日台交流120 年」、「東アジアにおける知の交流」、「台・日・韓における重要法制度の比較」、「グローバルなマンガ・アニメ研究のダイナミズムと新たな可能性」など、実に多種多様である。 JTAFF主催責任を担う台湾ラクーンは、バラエティーに富んだ多元的学問領域を視座に、既成概念にとらわれない柔軟なフットワークを展開してきた。いわば「身の丈にあった日台間知的交流活動」をコンセプトに、地道な活動に取り組んきたわけであるが、目標も着地点も定まらない中、危機感を募らせる現状である。 本発表では、JTAFFの活動報告に伴い、持続可能な「知の共同空間」の構築に欠かせない骨太ビジョンの策定等について、有識者と活発的な意見交換を行いたい。    
  • 2018.10.13

    レポート第87号「日本の高等教育のグローバル化!?」

    SGRAレポート第87号   SGRAレポート第87号(表紙)   第61回SGRAフォーラム講演録 「日本の高等教育のグローバル化!?」 2019年3月26日発行   <フォーラムの趣旨>   2012年に日本再生戦略の中で若者の海外留学の促進とグローバル人材育成が謳われ、5年が経過した。現在の諸政策は外国語能力の向上と異文化理解の体得を推進するに留まっている。例えば、TOEFL・TOEICを利用した英語習得及び評価や英語での授業展開を中心としたものや、海外留学の推奨など日本から海外に出る方向に集中していることが挙げられる。また、その対象が日本人に限られている点など、現時点におけるグローバル人材育成の方針は一方面かつローカルな視点から進められているようにとれる。 一方、教育の受け手であり、育成される対象である若者がこのような現状をどのように受け止め行動しているのかはあまり議論されず取り残されたままである。そこで本フォーラムでは、高等教育のグローバル化をめぐる大学と学生の実態を明らかにし、同様の施策をとる他国との比較を通して同政策の意義を再検討する。     <もくじ> 【問題提起】 「スーパーグローバル大学(SGU)の現状と若者の受け止め方:早稲田大学を例として」 沈 雨香(Sim Woohyang)早稲田大学助手   【講演1】 「日本の高等教育のグローバル化、その現状と今後の方向について」 吉田 文(Aya Yoshida)早稲田大学教授   【講演2】 「韓国人大学生の海外留学の現状とその原因の分析」 シン・ジョンチョル (SHIN Jung Cheol) ソウル大学教授   【事例報告1】 「内向き志向なのか――地方小規模私立大学における《留学》」 関沢 和泉 (Izumi Sekizawa) 東日本国際大学准教授   【事例報告2】 「関西外国語大学におけるグローバル人材育成の現状」 ムラット・チャクル(Murat Cakir)関西外国語大学講師   【事例報告3】 「関西外国語大学におけるグローバル人材育成の現状」 金 範洙(Kim Bumsu)東京学芸大学特命教授   【フリーディスカッション】 -討論者を交えたディスカッションとフロアとの質疑応答- 総合司会:張 建(Zhang Jian)東京電機大学特別専任教授 モデレーター:シム・チュンキャット(Sim Choon Kiat)昭和女子大学准教授  
  • 2018.10.11

    金キョン泰「第3回『国史たちの対話の可能性』円卓会議報告」

    (第4回アジア未来会議円卓会議報告)   2018年8月25日から26日、ソウルのThe_K-Hotelで第3回「国史たちの対話の可能性」円卓会議が開かれた。今回のテーマは「17世紀東アジアの国際関係ー戦乱から安定へー」で、「壬辰・丁酉倭乱」と「丁卯・丙子胡乱」という国際戦争(戦乱)や大規模な戦乱を取上げ、その事実と研究史を確認した上で、各国が17世紀中頃以降いかに正常化を達成したかを検討しようという趣旨であった。各国が熾烈に争った戦乱と、相互の関係を維持しながらも、各自の方式で安定化を追求した様相を一緒に考察しようとしたのだ。 8月24日夕方のオリエンテーションでは国史対話に参加する方々の紹介があり、翌朝から2日間にわたって熱い議論が繰り広げられた。三谷博先生(跡見学園女子大学)の趣旨説明に続いて、趙珖先生(韓国国史編纂委員会)の基調講演があった。17世紀に朝鮮で危機を克服するために起きた数々の議論を参照しながら、17世紀のグローバル危機論の無批判的な適用を避けて、東アジア各国の実際の様相を内的・外的な観点から包括的に検討すれば、3国の歴史の共同認識に到達できると提言した。   第2セッションの発表テーマは「壬辰倭乱」だった。崔永昌先生(国立晋州博物館)は「韓国から見た壬辰倭乱」で、韓国史上の壬辰倭乱の認識の変化過程を具体的に分析した。鄭潔西先生(寧波大学)は「欺瞞か妥協か―壬辰倭乱期の外交交渉」で、従来は「欺瞞」と解されていた明と日本の講話交渉について再検討し、明と日本の交渉当事者が真摯に事に当っていたことを明らかにした。また、豊臣秀吉は講話交渉のなかで日本を明の下に、朝鮮をまた日本の下に位置させようとして朝鮮の王子などの条件を提示したが、明はそれを拒否したと報告した。荒木和憲先生(日本国立歴史民俗博物館)は「『壬辰戦争』の講和交渉」で、壬辰倭乱後の朝鮮と江戸幕府との間の国交交渉における対馬の国書偽造とこれを黙認した朝鮮の論理に注目した。壬辰倭乱というテーマは3国ですでに多くの研究が蓄積された分野であり、対立点も比較的に明確である。各国の史料に対する相互の理解が高まっているので、今後、より実質的かつ発展的な議論が期待されている。   第3セッションの発表テーマは「胡乱」だった。許泰玖先生(カトリック大学)は「『礼』の視座から見直した丙子胡乱」で、朝鮮が明白な劣勢にあっても清と対立(斥和論)した理由を、朝鮮が「礼」を国家の本質と信じていたことによると分析した。鈴木開先生(滋賀大学)は「『胡乱』研究の注意点」で、韓国の丙子胡乱の研究で「丁卯和約」と「朴蘭英の死」を扱う方式について紹介し、史料の重層性と多様性を理解するために利用できる事例とした。祁美琴先生(中国人民大学)は「ラマ教と17世紀の東アジア政局」で、清朝が政治的混乱を収拾していく過程でラマ教を利用しており、ラマ教もこれを利用して歴史の主役になれたことを明らかにした。清朝が中原を支配する過程で当時存在したいくつかの政治体や宗教体の実情も視野に入れなければならないという事実を再認識させてくれた。 本テーマは、倭乱に比べて3国間共同の対話が本格的に行われていない分野であると思う。史料の共有と検討はもちろん、3国の思想(あるいは宗教)にも大きな変動をもたらした事件として、一緒に議論する部分が多い研究分野と考えられる。   第4セッションの発表テーマは「国際関係の視点から見た17世紀の様相(社会・経済分野を中心に)」だった。牧原成征先生(東京大学)は「日本の近世化と土地・商業・軍事」で、豊臣政権後、江戸幕府に至る財政制度と武家奉公人の扱いの変動を分析した。変化の起きた点を明快に指摘し、専門でない人でも容易に理解することができた。崔ジョ姫先生(韓国国学振興院)は「17世紀前半の唐糧の運営と国家の財政負担』で、壬辰倭乱当時、明の支援に対する軍用糧食を意味した「唐糧」が、「胡乱」を経て租税に変化する様相を具体的な分析を通じて説明した。趙軼峰先生(東北師範大学)は「中朝関係の特徴および東アジア国際秩序との繋がり」で、「東アジア」と「朝貢体制」という概念について問題を提起して、本会議が対象としている17世紀以降の韓中関係の特性を紹介し、該当の概念語に対する代案が必要であることを提言した。 政治の動きの下にあって社会を動かす根元、社会・経済に対する関心は、本主題の発表者相互間はもちろん、他のテーマを担当した発表者や参加者たちも積極的な関心を示した分野だった。政治と同様に各国の経済構造は相当な差異を見せるという事実を確認し、これも今後の「国史」間の活発な交流が期待される分野であることを確認した。   セッション別の相互討論と、第5セッションの総合討論では、発表者が考える歴史上から具体的な論点まで多様な範囲の質疑応答が続いた。より熱烈な討論を期待した方たちが物足りなさを吐露したりもしたが、これは決して発表会が無気力であったという意味ではないと考えている。「国史」学者たちが自分の意見を強調する「戦闘的」討論から、外国史の認識を蓄積しつつ、さらに一段階上のレべルに進み始めたことを証明するものだったと思う。   また、「公式討論」の他に、他の国の異なる様相を理解して、その根源がどこにあるか再確認しようとする個別の討論があちこちで行われていたことを目撃した。そして、研究者間の個人的な交流も不可欠であるという考えを持つようになった。 3国の参加者たちが定められた発表と討論時間外にも長時間、共に自由に話し合う時間が必要だと思った。もちろん現実的には仕事が山積の状況で、さらに長い時間を一緒に過ごすのは難しいだろうが、3国以外の土地で会議を開催したり、オンラインを通じた持続的な対話をしたりして、問題意識の共有を進める方式も有効であろう。 また、今までの対話を通じて、自分の専門分野がもつ独特の用語や説明方式に固執せず、これを他の専門分野の学者にどうすれば簡単に伝えられるか、さらに、一般の人たちも理解できるようにする方式を考える必要があるという気がした。筆者もまた同じ義務を持っている。   3回の「対話」に参加しながら、ずっと感じるのは、言語の壁が大きいという事実だった。3国は「漢字」で作成された過去の史料を共有することができるという長所を持っている。歴史的にも近い距離で共通の歴史的事件をともに経験した。互いに使用する史料では疎通できるが、史料に根拠した自分の見解を伝えて相手の意見を聞くには「通訳」という手続きを経なければならなかった。3国の研究者たちがお互いの問題意識を認識してこれを本格的に論議を始める直前に会議の時間が尽きたような惜しい気持ちが残ったのは事実である。   しかし、多大な費用と努力を傾けた同時通訳は確かに今回の3国の国史たちの対話に大きく役立った。十分ではないが、2回目に比べて1歩、1回目に比べて2歩前進したという感じがした。 対話の場を作っていただいただけでなく、言語の障壁を少しでも低めるための努力をしてくださった渥美国際交流財団に感謝する。当初より5回で計画されている「対話」だが、その後も、たとえ小規模でもさらに踏み込んだ対話を交わすことができる、小さいながら深い「対話の場」が随時開かれることを期待する。   韓国語版報告書   会議の写真   関連資料 *報告書は2019年春にSGRAレポートとして3言語で発行する予定です。   <金キョンテ☆Kim Kyongtae> 韓国浦項市生まれ。韓国史専攻。高麗大学校韓国史学科博士課程中の2010年~2011年、東京大学大学院日本文化研究専攻(日本史学)外国人研究生。2014年高麗大学校韓国史学科で博士号取得。韓国学中央研究院研究員を経て現在は高麗大学校人文力量強化事業団研究教授。戦争の破壊的な本性と戦争が導いた荒地で絶えず成長する平和の間に存在した歴史に関心を持っている。主な著作:壬辰戦争期講和交渉研究(博士論文)       2018年10月11日配信  
  • 2018.10.04

    第4回アジア未来会議 東南アジア宗教間の対話円卓会議「寛容と和解-紛争解決と平和構築に向けた宗教の役割」報告

    2016年秋の第3回アジア未来会議での円卓会議「東南アジア宗教間」の対話では、グローバリゼーションに翻弄される東南アジア各国の諸課題への宗教の対応が議論された。 この時に、重要なトピックの一つとして提示されたのが、宗教間の「対立と和解」であった。今回、2018 年8月24日から28日までソウルで行われた第4回アジア未来会議では、「寛容と和解」をテーマとして円卓会議「東南アジア宗教間の対話『寛容と和解-紛争解決と平和構築に向けた宗教の役割』」を開催した。   対立や紛争では、その原因が政治経済的な課題であるにもかかわらず宗教の対立としての様相を帯びることが多い。宗教が民族や集団の基層文化のなかに深く根ざしているからにほかならないからである。民族、宗教のモザイクといわれる東南アジアにおいても、その傾向が顕著に表れ、対立が暴力的な宗教間の紛争に至ることも少なくない。   しかし、その一方で東南アジアでは、平和的な手段により対立や紛争を解決した事例も多く、和解に至るプロセスの経験も蓄積され始めている。今回の円卓会議では、東南アジア及び日本在住の宗教者、宗教研究者が集い、タイ、ミャンマー、インドネシア、ベトナム、フィリピンにおける紛争解決、平和構築の経験、事例をベースとして和解、平和構築に向けた宗教および宗教者の役割を探った。   【各国からの事例発表】(円卓会議は英語で行われた)   発表1:タイ Vichak_Panich(Vajrasiddha_Institute_of_Contemplative_Learning) “Buddhism_of_the_Oppressed:_Restoring_Humanity_in_Thai_Buddhist_Society” 「虐げられし者達の仏教へ−タイ仏教に人間性の回復を」   発表2:ミャンマー Carine_Jaquet(The_Research_Institute_on_Contemporary_Southeast_Asia) “Brief_Report_on_the_Situation_of_Rohingya_People” 「報告−ロヒンギャの人々の現状」   発表3:インドネシア Kamaruzzaman_Bustamam-Ahmad(Ar-Raniry_State_Islamic_University) “The_Dynamics_of_Muslim_Society_in_Aceh_after_Tsunami” 「津波災害後のアチェのイスラム社会のダイナミズム」   発表4:ベトナム Emmi_Okada(The_University_of_Sydney) "Reaching_Beyond_the_Religious_Divide_for_Peace: The_Experience_of_South_Vietnam_in_the_1960s" 「平和と宗教の分断を超えて−1960年代の南ベトナムの経験から」   発表5:フィリピン Jose_Jowe_Canuday(Ateneo_de_Manila_University) "Muslim_and_Christian_Dialogues_in_the_Southern_Philippines: Enduring_Grassroots_Inter-religious_Actions_in_a_Troubled_Region” 「南部フィリピンのイスラム教とキリスト教の対話−試練に耐える紛争地域におけるグラスルーツの宗教間対話の試み」   (文責:角田英一)     ◆小川忠「第4回アジア未来会議円卓会議『東南アジア宗教間の対話』に出席して」   会議テーマは「異なる宗教間」の対話であったが、「同じ宗教内」での対話こそ必要とされている。これが、今回の会議に出席して強く感じたことだ。   監修者の島薗進先生が会議冒頭で述べられた通り、世界中で宗教復興ともいうべき現象が顕著になっている。多様な宗教が混在する東南アジアも例外ではない。そして「イスラム過激派テロ」「ロヒンギャ問題」「ミンダナオ紛争」等日々接する東南アジア報道から、冷戦終結直後に政治学者ハンティントンが提起した通り、宗教を基盤とする文明が互いに対立し、流血を生んでいるかの如き印象をもってしまう。特にイスラム教については、その狂信性、好戦性ゆえに対立、暴力を拡散させているというイメージが、世界中に拡がっている。   しかし、イスラム教、仏教、キリスト教と様々な宗教的背景をもつ本会議出席者たちは、「宗教紛争」とされるものの多くは、植民地支配の負の遺産、国民国家建設の失敗、政治権力の宗教動員等によるものであって宗教が根本原因ではない、と指摘した。さらにイスラム教のみならず、平和的な宗教とされる仏教においても、排外的ナショナリズムと結合し他宗教に対する敵意を煽る強硬派が次第に勢力を拡大している。   そしてイスラム教、仏教内部において、政教分離を拒否し宗教とナショナリズムの結合を目指す動きが強まっている一方、これに抗し、宗教を政治から切り離し一定の距離を置き人権、民主主義を育てていこうというリベラル派が存在することも浮き彫りにされた。両者の亀裂が深まっているのが昨今の状況だ。それゆえに同一宗教内の対話が重要なのである。   対話の鍵を握るのは、宗教教義を「解釈する力」である、という指摘もあった。同じ宗教のなかにも相反する教義が存在する。宗教の有する多面性を理解した上で、今日の世界にあう創造的な解釈力が、それぞれの宗教において求められている。   グローバリゼーションが宗教にもたらしている衝撃も議論となった。グローバリゼーションとは、欧米発の情報、文化、価値観が世界中に拡がり、世界の画一化が進行するというイメージがあるが、ことはそれほど単純ではない。グローバリゼーションには様々な潮流が存在する。中東発のワッハーブ主義、サラフィー主義という厳格化、原理主義的イスラム思想が、インドネシアのアチェ他東南アジアで影響を強めている状況が報告された。   そしてグローバリゼーション時代に発達したソーシャル・メディアが、国境を越える大量の情報流入を東南アジア地域にもたらしている。それは国際的な対話と相互理解を育む機会を増大させるとともに、テロを煽る過激組織プロパガンダの影響力拡大にもつながっている。またグローバリゼーションに反発する排外感情の高まりという副作用も看過できない。ソーシャル・メディアは世界の平和にとって諸刃の刃のような存在、という見方が参加者のあいだで共有された。   各報告を聞くにつけ、東南アジア各国において宗教と社会の関係は多様かつ複雑であり、それを一般化して語るのがいかに危険であるかを再認識した。また対立から和解への道のりが容易ではない、とも感じた。しかし、ミンダナオの事例報告で述べられた通り、平和的手段により紛争を解決しようという模索がこれまで何度も試みられ、そのなかで和解に至る経験も蓄積され始めている。今できることを一歩一歩進めていくしかない。   多様な宗教的背景をもった東南アジアと日本の知識人が虚心坦懐に議論する場はありそうで実はさほど多くない。そうした貴重な機会を提供してくれた主催者の渥美国際交流財団関口グローバル研究会の見識に敬意を表し、感謝したい。   <小川 忠(おがわ・ただし)OGAWA_Tadashi> 2012年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 博士。 1982年から2017年まで35年間、国際交流基金に勤務し、ニューデリー事務所長、東南アジア総局長(ジャカルタ)、企画部長などを歴任。2017年4月から跡見学園女子大学文学部教授。専門は国際文化交流論、アジア地域研究。 主な著作に『ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭 軋むインド』(NTT出版)2000、『原理主義とは何か 米国、中東から日本まで』(講談社現代新書)2003、『テロと救済の原理主義』(新潮選書)2007、『インドネシア イスラーム大国の変貌』(新潮選書)2016等。   英文の報告書(English Version)   円卓会議の写真       2018年10月14日配信  
  • 2018.09.13

    第61回SGRAフォーラム「日本の高等教育のグローバル化!?」へのお誘い

    下記の通りSGRAフォーラムを開催いたします。参加ご希望の方は、事前にお名前・ご所属・緊急連絡先をSGRA事務局宛ご連絡ください。   ◆「日本の高等教育のグローバル化!?」 ~グローバル人材育成とはなんだろうか~   日時:2018年10月13日(土)午後1時30分~4時30分 その後懇親会 会場:早稲田大学国際会議場第一会議室 参加費:フォーラム・懇親会ともに無料 お問い合わせ・参加申込み:SGRA事務局([email protected], 03-3943-7612)   ◇ポスター   ◇フォーラムの趣旨   2012年に日本再生戦略の中で若者の海外留学の促進とグローバル人材育成が謳われ、5年が経過した。グローバル人材の育成には、多方面かつグローバルな観点での議論と政策が不可欠であるが、現在の諸政策は外国語能力の向上と異文化理解の体得を推進するに留まっている。例えば、TOEFL・TOEICを利用した英語習得及び評価や英語での授業展開を中心としたものや、海外留学の推奨など日本から海外に出る方向に集中していることが挙げられる。また、その対象が日本人に限られている点など、現時点におけるグローバル人材育成の方針は一方面かつローカルな視点から進められているようにとれる。   一方、教育の受け手であり、育成される対象である若者がこのような現状をどのように受け止め行動しているのかはあまり議論されず取り残されたままである。今後スーパーグローバル大学(SGU)から全国の大学にグローバル人材育成教育の政策がさらに促進・拡大されることを踏まえると、今一度現状を振り返る必要がある。   そこで本フォーラムでは、高等教育のグローバル化をめぐる大学と学生の実態を明らかにし、同様の施策をとる他国との比較を通して同政策の意義を再検討する。さらに日本に住み教鞭を執る外国人研究者が中心となって発表することで本テーマに新たな視点をもたらすことが期待される。   ◇プログラム   総合司会:張建(東京電機大学特任教授)   【問題提起】 沈雨香(早稲田大学助手) 「スーパーグローバル大学(SGU)の現状と若者の受け止め方:早稲田大学を例として」   【講演1】 吉田文(早稲田大学教授) 「日本の高等教育のグローバル化、その現状と今後の方向について」   【講演2】 シン・ジョンチョル(ソウル大学) *逐次通訳付 「韓国人大学生の海外留学の現状とその原因の分析」   【事例報告】 ・関沢和泉(東日本国際大学准教授)「内向き志向なのか――地方小規模私立大学における《留学》」 ・ムラット・チャクル(関西外国語大学講師)「関西外国語大学におけるグローバル人材育成の現状」 ・金範洙(東京学芸大学特命教授)「日本の高等教育のグローバル展開を支えるサブプログラム事例」   【フリーディスカッション】「日本の高等教育のグローバル化!?」 -討論者を交えたディスカッションとフロアとの質疑応答-   モデレーター:シム・チュンキャット(昭和女子大学准教授)