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金キョンテ「第2回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性『蒙古襲来と13世紀のモンゴル帝国のグローバル化』円卓会議報告」

第57回SGRAフォーラムは「第2回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性:蒙古襲来と13世紀のモンゴル帝国のグローバル化」というテーマで開催された。昨年秋に開催された第1回会議がプロローグとしてこれからの対話の可能性を開く場だったとしたら、第2回は学界で最も活発に活動している若手中堅の研究者が集まって、本格的な「対話」をしようとする場であった。

 

2017年8月7日から3日間、北九州国際会議場で予定されていた会議には開催危機の瞬間があった。観測史上2番目に進度の遅い台風10号が、当日九州の北部を通るという予報だったからである。幸いなことに、開催地である北九州の航空と列車運行には大きな影響はなかった。ただし、航空会社が事前に着陸時間を調整したために、韓国からの参加者の一部は(筆者本人を含め)開始時間に少し遅れて到着した。

 

初日には開会式と基調講演が行われた。今西淳子SGRA代表の開会挨拶に続き、三谷博先生(跡見学園女子大学)から趣旨説明があった。これまでの東アジアの歴史を背景に行われた様々な歴史に関する議論は、主に20世紀前半の日本の侵略をどのように捉えるかにあったこと、ある面では成功したが、いくつかの面では失敗したこと、また明らかなことは、国家が介入すると失敗したということ、そして、個人が構成する会議としてお互いを理解する努力があれば成功させることができると指摘した。また、全5回シリーズとして予定されるこの会議は、前近代と近代以後のすべての時代を網羅的に論ずるという趣旨で、1〜3回を前近代に配置したこと、最も重要なのは、お互いの発表をよく聞いてレスポンスをする作業であることを強調した。

 

葛兆光先生(復旦大学)は、基調講演「ポストモンゴル時代?-14~15世紀の東アジア史を見直す」で、モンゴル帝国の衰退後、新しい王朝が成立し、お互いに(朝貢システムに限らない)多様な関係を結びはじめた14世紀末〜15世紀初めに至る時期を、東アジアのその後の関係を示唆するものとして参考にすることができると提案した。関連する歴史研究者としても重要な指摘を含む提案だったと思う。

 

8月8日は、本格的な論文発表であった。4つのセッションに分けて11篇の論文が発表された。最初のセッションは、四日市康博先生(昭和女子大学)、チョグト先生(内蒙古大学)、橋本雄先生(北海道大学)の発表で、「モンゴルインパクト」の歴史的意味と各国の立場から、さらに世界史の視点からどのように見るべきかを提案した。2番目のセッションは、エルデニバートル先生(内蒙古大学)、向正樹先生(同志社大学)、孫衛国先生(南開大学)の発表で、モンゴル侵略による文化的・技術的影響に様々な史料を通じてアプローチした発表であった。3番目のセッションは金甫桄先生(嘉泉大学)、李命美先生(ソウル大学)、ツェレンドルジ先生(モンゴル国科学院)の発表で、モンゴルの主要侵略対象とされ、長い間抵抗した国である高麗を例に挙げ、モンゴルの支配実像の多角的な分析を示した。最後のセッションは趙阮先生(漢陽大学)、張佳先生(復旦大学)の発表で、食事と帽子という物質的、文化的要素にみられる長期的かつ系列的なモンゴルの影響を調べた。各セッションの発表者は、他のセッションの討論者として参加した。

 

8月9日の午前中は、昨日の各研究報告を踏まえての全体討論の時間だった。日本での一般的な学術大会とは少し異なる構成であったが、一日熟成した質問やコメントはそれぞれ本会議の趣旨に沿ったものであり、大変効果があったと思う。この日は、趙珖先生(韓国国史編纂委員会)の論点整理が先行した。「モンゴル襲来」と「グローバル化」をキーワードにして、集中的な発表と討論が行われたこと、モンゴルは最初にグローバル化に成功した「帝国」であり、その中で、韓国・日本・中国がそれぞれどのような歴史を展開したのかを検討することによって、グローバル化を明確に理解することができること、グローバリゼーションは、単純なグローバル化だけではなく、グローカリゼーションとの相互関係を見なければならないと指摘した。また、4つのセッションの全ての発表によって政治と統治様式、文化交流が幅広く調べられており、各国の国史を扱いながら一国の視点からのみではなく東アジア全体から見ると、どのように幅が広がるかを示した良い実例だったと結んだ。

 

総合討論の司会を務めた劉傑先生(早稲田大学)は5つの議論主題を提案した。まず、モンゴル帝国の影響をどのように評価するのか。第2に、冊封体制と朝貢について。第3に、モンゴル帝国はモンゴル史か中国史なのか、そしてどのように対話したら良いのか。第4に、高麗から朝鮮につながる韓国の歴史における中国の立場は何だったのか。そして最後に、史料批判の問題であった。続いて自由討論が行われた。上記テーマのうち、冊封体制、モンゴル史、史料批判の問題について、参加者全員が発言する活発な議論が繰り広げられた。

 

最後に三谷博先生の全体総括があった。非常に充実した3日間の会議であり、実行委員の一人として感謝すること、さらにもっと深いレベルの「グローバル化」の分析があったらよかったという所感を述べた。そして今後も対話を続けて欲しいという総評だった。

 

午後は見学会であった。モンゴルが襲来した九州北部の重要な場所を踏査した。元寇記念館と筥崎宮は歴史をどのように記憶して使用するかの問題を提起する史料館で、また史跡として印象が深かった。雨の中を訪ねた生の松原元寇防塁跡では、約800年前にこの海から上陸を試みていたモンゴル連合軍と、これを眺めていた日本の鎌倉武士たちはどんな気持ちだったのだろうという考えに浸った。

 

期間中、各国の研究者が自分の最新の研究成果や研究の過程での悩みを提示し、議論やアドバイスが行き来した。当時存在していた国ないし王朝の勢力範囲は、そのまま現在の国境や国家概念と必ずしも合致しない。そのような面で、モンゴルの研究者の参加は大事であった。国際会議での最大の難関は、言語の問題である。交差通訳をする場合、時間がかかる。したがって質問や反論があっても飛ばす場合が多い。今回は3日にわたって同時通訳が提供されて、各国の研究者は率直に話をすることができた。渥美財団と同時通訳者の労苦に感謝する。

 

今回の大会においての感想は皆違うと思うが、多くの成果と課題を残したという点は同意するだろう。東アジアという空間、時間における朝貢関係の具体性、固定化された各国史の視座をどのように超えるのか等、基本的な問題提起を介して得られたことが多いと思う。連続した「国史の対話」は、5回まで予定されている。これまでの成果さえ失ってしまい、後戻りしてはいけない。成果を踏まえて、次のステップに進まなければならない。来年夏に開催する第3回会議は、近世に東アジアを揺さぶった戦乱と平和の世紀への移行を扱う予定である。多くの方々に関心を持って参加していただき、発展的な新しい歴史学の時代が来ることを期待している。

 

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報告書は2018年春にSGRAレポートとして発行予定ですが、関連資料はここからご覧いただけます。

 

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<金キョンテ☆Kim_Kyongtae>

韓国浦項市生まれ。韓国史専攻。高麗大学校韓国史学科博士課程中の2010年~2011年、東京大学大学院日本文化研究専攻(日本史学)外国人研究生。2014年高麗大学校韓国史学科で博士号取得。韓国学中央研究院研究員を経て現在は高麗大学校人文力量強化事業団研究教授。戦争の破壊的な本性と戦争が導いた荒地で絶えず成長する平和の間に存在した歴史に関心を持っている。主な著作:壬辰戦争期講和交渉研究(博士論文)

 

 

2017年9月14日配信