安全保障と世界平和

21世紀を迎えた東アジアは、何よりも相互理解と信頼、そして平和の枠組みが求められています。本研究チームは、今まで互いの信頼と理解を損なう要因は何だったのか、さらにこの地域において安全保障と平和への道とは何だろうか、という課題に取り組んでいます。
  • 2025.12.25

    林泉忠「第9回東アジア日本研究者協議会パネル『戦後東アジア分断国家における祖国観』報告」

      2025年11月1日から2日にかけて韓国の翰林大学で開催された「第9回東アジア日本研究者協議会」のSGRAパネルに参加した。「戦後東アジア分断国家における『祖国観』」をテーマとし、冷戦が東アジアにもたらした地政学的な断裂と、そこから派生した多層的なアイデンティティの問題を掘り下げた。核心的な関心は、「分断国家」という特殊な状況下で、「祖国」の概念がいかに形成され、変遷し、現在まで流動し続けているのかという点にある。   東アジアにおいては台湾海峡を挟む中台、軍事境界線で隔てられた朝鮮半島、本土復帰前の米国統治下にあった沖縄と日本本土の関係など、多岐にわたる分断が存在した。国家の分断は民族の統合を求める強固なナショナリズムの運動を生み出した一方で、分断された地域が独自の歴史的・文化的文脈を形成し、ナショナルとは異なる地域的・ローカルなアイデンティティを確立する契機ともなった。本パネルでは沖縄、台湾、韓国の3つの事例を取り上げ、各々が「民族や国家の動向に翻弄され」、アイデンティティが絶えず流動化してきた共通の課題を抱えていることを確認しつつ、それぞれの特殊な状況を詳細に検討した。   最初に琉球大学の鳥山淳教授が「戦後沖縄社会の祖国像」と題し、米国の統治政策の変遷を軸に、戦後沖繩における祖国観のダイナミズムを時系列で分析した。鳥山教授は、近代日本国家へ強制的に編入され同化政策を受けながらも、太平洋戦争の末期に地上戦の最大の犠牲地となった沖縄の過酷な経験が、1940年代後半において、日本という「祖国」に対する根源的な懐疑を生み出したと指摘する。この時期には、「独立共和国」や「人民自治政府」の樹立といった、日本からの分離独立を求める主張すら生じ、国家意識が大きく動揺した。しかし、1950年代の米軍統治下に入ると、日本への帰属が歴史的な必然として捉え直され、「沖縄解放」の願望は「祖国意識」へ強力に接続されるに至る。すなわち、「祖国」は占領支配から解放されるための「希求される対象」として認識され、この強い願望は「復帰運動」として結実する。   しかしながら、1972年の本土復帰は分断時代に築かれた米軍基地の固定化という、看過し得ない「軋轢」を内包していた。基地の大幅削減や全面撤去を求めた復帰運動の敗北は、復帰の喜びの裏側で「祖国」という概念に対する複雑な感情を醸成させる。鳥山教授は1970年代以降、沖縄の課題は「祖国」たる日本本土に対し、戦争責任や基地問題という「過去の清算」を求める段階へと移行したと論じ、祖国観の多義的な性格を浮き彫りにした。   台湾中央警察大学の李明俊教授は、「戦後台湾社会の『祖国像』」に焦点を当て、台湾の祖国観が歴史的・地理的にいかに漂移性を伴ってきたかを論じた。報告ではオランダ・スペイン時代、清国統治時代、そして日本植民地支配といった多層的な支配構造を経る中で、台湾のアイデンティティは常に流動的であったことが強調された。特に日本統治時代、台湾人は日本国籍を持ちながらも「内地人」と差別され、自らを「アジアの孤児」と表現するなど、既存のナショナルな枠組みに収まらない独自の意識を形成していった。このアイデンティティの流動性は戦後初期に極点に達する。1945年、台湾人には「祖国(中華民国)回帰」への強い憧憬が存在したが、国民党政権による略奪的統治と1947年の「二二八大虐殺事件」により、この「中国祖国観」は幻滅へと転じた。さらに戒厳時期(1949-1987年)を通じて、政治的な力によって「中国祖国観」の強化が図られたが、この高圧的な統治は、かえって台湾住民と中国との文化的な疎外感を増幅させ、本省人・外省人の対立を深めた。   この反動は1980年代以降の民主化運動のなかで、国民党政権を「外来政権」と見なし、台湾人自身の政権へと転換を図る「台湾本土化(naturalization)」の原動力となる。報告では李登輝元総統の言葉を引用し、台湾における祖国観が政治的な独立性の確立と民主化のプロセスを経て、完全に再構築された様相が分析された。   国立釜慶大学の金崇培教授は、「戦後韓国社会の『祖国像』」について報告し、朝鮮半島における「戦後」概念が1945年の日本からの「解放」と、1953年の朝鮮戦争「休戦」という二つの重要な時点を内包する「複数の戦後」として捉えるべきだと強調した。教授は自身が在日韓国人3世という立場から、在日コリアンのアイデンティティ変遷(名称との関連)も視野に入れつつ、韓国社会における祖国像を考察した。近代韓国は1897年の大韓帝国成立とともに、朝鮮半島全体を一つの管轄権の下におく「朝鮮民族の国」としての祖国概念を確立したが、戦後はイデオロギーの衝突による分断体制へと突入する。韓国社会像は、「祖国の光復」と「祖国統一」という民族的な大義に強く規定されながらも、親日派や共産主義勢力を排斥・浄化しようとする複雑な過程をたどった。   特筆すべきは1991年の南北同時国連加盟が、逆説的に朝鮮半島に「二つのコリア」が存在することを国際的に承認し、統一への道のりにおける一つの大きなパラドックスとなった点である。しかし、統一への希求は止むことなく、2000年の「6.15南北共同宣言」では南側の連合制案と北側の緩やかな連邦制案が「相互に共通性がある」と認められ、漸進的な統一を志向していくことで合意が形成された。金教授は韓国の祖国像が民族の全体性という理念と、固定化された分断の現実との間で、絶え間ない緊張を強いられている現状を結論付けた。   パネルの総括と討論を担当した南基正教授(ソウル大学日本研究所)は「分断国家の祖国は何か、それは何を意味するか?」という根本的な問いを提示し、3地域が共有する構造的な課題を浮き彫りにした。沖縄、台湾、韓国が日本による植民地支配あるいは宗主国関係という「共通の歴史経験」を持ちながら、戦後においては米国との関係や政治的地位の差異から「異なる戦後経験」を辿った点を指摘した。その分析は現在の東アジアが抱える構造的な問題、すなわち、「時間軸と空間軸のズレ」へと集約される。韓国有事、台湾有事、沖縄の米軍基地問題といった安全保障上の危機が地政学的に分断状態を固定化しようとする一方で、各地域の内部では固定化に抵抗する「逆転の想像力」が生まれている。それは敵対的な「二国家」としての相互承認、あるいは台湾独立、琉球独立といった既存の国家フレームを乗り越える試みとして発現している。これらは単なる地方政治の現象にとどまらず、東アジア全体が抱える「国民国家体制の動揺と再構成」という、より大きな歴史的変動の一部であると結論付けた。   このフォーラムは、複雑化する東アジアの国際情勢と国内政治が密接に連動している現状を、マクロな視点からミクロなアイデンティティの問題まで重層的に捉え直す機会となり、過去を真摯に検証し、未来志向の平和な地域関係をいかに構築すべきか、学術的な基盤を提供する有意義な場となった。   <林泉忠(りん・せんちゅう) LIM John Chuan-Tiong> 東京大学博士(法学)。国際政治学専攻、主に東アジアの国際関係、日中台関係、台湾研究、沖縄研究。琉球大学法文学部准教授、台湾中央研究院近代史研究所副研究員、ハーバード大学フルブライト客員研究員、国立台湾大学歴史学科兼任副教授、中国武漢大学国際問題研究院教授、同日本研究センター執行主任、香港中文大学兼任教授、東京大学東洋文化研究所特任研究員、香港「明報」(筆陣)主筆などを歴任。著書に『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス:沖縄・台湾・香港』(明石書店、2005年)、『日中国力消長と東アジア秩序の再構築』(台湾五南図書、2020年)、『世界の岐路をよみとく基礎概念~比較政治学と国際政治学への誘い~』(共著、岩波書店、2024年)など。       2025年12月25日配信
  • 2025.12.25

    張桂娥「第9回東アジア日本研究者協議会パネル『現代児童文学に見る戦争の記憶と継承』報告」

      2025年10月31日から11月2日に韓国・翰林大学で開催された「第9回東アジア日本研究者協議会国際学術大会(EACJS9)」において、SGRA企画パネル「現代児童文学に見る戦争の記憶と継承」を行った。未来の子どもたちに過去の戦争体験をどのように伝承していくべきか、児童文学ができることを東アジアおよび国際的視点から再考することを目的として実施された。   第1部では、日本・中国・台湾における戦争児童文学の歴史的変遷と特徴が分析された。成實朋子氏は、前川康男『ヤン』と中国の薛濤『満山打鬼子』の日中比較を通じて日本の戦争児童文学が十五年戦争に限定されがちであること、戦地・中国を舞台にした作品が海外での受容に困難を伴う構造的な課題を指摘し、日中それぞれの受け止め方の違いを論じた。齋木喜美子氏は、沖縄戦を題材とした児童文学を取り上げ、沖縄という地で物語化が遅延した歴史的経緯を踏まえつつ、1960年代半ば以降の作品が「命(ヌチ)どぅ宝」の精神に基づき、愛国美談ではない真実の語りを追求する使命感を担ってきたことを強調し、戦後80年を迎える中での今後の語り継ぎの方向性を提示した。張桂娥氏は、陳玉金の『夢想中的陀螺』と楊雲萍の詩絵本『冷不防』の2作品を取り上げて、台湾における戦争児童文学の語りが、歴史的記録から個人的・情緒的な共感を重視する潮流へと変化していることを指摘し、子どもの想像力を通じて未来世代へ提供される価値を探求した。   第2部では、イタリア、コロンビア、ウクライナの児童文学を対象に、暴力や戦争、災害の記憶がどのように語られているかが検討された。マリアエレナ・ティシ氏は、朽木祥『パンに書かれた言葉』と、福島や広島の原爆をテーマとしたイタリア人作家の作品との比較を通じて、東日本大震災後の日本の児童文学が、第2次世界大戦の記憶を物語に組み込むことで共感を喚起する手法に着目した。フリアナ・ブリティカ・アルサテ氏は、コロンビアの武力衝突を背景とする絵本を通して、子どものトラウマの視点が「語られざる戦争」であると捉え平和教育の重要性を論じた。オリガ・ホメンコ氏は、ウクライナにおける児童文学において、ソビエト時代の英雄的な物語から、2014年および2022年の侵攻後に「身近な現実」としての戦争を描く文学が急増した経緯を説明。近年の作品は、戦争が「日常」として認識される中で、子どもの心理的な苦痛に寄り添い、現在を生き抜くための支えとなる機能を果たしている点を強調した。   戦争児童文学は過去の事実を伝えるだけでなく、感情への共鳴を通じてレジリエンス(回復力)を育む「生きたナラティブ」として機能していることを再認識できたことが今回の最大の成果である。また、児童文学研究が平和学、トラウマ理論、教育学といった学際領域と深く結びつく可能性を示せたことも今後の研究の広がりに寄与すると考える。登壇者からは、戦争を「現在進行形の問題」として子どもたちに語り継ぐ責任、被害者の視点に寄り添う平和教育の重要性、そして児童文学が持つ希望の力への確信が語られた。   登壇者およびコメンテーターの先生方から、セッションを終えての深い洞察と貴重なメッセージを頂戴したので一部ご紹介し、最後の総括とする。   成實先生:今回のパネルでは、普段聞くことのできないような話をたくさん聞くことが出来、いずれの話も大変興味深く、自分としても大変勉強になった。戦争が過去のものではなく、現在進行形で進んでいるという不幸な状況の下、児童文学の形で子どもたちに語り継がねばならないということを各地域の大人が痛感し活動していることが実感できた。   齋木先生:悲惨であればあるほど戦争の話は遠ざけてしまいがちだが、戦争を遠い過去にせず「私たちの問題」として次代の子どもたちに語り続けねばならないと痛感した。各国の作品事例から、戦争の物語が現在進行する戦争にも歴史的想像力を喚起させうることを学んだ。また抑圧や差別がいずれ大きな戦争につながることについても考えさせられた。沖縄は歴史的に「周縁」として取り扱われてきた地域だが、今後も周縁にこだわり、「どうして戦争が起きるのか」「私たちに何ができるのか」、児童文学を通して問い続けていきたい。   マリアエレナ先生:私はいっとき自分の仕事の意義、そして戦争と児童文学の関係を考察することの有用性に疑問を抱いた。しかし、私たちの研究を共有してくださった方々からのフィードバック、異なる文化圏の児童文学作品にも共通点があるのだという確信、そして何よりもオリガ先生の実体験を伺ったことによって、児童文学を研究する価値への信頼を取り戻し、今回の発表で紹介した小説の主人公たちのように、私の中にも希望が再生した。これからも、特に児童文学の価値をまだ知らない人たちに、その重要性を伝え続けていきたいと思っている。   張桂娥:今回のパネルを通じて、戦争における加害と被害の歴史を学ぶ上で、加害者側の国民が主体的に平和について学び続ける機会を確保することの重要性を改めて認識した。また同時に、被害を受けた人々が抱えてきた苦しみや経験を、児童文学という媒体を通じて国際社会へ継続的に伝えていくことの意義を強く実感した。   本パネルの実現のために世界各地からお集まりいただき、たくさんのお力添えをいただいた登壇者の先生方に、御礼申し上げます。ありがとうございました。   張桂娥報告完全版:   当日の写真:   <張 桂娥(ちょう・けいが)CHANG, Kuei-E> 台湾花蓮出身、台北在住。2008年に東京学芸大学連合学校教育学研究科より博士号(教育学)取得。専門分野は児童文学、日本語教育、翻訳論。現在、東呉大学日本語学科副教授。授業と研究の傍ら、日台児童文学作品の翻訳出版にも取り組んでいる。SGRA会員。       2025年12月25日配信    
  • 2025.09.11

    賈海涛「第77回SGRAフォーラム『なぜ、戦後80周年を記念するのか? ~ポストトランプ時代の東アジアを考える~』報告」

      2025年7月26日(土)、第77回SGRAフォーラムが渥美国際交流財団関口グローバル研究会および早稲田大学先端社会科学研究所・東アジア国際関係研究所との共催のもと、早稲田大学大隈記念講堂小講堂でハイブリッド形式により開催された。米国の政権交代がもたらした国際秩序の変動を念頭に置きつつ、多様性と相互協力を基盤とした平和構築の経験を改めて検証することが求められている。今回は「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」をテーマに、東・東南アジアの研究者が一堂に会し、戦後80年の歩みを振り返りつつ、東アジアの和解と平和の展望について議論が交わされた。   最初の講演では沈志華氏(華東師範大学)が「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」と題し、冷戦期における中国の外交戦略が「革命外交」から「実務重視の外交」へと大きく転換した過程を三つの段階に分けて分析した。第1段階(1949-1969)はソ連と連携して米国に対抗した「向ソ一辺倒」の時代であり、東北アジアでは南北の二つの三角同盟が鋭く対立した。第2段階(1970-1984)では、中ソ対立を背景に米国と連携してソ連に対抗する「向米一辺倒」へと転換し、地域の緊張緩和に繋がった。そして第3段階(1985-1991)では、改革開放と共に非同盟の全方位外交へと移行し、中米ソの「大三角」構造の中で地域の対立構造が解消され、和平交渉のプロセスが始まったと解説。この歴史的変遷を踏まえ、今後の中国外交は「鄧小平が確立した実務重視の非同盟政策を堅持し、特に日韓両国との関係発展を地域の平和と安定の基盤とすべきだ」と提言した。   次に藤原帰一氏(順天堂大学・東京大学)が、「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」をテーマに講演を行った。藤原氏は、かつての米ソ冷戦の終結後、再び米中間の緊張が「新冷戦」と呼べるほどの国際政治の分断を生み出している現状を指摘。第2次大戦後の日本の民主化が米ソ冷戦の開始と共に米国の対アジア戦略の拠点として組み込まれ、米中接近まで緊張が続いた歴史を振り返った。その上で、2008年以降に再び顕著になった米中間の新たな緊張関係がなぜ生まれたのか、その要因を権力移行論の観点から分析した。さらに、日本の対中政策が米国の影響を強く受けてきたことは事実としつつも、福田赳夫政権や現在の石破茂政権の動向を例に挙げ、日本独自の判断や米国との政策の「ズレ」も存在することを指摘し、日本の自主的な外交の役割について考察の視点を提供した。   フォーラムの後半は林泉忠氏(東京大学)をモデレーターに、若手研究者による多角的な討論が展開された。   権南希氏(関西大学)は、北朝鮮の核開発やロ朝の軍事接近、米中ロの対立激化により、東アジアの安全保障体制が構造的な不安定性を深めていると分析。北朝鮮が韓国を「主敵」と規定する一方、韓国社会では統一を段階的信頼構築の「過程」として捉える傾向が強まっているとし、法治主義に基づく統合体制の構築と社会文化的な接触を通じた信頼醸成の重要性を論じた。   ラクスミワタナ・モトキ氏(早稲田大学)は、タイ保守派の陰謀論を分析することを通じて、冷戦が途上国の国内政治に与え、今日まで続く権力構造を形成した影響を考察した。これにより、「国」を単位とした分析だけでは見えてこない、現代にまで続く冷戦の断層線を明らかにする視点の可能性を提示した。   野崎雅子氏(早稲田大学)は、日米中の留学生政策の変化に着目し、国際秩序と知的交流の関係を検討。かつては信頼関係構築の基盤であった知的交流が、国家間の緊張の高まりと共に分断の危機に瀕している現状を指摘し、その克服の可能性について議論を提起した。   李彦銘氏(南山大学)は、日中関係における和解の道のりに焦点を当てた。政府レベルでの一定の和解は達成されたとしつつも、2010年代以降の民間レベルでの歴史認識には依然として課題が残ると分析。一方で、非政府組織(NGO)における信頼構築の事例を挙げ、民間交流が持つ和解の可能性を展望し、今後に向けての提言を行った。   総合討論と質疑応答では、戦後80年という節目を迎え、世界各地で局地的な紛争が多発し、東アジアの緊張も高まっているものの、本格的な武力衝突(いわゆる「熱い戦争」)には至っていない、という現状認識が示された。その上で、悪化する米中関係を背景とした新たな「冷戦」への懸念や、厳しさを増す中国と周辺地域との関係に対し、今後いかに対応すべきかが議論された。また、こうした国際情勢と連動する日本の国内情勢も注目された。7月の参議院選挙において、経済や景気といった課題よりも「日本人ファースト」という排外的・保守的なスローガンに注目が集まったことは、その一例といえる。このような動向が日本の将来に与える影響は大きく、不安視する声が少なくなかった。   本フォーラムは、戦後80年という歴史を、大国間のマクロな視点から、各地域の固有の文脈、さらには民間交流というミクロな視点まで、重層的に捉え直す貴重な機会となった。登壇者の議論は、歴史認識の違いを乗り越え、対話を通じて相互理解を深めることの重要性を改めて浮き彫りにした。複雑化する国際情勢の中で、過去を真摯に検証し、未来志向の平和な関係をいかに構築していくか。そのための知的基盤を提供する、有意義な議論の場となった。   当日の写真   アンケート集計   <賈海涛(か・かいとう)JIA Haitao> 一橋大学言語社会研究科博士課程修了。博士(学術)。2023年度渥美奨学生。神奈川大学外国語学部中国語学科外国人特任助教、一橋大学非常勤講師。人文系ポッドキャストの運営者。研究分野は華語圏文学、文学言語。主要業績に、単著『流動と混在の上海文学――都市文化と方言における新たな「地域性」』(ひつじ書房、2025)ほか。       2025年9月11日配信    
  • 2025.08.25

    李貞善「2025年国際和解学会パネル『尊厳の遺産―国連墓地』報告」

    2025年7月14日から18日、第6回国際和解学会年次会ソウル大会2025が韓国・ソウル大学日本研究所の主管で開催された。私が企画した渥美パネル「『尊厳の遺産』国連墓地:朝鮮戦争の記憶と和解」は、大会唯一の特別セッション(Alternative Session)として実施され、私の中では今でも余韻が続いている。     この渥美パネルは、自分が2021年に監修・出演した韓国放送公社(KBS)ドキュメンタリー「記憶の地、国連墓地」の上映会とトークイベントだ。昨年末に渥美国際交流財団のパネル募集を確認した途端、「和解(reconciliation)」をテーマとするこの学会にはこのドキュメンタリー上映がぴったりだと確信した。短期間で適任の先生方が集まり、意欲にあふれた企画書を作った。結果は幸いにも採択。   企画の意図は、国連創設80周年と朝鮮戦争勃発75周年、日韓国交正常化60周年の節目の年を迎え、朝鮮戦争に伴う文化遺産を通して、国際和解と「死者の尊厳」に関する知見を共有することだ。これは私が東京大学で担当している学術プロジェクト「尊厳学の確立:尊厳概念に基づく社会統合の学際的パラダイムの構築に向けて」を国際的に広く発信することとも共鳴する。パネルの先生方が途中で交替されることもあったが、渥美財団と学会事務局のご協力で、無事に開催することができた。朝鮮戦争の墓地に関するドキュメンタリーも、それを取り上げるパネルも、フィルムの内と外で劇的に「和解」に向かっていく私の道のりは、起承転結のナラティブそのものと言える。   7月15日、私の司会でパネルが始まった。KBSプロデューサーの李京玟(イ・ギョンミン)さん、パネルの趙明鎭(ジョ・ミョンジン)先生と私で渥美パネルのために英語字幕を付けたドキュメンタリーを上映。トークイベントでは李さんと私が番組制作の裏話を披露した。   パネルディスカッションでは、専門家の先生方から国際和解学的観点からみる「朝鮮戦争以降の東アジアの平和への道」をテーマとした自由討論が続いた。欧州連合(EU)理事会の趙先生は、ドキュメンタリーの感想に続き、ヨーロッパの安全保障に関する見解と、「ハイヒューマニズム(high-humanism)」の主唱者として記憶を通じた和解の実践方案を、自作の詩とともに提案された。東京大学名誉教授の木宮正史先生は、日本の国際政治学と日韓関係の観点からみる和解の方向を説明された。最後に、元渥美奨学生でソウル大学日本研究所長・南基正(ナム·ギジョン)先生は大会の主催者として、様々な和解に関する見解と学会のテーマである「分断を超えてー私たちを分ける障壁を克服して」について語られた。   質疑応答では、過去の戦争の記憶」を「未来の平和の道」へ導くための意見が参加者たちと共有された。2023年に朝鮮戦争停戦70周年を記念し、外務省の支援のもと「国際理念と秩序の潮流:日本の安全保障戦略の課題」の一環として東京大学で行ったドキュメンタリー上映会が、国際和解学会の場まで広がったことを考えると感慨深い。われわれの認識と経験の地平が拡大するにつれ、「和解」を見るまなざしも次第に深まるだろう。国を越えた和解、彼我間の和解、過去と現在・未来との和解、南北間の和解、生死の和解、自分との和解など…。   企画から実現に至る私の半年間の道のりは幕を閉じたが、この渥美パネルが、参加者たちにとって色々な障壁を乗り越える「和解」の幕を開けることを願う。   当日の写真    関連エッセイ:李貞善「記憶の地、国連墓地が遺すもの」   <李貞善(イ・ジョンソン)LEE Chung-sun> 東京大学大学院人文社会系研究科附属次世代人文学開発センターの特任助教。2021年度渥美奨学生として2023年2月に東京大学で博士号取得。高麗大学卒業後、韓国電力公社在職中に労使協力増進優秀社員の社長賞1等級を受賞。2015年来日以来、2022年国際軍史事学会・新進研究者賞等、様々な研究賞受賞。大韓民国国防部・軍史編纂研究所が発刊する『軍史』を始め、国連教育科学文化機関(ユネスコ)関連の国際学術会議で研究成果を発表。2018年日本の世界遺産検定で最高レベルであるマイスター取得後、公式講師としても活動。       2025年9月5日配信  
  • 2025.06.20

    レポート第111号「疫病と東アジアの医学知識-知の連鎖と比較」

      SGRAレポート第111号     第11 回 日台アジア未来フォーラム 「疫病と東アジアの医学知識-知の連鎖と比較」 2025年6月20日発行   <フォーラムの趣旨> 2019年12月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国の武漢市から流行し、多くの死者が出て全世界的なパンデミックを引き起こした。人と物の流れが遮断され、世界経済も甚大な打撃を受けた。この出来事によって、私たちは東アジアの歴史における疫病の流行と対処の仕方、また治療、予防の医学知識はどのように構築されていたか、さらに東アジアという地域の中で、どのように知の連鎖を引き起こして共有されたかということに、大きな関心を持つようになった。会議では中国、台湾、日本、韓国における疫病の歴史とその予防対策、またそれに関わる知識の構築と伝播を巡って議論を行った。   <もくじ> 【第1部】 [報告1] 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)から疫病史を再考する ──比較史研究の可能性について  李 尚仁(中央研究院歴史語言研究所)   [報告2] 清日戦争以前の朝鮮開港場の検疫規則  朴 漢珉(東北亜歴史財団)   [報告3] 幕末から明治初期の種痘について  松村 紀明(帝京平成大学)   [報告4] 流行性感染症と東アジア伝統医学  町 泉寿郎(二松学舎大学)   【第2部】 [指定討論1] 「報告1 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)から疫病史を再考する ──比較史研究の可能性について」へのコメント  市川 智生(沖縄国際大学)   [指定討論2] 「報告2 清日戦争以前の朝鮮開港場の検疫規則」へのコメント 巫 毓荃(中央研究院歴史語言研究所)   [指定討論3] 「報告3 幕末から明治初期の種痘について」へのコメント  祝 平一(中央研究院歴史語言研究所)   [指定討論4] 「報告4 流行性感染症と東アジア伝統医学」へのコメント  小曽戸 洋(前北里大学東洋医学総合研究所教授)   【第3部】 自由討論  モデレーター:藍 弘岳(中央研究院歴史語言研究所) 発言者(発言順): 李 尚仁(中央研究院歴史語言研究所) 朴 漢珉(東北亜歴史財団) 松村 紀明(帝京平成大学) 町 泉寿郎(二松学舎大学)   講師略歴  あとがきにかえて 藍 弘岳(中央研究院歴史語言研究所)
  • 2025.06.19

    レポート第110号「パレスチナを知ろう」

    SGRAレポート第110号     第20 回SGRA カフェ/第73 回SGRA フォーラム/第22 回SGRA カフェ連続3回シリーズ 「パレスチナを知ろう」 2025年6月20日発行   <各シリーズ開催の趣旨> シリーズ1:第20回SGRAカフェ 「パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために」 パレスチナは中東の重要な地域であり、イスラエルとの紛争や国際社会との関係が注目されています。しかし、多くの人はパレスチナの実情や人々の声を知らないまま、偏った情報や先入観に基づいて判断してしまうことがあります。シリーズ1では、パレスチナの歴史的背景やメディアの表現方法を分析し、現在の問題に対する多様な視点や意見を紹介しました。パレスチナについて知ることで、平和的な解決に向けた理解と共感を深めることを目的としています。大切なのは、同じ地球市民の一員として、この問題がこのままでいいのか、どうあるべきなのかを考えること、そしてそれに基づいて、何ができるか考え、実際に行動することではないでしょうか。シリーズ1はその出発点となるように、パレスチナ問題の歴史や現状、メディアとの向き合い方などについて、皆さんと一緒に考えました。   シリーズ2:第73回SGRAフォーラム 「パレスチナの壁:「わたし」との関係は?」 シリーズ2では専門家、パレスチナ出身者、パレスチナ支持の活動を行っている学生の声を取り上げ、なぜこの問題が全ての人にとって重要なのか、そしてその問題を取り上げようとするときに直面する壁について話し合いました。 「壁」という言葉には複数の意味が込められています。一つは、パレスチナ問題について公然と話すことを阻む見えない壁であり、タブーと言論の自由への抑圧を象徴しています。もう一つは、パレスチナ領土での継続的なアパルトヘイト(人種隔離)と植民地化の結果として存在する物理的な分離の壁です。世界中での学生の抗議活動は、これらの見えない壁を取り壊す試みであり、パレスチナ問題に対する公開討論を促進する力となっています。これはパレスチナ問題に対する新たな視点を提供すると同時に、世代間の意識の違いとその変化を示唆しています。   このフォーラムを通じて、参加者がパレスチナ問題に対する多面的な理解を深め、グローバルおよびローカル、マクロとミクロな視点からアプローチする機会になることを期待しています。   シリーズ3:第22回SGRAカフェ 「逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ」 これまでは国際政治やパレスチナ問題の現状に焦点を当ててきたことを踏まえ、シリーズ3では文化、文学、芸術にスポットライトを当てました。   パレスチナに関するニュースは戦争や紛争に偏りがちですが、パレスチナ人には逆境の中で形成された独自で多様な文化的アイデンティティがあります。パレスチナの文学や芸術は民族が国家を奪われ、自決権を認められず、土地や文化の喪失を経験してきた中で、「故郷」をどのように捉えているかを映し出しています。   パレスチナの芸術や文学がいかにして平和的な抵抗の手段となり、抑圧や占領に対抗する一つの形となっているのかについても探求しました。メディアでは語られることのないパレスチナの別の側面をご紹介し、このシリーズがポジティブな視点で終わることを目指しました。   <もくじ> シリーズ1 第20 回SGRAカフェ 「パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために」 [講 演] パレスチナ問題の基礎知識:歴史と政治的構図の要点を抑える ハディ ハーニ(明治大学) ※シリーズ1・2共通   [ 質疑応答・ディスカッション] パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために  司会:シェッダーディ アキル(慶應義塾大学) オンラインQ&A担当:徳永 佳晃(東京大学) 発言者:ハディ ハーニ(明治大学)   シリーズ1 あとがきにかえて  シェッダーディ アキル(慶應義塾大学)   シリーズ2 第73回SGRAフォーラム 「パレスチナの壁:『わたし』との関係は?」 [発表①] パレスチナ問題の基礎知識:歴史と政治的構図の要点を抑える ハディ ハーニ(明治大学) ※シリーズ1・2共通 [発表②] 建築の支配:植民地主義の武器としての建造環境 ウィアム・ヌマン(東京工業大学) [発表③] 立ち上がる学生、クィア、環境活動家たち:2023 年10月以降の東京のパレスチナ解放運動 溝川 貴己(早稲田大学)   [ 質疑応答・ディスカッション] パレスチナの壁:「わたし」との関係は? モデレーター:徳永 佳晃(日本学術振興会) オンラインQ&A担当:郭 立夫(筑波大学) 発言者(発言順): ハディ ハーニ(明治大学) ウィアム・ヌマン(東京工業大学) 溝川 貴己(早稲田大学)   シリーズ2 あとがきにかえて  郭 立夫(筑波大学)   シリーズ3 第22回SGRAカフェ 「逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ」   [講 演] 逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ 山本 薫(慶應義塾大学)   [ 質疑応答・ディスカッション] 逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ 司会:シェッダーディ アキル(慶應義塾大学) オンラインQ&A担当:銭 海英(明治大学) 発言者:山本 薫(慶應義塾大学)   シリーズ3 あとがきにかえて  銭 海英(明治大学)   登壇者略歴   おわりに
  • 2025.06.16

    第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?」へのお誘い

    下記の通り第77回SGRAフォーラム 「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。   テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」 日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00 会 場:早稲田大学大隈記念講堂 小講堂 およびオンライン(Zoomウェビナー) 言 語:日本語・中国語(同時通訳) 参 加:無料/こちらから事前申込をお願いします ※会場参加の方もオンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。 ※会場参加で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。 お問い合わせ:SGRA事務局([email protected])     ◇フォーラムの趣旨 80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。 2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。   ◇プログラム 総合司会:李 恩民(桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群長)   14:00 開会挨拶 今西 淳子(渥美国際交流財団関口グローバル研究会代表) 歓迎挨拶 鷲津 明由(早稲田大学次世代科学技術経済分析研究所長)   ------------------------------------【第1部】------------------------------------   14:20 基調講演Ⅰ. 「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」 沈 志華(華東師範大学資深教授)   冷戦期において、中華人民共和国の外交戦略は三つの段階と2度の大きな転換を経て、「革命外交」から「実務重視の外交」への転換を実現した。同時に、東北アジアの安全保障構造も根本的な変化を遂げ、当初の二つの三角同盟間の対立構造から、緊張緩和および交差的な国家承認へと推移し、和平交渉のプロセスへと移行した。 まず1949年から1969年にかけての第1段階では、中国は「向ソ一辺倒」政策を採用し、ソ連と連携してアメリカに対抗した。これにより中国は冷戦構造に参入し、社会主義陣営の急先鋒となり、東北アジアは南北に分かれた二つの三角同盟が対立する局面に突入した。 続く1970年から1984年にかけての第2段階では、中国は「向米一辺倒」へと方針を転換し、アメリカと連携してソ連に対抗した。この過程で、最終的に中国は米ソ冷戦の二極構造から脱却し、東北アジアは緊張緩和期へと移行した。 最後の1985年から1991年にかけての第3段階では、イデオロギー上の対立および台湾問題により中米対立が激化したが、一方で中ソ関係は正常化された。中国の改革開放政策の実施に伴い、外交理念も大きく変化し、非同盟の全方位外交へと転換した。中米ソの「大三角」構造が形成され、東北アジア地域においては交差的な国家承認が進行し、二つの三角同盟が対立する局面は完全に解消され、和平交渉のプロセスが始動した。 以上を踏まえ、今後の中国外交においては、鄧小平が確立した実務重視の外交と非同盟政策を堅持しつつ、中米露の三国関係を冷静かつ慎重に処理し、とりわけ中日および中韓関係の発展を、東北アジアの平和と発展の基盤とすべきである。     14:50 基調講演Ⅱ. 「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」 藤原 帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授)   かつて世界を分断した冷戦は今復活したように見える。日本の第2次世界大戦敗戦は連合国による日本占領の元で武装解除と民主化をもたらしたが、米ソ冷戦の開始とともに日本を拠点とした米国のアジア戦略が展開され、米中の緊張は1960年代にいっそう強まった。米中接近後には冷戦を基軸とした日中関係は変貌し、日中国交と経済関係の回復が実現する。冷戦は終わったはずだった。しかし少なくとも2008年以後には米中関係の緊張が再び広がり、同盟体制の再編を経て、冷戦と呼んでも誇張とは言えない国際政治の分断が生まれた。ではなぜ米中の新たな緊張は生まれたのか。これは一時的な緊張なのか、それとも長期的な対立と見るべきなのか。この報告では、大戦後から第2次トランプ政権に至るアメリカの対中政策を跡づけるとともに、その変化をどこまで権力移行論によって説明できるのかについて検討したい。さらに、日本の対中政策はどこまでアメリカの影響、主導権によって説明できるのか、そこに相違、ズレは存在しないのかについても、福田赳夫政権と石破茂政権を手がかりとして考察を試みたい。   15:20 質疑応答   ------------------------------------【第2部】------------------------------------   15:45 オープンフォーラム モデレーター:林 泉忠(東京大学東洋文化研究所特任研究員)   ◇若手研究者による討論 権 南希(関西大学政策創造学部教授) 東アジアの地政学的転換と朝鮮半島を考える 東アジアの安全保障体制は、北朝鮮の核・ミサイル開発に加え、ロシア・ウクライナ戦争を背景とする北朝鮮とロシアの軍事的接近、米中露の地政学的対立の激化により、構造的な不安定性を一層深めている。北朝鮮は2024年以降、韓国を「主敵」と規定し、統一を否定する二国家論を公式化した。一方、韓国社会では統一を「結果」よりも「過程」として捉える傾向が強まっており、経済協力や文化交流を通じた段階的信頼構築が注目される。本発表では、北東アジアの戦略構造と北朝鮮の政策転換を分析しつつ、法治主義に基づく統合体制の構築と、社会文化的接触を通じた内的インフラの整備の必要性を論じる。   ラクスミワタナ モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科) タイ保守派の陰謀論分析からみる冷戦期の政治分析 途上国において、冷戦は国内政治に多大な影響を及ぼした。反共・親共問わず、特定の勢力の台頭や弾圧が冷戦の文脈で行われ、今日まで続く権力構造に寄与している。本報告では、戦後や冷戦を考える上での国内政治分析が提供しうる視点を、タイ保守派の陰謀論分析を通し模索する。これらの言説の性質から見受けられる今日の冷戦の断層線(fault line)に言及するとともに、「国」を単位とした分析を超える視点の可能性について考えたい。   野﨑 雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手) 国際秩序と知的交流—留学生政策から考える— 本討論では、近年の日米中の留学生政策の変化に着目し、国際秩序と知的交流の関係を検討する。冷戦終結後、留学生派遣・受け入れに代表される知的交流は、各国間の信頼関係構築の基盤として機能してきた。しかし、近年各国間の緊張関係が深まる中で、知的交流の場においても分断が深まりつつある。本討論では、近年の日米中の留学生数の推移や政策の変化を踏まえて、知的交流の場における分断の危機とその克服の可能性について議論したい。    李 彦銘(南山大学総合政策学部教授) 民間の歴史認識・信頼構築・協力と和解への道 本稿は日中の和解の道のりに焦点を当てる。まず、日中の政府レベルでは一定の和解が達成できたとして、事実を簡単に確認する。その上で、2010年代以降を民間人の歴史認識を事例として取り上げ、歴史認識の形成における変化と特徴を抽出してみる。次に、非政府組織(Nongovernmental Organization)における信頼構築の事例(ユネスコ第8代事務局長・松浦晃一郎=ユネスコ事務局長補・唐虔、行財政改革の実現)から、和解の可能性を展望したい。最後に、今後に向けての提言を行う。   ◇フロアからの質問   16:50  総括・閉会挨拶 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)   ※詳細は、下記リンクをご参照ください。 ・プログラム(日本語) ・中国語ウェブサイト   皆さまのご参加をお待ちしております。
  • 2024.11.13

    レポート第108号「ジェットコースターの 日韓関係 ――何が正常で何が蜃気楼なのか」

    SGRAレポート第108号(日韓合冊)   第22 回 日韓アジア未来フォーラム 「ジェットコースターの日韓関係―何が正常で何が蜃気楼なのか」 2024年11月14日発行   <フォーラムの趣旨> 21 世紀の新しい日韓パートナーシップ共同宣言後、雪解け期を迎えた日韓関係は、その後浮き沈みを繰り返しながら最悪の日韓関係と言われる「失われた10 年」を経験した。徴用工問題に対する第三者支援解決法を契機に、2023 年の7回にわたる首脳会談を経て日韓関係は一挙に正常化軌道に乗った。一体、日韓関係において何が正常で、何が蜃気楼なのか? 徴用工問題解決の1年後の成果と課題、そして日韓協力の望ましい方向について考える。   <もくじ> 開会の辞 李 鎮奎(未来人力研究院) 南 基正(ソウル大学日本研究所)   【 第1部 報告と指定討論】日韓関係の復元、その一年の評価と課題 はじめに 座長:李 元徳(国民大学)  [報告1] 日韓関係の復元、その一年の評価と課題 政治・安保 西野純也(慶應義塾大学) [報告2] 日韓関係の復元、その一年の評価と課題 経済・通商  李 昌玟(韓国外国語大学) [報告3] 日韓関係の復元、その一年の評価と課題 社会・文化 小針 進(静岡県立大学) [討論1] 西野純也先生の報告を受けて 金 崇培(釜慶大学) [討論2] 李昌玟先生の報告を受けて 安倍 誠(アジア経済研究所) [討論3] 小針進先生の報告を受けて 鄭 美愛(ソウル大学日本研究所) [質疑応答]   【 第2部 パネル討論】 日韓協力の未来ビジョンと協力方向 座 長: 南 基正(ソウル大学日本研究所) パネリスト: 西野純也(慶應義塾大学) 小針 進(静岡県立大学) 安倍 誠(アジア経済研究所) 崔 喜植(国民大学) 李 政桓(ソウル大学) 鄭 知喜(ソウル大学日本研究所) 趙 胤修(東北アジア歴史財団)   開会の辞 今西淳子(渥美国際交流財団・SGRA) 金 雄煕(現代日本学会)   講師略歴    あとがきにかえて  ※所属は本フォーラム開催時のもの。
  • 2024.10.24

    エッセイ776:李貞善「あなたはまだここに」 

    ソウル中心部の光化門(グァンファムン)は今日も多くの人たちで賑わっている。おそらくその一部は大韓民国歴史博物館を訪れる来場客であろう。朝鮮王朝の歴史を物語る景福宮 (キョンボックン)と米大使館に隣接した歴史を学ぶ最適な場所で、2012年に開館されて以来、近現代の韓国歴史にちなんだ常設展と特別展を企画してきた。   7月27日から3カ月間にかけては特別な展示会が開催されている。タイトルは「あなたはまだここに」。朝鮮戦争で犠牲になった国連軍および民間人を記憶にとどめるために企画された。展示会は、大きく4つのセクションで区分される。「国連の名前で」、「1129日間の戦争」、「救護の手助け」、最後に「見知らぬ土地に刻まれた名前」。   初日の7月27日は、1953年に国連軍と共産軍の両側が朝鮮戦争の休戦協定を結んだ日となる。韓国政府はこの日を「国連軍参戦の日」に指定して、毎年国連軍の参戦勇士の貢献と犠牲を称えており、博物館側の公式説明には以下のように書かれている。   …戦争の残酷な瞬間を経験した多くの人々が、私たちの記憶の向こうに消えていきます。同族間の争いの悲劇で廃墟と化したこの地に、平和の花が咲くまで、実に多くの人々の努力と犠牲がありました。それぞれ違う国から来たが、一つになって戦った国連軍。戦争で苦しんだ軍人と民間人のために献身した人々。私たちが覚えている英雄より隠された英雄がはるかに多いという事実を私たちはもしかしたら忘れていたかもしれません… (大韓民国歴史博物館のホームページ、特別展示会に関する説明)   70年前に起きた朝鮮戦争のことであるが、朝鮮半島の危機は依然として続けられている。最近北朝鮮が韓国内へ飛ばしたゴミ風船は、未完の戦争の生きた証であろう。朝鮮戦争勃発75周年を迎える2025年を控えて、韓国では各分野で戦争の教訓を改めて考察する動きがみられる。特別展示会「あなたはまだここに」も、まさにその一環として行われる活動である。   この展示会の最後のセクション「見知らぬ土地に刻まれた名前」に、私の研究論文が学術資料として引用されている。私が渥美奨学生であった2021年に韓国・釜山広域市の発行したジャーナル『港都釜山』に掲載された拙稿である。タイトルは「1951年国連墓地の戦没将兵献呈式―1950~1951年臨時国連墓地の統合から献呈式に至る過程の考察―」。国連墓地の設立70周年を記念して博士論文を完成していく中でその一部を投稿したものであった。研究を遂行しながら、求めていた史料をデジタル・アーカイブズから偶然に見つけた瞬間の興奮が今も脳裏に焼き付いている。   私が見つけたのは、国連墓地の設立直後の1951年4月6日に開かれた最初の献呈式(Dedication_Ceremony)の様相を表す史料であった。献呈式の記念式典では、緊迫感溢れる戦争の最中、李承晩(イ・スンマン)大統領を含め、マッカーサー(MacArthur)国連軍司令官の後任となったリッジウェイ(Ridgway)中将、多くの国連軍参戦国の要人が出席した。雨の中、決意に満ちた要人らの様子の厳かな気配にとらわれ、論文を書き終わった後のしばらくの間、私はその余韻に包まれていた。   その資料の一部が、大韓民国歴史博物館の特別展示会に掲載されている。私の研究を直接引用した史料は、国連墓地の象徴区域に表れている国連軍参戦国の配置図である。博物館側は、拙稿の分析内容をほぼそのまま展示物の説明文に採択して掲載した。担当キュレーターによると、拙稿を通して接した史料が今の国連記念公園の象徴区域をよく具現しているため、基礎データのエクセルファイルにて拙稿の内容を記録しておいたという。   論文を基にした形の学術監修ではあっても、自分の論文が国の知られざる歴史を伝える博物館の展示会の参考資料として用いられたことは、研究者として感無量である。他方で、3年前のKBSドキュメンタリー番組の学術監修の経験もあり、今後の使命や責任を考えるとさらに複雑な心境にもなる。結果的に展示物の説明文の下段と、展示場のクレジットタイトル、そして博物館のホームページに、自分の名前が記された。数年前に朝鮮戦争の国連軍戦没者、あの「見知らぬ土地に刻まれた名前」たちを想いながら書いた拙稿と私自身も、大韓民国歴史博物館という地に小さな足跡として刻まれた。   戦争は今なお世界各地で繰り返されている。ロシア・ウクライナ戦争や、イスラエルとヒズボラの紛争など、人間の尊厳を害する悲劇が相次いでいる。地球市民として我々は、苦難の時に人たちを救う英雄のみならず、名も知らなき全ての犠牲者――戦争捕虜、失郷民、拉致被害者、失踪者など――見知らぬ土地に刻まれた名前とともに、争乱の今を生きるあの無数な存在を記憶にとどめるべきであろう。展示会の閉幕を目の前にした今、そのタイトルが心の奥に響き渡り続ける。「あなたはまだここに」。   国連軍参戦の日記念特別展[あなたはまだここに]ホームページ(下段に拙稿表記)   SGRAエッセイ#710 李貞善「『あの時・あそこ』から『今・ここ』へ」   SGRAエッセイ#694 李貞善「記憶の地、国連墓地が遺すもの」   <李貞善(イ・ジョンソン)LEE Chung-sun> 東京大学大学院人文社会系研究科附属次世代人文学開発センターの特任助教。2021年度渥美奨学生として2023年2月に東京大学で博士号取得。高麗大学卒業後、韓国電力公社在職中に労使協力増進優秀社員の社長賞1等級を受賞。2015年来日以来、2022年国際軍史事学会・新進研究者賞等、様々な研究賞受賞。大韓民国国防部・軍史編纂研究所が発刊する『軍史』を始め、国連教育科学文化機関(ユネスコ)関連の国際学術会議で研究成果を発表。2018年日本の世界遺産検定で最高レベルであるマイスター取得後、公式講師としても活動。     2024年10月24日配信
  • 2023.11.07

    レポート第104号「新たな脅威(エマージングリスク)・新たな安全保障(エマージングセキュリティ) ――これからの政策への挑戦」

    SGRAレポート第104号(日韓合冊)   第21回 日韓アジア未来フォーラム 「新たな脅威(エマージングリスク)・新たな安全保障(エマージングセキュリティ) ――これからの政策への挑戦」 2023年11月15日発行     <フォーラムの趣旨> 冷戦後の国際関係において非軍事的要素の重要性を背景にグローバルな経済対立、貧富格差の拡大、そして気候変動、先端技術の侵害、サイバー攻撃、パンデミックなどが新しい安全保障の範疇に含まれるようになってきた。伝統的な安全保障問題が地理的に近接した国家間で発生する事案抑止を前提とするのに対して、新たな安全保障上のリスクは突発的に発生し、急速に拡大し、さらにグローバルネットワークを通じて国境を超える。 多岐にわたり複雑に絡み合う新しい安全保障のパラダイムを的確に捉えるためには、より精緻で包括的な分析やアプローチが必要なのではないだろうか。   本フォーラムでは、韓国における「エマージングセキュリティ(新たな安全保障)」研究と日本における「経済安全保障」研究を事例として取り上げ、今日の安全保障論と政策開発の新たな争点と課題について考察した。   <もくじ> 【第1セッション】 [基調講演1]エマージングセキュリティ、新しい安全保障パラダイムの浮上 金 湘培(ソウル大学政治外交学部教授) [基調講演2]経済安全保障・技術安全保障の現在  鈴木一人(東京大学公共政策大学院教授)   【第2セッション】 [コメント1]基調講演を受けて 李 元徳(国民大学校社会科学大学教授) [コメント2]複合地政学への対応としての日韓協力 西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授) [コメント3]韓国と日本の共通の挑戦 林 恩廷(国立公州大学国際学部副教授) [コメント4]安保、国家、リベラリズム 金 崇培(国立釜慶大学日本学専攻助教授)   【第3セッション】 自由討論/質疑応答 司 会: 金 雄熙(仁荷大学国際通商学部教授) 討論者: 金 湘培(ソウル大学政治外交学部教授) 鈴木一人(東京大学公共政策大学院教授) 李 元徳(国民大学校社会科学大学教授) 西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授) 林 恩廷(国立公州大学国際学部副教授) 金 崇培(国立釜慶大学日本学専攻助教授)   総括・閉会挨拶 平川 均( 名古屋大学名誉教授/渥美国際交流財団理事、第21 回日韓アジア未来フォーラム実行委員長)   講師略歴  あとがきにかえて