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2025.11.16
SGRAレポート第112号(日中合冊)
第18回SGRAチャイナ・フォーラム
「アジア近代美術における〈西洋〉の受容」
2025年11月16日発行
<フォーラムの趣旨>
2023年に開催した「東南アジアにおける近代〈美術〉の誕生」では、日本における東南アジア美術史の第一人者である後小路雅弘先生(北九州市立美術館館長)を講師に迎え、いまだ東北アジア地域では紹介されることが少ない東南アジアにおける近代美術誕生の多様な様相について学んだ。その続編として今回は、初期の東南アジアの美術家にとって重要な存在であったゴーギャンを取り上げ、東南アジア近代美術において〈西洋〉がどのように受容され、そこにどのような課題が反映していたのかを考察した。
<もくじ>
【開会挨拶】
周 異夫(北京外国語大学日本語学院/日本学研究センター)
野田昭彦(国際交流基金北京日本文化センター)
【 講 演 】 アジア近代美術における〈西洋〉の受容 ─東南アジアのゴーギャニズム8後小路雅弘(北九州市立美術館)
【 指定討論1】 王 嘉(北京外国語大学)20世紀初期ベトナム近代美術教育について
【 指定討論 2】 二村淳子(関西学院大学)ゴーギャンにおけるベトナム、ベトナムにおけるゴーギャン
【自由討論】
モデレーター:林 少陽(澳門大学歴史学科/SGRA/清華東亜文化講座)
発 言者: 後小路雅弘(北九州市立美術館) 王 嘉( 北 京 外 国 語 大 学 )、二村淳子(関西学院大学)
【閉会挨拶】 王 中忱(清華東亜文化講座/清華大学中国文学科)
講師略歴
あとがきにかえて 李 趙雪(南京大学芸術学院)
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2025.11.13
2025年10月17日、台湾・台北市の東呉大学外雙溪キャンパスにて、同大学東アジア地域発展研究センターとの共催で「第12回日台アジア未来フォーラム/2025年東呉大学東アジア地域発展研究センターUSR国際シンポジウム」が開催された。
「大学と地域社会の未来」をテーマに、グローバルな潮流のなかで再定義される大学の社会的責任(University Social Responsibility, USR)を、台湾、日本、そして欧州の知見から、教育・研究・地域連携の多角的な視点で再考することを目的とした。オンライン併用で実施され、各地から多様な研究者・教育関係者が登壇。北海道ニセコ町教育委員会や地域コミュニティ訪問団をはじめ、東呉大学教職員・学生ら延べ100名を超える聴衆が参加し、活発な質疑応答が交わされた。
開会式では、東呉大学の王世和副学長が歓迎の辞を述べ、大学が地域社会に積極的に関わる意義を強調した。続いて、SGRA代表の今西淳子氏が2011年以来のフォーラムの歩みを振り返りながら、台湾側との長年の協働と友情に深く謝意を表した。最後に東呉大学外国語学部長であり東アジア地域発展研究センター長を務める羅濟立教授が、学術と地域実践をつなぐ新たな連携モデルへの期待を語った。
基調講演
午前のセッションでは、麗澤大学大学院の山川和彦教授が「地域社会の持続と観光学2.0 ― 共創するまちづくりに向けて」と題して基調講演を行った。座長は徐興慶講座教授(東呉大学)が務めた。
山川教授は、観光を単なる経済振興の手段としてではなく、文化・環境・教育を結ぶ「共創的学習の場」として再構築する「観光学2.0」の視点を提示した。現代社会が抱える環境問題や地域格差、文化継承といった複合的課題に対して、大学は知識の提供者にとどまらず、地域と共に学び、共に課題解決を探る「共創的学習のプラットフォーム」としての役割を果たすべきであると力説した。特に、地域住民・行政・大学が対等な立場で地域価値を創り出す「学びの循環モデル」の意義を、千葉県や北海道などでの実践事例を交えて紹介。地域資源の再発見と住民主体の物語づくりを支援する大学の新たな関与の形を提案した。
徐教授は「山川教授の議論は、観光を『学問』としてだけでなく、『地域の人々と共に未来を構想する実践の知』として捉える重要性を示した」と総括。台湾各地で展開されている大学のUSR活動との親和性を指摘し、「日本と台湾がそれぞれの地域で積み重ねてきた実践を往還させることが、アジアにおける共創型地域学の新たな可能性を開く」とコメントした。
招待講演
午後は二つの招待講演が行われ、大学の地域貢献および国際的な社会連携の実践について多面的な報告を行った。
国立台湾海洋大学・楊名豪助理教授
楊助理教授は「国境を越える関係人口の創出―日台大学協働の試み」と題し、日台の大学が連携して地域社会と関わる実践例を紹介。特に北海道ニセコ町と台湾北部地域を結ぶ地域創生プロジェクトを中心に、学生が現地調査・交流・共同企画に主体的に参加する「体験型USR教育」の具体的な成果が報告された。
大学の教育機能と地域貢献を融合させたカリキュラム設計が、学生の主体性をいかに引き出し、地域に新たな視点を提供したかを詳細に解説。自治体・企業・市民団体との円滑な協働プロセスも具体的に示された。楊助理教授は、大学が越境的な「関係人口」形成の媒介として、文化や経済の交流促進において重要な役割を担うことを強調し、継続的な国際協働の意義を提示した。
オックスフォード大学・オリガ・ホメンコ博士( Olga Khomenko)
続いて行われたオンライン講演では、オリガ・ホメンコ博士(オックスフォード大学グローバル地域研究学科)が「Universities as Civic Actors: Lessons from Ukraine and Europe for Taiwan」と題した発表で、ウクライナおよび欧州各国における大学の「シビック・エンゲージメント(市民的参画)」の事例を比較分析し、大学が社会の信頼と民主的価値を支える「市民的主体」として機能している現状を示した。
特に戦争下のウクライナでは、大学が人道支援や避難者支援の拠点となり、知識の場であると同時に「生存と連帯の拠点」として地域を支えているという特異な事例を紹介。また、英国やベルギー、フランス、ドイツ、スウェーデンなど各国の大学が、市民参加型の教育、地域開発、SDGs推進といった多様なモデルで社会的役割を拡大している事例分析を踏まえ、「大学はもはや中立的存在ではなく、社会に根ざした公共的機関である」と結論づけた。その上で、台湾の大学がこれらの欧州における「市民的主体」としての国際的経験を活かし、長期的かつ体系的な市民連携モデルを構築する可能性に言及した。
パネルディスカッションと実践的交流
パネルディスカッションでは、東呉大学王世和副学長を座長に、同大学汪曼穎教授(心理学科)、張綺容副教授(英文学科)、李泓瑋助理教授(日本語文学科)、施富盛助理教授(社会学科)が登壇。「USRの現況と展望―マクロからミクロへ」をテーマに、東呉大学が士林・北投地域で展開している多様な地域連携活動を題材に議論が進められた。登壇者からは、心理学的支援、社会調査、言語文化交流など、各専門分野における分野横断的な実践が具体的に報告された。学生の主体的参加を促す教育方法や、地域パートナーシップの持続性を確保するための財源・組織運営モデルなどが詳細に検討され、大学と地域社会のより強固な連携に向けて活発な意見交換が行われた。
フォーラムには、北海道ニセコ町教育委員会および地域代表団のメンバーも会場で参加し、教育現場や地域活性化に関する具体的な意見交換や助言がなされた。質疑応答では、参加者から大学と地域社会の協働の在り方や行政との連携枠組み、次世代育成への波及効果など、多角的な質問が寄せられ、終始熱気に包まれた議論が展開された。
総括と展望
閉会式には中央研究院の藍弘岳研究員(渥美国際交流財団台湾同窓会会長)および本フォーラムの企画・運営を担った張桂娥副教授(東呉大学日本語文学科・東アジア地域発展研究センター諮問委員)が登壇。渥美財団台湾奨学生のこれまでの社会貢献の歩みを紹介するとともに、それぞれの所属機構が地域社会の信頼と連携の要として果たしてきた努力と成果を温かく振り返った。
また、学術研究と社会実践を結びつけることの現代的意義を改めて共有し、台日双方の参加者・関係者への深い感謝を込めつつ、今後も国際的ネットワークを通じて学び合い、共に成長していくことを呼びかけた。
今回のフォーラムは、台湾、日本、欧州という異なる地域を結びつけながら、大学の社会的責任を「共創」「市民的主体」「越境的連携」という新たな視点から再定義し、地域創生・市民連携・国際協働の新たな地平を開いた点で極めて大きな意義を有する。渥美国際交流財団は今後も、大学・地域・市民社会のあいだに生まれる知の循環と実践の連携を力強く支え、アジアにおける持続可能な学術文化の発展に寄与していくつもりだ。
当日の写真
<張 桂娥(ちょう・けいが)Chang_Kuei-E>
台湾花蓮出身、台北在住。2008年に東京学芸大学連合学校教育学研究科より博士号(教育学)取得。専門分野は児童文学、日本語教育、翻訳論。現在、東呉大学日本語文学科副教授。授業と研究の傍ら、日台児童文学作品の翻訳出版にも取り組んでいる。SGRA会員。
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2025.10.30
2018年に始まった<日韓青少年大学生 歴史対話>は今年で第8回を迎えた。東アジアにおける歴史紛争と「国史体制」の強化という状況を認識し、歴史教育の力と歴史対話の可能性を通じて、解決の糸口を探ることが目的だ。
韓国と日本の大学生と高校生を対象に、古代から現代に至るまで日韓交流の最前線の役割を担ってきた韓国の釜山と日本の対馬という「境界地域」でフィールドワークを実施してきたが、今年はさらに福岡で探求型の活動を実施した。
第8回歴史対話は事前セミナー、ソウルプログラム、福岡プログラム、事後セミナーで構成された。5月に参加学生を対象としたオリエンテーションとして、対馬および日韓交流と深い縁のある京都建仁寺塔頭両足院の副住職伊藤東凌先生をソウルにお招きし、座禅セミナーを実施。学生たちは日本文化を直接体験し、日韓交流の歴史について学ぶ機会を得た。6月には歴史対話の経緯と意義を学習し、今後の方向性を話し合った。
8月上旬からは、日本からの参加者と一緒にソウルと福岡で相次いでプログラムが進行。ソウルプログラムは、高麗大学校ソウルキャンパスでの交流会と、東北アジア歴史財団独島展示室の共同見学にて構成された。8月1日には<日韓友情のコンサート>鑑賞やキャンパスツアー、日韓学生交流会を行い、翌2日には光化門の独島展示室を視察した。
7〜10日は福岡プログラムで、現地調査と歴史対話が中心となった。高麗大学校歴史教育科の参加者は承天寺・福岡城・鴻臚館・福岡市博物館・元寇防塁などを巡り、歴史的な「境界の場所」が持つ意味を肌で感じ取った。
8日には福岡大学図書館の多目的ホールでメイン行事を開催。午前は東京大学名誉教授の三谷博先生、早稲田大学の劉傑先生をお招きし、「歴史対話の経験を聴く、経験から学ぶ」という主題で講義と質疑応答を実施した。参加学生にとって学問だけでなく、国際的な感覚と歴史的思考を拡張する貴重な学びの時間となった。
午後には5つの小グループに分かれ、SGRAラーニング動画「歴史の大衆化と東アジアの歴史学」を視聴した後、討論と発表を行った。学生たちは国籍の違いを超えて多様な視点を交差させながら、公共歴史の多層性と複合性を探求した。三谷先生、劉先生の深奥なコメントは、学生たちの探求能力が一段と成長する契機となった。
プログラム終了後、学生食堂で懇親会が催された。学生たちは互いの経験を分かち合い、率直な対話を続け、次回の再会を約束した。このような出会いと交流の場こそが「歴史対話」の本質であると、改めて感じることができた。
9日は雨が降る中、筥崎宮・太宰府天満宮・九州国立博物館などを踏査し、この地域が持つ交流拠点としての性格を確認し、翌日帰国の途についた。
参加した韓国の学生からは「日本の学生と継続的に対話を続ける中で、同世代の友人と自然に認識するようになり、新しい舞台での挑戦を通じて自信を得た」「日本の学生と歴史と日常について深みのある対話を交わし、日本という国を新たに理解することができた」という感想が寄せられた。
本プログラムは2016年に北九州で初めて開催されたSGRAの「日中韓における国史たちの対話の可能性」に端を発する。コメンテーターとして参加した私は、「歴史学者間の対話に留まらず、次世代のための対話の場を創出すべきだ」と提案、これを自ら実現せねばと決意。その後、早稲田大学高等学院歴史教諭の柿沼亮介氏との協議を経て、2018年に第1回目を開催することができた。柿沼氏は、私が早稲田大学大学院に留学していた頃より交流を続けてきた学問的な同僚で、その信頼関係が今日まで「歴史対話」を支えてきた礎となっている。
今回は関口グローバル研究会(SGRA)との共催で行なわれた。SGRAは重要なパートナーとして全面的に支援していただき、参加者が経済的な負担なく「対話」に集中できる大きな力となった。高麗大学校歴史教育科や全南大学校歴史教育科、早稲田大学高等学院、東京科学大学都市環境学コース、福岡大学文学部の学生など参加した約50人は多様な観点から意見を交わし、相互理解を深める意義深い時間を持つことができた。また、SGRAメンバーである福岡大学文学部の柳忠熙氏の献身的な協力なくしては、今回の歴史対話の開催の成功は困難だった。
「歴史対話」は、単に歴史問題を論議する場ではなく、関係を築き、理解し、信頼を積み重ねていくプロセスだ。このような出会いが絶えず続く時、真の和解と共存の土台が築かれるものと信じる。私たちの対話は来年も、そしてその後も継続されていくだろう。
<鄭 淳一 CHONG Soon-il>
高麗大学歴史教育科教授。2011年度渥美財団奨学生。専門は日本古代史、東アジア海域史。歴史教育および歴史対話にも深い関心を抱いている。2008年から早稲田大学大学院文学研究科に留学し、2013年 博士(文学)の学位を取得。単著に『九世紀の来航新羅人と日本列島』(勉誠出版, 2015年)、編著に『僧侶と仏教の東アジア海域交流』(景仁文化社, 2024年)などがある。
2025 年10月30日配信
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2025.10.22
下記の通りSGRAチャイナフォーラムをハイブリッド形式で開催いたします。会場でもオンラインでも参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。
テ ー マ:「『琳派』の創造」
日 時:2025年11月22日(土)午後3時~5時20分(北京時間)/午後4時~6時20分(東京時間)
会 場:北京大学外国語学院新楼501(オンラインとのハイブリット開催)
言 語:日中同時通訳
共同主催:渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)
北京大学日本文化研究所
清華東亜文化講座
後 援:国際交流基金北京日本文化センター
協 賛:鹿島建設(中国)有限公司
※参加申込(リンクをクリックして登録してください)
★会場参加者の事前申請は締め切りました★
(参加方法に関わらず参加用URLが届きます。会場参加の方は当日会場にお越しください。)
(会場参加を希望する方で北京大学関係者以外の方は、事前に北京大学への入校申請が必要となりますので、フォーラム参加登録時に必要事項の入力をお願いします。登録いただいた情報をもとに事務局でまとめて申請します。なお、事前入校申請受付は11月18日(火)で締め切ります。(締め切りを過ぎた場合はオンラインでご参加ください。)当日は、北京大学のキャンパスに入校する際に身分証明書(中国籍の方はID、外国籍の方はパスポート)の提示が必要です。忘れずにお持ちください。)
お問い合わせ:SGRA事務局(
[email protected] +81-(0)3-3943-7612)
◆フォーラムの趣旨
公益財団法人渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)は、2007年から毎年、北京を中心とした中国各地の大学等で、日本の民間公益団体の主宰者を招いてSGRAチャイナ・フォーラムを開催してきた。2014年からは趣向を変え、清華東亜文化講座のご協力をいただき、中国在住の日本文学や文化の研究者を対象として、東北アジア地域の近現代史を「文化と越境」をキーワードに議論を重ねている。本年も、これまでの成果を踏まえながら、「東アジアにおける広域文化史」の可能性を探る。国立近代美術館の学芸員を長く務められた古田亮先生(東京芸術大学 大学美術館教授)をお迎えし、「琳派の創造」をテーマに、西洋の影響を受けて近代に創られた美術史の言説について考察する。日中同時通訳付き。
◆プログラム
総合司会:孫 建軍(北京大学日本言語文化学部/SGRA)
開会挨拶:野田昭彦(国際交流基金北京日本研究センター所長)
講演:古田 亮(東京芸術大学 大学美術館)「『琳派』の創造」
指定討論
討論者:戦 暁梅(国際日本文化研究センター)
中村麗子(東京国立近代美術館)
董 麗慧(北京大学芸術学院)
自由討論
モデレーター:林 少陽(澳門大学歴史学科/SGRA/清華東亜文化講座)
閉会挨拶:王 中忱(清華東亜文化講座/清華大学中国文学科)(予定)
◆講演内容
古田 亮(東京芸術大学 大学美術館)「『琳派』の創造」
「琳派」は、一般に日本美術史上に現れた流派の一つととらえられている。江戸時代初期に活躍した俵屋宗達や本阿弥光悦らによってつくられ、尾形光琳や酒井抱一によって受け継がれて近代に至ると説明されることが多い。しかし、実際には二つの点で間違っている。一つは、その間に「琳派」と名乗った画家は一人もいないこと。つまり、尾形光琳の「琳」に由来するこの用語は光琳以前に存在しなかっただけでなく、光琳自身も使わず、抱一の時代にもなかった。「琳派」という用語は近代に創造されたのである。もう一点は、江戸時代の宗達、光琳、抱一には直接の師弟関係も、狩野派のような流派としての家のつながりもない。光琳は時代を超えて宗達を発見し、抱一もまた時代を超えて光琳を発見した。その関係は私淑というべきものであった。
一方、「琳派」が近代に創造されたと言うとき、それは学術研究の結果ではなかった。歴史に沿って宗達、光琳、抱一という流れが初めから認識されていたのではない。まず、明治時代後半(19世紀末)、ジャポニスムに端を発してヨーロッパから〈日本らしい装飾芸術〉として光琳が注目された。ついで大正時代に、個性主義という20世紀初めの芸術観のもとに宗達の芸術が再評価された。本発表では美術史家よりもむしろ近代美術の同時代のムーブメントのなかで「琳派」という伝統がつくりあげられていったことを明らかにする。
※プログラムの詳細は、下記リンクをご参照ください。
日本語版
中国語版
中国語版ウェブサイト
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2025.10.10
第78回SGRAフォーラムの一環として実施されたスタディツアー「普天間から辺野古・大浦湾へ」に参加した。沖縄が抱える歴史的背景と米軍基地問題、そして環境や人権をめぐる課題を実地に学ぶことを目的として企画されたものである。限られた日程ではあったが、現地での視察と講義を通じて、沖縄の人々が直面する現実を多角的に観察し、理解する機会となった。
15世紀に成立した琉球王国は、中国や日本との間で外交と貿易を展開し、独自の文化を育んできた。しかし1609年の薩摩侵攻以降、二重支配の下で苦難の歴史を歩み、明治期には琉球処分により日本へ併合された。その後、言語や風俗の抑圧、土地の国有化、軍事化が進められたことは、現在の沖縄が抱える負担の原点でもある。
第二次世界大戦末期の沖縄戦は、県民約22万人が犠牲となった苛烈な地上戦であり、民間人の犠牲の大きさは他に例を見ない。戦後は米軍による接収が進み、住民の土地は銃剣とブルドーザーで奪われ、冷戦構造の中で沖縄は巨大な軍事拠点と化した。1972年の本土復帰以降も、在日米軍専用施設の約70%が沖縄に集中し、過重な負担が続いている。
私たちは宜野湾市に位置する嘉数高台公園を訪れ、そこから米海兵隊普天間飛行場を視察した。市街地の真ん中に位置するこの飛行場は学校や住宅に隣接し、騒音・落下物・環境汚染など、多くの危険を地域社会にもたらしている。最近では有機フッ素化合物(PFAS)などの有害物質による地下水汚染が健康被害への懸念を強めている。加えて、航空機事故や米兵による事件や事故は住民の不安を高めていることを実感した。
1995年の米兵による12歳の少女暴行事件を機に、普天間飛行場の返還が日米間で合意された。しかし危険性除去の代替策として浮上したのが、名護市辺野古への移設計画である。
続いて訪れた辺野古は現在、新たな滑走路と港湾機能を備えた基地建設が進行している。辺野古や大浦湾の152ヘクタールが埋め立て対象となり、世界的にも稀少な生態系が破壊の危機にさらされているという。特にジュゴンやアオサンゴなど絶滅危惧種262種を含む約5,300種の生物が生息するこの海域は、国際的NGO「ミッション・ブルー」により日本初の「Hope Spot」に認定されている。にもかかわらず、政府は環境影響評価を軽視し、建設を進めている実態を知り、深い憂慮を覚えた。
2014年の着工後に建設予定地の海底は軟弱地盤であることが判明し、71,000本の杭打ちによる補強が必要とされる。巨額の費用と長期化が予想され、米国からも実効性への疑念が投げかけられている。完成時期は早くとも2037年以降とされ、現時点では普天間返還の見通しすら曖昧なままである。
こうした状況に対し、沖縄の市民は長年にわたり粘り強く抗議活動を続けてきた。辺野古の浜辺やゲート前での座り込み、カヌーによる海上抗議、署名や住民投票、さらには国際自然保護連合(IUCN)との協力など、多様な手段が展開されている。2003年に提訴された「沖縄ジュゴン訴訟」は、米国の国家歴史保存法を適用させた画期的な事例であり、沖縄の声を国際的に可視化する機会となった。
近年では国連人種差別撤廃委員会へ働きかけ、同委員会が日本政府に対し、辺野古建設が琉球・沖縄の先住民族の権利を侵害していないか説明を求めるなど、国連を巻き込んだ動きも生まれている。現地で出会った人々の言葉には、生活を守り、未来世代に豊かな自然を残したいという切実な願いが込められていた。
今回痛感したのは、沖縄の基地問題が単なる地方の課題ではなく、日本の安全保障政策や環境保護、人権、そして暴力からの開放に直結する問題だという点である。辺野古を「唯一の選択肢」と繰り返してきた日米両政府の姿勢は、市民参加や自治の尊重を欠き、対話の不在を浮き彫りにした。さらに、軟弱地盤問題や環境破壊のリスクを前にしても計画を見直さないかたくなさは、政策決定の硬直性を象徴している。
求められるのは、沖縄の人々の声に耳を傾けるとともに、この問題を自分ごととして捉える視点である。環境、人権、平和という普遍的な価値のために、何ができるのかを考え、社会的対話を広げていくことが必要だろう。
ツアーで得た経験は、沖縄の歴史と現在を直視する重要な機会となった。普天間と辺野古の現実を前に、私たち一人一人が問われているのは、どのような未来を選び取るのかという根源的な問いである。沖縄が背負わされてきた過重な負担を減じ、豊かな自然と文化を守り抜くために学び続け、行動することの必要性を強く心に刻んだ。
当日の写真
<イドジーエヴァ・ジアーナ IDZIEVA Diana>
ダゲスタン共和国出身。2024年度渥美財団奨学生。東京外国語大学大学院総合国際学研究科より2021年修士号(文学)、2025年9月博士号(学術)を取得。主に日本の現代文学の研究を行っており、博士論文のテーマは今村夏子の作品における暴力性。現在、東京外国語大学、慶應義塾大学、津田塾大学で非常勤講師。
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2025.09.25
近年、モンゴルにおける匈奴、鮮卑、モンゴル帝国等の発掘調査が世界的に注目されている。コロナ禍を除いて、ほぼ毎年、10数か国の考古学調査隊が調査をおこなっている。私もこの分野に足を踏み入れ、2020年にはプロジェクト「“チンギス・ハーンの長城”に関する国際共同研究基盤の創成」、2022年「匈奴帝国の単于庭と龍城に関する国際共同研究」、2024年「モンゴルのシルクロード遺跡に関する学際的研究――ドグシヒーン・バルガスを中心に」等を立ち上げた。発掘プロジェクトの中心メンバーの二木博史先生(東京外国語大学名誉教授・国際モンゴル学会副会長)とJ.オランゴア(J.Urangua)先生(モンゴル国立大学終身教授)は、以前よりウランバートル国際シンポジウムに協力していただいている。
シルクロードは古くから東アジアと中央アジア、西アジア、さらにヨーロッパ、北アフリカとを結んできた道だ。従来、「シルクロード」というと、人々は「東西交通」の道に注目しがちだが、「南北交通」の道も存在する。近年、モンゴル高原と中国の中原とを結ぶ道についても注目されるようになった。いわゆる「草原の道」は西安から北上してカラホト、カラコルムにわたり、モンゴル高原とつなぐルート、あるいはアルタイ山脈沿いをとおり、カザフスタンの草原、ユーラシア・ステップをへて、東ヨーロッパとを結ぶ道をさしている。道沿いには交易の町が多数存在していた。匈奴時代、匈奴と漢の間で結ばれた盟約は、「漢の皇帝は公主を匈奴の単于(匈奴の皇帝)に嫁がせ、一定の量の絹や綿、食物などを送り、匈奴は辺境をかき乱すことをしない」、というものだった。また、「関市(交易の市場)」を開いて互いに交易もおこなっていた。草原の道を通して、農耕民族は匈奴や鮮卑、突厥などの騎馬民族に絹や綿、食物などを輸出し、騎馬民族から馬をはじめとする家畜、毛皮、馬具、騎射技術、「胡床」(折り畳みのベッド)及びその製造技術などを輸入した。
今年のシンポジウムのテーマは、近年の考古学や歴史学、文献学等諸分野における新発見、研究の歩みをふりかえり、匈奴やモンゴルをはじめ、北方歴代の遊牧民族の諸帝国が築いた、多様な要素によって構成されたモンゴル高原における草原のシルクロードの遺跡、交易等を考察し、その歴史的・社会的・文化的空間の解明と再構築とを目指すものだ。
第18回ウランバートル国際シンポジウム「21世紀のシルクロード研究――モンゴルからのアプローチ」は、2025年9月1日、モンゴル国立大学図書館502会議室で対面とオンライン併用の形で開催され、100 名ほどの研究者と学生等が参加した。渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)と昭和女子大学国際学部国際学科、モンゴル国立大学科学カレッジ歴史学科の共同主催、在モンゴル日本大使館、昭和女子大学、公益財団法人渥美国際交流財団、モンゴルの歴史と文化研究会の後援、日本私立学校振興・共済事業団学術研究振興資金、公益財団法人守屋留学生交流協会の助成をいただいた。
開会式では、モンゴル国立大学学長B.オチルホヤグ(B. Ochirkhuyag)とモンゴル国駐箚日本国特命全権大使井川原賢が祝辞を述べた。在モンゴル日本大使館伊藤頼子書記官は大使の通訳を担当した。その後、一日にわたり、東京外国語大学名誉教授・国際モンゴル学会副会長二木博史、モンゴル国立大学科学カレッジ人類学考古学科長・教授U.エルデネバト(U.Erdenebat)、筆者、モンゴル国立大学終身教授J.オランゴア、内モンゴル大学モンゴル学院モンゴル歴史学科長・准教授李哲、内モンゴル師範大学地理科学学院教授烏敦、モンゴル国立大学科学カレッジ人類学考古学科准教授T. イデルハンガイ(T.Iderkhangai)、高知大学教授湊邦生、モンゴル国立大学科学カレッジ歴史学科准教授B.バトスレン(B.Batsüren)、東京外国語大学研究員上村明、軍事史・地図研究者大堀和利、モンゴル国立教育大学教授L.アルタンザヤー(L.Altanzaya)等、日本、モンゴル、中国の研究者22名(共同発表も含む)により12本の報告があった。
5本は私が研究代表をつとめるプロジェクトの成果報告だ。ドグシヒーン・バルガスとは、これまで知られていない、モンゴル帝国時代とそれにつづく時代におけるシルクロードの町の一つだ。ほかの7本は、モンゴル高原のシルクロードにおける考古学、歴史学、民俗学、人文地理学、芸術学、社会学などの分野のものだった。オープンディスカッションは二木博史先生とJ.オランゴア先生がつとめた。フロアーからさまざまな質問がだされ、議論が展開された。
今回のシンポジウムは、モンゴルの『ソヨンボ』『オラーン・オドホン』紙、TV9、Zogii.mn等により報道された。日本では、『日本モンゴル学会紀要』第55号などが紹介する予定で、本シンポジウムの成果をまとめた論文集は2026年3月に日本で刊行される。
8月2日、シンポジウムに先立ってモンゴルを訪れて資料を収集したほか、セレンゲ県ユルー郡カルニコフ匈奴・鮮卑墓群では現地調査にも参加した。この遺跡は匈奴と鮮卑の墓群が混在しており、研究する価値は非常に大きいだけではなく、そのなかを建設中の道路が貫通しており、早期に保護しなければならない。そのため、2024年度には研究プロジェクト「モンゴル国セレンゲ県ユルー郡カルニコフ匈奴・鮮卑墓群の発掘と保存」を立ち上げた。8月21日にはモンゴル国防省等主催の国際シンポジウム「第二次世界大戦の終結:解放戦争の歴史的研究」に参加し、研究発表をおこなった。元渥美奨学生で、内モンゴル大学ナヒヤ教授も論文を発表した。ウランバートルに滞在していた間、モンゴルの各テレビ局は、社会主義時代にモンゴルや旧ソ連で製作されたソ連・モンゴル連合軍の対日戦、或いは独ソ戦の映画を放映していた。これは毎年この「季節」になると繰り返し放映されてきたことだが、今年はなんと、中国のテレビ局が作った抗日のテレビドラマもモンゴル語に翻訳され、放映されていることに驚いた。
会議と発掘の写真
<ボルジギン・フスレ Borjigin Husel>
昭和女子大学大学院生活機構研究科教授。北京大学哲学部卒。1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会外国人特別研究員、ケンブリッジ大学モンゴル・内陸アジア研究所招聘研究者、昭和女子大学人間文化学部准教授、教授などをへて、現職。主な著書に『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、『モンゴル・ロシア・中国の新史料から読み解くハルハ河・ノモンハン戦争』(三元社、2020年)、『日本人のモンゴル抑留の新研究』(三元社、2024年)、編著『ユーラシア草原を生きるモンゴル英雄叙事詩』(三元社、2019年)、『国際的視野のなかの溥儀とその時代』(風響社、2021年)、『21世紀のグローバリズムからみたチンギス・ハーン』(風響社、2022年)、『遊牧帝国の文明――考古学と歴史学からのアプローチ』(三元社、2023年)他。
2025年9月25日配信
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2025.09.19
下記の通り第12回日台アジア未来フォーラムを開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。皆様のご参加をお待ちしています。
開催日:2025年10月17日(金)9:30〜17:20
開催場所:台湾 東呉大学 外雙溪キャンパス 第1教学研究棟(台北市臨渓路70号) 及びオンライン
使用言語:中国語・日本語・英語
共同主催:公益財団法人 渥美国際交流財団関口グローバル研究会
東呉大学(校級)東アジア地域発展研究センター
協賛:東呉大学外国語文学部、英文学科、日本語文学科、ドイツ文化学科、
国際学士 課程、心理学科、中東欧教学研究センター
参加申込はこちらから
※オンライン参加の方には後日アクセス情報をお送りします
お問い合わせ SGRA事務局(
[email protected])
◆ 趣旨
日台未来フォーラムは、台湾在住のSGRAメンバーの発案により2011年に始まり、毎年台湾の大学と協力して開催されてきました。第12回となる今回は、東呉大学東アジア地域発展研究センターとの共催により「大学と地域社会の未来」を主題に掲げ、大学の社会的責任(USR)を多角的に考察します。基調講演では観光と地域づくりを切り口にUSRの新たな可能性を探り、招待講演では日台の大学協働の試みや、ヨーロッパにおけるCSR・USRの先進的事例を共有します。さらにパネル討論では台湾・士林北投地域と東呉大学の取り組みをもとに、地域創生における大学の具体的な役割を検討します。本フォーラムは、台湾・日本・ヨーロッパを結ぶ知的ネットワークを基盤に、大学がレジリエンスや包摂性、民主的価値を育む主体としていかに地域と関わり得るかを国際的かつ学際的に議論する場を提供し、人文社会科学を越えて幅広い研究者に新たな視座と刺激をもたらすことを目指します。
◆プログラム
【基調講演】
山川 和彦(麗澤大学大学院言語教育研究科教授)
「地域社会の持続と観光学2.0 ―共創するまちづくりに向けて」
日本の地方社会では人口減少が進み、地域経済の維持が大きな問題になりつつある。こうした中、観光は地域活性化の重要な産業として期待され、多くの自治体が観光振興に力を入れている。しかし、観光客、特に外国人旅行者の急増により一部地域ではオーバーツーリズムが深刻化し、自然環境の破壊や住民の生活への悪影響が顕在化している。 国連世界観光機関(UNWTO)は持続可能な観光を「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義しており、観光地においてもこの理念に基づいた取り組みが求められている。この持続可能な観光は、観光が観光客と観光業者によって成り立つものではなく、地域生活者、地域産業、行政、教育など多様なステークホルダーが関与する社会的活動になったと言っても過言ではない。そのため、地域の多様な関係者をつなぎ、持続可能性を調整・推進する「サステナビリティ・コーディネーター」の役割が重要になってくる。同時に持続可能な観光は、その場所に関係する人やものごとのウエルビーイングを考える必要があるといえる。(講演は日本語、中国語へ逐次通訳)
【招待講演1】
楊名豪 (国立台湾海洋大学助理教授)
「国境を越える「関係人口」の創出:日台大学協働の試み」
「関係人口」とは、特定の地域と多様な関わりを持つ人々を指す言葉であり、近年、日本の地方創生において重要な概念となっています。本講演では、この「関係人口」という概念を、台湾と日本の大学間の国際協力に応用し、より柔軟で非伝統的な学術的・社会的な繋がりを構築する方法について考察します。共同研究や学生交流、地域活性化プロジェクトを通じて、両国の大学がどのように新たな「関係人口」を創出し、ひいては東アジア地域の持続可能な発展と異文化理解を促進できるかを分析します。実践例を共有し、今後の台日大学連携における新たなモデルを提示することを目的とします。(講演は英語)
【招待講演2】
Olga Khomenko 氏(オックスフォード大学グローバルエリアスタティーズ研究科)
「ヨーロッパにおける大学の社会的責任の現代的実践 ―ウクライナ、ドイツ、フランスイギリスの事例を用いた国際比較研究」
本プレゼンテーションでは、ヨーロッパの大学における地域社会との連携モデルを比較します。戦時下や平時における大学の役割の変化に注目し、サービスラーニング、パートナーシップ、参加型ガバナンス、ソーシャル・イノベーションなどの実践を紹介します。台湾に教訓になる事例を紹介しながら、大学がレジリエンス、包摂性、民主的価値を育むために果たせる役割について、国際的な視点から考察を行います。 (講演は英語)
【パネルディスカッション】
テーマ:
「USRの現況と展望 -マクロからミクロへ ― 台湾・士林北投地域・東呉大学の地域創生事例の検討と共有 ―」
司会:王世和 教授(東呉大学副学長)
登壇者:
汪曼穎 教授(東呉大学心理学科)
張綺容 准教授(英文学科・国際学士課程長)
李泓瑋 助理教授(日本語文学科)
施富盛 助理教授(社会学科)
(討論は英語、一部中国語⇔英語逐次通訳)
プログラム(中国語・日本語))
フォーラム概要
2025年9月19日配信
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2025.09.11
2025年7月26日(土)、第77回SGRAフォーラムが渥美国際交流財団関口グローバル研究会および早稲田大学先端社会科学研究所・東アジア国際関係研究所との共催のもと、早稲田大学大隈記念講堂小講堂でハイブリッド形式により開催された。米国の政権交代がもたらした国際秩序の変動を念頭に置きつつ、多様性と相互協力を基盤とした平和構築の経験を改めて検証することが求められている。今回は「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」をテーマに、東・東南アジアの研究者が一堂に会し、戦後80年の歩みを振り返りつつ、東アジアの和解と平和の展望について議論が交わされた。
最初の講演では沈志華氏(華東師範大学)が「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」と題し、冷戦期における中国の外交戦略が「革命外交」から「実務重視の外交」へと大きく転換した過程を三つの段階に分けて分析した。第1段階(1949-1969)はソ連と連携して米国に対抗した「向ソ一辺倒」の時代であり、東北アジアでは南北の二つの三角同盟が鋭く対立した。第2段階(1970-1984)では、中ソ対立を背景に米国と連携してソ連に対抗する「向米一辺倒」へと転換し、地域の緊張緩和に繋がった。そして第3段階(1985-1991)では、改革開放と共に非同盟の全方位外交へと移行し、中米ソの「大三角」構造の中で地域の対立構造が解消され、和平交渉のプロセスが始まったと解説。この歴史的変遷を踏まえ、今後の中国外交は「鄧小平が確立した実務重視の非同盟政策を堅持し、特に日韓両国との関係発展を地域の平和と安定の基盤とすべきだ」と提言した。
次に藤原帰一氏(順天堂大学・東京大学)が、「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」をテーマに講演を行った。藤原氏は、かつての米ソ冷戦の終結後、再び米中間の緊張が「新冷戦」と呼べるほどの国際政治の分断を生み出している現状を指摘。第2次大戦後の日本の民主化が米ソ冷戦の開始と共に米国の対アジア戦略の拠点として組み込まれ、米中接近まで緊張が続いた歴史を振り返った。その上で、2008年以降に再び顕著になった米中間の新たな緊張関係がなぜ生まれたのか、その要因を権力移行論の観点から分析した。さらに、日本の対中政策が米国の影響を強く受けてきたことは事実としつつも、福田赳夫政権や現在の石破茂政権の動向を例に挙げ、日本独自の判断や米国との政策の「ズレ」も存在することを指摘し、日本の自主的な外交の役割について考察の視点を提供した。
フォーラムの後半は林泉忠氏(東京大学)をモデレーターに、若手研究者による多角的な討論が展開された。
権南希氏(関西大学)は、北朝鮮の核開発やロ朝の軍事接近、米中ロの対立激化により、東アジアの安全保障体制が構造的な不安定性を深めていると分析。北朝鮮が韓国を「主敵」と規定する一方、韓国社会では統一を段階的信頼構築の「過程」として捉える傾向が強まっているとし、法治主義に基づく統合体制の構築と社会文化的な接触を通じた信頼醸成の重要性を論じた。
ラクスミワタナ・モトキ氏(早稲田大学)は、タイ保守派の陰謀論を分析することを通じて、冷戦が途上国の国内政治に与え、今日まで続く権力構造を形成した影響を考察した。これにより、「国」を単位とした分析だけでは見えてこない、現代にまで続く冷戦の断層線を明らかにする視点の可能性を提示した。
野崎雅子氏(早稲田大学)は、日米中の留学生政策の変化に着目し、国際秩序と知的交流の関係を検討。かつては信頼関係構築の基盤であった知的交流が、国家間の緊張の高まりと共に分断の危機に瀕している現状を指摘し、その克服の可能性について議論を提起した。
李彦銘氏(南山大学)は、日中関係における和解の道のりに焦点を当てた。政府レベルでの一定の和解は達成されたとしつつも、2010年代以降の民間レベルでの歴史認識には依然として課題が残ると分析。一方で、非政府組織(NGO)における信頼構築の事例を挙げ、民間交流が持つ和解の可能性を展望し、今後に向けての提言を行った。
総合討論と質疑応答では、戦後80年という節目を迎え、世界各地で局地的な紛争が多発し、東アジアの緊張も高まっているものの、本格的な武力衝突(いわゆる「熱い戦争」)には至っていない、という現状認識が示された。その上で、悪化する米中関係を背景とした新たな「冷戦」への懸念や、厳しさを増す中国と周辺地域との関係に対し、今後いかに対応すべきかが議論された。また、こうした国際情勢と連動する日本の国内情勢も注目された。7月の参議院選挙において、経済や景気といった課題よりも「日本人ファースト」という排外的・保守的なスローガンに注目が集まったことは、その一例といえる。このような動向が日本の将来に与える影響は大きく、不安視する声が少なくなかった。
本フォーラムは、戦後80年という歴史を、大国間のマクロな視点から、各地域の固有の文脈、さらには民間交流というミクロな視点まで、重層的に捉え直す貴重な機会となった。登壇者の議論は、歴史認識の違いを乗り越え、対話を通じて相互理解を深めることの重要性を改めて浮き彫りにした。複雑化する国際情勢の中で、過去を真摯に検証し、未来志向の平和な関係をいかに構築していくか。そのための知的基盤を提供する、有意義な議論の場となった。
当日の写真
アンケート集計
<賈海涛(か・かいとう)JIA Haitao>
一橋大学言語社会研究科博士課程修了。博士(学術)。2023年度渥美奨学生。神奈川大学外国語学部中国語学科外国人特任助教、一橋大学非常勤講師。人文系ポッドキャストの運営者。研究分野は華語圏文学、文学言語。主要業績に、単著『流動と混在の上海文学――都市文化と方言における新たな「地域性」』(ひつじ書房、2025)ほか。
2025年9月11日配信
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2025.08.25
2025年7月14日から18日、第6回国際和解学会年次会ソウル大会2025が韓国・ソウル大学日本研究所の主管で開催された。私が企画した渥美パネル「『尊厳の遺産』国連墓地:朝鮮戦争の記憶と和解」は、大会唯一の特別セッション(Alternative Session)として実施され、私の中では今でも余韻が続いている。
この渥美パネルは、自分が2021年に監修・出演した韓国放送公社(KBS)ドキュメンタリー「記憶の地、国連墓地」の上映会とトークイベントだ。昨年末に渥美国際交流財団のパネル募集を確認した途端、「和解(reconciliation)」をテーマとするこの学会にはこのドキュメンタリー上映がぴったりだと確信した。短期間で適任の先生方が集まり、意欲にあふれた企画書を作った。結果は幸いにも採択。
企画の意図は、国連創設80周年と朝鮮戦争勃発75周年、日韓国交正常化60周年の節目の年を迎え、朝鮮戦争に伴う文化遺産を通して、国際和解と「死者の尊厳」に関する知見を共有することだ。これは私が東京大学で担当している学術プロジェクト「尊厳学の確立:尊厳概念に基づく社会統合の学際的パラダイムの構築に向けて」を国際的に広く発信することとも共鳴する。パネルの先生方が途中で交替されることもあったが、渥美財団と学会事務局のご協力で、無事に開催することができた。朝鮮戦争の墓地に関するドキュメンタリーも、それを取り上げるパネルも、フィルムの内と外で劇的に「和解」に向かっていく私の道のりは、起承転結のナラティブそのものと言える。
7月15日、私の司会でパネルが始まった。KBSプロデューサーの李京玟(イ・ギョンミン)さん、パネルの趙明鎭(ジョ・ミョンジン)先生と私で渥美パネルのために英語字幕を付けたドキュメンタリーを上映。トークイベントでは李さんと私が番組制作の裏話を披露した。
パネルディスカッションでは、専門家の先生方から国際和解学的観点からみる「朝鮮戦争以降の東アジアの平和への道」をテーマとした自由討論が続いた。欧州連合(EU)理事会の趙先生は、ドキュメンタリーの感想に続き、ヨーロッパの安全保障に関する見解と、「ハイヒューマニズム(high-humanism)」の主唱者として記憶を通じた和解の実践方案を、自作の詩とともに提案された。東京大学名誉教授の木宮正史先生は、日本の国際政治学と日韓関係の観点からみる和解の方向を説明された。最後に、元渥美奨学生でソウル大学日本研究所長・南基正(ナム·ギジョン)先生は大会の主催者として、様々な和解に関する見解と学会のテーマである「分断を超えてー私たちを分ける障壁を克服して」について語られた。
質疑応答では、過去の戦争の記憶」を「未来の平和の道」へ導くための意見が参加者たちと共有された。2023年に朝鮮戦争停戦70周年を記念し、外務省の支援のもと「国際理念と秩序の潮流:日本の安全保障戦略の課題」の一環として東京大学で行ったドキュメンタリー上映会が、国際和解学会の場まで広がったことを考えると感慨深い。われわれの認識と経験の地平が拡大するにつれ、「和解」を見るまなざしも次第に深まるだろう。国を越えた和解、彼我間の和解、過去と現在・未来との和解、南北間の和解、生死の和解、自分との和解など…。
企画から実現に至る私の半年間の道のりは幕を閉じたが、この渥美パネルが、参加者たちにとって色々な障壁を乗り越える「和解」の幕を開けることを願う。
当日の写真
関連エッセイ:李貞善「記憶の地、国連墓地が遺すもの」
<李貞善(イ・ジョンソン)LEE Chung-sun>
東京大学大学院人文社会系研究科附属次世代人文学開発センターの特任助教。2021年度渥美奨学生として2023年2月に東京大学で博士号取得。高麗大学卒業後、韓国電力公社在職中に労使協力増進優秀社員の社長賞1等級を受賞。2015年来日以来、2022年国際軍史事学会・新進研究者賞等、様々な研究賞受賞。大韓民国国防部・軍史編纂研究所が発刊する『軍史』を始め、国連教育科学文化機関(ユネスコ)関連の国際学術会議で研究成果を発表。2018年日本の世界遺産検定で最高レベルであるマイスター取得後、公式講師としても活動。
2025年9月5日配信
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2025.08.03
2025年7月14日から18日にかけて、国際和解学会が韓国ソウル大学において開催された。私が企画したパネルセッション『美術と美術史による和解』には、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の派遣チームとして参加した。
本パネルの開催趣旨は、国際和解を促進し戦争の傷を癒す上で、美術と美術史が果たした独特の役割を探ることだった。発表はすべて英語で、研究テーマに関連する時代順に行われた。司会は元渥美奨学生の陳エン氏(京都精華大学准教授)。
最初の発表は私、陳藝婕(元渥美奨学生、上海大学講師)の論文「1958年に日本で開催された敦煌展:文化による和解の始まり」。戦後初期かつ最大規模の中国美術展の一つである「中国敦煌芸術展」を中心に、冷戦期における日中民間文化交流の歴史的意義を分析した。国交が未回復だった日中両国において、日本中国文化交流協会や毎日新聞社などの民間主導で実現したこの展覧会は、約10万人の来場者を集める大成功を収めた。特に敦煌美術が共有する仏教文化的基盤(飛鳥・奈良時代の日中芸術交流)が共感を呼び、井上靖の小説『敦煌』(1959年)やNHKドキュメンタリー「シルクロード」(1980年)など、戦後日本における「敦煌ブーム」を生み出した点が強調された。政治的に困難な時代にも、文化外交が相互理解を促進し、学術・文学・映像メディアにわたる持続的影響力を発揮した事例として評価されている。展示された敦煌美術の文化的価値が、政治的な対立を超えた共感を呼び起こしたと言えるだろう。
エフィ・イン氏(Effie Yin、Ringling College of Art and Design講師)の「写実か近代か?1950年代の雪舟展と日中芸術交流」は、1956年に日本と中国で開催された雪舟の作品展とその背景にある日中の文化的・政治的課題についての考察だった。雪舟は室町時代の禅僧画家で、1956年は没後450年にあたり、世界平和評議会によって「世界の十大文化人の一人」に推挙された。東京と北京で展覧会が開かれ、展示の文脈や意図が異なっていたにも関わらず、国交正常化前の文化交流における画期的な瞬間だったと指摘した。特に中国にとって、この展覧会は日中間の友好的な文化交流を促進し、関係正常化に貢献する一助となった。中国は当時、ソビエト連邦への過度な依存から脱却し、「百花斉放、百家争鳴」を提唱し始めていたが、雪舟の芸術は中国絵画伝統との関連から受け入れられ、中国発祥の芸術的リアリズムの推進にも寄与した。両国の展覧会は文化的・政治的課題を反映していたが、日中の文化交流の架け橋となり、外交関係の修復と正常化への重要な一歩となった。
張帆影氏(中国美術学院講師)の報告は、20世紀初頭にベルンソンやシーレン、矢代幸雄が初期ルネサンス研究で確立した形態や様式を重視する形式主義的分析手法を活用し、東洋美術の西洋における受容の過程を分析した。この結果、東洋美術の西洋認知が進む一方、作品の文化的・歴史的文脈が軽視され、普遍化される傾向が生じた。このアプローチは東洋美術の認知度向上にも寄与した半面、文化的・歴史的文脈を犠牲にし伝統を形式化・普遍化する傾向をもたらした。画期的な異文化研究手法でありながら、形式主義的視点はオリエンタリズム的傾向とも密接に結びついていた。張氏はグローバル美術史における形式主義的方法論の限界を考察し、これらの制約を乗り越えるために、より広範な文化的・歴史的次元の統合を提唱する。
3人の報告を終えた後、王怡然氏(浙江外国語学院講師)が討論者としてそれぞれコメントし、議論が行われた。会場の参加者からも複数の質問があり、美術や美術史の「和解」に対する作用を検討した。美術展や学術研究を通じて、紛争下にある国家間の文化的対話を提唱し、非合理な憎悪と誤解が徐々に解消されることを願った。
当日の写真
<陳藝婕 CHEN Yijie>
2022年度渥美国際財団奨学生。中国浙江省出身。2023年、総合研究大学院大学国際日本研究博士号取得。現在は中国上海大学講師を務めている。研究分野は、日中絵画の交流や受容。論文には「旭日江山:傅抱石の絵画における赤い太陽の図像と中日韓古代絵画の関係について」(『美術観察』2024年第4号)、「高島北海『写山要訣』の中国受容:傅抱石の翻訳・紹介を中心に」(『日本研究』64集,2022年3月)、「記美術史家鈴木敬」(『美術観察』2018年5月号)など、著作は『黄秋園 巨擘伝世・近現代中国画大家』(中国北京高等教育出版社、 2018 年)などがある。