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2025.08.25
2025年7月14日から18日、第6回国際和解学会年次会ソウル大会2025が韓国・ソウル大学日本研究所の主管で開催された。私が企画した渥美パネル「『尊厳の遺産』国連墓地:朝鮮戦争の記憶と和解」は、大会唯一の特別セッション(Alternative Session)として実施され、私の中では今でも余韻が続いている。
この渥美パネルは、自分が2021年に監修・出演した韓国放送公社(KBS)ドキュメンタリー「記憶の地、国連墓地」の上映会とトークイベントだ。昨年末に渥美国際交流財団のパネル募集を確認した途端、「和解(reconciliation)」をテーマとするこの学会にはこのドキュメンタリー上映がぴったりだと確信した。短期間で適任の先生方が集まり、意欲にあふれた企画書を作った。結果は幸いにも採択。
企画の意図は、国連創設80周年と朝鮮戦争勃発75周年、日韓国交正常化60周年の節目の年を迎え、朝鮮戦争に伴う文化遺産を通して、国際和解と「死者の尊厳」に関する知見を共有することだ。これは私が東京大学で担当している学術プロジェクト「尊厳学の確立:尊厳概念に基づく社会統合の学際的パラダイムの構築に向けて」を国際的に広く発信することとも共鳴する。パネルの先生方が途中で交替されることもあったが、渥美財団と学会事務局のご協力で、無事に開催することができた。朝鮮戦争の墓地に関するドキュメンタリーも、それを取り上げるパネルも、フィルムの内と外で劇的に「和解」に向かっていく私の道のりは、起承転結のナラティブそのものと言える。
7月15日、私の司会でパネルが始まった。KBSプロデューサーの李京玟(イ・ギョンミン)さん、パネルの趙明鎭(ジョ・ミョンジン)先生と私で渥美パネルのために英語字幕を付けたドキュメンタリーを上映。トークイベントでは李さんと私が番組制作の裏話を披露した。
パネルディスカッションでは、専門家の先生方から国際和解学的観点からみる「朝鮮戦争以降の東アジアの平和への道」をテーマとした自由討論が続いた。欧州連合(EU)理事会の趙先生は、ドキュメンタリーの感想に続き、ヨーロッパの安全保障に関する見解と、「ハイヒューマニズム(high-humanism)」の主唱者として記憶を通じた和解の実践方案を、自作の詩とともに提案された。東京大学名誉教授の木宮正史先生は、日本の国際政治学と日韓関係の観点からみる和解の方向を説明された。最後に、元渥美奨学生でソウル大学日本研究所長・南基正(ナム·ギジョン)先生は大会の主催者として、様々な和解に関する見解と学会のテーマである「分断を超えてー私たちを分ける障壁を克服して」について語られた。
質疑応答では、過去の戦争の記憶」を「未来の平和の道」へ導くための意見が参加者たちと共有された。2023年に朝鮮戦争停戦70周年を記念し、外務省の支援のもと「国際理念と秩序の潮流:日本の安全保障戦略の課題」の一環として東京大学で行ったドキュメンタリー上映会が、国際和解学会の場まで広がったことを考えると感慨深い。われわれの認識と経験の地平が拡大するにつれ、「和解」を見るまなざしも次第に深まるだろう。国を越えた和解、彼我間の和解、過去と現在・未来との和解、南北間の和解、生死の和解、自分との和解など…。
企画から実現に至る私の半年間の道のりは幕を閉じたが、この渥美パネルが、参加者たちにとって色々な障壁を乗り越える「和解」の幕を開けることを願う。
当日の写真
関連エッセイ:李貞善「記憶の地、国連墓地が遺すもの」
<李貞善(イ・ジョンソン)LEE Chung-sun>
東京大学大学院人文社会系研究科附属次世代人文学開発センターの特任助教。2021年度渥美奨学生として2023年2月に東京大学で博士号取得。高麗大学卒業後、韓国電力公社在職中に労使協力増進優秀社員の社長賞1等級を受賞。2015年来日以来、2022年国際軍史事学会・新進研究者賞等、様々な研究賞受賞。大韓民国国防部・軍史編纂研究所が発刊する『軍史』を始め、国連教育科学文化機関(ユネスコ)関連の国際学術会議で研究成果を発表。2018年日本の世界遺産検定で最高レベルであるマイスター取得後、公式講師としても活動。
2025年9月5日配信
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2025.08.03
2025年7月14日から18日にかけて、国際和解学会が韓国ソウル大学において開催された。私が企画したパネルセッション『美術と美術史による和解』には、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の派遣チームとして参加した。
本パネルの開催趣旨は、国際和解を促進し戦争の傷を癒す上で、美術と美術史が果たした独特の役割を探ることだった。発表はすべて英語で、研究テーマに関連する時代順に行われた。司会は元渥美奨学生の陳エン氏(京都精華大学准教授)。
最初の発表は私、陳藝婕(元渥美奨学生、上海大学講師)の論文「1958年に日本で開催された敦煌展:文化による和解の始まり」。戦後初期かつ最大規模の中国美術展の一つである「中国敦煌芸術展」を中心に、冷戦期における日中民間文化交流の歴史的意義を分析した。国交が未回復だった日中両国において、日本中国文化交流協会や毎日新聞社などの民間主導で実現したこの展覧会は、約10万人の来場者を集める大成功を収めた。特に敦煌美術が共有する仏教文化的基盤(飛鳥・奈良時代の日中芸術交流)が共感を呼び、井上靖の小説『敦煌』(1959年)やNHKドキュメンタリー「シルクロード」(1980年)など、戦後日本における「敦煌ブーム」を生み出した点が強調された。政治的に困難な時代にも、文化外交が相互理解を促進し、学術・文学・映像メディアにわたる持続的影響力を発揮した事例として評価されている。展示された敦煌美術の文化的価値が、政治的な対立を超えた共感を呼び起こしたと言えるだろう。
エフィ・イン氏(Effie Yin、Ringling College of Art and Design講師)の「写実か近代か?1950年代の雪舟展と日中芸術交流」は、1956年に日本と中国で開催された雪舟の作品展とその背景にある日中の文化的・政治的課題についての考察だった。雪舟は室町時代の禅僧画家で、1956年は没後450年にあたり、世界平和評議会によって「世界の十大文化人の一人」に推挙された。東京と北京で展覧会が開かれ、展示の文脈や意図が異なっていたにも関わらず、国交正常化前の文化交流における画期的な瞬間だったと指摘した。特に中国にとって、この展覧会は日中間の友好的な文化交流を促進し、関係正常化に貢献する一助となった。中国は当時、ソビエト連邦への過度な依存から脱却し、「百花斉放、百家争鳴」を提唱し始めていたが、雪舟の芸術は中国絵画伝統との関連から受け入れられ、中国発祥の芸術的リアリズムの推進にも寄与した。両国の展覧会は文化的・政治的課題を反映していたが、日中の文化交流の架け橋となり、外交関係の修復と正常化への重要な一歩となった。
張帆影氏(中国美術学院講師)の報告は、20世紀初頭にベルンソンやシーレン、矢代幸雄が初期ルネサンス研究で確立した形態や様式を重視する形式主義的分析手法を活用し、東洋美術の西洋における受容の過程を分析した。この結果、東洋美術の西洋認知が進む一方、作品の文化的・歴史的文脈が軽視され、普遍化される傾向が生じた。このアプローチは東洋美術の認知度向上にも寄与した半面、文化的・歴史的文脈を犠牲にし伝統を形式化・普遍化する傾向をもたらした。画期的な異文化研究手法でありながら、形式主義的視点はオリエンタリズム的傾向とも密接に結びついていた。張氏はグローバル美術史における形式主義的方法論の限界を考察し、これらの制約を乗り越えるために、より広範な文化的・歴史的次元の統合を提唱する。
3人の報告を終えた後、王怡然氏(浙江外国語学院講師)が討論者としてそれぞれコメントし、議論が行われた。会場の参加者からも複数の質問があり、美術や美術史の「和解」に対する作用を検討した。美術展や学術研究を通じて、紛争下にある国家間の文化的対話を提唱し、非合理な憎悪と誤解が徐々に解消されることを願った。
当日の写真
<陳藝婕 CHEN Yijie>
2022年度渥美国際財団奨学生。中国浙江省出身。2023年、総合研究大学院大学国際日本研究博士号取得。現在は中国上海大学講師を務めている。研究分野は、日中絵画の交流や受容。論文には「旭日江山:傅抱石の絵画における赤い太陽の図像と中日韓古代絵画の関係について」(『美術観察』2024年第4号)、「高島北海『写山要訣』の中国受容:傅抱石の翻訳・紹介を中心に」(『日本研究』64集,2022年3月)、「記美術史家鈴木敬」(『美術観察』2018年5月号)など、著作は『黄秋園 巨擘伝世・近現代中国画大家』(中国北京高等教育出版社、 2018 年)などがある。
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2025.08.02
| 「東アジア美術史は可能か」という問いについて考えてみましょう |
スクリプト・動画制作:李 趙雪
ナレーション:久後香純、加藤健太、黒滝香奈
中国語版動画《东亚美术史是否可能”这个问题》
この動画は、2014年11月に開催された「第8回 SGRA チャイナ・フォーラム 近代日本美術史と近代中国」に基づいて製作したものです。このフォーラムのレポートは日本語、韓国語、中国語で発行されていますので、興味のある方は各言語のレポートをSGRAのウェブサイトからご覧ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/active/china/2015/5406/
・Copyright: Sekiguchi Global Research Association, 2025.
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2025.07.31
下記の通り第78回SGRAフォーラム ・第5回アジア文化対話・第611回沖縄大学土曜教養講座・第5回アジア文化対話(Asian Cultural Dialogues)「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。
テーマ:「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」
日 時:2025年9月13日(土)9:30~17:30
会 場:沖縄大学3号館101教室 およびオンライン(Zoomウェビナー)
言 語:日本語・英語(同時通訳)
参 加:無料/こちらから。
共同主催:渥美国際交流財団関口グローバル研究会・沖縄大学地域研究所
※会場参加の方もオンライン参加の方も必ず参加登録をお願いします。
お問い合わせ:SGRA事務局(
[email protected])
◇フォーラムの趣旨
沖縄はアジア太平洋戦争時に住民の4人に1人が死亡したとされる激しい地上戦を経験している。さらに戦後も日本国内の70%を超える米軍の施設が集中する「基地の島」と化した。女性や子どもを含む非戦闘員が犠牲となった「戦場」の暴力は、現在進行形のグローバルな課題を再考察する上で欠かすことができない題材である。軍事的な対立の際に、私たちはどのように非戦闘員の命を守るための観点を保ちうるだろうか。ジェンダーからの問いが必要な理由がそこにある。
沖縄で開催されるAsian Cultural Dialogues(ACD;アジア文化対話)フォーラムでは、地上戦を経験し、今なお米軍基地による性暴力事件が絶えない沖縄で、ジェンダーという弱者への配慮を前提とする視点から「過去・現在・未来」につなげる普遍的価値を探る。本フォーラムは「沖縄の問題」を論じるものではない。多国籍の専門家により構成され、その議論の焦点は沖縄という空間で出会う「アジア的視点」と言える。2025年度は戦後80周年という節目の年であり、いかにアジア太平洋戦争時の傷痕に向き合うかをアジア各地で議論する年でもある。議論の場である沖縄はもちろん、アジアの過去、現在、未来に一貫して忘れてはならない本質的な価値とは何かを国際的かつ学際的に、さらにはアカデミアを超えて皆で考える機会になることを望んでいる。
◇プログラム
9:30 イベント開始
ご挨拶 今西淳子(SGRA)、山代 寛(沖縄大学学長)
フォーラムの紹介 洪 玧伸(沖縄大学)
セッション① 基調講演
司会:デール ソンヤ(SGRA)、モデレーター:洪 玧伸
基調講演:冨山一郎(同志社大学)「暴力に抗する「他者」の眼差し」 45分(日本語)
コメンテーター:宮城晴美(沖縄女性史研究家)、ロバート・リケット(和光大学元教授)、グオ・リフ(筑波大学)
11:00 休憩
11:30 セッション② 交差性・各発表:30分
司会:イドジーエヴァ・ジアーナ(東京外国語大学)
発表1 高里鈴代(「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表)「交差する差別とジェンダー」(日本語)
発表2 Intan Paramaditha(マッコーリー大学)、「インドネシアのフェミニズム運動」(英語)
コメンテーター:ミヤ・ドゥイ・ロスティカ(大東文化大学)、梁絃娥(ソウル大学)
13:00 昼食・休憩
14:00 セッション③ 戦争とジェンダー・各発表:30分
司会:ミキ・デザキ(ドキュメンタリー監督)
発表1 山城紀子(沖縄タイムス元記者・フリージャーナリスト)「沖縄戦・米軍統治下の福祉と女性」(日本語)
発表2 Jose Jowel Canuday(アテネオ大学)「平和の最後の数マイル:ミンダナオ島バンサモロ地域のジェンダー化された最前線における長期戦争の後に何が起こるのか」(英語)
コメンテーター:福永 玄弥(東京大学)、増渕あさ子(立命館大学)
15:30 休憩
16:00 セッション④ これからに向かって・各発表:20分
司会:洪 玧伸、デール ソンヤ
発表1 徳田彩(沖縄キリスト教学院大学在学生)、松田明(沖縄キリスト教学院大学卒業生)
「沖縄の基地暴力とジェンダー:CSW国連女性の地位委員会に性暴力を訴えるー沖縄県内の動きを中心にー」(日本語)
発表2 Memee Nitchakarn (タイの学生活動家))「タイの若いフェミニスト運動の流れ」(英語)
発表3 中塚静樹(沖縄大学在学生)「沖縄戦の記憶を聴く若者たち:証言者との交流で学ぶ記憶の継承」(日本語)
コメンテーター:親川裕子(沖縄大学・Be the Change Okinawa代表)、上野さやか(沖縄大学・エンパワメント・ラボ・おきなわ共同代表 )、Bonni Rambatan (Rainbow Panda代表)
17:30 フォーラム閉会
※詳細は、下記リンクをご参照ください。
プログラム
英語版のプログラム
皆さまのご参加をお待ちしております。
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2025.07.24
SGRA「日本中国韓国における国史たちの対話の可能性」プロジェクトの一環として、日本と韓国の高校生と大学生の交流プロジェクトを共催します。参加ご希望の方は事前にSGRA事務局までメールでご連絡ください。
◆第8回日韓青少年大学生歴史対話
日時:2025年8月8日(金)10:00~12:20
会場:福岡大学図書館多目的ホール
共催:日韓青少年大学生歴史対話実行委員会、関口グローバル研究会(SGRA)
言語:日本語・韓国語(同時通訳)
参加:無料|参加ご希望の方は事前にSGRA事務局までメールでご連絡ください。
お問い合わせ・参加申込:SGRA事務局(
[email protected] )
※会場参加の方で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。
10:00 開会
10:10 趣旨説明
・柿沼亮介(早稲田大学高等学院教諭)
・鄭淳一(高麗大学歴史教育科教授)
10:20 日韓の学生による発表「これまでの歴史対話プログラムを振り返って」
・コメント、質疑応答
10:50 休憩
11:00 歴史対話の経験を聴く、経験から学ぶ
・三谷博(東京大学名誉教授)
・劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
11:40 質疑応答:青少年大学生と歴史学者との対話
12:00 日韓の青少年・大学生に伝えたい一言(参加教員からの提言)
・金キョンテ(全南大学歴史教育科副教授)
・柳忠熙(福岡大学人文学部准教授)
・坂村圭(東京科学大学都市・環境学コース准教授)
12:20 閉会
※午後はSGRAラーニングの動画「歴史の大衆化と東アジアの歴史学」を視聴した後、参加型のセッション(グループディスカッション)を予定しています。参加ご希望の方は合わせてご連絡ください。
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2025.06.20
SGRAレポート第111号
第11 回 日台アジア未来フォーラム
「疫病と東アジアの医学知識-知の連鎖と比較」
2025年6月20日発行
<フォーラムの趣旨>
2019年12月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国の武漢市から流行し、多くの死者が出て全世界的なパンデミックを引き起こした。人と物の流れが遮断され、世界経済も甚大な打撃を受けた。この出来事によって、私たちは東アジアの歴史における疫病の流行と対処の仕方、また治療、予防の医学知識はどのように構築されていたか、さらに東アジアという地域の中で、どのように知の連鎖を引き起こして共有されたかということに、大きな関心を持つようになった。会議では中国、台湾、日本、韓国における疫病の歴史とその予防対策、またそれに関わる知識の構築と伝播を巡って議論を行った。
<もくじ>
【第1部】
[報告1] 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)から疫病史を再考する
──比較史研究の可能性について
李 尚仁(中央研究院歴史語言研究所)
[報告2] 清日戦争以前の朝鮮開港場の検疫規則
朴 漢珉(東北亜歴史財団)
[報告3] 幕末から明治初期の種痘について
松村 紀明(帝京平成大学)
[報告4] 流行性感染症と東アジア伝統医学
町 泉寿郎(二松学舎大学)
【第2部】
[指定討論1] 「報告1 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)から疫病史を再考する
──比較史研究の可能性について」へのコメント
市川 智生(沖縄国際大学)
[指定討論2] 「報告2 清日戦争以前の朝鮮開港場の検疫規則」へのコメント
巫 毓荃(中央研究院歴史語言研究所)
[指定討論3] 「報告3 幕末から明治初期の種痘について」へのコメント
祝 平一(中央研究院歴史語言研究所)
[指定討論4] 「報告4 流行性感染症と東アジア伝統医学」へのコメント
小曽戸 洋(前北里大学東洋医学総合研究所教授)
【第3部】 自由討論
モデレーター:藍 弘岳(中央研究院歴史語言研究所)
発言者(発言順):
李 尚仁(中央研究院歴史語言研究所)
朴 漢珉(東北亜歴史財団)
松村 紀明(帝京平成大学)
町 泉寿郎(二松学舎大学)
講師略歴
あとがきにかえて
藍 弘岳(中央研究院歴史語言研究所)
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2025.06.19
SGRAレポート第110号
第20 回SGRA カフェ/第73 回SGRA フォーラム/第22 回SGRA カフェ連続3回シリーズ
「パレスチナを知ろう」
2025年6月20日発行
<各シリーズ開催の趣旨>
シリーズ1:第20回SGRAカフェ
「パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために」
パレスチナは中東の重要な地域であり、イスラエルとの紛争や国際社会との関係が注目されています。しかし、多くの人はパレスチナの実情や人々の声を知らないまま、偏った情報や先入観に基づいて判断してしまうことがあります。シリーズ1では、パレスチナの歴史的背景やメディアの表現方法を分析し、現在の問題に対する多様な視点や意見を紹介しました。パレスチナについて知ることで、平和的な解決に向けた理解と共感を深めることを目的としています。大切なのは、同じ地球市民の一員として、この問題がこのままでいいのか、どうあるべきなのかを考えること、そしてそれに基づいて、何ができるか考え、実際に行動することではないでしょうか。シリーズ1はその出発点となるように、パレスチナ問題の歴史や現状、メディアとの向き合い方などについて、皆さんと一緒に考えました。
シリーズ2:第73回SGRAフォーラム
「パレスチナの壁:「わたし」との関係は?」
シリーズ2では専門家、パレスチナ出身者、パレスチナ支持の活動を行っている学生の声を取り上げ、なぜこの問題が全ての人にとって重要なのか、そしてその問題を取り上げようとするときに直面する壁について話し合いました。 「壁」という言葉には複数の意味が込められています。一つは、パレスチナ問題について公然と話すことを阻む見えない壁であり、タブーと言論の自由への抑圧を象徴しています。もう一つは、パレスチナ領土での継続的なアパルトヘイト(人種隔離)と植民地化の結果として存在する物理的な分離の壁です。世界中での学生の抗議活動は、これらの見えない壁を取り壊す試みであり、パレスチナ問題に対する公開討論を促進する力となっています。これはパレスチナ問題に対する新たな視点を提供すると同時に、世代間の意識の違いとその変化を示唆しています。
このフォーラムを通じて、参加者がパレスチナ問題に対する多面的な理解を深め、グローバルおよびローカル、マクロとミクロな視点からアプローチする機会になることを期待しています。
シリーズ3:第22回SGRAカフェ
「逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ」
これまでは国際政治やパレスチナ問題の現状に焦点を当ててきたことを踏まえ、シリーズ3では文化、文学、芸術にスポットライトを当てました。
パレスチナに関するニュースは戦争や紛争に偏りがちですが、パレスチナ人には逆境の中で形成された独自で多様な文化的アイデンティティがあります。パレスチナの文学や芸術は民族が国家を奪われ、自決権を認められず、土地や文化の喪失を経験してきた中で、「故郷」をどのように捉えているかを映し出しています。
パレスチナの芸術や文学がいかにして平和的な抵抗の手段となり、抑圧や占領に対抗する一つの形となっているのかについても探求しました。メディアでは語られることのないパレスチナの別の側面をご紹介し、このシリーズがポジティブな視点で終わることを目指しました。
<もくじ>
シリーズ1 第20 回SGRAカフェ
「パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために」
[講 演] パレスチナ問題の基礎知識:歴史と政治的構図の要点を抑える
ハディ ハーニ(明治大学) ※シリーズ1・2共通
[ 質疑応答・ディスカッション]
パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために
司会:シェッダーディ アキル(慶應義塾大学)
オンラインQ&A担当:徳永 佳晃(東京大学)
発言者:ハディ ハーニ(明治大学)
シリーズ1 あとがきにかえて シェッダーディ アキル(慶應義塾大学)
シリーズ2 第73回SGRAフォーラム
「パレスチナの壁:『わたし』との関係は?」
[発表①] パレスチナ問題の基礎知識:歴史と政治的構図の要点を抑える
ハディ ハーニ(明治大学) ※シリーズ1・2共通
[発表②] 建築の支配:植民地主義の武器としての建造環境
ウィアム・ヌマン(東京工業大学)
[発表③] 立ち上がる学生、クィア、環境活動家たち:2023 年10月以降の東京のパレスチナ解放運動
溝川 貴己(早稲田大学)
[ 質疑応答・ディスカッション] パレスチナの壁:「わたし」との関係は?
モデレーター:徳永 佳晃(日本学術振興会)
オンラインQ&A担当:郭 立夫(筑波大学)
発言者(発言順): ハディ ハーニ(明治大学)
ウィアム・ヌマン(東京工業大学)
溝川 貴己(早稲田大学)
シリーズ2 あとがきにかえて 郭 立夫(筑波大学)
シリーズ3 第22回SGRAカフェ
「逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ」
[講 演] 逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ
山本 薫(慶應義塾大学)
[ 質疑応答・ディスカッション] 逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ
司会:シェッダーディ アキル(慶應義塾大学)
オンラインQ&A担当:銭 海英(明治大学)
発言者:山本 薫(慶應義塾大学)
シリーズ3 あとがきにかえて 銭 海英(明治大学)
登壇者略歴
おわりに
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2025.06.18
SGRAレポート第109日本語版 中国語版 韓国語版
第74回SGRAフォーラム講演録
第9回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性
「東アジアの「国史」と東南アジア」
2025年6月20日発行
<フォーラムの趣旨>
「国史たちの対話」企画は、日中韓「国史」研究者の交流を深めることによって、知のプラットフォームを構築し、3カ国間に存在する歴史認識問題の克服に知恵を提供することを目的に対話を重ねてきた。第1回で日中韓各国の国史研究と歴史教育の状況を確認することからスタートし、その後13 世紀から時代を下りながらテーマを設け、対話を深めてきた。新型コロナ下でもオンラインでの対話を実施し、その特性を考慮して、歴史学を取り巻くタイムリーなテーマを取り上げてきた。
2023 年は対面型での再開が可能となったことを受け、「国史たちの対話」企画当時から構想されていた、20 世紀の戦争と植民地支配をめぐる国民の歴史認識をテーマに掲げた。多様な切り口から豊かな対話がなされ、「国史たちの対話」企画の目標の一つが達成された。今後はこれまでの対話で培った日中韓の国史研究者のネットワークをいかに発展させていくか、またそのためにどのような方針で対話を継続していくかが課題となるだろう。
こうした新たな段階を迎えて、第9回となる今回は、開催地にちなみ、「東南アジア」と各国の国史の関係をテーマとして掲げた。日本・中国・韓国における国史研究は、過去から現在に至るまで、なぜ、どのように、東南アジアに注目してきたのだろうか。過去の様々な段階で、様々な政治、経済、文化における交流や「進出」があった。それらは政府間の関係であったり、それにとどまらない人やモノの移動であったりもした。こうした諸関係や、それらへの関心のあり方は、各国ではかなり事情が異なってきた。こうした直接・間接の関係の解明に加え、比較的条件の近い事例として、自国の歩みとの比較も行われてきた。そもそも「東南アジア」という枠組み自体も、国民国家や「東アジア」といった枠組みと同様、世界の激動のなかで生み出されたものであり、歴史学の考察対象となってきた。
本シンポジウムでは、各国の気鋭の論者により、過去の研究動向と最先端の成果が紹介された。これらの研究は、どのような社会的・歴史的な背景のもとで進められてきたのか。こうした手法・視座を用いることで、自国史にいかなる影響があり、また今後はどのような展望が描かれるのか。議論と対話を通じて3カ国の国史の対話を、より多元的な文脈のうちに位置づけ、さらに開いたものとし、発展の方向性をも考える機会としたい。
<もくじ>
第1セッション [司会:劉 傑(早稲田大学)]
【はじめに】 劉 傑(早稲田大学)
【開会挨拶】 三谷 博(東京大学名誉教授)
【基調講演】 ポストコロニアル時代における「ナショナリズム」衝突の原因
—毛沢東時代とポスト毛沢東時代における中国の対日政策の変化を手掛かりに
楊 奎松(北京大学・華東師範大学)
質疑応答
発言(発言順):
平山 昇(神奈川大学)
楊 奎松(北京大学・華東師範大学)
タンシンマンコン・パッタジット(東京大学)
第2セッション [司会:南 基正(ソウル大学)]
【発表1(タイ)】 「竹の外交論」における大国関係と小国意識
タンシンマンコン・パッタジット(東京大学)
【発表2(日本)】 日本近代史と東南アジア ―1930 年代の評価をめぐって―
吉田ますみ(三井文庫)
【発表3(韓国)】 韓国における東南アジア史研究 ―回顧と展望―
尹 大栄(ソウル大学)
【発表4(中国)】 華僑問題と外交 —1959 年のインドネシア華人排斥に対する中国政府の対応—
高 艷傑(厦門大学)
第3セッション [司会:彭 浩(大阪公立大学)]
指定討論
指定討論者:
【中国】鄭 成(兵庫県立大学)、鄭 潔西(温州大学)
【韓国】鄭 栽賢(木浦大学)、韓 成敏(高麗大学)
【日本】佐藤雄基(立教大学)、平山 昇(神奈川大学)
第4セッション [司会:鄭 淳一(高麗大学)]
自由討論
討論者(発言順):
楊 奎松(北京大学・華東師範大学)、タンシンマンコン・パッタジット(東京大学)、
吉田ますみ(三井文庫)、尹 大栄(ソウル大学)、高 艷傑(厦門大学)、
三谷 博(東京大学名誉教授)、塩出浩之(京都大学)、平山 昇(神奈川大学)、
宋 志勇(南開大学)、鄭 栽賢(木浦大学)、韓 成敏(高麗大学)
討論まとめ: 劉 傑(早稲田大学)
【閉会挨拶】 宋 志勇(南開大学)
著者略歴
あとがきにかえて 金キョンテ(全南大学)
参加者リスト
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2025.06.16
下記の通り第77回SGRAフォーラム 「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。
テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」
日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00
会 場:早稲田大学大隈記念講堂 小講堂 およびオンライン(Zoomウェビナー)
言 語:日本語・中国語(同時通訳)
参 加:無料/こちらから事前申込をお願いします
※会場参加の方もオンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。
※会場参加で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。
お問い合わせ:SGRA事務局(
[email protected])
◇フォーラムの趣旨
80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。
2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。
◇プログラム
総合司会:李 恩民(桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群長)
14:00
開会挨拶 今西 淳子(渥美国際交流財団関口グローバル研究会代表)
歓迎挨拶 鷲津 明由(早稲田大学次世代科学技術経済分析研究所長)
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14:20 基調講演Ⅰ.
「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」
沈 志華(華東師範大学資深教授)
冷戦期において、中華人民共和国の外交戦略は三つの段階と2度の大きな転換を経て、「革命外交」から「実務重視の外交」への転換を実現した。同時に、東北アジアの安全保障構造も根本的な変化を遂げ、当初の二つの三角同盟間の対立構造から、緊張緩和および交差的な国家承認へと推移し、和平交渉のプロセスへと移行した。
まず1949年から1969年にかけての第1段階では、中国は「向ソ一辺倒」政策を採用し、ソ連と連携してアメリカに対抗した。これにより中国は冷戦構造に参入し、社会主義陣営の急先鋒となり、東北アジアは南北に分かれた二つの三角同盟が対立する局面に突入した。
続く1970年から1984年にかけての第2段階では、中国は「向米一辺倒」へと方針を転換し、アメリカと連携してソ連に対抗した。この過程で、最終的に中国は米ソ冷戦の二極構造から脱却し、東北アジアは緊張緩和期へと移行した。
最後の1985年から1991年にかけての第3段階では、イデオロギー上の対立および台湾問題により中米対立が激化したが、一方で中ソ関係は正常化された。中国の改革開放政策の実施に伴い、外交理念も大きく変化し、非同盟の全方位外交へと転換した。中米ソの「大三角」構造が形成され、東北アジア地域においては交差的な国家承認が進行し、二つの三角同盟が対立する局面は完全に解消され、和平交渉のプロセスが始動した。
以上を踏まえ、今後の中国外交においては、鄧小平が確立した実務重視の外交と非同盟政策を堅持しつつ、中米露の三国関係を冷静かつ慎重に処理し、とりわけ中日および中韓関係の発展を、東北アジアの平和と発展の基盤とすべきである。
14:50 基調講演Ⅱ.
「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」
藤原 帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授)
かつて世界を分断した冷戦は今復活したように見える。日本の第2次世界大戦敗戦は連合国による日本占領の元で武装解除と民主化をもたらしたが、米ソ冷戦の開始とともに日本を拠点とした米国のアジア戦略が展開され、米中の緊張は1960年代にいっそう強まった。米中接近後には冷戦を基軸とした日中関係は変貌し、日中国交と経済関係の回復が実現する。冷戦は終わったはずだった。しかし少なくとも2008年以後には米中関係の緊張が再び広がり、同盟体制の再編を経て、冷戦と呼んでも誇張とは言えない国際政治の分断が生まれた。ではなぜ米中の新たな緊張は生まれたのか。これは一時的な緊張なのか、それとも長期的な対立と見るべきなのか。この報告では、大戦後から第2次トランプ政権に至るアメリカの対中政策を跡づけるとともに、その変化をどこまで権力移行論によって説明できるのかについて検討したい。さらに、日本の対中政策はどこまでアメリカの影響、主導権によって説明できるのか、そこに相違、ズレは存在しないのかについても、福田赳夫政権と石破茂政権を手がかりとして考察を試みたい。
15:20 質疑応答
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15:45 オープンフォーラム
モデレーター:林 泉忠(東京大学東洋文化研究所特任研究員)
◇若手研究者による討論
権 南希(関西大学政策創造学部教授)
東アジアの地政学的転換と朝鮮半島を考える
東アジアの安全保障体制は、北朝鮮の核・ミサイル開発に加え、ロシア・ウクライナ戦争を背景とする北朝鮮とロシアの軍事的接近、米中露の地政学的対立の激化により、構造的な不安定性を一層深めている。北朝鮮は2024年以降、韓国を「主敵」と規定し、統一を否定する二国家論を公式化した。一方、韓国社会では統一を「結果」よりも「過程」として捉える傾向が強まっており、経済協力や文化交流を通じた段階的信頼構築が注目される。本発表では、北東アジアの戦略構造と北朝鮮の政策転換を分析しつつ、法治主義に基づく統合体制の構築と、社会文化的接触を通じた内的インフラの整備の必要性を論じる。
ラクスミワタナ モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科)
タイ保守派の陰謀論分析からみる冷戦期の政治分析
途上国において、冷戦は国内政治に多大な影響を及ぼした。反共・親共問わず、特定の勢力の台頭や弾圧が冷戦の文脈で行われ、今日まで続く権力構造に寄与している。本報告では、戦後や冷戦を考える上での国内政治分析が提供しうる視点を、タイ保守派の陰謀論分析を通し模索する。これらの言説の性質から見受けられる今日の冷戦の断層線(fault line)に言及するとともに、「国」を単位とした分析を超える視点の可能性について考えたい。
野﨑 雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手)
国際秩序と知的交流—留学生政策から考える—
本討論では、近年の日米中の留学生政策の変化に着目し、国際秩序と知的交流の関係を検討する。冷戦終結後、留学生派遣・受け入れに代表される知的交流は、各国間の信頼関係構築の基盤として機能してきた。しかし、近年各国間の緊張関係が深まる中で、知的交流の場においても分断が深まりつつある。本討論では、近年の日米中の留学生数の推移や政策の変化を踏まえて、知的交流の場における分断の危機とその克服の可能性について議論したい。
李 彦銘(南山大学総合政策学部教授)
民間の歴史認識・信頼構築・協力と和解への道
本稿は日中の和解の道のりに焦点を当てる。まず、日中の政府レベルでは一定の和解が達成できたとして、事実を簡単に確認する。その上で、2010年代以降を民間人の歴史認識を事例として取り上げ、歴史認識の形成における変化と特徴を抽出してみる。次に、非政府組織(Nongovernmental Organization)における信頼構築の事例(ユネスコ第8代事務局長・松浦晃一郎=ユネスコ事務局長補・唐虔、行財政改革の実現)から、和解の可能性を展望したい。最後に、今後に向けての提言を行う。
◇フロアからの質問
16:50 総括・閉会挨拶 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
※詳細は、下記リンクをご参照ください。
・プログラム(日本語)
・中国語ウェブサイト
皆さまのご参加をお待ちしております。
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2025.06.12
2025年5月2日(金)、日本からかなり離れたトルコ西部のトロイ遺跡のあるチャナッカレ市で、第76回SGRAフォーラム「中近東・東南アジアからみる日本と暮らす日本:それぞれの視点で考える」を開催した。
会場はチャナッカレ大学教育学部。日本語教育学科の学生およそ200人のトルコの若者たちにとっては日本や中国、インドネシア、カザフスタン、イラン、モロッコからこんなに多くの日本研究者が「現れた!」ことに居ても立っても居られない緊張感があった。2日前に日本文化室で交流会を開催したので、一部の学生はトルコ料理を食べながら、訪れてきた先生方と言葉を交わす機会もあった。学生たちが日本語でこれだけの多くの国の先生方と同じ空間で話せるチャンスは、学科30年の歴史で初めてだ。孫建軍先生(北京大学)の周りに集まった学生は、中国の日本語学科に留学できるか質問し、「中国人とも日本語で話せる」という自慢気な顔が新鮮だった。翻訳好きで哲学青年の3年生たちは、オスマントルコ史が専門の岩田和馬先生(東京外国語大学)と日本語で話したり、トルコ語で話したりと、授業では見られない達成感が見え見えだった。
交流会のおかげで親しみも生まれ、学生たちはフォーラムが開始するや否や、目を大きく開けて熱心に聞き始めた。何よりも中近東のどこかで、「日本語仲間」が本当に多くいることが確認できたことが大きかったようだ。
第一部が始まるとレベント・トクソズ先生(NKU大学)が、「トルコに於ける日本語教育と学習者の最初の混乱:カタカナ」という題目で、トルコの若者がカタカナ、特に外来語に対して抱く距離感を取り上げた。中近東の若者は漢字が好きなのだ。漢詩でも書きたいのかなと微笑みながら、学生時代に同じ気持ちを抱いたことを思い出した。次に私が「トルコの若者のアニメとマンガ関心:現実逃避、別世界とアイデンティティー」について話した。トルコの若者にとっての日本のアニメやマンガはもはやロラン・バルトの「表象の帝国」ではなく、「想像の帝国」として中近東的な摩擦から逃避できる新たな場であることを主張した。
3人目の登壇者はイランのアーヤット・ホセイニ先生(テヘラン大学)で、「イランの若者と日本語・日本文化:メディア、教育、就職、そして未来展望」だった。イラン人には日本語が使える仕事がもっと必要だということは明らかだった。すぐ隣の国の同じ「日本語仲間」の業績と活動を意識していなかった反省が浮上してきた。イランの日本語仲間は、イラン的ともいうべき美術と芸術への関心が強く、日本語学科では新見南吉の『手袋を買いに』を上演していることや、チャナッカレ大学と同じ日本語教育修士課程があることを初めて知った。
第二部では日本社会で生活する外国人を取り上げた。中近東では日常生活が太古より多人種、多文化、多言語的、多宗教的である。それに対して、日本で暮らすインドネシアと中近東のイスラム文化圏出身者は生活の中で自分の位置づけを考え、最近は自文化へUターンしようとしていることが議論された。アキバリ・フーリエ先生(神田外国語大学)は「在日の中東出身者における日本語習得過程の変容と影響要因に関する考察」の中で、特にイラン人コミュニティーの日本語学習は持続性が欠如していると指摘した。次にミヤ・ロスティカ先生(大東文化大学)が「在日インドネシアコミュニティーと多文化共生:イスラム教育を中心に」と題した発表で、彼らが抱く非イスラム文化圏での育児と親が懸念する宗教教育問題に焦点を当てた。多文化共生は、受け入れ側との相互の努力が欠かせないことを感じた。
初めてトルコで開催したSGRAフォーラムの議論の内容は多様だったが、会場に集まった中近東と東南アジア出身の日本研究者と、トルコの大学生たちは「日本と日本語」という一つの価値観を共有しているのではないかと感じた。「アジア人」というアイデンティティーは私が日常的に思っている以上に大きい共同体である。「西洋文化は理性、東洋文化は感性と結びつく」と良く言われる。今回のフォーラムに理性が欠如していたわけではないが、参加者ひとりひとりの顔に「一期一会」を大事に思う気持ちが現れていることを確認できたことが、私にとって最も大きな「リアル(現実)」だった。それは「アジア的な世界市民もいいな」という一つの安心感だった。
この安心感は、宿泊施設の駐車場でバスから降りてきた前・渥美財団事務局長の角田英一さんに「おお、メレキさん、久しぶり!」と声を掛けられた時の嬉しさと同一かもしれない。
写真
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<チェリッキ・メレキ CELIK_Melek>
渥美国際交流財団2009年度奨学生トルコ共和国チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学日本語教育学部助教授。2011年11月筑波大学人文社会研究科文芸言語専攻の博士号(文学)取得。白百合女子大学、獨協大学、文京学院大学、早稲田大学非常勤講師、トルコ大使館文化部/ユヌス・エムレ・インスティトゥート講師、トルコ共和国ネヴシェル・ハジュ・ベクタシュ・ヴェリ大学東洋言語東洋文学部助教授を経て2018年10月より現職。
2025 年6月12日配信