安全保障と世界平和

21世紀を迎えた東アジアは、何よりも相互理解と信頼、そして平和の枠組みが求められています。本研究チームは、今まで互いの信頼と理解を損なう要因は何だったのか、さらにこの地域において安全保障と平和への道とは何だろうか、という課題に取り組んでいます。
  • 2021.12.02

    エッセイ689:尹在彦「『カブール陥落』、一つの時代の終焉」

    8月15日、タリバン勢力によるアフガニスタンの首都、カブール陥落はある種の「時代の終焉」を見せつけているような気がした。20年前には「CNN」に代表される欧米系のメディアでしか見られなかった現地の様子は、アフガンの個々人のSNSアカウントから時々刻々と発信された。これは20年という時代の変化とともに何らかの不変さを感じさせた。変化とは技術的な意味で、不変はアフガン政治体制のもろさのことである。昨年以降、タリバンが勢いづいて勢力を急拡大していた事実は日本や米国の報道から知っていたが、体制崩壊はあまりにも早かった。米軍がそう簡単に撤退するとも思えなかった。しかし、いつの間にかカブールは我々の脳裏から消えていき、タリバンはアフガンの「正当な」統治勢力と化している。   私は2003年に大学へ入学した。当時はいわゆる「テロの時代」だった。「9・11テロ」(2001年)の衝撃と米国の対応(報復)、即ちアフガン・イラク戦争の影響は韓国にも及んでいた。9・11テロを生中継で目撃した数多くの一人として、想像を絶する「非日常の風景」に衝撃も受けた。米国のアフガン攻撃は当然視され、世界的にも米軍支持が次々となされた。当時はあの北朝鮮ですらテログループを非難し犠牲者を追悼する声明を出すほどだった。戦場と化したアフガンの聞きなれない地名で米軍は勝利を収め続けた。タリバンはあっけなくアフガンから駆逐されたように見えた。戦争の名目はタリバンがテロの首謀者、オサマ・ビンラディンをかくまったということだったが、戦争の最後まで目的を達成することはなかった(彼は隣国のパキスタンで捕まる)。   米国は気勢を上げ「大量破壊兵器(WMD)」疑惑を理由にイラクへ侵攻する。これがちょうど2003年だった。韓国の大学では当時いわゆる「学生運動勢力」がそれなりに力を有していた。キャンパス内ではイラク戦争への反対を訴える垂れ幕も散見された。それまで米国の軍事活動を概ね支持してきた韓国世論も、イラク戦争に対しては賛否両論が激しく対立していた。アフガン戦争とは違って、どうしても戦争の正当性が見当たらなかったからだ。2003年5月にブッシュ米大統領の「終戦宣言」で終わったように見えたイラク戦争は泥沼化していく。私は最初からイラク戦争には反対だったが、今、振り返ってみると戦争を多少変わった観点から見た時期もあった。2005年からの2年3か月の軍人時代(兵役、空軍)だ。   韓国政府は米国の支援要請を受け、軍事派遣を進めるか否かで相当迷っていた。派兵を反対するデモも繰り返し行われた。韓国内の対米感情は悪化の一途を辿り、ブッシュに対しても多くの批判がなされた。単純に進歩系市民団体だけでなく、米国の「一方主義」に拒否感を覚えた人々が多かった。陸軍部隊等の大規模派遣が決定された後には「それでもどこが安全か」という議論に移った(余談であるが、日本でも似たような論争は存在していた。しかし議論自体は韓国より比較的落ち着いた中で進められる。その背景には北朝鮮による拉致問題があったが、詳細については割愛する)。   私の「日常史」がイラク戦争に「出くわす」のは、ちょうど戦争の泥沼化が始まったこの時期だった。「イラク派遣の兵士を募集する」という内容の通達文が全軍に伝播された。基本的には陸軍兵士が中心だったが、クウェートに空軍部隊の展開も予定されていた。兵士の間では「今の何十倍ものお金がもらえる」ということで話題にもなった。当時の給料は平均月1万円前後だったからだ(現在は賃上げの影響で増額)。それがイラクに行くだけで、約2000ドル(約20万円)になるということだった。軍内部のインターネット(イントラネット)のメールマガジン(ニュースレター)には「平和的に現地住民と過ごす兵士の写真」が数回にわたり掲載される。応募することはなかったが、それにしても戦争がそれなりに身近にあった。それ以降、北朝鮮の初の核実験(2006年10月)も軍隊で経験したため、当時の「安保情勢」はある意味、「自分の問題」でもあった。そのせいか、今でもこの前後の時代に対し学問的な関心を持っている。   全世界が目撃しているように、アフガン・イラクの安定化は失敗に終わろうとしている。イラクでは「イスラム国」をはじめ、とても安定とは言えない情勢である。アフガンのカブール陥落と空港での大惨事はその象徴だった。米国はイラクとアフガンの再建や民主化を名目に莫大な金銭的かつ技術的な援助及び軍事支援を進めてきたが、現在、自国内でもアフガン戦争を評価する声は高くないようだ。   個人的にカブール陥落後、米国内の動きで特に印象深かったのは、アフガン戦争の開戦を最後まで反対した米民主党の下院議員(バーバラ・リー)の演説だった。リー議員は、9・11テロ直後の議会で大統領にテロ対応のための絶大な権限を付与する決議に対し「軍事行動によってさらなるテロを防ぐことはできない」「どんなに困難な採決でも、だれかが抑制を訴えなければならない」と主張した。しかし、むなしくも採決の結果、上院では98対0、下院では420対1で議決は可決された(『朝日新聞』2021年8月12日)。にもかかわらず、ちょうど20年が経った今、この反対意見はこれからの世界の「教訓もしくは反面教師」として残った。   ただし、「20年」は変化をもたらすための時間としては極めて短い気もする。民族的構成が比較的単純な韓国や台湾でも、冷戦期の独裁体制から抜け出し民主化を定着させるまで40年以上の年月を要した。そのため、おそらく変化したことがあるとすれば、それは米国がもはや時間の経過を耐える「忍耐力」が低下した事実かもしれない。これこそ、「一つの時代の終焉」を意味するのだろう。   <尹在彦(ユン・ジェオン)YUN_Jae-un> 一橋大学法学研究科特任講師。2020年度渥美国際交流財団奨学生。2021年、同大学院博士後期課程修了(法学)。延世大学卒業後、新聞記者(韓国、毎日経済新聞社)を経て2015年に渡日。専門は日韓を含めた東アジアの政治外交及びメディア・ジャーナリズム。現在、韓国のファクトチェック専門メディア、NEWSTOFの客員ファクトチェッカーとして定期的に解説記事(主に日本について)を投稿中。     2021年12月2日配信
  • 2021.11.09

    レポート第95号「岐路に立つ日韓関係: これからどうすればいいか」

    SGRAレポート第95号(日韓合冊)   第19回日韓アジア未来フォーラム 「岐路に立つ日韓関係: これからどうすればいいか」 2021年11月17日発行     <フォーラムの趣旨> 歴史、経済、安保がリンケージされた複合方程式をうまく解かなければ、日韓関係は破局を免れないかもしれないといわれて久しい。日韓相互のファティーグ(疲れ)は限界に達し、日韓関係における復元力の低下、日米韓の三角関係の亀裂を憂慮する雰囲気は改善の兆しを見せていない。尖鋭な対立が続いている強制徴用(徴用工)及び慰安婦問題に関連し、韓国政府は日本とともに解決策を模索する方針であるが、日本政府は日本側に受け入れられる解決策をまず韓国が提示すべきであるという立場である。なかなか接点を見つけることが難しい現状である。   これからどうすればいいか。果たして現状を打開するためには何をすべきなのか。日韓両国政府は何をすべきで、日韓関係の研究者には何ができるか。本フォーラムでは日韓関係の専門家を日韓それぞれ4名ずつ招き、これらの問題について胸襟を開いて議論してみたいと考え、日韓の基調報告をベースに討論と質疑応答を行った。   <もくじ> 第1部 講演および指定討論 【講演1】 岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいか----日本の立場から 小此木 政夫(慶應義塾大学名誉教授)   【指定討論1】 小此木先生の講演を受けて 沈 揆先(ソウル大学日本研究所客員研究員)   【講演2】 岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいか---- 韓国の立場から 李 元徳(国民大学教授)   【指定討論2】 李元徳先生の講演を受けて 伊集院 敦(日本経済研究センター首席研究員)   第2部自由討論 討論者 金 志英(漢陽大学副教授)  西野純也(慶應義塾大学教授) 小針 進(静岡県立大学教授)  朴 栄濬(国防大学教授)   第3部 質疑応答  司会アシスタント  金 崇培(忠南大学招聘教授)     あとがきにかえて  金 雄煕(仁荷大学教授)   講師略歴 
  • 2021.11.05

    エッセイ685:林泉忠「『三四五中国包囲網』はこうして作られた」

    (原文は『明報』筆陣(2021年9月20日)に掲載。平井新訳)   米国、英国、オーストラリアは9月15日、「AUKUS」という名の3ヵ国軍事同盟を発足させると発表した。この同盟の現時点での目標は、中国をけん制することを目的としたオーストラリアの原子力潜水艦隊の建造、整備に重点を置いている。これはバイデンが大統領に就任して以降、米国が強化してきた「自由で開かれたインド太平洋戦略」や、民主主義国家が連帯して中国に対抗するための一連の行動の中で最新の展開である。そしてAUKUSは、「日米豪印戦略対話」(Quad)および英米カナダ豪ニュージーランドの「ファイブ・アイズ」(Five_Eyes,_FVEY)とともに、筆者が呼ぶところの「三四五中国包囲網」を構成しているのである。   ○中国を狙う「AUKUS三カ国同盟」   新しく発足したAUKUSや既存のQuad、Five_Eyesがそれぞれ有している機能や果たす役割は、全く同じというわけではない。Five_Eyesの重点は国際情報の共有にはっきりと置かれているが、Quadが関わる範囲はより広い。現時点でQuadは共同軍事演習を行ってはいるものの、その重点はインフラの整備、チップやレアアースの供給を確保するための半導体産業網のほか、ワクチン産業網、気候変動への対応、先端科学技術、そして宇宙領域などの非軍事的な協力にある。これに対してAUKUSは軍備の強化やサイバーセキュリティ、AI技術の応用、さらには海底防御能力の強化などの面における協力に重きが置かれている。   オーストラリア政府のホームページに掲載された資料によれば、AUKUSの目標のなかで最も注目すべき点は米英との協力によってオーストラリアに少なくとも8隻の原子力潜水艦を配備するという重大計画である。さらに注目に値するのは、こうした計画の歴史的意義は軽視できないということだろう。計画がひとたび予定通り実行され、新しい原子力潜水艦が予定通りに進水されることになれば、オーストラリアの原子力潜水艦は正式な艦隊を成す軍となり、10年後のインド太平洋地域は世界の原子力潜水艦の競争の中心となることを意味する。   世界に戦略があいまいな軍事同盟など存在しない。まして「米中新冷戦」が叫ばれている昨今においては言うまでもない。バイデン大統領は英国のボリス・ジョンソン首相、オーストラリアのスコット・モリソン首相との3者で開催したオンライン記者会見において、「3者はみなインド太平洋地域の長期的な平和と安定を確保することの必要性を意識している」との認識のみを示し、中国に直接言及することはなかった。しかし、この新しい協力枠組みの最も直接的な目的が「日増しに増大する中国の軍事的脅威」に対するものだということは、誰の目にも明らかである。   ○AUKUSとQuadの戦略上の分担   AUKUS計画における最新鋭の原子力潜水艦の主な特徴は、遠距離航行に適しているため、途中給油などの諸々の懸念が大幅に減少したことによって、水面に浮上した際にレーダーで探知されるリスクが減少したことである。さらに重要なのは、この新しい原子力潜水艦の航続距離である。南シナ海全域を航続できるだけでなく、台湾海峡にもたどり着くことができる。そのため、この計画が中国の南シナ海での行動や、台湾海峡の安全保障の態勢に対していかなる圧力と挑戦をもたらすのかは言わずもがなである。   「AUKUS三カ国同盟」の成立が現時点でもたらす即時的な影響は主に2点ある。 まず、AUKUSはバイデンが大統領に就任して以降取り組んできた「権威主義的な中国の拡大に対抗する」ため民主国家同盟を形成するというこれまでの戦略が、すでに対中国の新たな軍事同盟を直接構築するという域に達したことを意味する。   バイデンは大統領に就任して以降、対中国の「インド太平洋戦略」を強化するために、一方では中国封じ込めの戦線を欧州、特に北大西洋条約機構(NATO)にまで広げようと積極的に試みてきたが、東アジアから遠く離れた欧州の国家全てが、対中国のインド太平洋問題に関与することを望んでいるわけではないことも理解している。そのため、バイデンはやはり同盟形成の重点をインド太平洋地域の範囲内に戻すほかなかった。このような戦略の方向性のもと、既存のQuadを重視することがバイデンの唯一の選択肢となった。   日本、オーストラリア、インドは地政学上完璧な戦略的ポジションにあるため、もしこれらの3ヵ国が手を組むことができれば、中国の裏庭である南シナ海を取り囲む包囲網が構築されることは間違いないだろう。しかし、中国の東西両側に位置する日本とインドは、過去の戦争の陰影や現在進行形の領土問題を抱えているため、たとえ内心では中国を信頼していなくても、直接的に中国に対する多国間の軍事態勢を強化するなどといったやり方で、中国に対抗する旗幟を鮮明にすることは躊躇している。このような日本とインドの考えを見抜いたバイデンは、米国主導の合同軍事演習を継続して推進するだけでなく、Quadにおける非軍事領域の協力にも重点を置いているのである。 「インド太平洋戦略」を直接的に共同構築する新たな軍事同盟としての「AUKUS三カ国同盟」は、まさにこのような背景の下で生まれた。   ○AUKUSは「新冷戦」を深化させる   AUKUSに対して悲観的な一部の評論家は、AUKUSの新たな原子力潜水艦が世に出回るまでにあと10年は必要であるため、中国にとってすぐには脅威とならないことや、その時にはすでに中国は米国に取って代わる世界最大の経済大国に躍進しているであろうこと、またこの同盟は3ヵ国のみであり、その影響力は限定的であることなどを指摘している。さらにAUKUSは、その実力がまだ発揮されていない内に、すでに「裏切られた」フランスの恨みを買ってしまっており、フランスと米国、英国、オーストラリアの間のわだかまりを生じさせてしまったという指摘さえある。   次に、フランスと米国、英国、オーストラリアの関係がどうなるかを心配するよりもさらに注目すべきなのは以下の点だろう。すなわちAUKUSが、近年新疆や香港の問題で中国との関係を極度に悪化させているオーストラリアと英国を、米国が結成した新たな反中軍事同盟に直接引き込んだことで、オーストラリアと英国の2カ国と中国との関係は再び正常な軌道に戻ることができなくなったばかりでなく、米国と中国の関係を改善させる余地さえさらに縮小してしまったということである。   AUKUSの成立によって、「インド太平洋戦略」をめぐる米中の対立は軍拡競争のレベルにまで一気に拡大した。もし米中が軍事的対立の方向にさらに進んでいけば、予見できる未来として、インド太平洋地域にAUKUSを基盤としたアジア版NATOが出現することは、もはやおとぎ話ではなくなるだろう。米国の進出と「三四五中国包囲網」の急速な形成という新たな事態の出現に対して強力な同盟能力を持たない中国は、どのような対抗策を持っているのだろうか。   <林泉忠(りん・せんちゅう)LIM John Chuan-Tiong> 国際政治学専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年よりハーバード大学フルブライト客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、香港アジア太平洋研究センター研究員、中国武漢大学日本研究センター長、香港「明報」(筆陣)主筆、を歴任。 著書に『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス:沖縄・台湾・香港』(明石書店、2005年)、『日中国力消長と東アジア秩序の再構築』(台湾五南図書、2020年)など。     2021年11月5日配信
  • 2021.09.30

    エッセイ682:林泉忠「なぜ北京は中国と国交のある国が台湾との関係を強化することを阻止できないのか?」

    (原文は『明報』筆陣(2021年5月11日)に掲載。平井新訳)   バイデンと習近平が9月10日に電話会談を終えたばかりのタイミングで、米国が台湾の駐米機関である「台北経済文化代表処」を「台湾代表処」という名称に変更することを「真剣に検討している」というニュースが伝わってきた。これは、7月に台湾がリトアニア政府との協議を経て、リトアニアの首都ビリニュスに「台湾」の名を冠した代表処を設立したこと、そして9月初めに欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表に対して「欧州経貿弁事処」の名称を「欧州連合駐台弁事処」に変更するよう提言した議案がEU欧州議会外務委員会を通過して以降、欧米諸国における台湾との関係強化を望む近年の雰囲気の中で、一連の「正名」運動にかかわる新たな動きである。この動きが北京の敏感な神経に再び触れることになるのは避けられないだろう。   ※台北経済文化代表処:Taipei_Economic_and_Cultural_Representative_Office ※台湾代表処:Taiwan_Representative_Office ※欧州経貿弁事処:European_Economic_and_Trade_Office ※欧州連合駐台弁事処:European_Union_Office_in_Taiwan   周知の通り、台湾の国際社会における存在感を低下させ、台湾の国際的な地位向上を阻止することは、社会主義中国の建国以降、外交政策上の「核心」的な課題であった。1971年、「中華人民共和国」が国際連合における地位を「中華民国」に取って代わり、翌年には台湾の最も重要な国際的支持勢力である米国と日本が相次いで北京との関係樹立を進めるというブレイクスルーが見られた。この国際情勢の急転によって、台湾海峡両岸の国際的地位は急速で「不可逆的」な歴史的転換を招いた。その後、北京は中国と国交のある国の政府に対して台湾との関係を「非公式」レベルの交流にとどめるとした合意を必ず遵守するよう着実に求めていく。この度のワシントンの動きについても、中国駐米大使館は従前通り、「中国側は米国と台湾の間のいかなる形式の公式交流にも断固として反対する」との姿勢を示している。   ○欧米諸国における「リトアニアモデル」の伸長   21世紀初め以降、中国の台頭が日増しに明らかになるにともない、中国の世界における地位もまた確実に上昇し続け、北京はさらに積極的にその国際的なディスコースパワー(自らの発言の内容を相手に受け入れさせる力=「話語権」)を拡大していった。それと同時に、両岸のパワーの差も日増しに開いていった。多くの西欧企業が次々と中国へ投資し、あるいはより緊密な経済貿易関係を結んだことで、北京の国際的な影響力は急速に上昇した一方で、欧米諸国やその他の国家がより積極的に台湾との関係を強化させることは阻止できないでいる。   近年、(日本を含む)西欧国家が台湾の「正名」運動にかかわる現象が次々と起こっている。2017年元旦、日本の対台湾機関である「交流協会」(本部は東京、台北事務所と高雄事務所を設置)が「日本台湾交流協会」へとその名称を変更し、同年5月に台湾側では日本にかかわる事務を処理する機関である「亜東関係協会」が、その正式名称を「台湾日本関係協会」へと変更した。さらに2019年6月、台湾は「北米事務協調委員会」を「台湾アメリカ事務委員会」へと改めた。2020年4月、「オランダ貿易及投資弁事処」は「オランダ在台弁事処」という肩書に変わった。そして前述したように、今年リトアニアは台湾が「駐リトアニア台湾代表処」を設置することに同意した。リトアニアの駐台機関の名称は未だ確定していないが、おそらく「リトアニア駐台代表処」という名称が使用されることになるだろう。さらに、EUは「欧州経貿弁事処」という名称を「欧州連合駐台弁事処」に変更する予定であるという。   ※(旧)交流協会:Interchange_Association ※(現)日本台湾交流協会:Japan-Taiwan_Exchange_Association ※(旧)亜東関係協会:Association_of_East_Asian_Relations ※(現)台湾日本関係協会:Taiwan-Japan_Relations_Association ※(旧)北米事務協調委員会:Coordination_Council_for_North_American_Affairs ※(現)台湾アメリカ事務委員会:Taiwan_Council_for_U.S._Affairs ※(旧)オランダ貿易及投資弁事処:Netherlands_Trade_and_Investment_Office ※(現)オランダ在台弁事処:Netherlands_Office_Taipei ※(新)駐リトアニア台湾代表処:Taiwanese_Representative_Office_in_Lithuania ※(見通し)リトアニア駐台代表処:Lithuanian_Representative_Office_in_Taiwan   筆者は先月、北京が中国の駐リトアニア大使を呼び戻し、さらに北京に到着したばかりのリトアニアの新駐中国大使を「追放」するなど、「話を聞かない」小国のリトアニアに対し珍しく厳しい措置をとったのは、悪事をまねようとする者を戒め、「リトアニアモデル」が他の2つのバルト3国であるエストニアとラトビア、そして一部の中東欧諸国においてドミノ現象に発展することを防ぐためだと論じた。ところがわずか1か月ほどで、EUと米国が「台湾」を正名とする衝撃的な出来事の発生を目の当たりにすることになった。これにより、北京が取り組んでいる、台湾の国際空間を狭めて中国と国交のある国が台湾との関係を強化することを阻止するという努力が、ボトルネックにぶつかっていることが明らかとなった。   ○「台湾」――米国議会の後ろ盾とホワイトハウスの「決断」   「リトアニアモデル」の波及という現状は、実際には、米国が「リトアニアモデル」の影響を受けているというより、むしろリトアニアなどの国が、ワシントンによる「台湾」正名の動向の積極的な支持、台湾との関係強化を促進している雰囲気を感じ取り、大胆にも「先に一歩進んだ」と見るべきだろう。   米国議会における「台湾」の「正名」を求める動向は、すでに醸成されていた。例えば、トランプ政権期の昨年12月17日、米国下院議員78名がポンペオ国務長官に対して連名で書簡を送り、米台関係について3つの提言を行っているが、その中には、台湾の駐米弁事機構の名称を「台湾代表処」に変更するべきだということが含まれていた。そして7か月後の2021年7月、米国下院外交委員会は「抗中」の「イーグル法案」を通過させた。最も注目されたのは、まさに台湾の駐米代表処の「正名」について協議を開始するよう米国政府に対して求めたことである。この度ホワイトハウスが「真剣に検討している」ことを明らかにできた背景には、すでに議会の後ろ盾を獲得していたためである。   ※イーグル法案:Ensuring_American_Global_Leadership_and_Engagement_Act、略称E.A.G.L.E.Act   冷静に考えれば、台湾の在外代表機関のほとんどが「台湾」ではなく「台北」の名を冠する理由はとても複雑である。単純に北京の「圧力」によるものだけではなく、当該国がその国の国益に基づいて検討したことによるものであり、さらには蒋介石・経国時代の台湾自身が「漢賊不両立(漢賊並び立たず)」の原則にこだわっていたためでもある。   1949年以降、特に1970年代の「断交の波」の「陣痛」を経験して以降、台湾はかつて国交を有していた国と再び「非外交関係」を構築しようと模索する。そして代表機関の設置について議論していた際、「台湾」を代表処の名称として用いる選択肢は基本的に排除された。その理由は、彼らが「中華民国」を「台湾」に「矮小化」することを望まなかったからである。そして、「台北」という言葉を使用することを受け入れる方向になったのは、国際的な外交の舞台において、一国の首都の名前を用いて、その国またはその国の政府を代表させることはよく見られることだったためである。「ワシントン」は米国政府の代わりとして用いられるし、「ロンドン」は英国政府の代わりとして用いられる。   ○中国の台頭とむしろ高まる「台湾」の存在感   なぜ台湾は後になって再び「台北」を「台湾」に改めることを求めるに至ったのだろうか?その背景には、「代表権争い」が終幕した後の影響と、台湾社会の「国家アイデンティティ」意識の変遷がある。   前述した1970年代の両岸の国際的地位の逆転にともない、1949年以降の両岸で繰り広げられてきた、一体誰が合法的に中国を代表できるのかという「代表権争い」が終焉した。そして、「自由中国」を自称してきた台湾が、国際社会において自らを「中国」と称することは次第に難しくなっていった。事実、台湾の最も重要な「友好国」である米国と日本を含む国際社会の認識もまた、「中国」は中華人民共和国であると見なしはじめていた。このような国際情勢の変遷というコンテクストの中で、台湾の民衆、特に多くの社会エリートたちもまた、「台湾」を以って、中国大陸とは隔たれた空間として、自らの地位を定めようとし始めたのである。   もう一つの主な原因は、台湾が1990年代に政治の民主化を迎え、台湾社会の本土意識が躍動しはじめ、国家アイデンティティの構造が急速に変異したことである。人々はさらに自らを「台湾人」だと認識するようになり、「台湾」を以って自らの身分が帰属する対象として設定することに賛同するようになった。こうして在外機関の「正名」の声が盛り上がったと言える。これまで常々、米国議会で遊説し「友台法案」を一つ一つ通過させることに尽力してきた「台湾人公共事務会」は、長年台湾の駐米機関の「正名」を重要な議題として推し進めてきた。   ※台湾人公共事務会:Formosan_Association_for_Public_Affairs、FAPA   なぜ欧米や日本などの西欧国家地域は「台湾」の「正名」運動を積極的に支持するのか。その要因は主に3つある。   1つ目には、彼らが台湾社会の民主的な発展の効果を高く評価し、台湾とともに自由、民主、人権などの普遍的価値を享受できると考えているためである。2つ目は、台頭する中国の「専制政治の輸出」が香港に広がっており、今後は台湾にまで拡大させるつもりだという危機感から「台湾を支持する」動向の一環であろう。3つ目は、新型コロナウイルス流行への対応が民主主義社会の中でも比較的良好だったという評価のためである。   「新冷戦」の雰囲気が目まぐるしく変化する昨今、中国は国際関係の処理においてやはり米国の影響力をより重視しているといえよう。特にバイデンが大統領に就任して以降、積極的に民主主義国家同士が連携して中国に対処していくという戦略を進めていることに対して、中国側は極めて憂慮している。しかし、習近平とバイデンの会談が行われたことからもよくわかるように、北京はワシントンとの「新冷戦」にこれ以上踏み込むつもりはないだろう。例えホワイトハウスが「台湾駐米代表処」の「正名」を確定したとしても、北京は新任の秦剛駐米大使を呼び戻す、あるいは米国が指名したばかりのニコラス・バーンズ駐中国大使の就任を拒絶するなどといった、リトアニアへの「懲罰」に類する対応は考えにくいだろう。   中国台頭の時代に、国際社会の主導力としての欧米諸国が「台湾」の「正名の波」を含め、台湾を支持する動きを進めることについて、なぜ中国は効果的にこれを阻止できないのだろうか。目下の中国の外交政策及び対台湾政策の担当者が、すぐに深刻に振り返り、検討する必要がある重要な課題であろう。     英語版はこちら     <林泉忠(りん・せんちゅう)LIM John_Chuan-Tiong> 国際政治学専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年よりハーバード大学フルブライト客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、香港アジア太平洋研究センター研究員、中国武漢大学日本研究センター長、香港「明報」(筆陣)主筆、を歴任。 著書に『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス:沖縄・台湾・香港』(明石書店、2005年)、『日中国力消長と東アジア秩序の再構築』(台湾五南図書、2020年)など。     2021年9月30日配信
  • 2021.07.22

    第6回アジア未来会議プレカンファランスへのお誘い

    第6回アジア未来会議プレカンファランスへのお誘い 「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」   新型コロナウイルスのパンデミックにより、第6回アジア未来会議(AFC#6)は延期され、2022年8月に台北市で開催することになりました。今年は下記の通りプレカンファランスをオンラインで開催します。日本語への同時通訳があり、一般視聴者はカメラもマイクもオフのZoomウェビナー形式ですので、どなたでもお気軽にご参加ください。   日時:2021年8月26日(木) ※下記は日本時間です 11:00~11:10:開会式 11:10~12:00:基調講演 12:00~13:00:シンポジウム 14:00~17:20:AFC優秀論文・台湾特別優秀論文の授与式と発表 17:20~17:30:閉会式 開催方式:オンライン(Zoomウェビナー) 使用言語:中国語・英語(基調講演とシンポジウムは中⇒英、中⇒日の同時通訳あり)   ◇参加申込: 基調講演とシンポジウムに参加ご希望の方は、参加登録をお願いします。 午後の優秀論文発表は事前の参加登録不要です。     ◇プログラム 【開会式】(日本時間11:00~11:10) 開会挨拶:明石康(アジア未来会議大会会長) 司会:林孟蓉(第6回アジア未来会議台湾実行委員長)   【第1部:基調講演】(日本時間11:10~12:00) 「アジアはどこに向かうのか?:疾病管理が政治に巻き込まれた時」 講師:呉玉山 中央研究院院士(国際関係、政治学) [発表要旨] COVID-19は、20世紀初頭のスペイン風邪以来、世界が遭遇した最も深刻な流行性疾病である。これを管理することは、あらゆる国家の利益であり、間違いなく「すべての者が安全になるまで誰も安全ではない」ということで、国際的な協力行動を刺激するはずだったと思われる。しかし、2020年初頭のパンデミック以来、我々は疾病の起源を巡る責任のなすり合いに加え、「ワクチン・ナショナリズム」や「ワクチン外交」などの一連の国際紛争を経験した。紛争によって協力関係が抑制される現象は、パンデミック前から存在した国際システムの中の新冷戦と関係している。新冷戦は国際間における大国の権力の移り変わりと経済危機に起因する右派ポピュリズムの台頭に根源がある。新冷戦の勢いは既に根深く、COVID-19のような共通の危機があっても、意見の相違を解決して協力をもたらすことができずに、紛争の渦に吸収されてしまっている。このような状況で、アジアがどこに向かうのか、ということを考えなければならないだろう。   【第2部:シンポジウム】(日本時間12:00~13:00) 「ポストコロナ時代における国際関係―台湾から見るアジア」 モデレーター:徐興慶(中国文化大学学長) パネリスト: 松田康博(東京大学東洋文化研究所教授) 李明(政治大学国際事務学院兼任教授) Kevin_Villanueva(フィリピン大学准教授/中興大学特任副研究員) 徐遵慈(中華経済研究院台湾東南アジア国家協会研究センター主任) 呉玉山(中央研究院院士)   【第3部:優秀論文発表】(日本時間14:00~17:20) 優秀論文賞授与式と論文発表(Zoom分科会形式) AFC#6A優秀論文(20編) 台湾特別優秀論文(5編)   【閉会式】 閉会挨拶:今西淳子(アジア未来会議実行委員長) 第6回アジア未来会議(2022年8月、台北)へのお誘い   ※第3部と閉会式は事前の参加登録不要です。 当日13:30(日本時間)以後、ここから直接ご参加ください。   中国語版はこちら 英語版はこちら   ◇お問合せ:AFC事務局 afc@aisf.or.jp テクニカルサポートが必要な場合にもご連絡ください。  
  • 2021.06.20

    金雄熙「第19回日韓アジア未来フォーラム『岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいのか』報告」

    2021年5月29日(土)、第19回日韓アジア未来フォーラムが盛会裏に終了した。本来は2020年3月に東京で開かれる予定だったが新型コロナウイルスのパンデミックで中止となり、Zoomウェビナー方式で実施することになった。コロナ禍の中でも「オンタクト」(ON-TACT:韓国社会で広がった言葉。非対面を指す「アンタクト」にオンラインを通じた外部との「連結(On)」を加えた概念で、オンラインを通じて外部活動を続ける方式を指す)で、積極的にグローバルなコミュニケーションに取り組んできたSGRAの旗振りにより開催されることになった。   日韓関係は、日米における政権交代、韓国裁判所による前例とは異なった判決などで改善の兆しが生まれつつも、なかなか接点を導き出すことが難しい現状である。これからどうすればいいか。現状を打開するためには何をすべきなのか。政府は何をすべきで、日韓関係の研究者には何ができるか。本フォーラムでは日韓関係の専門家を日韓それぞれ4名ずつ招き、「岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいのか」について意見交換を試みた。   フォーラムでは、SGRAの今西淳子(いまにし・じゅんこ)代表による開会の挨拶に続き、日本と韓国から2名の専門家による基調報告が行われた。まず、小此木政夫(おこのぎ・まさお)慶應義塾大学名誉教授は、「日韓関係の現段階――いま、我々はどこにいるのか」という題で、今後の政治日程を考えれば日韓関係を短期的に改善することは容易ではないが、長期的に見れば新しいアイデンティティの誕生と日韓の世代交代が相互関係の不幸な歴史の清算を促進するとした。バイデン政権の出帆により、米国が中国を戦略的な競争者と定めて同盟国や友好国に団結を呼びかけており、米中対立の狭間にある日韓両国の戦略共有は日韓の相互イメージを改善し、広範な認識共有を先導するとした。そして、金大中・小渕共同宣言の再確認が当面の目標になると強調した。   李元徳(イ・ウォンドク)国民大学教授は、「岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいのかー韓国の立場から」について報告した。日韓関係は攻守転換し、加害者・被害者関係の逆転現象が目立つようになったと診断、米中戦略競争が激化する中日韓は多層的かつ多次元的な協力を推進する方向に進むことが望ましいと強調した。一般大衆の感情に流されず、冷徹な国益の計算と徹底した戦略的思考で対日外交を定立しなければならず、その基盤は日本のありのままのリアリティを正しく読むことから出発しなければならないとした。そして「徴用工問題」については、4つの選択可能なシナリオを提示した。シナリオ1は放置(現状維持)、シナリオ2は代位弁済(基金設立)による解決、シナリオ3は司法的な解決(国際司法裁判所)、シナリオ4は政治的決断(賠償放棄や金泳三フォーミュラ)で、そのうち、シナリオ4が適切な道ではないかとの意見を示した。   指定討論に入り、沈揆先(シム・ギュソン)元東亜日報編集局長は小此木教授の発表について、両国関係を外部的な要因や過去の事例を土台に改善するのではなく、両国内部の意思と未来ビジョンの共有で改善する方法はないか、それを可能にするためには、誰が、いつ、何をすべきかを考える必要があり、結局国民の自覚と説得、リーダーシップと政界の開かれた態度、国際的認識の共有などに帰着すると指摘した。李元徳教授の発表については、伊集院敦(いじゅういん・あつし)日本経済研究センター首席研究員が、西側先進国で全面的な「対中大連合」を構築するのも容易ではなく、安保、技術、サプライチェーン、人権など個別テーマごとにオーダーメイドや特定目的の連帯を組織する方が現実的であり、日韓もそうした取り組みを利用しながら戦略の共有を図ったらどうかとコメントした。   第2部の自由討論では、金志英(キム・ジヨン)漢陽大学副教授は、現実的に日韓の複合葛藤を解決するカギは当面の徴用工、慰安婦問題の収拾から求められるしかないとしたうえで、菅義偉政権においては韓国に対する謝罪や韓国への柔軟な態度と解釈される余地のある前向きな変化は難しいと展望した。   小針進(こはり・すすむ)静岡県立大学教授は、両国国民の相互認識においても「リアリズムとアイデアリズム」の均衡が必要であり、「コロナ禍と人的往来の全面中断」という状況において双方が直接体験ではない「頭に描かれた社会」による疑似環境に基づいて、相手国への認識が形成されないかが憂慮されるとし、オンライン対話の促進等で対処すべきだと強調した。   西野純也(にしの・じゅんや)慶応義塾大学教授は、日本も韓国も相手国のリーダーの言動のみで相手を理解しようとしているが、相手の社会は多様であるという当たり前の事実にもっと注意を向けるべきであり、さらに進んで相手がどのような国際秩序認識を持っており、それに基づいてどのような戦略や政策を展開しようとしているのかについて理解することも重要であるとした。また日韓両政府は関係を「管理」しながら、「復元」ではなく、「新たな関係」を作っていくことにより自覚的であるべきだと提言した。   朴栄濬(パク・ヨンジュン)国防大学教授は、日韓関係の改善の契機は韓国政府が「和解・癒し財団」解散の決定を見直し、これを日本政府との協議を通じて解決しようとする態度をとる必要があるとした。また、日韓協力は韓国が求める外交安全保障面での戦略的目標の達成に不可欠であるとした。   第3部では、金崇培(キム・スンベ)忠南大学招聘教授のアシストでウェビナー画面の「Q&A機能」を使って一般参加者との質疑応答が行われた。今回は100人を超える一般参加者からの参加申し込みがあり、慶応大学、静岡県立大学、国民大学の学生の参加も多かった。時間の制約もあり、十分な質疑応答の機会になったとは言えないかもしれないが、20年も続いてきた日韓アジア未来フォーラムの歴史では最も参加者が多く、しかも両国の若い世代が同時接続したという点は特筆すべきであろう。   最後は、徐載鎭(ソ・ゼジン)未来人力研究院院長により、小此木教授との長年の学問的な付き合いに触れるコメントと閉会の辞で締めくくられた。本来はこれで会が終わるはずだったが、会議の初めの思わぬ音響トラブルで20分ほど遅れ、また開会挨拶もよく伝わらなかったため、今西代表が再登場し、状況の説明とともに最後の仕上げをした。今回は惜しくもコロナ禍で日韓アジア未来フォーラムならではの「狂乱の夜」が再現されなかったが、きっと「狂乱」のハウリングは次回の懇親会を予告するものに違いない。   今回オンライン反省会も行ったが、主に本フォーラムの位置づけについての議論が多かったように思われる。今後研究者に限らず、多くの関係者との議論、そして日韓の若い人を中心とした一般の人々との対話ができるフォーマットについて工夫していこうと思う。最後に第19回目のフォーラムが成功裏に終わるようご支援を惜しまなかった今西代表と李鎮奎前理事長(咸鏡道知事)、そして素晴らしいウェビナーの準備に万全を期したスタッフの皆さんのご尽力に感謝の意を表したい。   当日の写真 アンケート集計 英語版はこちら   <金雄煕(キム・ウンヒ)KIM_Woonghee> 89年ソウル大学外交学科卒業。94年筑波大学大学院国際政治経済学研究科修士、98年博士。博士論文「同意調達の浸透性ネットワークとしての政府諮問機関に関する研究」。99年より韓国電子通信研究員専任研究員。00年より韓国仁荷大学国際通商学部専任講師、06年より副教授、11年より教授。SGRA研究員。代表著作に、『東アジアにおける政策の移転と拡散』共著、社会評論、2012年;『現代日本政治の理解』共著、韓国放送通信大学出版部、2013年;「新しい東アジア物流ルート開発のための日本の国家戦略」『日本研究論叢』第34号、2011年。最近は国際開発協力に興味をもっており、東アジアにおいて日韓が協力していかに国際公共財を提供するかについて研究を進めている。     2021年6月24日配信
  • 2021.04.11

    第19回日韓アジア未来フォーラム 「岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいか」へのお誘い

    下記の通り日韓アジア未来フォーラムをオンラインにて開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。聴講者はカメラもマイクもオフのZoomウェビナー形式で開催しますので、お気軽にご参加ください。   テーマ:「岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいか」 日 時: 2021年5月29日(土)14:00~16:20 方 法: Zoomウェビナー による 言 語: 日本語・韓国語(同時通訳) 主 催: (公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会 [SGRA] (日本) 共 催: (財)未来人力研究院(韓国) 申 込: こちらよりお申し込みください   お問い合わせ:SGRA事務局(sgra@aisf.or.jp +81-(0)3-3943-7612)     ■  概要 歴史、経済、安保がリンケージされた複合方程式をうまく解かなければ、日韓関係は破局を免れないかもしれないといわれて久しい。日韓相互のファティーグ(疲れ)は限界に達し、日韓関係における復元力の低下、日米韓の三角関係の亀裂を憂慮する雰囲気は改善の兆しを見せていない。尖鋭な対立が続いている強制徴用(徴用工)及び慰安婦問題に関連し、韓国政府は日本とともに解決策を模索する方針であるが、日本政府は日本側に受け入れられる解決策をまず韓国が提示すべきであるという立場である。なかなか接点を見つけることが難しい現状である。これからどうすればいいか。果たして現状を打開するためには何をすべきなのか。日韓両国政府は何をすべきで、日韓関係の研究者には何ができるか。本フォーラムでは日韓関係の専門家を日韓それぞれ4名ずつ招き、これらの問題について胸襟を開いて議論してみたい。日韓の基調報告をベースに討論と質疑応答を行う。     ■  プログラム   ◇司会 金雄煕(キム・ウンヒ) … 仁荷大学教授 ◇開会の辞 今西淳子(いまにし・じゅんこ) … 渥美国際交流財団常務理事・SGRA代表   第1部・講演とコメント(14:05~15:05) <講演1> 小此木 政夫(おこのぎ・まさお) … 慶応義塾大学名誉教授 「岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいか-日本の立場から」 <コメント> 沈揆先(シム・キュソン) … ソウル大学日本研究所客員研究員   <講演2>李元徳(イ・ウォンドク) … 国民大学教授 「岐路に立つ日韓関係:これからどうすればいいか-韓国の立場から」 <コメント> 伊集院敦(いじゅういん・あつし) … 日本経済研究センター首席研究員     第2部・自由討論(15:05~15:45) 講演者と討論者の自由討論   ◇討論者 金志英(キム・ジヨン) … 漢陽大学副教授 小針進(こはり・すすむ) … 静岡県立大学教授 西野純也(にしの・じゅんや) … 慶応義塾大学教授 朴栄濬(パク・ヨンジュン) … 国防大学教授   第3部・質疑応答(15:45~16:15) Zoom ウェビナーのQ&A機能を使い質問やコメントを視聴者より受け付ける   ◇閉会の辞 徐載鎭(ソ・ゼジン) … 未来人力研究院院長   韓国語版サイト
  • 2020.11.12

    レポート第91号「ポスト・コロナ時代の東アジア」

      SGRAレポート第91号     第13 回 SGRA-V カフェ 「ポスト・コロナ時代の東アジア」 2020年11月20日発行     <カフェの趣旨> 世界を震撼させた 2020 年の新型コロナウイルスが世界システムをかく乱し、「ポスト・コロナ時代」の国際関係の再構築が求められる中、東アジアはコロナの終息を待たずに、すでに激しく動き始めている。 コロナが発生するまで、中国のアメリカと日・韓の分断戦略はある程度の効果をもたらしてきた。しかし、コロナ問題と香港問題によって「米中新冷戦」が一気に進み、今まで米中間のバランスの維持に腐心してきた日本及び韓国に選択が迫られる。とりわけ日中の曖昧な「友好」関係の継続は限界に達し、日本の主体性ある「新アジア外交戦略」が模索され始めている。 中国による「国家安全法」の強制導入で、香港は一気に「中国システム」の外延をめぐる攻防の激戦地になり、米中新冷戦の最前線となった。香港という戦略上の緩衝地帯を喪失する台湾は、「台湾問題を解決する」中国からの圧力が一段と高まり、アメリカとの安全保障上の関係強化を一層求めることなり、台湾海峡は緊迫の時代に回帰する。 「ポスト・コロナ時代」における「米中新冷戦」の深まりはもはや回避できない。     <もくじ> 【開会挨拶】 SGRAカフェのオンライン開催にあたって 今西淳子(渥美国際交流財団常務理事)   【講演】 ポスト・コロナ時代の東アジア 林 泉忠(武漢大学日本研究センター教授・センター長)   【コメント1】 災い転じて福となす――新しい協調関係を 下荒地 修二(元外交官・大使)   【コメント2】 歴史の「本当の」終わり?――韓国の視座から 南 基正(ソウル大学日本研究所教授)   全体討論・懇親会 進行:林 泉忠 発言者(発言順) 高原 明生 (東京大学) 松田 康博 (東京大学東洋文化研究所) 菱田 雅晴 (法政大学) 小笠原 欣幸(東京外国語大学) 沼田 貞昭 (元外交官) 若林 一平 (ふくしま再生の会)   著者略歴   あとがきにかえて1 李 彦銘   あとがきにかえて2 林 泉忠
  • 2020.08.27

    エッセイ643:林泉忠「第13回SGRA-Vカフェ『ポストコロナ時代の東アジア』を終えて」

      2020年7月18日の第13回SGRA-Vカフェ「ポストコロナ時代の東アジア」は定員の100名を超える申し込みがあり、予想以上に多くの第一線で活躍されている大物の学者や各新聞社の編集・論説委員などが参加してくださった。そして活発な議論が行われ、大盛況で無事に終わった。終了後、主催側の今西さんから「大成功でしたね」というコメントを頂き、ホッとした。皆様のご厚情に心より感謝を申し上げたい。   今回のSGRAカフェは自分にとって3回目ではあったが、今までと比べて二つの特徴が挙げられる。   その一つは、やはり初めてのバーチャル講演という試みだった。そのため、今回はこれまでの12回と異なり、「カフェ」の前に初めて「V」が付けられていた。コロナ禍の影響で、実際に人が集まる講演が難しい中のやむを得ない選択であった。私は今までに各地で100回以上の講演を行ってきたが、目の前に実在の聴衆がいない「講演」は初めての経験だった。   パンデミックの中、国境を越える人と人の交流が激減し、国内で内向きの生活に集中する現象や、自国の利益を優先する傾向が見られることから、自国第一主義やナショナリズムの温床になることも懸念せざるを得ない、と講演の中でも語った。しかし一方、Vカフェのおかげで国境を越えて遠方の方も参加できるし、普段は多忙な方々も比較的参加しやすくなるため、V活動はコロナ時代に限らず、ポストコロナ時代にも多く見られる人類が経験する新たな交流手段になることも想像し難くない。   今回のカフェの経験から感じたもう一つの特徴は、タイムリーで進行中のテーマということに原因があるが、準備の段階からカフェの日まで予想外に世界情勢が激変し、カフェ参加者の注目点が少々ズレたことが挙げられる。   今回のカフェは3か月前から準備し始め、コロナ禍による東アジアへの影響を分析しポストコロナ時代を展望することだった。しかし、途中、筆者が現在居住している香港において、5月下旬に中国が導入した「国家安全法」が香港に限らず世界を震撼させた。米中対立を加速させ、日本の対中政策も大きく変化させた出来事が起こったのだ。講演の内容は、それによる影響を配慮しながらも本来のテーマに沿って東アジア全体をカバーするようバランスの維持に必死だった。   だが、講演者が住んでいる香港は急速に「米中新冷戦」の最前線になる気配が濃厚になったため、やはり、こちらが参加者の関心の焦点になった。しかし考えてみれば、国際政治の研究は本来、動く世界に注目し進行中の国際社会が注目する問題を取り上げ分析する作業なので、むしろ自然なことであり、国際関係を研究する最大の意義が含まれるイベントだったと思う。   「カフェ」という設定は本来、小規模でリラックスした講演会という位置付けだったが、Vの特徴が働き、予定していたコメンテータの下荒地修二先生(元外交官)や南基正先生(ソウル大学)をはじめ、特にV「懇親会」のコーナーにおいて高原明生先生(東京大学)、松田康博先生(東京大学)、菱田雅晴先生(法政大学)、小笠原欣幸先生(東京外国語大学)など活躍中の諸先生が次々と登場し、示唆に富むコメントをたくさんいただいた。これからのコロナによる世界への更なる影響や、米中新冷戦による東アジアへの波及現象の探究を深めていくには、まさに貴重な交流の機会だったことをあらためて感じている。   最後に、今回の素晴らしい企画において終始、周到にアレンジして下さった渥美財団関口グローバル研究会の今西淳子代表や辰馬夏実さんに深い感謝の意を表させていただきたい。   <林泉忠(りん・せんちゅう)LIM, John Chuan-Tiong> 国際政治学専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年よりハーバード大学リサーチ・アソシエイト、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、香港アジア太平洋研究センター研究員、中国武漢大学日本研究センター長、香港「明報」(筆陣)主筆、を歴任。 著書に『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス:沖縄・台湾・香港』(明石書店、2005年)、『日中国力消長と東アジア秩序の再構築』(台湾五南図書、2020年)など。     2020年8月27日配信
  • 2020.08.20

    李彦銘「第13回SGRAカフェ『ポストコロナ時代の東アジア』報告」

    今回のカフェはバーチャルカフェ(以下Vカフェ)という形をとり、延べ100名ちかくの参加が実現でき、SGRAカフェ史上最大規模となったといえよう。この成果は「ポストコロナ時代の東アジア」というタイムリーなテーマ、林泉忠先生をはじめとする講師陣、それからバーチャル形式という新しい実現手段の魅力を語ってくれた。   当日のVカフェは講演と懇親会の2部構成となったが、本レポートは講演内容を中心に報告し、懇親会については林先生のレポートに譲ろう。林先生の講演はまず現在の状況に対する見方、つまりグローバル時代の終焉から始まった。その具体例として、グローバルサプライチェーンの断絶や企業の自国内への回帰、人的交流の一時中断とナショナリズムの高揚、またウイルスに対する初動と「香港国家安全維持法」(国安法)の制定・実施をめぐって世界各国の中国に対する不信感が増長していることが挙げられた。   その後は、米中「新冷戦」が顕在化する状況における東アジア各国の関係性の変化について見解が述べられた。日韓にとっては、米中とどのようにバランスを維持していくのかが最大の問題であるが、中国が日韓と米国を分断させる戦略に乗り出している一方で、日韓の間で軋轢の深刻化が止まらない。日中は最近2年間の「疑似蜜月」関係から「中熱日冷」へと転換したと主張され、またこの日中友好の状態は主に中国主導によるものであったが、現在は日本の対中イメージが悪化する一途であり、習近平主席の国賓訪日もあやふやな状態になったと指摘された。中韓関係もまた、中国が主導しているように見え、韓国外交は主体性を持って臨んでいないと指摘された。   ではコロナが鎮静化したら中国の影響力は一気に強まるのか。まず香港に対し、中国政府は英米などの反発や批判を無視して権威主義体制へ移行させるだろう(1997年より以前の香港は行政主導+半植民地)。一方で台湾に対しては、新型コロナウイルス騒動は予想外の効果、つまり大陸と距離を維持することは悪いとは限らないという見方をもたらした。これは北京の「両岸融合」「恵台31カ条」のような急進的な政策による逆効果ともいえよう。これに加えて「香港統制」は台湾にさらなるプレッシャーをもたらし、また香港という緩衝地帯を失う結果、台湾の対米依存はさらに増すだろうという。   以上の議論を踏まえ、ポストコロナの時代は「新冷戦」時代が到来すると講演を結んだ。香港、台湾はこの新冷戦の激戦地になるだろう。11月の米大統領選の結果も注目しなければならないが、米国内では対中政策の合意がすでに出来上がっており、新冷戦はもはや回避できないと予測される。世界は米中2大ブロックに分割されるのか。今後日本に問われるのは主体性がある行動・リーダーシップである。   コメントとしてまず下荒地修二先生から、コロナの問題は国際社会に予想外のことをたくさんもたらし、相互不信もその一部ではあったが、現在はウイルスという共通敵にどう対処すればいいのかという段階に来ているではないかと指摘された。それから日中関係の改善は望まれる方向で、どちらが主導かということは重要ではなく、肝心なのは国際秩序をどのように建設的な方向へ持っていくのかであり、特に大国の間では議論をしなければならないと提起された。   南基正先生からは、ニューオーダー(new_order)としてポストコロナの国際秩序を考えるときに、国際政治のリアリズム理論の枠を超えなければならないと指摘された。コロナ問題によって各国では、アイデンティティ・ポリティックスから脱皮し、人々の生活を中心とする政治を構築する必要があることが浮き彫りになった。アイデンティティ・ポリティックスにこだわる結果、日韓関係には破綻が起るだろう。しかしコロナなど生活を中心とする政治の観点から見れば、ナショナリズムに訴えても問題は解決できない。アイデンティティやナショナリズムに訴えても票にならないことを、コロナは政治家に悟らせたのではないか。また政治家は政権のレガシーとして何を残すのかを考えるべきであり、特にミドルパワーの国々や日韓に期待したいという。   講演部分はここですでに1時間45分になり、一段落となった。個人的な感想は、まず長い時間をかけてさらに議論したい話題がたくさん出て、研究者として非常に興味深い集まりであった。もう一つは、一人の市民として、今後の国際秩序をどう展望し、そしてどう行動していけばいいのか、という大きな課題を改めて考えさせられたことである。一個人の力は本当に小さいものであり、そして懇親会でも指摘されたように、個人にとってアイデンティティは容易に越えられるものではない。まして政治情勢や情報制限、マイナスの歴史といった「人的操作」を受ければ、恨みや偏見が生まれやすい。しかしそこであきらめていいのか。この半年の間、外出自粛や会合自粛のなか、私も自分自身が閉塞感を感じたり事を悲観的にとらえやすくなったと感じたりしたが、そのバイアスで見落としてきた積極的な要素も現実に存在するのではないか。   英語版はこちら   当日の写真   <李彦銘(リ・イェンミン)LI_Yanming> 専門は国際政治、日中関係。北京大学国際関係学院を卒業してから来日し、慶應義塾大学法学研究科より修士号・博士号を取得。慶應義塾大学東アジア研究所現代中国研究センター研究員を経て、2017年より東京大学教養学部特任講師。       2020年8月20日配信