SGRAかわらばん

  • エッセイ342:シム チュン キャット「日本に『へえ~』その11:注意放送大国日本!」

    日本に来たばかりの頃、出かけるときに一番よく耳にした日本語といったら、駅で電車を待つたびに聞こえてくる、あの「間もなく電車が参ります。危険ですから、黄色い線の内側まで下がってお待ちください」という注意放送でした。日本語がまだ十分に分かっていなかったことに加え、シンガポールの地下鉄の駅ではこんな長い放送があまり流れないので、「何事か?危険?何が参るの?」と最初は緊張して聞いていた記憶があります。もちろん、慣れてくると何のことはありませんでした。普通に電車が来ただけでした。常識的なことをなんでいちいち注意するのかなと疑問に思っていた、あの頃の初々しかった自分が愛しいです。なぜなら、こんなのはまだ序の口で、日本語がだんだん理解できるようになるにつれ、注意放送が日本社会のありとあらゆる場面で氾濫していることが分かったからです。   注意放送については、日本の電車は特に親切です。電車が接近するときの「参ります」だけでなく、停車した後でも「ホームと電車の間が一部広く開いているところがあります。足元に十分ご注意ください」という優しい声が流れたり、発車する直前でも「発車間際の駆け込み乗車は大変危険ですから、無理なご乗車をなさらないようお願いいたします」といろいろ「危険」を注意してくれたりします。さらに、荷物を持っていれば「お忘れ物をなさらないよう十分ご注意ください」と、雨が降れば「傘のお忘れにご注意ください」とあったりもして、小学生だった自分が登校する前にいろいろ注意してくれた母のことを実に懐かしく思い出させてくれます。   もちろん、注意放送は電車や駅の中にとどまりません。エレベーターに乗れば、「ドアが閉まります」「上に参ります」「3階です」と、多くのエレベーターは自分の動きと働きを細かく予告放送してくれます。エスカレーターはもっと丁寧です。「ご利用の際は、危険ですから手すりにおつかまりのうえ、黄色い線の内側にお乗りください。尚、小さいお子様をお連れのお客様は、どうぞ手をおつなぎください」と、乗り方だけでなく、親子の「絆」にまで気をかけてくれます。ただ、注意があまりにも長いので、全部聞き終わらないうちに降りてしまう場合が多いことがちょっと残念です。それから、銀行のATMでお金を引き出すときも、「現金をお取りください」や「カードのお取り忘れにご注意ください」と、間髪をいれずに現金とカードの引き抜きを繰り返し注意喚起してくれます。でも、その催促のスピードが速すぎて音声も大きいので、かえって慌ててしまって手順を間違えたりする場合もあります。また、機械音声のほかに、最近では生の人間による注意アナウンスも増えてきましたね。気温がちょっと下がると、テレビのアナウンサーが「お出かけの際は、昨日より1枚上着を羽織ってお出かけください」や「風邪を引かないよう、今夜は暖かくしてお休みください」と思いやりのある注意を払ってくれたり、暑くなると「今日はTシャツ1枚で十分でしょう」や「こまめな水分補給を心がけましょう」と服装の提案と飲水の指導までしてくれたりもします。どこもかしこも本当に優しさに溢れてはいますが、何か過剰すぎておかしくはないかと首を傾げてしまうのは僕だけでしょうか。   何なんでしょうね…。この国の人々はいつもボーっとしているということですかね。注意されないと、無理な乗車をしたり、電車とホームの間に開いた隙間に落ちたり、荷物を忘れたりする人が続出するのでしょうか。注意されないと、エスカレーターの乗り方も分からなかったり、お金を引き出すために銀行に行ったのにお金を取り忘れたりする人が多発するのでしょうか。注意されないと、天気を見て何を着て出かければいいのかも分からない人が増えてきたのでしょうか。あるいは注意されないと、何かが起きたときに「なんで注意してくれなかったの?」とクレームを入れる人がいるから、保身のために注意する側もつい過保護になりがちなのでしょうか。それとも、「絆」といううわべの言葉が持てはやされるほど人間同士の関係が実は希薄になりすぎたせいで、お互い注意をし合わなくなったからこそ、いちいち機械に頼らざるを得なくなったのでしょうか。いずれにしても、こんなにも注意放送がたくさんあると、何かバカにされている?と思ってしまう僕の方がおかしいのでしょうか。   当然ながら、注意放送の中には確かに必要性があって大事なものもあるのでしょう。しかしここまで氾濫が進んでいると、どんな注意も生活騒音の一部になってしまい、本当に大事なものまでも軽んじられたり聞き流されたりしてはいないか、と逆に心配になります。というより、ほとんど誰も聞いていないのではないですか。現に、僕があらゆる駅で観察する限り、あれだけ「大変危険ですから」と駅内アナウンスが朝から晩まで注意を促しても駆け込み乗車は一向に減りません。この前なんか、発車寸前にベビーカーを押しながら駆け込み乗車をする若いお母さんがいて、案の定ベビーカーが閉まるドアに挟まってしまったという危ない場面も目にしました。赤ちゃんの安全を顧みないほど、移動時間を急がなければならない用事というのはいったい何だったのでしょうね。そういう人に危険を冒させないためにも、誰も聞かない注意放送を流すよりも、閉まるドアに電気を流して体に触れるとピリッとくるようにしたほうが無理な駆け込み乗車も減っていくのではないでしょうか。もちろん、冗談ですが。   そんなに注意放送をするのが好きならば、もっと肝心な所で注意を呼び掛けて欲しいというものです。例えば、「地震大国日本で原発の再稼働は大変危険ですから、国民の生活を守るためというような矛盾に満ちた無理な言い訳をなさらないようお願いいたします」のような注意アナウンスのほうが現実味があるのではないでしょうか。もしくは「この国の未来に関わる問題が山積しております。言った言わない、解散しろ解散しない、協議に応じろ応じない、というような非生産的な水掛け論は大変無意味ですから、おやめください。尚、国民に選ばれた義務と責任とプライドのお忘れにも十分ご注意ください」のように、然る(叱る)べき所で注意喚起をしておいたほうが有意義なのではないでしょうか。もっとも、野次が飛び交う中で誰も聞きはしないでしょうが。   ------------------------------- <シム チュン キャット☆ Sim Choon Kiat☆ 沈 俊傑> シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。日本学術振興会の外国人特別研究員として研究に従事した後、現在は日本大学と日本女子大学の非常勤講師。SGRA研究員。著作に、「リーディングス・日本の教育と社会--第2巻・学歴社会と受験競争」(本田由紀・平沢和司編)『高校教育における日本とシンガポールのメリトクラシー』第18章(日本図書センター)2007年、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋館出版社)2009年。 -------------------------------     2012年7月11日配信
  • エッセイ341:葉 文昌「台湾のビール事情」

    今、台湾ではマンゴビールとパイナップルビールが流行っている。台湾の最大ビールブランド「台湾ビール」を持つ台湾菸酒公司(昔のタバコ酒専売公社)が開発して今年出したビールで、月に50万ダース売れる大ヒット商品だそうだ。ビール会社でありながら正統ビール市場で勝負に出るのではなくビールと銘打ったカクテルで盛り上げたのにはビール造りとしてのプライドに疑問を感じてしまうのだが、何はともあれ、2005年にビールの輸入関税が0%になってから、台湾のビール市場は外国製ビールも入り乱れての戦国時代なのだ。   日本のコンビニのビールコーナーにはアサヒ、キリン、サントリー、サッポロの4ブランドが、プレミアムビール、ビール、発泡酒と違うランクの銘柄を出して競っている。一方で台湾では、国産の台湾ビールを筆頭に、日本勢はアサヒ、キリン、サントリー、サッポロ、欧米勢はハイネケン、カールスバーグ、ミラー、バドワイザー、更にその他に青島、コロナ、タイガーなどが置かれている。ビールは1987年までは台湾菸酒公司が専売だったのでシェア100%であったが、2010年には75%に下がった。それでも圧倒的なシェアではあるが、しかしそれまで専売制度で努力せずとも製品が売れていた甘い体制から自由競争に突入したので、シェア25%減と言うのは痛い打撃かもしれない。   シェア25%の外国ブランドの中では、ハイネケンがトップの13.5%で、キリンの6%、青島3-4%、そして残りをバドワイザー、アサヒ、カールスバーグ等が分けた(2011年、台湾酒訊雑誌)。第一線のビールにはハイネケン、スーパードライ、一番搾り、とバドワイザーがあり、これらの特徴はブランド国からの直輸入であり、値段も高い。量販店における350cc級の半ダース最安値を見ると、ハイネケンが350cc換算で90日本円、一番搾りが87円、スーパードライが81円、バドワイザーが86円であった。この中ではハイネケンが最も高い価格設定で尚且つ単一銘柄でありながらもトップシェアを誇っている。低価格帯では台湾ビールが69円、青島ビールが59円、キリンBarビールが72円、アサヒ乾杯が58円、サッポロビールが61円であった。これら低価格帯ビールは台湾メーカーによる代理生産か又は中国生産であった。これらの価格は日本人から見れば安いと思うかも知れないが、日本も台湾もマクドナルドでの20分間の労働分に相当するので台湾人にしてみれば安くはない。   日本では日本ブランドしか並んでいないので平和に見えるかもしれないが、台湾にいれば逼迫した世界ビールブランド競争を肌で感じることができる。一方で消費者は世界中のビールから自分の好きなビールを選ぶことができるので幸せと言えば幸せである。台湾のビール市場を経験すれば日本のビール市場が少し退屈に見えてしまう。日本でも銘柄は多く出ているものの、競争の土俵は第二のビールや第三のビールに移っている。でもこれら発泡酒は、材料も工法もビールとは異なるものの味をそれに似せる為の研究開発であって、歴史に残るものではないし、世界での競争も難しい。台湾でのビール価格から、日本のビール価格の大半が酒税であることがわかるが、消費者が酒税の安い発泡酒を求めるがために日本のビール会社の開発がそれに移っていることは残念な気がする。ビールの酒税を下げれば国民も発泡酒からビールに戻る上に、開発競争も本来のビールに戻る。そしてプレミアムモルツ、スーパードライや一番搾り等のような、世界で十分に戦える新しいビールの出現が期待できるのではないか。   ------------------- <葉 文昌(よう・ぶんしょう) ☆ Yeh Wenchang> SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2001年に東京工業大学を卒業後、台湾へ帰国。2001年、国立雲林科技大学助理教授、2002年、台湾科技大学助理教授、副教授。2010年4月より島根大学総合理工学研究科機械電気電子領域准教授。 -------------------     2012年7月4日配信
  • エッセイ340:マックス・マキト「防波堤の日本」

    昨年3月11日、大津波が太平洋側から日本列島を襲い、東北地方の海岸沿いが平らになってしまうほどの被害をもたらした。留学生関係のあるセミナーの休憩時間の雑談で、それについて思いついた仮想的な感想を、日本の西側にある国の研究者に、話題のひとつとして話してみた。それは、「日本列島がなければ、日本の西側に位置する諸国はあの津波でやられたかもしれない。日本が防波堤になった」ということだった。すると、その研究者は、この仮想を否定することもなく、「それはとくにありがたいとは思わない」と強調した。僕はその返事を聞いて悲しくなった。というのは、この研究者は、日本に長年留学し、充実した就職もできて家族と一緒に暮らしているにも関わらず、このように少し怒っているような返事をしたからである。あまりにもショックだったので、僕は残念ながら反論できなくて、国際紛争が起きる前に、日本の留学生の代表とは考えられないその研究者の前から退いた。   昨年8月、フィリピン大学の学会で発表した論文を、名古屋大学の平川均教授との共著で、労働・産業連携大学院のジャーナルに投稿してみた。およそ30年前、太平洋側からグローバル・スタンダード化の大津波が日本列島を襲い、国々の違いをなくして世界を平らにしようとしたので、大きな被害をもたらした。それについて思いついた仮想的な説を、その論文で提案した。それは、日本のような労働契約制度がなければフィリピンは共有型成長をなかなか達成できないだろうという仮説だ。その可能性を否定することもなく、ジャーナルのレフェリーは「数十年以上も失われた日本経済を、今さらモデルにするなんて」と強調した。僕はその返事を聞いて悲しくなった。共有型成長が一回も実現できていないフィリピン、その悲惨な労働事情に詳しいであろう研究者(レフェリー)にも関わらず、堂々とこのようなコメントをしたからである。   今度は、ちゃんと反論した。確かに日本経済はバブル経済が弾けてから数十年も低迷しており、成長が鈍く、格差も拡大してきたので、共有型成長のモデルとは言えなくなった。しかし、僕がフィリピンで実現してもらいたいのは、共有型成長が可能であると示した、失われた数十年以前の日本から学ぶことである。幸いにも、編集者は僕の反論を認めてくれて、その論文はジャーナルに掲載されるという通知が届いた。   3月11日の大津波が襲来したあとに、瓦礫の山が残った。その処理はあまり進んでいない。昨年7月に渥美財団で「放射能が人体に与える影響」についての話を聞く茶話会があったが、僕が瓦礫の処理を巡る懸念について質問した時に、講演者は「東電の敷地内に埋めるとよい」と答えたので、僕は思わず拍手した。最近、それに近い瓦礫の処理方法の提案を聞いた。被災地の中で瓦礫を処理するという提案である。瓦礫の山の上に土を被せて植林して「鎮守の森」を育てようというのだ(宮脇昭『瓦礫を活かす「森の防波堤」が命を守る』学研新書)。瓦礫処理と同時に、津波の防波堤にもなる。実際、海岸線にそのような森があった地区では、沢山の命が救われたという。   およそ30年前にグローバル・スタンダード化の津波が襲来したあと、日本の経済の活気と国民の安定した生活が失われた。今でもたくさんの国民が苦しんでいる。早く何らかの手を打ってほしいが、政治情勢はなかなか安定しないし、経済の建て直しはなかなか進まない。   しかし、僕は、グローバル・スタンダード化の津波に対して、日本が防波堤として頑張っていたことに感謝の意を表したい。いわゆるグローバル・スタンダードとは異なる日本の制度は、この津波に叩かれてしまったようにも見えるが、それでも、世界に別の道も実現可能であると証明したことを僕はありがたく思っている。上述のフィリピン大学の論文には、日本の大手自動車会社のデータを分析した結果、フィリピンの共有型成長に貢献していることを示した。日本からもたらされた共有型成長の種をフィリピンにしっかりと植えて大事に育てるべきである。それは、東アジアの「鎮守の森」にもなるであろう。   ※お断り:このように書いて、僕が反米だと誤解されるかもしれないが、そうではないことをはっきり言っておきたい。上述の論文では、日本と米国の労働契約制度を比較し、どちらかというと日本制度のほうが共有型成長に貢献できるであろうという結論を出した。ただ、完璧な社会制度はどこにもない。各国の制度には弱点もある。僕の今までの人生の半分はアメリカに魅了されて過ごした。今でも、アメリカが好きである。それに近い長さの人生は日本に魅了されて過ごしてきた。現在、拡大している格差のもとで多くの日本国民と同様に苦労しながらも、日本も好きである。要は、我々は、互いに違っていても、互いを尊重すれば友達になれるということである。   -------------------------- <マックス・マキト ☆ Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。フィリピン大学の労働・産業連携大学院シニア講師。 --------------------------     2012年6月27日配信
  • エッセイ338:趙 長祥「グローバリゼーションとローカライゼーションのバランス」

    我々人間の社会は産業革命によって、古代文明から現代文明社会に入ったという。そのようなスパンでみればほんのわずかかもしれないが、ITの発達と急激な経済活動の拡大に伴なう地球の一体化、つまりグローバリゼーションの時代に突入してからでも既に30年間を経過している。グローバル化によって地球は「小さな世界」になった。そして、便利になった一方で、各地で様々な不具合を生じ始めた。一番多く指摘されるのは多様性の滅亡である。即ち、様々な特徴を含んだ豊かな現地カルチャーの消失が心配されている。すると、グローバリゼーションに対して、ローカライゼーションも唱えられるようになった。   世界各地を彩る文化を保護するためにローカライゼーションは非常によいことだと思っている。しかし、経済活動を多国間で展開する時に、特に先進国から発展途上国へ移転する過程で、現地の商習慣などを含めた意思決定プロセスを完全に現地化してよいものか、私は大きな疑問を抱いている。勿論強制的に現地の方に押し付けてはナンセンスだが、すべてを現地に合わせるのも尚更ナンセンスだと思う。国際的に共通しているマナーも現地化して良いものか。例えば、交通信号を守ること、約束を守ること、時間を守ること、お互いの信頼を以てビジネスを進めることなど。これらの国際的に共通する基本的なマナーは、一人の人間として道徳的にも要求されるので、グローバリゼーションとかローカライゼーションと関係なく、どこの国でも受け入れるべきものである。まず、一人一人がきちんと守ること。そして、できないのであれば、現地の方をできるように改善させる工夫をしなければならないと思っている。   多くの国では、「郷に入れば郷に従え」という諺が通用している。この諺に含まれた意味通りに、郷に従えば、現地の習慣や文化などを学ぶことができるし、特に“面子”を重視するアジアの国々では人間関係の潤滑油ともなりうる。しかし、人間の惰性によって、悪い習慣をマスターするのは良い習慣の習得よりよっぽど速いのである。たとえば、上海で、外国人の習慣をよく観察すると、すっかり現地化している。さすがにつばを吐く人はあまり見当たらないが、赤信号を平気で渡り、約束時間や約束の仕事を平気で遅れるようになっている。もともと国際共通的なマナーを持っていたはずなのに、上海現地での生活によって直ちに現地化されてしまった。なぜかと聞くと、現地では殆どの人がそのような習慣なので、自分一人だけで青信号になるまで待つのは逆におかしく見られる。すると、国際共通の常識を失うのである。   日本人はマナーの面では、世界中に賞賛されている。しかし、私自身の体験がこのような常識を覆した。   ある日系企業の現地法人の社長と一緒に仕事したことがある。その方は、顧客に対して文句ばかりで、仕事上の約束も守らなかった。いい加減な仕事態度は私にとっては驚きばかり、「あれ~日本人なの?」と思うほどだった。とうとう付き合いをこちらからやめた。   また、別の日系企業で1ヶ月間のお手伝いをしたことがあった。ある日、仕事で外出中の現地スタッフが日本人スタッフに午前10時ごろ電話して、至急仕入れの数量確認(日本人だけが知っているデータだった)を依頼して、当日の14時までに返事してくださいとのことだった。その日本人スタッフは電話でOKと答えた。しかし、電話を受けた直後、数量の確認もせず、平気で会社を出て顧客の接待に行った。本来マネジャー層として来ている日本人スタッフが自らしっかり約束を守れば、現地社員も自然に守るようになるはずだ。5分間もかからないデータ確認の仕事で、すぐに返事ができるのに、自らの国際的共通マナーを現地化しながら現地社員に約束を守れというのは可笑しい。お互いの信頼関係も築けず、時間がたつにつれて徐々に相互不信に陥り、仕事もほとんど予定通りに完了できず、会社の業績も下がる一方となった。   このような事例は個別のものではなく、数多くの現地日系企業に普遍的に存在している。従って、中国で経営している日系企業にとって、意思決定のプロセスにおいて、マーケットニーズへ柔軟に対応するローカライゼーションと、商習慣を含めた国際的な基本マナーのグローバリゼーションのバランス確保は最も大きな課題だと考えられる。   物事の変化は紙一重である。善と悪の意識区分はその典型例である。人間の頭には、善と悪の扉が設けられている。善を常に考え常に実行すれば人間は天使となる。しかし、善の扉を閉めて悪ばかりを考え悪ばかりを実行すれば人間は悪魔となる。経済社会において、合理的な人間は圧倒的に多い。より善行を多く、悪行を少なく考え実行すれば、正しい人間と成り、社会も調和する。それと同じく、グローバリゼーションとローカライゼーションのバランスを如何に上手く取れるかによって、結果が異なってくる。理屈を知っている人は多いが、実際にしっかり理屈を理解して徹底的に正しく実行している人は少ない。如何にバランスを保ち、「言うは易く行うは難し」を克服するかである。   ----------------------------- <趙 長祥(ちょう・ちょうしょう)ZHAO Changxiang> 2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士号を取得。専門分野はイノベーション とアントレプレナーシップ、コーポレートストラテジー。SGRA研究員 -----------------------------   2012年5月30日配信
  • エッセイ337:マックス・マキト「マニラ・レポート2012年春」

    2012年4月26日にフィリピン大学で開催された第14回日比共有型成長セミナーは、今まで13回マニラで開催してきた同セミナーにとって歴史的転換期だったと言っても過言ではない。   セミナーは午前9時半から、同月2度目のマニラ訪問の今西淳子SGRA代表とフィリピン大学労働・産業連携学部(SOLAIR)のサレ学部長の開会式で始まり、午後6時の参加証明書の贈呈式で終わった。   今回のマニラ・セミナーのテーマは「都会・農村の格差と持続可能な共有型成長」というものであった。この格差は「効率」を重視しすぎた結果であって、「公平」や「環境」を犠牲にしがちになっているという考えが根本にある。   開会式の後、参加者は建築学と社会科学との2つのパラレル・セッションに分かれた。建築学は「持続可能な環境と防災」というテーマで、社会科学は「水資源管理と農業・貧困」というテーマで進められた。セミナーに参加した2名の日本人である今西代表と中西徹先生は、偶然にも、原子力エネルギーがいかに日本社会の問題になっているかについて言及した。僕は、最後に都会・農村の貧困問題について発表し、両者を分けて考えないほうがいいではないかと提案した。   たくさんの方々のご支援のおかげで、今回は、これまでのセミナーを大きく上回る成果を得ることができた。成果の一つは、参加者の人数(84人が登録)と分野の広さである。従来は、発表者が2~3人だったが、今回のセミナーでは、公募による23本もの発表があった。   発表要旨のリスト   また、従来のセミナーでは、経済学者の発表が中心だったが、今回の発表テーマは経済学だけでなく、建築学、工学、農学、経営学という広い分野に亘り、発表者のバックグランドも大学、政府、市民団体という広い社会構成組織をカバーした。因みに、SGRAの一部助成を受けて、この発表者の中から13名が来年の3月に上海で開催される第一回アジア未来会議(AFC)の自然科学と社会科学シンポジウムに参加することになった。ほかに自費参加する人も数人いるようである。日本の仲介により、フィリピンと中国の友好関係に更に貢献できればと思う。   第14回マニラ・セミナーの実績のもう一つは、セミナー企画委員会の拡大であった。従来セミナーの企画はSGRAフィリピンが行っていたが、今回から発表者や参加者自らの企画への参加が実現しつつある。それはSGRAの学際的・国際的という方針への賛同はもちろん、フィリピンにおけるSGRAの活動の基本的な目標である共有型成長、さらには「Eの三乗(Efficiency x Equity x Environment =sustainable shared growth)」がより多くの人々から賛同を得たからである。「Eの三乗」を日本語に訳すと、「3K(効率・公平・環境)」であり、環境的にも持続可能な共有型成長を意味する。   企画委員会で、この「Eの三乗」をフィリピン語にもすべきだという意見を受けて、「KKK(Kahusayan(効率)、Katarungan (公平)、Kalikasan(環境))」と呼ぶことにした。フィリピン人にとって「KKK」はフィリピン革命に関連する深い意味がある。それは、19世紀のフィリピンでスペインからの独立を目指してアンドレス・ボニファシオらによって結成されたカティプナン(タガログ語:Katipunan)という秘密組織のことである。カティプナンという名前はタガログ語の正式名称「Kataastaasang Kagalanggalangang Katipunan ng mga Anak ng Bayan」(母なる大地の息子たちと娘たちによるもっとも高貴にして敬愛されるべき会の意)の短縮形であるが、「KKK」というシンボルマークでも知られる。その「KKK」を掲げたSGRAセミナーを通じて、企画委員たちの心には「フィリピンを変えよう」という使命感が燃えているようである。   このSGRAフィリピンの使命に、フィリピン大学SOLAIRが賛同してくださり、セミナーの前日、今西代表とサレ学部長によって、MEMORANDUM OF AGREEMENT(提携書)が調印された。これからも、このような形でセミナーを開催していく予定である。   5月5日、第14回セミナーの反省会をフィリピン大学で開催し、第15回セミナーをいかにより良いものにするかについて話し合った。企画委員全員が、これからKnowledge Management Center(知識管理センター)を実現すべきだという意見をもっていた。それを受けて、SOLAIRから場所を提供してもいいというありがたいお話もあったが、最初は、仮想的(VIRTUAL)に始めたほうがいいということで合意した。そのために、第14回セミナーで活躍した渥美財団のサーバーを拠点として、今後も更に活動を活発化していきたい。マニラ・セミナーで生産されている知識をSGRAのフィリピンの活動にもっと利用していくために、きちんと知識を管理すべきであるということである。その一環として、第14回セミナーの発表に基づいて、ディスカッション・ペーパーという一般向けの論文を集めて、最終的にオンラインで公開する英文のSGRAレポートとしてまとめようという動きが始まっている。そのためにフェイスブックにも議論の場を設けた。この知識管理センターをいかに実現するか議論中である。   次の第15回マニラ・セミナーでは、(建設業界を含む)製造業と持続可能な共有型成長というテーマに戻り、第14回セミナーと同様、発表者を公募する予定である。今までは企業からの参加が少なかったが、次回からは企画委員の協力を得て、もっと広い範囲に呼びかけたい。これもSGRAがめざす「多様性のなかの調和」という理念に沿ったものだと思う。   第14回セミナーの写真集   -------------------------- <マックス・マキト ☆ Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。フィリピン大学の労働・産業連携大学院シニア講師。 --------------------------  
  • エッセイ336:林 泉忠「金正恩の『暴走』を中国の責任にすべきか?」

    「金 正恩による『脱中国属国化の賭け』」   (原文は『明報』(20012年4月2日付)、および中国のブログ「鳳凰網(ifeng.com)」に掲載。朱琳訳)   金正日の逝去から3ヶ月経ったが、若い「金三世」が「金氏王朝」を無事に継承できるのか、国際社会が北朝鮮の成り行きを注目している中、金正恩が人工衛星と称する「光明星3号」(ミサイル搭載)の打ち上げを強行した。その知らせに接した米・日・韓は驚きを隠せず、直ちに緊迫状態に入った。一方、中国も深い憂慮の意を表している。   ところで、金正恩の今回の行動はどう読むべきなのか。それはまさに「一石三鳥」の策略と言えよう。まず、対内的には、父親の「先軍政治」の路線を継承する意志を示し、自らの統治能力および正当性をアピールすること、そして対外的には、今回の発射を来たる6カ国会談などにおいてアメリカとの交渉のカードにすること。さらに、金正恩は今回の行動によって北朝鮮に対する中国の影響力を低下させようとする狙いがあると筆者は見ている。   周知にように、中国と北朝鮮はかねてから特殊な関係にある。60年前に両国は、朝鮮戦争の戦場における血みどろの戦いのなかで比類ない「兄弟の絆」を築きあげた。金正日の時代に両国の関係はつかず離れずであったが、1961年に締結された同盟関係並みの「中朝友好協力互助条約」はいまだに破棄されていない。金二世の末期、一年に三度も北京を密かに訪問し、若い金三世への支持を求めたことは、あたかもかつての「華夷秩序」の現代版のようである。少し前の琉球やベトナムと同じく、日清戦争の前、朝鮮は中国という「天朝上国」の属国であり、朝鮮国王が交代するたびに必ず中国皇帝からの「冊封」を受け、統治の正当性を獲得していた。   しかし、周知の通り、金正日の時代から、北朝鮮はもはや中国の言うことを聞かなくなってきた。だが、北朝鮮の崩壊は中国の利益にならないことを北京はよく知っている。そのために、この見かけ倒しの隣国を支えるしかない。その一環として、今年の2月下旬から、中国は北朝鮮に対し6億人民元に上る援助を始めた。しかも、今回の援助はいままで行なわれてきた融資や双方の物質交換と異なり、完全な無償援助で、「中国の対朝鮮支援における『史上最大規模の無償経済援助』だ」と言われているのである。しかし、金三世は金二世と同じく、北朝鮮に対する中国の政策が急変しないことをよく知っており、「裏切り」という危険な賭けをし続けている。 今回、北朝鮮が急進的に衛星発射を強行したのは、明らかに中国という「後見国」に対して、目に物見せようとしている。しかし、金三世による「脱中国属国化」の試みが果たして成功するかは、この危険な賭けに関わる各国の力関係次第である。ただし、金正恩が一歩間違えれば、北朝鮮は永遠に元に戻れない局面に陥る恐れが十分あることは間違いない。     「金 正恩の『暴走』を中国の責任にすべきか?」   (原文は『明報』(20012年4月16日付)および中国のブログ「鳳凰網(ifeng.com)」に掲載。朱琳訳)   相変わらず、北朝鮮は国際社会からの圧力を無視し、ミサイルを発射した。   相変わらず、アメリカ主導の国連は急いで北朝鮮に制裁をかける決議案を練っている。   また、予想どおり、相変わらず、中国が安保理で賛成票を投じなかった結果、国連の制裁案は通らなかった。これこそ北朝鮮が「暴走」するたびに繰り返される国際社会の反応のパターンなのである。   金正日時代から金正恩時代へ、常識はずれと言っても過言ではない北朝鮮は、過去20数年の間、国際社会を震撼させる事件を次々と起こした。かつてのラングーン事件、大韓航空機爆破事件、日本人拉致事件から、まだ記憶に新しい核実験、韓国哨戒艦沈没事件、延坪島(ヨンビョンド)砲撃事件まで、数多くあった。朝鮮の「暴走」は20数年間繰り返されているが、問題はなぜ国際社会はそれを阻止することができなかったのかということである。   アメリカ、日本、韓国を含む西側諸国では、その原因を北朝鮮に対する影響力を保持しながら、その暴走を容認する中国の姿勢に帰する声が、かねてから指摘されている。しかし、国際社会は平和と正義を追求する一方、各国がそれぞれの国家利益を追求することも許容している。中国にとって、北朝鮮は米日韓三国軍事同盟を牽制する緩衝地帯であるため、言うことを聞かない北朝鮮ではあるが戦争さえ起こさなければ、金氏王朝のままで中国の国家利益に合致するのである。   国際社会が各国の国家利益追求を許容するのは、主権概念の確立と深くかかわっている。今日、我々が認識している国際社会は、17世紀のヨーロッパに起源を持ち、個々の主権国家からなっている。主権概念の基本精神は、すべての主権国が外国からの干渉を受けないという権利を尊重し、自らの国家利益を追求することを認めている。主権干渉の排除という原則のもとで、たとえ某国の独裁政権が自国の民衆を虐殺したとしても、この国の権力者は、国連によるPKOの派遣と駐在を含め、他国からの干渉を拒否することができる。これこそ第二次世界大戦後国際組織が大いに発展したにもかかわらず、あちこちで発生した暴力や悲劇などに対して、国際社会がなかなか阻止する良策が採れなかったことの主要な原因なのである。1970年代のポル・ポト政権下のカンボジア大虐殺も近年のスーダンの悲劇もそうであった。   一方で、20世紀、とりわけ第二次世界大戦後の発展を経て、今日、主権概念はすでにボトルネック状態に入っている。周知のように、「主権」を発明したヨーロッパはすでに「脱主権国家」のEU時代に突入し、パスポートなしの渡航をはじめ主権を一部棚上げにすることが実現している。グローバル化が進む今、国をまたがる平和共存、国際社会の共通利益、そして普遍的価値観を共有することが新しい時代に求められている。こうした過渡期において、国家の暴走や国際正義を無視しもっぱら国家利益を追求する行為などが受ける圧力も、日に日に増加しているに違いないだろう。   ---------------------------------- <林 泉忠(リム・チュアンティオン)☆ John Chuan-Tiong Lim> 国際政治専攻。中国で初等教育、香港で中等教育、そして日本で高等教育を受け、2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2010年夏台湾大学客員研究員。2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員。 ---------------------------------     2012年5月16日配信
  • エッセイ335:趙 長祥「治まらない中国の医食安全問題」

    昨年9 月に「国の基本を脅かす食の安全問題はいつ治まるのか」というエッセイを発信した。近年、経済発展が進むにつれて、中国の食の安全問題が一気に噴き出したことを述べた。だが、今年の春節があけて間もなく、さらに驚くべきことが露わになった。食の安全から医薬品の安全問題への拡大である。   事件の源は、中国の中央テレビ(CCTV)「夜間ニュース」のキャスターである趙普氏による4月9日午前11時に書き出されたマイクロブログ(微博)の情報である。その内容は、「ジャーナリスト達のショートメッセージに従って、ソリッドタイプのヨーグルトとゼリーを食べないでください。特に子ども達は要注意。恐ろしい材料が使われています。詳細は省略。」というものだった。   実は、ソリッドタイプのヨーグルトとゼリーの生産に使われているゼラチンの原料を、2012年3月15日に中央テレビの「消費者権益の友」という番組で暴露する予定だった。このテレビ番組は、1991年3月15日に、中央テレビ経済部のプロデューサー達が消費者参加型の中継番組として打ち出したもので、以来毎年3月15日にライブ番組を放映して、中国消費者の権益保護、地位改善、消費者国際団体との協力などに大きく貢献した。しかし、1年に1日だけでは、効果がほとんど上がらないので、中央テレビは2003年から「週刊品質レポート」という番組をスタートしたのである。   ところが、今年の3月15日、上記の番組は放映されなかった。その理由は明らかにされていない。しかし、趙氏のマイクロブログの内容は、中国社会全体のゼラチンへの関心を呼び起こしたのである。   4月15日、中央テレビの「週刊品質レポート」は、「カプセルに潜められた秘密」をテーマとし、違法メーカーによる薬用カプセルの違法製造を暴露した。このテーマはジャーナリスト達が半年間に渡って河北省、江西省、浙江省にある数多くの薬用カプセル関連メーカーに行った取材に基づき、報道されたものである。それによると、河北省衡水市阜城県にある河北学洋ゼラチンプロトン工場、江西省弋陽県にある亀峰ゼラチン有限公司などは、廃棄する皮革スクラップを処理して工業用ゼラチンを生産し、浙江省紹興新昌県にある卓康カプセル有限公司と華星カプセル工場などに売り出していた。浙江省紹興新昌県は中国屈指のカプセルの生産地であり、数十社の薬用カプセル会社が集積し、年間千億粒を生産している。その生産量は中国薬用カプセル全体の1/3を占めている。そして、浙江省のメーカーは工業用ゼラチンを使って薬用カプセルを生産した。その後、作りだされた薬用カプセルは薬品会社へ流入し、最終的に患者のお腹に入るというプロセスチェーンである。   では、なぜ工業用ゼラチンを使った薬用カプセルは違法なのか。どのような危害を人間に与えるのかを見てみよう。   まず、工場で皮革を生産加工する時、皮革を柔らかく且つ滑らかに加工するためにクロミウム(Cr)が含まれたタニングエージェント(Tanning Agents)を使わなければならない。従って、このようなプロセスを経た薬用カプセルは危険なものになりやすい。というのは、クロミウムの使用量が国の基準値を常にオーバーするからである。これまで、クロミウムによる中毒報道は一件もないが、クロミウムが人間の気管、消化器官、皮膚及び粘膜に吸収されると、人間へ慢性毒害をもたらし、癌になる可能性が高くなる。   次に、法律の観点からみると、「食用ゼラチン業界基準」に「食用ゼラチンの生産に皮革工場でカットされたスクラップの利用は厳禁である」という規定が明確に定められている。しかし、河北省や江西省のメーカーは、皮革のスクラップを使って生産された工業用ゼラチンを秘密ルートで食用ゼラチンとして浙江省新昌県のメーカーへ販売し、それが薬用カプセルに使われた。法律違反を承知の上で、利益追求のために行った人間の狂った振る舞いは、消費者を震撼とさせる。   さらに、2010年版の「中国薬典」には、「カプセル及びカプセル加工に使われる原料であるゼラチンには、重メタルであるクロミウムの使用量が2mg/kgを超えないこと」と明確に規定されている。ジャーナリスト達が卓康カプセル有限公司と華星カプセル廠からサンプリングしたゼラチンと薬用カプセルを中国検査検疫科学研究院の総合検査センターへ送検したところ、基準値の20倍以上のクロミウム使用量が検出された。 国の基準値:2mg/kg 浙江省卓康カプセル有限公司  工業用ゼラチン(薬用カプセルの原料)中のクロミウム含有量:103.64 mg/kg  薬用カプセル中のクロミウム含有量:93.34 mg/kg   浙江省華星カプセル工場  工業用ゼラチン(薬用カプセルの原料)中のクロミウム含有量:62.43mg/kg  薬用カプセル中のクロミウム含有量:42.19mg/kg   中央テレビの報道の翌日、このニュースはインターネットメディアを通じてたちまち国中に広がり、最大の関心事となった。中国各地方の食品医薬監督局はカプセル薬品をすぐさまに検査した。1回目に公布されたリストでは、すべてクロミウム含有量が国の基準値をオーバーしている。   青海省格拉丹東薬業有限公司(脳康泰1108204):39.064mg/kg 青海省格拉丹東薬業有限公司(愈傷霊1008205):3.46mg/kg 長春海外製薬集団有限公司(盆炎浄20110201):15.22mg/kg 長春海外製薬集団有限公司(蒼耳子鼻炎20110903):17.65mg/kg 長春海外製薬集団有限公司(通便霊20100601):37.26mg/kg 丹東市通遠薬業有限公司(人工牛黄甲硝唑20111203):10.48mg/kg 吉林省輝南天宇薬業(股)有限公司(抗病毒091102): 3.54 mg/kg 四川蜀中製薬(股)有限公司(阿莫西林 120101):2.69 mg/kg 四川蜀中製薬(股)有限公司(諾弗沙星0911012):3.58 mg/kg 修正薬業集団(股)有限公司(羚羊感冒100901): 4.44mg/kg 通化金馬薬業集団(股)有限公司(清熱通20111007):87.57mg/kg 通化盛和薬業(股)有限公司(胃康霊111003):51.45mg/kg 通化頤生薬業(股)有限公司(炎立消110601):181.54mg/kg   法律違反と社会からの反響を考慮して、中国公安部はいち速く河北省、浙江省、江西省、山東省などの公安支局に指示して介入調査をした。現在まで、犯罪容疑者53名を逮捕、工業用ゼラチンとカプセルメーカー10社を閉鎖し、関連工業用ゼラチンを230トン余り押収した。   事件の報道後、各種メディアと関連する政府部門が迅速に対処したことは、リスクマネジメント上、非常によいことである。しかし、このようなことは8年前に既に露見していた。地方政府やローカル企業はなぜ徹底的な対策を打てず、見て見ぬふりをして、違法行為を容認し、ついに大きな事件となってしまったのか。河北省の地方政府関係者(8年前の幹部)へのインタビューでは、一向に恥じることなく、未だに口実だらけで自分の功績(偽物造りの防止)のみを謳っている。   事件の報道後、世論は一斉に政府系の監督局を叱責した。果たしてこれは監督だけの問題なのか。法律がたとえ明確に規定され、鋭い剣のように人間の頭上に掲げられていても、狂った人間は眼を瞑って剣を避けて通るか、剣をごみのように足下に踏みつけるか、さまざまな隙間をぬって、テーブルの下で堂々と取引を行っている。いくら監督機能が強化されても、違法行為の目的が潜んでいる限り、犯罪をなくすことは不可能である。勿論、監督機能の強化も必須であるが、法律の機能を果たす以外に、良心的に義務と責任を履行する良き市民となる道徳が国民一人一人に要求されている。中国の医食の安全問題を治めるためには、メディアや政府、他人への批判ではなく、自分自身の責任と義務を考えることが必要だと感じている。 ----------------------------- <趙 長祥(ちょう・ちょうしょう)★ZHAO Changxiang> 2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士号を取得。専門分野はイノベーションとアントレプレナーシップ、コーポレートストラテジー。SGRA研究員 -----------------------------     2012年5月9日配信
  • エッセイ334:包 聯群「中国の都市化に伴う教育の「行方」:田舎の子供たちの教育や安全問題をめぐって」

    2012年3月上旬からおよそ3週間をかけて、中国黒龍江省を中心とする危機言語のフィールド調査と、内モンゴルの通遼市を含む学校教育およびバイリンガル教育の実態についての調査を行った。今回の調査を通じて、筆者は中国の多数の地域において現在実行されている教育の在り方について疑問を持ち始めた。特に出稼ぎ労働者の子供たち――「帰郷」生徒と田舎(“郷・村”)で暮らしている児童たち――の教育問題である。   農民工は、都市を建設する主要な労働力として、建設業、サービス業などの多分野にわたって中国の都市化に大きく貢献している。しかしながら、このシステムは、彼らの言語や文化を変化させるだけでなく、個人的、家庭的、あるいは社会的に大きな犠牲を強いている。というのは、多くの人が単身赴任、あるいは夫婦2人とも出稼ぎ労働者として大都市へ長・短期的に移住し、多くの子供たちが親と離れて暮らさざるをえないためである。   迅速な経済発展を遂げている中国では、子供の教育や安全の面において、さまざまな問題が起きていることを、いくつかの事例を通して皆様とともに考えてみたい。   【事例1】夫婦ともに出稼ぎ労働者として大都市に来て、経済的にある程度安定すると、子供たちを呼んで学校に通わせる事が多い。しかし、大学受験が近づくと、子供たちは必ず戸籍がある故郷に戻り、そこで大学を受験しなければならない。というのは中国では、戸籍制度があるため、日本のように移住地を長期居住地としてすぐに登録することができず、戸籍がない移住者は「市民」としての待遇を受けられないからである。大学を受験する子供たちは両親と再び別れて故郷へ戻ることになり、「人人平等」の社会であると教えられてきたのに「なんで」という疑問を抱く。黒龍江省泰来県のある中学校を見学した時、「単身」で帰郷した子供たちに出会った。教師によると、この学校では、多言語教育を行っているが、帰郷した生徒たちはある科目をまったく学んでいないため大変だという。学習環境、人間環境が変わるのみでなく、授業にさえついていけなくなる問題が生じ、子供たちにとって大きな負担となっている。   【事例2】泰来県の県庁所在地で行った学校教育の調査では、「留守児童」について、学校の先生に事例を話してもらった。この学校は経済的に恵まれていないので、パソコンが数台しかなく、寄宿している児童・生徒にネットサービスを提供できる環境はなかった。農民工の子供たちの問題に関心を寄せ、「献愛心」(愛を注ぐ)活動をしている団体がこの事情を知り、パソコンとビデオカメラ付きの機器を2台ずつ送ってくれた。そして、彼らがこの学校を視察に来た際、「留守児童」を遠く離れている両親と会話させてくれた。その際、「留守児童」は両親の姿を見てずっと泣いていたという。この学校には、このような「留守児童」が大勢いて、その教育をすべて学校に頼るしかないという。   一方、数年前から中国では都市化政策に伴い、大規模学校併合が実行され、今はさらに加速されている。本来「村」にあった学校が廃校になったため、「郷村」の児童たちが両親や育った環境から離れ、学校あるいは他人の家に寄宿する現象が多く見られるようになった。   このような教育の良いところもたくさんある。「人」を集中させ、条件が良い「現代化」された学校で教育を受けさせることは、児童・生徒にとって「倒れそうな校舎、設備が遅れている」学校で学ばせるより恵まれていると言える。また資源の節約という視点からみても物的・人的資源の節約に繋がり、合理的であるように思われる。   しかし、その欠点も少なくはない。多人数クラスの子供たちの個性教育問題、寄宿管理・「寮母」の質の問題、学校移転によって教育を受ける基本権利を失う子供が出てくる問題、児童・生徒の安全管理の問題などである。   【事例3】2009年の調査によると、黒龍江省肇源県における3つのモンゴル族郷には、それぞれ1つの学校しかない。即ち、6~7校以上あった村の小学校をすべて「郷」(中国の県より下位の行政単位)政府の所在地に集中させ、そこに高い「ビル」を建て、教育を集中して、授業を行っていた。「田舎」からきた子供たちの多くは学校で寄宿していた(写真参照)。   【事例4】ドルブットモンゴル族自治県の調査で行ったある中学校には400人近くの生徒がいて、校舎も立派で、校庭も広い(写真参照)。しかし、校長の話によると、来年から県庁所在地に移転しなければならないという。それは県庁所在地に「学府城」を建設するため、即ち、学校を一地域に集中するためだという。なお、県庁所在地はここから100キロ近くも離れているところにある。それにも関わらず、移転の運命から逃れることができなかった。ある先生は、子供は寄宿させ、自分は週何回か通うしかないと言っていた。   【事例5】内モンゴル通遼市で調査した小学校では、1クラスの生徒数が66人で、教室をびっしり埋め尽くしていた(写真参照)。66人の子供を一つの教室に座らせるのは、優れた教育環境とは到底言えない。わずか40分の授業で個々の児童の習得度さえ確認できない状況である。その中の一部の児童のみが名札を付けていた。不思議に思って聞いてみたところ、それは他の地区からきた寄宿児童であった。自宅が学校のある地区にある児童は1クラスに2、3人しかいないという。調査を終えて学校を出る時、名札を付けた児童たち20~30人を、1人の女性(「寮母」)が整列させて寄宿舎へ歩きだしていた。教師たちから聞いたところ、この児童たちの寄宿条件は良好とは言えないという。   【事例6】学校の移転(あるいは廃校)により、教育を受ける基本権利を失う子供たちが出てきている。ドルブットモンゴル族自治県、肇源県、泰来県などにおいては、農村にある多くの学校が廃校されたため、十何キロも離れている学校に行かなければならない。経済的にそれほど余裕がない家庭が子供を学校に送り出すことを断念せざるを得ないことも発生している。義務教育とは言え、寄宿生として、宿泊費や食事代などを払うことで、家庭にかなりの負担をかけることになるからである。   それでは、出稼ぎの父母とともに都会へ「留学」した子供たちの教育条件はどうだろう。日本では想像しにくいことが中国で最近頻繁に起きている。例えば、云南網(網易)によると、本来19人乗りのバスが70人も乗せたために、ドアが開かなくなった。やむを得ず、小学生たちはバスの窓から飛び降りている(写真参照)。これらの小学生は雲南省蒙自市に出稼ぎ労働者としてきた農民たちの子供たちで、「外来の人」であるため、定員に空きのない近隣の小学校には入学できず、郊外にある小学校に通わせているという。   また、昨年11月に中国甘粛省で発生したスクールバスの事故を覚えている方もいるだろう。9人乗りのワゴン車を改造し、座席を取り外して幼稚園児64人を詰め込んだバスが事故を起こした。運転手は制限速度オーバーで逆走してトラックと衝突した結果、21人が死亡した。   その後もスクールバスの事故が怖いほど続出した。事態を重く見た温家宝首相は「スクールバス安全条例」の制定を指示した。しかし、それが現場でどこまで実行されているのか疑問である。というのは、事故がまた続々と発生しているからである。2012年4月4日には、山西省運城市にある中学のスクールバスが火災に遭い燃え尽きた。幸い、運転手が生徒たちを安全に避難させることができた(写真参照)。   以上、学校教育におけるいくつかの問題について事例を通してみてきた。 子供の教育について、「親の背を見て育つ」という日本のことわざを思い出していただきたい。子供は親の影響を受けやすく、親からの日々の教育を受けて育つ。インタビューを受けた先生の1人は、「教師や寮母などは、子供たちが育つ環境に「厳しい人」ばかり」であるという。子供は、「親」、「自宅」というリラックスできる環境を失い、まだ自己管理もできていない状態で親から遠く離れて、これで本当によいのだろうか。そもそも、国、そして「大人」が子供の人権を考えているかどうか、尊重しているかどうか、という問題が根底にあると思う。生徒・児童たちの教育や安全は大丈夫なのか、将来の社会問題にならないのか――さまざまな疑問が筆者の頭からなかなか離れない。   関連する写真を覧ください。   ------------------------------------ <包聯群(ボウ・レンチュン)☆ Bao Lian Qun> 中国黒龍江省で生まれ、内モンゴル大学を卒業。東京大学から博士号取得。現在東京外国語大学AA研研究員、中国言語戦略研究センター(南京大学)客員研究員、首都大学東京非常勤講師。危機に瀕している言語、言語政策などの研究に携わっている。SGRA会員。 ------------------------------------   2012年5月2日配信
  • エッセイ330:シム チュンキャット「日本に「へえ~」その10: 大学入学試験で何を問うべきかについて問う」

    出だしからいきなり質問ですが、さあお答えください。『清朝の皇帝の名との組み合わせとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ』。 1.南京条約   - 康熙帝     2.南京条約   - 雍正帝 3.キャフタ条約 - 康熙帝     4.キャフタ条約 - 雍正帝 答えられましたか。正解は④です。正解の方、おめでとうございます。僕はダメでした。まあ、答えに出ていた二人の皇帝はともに清朝初期の名君だったので、19世紀に結ばれた南京条約とはおそらく関係ないのだろうと確信はありましたが、どちらがキャフタ条約を結んだのかはきれいさっぱり忘れてしまいました。僕だけでなく、周りの日本人の友人や、僕が今大学で教えている現役の大学生でさえ、同じ質問に正しく答えられた人は誰一人としていませんでした。逆に、「キャフタ条約って何?」、「康熙?雍正?どう読むの?誰でしたっけ?」と聞く人が多かったのです。実は、この質問は今年2012年度の大学入試センター試験の『世界史』の問題の一つです。つまり、今年の1月に大学進学を目指していて、試験科目として『世界史』を選んだ数万人もの日本の大学受験生が全員この質問に答えなければならなかったのです。何かおかしくないですか。 前から思っていたのですが、日本の試験問題というのは、とりわけ『世界史』や『日本史』のような事実や事件の積み重ねに関する科目の問題では、いつどこで誰が何をしたかというWhen-Where-Who-Whatのような質問がなんと多いことでしょう。反対に「なぜ?Why?」「どのように?How?」と、受験生たちに自分の考え方を書かせる質問は稀です。冒頭の問題を例に取ると、なぜその時代に雍正帝がキャフタ条約を結んだのか、その条約がどのようにアジアや世界の情勢に影響を与えたのか、そもそもなぜキャフタなのか、と質問したほうが、文科省がいつも唱えている「考える力」が育つのではないでしょうか。「キャフタ条約というと…?はい!雍正帝!」というような答え方では、まるでテレビの早押しクイズ番組に出てくるような、知っているか知らないかを聞くだけという程度の質問になってしまいます。早押しクイズ番組で問われているのは、たくさんの知識や単語をひたすら忍耐強く頭に詰め込んで暗記する力と、決められた時間内に誰よりもスピーディーにその覚えた知識を吐き出す力です。それらの力を、大学への入学を決める第一関門である入試センター試験の基準として使うようでは、日本はいったいどのような大学生を育てたいのかと考えてしまいます。 暗記力を否定するつもりはさらさらありませんが、あのアインシュタインも言ったように「本で調べられるものを、いちいち覚えておく必要などありません」。しかも、今の時代では調べる手段は本に限りません。例のキャフタ条約の問題を友人や教え子たちにぶつけたとき、ほとんどの人はすぐその場で掌中の携帯でググって、ものの20秒以内に正解にたどり着きました。調べればすぐにわかるようなことを、知っているか知らないかというだけで点数や合否が決まってしまう入試なんて、何か悲しくないですか。そんな試験で自分の将来が左右されるなんて、僕は絶対いやですね。 しかも日本の大学入試センター試験は全問マークシート方式の選択問題ですから、受験者の「考える力」と「学ぶ力」を測るということはより至難の業となりましょう。シンガポールでは、多肢選択による試験の出題は中学校でもほんの一部でしかありません。特に『数学』については、正解だけを求めさせる問題なんてほとんどありません。なぜなら、『数学』では正解よりもそこにたどり着く思考回路が重んじられているからです。たとえ最後の最後に回答が間違っていても、そこまでの思考ステップがちゃんと数式として書かれていればそれなりの点数がもらえます。おっちょこちょいでケアレスミスが多かった僕もそれでかなり救われました。逆に、回答が合っていても思考ステップが間違っていればゼロ点になるのです。そこで評価される力は、日本の大学入試センター試験のとは次元を異にするものであることがわかりますね。『英語』にしても然りです。近年でこそリスニング・テストも大学入試センター試験に導入されましたが、まだまだ受け身です。一番不思議なのが、『英語』の試験問題には英単語の発音やアクセントを紙面で問う問題もあるということです。イギリス英語とアメリカ英語とでは、発音もアクセントも変わるというのに、です。このような問題を解くために恐らく受験者たちの中には、英単語ごとにそれぞれの発音やアクセントを教科書通りにひたすら覚える人が多いのでしょうね。普段ろくに英語を使って話したりもしないというのに、です。何か虚しくないですか。 記述式の問題と違って、解答を選択肢から選んで解答用紙の番号を塗りつぶすだけのマークシート方式は、採点もコンピュータで行われるので非常にスピーディーで楽であることは重々わかっています。特に近年ではほとんどの大学が入試センター試験を利用しており、その受験者の数が50万人を超えていることを考えれば、効率性の高いマークシート方式を使いたくなるのもわかります。でもね、シンガポールの高校生が受けるイギリスのGCE ‘A’ Levelという大学入学資格試験でも、英連邦の国々の受験生の数を入れれば50万人どころではないのに、マークシートはほとんど使いません。記述式の問題が多いため、採点に大変時間がかかり、一般に成績発表まで2、3ヵ月も待たなければなりません。そこに費やされる労力と時間とコストは膨大なものになりますが、それでもそれだけの価値はあると僕は思います。速ければいいというものではないのです、人生における多くのことは。また、言うまでもなく試験による評価のあり方次第で、教え方も学び方も変わってくるのは当然でしょう。正解だけを答えさせるマークシートによる評価では、当然正解だけを求める人間が多く育ちます。英単語の発音やアクセントを紙面上だけで問う問題では、全部正解だとしてもただの「ペーパースピーカー」に過ぎません。無論、日本の大学の中には、とりわけ選抜度の高い大学ではGCE ‘A’ Level並みの入試問題を設ける大学もあります。しかしその数は非常に少なく、またほとんどが二次試験であるため、受験できる人数も限られます。おまけに、このような難関大学の多くも入試センター試験の成績を「足切り」として使うことから、日本の教育のあり方を方向づけるのはやはり第一関門である大学入試センター試験であることは疑いありません。「考える力」を育むはずのゆとり教育が日本でうまくいかなかったのも、大学への入学試験制度のあり方を変えなかったためであると僕は信じて疑いません。 最後に、アインシュタインの名言をもう一つ。「学校で学んだことを一切忘れてしまった時になお残っているもの、それこそ教育だ」と。試験のあり方にも正解はありませんが、試験でどのような「力」を問うべきなのかについて、この言葉が何かの考える糧になれれば幸いです。 --------------------------------------------------------- <シム チュン キャット☆ Sim Choon Kiat☆ 沈 俊傑> シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。日本学術振興会の外国人特別研究員として研究に従事した後、現在は日本大学と日本女子大学の非常勤講師。SGRA研究員。著作に、「リーディングス・日本の教育と社会--第2巻・学歴社会と受験競争」(本田由紀・平沢和司編)『高校教育における日本とシンガポールのメリトクラシー』第18章(日本図書センター)2007年、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋館出版社)2009年。 --------------------------------------------------------- 2012年3月28日配信
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