日台アジア未来フォーラム

  • 2014.06.14

    梁 蘊嫻「第4回日台アジア未来フォーラム「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流―文学・思想・言語―報告(その3)」

    2014年6月14日の会議は元智大学で開催された。開会式では、元智大学通識中心・劉阿栄主任が本学を代表して、ご来場の皆様を歓迎した。大衆教育基金会の簡明仁董事長もわざわざ駆けつけてくださった。簡董事長のご尊父は1920年代の農民運動家・簡吉氏である。簡董事長は、ご父君の事蹟の整理をきっかけに、台日の歴史研究に携わった。台湾と日本との思想の交流は早くから始まり、具体例として1920年から1930年までの間、台湾の社会運動の思潮は日本の学界からの影響によるものだとの、大変印象深いご挨拶だった。続いて、今西淳子渥美国際交流財団常務理事が、元智大学とご縁を結ぶことができて嬉しいこと、簡董事長の詳しい解説に感心したこと、そして、フォーラムの今後のテーマの一つとして、日台思想交流史を取り上げたいと述べられた。   フォーラムでは、川瀬健一先生が「戦後、台湾で上映された映画―民國34(1945)年~民國38(1949)年」という題目で講演された。1945年、第二次世界大戦が終わり、世界情勢が大きく変動したが、日本敗戦直後には台湾では多くの日本映画が上映されていた。1946年4月からは上映できなくなったが、その後も日本語の映画が1947年2月頃まで上映されていた。特に、1947年に起きた二・二八事件前後の映画上映状況、及びソ連映画(1946年4月~1948年7月まで)、中国共産党の映画(1948年7月~1949年末まで)の台湾での上映状況が詳しく紹介された。当時上映されたアメリカ映画は字幕が日本語だったという興味深い現象も紹介された。このことから、世界情勢や政策が急激に変わっても、文化はすぐに変えられるものではない事実が窺えるが、その一方、政策が文化に大きな影響を与えていることもよくわかる。   閉幕式では、元智大学の王佳煌副教務長が、「今回だけではなく、元智大学は今後ともフォーラムの開催に尽力したい」と挨拶され、元智大学応用外国語学科楊薇雲主任は、「人間は歴史から学んで未来を創る。そのため、未来フォーラムで歴史を語る川瀬先生の講演は、非常に考えさせられるものがあった」と、会議を締めくくった。   午後は、大渓保健植物厨房で食事をした。名前の通り、この厨房の料理は健康によい薬膳料理である。漢方薬の鶏スープ、枸杞そうめん、紅麹のご飯、磯巾着、木耳のエキスなど、珍しい料理が次々に出された。食事の後、陶磁器の産地・鶯歌へ向かい、台華窯という陶磁器の工房を参観した。美しい芸術品がたくさん展示されていた。続いて、鶯歌の古い商店街を散策。ここは時間をかけて探せば、掘出物がたくさん見つかる楽しい町である。皆、鶯歌を満喫した。   今回のフォーラムのプログラムはバラエティに富んでおり、充実した会議であった。多国籍(日本、台湾、韓国、スウェーデンなど)、かつ多領域の学者や専門家162名の参加を得て、大盛況であった。各領域の研究の交流、国際交流を促進し、また、学術研究を深め、広めることができ、大成功であった。   フォーラムを無事に開催することができたのは、数多くの団体が協力してくださったおかげである。特筆すべきは、台湾の政府機関・科技部からの助成をいただいたことで、これは台日の交流においては非常に有意義なことである。公益財団法人交流協会からも助成をいただき光栄であった。中鹿営造(股)からは今回も多大なるご支援をいただいた。そして、例年どおり、台湾日本人会にご協力いただき、多くの日系企業(ケミカルグラウト、全日本空輸(ANA)、台湾住友商事、みずほ銀行台北支店など)からの協賛をいただいた。学術団体では、台湾大学、台湾日本研究学会などから経験や資源を提供していただいた。また、財団法人大衆教育基金会、財団法人中日文教基金会から支援していただき、台湾の公益法人との交流が一歩前進したといえよう。ご支援、ご協力いただいた台日の各団体に心からの感謝を申し上げたい。   <関連リンク>   梁 蘊嫻「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流―文学・思想・言語―(その1)」   梁 蘊嫻「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流―文学・思想・言語―(その2)」   ----------------------------------- <梁蘊嫻(リョウ・ウンカン)Liang Yun-hsien> 2010年10月東京大学大学院総合文化研究科博士号取得。博士論文のテーマは「江戸文学における『三国志演義の受容』-義概念及び挿絵の世界を中心に―」である。現在、元智大学応用外国語学科の助理教授を務めている。 -----------------------------------     2014年9月17日配信
  • 2014.06.13

    梁 蘊嫻「第4回日台アジア未来フォーラム「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流―文学・思想・言語―」報告(その2)」

    第4回日台アジア未来フォーラム報告(その1)   午後の研究発表は、「古典書籍としてのメディア」「メディアによる女性の表象」「メディアと言語学習」「メディアとイメージの形成」「文学作品としてのメディア」「メディアによる文化の伝播」という6つのセッションで行われた。   フォーラムに先立ち、世界中の研究者や専門家を対象に論文を公募した。応募数は予想より多く、大変な盛況であった。国籍から見ても、台湾、日本、韓国、スウェーデンなどがあって、まさにグローバルな会合であった。発表題目も古典研究から近現代研究まで、そしてオーソドックスな研究から実験的な研究までさまざまである。紙幅の都合上、すべての発表は紹介することができないが、いくつか例を挙げておこう。   (1)「日本古典籍のトランスナショナル―国立台湾大学図書館特蔵組の試み―」(亀井森・鹿児島大学准教授)は、地道な書誌調査で、デジタルでの越境ではなく古典籍のトランスナショナルという観点から文化の交流を考える。 (2)「草双紙を通って大衆化する異文化のエキゾチシズム」(康志賢・韓国全南大学校教授)は、草双紙を通して、江戸時代の異文化交流の実態を究明する。 (3)「なぜ傷ついた日本人は北へ向かうのか?-メディアが形成した東北日本のイメージと東日本大震災-」(山本陽史・山形大学教授)は、日本文化における東北地方のイメージの形成と変容を和歌・俳諧・小説・流行歌・映画・演劇・テレビなどの文学・芸術作品を題材にしつつ、東日本大震災を経験した現在、メディアが越境することによっていかに変化していくのかを研究する。 (4)「発信する崔承喜の「舞踊写真」、越境する日本帝国文化―戦前における崔承喜の「舞踊写真」を手がかりに―」(李賢晙・小樽商科大学准教授)は、崔承喜の舞踊写真が帝国文化を宣伝するものであると提示し、またこれらの写真の持つ意味合いを追究する。 (5)「The Documentary film in Imperial Japan, before the 1937 China Incident」(ノルドストロム・ヨハン・早稲田大学博士課程)は、日中戦争期、ドキュメンタリー映画がいかにプロパガンダの材料として使われていたかを論じる。 (6)「Ex-formation Seoul Tokyoにおける日韓の都市表現分析」(朴炫貞・映像作家)は、情報を伝えるinformationに対して、Ex-formationという概念を提出したデザイン教育論である。ソウルの学生はソウルを、東京の学生は東京をエクスフォメーションすることで、見慣れている自分が住む都市を改めてみることを試みた。 (7)「溝口健二『雨月物語』と上田秋成『雨月物語』の比較研究」(梁蘊嫻・元智大学助理教授)は、映画と文学のはざまを論じる。 (8)「漢字字形の知識と選択—台湾日本語学習者の場合―」(高田智和氏・日本国立国語研究所准教授)及び「漢字メディアと日本語学習」(林立萍氏・台湾大学准教授)は、東アジアに共通した漢字学習の問題を取り上げる。 (9)「日本映画の台湾輸出の実態と双方の交流活動について」(蔡宜靜・康寧大学准教授)は、日本と台湾の交流に着目する。   発表題目は以上のとおり、実にバラエティに富んでいた。それだけでなく、コメンテーターもさまざまな分野の専門家、たとえば、日本語文学文化専攻、建築学、政治思想学などの研究者が勢揃いした。各領域の専門家が活発に意見を交換し、実に学際的な会議であった。今回、従来の日本語文学会研究分野の枠組みを破って、メディアという共通テーマによって各分野の研究を繋げることができたのは、画期的な成果であるといえよう。   研究発表会の後、フォーラムの締めくくりとして座談会が行われた。今西淳子常務理事が座長を務め、講演者の3名の先生方(延広真治先生、横山詔一先生、佐藤卓己先生)と台湾大学の3名の先生方(陳明姿先生、徐興慶先生、辻本雅史先生)がパネリストとして出席した。   まず、今西理事が、フォーラムの全体について総括的なコメントをし、そして基調講演について感想を述べた。延広先生の講演については、寅さんが大好きな韓国人奨学生のエピソードを例に挙げながら、「男はつらいよ」にトランスナショナルな魅力があるのは、歴史のバックグランドや深さがあるからだと感想を述べた。また、横山詔一先生の講演については、今後、日本人や台湾人における異体字の好みをデーター処理していけば、面白い問題を発見できるかもしれないとコメントした。そして、佐藤卓己先生の講演については、ラジオの普及がきっかけで、「輿論」と「世論」の意味は変わっていったが、インターネットがますます発達した今日における「輿論」と「世論」の行方を観察していきたいと話した。   質疑応答の時間に、フロアから、中央研究員の副研究員・林泉忠氏から、「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流」というフォーラムを台湾で開催するに当たって、台湾の役割とは何か、という鋭い質問があった。この質問はより議論を活発にした。   台湾大学の辻本雅史先生は準備委員会の立場から、フォーラムの趣旨について語った。「メディア」を主題にすれば、いろいろな研究をフォローできるからこのテーマを薦めたという企画当初の状況を話した。しかしその一方、果たして発表者が全体のテーマをどれだけ意識してくれるのかと心配していたことも打明けた。結果的には、発表者が皆「メディア」を取り入れていることから、既存の学問領域、すなわち大学の学科に分類されるような枠を超えて、横断的に議論する場が徐々に作られていったことを実感したと述べた。最後に、林泉忠氏の質問に対しては、台湾はあらゆる近代史の問題にかかわっているため、「トランスナショナルな文化の伝播・交流」を考えるのに、絶好の位置にあると説明し、知を伝達する一つの拠点として、「メディアとしての台湾」というテーマは成り立つのではないかと先見の目も持って提案した。   陳明姿先生は、いかに異なった分野の研究者を集め、有効的に交流させるか、というのがこのフォーラムの目的であり、また、それによって、台湾の研究者と大学院生たちに新たな刺激を与えることが、台湾でシンポジウムを開催する意義になると指摘した。   「台湾ならでは」について、今西理事も、台湾の特徴といえば、まず日本語能力に感心する。これだけの規模のシンポジウムを日本語でできるというのは、台湾以外はない。日本はもっと台湾を大事にしなければならない。また、SGRAは学際的な研究を目指しているが、それを実現するのは非常に難しい。しかし、台湾大学の先生方はいつも一緒に真剣に考えてくださる。こうして応えてくださるというダイナミズムがまた台湾らしい、との感想を述べた。   最後に、徐興慶先生がこれまでの議論を次のように総括した。①若手研究者の育成立場から、19本の発表の中に院生の発表が4本あったというのは嬉しい。②20年間で241名の奨学生を育てた渥美財団は非常に先見の明がある。育成した奨学生たちの力添えがあったからこそ、去年タイのバンコクで開かれたアジア未来会議のような大規模の海外会合を開催することができた。また、若い研究者の課題を未来という大きなテーマで結び付けた渥美財団のネットワークができつつあることに感銘を受けている。③学際的な研究を推進する渥美財団の方針に同感であり、台湾大学でも人文科学と社会科学との対話を進めている。④この十数年間、台湾の特色ある日本研究を模索しながら考えてきたが、その成果として、これまで計14冊の『日本学叢書』を出版することができた。台湾でしか取り上げられない課題があるが、台湾はそういう議論の場を提供する役割がある。徐先生は、台湾の日本学研究への強い使命感を示して、座談会を締めくくった。   同日夜、台湾大学の近くにあるレストラン水源会館で懇親会が開催された。参加者60名を超える大盛況で、皆、美食と美禄を堪能しながら、歓談した。司会を務めた張桂娥さん(東呉大学助理教授)は、抜群のユーモアのセンスで、会場の雰囲気を一段と盛り上げた。その調子に乗って、山本陽史先生は「津軽海峡冬景色」を熱唱し、引き続き川瀬健一先生も台湾民謡「雨夜花」をハーモニカで演奏した。最後に、フォーラムの企画者である私が皆様に感謝の言葉を申し上げ、一日目のプログラムは円満に終了した。   ----------------------------------- <梁蘊嫻(リョウ・ウンカン)Liang Yun-hsien> 2010年10月東京大学大学院総合文化研究科博士号取得。博士論文のテーマは「江戸文学における『三国志演義の受容』-義概念及び挿絵の世界を中心に―」である。現在、元智大学応用外国語学科の助理教授を務めている。 -----------------------------------     2014年8月20日配信
  • 2014.06.13

    梁 蘊嫻「第4回日台アジア未来フォーラム「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流―文学・思想・言語―」報告(その1)」

    第4回日台アジア未来フォーラムが6月13日、14日の2日間にわたって、台湾大学及び元智大学で開催された。グローバル化が急速に発展した今日、メディアの発展が進むことで、文化の交流が盛んになり、文化の国境は消えつつある。この現象に着目しつつ、フォーラムのテーマを「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流―文学・思想・言語―」とした。「メディア」は英語のmediaの訳語であり、新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどの近現代以降にできあがった媒体として捉えられることが多い。ここではより広義的な意味を取っている。もとよりメディアは、時代によって異なり、メディアの相違が文化のあり方に関わってくる。   今回のフォーラムは、台湾・日本を含めた東アジアにおける文化交流・伝播の様態に迫り、異文化がどのようにメディアを通じて、どのように影響し合い、そしてどのような新しい文化が形成されるかを考えるものである。   1日目は台湾大学にて「文学とメディア」「言語とメディア」「思想とメディア」の3分野の基調講演、また19本の研究発表を行った。6月13日午前、台湾大学の文学院講演ホールで開幕式が行われた。渥美財団今西淳子常務理事、交流協会文化室福増伸一主任、台湾日本研究学会何瑞藤理事長、台湾大学日本語学科陳明姿主任のご挨拶によって、フォーラムが始まった。   1本目の基調講演では、東京大学名誉教授延広真治先生に「「男はつらいよ」を江戸から見れば―第五作「望郷篇」の創作技法―」というタイトルでお話をいただいた。山田洋次監督「男はつらいよ」は48連作に及ぶ喜劇で、ギネスブックにも登録された。48作中、監督自ら客がよく笑うと思われたのが第5作。延広先生は、この「望郷篇」の創作技法を江戸時代の作品に求められると指摘した。具体的に、江戸時代とかかわりの深い作品、たとえば落語「甲府い」・「近日息子」(原話:手まハし)・「粗忽長屋」(袈裟切にあぶなひ事)・「湯屋番」・「半分垢」(原話:駿河の客)、講談「田宮坊太郎」や曲亭馬琴『南総里見八犬伝』などを綿密に考察し、それらの作品と「望郷篇」の関係について詳しく説明した。   延広先生の講演を通して、日本人にとっての国民的映画「男はつらいよ」のユーモアは、監督の古典作品に対する造詣によるものであるとのことがよく理解できた。笑いは日本文化の中においては、非常に特徴的で大切なものである。落語の笑いは馬鹿馬鹿しくて、理屈がいらない。「男はつらいよ」が長く続けられたのは、落語的なユーモアセンスが染み付いているからではないかとつくづく思った。落語の笑いは外国人に理解されにくい。なぜならば言語の壁があるからだ。しかし、日本の笑いはドラマというメディアを通して伝えれば、外国人に受け入れられやすくなるであろう。   続いて、国立国語研究所横山詔一教授が「電子メディアの漢字と東アジアの文字生活」という演題で講演した。横山先生は、(1)「漢字をイメージする」、(2)「漢字を打つ」、(3)「文字の生態系モデル:文字と社会と人間」、という3つの要点を話した。横山先生はまず東アジアで共通して観察される「空書(くうしょ)行動」を紹介した。(空書行動とは、文字の形をイメージするとき、指先で空中に文字を書くような動作を言う)。この現象から、漢字文化圏の人は、漢字や英単語の形を思い浮かべるときに、視覚イメージだけではなく、体・肉体の動作(action)という運動感覚成分もあわせて活用しているということを指摘し、漢字は東アジアの人々の肉体感覚とつながっているメディアだという見解を提出した。   また、ネットツールの普及により、文字をキーボードで打つことが当たり前の時代になり、漢字は手書きよりも、パソコンの変化候補から「見て選択すれば書ける」時代になったとともに、字体の使用にも変化がみられたということを指摘した。この現象を(1)異体字の好み、(2)台湾の日本語学習者が日本人にメールを書く場面、との両方面から考察した。これらの研究課題については、伝統的な語学研究法ではなく、「文字の生態系モデル」に基づいて分析した。横山先生はいくつか興味深い研究成果を提示したが、その中の一つを次に挙げておこう。台湾の日本語学習者がメールを書く時には、読み手の日本人が読みやすい表記、あるいは違和感を持たない表記を意識的・無意識的に選択するという傾向があるという。「文字と社会と人間は一体であり、切っても切れない関係にある」ということだが、インターネットが発達すればするほど、この傾向はますます強くなるといえよう。   横山先生の講演は、電子メディア(ネットメディア)の発達によって、東アジアにおける文字文化の国境が消えつつある実態に着目し、東アジアの文字生活が「漢字」という記号・媒体を通じて今後どのように変化していくのかを考える手がかりとなった。   3本目の講演は、京都大学佐藤卓己准教授の「輿論と世論の複眼的思考―東アジアの理性的対話にむけて」というテーマであった。佐藤先生は、マスメディアの普及にもたらされた「輿論」と「世論」の混同という現象には、知識人がどのような姿勢でいるべきかについて、次のような見解を述べた。   「輿論」と「世論」は、戦前の日本ではそれぞれ「ヨロン」と「セイロン・セロン」と読まれていた。意味上においても、「輿論」は「public opinion」、「世論」は「popular sentiments」と区別されていた。しかし今日に至って、「輿論」という言葉が使われなくなった一方、「世論」を「ヨロン」と読む習慣が定着し、「輿論」の意味と混同する例が見られるようになった。これは歴史の経緯から見れば、戦後1946年に「輿」という字が制限漢字に指定された政策と関係しているが、1920年代の「政治の大衆化」とともに生じた「輿論の世論化」という現象によるものでもあった。「輿論の世論化」はさらに1943年5月情報局の「輿論動向並びに宣伝媒体利用状況」調査結果が示すように、戦時下の国民精神総動員で加速化した。「輿論の世論化」は理性が感性に、知識人の輿論が大衆の世論に飲み込まれていく過程であった。日本ではこうした同調圧力への対応を「空気を読む」と表現するが、この「空気」、すなわち誰も責任をもたない雰囲気である「世論」の暴走は現在ますます警戒する必要がある。インターネットが普及した情報社会では、空気(世論)の中で、個人が担う意見(輿論)はますます見えなくなっている。   こうした状況に対しては、「輿論」と「世論」の区別を回復し、さらに「世論の輿論化」を目指すことの必要があると佐藤先生は指摘した。また、「世論の輿論化」とは、知識人が大衆の感情にどのような言葉を与え、対話可能な枠組を創っていくかということだと述べている。世論は即時的な感情的反応の産物であり、討議という時間を経て熟成されるのが輿論である。インターネットのように欲望を即時的に満たすメディアによって、現在ではますます「輿論の世論化」が加速化している。こうした現状に対しては、佐藤先生は、インターネット中心の今日だからこそ、伝統的な活字メディアによる人文知の重要性はますます高まると強く主張した。また、「世論の輿論化」の実践は、「トランスナショナルな文化の伝播・交流」として始まるべきだということが講演の結びとなった。   以上の3本の講演は、それぞれ文学研究、言語学研究、思想研究に大きな示唆を与えているものであった。午後は、分科研究発表が行なわれたが、その詳細は引き続き報告する。(つづく)   フォーラムの写真 ……………………………… <梁蘊嫻(リョウ・ウンカン)Liang Yun-hsien> 2010年10月東京大学大学院総合文化研究科博士号取得。博士論文のテーマは「江戸文学における『三国志演義の受容』-義概念及び挿絵の世界を中心に―」である。現在、元智大学応用外国語学科の助理教授を務めている。 ………………………………     2014年8月13日配信
  • 2013.05.31

    第3回日台アジア未来フォーラム「近代日本政治思想の展開と東アジアのナショナリズム」へのお誘い

    第3回日台アジア未来フォーラムを下記の通り開催いたします。参加ご希望の方はSGRA事務局宛ご連絡ください。今回は全日空(株)からご協力をいただき、東京から参加者する方のために、往復チケットと宿泊のついたパッケージを準備しておりますので、興味のある方は合わせてお問い合わせください。   SGRAフォーラムはどなたにも参加いただけますので、ご関心をお持ちの皆様にご宣伝いただきますようお願い申し上げます。   ◆第3回日台アジア未来フォーラム 「近代日本政治思想の展開と東アジアのナショナリズム」   ◇日  程:2013年5月31日(金)9時50分~17時10分   ◇会  場:台湾大学霖澤館 (E51)   共同主催:(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会       国立交通大学社会と文化研究所   後  援:(公財)交流協会台北事務所、台湾日本人会   協  力:台湾中央研究院、台湾大学日韓研究整合プラットフォーム、       台湾連合大学システム カルチュラル・スタディーズ国際センター   協  賛:全日本空輸(株)、中鹿營造( 股) 有限公司     ◇開催趣旨:   「民族」「共和」「主権」など、近代東アジアにおける国民国家形成に関連する諸概念と思想は、まず、明治日本において、儒教思想と漢文の媒介によって近代西洋の概念、思想と制度から翻訳、作成されたものと言えよう。後に、それらはまた漢文の媒介によって、東アジア諸国(或は植民地)において受容されながら、それぞれの社会と言語の文脈において変容、形成されていったと、考えられる。   そこで、本フォーラムは、ナショナリズムなど、近代西洋思想の受容によって展開された近代日本政治思想と諸概念、及びそれらの概念と思想が中国と日本帝国の植民地において受容、変容されて当地の政治情況と絡みながら展開されていた情況を検討する。さらに、こうした近代政治思想の受容と交錯によって生じた現在の東アジアのナショナル・アイデンティティに関わる諸問題に焦点をあてる。   次のようなテーマを検討する。(1)ナショナリズムをめぐる近代日本における政治思想の展開、及びそれと中国思想との関連を考察、議論する。 (2) ナショナリズムとアイデンティティ政治をめぐる台湾と韓国の植民地時代の政治と近代日本政治思想との関連を考察、議論する。(3)上記の検討を踏まえて ナショナル・アイデンティティの問題をめぐって現代東アジアの政治状況を検討する。   実施方法については、日本・台湾をはじめ東アジア各国の若手・中堅の研究者を招き、「近代日本政治思想の展開と東アジアの政治」というテーマに即して報告する予定である。   日中同時通訳付き。     ◇プログラム   <午前中> 開幕式(9時50分~10時10分)   座長:陳弱水(台湾大学文学院院長) 今西淳子(日本渥美国際交流財團関口グローバル研究会常務理事) 劉紀蕙(交通大学社会と文化研究所教授、台湾連合大学システム カルチュラル・スタディーズ国際センター長)   【1】基調講演 (10時10分~10時50分) 座長:陳弱水(台湾大学文学院院長) 渡辺浩(法政大学法学部講座教授〔元東京大学法学政治学研究科教授〕)   【2】第一セッション:(11時~12時30分) 「ナショナリズムをめぐる近代日本政治思想の展開と中国」   座長:徐興慶(台湾大学日本語学科教授) 2.松田宏一郎(立教大学政治学科教授) 3.平野聡(東京大学法学政治学研究科準教授) 4.蔡孟翰(千葉大学人文社会科学研究科特任準教授)   <午後> 【3】第二セッション:(13時30分~15時00分) 「ナショナリズムをめぐる近代日本政治思想の展開と台湾、韓国」   座長:甘懐真教授(台湾大学歴史学科教授) 5.陳培豐(中央研究院台湾史研究所副研究員) 6.藍弘岳(交通大学社会と文化研究所副教授) 7.高煕卓 (韓国延世大学政治外交学科研究教授)   【4】第三セッション:(15時20分~16時50分) 「ナショナル・アイデンティティを巡る現代東アジア」   座長: 8.馬傑偉(香港中文大学教授) 9.益尾知佐子(日本九州大學教授) 10.林泉忠(中央研究院近代史研究所副研究員)   【5】総括   座長:林泉忠 渡辺浩、劉紀蕙、今西淳子 (16時50分~17時10分)