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エッセイ743:葉文昌「日本酒と紹興酒について」

2018年ごろだろうか、渥美財団関口グローバル研究会からこれまで台湾でやっていた日台フォーラムを島根でやってくれないかという打診が来た。自分の分野ならフォーラムをやっても良いかと思ったが、文系メンバーが圧倒的に多い関口グローバル研究会(SGRA)である。「文系にも分かるテーマで」という難題を突き付けられた。「文理融合」「文理相互理解」の印籠だ。でも思うのだが、理系人間は教養という名のもとに文系の言葉を理解することが求められるのに対して、多くの文系人間は理系の言葉を理解しようとしないし、しなくても許されているのはおかしくないか?

 

愚痴っても仕方がないので、どういうテーマなら私も参加者も楽しめるかを考えた。キーワードは「島根」と「台湾」、そしてSGRAからの注文として「文理融合」、さらに私も楽しめるテーマということで「ものづくり」とした。古代からのものづくりで島根県が誇るものとして「たたら製鉄」と「日本酒」がある。着任早々に地元のものづくりに敬意を表して司馬遼太郎の「砂鉄の道」を読んだことがあった。「日本酒」も親身に理解しようとしていた。この中で「酒」ならそれだけで文理融合できそうというわけで「酒」にした。では「台湾」の要素はどうするか?実は日本酒の近年の風潮に古酒がある。本来は鮮度が特徴の日本酒を数年間熟成させるのである。飲んでみたら紹興酒に似た要素があった。紹興酒を調べたら、紹興酒ももち米を主原料としていることがわかった。これでテーマを「日本酒と台湾紹興酒」とした。

 

かつて中国の文豪である李白や杜甫も、酒によって知的創造が盛んになったらしい。そして松江も江戸時代から漢詩創作が盛んだった。酒を多次元に捉えるため、さらに皆様の知的創造が盛んになることも願って、江戸時代から明治時代にかけての松江での漢詩創作についてお話できる講師もお招きした。

 

酒の成分はアルコールである。アルコールを作り出すには糖分を酵母で発酵させる必要がある。ワインの場合は、葡萄の糖分が酵母によってアルコールに変換される。一方で米は澱粉であって糖分は含まないので、酵母でアルコールを作り出すことはできない。そこで澱粉を糖分に変える方法が必要になる。唾液の酵素で糖化するのが昔から世界各地にあった口噛み酒である。もう一つの方法として麹菌で糖化する方式である。この方式が今の日本酒や紹興酒で使われている。澱粉と麹と酵母を混ぜて、糖化と発酵を平行に進行させるので、平行複発酵という。なぜ「複発酵」なのか?糖化も微生物の力を借りているので広義の発酵だからであろう。要するに日本酒も紹興酒も、米を平行複発酵で酒にしているのである。

 

日本酒の酒蔵はいくつか見学したことがあった。酒蔵のかなめは麹室である。それは檜部屋だった。なぜステンレスではなく木造なのか?木に生える常在菌をうまく生かして麹を作るそうだ。台湾の滷肉飯や日本の鰻屋の秘伝のたれと同じ思想だ。100年間洗ったことがない鍋。私は30歳までに「百年洗わない鍋はすごい、きっと美味しい」から目覚めた。一流のシェフが、神のサイコロに味をゆだねて良いはずがない。最先端の半導体工場でも、神が宿っているからと成膜室を洗わずに使い続けて良い半導体が作れるものか。これを酒飲みに披露すると大抵非難される。私は檜部屋や秘伝のたれを批判している訳ではない。伝統は大事だし、それで美味しいものを採算合って作れていれば変える必要はない。でもものづくりなら、神のサイコロにゆだねずに、1+2=3という風に、この菌とこの菌を混ぜてこう作ればこういう味になる、と神に頼らないで作ることを目指すのがロマンだろう。実は日本酒も、何人かの伝説的な先人によって、江戸時代の「きもと」から明治時代の「速醸」へ、それと戦後から泡なし酵母など幾度の革新があり、まさに合理化効率化の道を辿っていたのである。

 

一方で紹興酒はどうだろうか?フォーラム準備にあたって、台湾紹興酒を作っている台湾煙酒公司(元台湾煙酒公売局)の埔里酒廠で打ち合わせと見学をしてきた。日本酒の工程と非常に似ていた。同じ平行複発酵だから無理もない。しかし現代工場の麹室も檜部屋だったのは意外だった。「きもと」「酒母」「もろみ」、使う言葉は違うかもしれないが、説明すれば通じるものは多くあった。では日本酒と紹興酒の違いは何か?そして台湾紹興酒と中国紹興酒の違いは何か?特に台湾紹興酒は日本統治時代の日本酒を作っていた酒蔵を、戦後に中国から渡ってきた紹興酒職人によって紹興酒酒蔵に転換されたが、中国紹興酒との違いは何か?ここでは種明かしはせず、ぜひ会場に足を運んでいただき、味の違いを五感で感じながら、講師のお話を聞いて解き明かしていただきたい。

 

 

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<葉文昌(よう・ぶんしょう)YEH Wenchang>

SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2001年に東京工業大学を卒業後、台湾へ帰国。2001年、国立雲林科技大学助理教授、2002年、台湾科技大学助理教授、2008年同副教授。2010年4月より島根大学総合理工学研究科物理工学科准教授、2022年より教授。

 

 

2023年7月27日配信