SGRAイベントの報告

張桂娥「第9回東アジア日本研究者協議会パネル『現代児童文学に見る戦争の記憶と継承』報告」

 

2025年10月31日から11月2日に韓国・翰林大学で開催された「第9回東アジア日本研究者協議会国際学術大会(EACJS9)」において、SGRA企画パネル「現代児童文学に見る戦争の記憶と継承」を行った。未来の子どもたちに過去の戦争体験をどのように伝承していくべきか、児童文学ができることを東アジアおよび国際的視点から再考することを目的として実施された。

 

第1部では、日本・中国・台湾における戦争児童文学の歴史的変遷と特徴が分析された。成實朋子氏は、前川康男『ヤン』と中国の薛濤『満山打鬼子』の日中比較を通じて日本の戦争児童文学が十五年戦争に限定されがちであること、戦地・中国を舞台にした作品が海外での受容に困難を伴う構造的な課題を指摘し、日中それぞれの受け止め方の違いを論じた。齋木喜美子氏は、沖縄戦を題材とした児童文学を取り上げ、沖縄という地で物語化が遅延した歴史的経緯を踏まえつつ、1960年代半ば以降の作品が「命(ヌチ)どぅ宝」の精神に基づき、愛国美談ではない真実の語りを追求する使命感を担ってきたことを強調し、戦後80年を迎える中での今後の語り継ぎの方向性を提示した。張桂娥氏は、陳玉金の『夢想中的陀螺』と楊雲萍の詩絵本『冷不防』の2作品を取り上げて、台湾における戦争児童文学の語りが、歴史的記録から個人的・情緒的な共感を重視する潮流へと変化していることを指摘し、子どもの想像力を通じて未来世代へ提供される価値を探求した。

 

第2部では、イタリア、コロンビア、ウクライナの児童文学を対象に、暴力や戦争、災害の記憶がどのように語られているかが検討された。マリアエレナ・ティシ氏は、朽木祥『パンに書かれた言葉』と、福島や広島の原爆をテーマとしたイタリア人作家の作品との比較を通じて、東日本大震災後の日本の児童文学が、第2次世界大戦の記憶を物語に組み込むことで共感を喚起する手法に着目した。フリアナ・ブリティカ・アルサテ氏は、コロンビアの武力衝突を背景とする絵本を通して、子どものトラウマの視点が「語られざる戦争」であると捉え平和教育の重要性を論じた。オリガ・ホメンコ氏は、ウクライナにおける児童文学において、ソビエト時代の英雄的な物語から、2014年および2022年の侵攻後に「身近な現実」としての戦争を描く文学が急増した経緯を説明。近年の作品は、戦争が「日常」として認識される中で、子どもの心理的な苦痛に寄り添い、現在を生き抜くための支えとなる機能を果たしている点を強調した。

 

戦争児童文学は過去の事実を伝えるだけでなく、感情への共鳴を通じてレジリエンス(回復力)を育む「生きたナラティブ」として機能していることを再認識できたことが今回の最大の成果である。また、児童文学研究が平和学、トラウマ理論、教育学といった学際領域と深く結びつく可能性を示せたことも今後の研究の広がりに寄与すると考える。登壇者からは、戦争を「現在進行形の問題」として子どもたちに語り継ぐ責任、被害者の視点に寄り添う平和教育の重要性、そして児童文学が持つ希望の力への確信が語られた。

 

登壇者およびコメンテーターの先生方から、セッションを終えての深い洞察と貴重なメッセージを頂戴したので一部ご紹介し、最後の総括とする。

 

成實先生:今回のパネルでは、普段聞くことのできないような話をたくさん聞くことが出来、いずれの話も大変興味深く、自分としても大変勉強になった。戦争が過去のものではなく、現在進行形で進んでいるという不幸な状況の下、児童文学の形で子どもたちに語り継がねばならないということを各地域の大人が痛感し活動していることが実感できた。

 

齋木先生:悲惨であればあるほど戦争の話は遠ざけてしまいがちだが、戦争を遠い過去にせず「私たちの問題」として次代の子どもたちに語り続けねばならないと痛感した。各国の作品事例から、戦争の物語が現在進行する戦争にも歴史的想像力を喚起させうることを学んだ。また抑圧や差別がいずれ大きな戦争につながることについても考えさせられた。沖縄は歴史的に「周縁」として取り扱われてきた地域だが、今後も周縁にこだわり、「どうして戦争が起きるのか」「私たちに何ができるのか」、児童文学を通して問い続けていきたい。

 

マリアエレナ先生:私はいっとき自分の仕事の意義、そして戦争と児童文学の関係を考察することの有用性に疑問を抱いた。しかし、私たちの研究を共有してくださった方々からのフィードバック、異なる文化圏の児童文学作品にも共通点があるのだという確信、そして何よりもオリガ先生の実体験を伺ったことによって、児童文学を研究する価値への信頼を取り戻し、今回の発表で紹介した小説の主人公たちのように、私の中にも希望が再生した。これからも、特に児童文学の価値をまだ知らない人たちに、その重要性を伝え続けていきたいと思っている。

 

張桂娥:今回のパネルを通じて、戦争における加害と被害の歴史を学ぶ上で、加害者側の国民が主体的に平和について学び続ける機会を確保することの重要性を改めて認識した。また同時に、被害を受けた人々が抱えてきた苦しみや経験を、児童文学という媒体を通じて国際社会へ継続的に伝えていくことの意義を強く実感した。

 

本パネルの実現のために世界各地からお集まりいただき、たくさんのお力添えをいただいた登壇者の先生方に、御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

張桂娥報告完全版

 

当日の写真

 

<張 桂娥(ちょう・けいが)CHANG, Kuei-E>

台湾花蓮出身、台北在住。2008年に東京学芸大学連合学校教育学研究科より博士号(教育学)取得。専門分野は児童文学、日本語教育、翻訳論。現在、東呉大学日本語学科副教授。授業と研究の傍ら、日台児童文学作品の翻訳出版にも取り組んでいる。SGRA会員。

 

 

 

2025年12月25日配信