SGRAイベントの報告

ボルジギン・フスレ「ウランバートルレポート:2025年秋」

 

近年、モンゴルにおける匈奴、鮮卑、モンゴル帝国等の発掘調査が世界的に注目されている。コロナ禍を除いて、ほぼ毎年、10数か国の考古学調査隊が調査をおこなっている。私もこの分野に足を踏み入れ、2020年にはプロジェクト「“チンギス・ハーンの長城”に関する国際共同研究基盤の創成」、2022年「匈奴帝国の単于庭と龍城に関する国際共同研究」、2024年「モンゴルのシルクロード遺跡に関する学際的研究――ドグシヒーン・バルガスを中心に」等を立ち上げた。発掘プロジェクトの中心メンバーの二木博史先生(東京外国語大学名誉教授・国際モンゴル学会副会長)とJ.オランゴア(J.Urangua)先生(モンゴル国立大学終身教授)は、以前よりウランバートル国際シンポジウムに協力していただいている。

 

シルクロードは古くから東アジアと中央アジア、西アジア、さらにヨーロッパ、北アフリカとを結んできた道だ。従来、「シルクロード」というと、人々は「東西交通」の道に注目しがちだが、「南北交通」の道も存在する。近年、モンゴル高原と中国の中原とを結ぶ道についても注目されるようになった。いわゆる「草原の道」は西安から北上してカラホト、カラコルムにわたり、モンゴル高原とつなぐルート、あるいはアルタイ山脈沿いをとおり、カザフスタンの草原、ユーラシア・ステップをへて、東ヨーロッパとを結ぶ道をさしている。道沿いには交易の町が多数存在していた。匈奴時代、匈奴と漢の間で結ばれた盟約は、「漢の皇帝は公主を匈奴の単于(匈奴の皇帝)に嫁がせ、一定の量の絹や綿、食物などを送り、匈奴は辺境をかき乱すことをしない」、というものだった。また、「関市(交易の市場)」を開いて互いに交易もおこなっていた。草原の道を通して、農耕民族は匈奴や鮮卑、突厥などの騎馬民族に絹や綿、食物などを輸出し、騎馬民族から馬をはじめとする家畜、毛皮、馬具、騎射技術、「胡床」(折り畳みのベッド)及びその製造技術などを輸入した。

 

今年のシンポジウムのテーマは、近年の考古学や歴史学、文献学等諸分野における新発見、研究の歩みをふりかえり、匈奴やモンゴルをはじめ、北方歴代の遊牧民族の諸帝国が築いた、多様な要素によって構成されたモンゴル高原における草原のシルクロードの遺跡、交易等を考察し、その歴史的・社会的・文化的空間の解明と再構築とを目指すものだ。

 

第18回ウランバートル国際シンポジウム「21世紀のシルクロード研究――モンゴルからのアプローチ」は、2025年9月1日、モンゴル国立大学図書館502会議室で対面とオンライン併用の形で開催され、100 名ほどの研究者と学生等が参加した。渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)と昭和女子大学国際学部国際学科、モンゴル国立大学科学カレッジ歴史学科の共同主催、在モンゴル日本大使館、昭和女子大学、公益財団法人渥美国際交流財団、モンゴルの歴史と文化研究会の後援、日本私立学校振興・共済事業団学術研究振興資金、公益財団法人守屋留学生交流協会の助成をいただいた。

 

開会式では、モンゴル国立大学学長B.オチルホヤグ(B. Ochirkhuyag)とモンゴル国駐箚日本国特命全権大使井川原賢が祝辞を述べた。在モンゴル日本大使館伊藤頼子書記官は大使の通訳を担当した。その後、一日にわたり、東京外国語大学名誉教授・国際モンゴル学会副会長二木博史、モンゴル国立大学科学カレッジ人類学考古学科長・教授U.エルデネバト(U.Erdenebat)、筆者、モンゴル国立大学終身教授J.オランゴア、内モンゴル大学モンゴル学院モンゴル歴史学科長・准教授李哲、内モンゴル師範大学地理科学学院教授烏敦、モンゴル国立大学科学カレッジ人類学考古学科准教授T. イデルハンガイ(T.Iderkhangai)、高知大学教授湊邦生、モンゴル国立大学科学カレッジ歴史学科准教授B.バトスレン(B.Batsüren)、東京外国語大学研究員上村明、軍事史・地図研究者大堀和利、モンゴル国立教育大学教授L.アルタンザヤー(L.Altanzaya)等、日本、モンゴル、中国の研究者22名(共同発表も含む)により12本の報告があった。

 

5本は私が研究代表をつとめるプロジェクトの成果報告だ。ドグシヒーン・バルガスとは、これまで知られていない、モンゴル帝国時代とそれにつづく時代におけるシルクロードの町の一つだ。ほかの7本は、モンゴル高原のシルクロードにおける考古学、歴史学、民俗学、人文地理学、芸術学、社会学などの分野のものだった。オープンディスカッションは二木博史先生とJ.オランゴア先生がつとめた。フロアーからさまざまな質問がだされ、議論が展開された。

 

今回のシンポジウムは、モンゴルの『ソヨンボ』『オラーン・オドホン』紙、TV9、Zogii.mn等により報道された。日本では、『日本モンゴル学会紀要』第55号などが紹介する予定で、本シンポジウムの成果をまとめた論文集は2026年3月に日本で刊行される。

 

8月2日、シンポジウムに先立ってモンゴルを訪れて資料を収集したほか、セレンゲ県ユルー郡カルニコフ匈奴・鮮卑墓群では現地調査にも参加した。この遺跡は匈奴と鮮卑の墓群が混在しており、研究する価値は非常に大きいだけではなく、そのなかを建設中の道路が貫通しており、早期に保護しなければならない。そのため、2024年度には研究プロジェクト「モンゴル国セレンゲ県ユルー郡カルニコフ匈奴・鮮卑墓群の発掘と保存」を立ち上げた。8月21日にはモンゴル国防省等主催の国際シンポジウム「第二次世界大戦の終結:解放戦争の歴史的研究」に参加し、研究発表をおこなった。元渥美奨学生で、内モンゴル大学ナヒヤ教授も論文を発表した。ウランバートルに滞在していた間、モンゴルの各テレビ局は、社会主義時代にモンゴルや旧ソ連で製作されたソ連・モンゴル連合軍の対日戦、或いは独ソ戦の映画を放映していた。これは毎年この「季節」になると繰り返し放映されてきたことだが、今年はなんと、中国のテレビ局が作った抗日のテレビドラマもモンゴル語に翻訳され、放映されていることに驚いた。

 

会議と発掘の写真

 

<ボルジギン・フスレ Borjigin Husel>

昭和女子大学大学院生活機構研究科教授。北京大学哲学部卒。1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会外国人特別研究員、ケンブリッジ大学モンゴル・内陸アジア研究所招聘研究者、昭和女子大学人間文化学部准教授、教授などをへて、現職。主な著書に『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、『モンゴル・ロシア・中国の新史料から読み解くハルハ河・ノモンハン戦争』(三元社、2020年)、『日本人のモンゴル抑留の新研究』(三元社、2024年)、編著『ユーラシア草原を生きるモンゴル英雄叙事詩』(三元社、2019年)、『国際的視野のなかの溥儀とその時代』(風響社、2021年)、『21世紀のグローバリズムからみたチンギス・ハーン』(風響社、2022年)、『遊牧帝国の文明――考古学と歴史学からのアプローチ』(三元社、2023年)他。

 

 

 

2025年9月25日配信