SGRAイベントの報告
賈海涛「第77回SGRAフォーラム『なぜ、戦後80周年を記念するのか? ~ポストトランプ時代の東アジアを考える~』報告」
2025年7月26日(土)、第77回SGRAフォーラムが渥美国際交流財団関口グローバル研究会および早稲田大学先端社会科学研究所・東アジア国際関係研究所との共催のもと、早稲田大学大隈記念講堂小講堂でハイブリッド形式により開催された。米国の政権交代がもたらした国際秩序の変動を念頭に置きつつ、多様性と相互協力を基盤とした平和構築の経験を改めて検証することが求められている。今回は「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」をテーマに、東・東南アジアの研究者が一堂に会し、戦後80年の歩みを振り返りつつ、東アジアの和解と平和の展望について議論が交わされた。
最初の講演では沈志華氏(華東師範大学)が「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」と題し、冷戦期における中国の外交戦略が「革命外交」から「実務重視の外交」へと大きく転換した過程を三つの段階に分けて分析した。第1段階(1949-1969)はソ連と連携して米国に対抗した「向ソ一辺倒」の時代であり、東北アジアでは南北の二つの三角同盟が鋭く対立した。第2段階(1970-1984)では、中ソ対立を背景に米国と連携してソ連に対抗する「向米一辺倒」へと転換し、地域の緊張緩和に繋がった。そして第3段階(1985-1991)では、改革開放と共に非同盟の全方位外交へと移行し、中米ソの「大三角」構造の中で地域の対立構造が解消され、和平交渉のプロセスが始まったと解説。この歴史的変遷を踏まえ、今後の中国外交は「鄧小平が確立した実務重視の非同盟政策を堅持し、特に日韓両国との関係発展を地域の平和と安定の基盤とすべきだ」と提言した。
次に藤原帰一氏(順天堂大学・東京大学)が、「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」をテーマに講演を行った。藤原氏は、かつての米ソ冷戦の終結後、再び米中間の緊張が「新冷戦」と呼べるほどの国際政治の分断を生み出している現状を指摘。第2次大戦後の日本の民主化が米ソ冷戦の開始と共に米国の対アジア戦略の拠点として組み込まれ、米中接近まで緊張が続いた歴史を振り返った。その上で、2008年以降に再び顕著になった米中間の新たな緊張関係がなぜ生まれたのか、その要因を権力移行論の観点から分析した。さらに、日本の対中政策が米国の影響を強く受けてきたことは事実としつつも、福田赳夫政権や現在の石破茂政権の動向を例に挙げ、日本独自の判断や米国との政策の「ズレ」も存在することを指摘し、日本の自主的な外交の役割について考察の視点を提供した。
フォーラムの後半は林泉忠氏(東京大学)をモデレーターに、若手研究者による多角的な討論が展開された。
権南希氏(関西大学)は、北朝鮮の核開発やロ朝の軍事接近、米中ロの対立激化により、東アジアの安全保障体制が構造的な不安定性を深めていると分析。北朝鮮が韓国を「主敵」と規定する一方、韓国社会では統一を段階的信頼構築の「過程」として捉える傾向が強まっているとし、法治主義に基づく統合体制の構築と社会文化的な接触を通じた信頼醸成の重要性を論じた。
ラクスミワタナ・モトキ氏(早稲田大学)は、タイ保守派の陰謀論を分析することを通じて、冷戦が途上国の国内政治に与え、今日まで続く権力構造を形成した影響を考察した。これにより、「国」を単位とした分析だけでは見えてこない、現代にまで続く冷戦の断層線を明らかにする視点の可能性を提示した。
野崎雅子氏(早稲田大学)は、日米中の留学生政策の変化に着目し、国際秩序と知的交流の関係を検討。かつては信頼関係構築の基盤であった知的交流が、国家間の緊張の高まりと共に分断の危機に瀕している現状を指摘し、その克服の可能性について議論を提起した。
李彦銘氏(南山大学)は、日中関係における和解の道のりに焦点を当てた。政府レベルでの一定の和解は達成されたとしつつも、2010年代以降の民間レベルでの歴史認識には依然として課題が残ると分析。一方で、非政府組織(NGO)における信頼構築の事例を挙げ、民間交流が持つ和解の可能性を展望し、今後に向けての提言を行った。
総合討論と質疑応答では、戦後80年という節目を迎え、世界各地で局地的な紛争が多発し、東アジアの緊張も高まっているものの、本格的な武力衝突(いわゆる「熱い戦争」)には至っていない、という現状認識が示された。その上で、悪化する米中関係を背景とした新たな「冷戦」への懸念や、厳しさを増す中国と周辺地域との関係に対し、今後いかに対応すべきかが議論された。また、こうした国際情勢と連動する日本の国内情勢も注目された。7月の参議院選挙において、経済や景気といった課題よりも「日本人ファースト」という排外的・保守的なスローガンに注目が集まったことは、その一例といえる。このような動向が日本の将来に与える影響は大きく、不安視する声が少なくなかった。
本フォーラムは、戦後80年という歴史を、大国間のマクロな視点から、各地域の固有の文脈、さらには民間交流というミクロな視点まで、重層的に捉え直す貴重な機会となった。登壇者の議論は、歴史認識の違いを乗り越え、対話を通じて相互理解を深めることの重要性を改めて浮き彫りにした。複雑化する国際情勢の中で、過去を真摯に検証し、未来志向の平和な関係をいかに構築していくか。そのための知的基盤を提供する、有意義な議論の場となった。
<賈海涛(か・かいとう)JIA Haitao>
一橋大学言語社会研究科博士課程修了。博士(学術)。2023年度渥美奨学生。神奈川大学外国語学部中国語学科外国人特任助教、一橋大学非常勤講師。人文系ポッドキャストの運営者。研究分野は華語圏文学、文学言語。主要業績に、単著『流動と混在の上海文学――都市文化と方言における新たな「地域性」』(ひつじ書房、2025)ほか。
2025年9月11日配信