SGRAイベントの報告

マックス・マキト「第7回東アジア日本研究者協議会パネル『日本から学ぶ地域通貨』報告」

2023年11月4日(土)11:00-12:30、東京外国語大学研究講義棟102号室にてパネルセッション「日本から学ぶ地域通貨」が開催され、3つの発表と2つの討論の後、質疑応答が行われた。

内容は以下の通り。
発表1:「フィリピン・ラグナ州のコミュニティにおける地域通貨の可能性:日本を参考に」
ジョアン・セラノ、ジャネル・エボロン(フィリピン大学オープン大学)
発表2:「フィリピン・ラグナ州における地域交換取引制度(LETS)の可能性:日本を参考に」
セザー・ルナ、ジャネル・べレガル(フィリピン大学オープン大学)
発表3:「フィリピン・ラグナ州における電子地域通貨の可能性:日本を参考に」
フェルディナンド・マキト(フィリピン大学ロスバニョス校)
ノリン・アラザダ(フィリピン大学オープン大学)
討論1:ジャクファー・イドルス(国士舘大学)
討論2:栗田健一(東京経済大学)

3本の発表は、フィリピン大学オープン大学(UPOU)で実験中の「アリタップタップ(蛍)」と呼ばれる地域通貨をめぐるものであった。「アリタップタップ」という名前は、フィリピン大学オープン大学のキャンパスで、コロナ禍後に蛍が再出現したことにちなんでつけられた。キャンパスの隣にある稲と米の実験場からの化学肥料の流出が中止になって蛍が復活したと考えられている。

最初の発表は、地域通貨を作るための「コミュニティ」概念の取り組みについて。ラグナ州の学術的なコミュニティにおける地域通貨の可能性に焦点を当て、フィリピンが直面している「持続可能な開発」という課題に適用される地域通貨の可能性について深く掘り下げた。「アリタップタップ」はオープン大学の教職員の間で物やサービスの取引を促進する媒体として役割を果たしている。日本、特に神奈川県藤野町の「よろづ屋」の経験を参考に、フィリピンにおける地域通貨の可能性を検討した結果、まずは学術界主導の地域通貨設立の可能性を探ることにした。

これは学術的な環境におけるコミュニティ形成を促進する地域通貨の先駆的なモデルともいえるだろう。他の地域通貨と比較して、地理的な境界に制限されず、大学の教職員、研究者、スタッフ間の取引ネットワークが強固に存在することが特徴である。警備員やグランドスタッフも含まれるため、地域通貨取引によって生じるコミュニティの絆の強化も確認できる。人々がこの新しいシステムに興味を持ち、実際に試してもらうことで地域通貨の良さを理解してもらえる。地域通貨モデルのプロトタイプを作り、メンバーの動機や課題を把握することができる。

2番目の発表では、地域交換取引システム(Local_Exchange_Trading_System:LETS)について、歴史、地域への導入実績、衰退、日本における復活について紹介した。LETSは、組織化されたコミュニティやグループ内で地域通貨を使って商品やサービスを交換するもの、と定義されている。1983年にマイケル・リントンがカナダのブリティッシュ・コロンビア州でコモックス・バレーLETSを始め、1990年代に欧米諸国で最盛期を迎えた。最もよく知られた第一世代の地域通貨システムとして知られ、日本の地域通貨の拡大に大きな影響を与えた。

金融不安を伴う地域的または国家的危機への対応として始まることが多いが、会員の減少、経済効果がほとんど見られないことや管理コストなどの要因のために、維持することができなかった例も多い。一方、日本では地域通貨を長期管理する仕組みとしてLETSモデルが登場した。通帳型のモデルを導入するケースが多く、地域通貨「萬(よろず)」を使う藤野町でも、地域の絆を強め、レジリエンスを高めると言われている。このようにして相互信頼を植え付け、地域コミュニティを巻き込み、利用可能なスキルや資源を最大限に活用し、コミュニティ内で価値と効用を生み出すというメリットを享受しようと努力している。

3番目の発表は、通帳型地域通貨に焦点が当てられた。通帳には「よろず屋」の会員2名(売り手と買い手)の取引の詳細が記録され、地域通貨「萬」で評価される。取引の検証は、取引当事者が署名するという手法で分散化されている。通帳は会員の「ギブミー(ほしい)」・「ギブユー(あげる)」リストへのアクセスを提供するメーリングリストによって補完される。しかし、このリストは石に刻まれたものではない。緊急に必要なものは、メーリングリストを通じて会員が投稿することができる。

日本の通帳システムは、管理コストが最小限に抑えられ、比較的インフォーマルであるため、欧米の通帳システムより持続可能である。日本で通帳制度が長続きしている背景には、他にも3つの理由がある。互恵と義務の日本文化との相性の良さ、地方開発の促進、そして設立した社会起業家のさまざまな好みに対応できる高い柔軟性である。「アリタップタップ」も日本の経験に基づき、デジタル版に移行する前に、まずアナログ版の通帳で試してみることになった。通帳はオープン大学経営開発研究学部(FMDS)で印刷し無料で提供されている。この通帳は「よろず屋」の形式を踏襲しており、地域通貨が開始される以前から取引が行われていたかどうかを示す欄が追加されている。

私たちのチームが最初に発見したのは、会員数は多いものの商品やサービスの交換に積極的に参加している会員は全体の25%に過ぎないということであった。次に同地域通貨を実施するための実験として、オープン大学経営開発研究学部の「レジリエンス、開発、起業家精神、栄養に対する評価」部門の取引が増加した。さらに、入会希望者は事前にプラス残高を要求し、マイナス残高には難色を示した。研究者は残高がマイナスであることは悪いことではないことを会員に説明し、プラス残高を得るために「レジリエンス、開発、起業家精神、栄養に対する評価」部門で行うサービスや提供する商品を会員に提案することに努めている。

続いて2名の討論者からコメントがあった。
ジャクファー先生は、インドネシア国内のローカル・コミュニティや先住民コミュニティに現在14の地域通貨が存在していることを紹介した。これらのコミュニティ通貨システムでは木製のお金が使用されていることも興味深い。

最後に地域通貨研究の第一人者である栗田先生が「『萬社会』は会員の借金を認めているから全員が多くの商品やサービスを手に入れようとするのではないだろうか?しかし、そのようなことは決して起こらない。すべての会員は、借金を減らすことでコミュニティへのコミットメントを示す。残高がマイナスになったメンバーは、どうすれば『萬社会』に貢献できるかを考える。その結果、会員は自分自身の可能性を再発見する」と強調された。

EACJS学会の後に、栗田先生の手配で研究チームは「よろず屋」の故郷である佐川原市の藤野へ見学に行った。藤野電力とパーマカルチャー・センター・ジャパンの担当者らのお話を伺い、サイトを案内していただいて皆が楽しい半日を過ごした。

言葉の限界があったものの、この大会に参加できて大変勉強になった。

当日の写真

<フェルディナンド・マキト Ferdinand_C._MAQUITO>
SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。

 

 

2023年12月14日配信