SGRAイベントの報告

アキバリ・フーリエ「第19回SGRAカフェ「国境を超える『遠距離ケア』」報告」

2023年10月14日(土)、「国境を超える『遠距離ケア』」をテーマに第19回SGRAカフェが開催されました。午後2時から約2時間にわたり、討論者による議論と参加者全員によるグループディスカッションが行われました。実際に財団に足を運んでくださった参加者とオンライン参加を合わせて約50名で開催され、非常に有意義な時間となりました。

 

5名の討論者は国籍や研究の専門分野が異なることもあり、さまざまな視点から課題について議論できました。司会と討論者であった私(アキバリ・フーリエ)以外に、長年にわたり日本の介護に関する研究を行っている張悦さん、そして2017年度の元渥美奨学生で、良き友人であり研究仲間でもある沈雨香さん(早稲田大学)、ファスベンダー・イザベルさん(関西外国語大学)、レティツィア・グアリーニさん(法政大学)が参加し、意見を交換しました。

 

私たちが生きている21世紀はグローバル化が進み、年齢や国籍を問わず世界中でキャリアを築く人々が増加しています。母国から離れて異なる地域で生活基盤を築くことで多くの成功を収める一方、通常直面することのない課題も出てきます。その中の一つが、母国に残る家族へのケアの問題です。

 

今回は、母国に残る家族への「ケア」を出発点として、育児や異国での自己ケアについてもディスカッションしました。ケア・コレクティブは『ケア宣言 相互依存の政治へ』(岡野八代・冨岡薫・武田宏子訳/解説、大月書店、2021年)の中でケアを「やりがいのあることと同時に、極度の疲労を伴う現実」と述べています。ケアには関心、不安、悲しみ、嘆き、困惑といったさまざまな感情が絡み合っており、現代社会において非常に重要なテーマであると同時に、忙しい現代社会ではどこかで見落とされがちな課題でもあると思います。

 

したがって本カフェでは「本日の議題」として3つの質問を討論者に投げかけました。そして、「国境を越えて日本で生活しながら、ケアについて感じてきた思いと経験」について議論し、今後の「日本における国境を超える遠距離ケアの実態と背後にある要因」を考えました。

 

まず、「ケア」とは何かについて議論が交わされました。討論者たちの発言から「家族へのケアと自己ケア」にはネガティブな側面がある一方で、いくつかの工夫をすればポジティブに変えることができるのではないかという意見が出されました。

 

張さんの考えは「個人の力だけでなく、皆さんと協力することによってより強力になる」です。例えば、日本では「包括ケアシステム」という言葉があります。多くの異なる健康関連サービスや専門家が連携し、総合的かつ包括的なケアを提供するアプローチを指しており、横断的な連携を強調しています。この視点から、在日外国人の遠距離ケアの問題を解決する一つの方法として、在日外国人自身も「多文化コミュニティの中での協力」を積極的に促進することを提案しました。

 

一方、イザベルさんは来日してから「ケア」という言葉が自分の中で徐々にネガティブな意味合いを帯びてきたと語り、その背後にはドイツの介護システムの充実があることを指摘しました。ドイツでは社会福祉システムや社会保険などが充実したサービスを提供しており、親の介護は子供の責任という考え方はあまり一般的ではないので、「ドイツの親のことよりも、日本でのケア(自分と夫の老後、日本の親のケアなど)の問題が非常に気になります」という言葉には在日外国人が直面する葛藤が見られました。

 

また、レティツィアさんもケアは単なる育児や介護といった活動だけでなく、そして「(核)家族」という個人の私的な領域に限らず、より多面的に考えるべきだと述べました。つまり、個人が家族の個人的な問題を解決するだけでなく、コミュニティによるケアや政策的なアプローチを含め、様々なレベルでケアの問題を考慮しながら解決策を模索する必要があるのではないか、と問いかけました。

 

沈さんと私は、韓国とイランには以前の風習が残っており、両親の介護は家族にとって重い負担であり、親を介護施設のような老人ホームに預けることは社会的にはまだタブーとされていることを実体験を通じて語りました。イランでは近年、少子化の問題や若者の海外移住(年間約6万5000人)が懸念されており、昔のように子供が親の面倒を見たり、両親に孫の世話をしてもらったりするということが期待できない状況にあり、家族の構造が変わりつつある時期に入っていると紹介しました。

 

その後、参加者全員が会場2つとオンライン3つの計5つのグループに分かれて本日のテーマについてディスカッションをしました。

 

グループワークに参加した方々の中には、もうじき自身が介護されるかもしれない立場になるという方もいらっしゃったため、「両親の視点」からも意見を聞くことができました。このテーマについて二つの世代が共に考えて語り合う場ができ、非常に興味深かったです。彼らは「健康の維持」と「独立して暮らせる環境の整備」を希望していました。また、あるグループの意見では「安心できるケア」というキーワードも挙がりました。どうしても日本に住む外国人という立場では、コミュニティの一員として認められたり、ケアを提供したり受け入れたりする一員として認識されたりすることが難しいことが多いため、実際に「安心できる」ケアが得られる可能性はかなり限られているかもしれません。

 

最後に、ケアという言葉が本来持つべき温かくポジティブな意味合いを実現するためには、一人だけの力ではなく、さまざまな知恵と協力が必要であることを学びました。そこには、一つの正解があるわけではありません。

 

「遠距離ケア」については、年明けに張さんと両親のケアについて話していた際、このテーマでより多くの人と語り合いたいと思ったことが発端となって、このような場を設けることができました。今後も「遠距離ケア」に関する議論を続け、一緒に語り合えるメンバーを増やしていきたいと思います。また今回、私の実母もたまたま来日していたため、イベントに参加してもらいました。両親とはなかなか面と向かって語り合う機会が得られないことから、このような場で話し合えたことは私にとっては深い意味があり、忘れられない思い出となりました。

 

当日の写真

 

<アキバリ・フーリエ AKIBARI,_Hourieh>
イラン出身。千葉大学博士後期課程終了(2018年博士号取得)。千葉大学特別研究員、白百合女子大学国語国文学科非常勤講師。2017年度渥美奨学生。日本に在住している外国人、主にイラン人やアフガニスタン人難民の言語環境や言語問題の実態について社会学・言語学の立場から研究。多文化共生社会・異文化理解とコミュニケーションについて研究・教育活動。

 

 

2023年11月9日配信