SGRAイベントの報告

李暉「第70回SGRAフォーラム『木造建築文化財の修復・保存について考える』報告」

2023年2月18日(土)午後1時より第70回SGRAフォーラム「木造建築文化財の修復・保存について考える」を奈良県吉野郡吉野町の金峯山寺(きんぷせんじ)で開催した。国宝・金峯山寺二王門の保存修理工事現場をライブ中継で発信し、世界中のSGRA会員を始め市民も含めて議論の場を設けるというプロジェクトだ。SGRAと日本学術振興会科学研究費基盤研究(C)J190107009「日本と中国における大工道具の比較による東アジア木造建築技術史の基盤構築」(研究代表者:李暉、2014年渥美奨学生)の共催で、ライブ中継はSGRAでは初の試みだった。

 

金峰山修験本宗総本山金峯山寺の五條良知管長猊下のご挨拶でフォーラムの幕が開けた。小雨の中だったが、寺の沿革の説明や聖地でのフォーラム開催の意義を愛情込めて伝えていただいた。その後、奈良県文化財保存事務所の竹口泰生先生が二王門の保存修理現場を案内しながら、フォーラム後半で各国の先生方が討論するための話題を提供された。

 

ライブ中継は奈良県文化財保存事務所・金峯山寺出張所の方々にご協力いただき、二王門北の参道から始まった。外観を見た後で中へ入るというルートを取り、できる限り視聴者が臨場感を味わえるよう工夫した。竹口先生は事業全体の説明から始まり、解体修理に至った原因である地盤沈下の現状を紹介。保存修理にあたっての調査については、特に大工道具による加工痕跡について、初重の軒下にある組物を用いて詳細に説明された。中継の最後は素屋根の3階まで巡り、伐採した木材をいかだ穴付きのままで利用した部材を披露し、往時の建築造営と製材の関係を示す興味深い内容だった。1時間の現場案内は、あっという間に終わったが、普段にない近距離での観察で、多くの視聴者の好奇心を刺激したことだろう。貴重な現場の情報についてメモを取られた方々もたくさんいらしたようだ。

 

後半の討論は京都大学防災研究所の金玟淑氏(2007年渥美奨学生)の司会で進行した。韓国伝統建築修理技術振興財団の姜璿慧先生、中国文化遺産研究院の永昕群先生、京都工芸繊維大学のアレハンドロ・マルティネス先生が研究成果や経験に基づき、各国の伝統建築の保存修理事情を紹介し、二王門の保存修理を始めとする日本との相異についてコメントを頂いた。また、塩原フローニ・フリデリケ氏(BMW Japan、2008年渥美奨学生)からは市民を代表して文化財保存への理解を述べていただき、保存修理に携わっている専門家も多くのことを考えさせられた。

 

最後に視聴者の皆さんからの質問も受け、先生方にご回答いただいた。時間が限られており、すべてに回答することはできなかったが、視聴者と交流を図ることができたと思う。

 

3時間という長時間のフォーラムであったが、先生方は木造建築文化財保存への情熱があふれており、スクリーンを通して誠実で熱い討論が交わされた。その心は視聴者へも伝わったであろう。

 

常に工程に追われる保存修理現場にもかかわらず、多くの要望に応えていただいた竹口先生を始め、研究や調査業務で多忙な先生方へ心より感謝を申し上げたい。最後まで支援していただいたSGRAの存在の意義を改めて実感した。フォーラムには250余名が参加してくださった。皆さまに感謝するとともに少しでもお役立つことができたらと願うばかりである。木造建築文化財の修復・保存に限らず、専門家と市民のギャップはどの業界にもある。今回の試みを機に、多くの方がそのギャップを理解し、少しでも埋めていく意識を高めることができれば幸いである。

 

当日の写真

 

アンケート集計

 

<李暉(り・ほい)LI Hui>

2014年度渥美奨学生。2015年東京大学大学院博士(工学)取得。2014~2018年、奈良県文化財保存事務所仕様調査員として、薬師寺東塔(国宝・奈良県)の保存修理事業に携わった。2018年、奈良文化財研究所アソシエイトフェローとして、平城宮第一次大極殿院復原研究に従事。2023年、奈良女子大学 大和・紀伊半島学研究所古代学・聖地学研究センター協力研究員。専門は中国建築史。著書に、『建築の歴史・様式・社会』(共著、中央公論美術出版、2018)、『中国の建築装飾』(共訳、科学出版社東京、2021)、『中国古典庭園 園冶図解』(監訳、科学出版社東京、2023)など。

 

 

2023年4月20日配信