SGRAイベントの報告

張 桂娥「第1回日台アジア未来フォーラム報告(その1)」

2011年5月27日(金)、台湾台北市の台湾大学で、「国際日本学研究の最前線(フロンティア)に向けて:流行(トレンド)・ことば・物語(ストーリー)の力」をテーマに第1回日台アジア未来フォーラムが開催された。

日本文化の受容者が年々増える台湾をはじめ、漢字を共有する長い文化交流の歴史を持つ北東アジア各国には、日本語教育と日本研究に長い歴史があり、研究者も多く、研究レベルも高いですが、近年、世界に浸透した「日本の漫画・アニメ」に代表される大衆文化の分野にかかわる研究動向が特に注目されるようになった。

アジアの政治経済情勢に激しい地殻変動が起こりつつある現在、海外における日本学とは何なのか、海外の若者たちを日本へ引きつけるものを研究できる学問とは何なのか、そして、台湾・香港で哈日族を誕生させたポップ・カルチャー、あるいは欧米諸国の若者を魅了するクール・ジャパンなど、現代日本のソフトパワーに関する研究は、どのように伝統ある日本文化研究の中に位置づけられるのか、また、そのような現代的な文化現象の研究と、伝統文化の研究はどのように融合できるのか、これらの課題を究明することが、第1回日台アジア未来フォーラムの目的だった。

今回は、<トレンド・ことば・ストーリー>の力に着眼し、台湾、日本、中国、韓国、米国、イタリアから中堅・若手の日本文化研究者を迎え、従来の正統的な日本学――日本語研究(ことば)や文芸作品研究(ストーリー)――をめぐる斬新な方法論の実践状況を視野に入れながら、哈日族に代表されるような新たに注目される流行文化に焦点を当てて、21世紀にふさわしい国際日本学研究のフロンティアにむけて、特色ある議論が展開された。

本フォーラムは、SGRAが初めて台湾で行う事業として、台湾のSGRA会員によって提案され、台湾のアカデミック研究の重鎮である台湾大学日本語学科のご協力を得て進めたものであったが、中鹿営造(股)有限公司(鹿島・台湾現地法人)より心強いご支援をいただいた上、今年度より初めて台湾関連の事業を助成対象に入れた国際交流基金からも、歴史的にも有意義で貴重な助成金を受給したという、記念すべき日台知的交流国際会議でもあった。特に、3月11日に東日本大震災が起こり、日本は地震・津波・原発事故・風評被害という重層的な困難の真最中にあり、日本全体が未曾有の難局に置かれている状況を考えると、こうして国際的産官学連携の交流事業が世界一日本を好きな国といわれる台湾で実現できたのは、本当に感無量だった。

皆様のおかげで盛会裡に終わったフォーラム当日の盛況ぶりを振り返りながら、二本の基調講演及び三つのパネルに分かれた研究発表の内容を簡単に紹介したい。

フォーラム当日は、台風2号の接近中にもかかわらず、開催者側の心配をよそに、朝早くから気温30度を軽く超えた真夏の炎天下だった。普通の学会では想像できない午前8時半の受付開始早々、参加者が続々入場し、開幕式も予定通り8時45分から始まった。

まず、フォーラムのためにはるばる日本から来場された渥美国際交流財団理事長の渥美伊都子様から、フォーラム開催への祝辞をいただいた。渥美理事長は、台湾の皆様から日本へ寄せられた高額義捐金へのお礼を伝え、「これから始まる日台アジア未来フォーラムが、このように深い日本と台湾の絆をさらに深める一助となることを願う」と述べられた。続いて台湾日本研究学会理事長の何瑞藤様、台湾大学日本語学科教授兼文学部副部長の陳明姿様、名義協賛の形で応援してくださった台湾日本人会・日台交流部会代表の広瀬俊様の3名のご来賓より、SGRAや本フォーラムに対する期待を込めたご挨拶を頂いた。

最初の基調講演には、漫画アニメ研究で活躍中の明治大学国際日本学部の宮本大人准教授をお招きした。「偽物の倫理:「鉄腕アトム」をめぐって」を題に、「鉄腕アトム」という人気マンガが、テレビ・アニメというメディアにコピーされ、アトムが国民的アイコンにまで成長していく中で、オリジナルとしてのマンガ作品に対してどのような欠損と過剰が生じたか、さらにアニメーションという表現形式の「本来の」あり方に対して、その「偽物」としての日本のテレビ・アニメが、どのような欠損と過剰を抱えて行くことになったか、実際の映像を見せながら、わかりやすく説明してくださった。

そして、最後に、「我々には、手塚の仕事の中に、このような本物と偽物の関係のドラマを、偽物が選びうる倫理の形を、見出すことができる。そしてそれは、日本、あるいはアジアの文化と、近代化のモデルとされてきた西洋の文化の関係性の歴史と類比的なものとして、読み解くこともできる。そのような読解が、国際的な観点からの日本研究という枠組みの中で可能である」という結論を提示された。台湾の大学の日本語学科では、いまだにポップ・カルチャーを日本文化の研究対象として認めない傾向が強いので、アニメを対象とした研究成果を台湾の大学関係者にご紹介いただいたことによって、その抵抗感を少し緩和できたのではないかと期待される。

二番目の基調講演では、台湾大学で教鞭をとられている太田登教授が、伝統的な日本研究と現代的な大衆文化を融合させた新しい方法を紹介された。太田教授は、<かもめ>をキーワードに、中国・唐の詩人杜甫の詩・万葉集をはじめとする日本の古典和歌・若山牧水の短歌や室生犀星の抒情詩、そして渡辺真知子や中島みゆきなどの女性シンガ-ソングライタ―の作品を情熱のこもった少年のように、顔を赤らめながら吟遊詩人風に紹介してくださった。

爆笑の渦に巻き込まれた聴衆たちの熱い視線を浴びながら、太田教授はさらに、これらの作品に重要なモチ-フとして登場している<かもめ>という存在を、伝統的文化から現代的文化にいたる詩歌の水脈をつらぬく文学的素材としてとらえた上、世界中の詩人たちや作詞家たちにうたいつづけられてきた<かもめ>の文学的意味について、表現論という視点からユニークな論点を展開し、その奥深い意味を紐解いてくださった。若者に敬遠されがちな古典と世界を風靡したJ-Popを融合し、新たな流行(トレンド)を生み出し、台湾若手研究者の国際日本学研究に新風を吹き込む時代の到来と幕開けが示唆されるようで、夢のようなひと時だった。

基調講演終了後、参加者たちは中庭に面した回廊に移動し、ティータイムを楽しむことになったが、びっくりしたことに、朝の眩しい太陽はいつの間にか消えて、真っ暗な空から、大型台風を予感させる激しい暴風雨が容赦なく中庭の植栽を吹きすさんでいた。それでも、来場者たちは気にもせず、台湾大学側が用意してくださった豪華な茶菓子を味わいながら、講演者や発表者を囲んでしばし歓談した。

10時40分から12時40分までたっぷり2時間も設けられた第一パネル「トレンドの力:マンガ・アニメとクール・ジャパン」では、アメリカ、韓国、台湾の研究者が日本のポップ・カルチャー研究状況を報告した。Matthew McKelway氏(米国、コロンビア大学美術史学部准教授)は、「若冲現象:現代日本美術の復古」を題に、写真や映像を通して、欧米諸国の人々も魅了した伊藤若冲の芸術性を分析した上、死後2世紀たって若沖の作品を改めて評価した現代の画家、美術館の学芸員、そして宣伝、テレビや大衆誌などのメデイアが果した役割を考察した。そして、こうした若冲現象を現代日本美術の復古ととらえ、世界各国の人々の感性に強く訴えかける日本美術の力をわかりやすく解明した。

金孝眞女史(韓国、ソウル大学日本研究所HK研究教授)は、「「オタク」から「五徳厚(オドック)」へ:韓国社会における日本オタク文化の受容をめぐって」を題に、韓国における日本大衆文化の受容を振り返った上、世代の変化や韓国におけるオタク文化の受容を考察し、2000年代後半にオタク文化のある作品――国家擬人化漫画『ヘタリア』――をめぐって沸き起こった国際的な論争の問題点を追究した。そして、結論として、「今までのどの時代より、韓国と日本の両国における文化コンテンツや人々の越境が活発に行われている現状の結果であるということは紛れのない事実」と述べた。

つづいて、游珮芸女史(台湾、台東大学大学院児童文学研究科副教授)は、「宮崎駿のアニメにおける妖怪たち:日本伝統文化の化け方」について、『となりのトトロ』のトトロ、猫バスとススワタリ、『もののけ姫』のコダマ、『千と千尋の神隠し』のカオナシなど、いわゆる日本伝統のアニミズムから派生した妖怪たちが、宮崎駿によってキャラクター化されたことを検証した。さらに、それらによって表象された日本伝統の世界観とグローバルな流行文化との接点を探った。

最後の発表者である陳仲偉教授(台湾、逢甲大学教養センター非常勤助理教授)は、「グローバル化した世界における日本漫画・アニメ文化のローカリゼーションの実践:解釈学<融合された視覚域>の視点から」というテーマで、<漫画>という一般大衆に広く愛されたメディアが異文化間交流や対話の橋渡しとして果たす力量を検証した。さらに、こうした試みによって、漫画の世界を支える<創作活動>と<読書行為と消費活動>の両極のはざまに架ける<需要と供給>の新たなバランス関係が再構築できるだけでなく、グローバル化した世界における漫画文化のローカリゼーションが各地域社会の日常生活と交互に交流する必要性も見出せるのではないかと主張した。

4人の発表が終わったあとは、質疑応答やフロアとの意見交換の時間だったが、聴衆席からの質問がなかったため、座長の蔡增家氏(台湾、政治大学国際関係研究センター研究員兼第二研究所所長)は、それぞれの発表について短いコメントをした後、最後の発表者に質問を投げかけて、それを受け答える形でパネル(1)を終了させた。(つづく)

当日の写真は下記よりご覧ください。
黄撮影 石井撮影

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<張 桂娥(チョウ・ケイガ)☆ Chang Kuei-E>
台湾花蓮出身、台北在住。2008年に東京学芸大学連合学校教育学研究科より博士号(教育学)取得。専門分野は児童文学、日本近現代文学、翻訳論。現在、東呉大学日本語学科助理教授。授業と研究の傍ら日本児童文学作品の翻訳出版にも取り組んでいる。SGRA会員。
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2011年7月13日配信