SGRAイベントの報告

第26回SGRAフォーラム報告 「東アジアにおける日本思想史―私たちの出会いと将来―」報告

2007年2月17日(土)午後2時半より、東京国際フォーラムG棟610号室にて、SGRA「グロバール化と地球市民」研究チームが担当する第26回SGRAフォーラム「東アジアにおける日本思想史―私たちの出会いと将来」が開催された。この日は、ちょうど旧正月の除夜、日本でいう大晦日に当たるので、参加者を集めるのが大変だったが、42名が参加した。「日本思想史」がテーマのSGRAフォーラムは初めて。

 

フォーラムは、SGRA「グロバール化と地球市民」研究チームのメンバーである藍弘岳さん(東京大学大学院)の総合司会で始まった。SGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、日本思想史研究者である黒住真氏(東京大学総合文化研究科教授)が「日本思想史の<空白>を越えて」と題するゲスト・スピーチを行った。

 

黒住真氏は、まず「日本思想史」の定義を、「思想」、特に「倫理」思想史の角度から簡明に説明し、そして自分自身が精神医学・生命学から日本思想史、とくに日本思想史にある思想性・宗教性に関心を持つようになったきっかけを話した。さらに、黒住氏は自分の「日本思想史」との出会いについての紹介から、近代以来の「日本思想史」のあり方、近年の変化・傾向を話した。そこから、近代以来の、欧米中心主義的傾向と屈折した形でその裏がえしとなっている自国・自文化中心主義的傾向を紹介しつつ、そのような思想史の自国=東洋が実際は「空白」であることを説きつつ、それへの「問い」を発した。さらに、思想史研究の現場で活躍している中堅研究者の一員
として黒住氏は、1970年代ごろから20世紀末までの大きな思想史的背景・状況・問題の変化について分かり易く紹介した。これらの変化自体はいわば日本思想史研究としての現代日本思想(史)の言説そのものでもあろう。黒住氏は「空白」を克服するための多元性・複数性回復として思想史研究分野の70年代以来の変化を高度に評価しつつ、解体されすぎることによって生じた新たな「空白」にも注意深く注目した。さらに、黒住氏は、日本思想史における「空白」として「近代」において重要視されなかった日本独特の重要概念として「人間」「世間」「空気」などの概念を取り上げ、複数思想・宗教の習合としての日本思想の特徴を紹介した。同時に、黒住氏は、明治以後の倫理・道徳の国民国家化を倫理道徳の限界化=「空白」化として捉えた。最後に現在にだけでなく将来にもつながる日本思想史の可能性として、日本倫理思想史・宗教思想史と女性問題や環境問題、平和問題などとの対話の可能性を提示した。即ちそれは「空白」を乗り越えるための日本思想史の可能性でもある。

 

続いて、3名の方による研究報告が行われた。

 

最初に中国の東北師範大学歴史文化学院院長の韓東育氏が「東アジアにおける絡み合う思想史とその発見」という題の研究発表をした。韓氏は東京大学で学位を取得後帰国し、日本思想史・中国思想史を跨りながら研究してきた。今回は旧正月の休みを利用してわざわざフォーラムに参加するために来日したのである。韓氏は、自分と日本思想史の「出会い」を語るより、近代以来の「中国」と「日本思想史」との出会いについて語った。彼の紹介によれば、東アジアの思想史は本来相互に絡み合っているものであるが、近代まで中国側からはそれは無視されてきた。近年になって初めて、遅ればせながら、「発見」されたのである。そのような遅い「発見」はかつて「華夷秩
序」「朝貢システム」等によって形成された中国側の盲点によるものだと韓氏は指摘した。近代以降、東アジアの問題を解決する鍵は、表面的には、西ヨーロッパの「万国公法」「国民国家」等の原則にあったかのようであるが、しかし実際は、「盲点」=「縦=歴史」の問題を十分に解決しているとは言えない。開放的な視点でこのような「縦=歴史」の問題に直面し、「横=現実」の問題を適切に解決するようにと韓氏は東アジアの思想史の視点から説いた。そしてこのことは単なる地政の問題だけでなく、さらに、東アジアにおける絡み合う思想史の課題でもあると強調した。

 

次に中部大学人文学部助教授の趙寛子氏は、「『もののあわれ』を通じてみた『朝鮮』」という題の発表をした。趙氏は、中国への旅行をやめてわざわざ名古屋からフォーラムに参加してくれた。彼女は、最初は韓国現代文学を専攻したが、日本へ留学に来た初期に、本居宣長の思想を勉強した。現在、日韓のナショナリズムの研究などで活躍しているが、彼女が日本思想史を研究したきっかけは宣長とナショナリズム問題との関連に対する注目であった。宣長は、儒学を批判し、漢意によって汚れる以前の、古道における和(みやび、もののあわれ)を日本的なものとして提示していた。このような思想は、18世紀後半の町人・宣長が、日常の美的趣味として毎日、和歌を楽しんでいるなかで生まれた。ところが、似たような事情は前近代の朝鮮の文
化、芸術、文学にも見られる。宣長のように漢文を中心とする規範的な文化に抗し、「実情」(もののあわれ)を表現するような歌人の存在を、趙氏は朝鮮の文化・文学にも見出そうとした。美術や文学などの実例を挙げながら、同時代の朝鮮の平民文学・美術の多様性を紹介した。趙氏の発表は「儒教国としての朝鮮」という平面的な像を相対化しようとした試みである。

 

最後にSGRA研究員である林少陽氏が「越境の意味:私と日本思想史との出会いを手がかりに」という題目の発表をした。林氏は日本近代文学を専攻したが、かたわら中国の近代文学も研究してきた。彼自身の留学後における日本思想史との出会いを紹介し、そのような出会いによって、自分の研究分野にもたらした新しい可能性について紹介した。林氏の発表は主に批判的に近代的な人文社会科学の学的制度を捉え、そのような制度が西洋中心的と自国中心主義的なものを一体化する形でいろいろな知的可能性を閉鎖した、と紹介した。「近代」、近代的な「文学」「哲学」の概念を疑問視した発表でもある。

 

4人の講演と報告が終わった後、「グロバール化と地球市民」研究チームのメンバーである孫軍悦さん(東京大学大学院)が進行役を務め、パネルディスカッションが行われた。フロアからの質問に基づき活発な質疑応答が行われ、予定時間を20分ほどオーバーして、フォーラムは終了した。懇親会でも議論・交流が盛んであったことは印象的だった。

 

今回は、SGRA「グロバール化と地球市民」研究チームのチーフである高煕卓氏が急用で来られなかったが、高氏ははるばる韓国から色々な形で応援してくれた。若干準備時間が不足していたかもしれないし、タイミング的にも旧お正月のような時期と重なってしまった。今後これを避けるべきであろうが、ゲスト・スピーチの黒住真先生をはじめとする発表者の努力とSGRA研究会の今西代表や運営委員長の嶋津氏の強いサポートでフォーラムは無事に成功した。

 

「日本思想史」という、一見やや堅苦しいテーマであるが、黒住氏のゲスト・スビーチが残した「空白」を今後のフォーラムがいかに埋めてゆくべきなのか、大きな重みと可能性を感じている。いろいろなテーマそのものをSGRA「グロバール化と地球市民」研究チームに残してくれたような気がする。

 

(文責:SGRA「グロバール化と地球市民」研究チーム・サブチーフ 林少陽)

 

当日SGRA運営委員の足立憲彦さんと全振煥さんが写した写真は、ギャラリーをご覧ください。