SGRAイベントの報告
マックス・マキト「第75回SGRAフォーラム/第45回持続可能な共有型セミナー報告―マニラ・レポート@新宿2025年春」
2025年4月12日に開催された「第75回SGRAフォーラム/第45回持続可能な共有型成長セミナー」の会場である桜美林大学新宿キャンパスはホテルから歩いて行ける距離だったが、道に迷って事前の打ち合わせに遅刻。動揺して既に集まっていた登壇者の先生方に謝罪もせずに自己紹介を始めてしまった。この場を借りてお詫びしたい。また、大学名にふさわしく八重桜が満開の素晴らしい会場を提供してくださったSGRA仲間の李恩民教授(桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群長)にお礼を申し上げる。
セミナーの詳細は後日のSGRAレポートをご覧いただき、ここでは私の感想を申し上げて報告とさせていただく。
私は基調講演を任されるとは思ってもいなかった。今西淳子SGRA代表に強く求められたので応ぜずにいられなかったのだ。大学教授の皆さんの前に基調講演をさせていただき大変恐縮だったが、私の定年退職のお祝いとしてお許しいただきたい。渥美国際交流財団のサポートを受けながら、私なりに頑張ってきた研究の成果を皆で話し合う良い機会だった。それは「持続可能な共有型成長」に他ならない。効率、公平、環境性(エコ)を追求しながら発展をめざすメカニズムで、3つの日本語の頭文字をとって「KKK」と呼ぶ。
「KKK」の中には様々なテーマがあるが、SGRAの仲間と一緒に議論できないかと聞かれたときに「国境を超える地方自治体・地域コミュニティ連携構想(Local-to-Local Across_Border_Scheme、LLABS/エルラブス)」が頭に浮んだ。「KKK」の基本原理は国内の地方分権化だが、LLABSではさらに国際的な地域統合と補完的に組み合わさっている。
基調講演の後、4名の先生からコメントをいただいた。桜美林大学の佐藤考一教授は「コミュニティ連携:成長のトライアングルと移民(中華街・カレー移民)に見る教訓」と題して、マクロとミクロの両方の観点からの分析、東南アジア諸国における経済拠点の設立と日本の協力、そして日本における東南アジアからの移民者コミュニティの形成について報告された。最後に「東アジアの発展を目指して頑張ってください」というエールを頂戴した。
東北亞未来構想研究所(INAF)の李鋼哲所長は「中国および東北アジア地域における越境開発協力と地方自治体国際協力の枠組み」と題し、北東アジアでは様々な越境的地域開発のプロジェクトが立ち上がり、自治体がリードする局地経済圏(サブリージョン・エコノミックゾーン)形成の動きが出現し、この地域の経済成長の大きな原動力となったと指摘。そして、「北と南の東アジアの繋がりを一緒に頑張りましょう」というお誘いを頂いた。
李先生の「お誘い」に同意してくださったソウル大学日本研究所の南基正所長は「韓国地方政府の国際レジーム形成の取り組み:日中韓地方政府交流会議を事例として」という話の中で、日中韓地方政府交流会議が始まったのはASEAN+3が発足した2年後の1999年で、韓国がASEANとの連携を大きく意識し始めた。金大中政権ではASEANへの接近が見られ、韓国の地方政府が地方外交を開始し、ASEAN方式に注目したのがこの頃であったと指摘した。
北東アジアから最後の討論者で、フィリピン人の血も流れている東京大学東洋文化研究所特任研究員の林泉忠先生は「政治的制約を超える台湾と東南アジアの『非政府間』の強い結びつき」において、台湾とASEAN10カ国とは正式の外交関係を有しておらず、またASEAN+3にも入っていないが、両者の関係は実に微妙ながら密接な状況にあると指摘。2016年には蔡英文・民進党政権が中国への経済依存を減らし「新南向政策」を打ち出した。台湾と東南アジアの結びつきはさらに深まり、人的・経済的な国境を超えたつながりが強化されていると報告した。
第3部「市民の意見」ではフィリピン、インドネシア、タイからの視点を発表した。
まず、共催のフィリピン大学オープンユニバーシティ(UPOU)のジョアン・セラノ学長が「LLABSの運用」というテーマで、2つのプロジェクトを紹介した。LAKBAY(Learning_Actively through_Knowledge-Based Appreciation for_Youth)はエデュコネクト台湾との共同プロジェクトで、UPOUに派遣された台湾の青少年が様々な開発分野で持続可能な取り組みに積極的に貢献することを目指している。2つ目は、ラグナ州ロスバニョスのコミュニティと日本の藤野町(神奈川県、現在は政令指定都市への移行により相模原市緑区の一部)を結ぶ「LLABSマアハス-藤野(Maahas-Fujino)イニシアチブ」で、UPOUのサステイナビリティ・イン・アクション・リビング・ラボラトリー・キャンパス(SiALLC)と藤野のトランジション・タウン運動という相互補的な構想に基づく、コミュニティの回復力と持続可能性に根ざした生態学的・社会的イノベーションの共同開発だ。両地域は相互訪問、パーマカルチャー講義、森林浴を参考にしたハイキング方法の研究、マッピング演習などの実践的な活動を行い、地域通貨や再生可能エネルギー、持続可能性、適応力(レジリエンス)に関する知識の共有を図る。共通の学びの体験は異文化間の連帯を強化するだけでなく、マアハスと藤野の両地域において持続可能な成功事例を適用し、現地化するための触発剤ともなっている。
国士舘大学21世紀学部専任講師のジャクファル・イドルス先生は「LLABSとインドネシアの視点」としてインドネシア市民の意見を共有。LLABS構想は大きなポテンシャルを持っていると共感し、地方レベルの国際協力における姉妹都市構想や環境分野中心のパートナーシップであるスラバヤー北九州の事例を紹介したが、ASEANにおける「成長のトライアングル」構想はインフラ、治安、資金源などの条件が整わないと成功しにくい点を指摘した。
早稲田大学アジア太平洋研究科のモトキ・ラクスミワタナさんは地方分権化は世界銀行レポートの評価よりも国家の力が強くて思ったほど進んでいないと指摘したが、タイ・ラオス国境でパンデミックへの共通対応が自発的にできた事例を紹介した。
長年にわたる研究協力者である平川均先生(名古屋大学名誉教授/渥美財団理事)は「総括に代えて」として、今回のセミナーの意義4点を取り上げた。広義の東アジア(東南アジアと東北アジア)におけるLLABSの経験の提供と意見交換ができたこと、学問的裏付けを持って知識が提供されたこと、新しい世代が積極的に参加して議論できたこと、そしてSGRAレポートにより、これからより広く深い議論の可能性が開かれること。このように素晴らしい評価をしていただき感謝したい。
セミナーについて誤解を招かないように、LLABSの幾つかの特徴を改めて強調したい。まずLLABSは「水平関係」に重心を置いていること。これには2つの意味合いがある。国内レベルではコミュニティが全てを決定して行動すること。つまり自治体や行政から何も言われずに行動すること。国際レベルでは経済的な豊かさとは関係なく、国同士は平等で、相互に対応すること。従来はより豊かな国がノブレス・オブリージュ(noblesse_oblige)の集団として相手国を支援したが、これでは相手国に自助努力ではなく、ドルアウト(doleout)、つまり「分け与えてもらう」精神が育ってしまう恐れがある。
改めて強調したいのは、LLABSについて北東アジアと東南アジアを同時に考える機会にしたかったことだ。SGRAでは北東アジア(日中韓)と東南アジア10カ国の議論が別々に行われることが多いが、今回はできるだけ伝統的な考え方に捕われず「北と南の東アジア」の視点で対話を進めたかった。
「KKK」の基本的な考え方は、1993年に世界銀行が出版した『東アジアの奇跡』という報告書に取り上げられた「shared_growth」(「共有型成長」と訳す)で、国民の所得が上がりながら、所得分配も良くなる珍しい経済発展のことだ。戦後にこのような経済発展を遂げたのは日本、韓国、台湾、香港、タイ、インドネシア、マレーシアで、残念ながらフィリピンは入っていなかった。『東アジアの奇跡』ではASEAN+3のような地域統合化と国内における中央分権化という2つの大きな流れは検討されていなかったが、近年は大きな関心が寄せられている。2013年に相次いで出版されたピケティの『21世紀の資本』とスティグリッツの『Price_of_Inequality(不平等の代償)』などが唱える「格差」だ。
懇親会では日本に住んでいる友人たちが「日本は格差社会になった」と言うのでびっくりした。『東アジアの奇跡』では、日本は一番のモデル国であり、経済のありかたに対する西洋、特に米国からのバッシングに堂々と対抗していた。むなしくも負けてしまったのか?「今でも格差は米国ほどではない」ことを私は強調した。
今回のイベントに駆けつけてくださったSGRAの仲間たちと、今まで「KKK」セミナーを支えてきた今西代表と渥美財団、そしてジョアン・セラノ学長とフィリピン大学オープンユニバーシティ(UPOU)の仲間たちに心から感謝を申し上げる。
<フェルディナンド・マキト Ferdinand C. MAQUITO>
SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学オープンユニバーシティ非常勤講師。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。
2025年5月8日配信