SGRAイベントの報告
楊冠穹「第79回SGRAフォーラム『東アジア文化記憶の再読――響きあう言葉と感性』報告」
2026年6月27日(土)、第79回SGRAフォーラム「東アジア文化記憶の再読――響きあう言葉と感性」を、東京科学大学大岡山キャンパスを会場とし、オンラインを併用して開催した。当日は台風7号・8号と梅雨前線の影響で、関東では大雨となった。週末には、学術イベントの中止や開催方法の変更が相次いだが、本フォーラムはハイブリッド形式を生かして予定どおり開催した。参加登録者は181名(会場26名、オンライン155名)で、荒天にもかかわらず会場には約20名が集まり、オンラインの同時接続は最多時120名に達した。
本フォーラムは、私と賈海涛さん、丁乙さんの3名のラクーン(元渥美奨学生)に、中山大学の黄詩琦さんを加えた4名で企画した。社会の不安定化や価値観の揺らぎが進むなか、人文学はいかなる視点と言葉によって過去と現在を結び直すことができるのか。文学、思想、音楽、映像を手がかりに、東アジアの文化記憶が国境や時代、媒体を越えてどのように受け継がれ、読み替えられてきたのかを考えることが、企画の出発点だった。日中関係を取り巻く状況が必ずしも平穏とはいえないなか、東アジアの文化を通して対話の回路を保つことも、本フォーラムの意義の一つだ。
宋晗さんの司会、室田真男先生の開会の辞に続き、私の恩師でもある藤井省三先生が「新美南吉と魯迅そして中国」と題して基調講演を行った。藤井先生は日記やノート、未発表原稿などを丹念に読み解き、新美南吉が『阿Q正伝』をどのように受け止め、戦時下の中国民衆にいかなる共感を寄せていたのかを明らかにした。郷土と童心の作家という従来の南吉像を越え、魯迅―南吉―村上春樹へとつながる可能性を提示した講演は、文学を一国の枠内ではなく、時代を越えて響きあう関係のなかで捉え直すものだ。
第1部「越境と接触」では、丁乙さんが宗白華と方東美の自然観を比較し、西洋思想を受容しながら中国の伝統的資源を組み替えていく、近代中国美学の二つの道筋を示した。黄詩琦さんは1926年のピリニャークの極東旅行をたどり、国際左翼連帯が制度や理念だけではなく、旅の途中で形成される人的なつながり、さらにはその内部のずれや危機を含んでいたことを論じた。
第2部「言語と感情」では、賈海涛さんが林参天『濃煙』において方言が「解説/再現」される過程を分析し、多言語的な南洋社会における語り手の位置と文化的帰属を問い直した。呉天舟さんは巴金の訪日経験とエッセイ集『傾吐不尽的感情』を取り上げ、文化外交、自己弁護、アナキズムの記憶という三つの巴金像を示し、「友好」という言葉の内部に潜む文化政治を明らかにした。
第3部「文化と表象」では、まず私が改革開放後の華語流行音楽における李香蘭の再生を、1980年代の「歌の復活」と1990年代以降の「名の復活」という二つの段階から考察した。八木はるなさんは「生存のためにもがく『野蛮人』たち――曹瑞原監督テレビドラマ『斯卡羅』における台湾人表象」と題し、「文明/野蛮」という固定的な区分を越えて、生き延びようとする多様な人々の姿から台湾の歴史記憶を読み直した。
各発表の対象は、民国期の美学思想から現代の音楽やテレビドラマまで多岐にわたった。しかし、いずれも一方向的な「影響」や「受容」にとどまらず、文化が移動する過程で何が選び取られ、翻訳され、再び記憶されるのかを問うものだ。異なる専門領域が響きあうことで、東アジアを固定された地理ではなく、絶えず生成する文化的な場として考える視点が浮かび上がる。
6つの発表を盛り込んだため、総合討論の時間が短くなってしまったことは、企画者として少し心残りである。それでも、討論者の先生方は限られた時間を生かす工夫をしてくださった。陳言先生は藤井先生の講演に焦点を当て、文学を「読むこと」自体がいかに歴史の一部となるのかを問いかけた。龔艶先生は各発表を、文化記憶が言語、国境、媒体を越えるなかで再構成される過程として横断的に捉え直した。吉川龍生先生は要点を絞ってコメントし、藤井先生には、長堀祐造の論考の副題とも響きあう「もし魯迅が生きていたら」という問いを半ば冗談めかして投げかけた。宋さんも議論を簡潔につなぎ、短いながらも密度の高い意見交換となった。
今西淳子常務理事の閉会の辞をもって、3時間のフォーラムを終えた。私にとって、本フォーラムは初めて企画を担った学術イベントでもあった。理工系を中心とする大岡山キャンパスで、東アジアの人文学をめぐる対話の場を開くことも一つの挑戦だった。司会の宋さんは私と同じ2017年度の渥美奨学生であり、同期でもある。ラクーン同士のつながりが、年月を経て新たな学術交流の場として実を結んだ。
荒天のなか参加してくださった皆様、登壇者、通訳者、運営に携わってくださった方々に、改めて感謝申し上げたい。また、本フォーラムの企画から開催まで支えてくださった渥美国際交流財団にも、心より御礼申し上げたい。
<楊 冠穹 (よう かんきゅう) YANG Guanqiong>
1984年生まれ。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学、博士(文学、東京大学)。専門は近現代中国語圏の文学・カルチャースタディーズ。あ共著に『越境する中国文学:新たな冒険を求めて』(東方書店、2018)、論文に「中國「八〇後」作家の描く同時代靑年像:韓寒『1988〜この世界と話したい』における元記者と低層娼婦娜娜」(『東方学』130、2015)などがある。
2026年8月6日配信




