SGRAイベントの報告
張桂娥「第12回日台アジア未来フォーラム/2025年東呉大学東アジア地域発展研究センターUSR国際シンポジウム~大学と地域社会の未来をめぐる日・台・欧の対話~報告」
2025年10月17日、台湾・台北市の東呉大学外雙溪キャンパスにて、同大学東アジア地域発展研究センターとの共催で「第12回日台アジア未来フォーラム/2025年東呉大学東アジア地域発展研究センターUSR国際シンポジウム」が開催された。
「大学と地域社会の未来」をテーマに、グローバルな潮流のなかで再定義される大学の社会的責任(University Social Responsibility, USR)を、台湾、日本、そして欧州の知見から、教育・研究・地域連携の多角的な視点で再考することを目的とした。オンライン併用で実施され、各地から多様な研究者・教育関係者が登壇。北海道ニセコ町教育委員会や地域コミュニティ訪問団をはじめ、東呉大学教職員・学生ら延べ100名を超える聴衆が参加し、活発な質疑応答が交わされた。
開会式では、東呉大学の王世和副学長が歓迎の辞を述べ、大学が地域社会に積極的に関わる意義を強調した。続いて、SGRA代表の今西淳子氏が2011年以来のフォーラムの歩みを振り返りながら、台湾側との長年の協働と友情に深く謝意を表した。最後に東呉大学外国語学部長であり東アジア地域発展研究センター長を務める羅濟立教授が、学術と地域実践をつなぐ新たな連携モデルへの期待を語った。
基調講演
午前のセッションでは、麗澤大学大学院の山川和彦教授が「地域社会の持続と観光学2.0 ― 共創するまちづくりに向けて」と題して基調講演を行った。座長は徐興慶講座教授(東呉大学)が務めた。
山川教授は、観光を単なる経済振興の手段としてではなく、文化・環境・教育を結ぶ「共創的学習の場」として再構築する「観光学2.0」の視点を提示した。現代社会が抱える環境問題や地域格差、文化継承といった複合的課題に対して、大学は知識の提供者にとどまらず、地域と共に学び、共に課題解決を探る「共創的学習のプラットフォーム」としての役割を果たすべきであると力説した。特に、地域住民・行政・大学が対等な立場で地域価値を創り出す「学びの循環モデル」の意義を、千葉県や北海道などでの実践事例を交えて紹介。地域資源の再発見と住民主体の物語づくりを支援する大学の新たな関与の形を提案した。
徐教授は「山川教授の議論は、観光を『学問』としてだけでなく、『地域の人々と共に未来を構想する実践の知』として捉える重要性を示した」と総括。台湾各地で展開されている大学のUSR活動との親和性を指摘し、「日本と台湾がそれぞれの地域で積み重ねてきた実践を往還させることが、アジアにおける共創型地域学の新たな可能性を開く」とコメントした。
招待講演
午後は二つの招待講演が行われ、大学の地域貢献および国際的な社会連携の実践について多面的な報告を行った。
- 国立台湾海洋大学・楊名豪助理教授
楊助理教授は「国境を越える関係人口の創出―日台大学協働の試み」と題し、日台の大学が連携して地域社会と関わる実践例を紹介。特に北海道ニセコ町と台湾北部地域を結ぶ地域創生プロジェクトを中心に、学生が現地調査・交流・共同企画に主体的に参加する「体験型USR教育」の具体的な成果が報告された。
大学の教育機能と地域貢献を融合させたカリキュラム設計が、学生の主体性をいかに引き出し、地域に新たな視点を提供したかを詳細に解説。自治体・企業・市民団体との円滑な協働プロセスも具体的に示された。楊助理教授は、大学が越境的な「関係人口」形成の媒介として、文化や経済の交流促進において重要な役割を担うことを強調し、継続的な国際協働の意義を提示した。
- オックスフォード大学・オリガ・ホメンコ博士( Olga Khomenko)
続いて行われたオンライン講演では、オリガ・ホメンコ博士(オックスフォード大学グローバル地域研究学科)が「Universities as Civic Actors: Lessons from Ukraine and Europe for Taiwan」と題した発表で、ウクライナおよび欧州各国における大学の「シビック・エンゲージメント(市民的参画)」の事例を比較分析し、大学が社会の信頼と民主的価値を支える「市民的主体」として機能している現状を示した。
特に戦争下のウクライナでは、大学が人道支援や避難者支援の拠点となり、知識の場であると同時に「生存と連帯の拠点」として地域を支えているという特異な事例を紹介。また、英国やベルギー、フランス、ドイツ、スウェーデンなど各国の大学が、市民参加型の教育、地域開発、SDGs推進といった多様なモデルで社会的役割を拡大している事例分析を踏まえ、「大学はもはや中立的存在ではなく、社会に根ざした公共的機関である」と結論づけた。その上で、台湾の大学がこれらの欧州における「市民的主体」としての国際的経験を活かし、長期的かつ体系的な市民連携モデルを構築する可能性に言及した。
パネルディスカッションと実践的交流
パネルディスカッションでは、東呉大学王世和副学長を座長に、同大学汪曼穎教授(心理学科)、張綺容副教授(英文学科)、李泓瑋助理教授(日本語文学科)、施富盛助理教授(社会学科)が登壇。「USRの現況と展望―マクロからミクロへ」をテーマに、東呉大学が士林・北投地域で展開している多様な地域連携活動を題材に議論が進められた。登壇者からは、心理学的支援、社会調査、言語文化交流など、各専門分野における分野横断的な実践が具体的に報告された。学生の主体的参加を促す教育方法や、地域パートナーシップの持続性を確保するための財源・組織運営モデルなどが詳細に検討され、大学と地域社会のより強固な連携に向けて活発な意見交換が行われた。
フォーラムには、北海道ニセコ町教育委員会および地域代表団のメンバーも会場で参加し、教育現場や地域活性化に関する具体的な意見交換や助言がなされた。質疑応答では、参加者から大学と地域社会の協働の在り方や行政との連携枠組み、次世代育成への波及効果など、多角的な質問が寄せられ、終始熱気に包まれた議論が展開された。
総括と展望
閉会式には中央研究院の藍弘岳研究員(渥美国際交流財団台湾同窓会会長)および本フォーラムの企画・運営を担った張桂娥副教授(東呉大学日本語文学科・東アジア地域発展研究センター諮問委員)が登壇。渥美財団台湾奨学生のこれまでの社会貢献の歩みを紹介するとともに、それぞれの所属機構が地域社会の信頼と連携の要として果たしてきた努力と成果を温かく振り返った。
また、学術研究と社会実践を結びつけることの現代的意義を改めて共有し、台日双方の参加者・関係者への深い感謝を込めつつ、今後も国際的ネットワークを通じて学び合い、共に成長していくことを呼びかけた。
今回のフォーラムは、台湾、日本、欧州という異なる地域を結びつけながら、大学の社会的責任を「共創」「市民的主体」「越境的連携」という新たな視点から再定義し、地域創生・市民連携・国際協働の新たな地平を開いた点で極めて大きな意義を有する。渥美国際交流財団は今後も、大学・地域・市民社会のあいだに生まれる知の循環と実践の連携を力強く支え、アジアにおける持続可能な学術文化の発展に寄与していくつもりだ。
<張 桂娥(ちょう・けいが)Chang_Kuei-E>
台湾花蓮出身、台北在住。2008年に東京学芸大学連合学校教育学研究科より博士号(教育学)取得。専門分野は児童文学、日本語教育、翻訳論。現在、東呉大学日本語文学科副教授。授業と研究の傍ら、日台児童文学作品の翻訳出版にも取り組んでいる。SGRA会員。



