Asia Cultural Dialogue

イドジーエヴァ「沖縄スタディツアー報告―普天間から辺野古・大浦湾へ―」

第78回SGRAフォーラムの一環として実施されたスタディツアー「普天間から辺野古・大浦湾へ」に参加した。沖縄が抱える歴史的背景と米軍基地問題、そして環境や人権をめぐる課題を実地に学ぶことを目的として企画されたものである。限られた日程ではあったが、現地での視察と講義を通じて、沖縄の人々が直面する現実を多角的に観察し、理解する機会となった。

 

 

15世紀に成立した琉球王国は、中国や日本との間で外交と貿易を展開し、独自の文化を育んできた。しかし1609年の薩摩侵攻以降、二重支配の下で苦難の歴史を歩み、明治期には琉球処分により日本へ併合された。その後、言語や風俗の抑圧、土地の国有化、軍事化が進められたことは、現在の沖縄が抱える負担の原点でもある。

 

第二次世界大戦末期の沖縄戦は、県民約22万人が犠牲となった苛烈な地上戦であり、民間人の犠牲の大きさは他に例を見ない。戦後は米軍による接収が進み、住民の土地は銃剣とブルドーザーで奪われ、冷戦構造の中で沖縄は巨大な軍事拠点と化した。1972年の本土復帰以降も、在日米軍専用施設の約70%が沖縄に集中し、過重な負担が続いている。

 

私たちは宜野湾市に位置する嘉数高台公園を訪れ、そこから米海兵隊普天間飛行場を視察した。市街地の真ん中に位置するこの飛行場は学校や住宅に隣接し、騒音・落下物・環境汚染など、多くの危険を地域社会にもたらしている。最近では有機フッ素化合物(PFAS)などの有害物質による地下水汚染が健康被害への懸念を強めている。加えて、航空機事故や米兵による事件や事故は住民の不安を高めていることを実感した。

 

1995年の米兵による12歳の少女暴行事件を機に、普天間飛行場の返還が日米間で合意された。しかし危険性除去の代替策として浮上したのが、名護市辺野古への移設計画である。

 

続いて訪れた辺野古は現在、新たな滑走路と港湾機能を備えた基地建設が進行している。辺野古や大浦湾の152ヘクタールが埋め立て対象となり、世界的にも稀少な生態系が破壊の危機にさらされているという。特にジュゴンやアオサンゴなど絶滅危惧種262種を含む約5,300種の生物が生息するこの海域は、国際的NGO「ミッション・ブルー」により日本初の「Hope Spot」に認定されている。にもかかわらず、政府は環境影響評価を軽視し、建設を進めている実態を知り、深い憂慮を覚えた。

 

2014年の着工後に建設予定地の海底は軟弱地盤であることが判明し、71,000本の杭打ちによる補強が必要とされる。巨額の費用と長期化が予想され、米国からも実効性への疑念が投げかけられている。完成時期は早くとも2037年以降とされ、現時点では普天間返還の見通しすら曖昧なままである。

 

こうした状況に対し、沖縄の市民は長年にわたり粘り強く抗議活動を続けてきた。辺野古の浜辺やゲート前での座り込み、カヌーによる海上抗議、署名や住民投票、さらには国際自然保護連合(IUCN)との協力など、多様な手段が展開されている。2003年に提訴された「沖縄ジュゴン訴訟」は、米国の国家歴史保存法を適用させた画期的な事例であり、沖縄の声を国際的に可視化する機会となった。

 

近年では国連人種差別撤廃委員会へ働きかけ、同委員会が日本政府に対し、辺野古建設が琉球・沖縄の先住民族の権利を侵害していないか説明を求めるなど、国連を巻き込んだ動きも生まれている。現地で出会った人々の言葉には、生活を守り、未来世代に豊かな自然を残したいという切実な願いが込められていた。

 

今回痛感したのは、沖縄の基地問題が単なる地方の課題ではなく、日本の安全保障政策や環境保護、人権、そして暴力からの開放に直結する問題だという点である。辺野古を「唯一の選択肢」と繰り返してきた日米両政府の姿勢は、市民参加や自治の尊重を欠き、対話の不在を浮き彫りにした。さらに、軟弱地盤問題や環境破壊のリスクを前にしても計画を見直さないかたくなさは、政策決定の硬直性を象徴している。

 

求められるのは、沖縄の人々の声に耳を傾けるとともに、この問題を自分ごととして捉える視点である。環境、人権、平和という普遍的な価値のために、何ができるのかを考え、社会的対話を広げていくことが必要だろう。

 

ツアーで得た経験は、沖縄の歴史と現在を直視する重要な機会となった。普天間と辺野古の現実を前に、私たち一人一人が問われているのは、どのような未来を選び取るのかという根源的な問いである。沖縄が背負わされてきた過重な負担を減じ、豊かな自然と文化を守り抜くために学び続け、行動することの必要性を強く心に刻んだ。

 

当日の写真

 

<イドジーエヴァ・ジアーナ IDZIEVA Diana>

ダゲスタン共和国出身。2024年度渥美財団奨学生。東京外国語大学大学院総合国際学研究科より2021年修士号(文学)、2025年9月博士号(学術)を取得。主に日本の現代文学の研究を行っており、博士論文のテーマは今村夏子の作品における暴力性。現在、東京外国語大学、慶應義塾大学、津田塾大学で非常勤講師。