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  • エッセイ558:張瑋容「日本留学で映画と出会った私」

    (私の日本留学シリーズ#15)   日本に留学する前は、映画好きではなかった。全く見ないわけではないが、年に1回見るかどうかで、見たとしてもハリウッドの人気作だった。特に邦画には、テンポが遅いし、わかりにくいとの印象を持っていた。それは、小学生の頃に従姉と観た岩井俊二の「ラブレター」だったせいかもしれない。まだ小学生の私には、さすがに難しかった。しかし、日本に来てから、日本語練習という目的で、映画を見ようと劇場まで足を運ぶようになった。最初に見たのは、王子駅付近の古い映画館で上映されていた「容疑者Xの献身」だった。当時はまだ日本語力が不足していたので、映画の内容を全く覚えていないが、それ以来映画にハマってしまった。   「どんな映画が好きか」と聞かれても、なかなか答えにくい。好きな監督の作品は必ず観るし、予告を見て気になるものも観る。一方、「どうして映画が好きになったか」と聞かれると、私は迷わず答える。映画を見ると、2時間ほど全く現実と違う空間に没入し、まるで現実から解放されるかのような快感を味わえるからだと。テンポが良く明快で爽快感のある映画はもちろん好きだが、観終わってもずっとモヤモヤしながら内容を反芻してしまう映画のほうが個人的には好みである。特に日本の映画館で観ると、本編が終わっても、ほとんどの観客が席に座ったまま、エンドロールが終わるまで待つので、この空白の時間が好きだ。人生を反芻するのは辛すぎるから、私は映画を反芻する。   ここでは、好きな監督の作品をいくつか紹介したい。まずは、日本人なら誰でも知っているであろう、岩井俊二監督である。写真のような究極の美しさを追求する岩井監督の美学は観客を魅了する。たとえば、「PiCNiC」という映画は精神病患者を描く物語であるが、薄暗い色調で撮られた不気味な精神病棟でさえも芸術品のように映る。最後の場面――浅野忠信とCharaが夕焼けの映える海上で抱き合うシーンは、心臓が止まるほど衝撃的に美しかった。   最新作の「リップヴァンウィンクルの花嫁」では、ウェディングドレス姿の黒木華とCOCCOが楽しく踊り回るシーンも、永遠に踊っていて欲しいぐらい、ずっと観ていたいほど美しかった。そして、あの名作「ラブレター」は3回観た。小学生だった私には理解できなかったあの名シーン――女性の藤井樹が雪で覆われる山に向かって、「元気ですか?私は、元気です!」と叫び倒すシーン――を、大人になって改めて見たら、心が震えるほど感動的だった。私にも、呼んでも振り返らない、戻ってこない人がいる。映画を観ながら、そういった人たちに、「私は元気です!」と、心の中で藤井樹と一緒に叫んでいた。   次に紹介したいのは、岩井俊二より好きな監督、是枝裕和監督である。最初に観た是枝監督の作品は「空気人形」だった。美しい女優と周りの登場人物との対比で、都市の中に潜んでいる巨大な孤独感を上手に表現している是枝監督の世界観に圧倒された。その後、是枝監督のほとんど全作品を観た。誰でも共感できそうな、平凡だけど頑張って乗り超えなければならない人生のあり方、そしてちょっとぎこちないけどどこからか絆が生じてしまう人間関係をめぐる監督の温かみのある繊細な描き方に魅了される。特に、俳優を一人ひとりアップせずに、全体を映しながら、登場人物たちのさりげない動きと会話を撮ることで、日常生活にありそうな場面を撮るという是枝監督の特徴は共感を呼ぶ。   最も好きなのは「奇跡」という映画である。この映画も3回観たが、若い兄弟の絆と子どもたちの純粋な表情に心が打たれる。大人になって、いつから奇跡を信じないようになったのだろうか。奇跡が起きる瞬間を求めて、山の奥を訪ねた子どもたちの純粋で純情な顔は、いつしか冷えてしまった心を温めてくれる。そして、映画に少しだけ登場し、主人公には「ぼんやりした味」と不評な九州名物「かるかん」。この前、九州に旅行した時に、土産物屋でかるかんを買って食べてみた。確かに「ぼんやりした味」だなぁと咀嚼しながら、そう考えていた。奇跡の起こらない人生の味もきっとそう――ぼんやりしているけれど、噛めば噛むほど、ほんのりとした甘さを感じると。   最後は是枝と真逆のタイプの、スペインのペドロ・アルモドバル監督である。是枝が平凡の日常の繊細な味を引き出すのであれば、アルモドバルは鮮明な色彩を操りながら、様々な形の「愛」を劇的に表現するところが特徴的である。愛と欲望、愛と嫉妬、愛と復讐、愛と懺悔、アルモドバルは様々な側面から「愛」の本質を追究してきた。愛の故に人生が狂ってしまう。でもそこまで狂わないまでも、皆はきっと人生の瞬間瞬間に「愛」をめぐる様々な課題と向き合ってきただろう。   彼の作品の中で最も好きなのは、男性同士の愛を語る「バッド・エデュケーション」である。少年たちの間に芽生えた純粋な愛が、愛ゆえに過ちを犯した大人に壊され、少年たちは別れさせられ、成長して、それぞれ違う人生を歩んでいく。しかし互いへの愛と未練は未だに心の奥に刻んでいるほど切ない究極の純愛映画である。映画の最初に登場したセリフ「高速4号線でバイク走行者が凍死。死後もバイクは90キロ走り続けた……寒い夜、若者はどこへ?会いたい人がいたんだ」というように、純愛の強烈さと真摯さを思い知らされる。   アルモドバル監督は、主人公の衣装や飾りをクローズアップして丁寧できれいに撮る特徴がある。たとえば、「トーク・トゥ・ハー」の女性闘牛士のタイツと飾り、「私、生きる肌」の女性主人公がちぎった布の質感、または「ジュリエッタ」の最初に、フルスクリーンに映る鮮紅の布など、アルモドバルが愛する弦楽器の音を聞きながら鮮烈な色彩を観ることもまた、鳥肌が立つほど官能的である。   私は時々思う。もし日本に留学に来なかったら、映画を好きにならなかっただろうと。最初は日本語の練習という単純な目的だったが、今は純粋に映画を楽しめるようになった。そんな映画は私にとって、人生を豊かにするものというよりも、むしろ、人生そのものである。共感したり、考えさせられたりすることで、映画を楽しむわけだが、映画とともに人生を反芻する、というところが、私にとって映画の最大の魅力なのである。   <張瑋容 Chang_Wei-Jung> 2016年度渥美奨学生。2018年にお茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程修了見込。専門はジェンダーと文化社会学。日本のポップカルチャーへの積極的な受容を切り口として台湾における親日感情の系譜について研究している。       2018年2月22日配信
  • エッセイ557:リンジー・モリソン「夢見る日本の私」

    (私の日本留学シリーズ#14)   私が昔から大の日本好きであることは、家族や友人の誰もが知っていることです。子どもの頃から日本文化に憧れて、日本と関連するものなら無条件に興味関心が湧きました。だから、私が長年日本に留学していることに対して、周りから「夢を現実にしたんだね」(“You’re_living_the_dream”)と言われることがしばしばありました。   確かに日本に留学することは大きな夢でした。しかし、その夢を現実にしたかどうかは、別問題のように感じます。留学するという目的は果たしたものの、現実の日本と想像の中で思い描いていた夢の日本は、だいぶかけ離れたものでした。恥ずかしいですが、そのズレにあまりにも衝撃を受けてしまい、来日した一日目の夜は一晩中泣いてしまいました。期待が高すぎたゆえの失望感でした。だから、私にとっての留学は、夢と現実のギャップを埋めることになりました。   夢とは、いわば心が描いた理想の世界、もっとも美しく、自分にとって好都合な世界です。夢に近づくために、人はあらゆる努力をし、自分を高めていきます。その意味で、夢は私たちに貴重な原動力と感情的エネルギーを与えてくれます。ところが、夢をそのまま現実に押し付けることは、私の経験では、危険なことでもあります。現実は夢に敵いません。だから、夢は夢として、現実は現実として尊重しなければならないと思います。ところが、時には夢にも思わないことが現実になることがあります。また、夢は嫌な部分が取り除かれた美化された世界ですが、現実が持っている嫌な部分こそ、人を成長させるものなのです。   さらに言いますと、夢という言葉には甘美な響きがありますが、夢を持つことは大きな犠牲を余儀なくされることが多いです。私は日本に行って、日本を知り尽くして、日本社会に同化しようという夢を持ちました。その実現のために、若い盛り、精神的および経済的安定性、両親と地元の友達と過ごせただろう10年間を博士課程に捧げました。10年も外国に住んでいると、自国の文化、また自分の家族と摩擦が生じます。遠い外国に行って責任から逃げているのではないかと家族からイヤミも言われます。私だけではなく、長期留学をしている多くの学生は、同じ経験をしていると思います。   私の場合、そうしたイヤミはある意味、的確でした。日本社会に同化したいという夢は、今思えば、自分から逃げたいという願望から来ていたかもしれません。しかし、留学で一番痛感したのは、自分や自分の過去から逃げることができないということでした。「同化」を目ざして、結局得たのは「自覚」です。   そのこともあって、私は「ふるさと」を研究の課題にしました。いくら憧れても、いくら夢を見ても、自分には変えられないところがあります。ドナルド・キーンの自伝の中で、朝食をめぐる逸話が、今でも私の記憶に残っています。周知の通り、キーンは東日本大震災後に帰化して、国内・国外では日本文学研究の第一人者として知られています。その朝食のエピソードでキーンは、コーヒーとクロワッサンなら毎朝飽きずに食べられるが、お味噌汁は毎朝は辛いと述べています。個人の嗜好も関係しているのでしょうが、誰よりも日本文化と文学に精通して、誰よりも日本を愛するあのキーンでさえ変えられないところがあったんだ、と驚きました。当たり前だと思う人は多いかもしれません。でも私には、その些細なエピソードに人間の限界を垣間見たような気がして、深く印象に残ったとともに、ちょっぴり悲しくなりました。   私は自分の夢のために、他の選択肢を捨てて、すべてをこの道に注ぎ込みました。これでよかったのかと、ときどき思います。もし別の道を選んでいたら、どのような人生を送っていたのだろうかと、未知の可能性に思いを巡らせます。他に選択肢があったように見えるだけで、実際はこの道しかなかったのではないかと考えたりもします。留学を決めた当時の自分には、日本に行くことしか眼中になかったからです。   この夢のおかげで、同じ年齢層の人に比べて、良くも悪くも多くの経験を積み重ねてきました。一方、自国の文化に合わなくなっているが、日本に完全に同化することもできない、文化と文化のはざまに生きなければならない人間になってしまいました。それによって苦しい思いもしましたが、どこにも居場所がないからこそ、自分はどこでも生きていけるようになりました。思えば、それこそがグローバル市民の姿なのかもしれません。   <リンジ―・レイ・モリソン Lindsay_Ray_Morrison> 2016年度渥美奨学生。2017年に国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究科博士後期課程を修了し、現在は武蔵大学人文学部助教。専門は日本文化研究。日本人の「ふるさと」意識の系譜について研究している。     2018年2月9日配信