Asia Cultural Dialogue

金弘渊「第12回SGRAカフェ『「混血」と「日本人」:ハーフ・ダブル・ミックスの社会史』報告」

2019年7月27日、第12回SGRAカフェが開催された。午後の蒸し暑い坂道を登り、たどり着いた鹿島新館には、予想以上に多くの人が集まっていた。今回のテーマは『「混血」と「日本人」:ハーフ・ダブル・ミックスの社会史』であり、発表者は上智大学の下地ローレンス吉孝先生だ。私は大学時代からずっと生物についてばかり勉強してきたので、文系世界は門外漢であり、こんな真面目な社会学セミナーの参加は初めてで正直なところ最初は不安だった。

 

でもその不安はすぐに解けた。皆さん普通に私服でお越しになっていたし(日本で参加した生物学会ではスーツがメジャーな格好だ)、私が着いた頃にはまだ時間に余裕があったため、多くの人たちはコーヒーを飲みながら談笑していて、そんなリラックスな雰囲気がよかった。

 

講演は午後2時からスタートした。はじめに司会の立命館大学言語教育センターのファスベンダー・イザベル先生より、パネリストの紹介と今回のSGRAカフェのテーマについて説明があった。その後、下地先生の発表が始まり、最初はご自分の家族について語られ、続いて「混血」の歴史についての発表があった。日本の戦後から今までの数十年の期間に着目し、日本人と外国人の間で生まれたいわゆる「混血」の人々が、日本社会においてどのように位置付けされてきたかを歴史的、政治的、文化的な角度から分析された。後半は、「混血」の生活史について掘り下げた内容で、その中で下地先生が6年をかけて、日本国内の50人以上の「ハーフ」の方々にインタビューされた調査結果が報告された。

 

私が一番好きだったトピックは、この実際に聞き取りした一人一人の物語だ。私は理工学出身のため、物事を観察する時、他人の気持ちを考えず論理的な視点からしか見ないことがよくある。しかし今回の発表では「ハーフ」の方々から直接聴取されたごく日常的な差別の経験が紹介され、その内容に思いのほか心を動かされた。自分は外国人として日本留学しており、中国人のため外見だけでは「外国人」とは判断されないけれど、自分のボロボロな日本語を日本人に聞かせると、大体初対面の方から「日本語お上手ね」のように褒められるケースが多い。自分の日本語があまり上手じゃないのを知っているから、そうは言われても相手に悪意があるのではないかと思ってしまう。どうしてこのような反応が返ってくるのか、ずっと考えてきたが、それはおそらく相手が私に対して抱く予測(顔からの判断して日本人だろうと思うこと)が外れ、実は外国人だと分かった時のごく一般的な反応だと自分に説得してきた。

 

でも、一時的な留学生の身分とは異なり、数十年にわたる人生の中で、毎日そのような定番の質問と返事が繰り返されるとしたら、日本人としての「ハーフ」の方々には相当なストレスが溜まるだろう。

 

私は比喩が好きではないけれど、「ハーフ」の生活史に関することは生物の免疫になんとなく相似すると感じた。人間は生まれた時点では免疫システムがか弱い。その理由は、免疫システムが、自分自身の認識がまだできていないからだ。子どもから大人になる時期に、免疫システムは自分自身の細胞を認識できるようになり、病気との戦いを経験することで鍛えられ、病原体に対するバリアを作るための境界線も自ら引けるようになる。要は、生物の成長にとって大事なことは、免疫システムの成長の過程における自分自身の「アイデンティティ」の確立なのである。

 

しかし、いったん確立した「アイデンティティ」が何らかの要因(例えば薬やアレルギーなど)でバランスを失ったり、本来の自分とミスマッチを繰り返したりするようになると、免疫システムは自分自身の細胞まで攻撃してしまうようになる。難病として多く認識されている自己免疫疾患はその例だ。似たような感じで、同じ日本人の母集団にいるのに、「ハーフ」の人たちが日本人としての所属意識を失ったり、幼少期から人格の確立に悩んだり、大人になっても「アイデンティティ」を他人から疑われ続けたりすると、いくら精神力があってもとても深く傷付けられることは容易に想像できた。

 

もちろん、ここでは誰かが病気になっているというわけではない。「ハーフ」たちが経験した差別は、アイデンティティを認識するときに生じる「情報不均衡」に加え、ほぼ単一民族から構成される日本の社会の中でさらに拡大されると考える。私は生物をやっているので、様々な可能性を生む「多様性」という言葉が好きだ。熱帯雨林のような著しい多様性が存在する生態システムには、さまざまな珍奇な生物が見られ、その包容力があるからこそ熱帯雨林は成り立っている。だが、人間社会はやはり自然より複雑だ。仮に国家の歴史と地理的な条件から独自の民族的性格が捉えられたとしても、その唯一の標準だけをもってその民族全体を測ることはできない。元々多民族の国、または複数の移民から構成される国では、「ハーフ」たちへの差別はどうなのだろうと考えると、結構興味深くなるテーマだった。

 

下地先生の素晴らしい講演は来場者からの拍手の中、終了した。その後、今回のセミナーにいらっしゃった「ハーフ」の方々も自分の経験談を皆さんにシェアし、貴重なご意見と有意義なコメントが集まった。とても勉強になった2時間だった。

 

SGRAカフェの後は、渥美国際財団が主催した真夏のBBQ。今回も神奈川県・小田原からの新鮮な「海の幸」がメインディッシュになり、ラクーン会の先輩たちによる美味しい料理もいただいた。ご来場の方々も増え、2時間ほど歓談とご馳走を楽しんだ。

 

当日の写真

 

 

<金弘渊(キン・コウエン)Jin_Hongyuan>

渥美国際財団2019年度奨学生。中国杭州生まれ杭州育ち。中国浙江大学応用生物科学卒業、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻博士(生命科学)修了。現在、東京大学先端生命科学専攻特任研究員。専門は進化発生学、進化ゲノム学、遺伝学。特に、「昆虫の擬態現象」を着目し、アゲハチョウの色素合成と紋様形成の分子機構及び進化過程を中心に研究中。

 

 

2019年9月5日配信