SGRAセッション

ボルジギン・ブレンサイン「日本の植民地支配下の東アジアにおけるメモリアル遺産:東アジア日本研究者協議会パネル報告(2)」

2017年10月28日(土)中国の天津において、「第2回東アジア日本研究者会議国際学術大会」が開催され、SGRAから参加した3つのパネルの1つとして「日本植民地支配下の東アジアにおけるメモリアル遺産」と題するパネルを発表した。当パネルは発表者3人、コメンテーター2人で構成され、南開大学日本研究院の方々を中心とする来場者を前に、戦前と戦後の日中関係について幅広い議論が交わされた。

 

本パネルの趣旨は、東アジアのほとんどの地域が日本の植民地支配を受けていた20世紀前半の特殊な歴史的環境において、人と物の交流がどのように一体化し、またそれが戦後にどのような遺産として残され、戦後の枠組みでどのように扱われてきているのかに関するものである。日本の植民地支配は関係する国と地域にとって不幸な歴史であったことはいうまでもないが、日本の支配が敷かれていたこれらの地域において、日本の近代化の経験による各種の社会整備、調査記録や記念物が形として残された。そして戦後の70年間、東アジアを取り巻く複雑な関係性のなかで、これらのメモリアル遺産の存在が直視され、議論される場は多くなかったように思われる。本パネルでは、戦後の視点に立ってこれらのメモリアル遺産の歴史的広がりやそれがもつ現代的な意味について議論した。

 

1つ目の発表は、グロリア・ヤン・ユー(コロンビア大学大学院博士後期課程)さんによる「実像か幻想か:満洲の視覚資料の見方や眼差しの再考」である。グロリアさんは長春を事例に、日本支配期以前の満洲におけるロシアの都市建設の遺産とそれに対する日本の姿勢を取り上げた。グロリアさんの発表は、20世紀前半期の中国東北地域(満洲)における政治的対立の枠組みが「日中」で固定化している状況に対して、満洲のメモリアル遺産におけるロシアの本来の役割を位置づけ、満洲の都市建設は「日中露」3者の舞台であったと提示したところが重要である。

 

2つ目の発表は、鈴木恵可(東京大学大学院博士後期課程)さんの「再展示される歴史と銅像―台湾社会と植民地期の日本人像」である。鈴木さんの発表では、日本統治期の台湾(1895~1945)の公園、広場、博物館といった公共空間に立てられていた多くの日本人高官の銅像とそれらの銅像の戦後の行方を丁寧に追った。これらの銅像は、日本統治期に入って初めて台湾に出現したモノであり、最も早期に人々の眼に触れやすい場所に展示された西洋式彫刻作品であったが、銅像の大きな特徴は、それが近代彫刻という美術のカテゴリーに入りつつも、それを設置する行為・モノ・空間のそれぞれが強い社会的、政治的な意味を帯びている点にある。1940年代以降の金属回収と日本の敗戦によって、こうした銅像は台湾社会から姿を消したが、2000年以降になって、わずかに残されていた植民地期の銅像が再発見され、展示され始めるという現象が起こっているという。鈴木さんの発表では、植民地期の銅像設置の過程とともに、この複雑な歴史遺産を現代の台湾社会がどう取り扱っているのかについて取り上げた。

 

3つ目の発表は、ブレンサイン(滋賀県立大学)の「満鉄と満洲国による農村社会調査について」である。ブレンサインの発表は、第二次世界大戦終戦までの満洲―中国東北三省や内モンゴル地域が日本によるアジア植民地の一部であった歴史的前提に立って、この時期における多民族空間に着目した。つまり、モンゴル系やツングス系のような牧畜、狩猟民族も多く居住するこれらの地域では、日本主導の近代的な手法による社会調査が多く行われ、これら多民族雑居地域における最初の本格的な社会調査の貴重な記録メモリとして残された点を取り上げた。これらの調査を主導したのは満鉄や満洲国政府の関連機関であったが、多民族雑居地域の基層社会の詳細なデータが記録されたのはほかのアジア植民地社会調査と異なる点であり、被調査社会のみならず、調査者にとっても貴重な近代的社会調査の経験であったと指摘している。ブレンサインの報告は、満鉄と満洲国関連機関が行った多民族農村社会の実態調査を系統的に紹介すると同時に、戦後の視点から日本と東アジア関係史上特殊なこの時期に残された記録遺産との向き合い方についても考え方を提示した。

 

1人目のコメンテーターである張思(南開大学歴史学院教授)先生は、日本植民地時代のメモリアル遺産を過去の政治やイデオロギーの束縛から脱出して、21世紀の視点から直視すべきと指摘した。張先生はさらに、これらの遺産をソ連時代のレーニン、スターリン像などと比較しながら、過去の時代のメモリアル遺産をどのように受け入れていくかは世界的な問題でもある。日本の植民地時代と向き合う姿勢については、植民地時代は全員「共犯」だというサイードの言葉を引用しながら、関係者全員による反省が大事であるとコメントした。

 

2人目のコメンテーターであるマグダレナ・コウオジェイ(デューク大学博士後期課程)さんは、本パネルで報告した上記3名の研究内容はそれぞれの分野で今まで見落とされてきたものの重要な部分であるという共通点があり、分野を超えて議論することの重要性を強調した。マグダレナさんは特に、地図や銅像といった視聴覚を直接刺激する歴史的素材をもって論じることの特異な効果を強調し、これらの研究は日本植民地支配期を「統治―被統治」の枠組みで単純化する傾向に対して多様な視点を提供するものであるとコメントした。

 

発表者はコメンテーターの意見に対してそれぞれ簡潔なコメントを述べたあと、会場からの質問にも答え、満洲国の在り方、日中関係など幅広い課題について議論が交わされた。

 

本パネルの司会は南開大学が母校である桜美林大学の李恩民先生がつとめた。本パネルの成果は天津や南開大学に土地勘の強い李恩民先生の司会進行に帰するところが大きいことを記しておきたい。報告者、コメンテーターや司会の先生方に改めて感謝を申し上げたい。

 

<ボルジギン・ブレンサイン Borjigin_Burensain>

渥美国際交流財団2001年度奨学生。1984年に内モンゴル大学を卒業後内モンゴル自治区ラジオ放送局に勤務。1992年に来日し、2001年に早稲田大学で博士学位取得。現在は滋賀県立大学人間文化学部准教授。

 

 

2018年1月25日配信