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2025.11.26
はじめに:戦後80周年という時間軸への「違和」
戦後80周年の2025年は、皮肉にも現在進行中の戦争報道に最も頻繁に接した年となった。この「時間軸」への「違和」がまさに、SGRA主催の第5回アジア文化対話が沖縄で開かれた第一の理由であろう。沖縄大学との共催で、「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」をメインテーマとし、専門家や活動家のパネリストで構成された4つのセッションが設けられた。会場には沖縄市民を含む100人以上、Zoomでは200人余りが参加した。
問いの始まりとしてー基調講演「暴力に抗する『他者』の眼差し」
基調講演は『戦場の記憶』(2006年)で著名な冨山一郎(同志社大学教授)によるものであった。冨山は沖縄で繰り返される性暴力問題に抗して活動する高里鈴代が「何度東京に来て同じ話をすればいいのか」というつぶやきに出会った時を振り返る。3人の米兵による少女レイプ事件(1995年)に対する怒りで8万5千人の県民大会が行われた沖縄からの声を、高里は「東京」に届けようと奮闘していた。冨山が述べる「戦場」が、高里の「何度言えばいいのか」というつぶやきや、語っても、語っても言葉が届かない状況から始まることは大切である。
「何を言っても無駄」という状況にかかわる「暴力」そのものへの富山の洞察は「毎日の陳腐な営み」から「往復運動」として戦場を発見する眼差し、つまり平時/戦場、戦中/戦後、の二分法を超える眼差しであり、自身の身体感覚から始まっている。二分法を超えるためには、他者との関係の中に設定されている「実践」の領域が前提に置かれているのは言うまでもない。
交差する差別とジェンダー
第2セッションでは、沖縄とインドネシアからの活動家や研究者が戦争、紛争下の暴力「後」にどのような差別が温存され、それに抗する言葉を探るために女性たちはどのような「実践」連帯や活動を展開できるのかを議論した。
まず、高里によって沖縄戦や戦後の米軍基地化の現状、復帰後も続く基地拡散の状況が、いかに女性の生き方に影響していたのかが語られた。「近代への道」の中で「琉球人」から「沖縄人」にならなければならず、差別を温存したまま進めた沖縄の歩みが、沖縄戦を経て、さらに「日米政府」による27年間の占領期にどのように構造的な差別へ繋がっていったのか。特に、「日本人」対「琉球人」の潜在する対立を利用しようと、米軍が作成した「民事ハンドブック」や、繰り返し行われていた米兵による性犯罪やそれを可視化できなかった歴史を語った。
復帰以前の沖縄では、ベトナム戦争や冷戦構造の激化を背後に、土地の強制接収や性犯罪、人権蹂躙が繰り返された。同時期、インドネシアでは約50万人から300万人とされる民間人が警察や国家暴力の犠牲となった。1965年以降続いた「赤狩り」を掲げた大量虐殺には、多くの女性と子どもが含まれている。2人目の発表者、作家のIntan Paramaditha(マッコーリー大学)は組織的に標的とされ、強制的に解散された「Gerwani(ゲルワニ)インドネシア女性運動」以降、どのように女性たちが、歴史から抹消・排除された女性たちの存在を記憶し、継承していこうとしているのかを報告した。興味深いのは、インドネシア群島の横断的なフェミニスト集団「女性思想学校」が、男性中心、家父長制中心の言葉概念を転覆して再定義し、「ワリス(相続)」は、家父長制的な財産移転の概念から、植民地主義と資本主義の相続論理に異議を唱える言葉となった。
本セッションでは、人種に基づく「他者化」や、それを利用した植民地主義・帝国主義・軍事主義の暴力構図の連鎖を、沖縄やインドネシアの歴史的文脈によって語り、それに立ち向かう言葉をどのように模索してきたのかを検討した。それは具体的な「活動の現場」の声をも含んだものだった。
戦争とジェンダー
第3セッションを一言でいうならば、「無化された存在」から問う「戦争とジェンダー」といえる。山城紀子(フリージャーナリスト)は「沖縄戦・米軍統治下の福祉と女性」と題して、沖縄戦後日本と分類され米軍占領下の沖縄で行われた福祉政策の影を語った後、Jose Jowel Canuday(アテネオ大学)が「平和の最後の数マイル:ミンダナオ島ザンサモロ地域のジェンダー化された最前線における長期戦争の後に何が起こるのか」という発表を行った。
山城が注目したのは、圧倒的な「恐怖」によって身内を殺してしまった痛みを「語る」ことの苦しみである。「我が子」を助けることが出来なかった「母親」たちの体験を含む沖縄戦の語りが公式の場に浮上したのは、沖縄で死者が神様になると言われる33回忌、つまり1977年以降だった。「法」によって守られない人々も「福祉」の面においては「本土並み」を掲げられるようになり、無国籍児男性のように、何処にも属さずにブラックボックスの中で生きているような人々を生み出す。こうした「戦争」の足跡は、依然として現在進行形であることが示された。
Canudayは、ミンダナオ島で半世紀も続く「戦争」状況における「ジェンダー化」された日常に焦点を当てる。銃後を支える役割を女性に任された村社会は、避難や紛争により自然災害に備えることが出来ず、洪水や干ばつ被害を余儀なくされる。農業中心の生産構図を保つ事が出来ず、子どもの栄養失調の高さに影響を及ぼす。1970年代には、バンサナモ地域は分離主義勢力の拠点および東南アジアで活動するテログループの潜伏地と報告され、アメリカのグローバルな対テロ戦争の警戒地域に設定された。
本セッションのポイントは、「戦争とジェンダー」が2025年現在、私たちのすぐ近くに存在している点である。無国籍児にしてもバンサナモの状況にしても、目に見えない形となっている人々への暴力は現在進行形で、特定の人々の移動する権利を奪い、教育を受け、就職し、住まいを構える当たり前の「日常」を制限している。
多様性からなる提言、一枚岩ではないアクションを探って
最後のセッションは活動と未来に焦点を当てたパネルで、20代の大学生、活動家が中心となって議論する場として設定された。沖縄で繰り返される米軍による性犯罪、その基地暴力の問題を国連の女性の地位委員会に訴えた沖縄キリスト教学院大学の在学生(徳田彩)・卒業生(松田明)が経験から学んだものを中心に報告した。沖縄大学の在学生(中塚静樹)は、沖縄戦体験者とのかかわりの中で学んだもの、沖縄に住む大学生として日々の学びのなかで感じた問題認識を発表した。さらに、同年代のタイの学生活動家Memee Nitchakarnが、軍事クーデターや戒厳令が繰り返し行われ、民主化運動のさなかにあるタイの状況を報告した。
若者たちの発表の後、第1、第2セッションで発表した沖縄の活動家たちから、30年前に国際の現場で沖縄戦から米軍基地に連なる暴力の現状を訴えた経験などのコメントが相次いだ。登壇者の大学生たちからは「戦争の記憶が薄れていく中で、若者たちへ寄せられる『頑張ってね』という言葉は時には励みではなく重荷に感じる」との本音が発せられた。この涙ぐんだ若い大学生のつぶやきが、まさに、「暴力に抗する他者の眼差し」と題した基調講演での冨山の問題提起に戻り、私たちへ省察を促したような気がする。私たちが語っている言葉が、実は暴力にさらされている人々を黙らせ、「言葉が後方に退き暴力がせりあがってくる状況」を容認しているかも知れない。
今回のシンポジウム自体が、時間軸では取り上げられない<戦後>という提起、それをジェンダー視点で議論していくという多少無謀に近い挑戦であったが、沖縄という<場の力>によって一つの言霊ははっきり共有されていったのではないか。登壇者が提起する「暴力」から、身の回りに起きている様々な状況に思いをめぐらし、「暴力」が表れる際の類似性に驚きながら、一定の緊張感を保ちながら聞いて、感じて、考えさせられる場となった。
当日の写真
報告文のフルバージョン
洪玧伸「沖縄から『アジアのジェンダーと暴力』につながる可能性を探るということ」
<洪玧伸 (ほん ゆんしん) HONG Yun-shin>
韓国ソウル生まれ。早稲田大学で博士号(国際関係学)を取得。現在、沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学准教授。著書に、『沖縄戦場の記憶と「慰安所」』(インパクト出版会、改訂版2022年)Comfort Stations as Remembered by Okinawans during World War II (Brill、2020)、共著に『戦後・暴力・ジェンダーⅠ:戦後思想のポリティクス』大越愛子・井桁碧編(青弓社、2005年)『戦後・暴力・ジェンダーⅢ:現代フェミニズムのエシックス』大越愛子・井桁碧編(青弓社、2010年)『現代沖縄の歴史経験』森宣雄・冨山一郎編(青弓社、2010年)編著に『戦場の宮古島と「慰安所」-12のことばが刻む「女たちへ」』(なんよう文庫、2009年)、などがある。沖縄の歴史とジェンダー、日本軍「慰安婦」問題、戦時性暴力などを専門とし、多角的な視点から研究を進めている。
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2025.11.20
2025年9月11日から16日にかけて、沖縄の地で「第78回SGRAフォーラム/第5回アジア文化対話/第611回沖縄大学土曜教養講座」が、「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」のテーマで開催されました。今回のエッセイでは、印象に残った14日からの宮古島スタディツアーの報告をします。
今回のスタディツアーは、SGRAによる「第5回アジア文化対話」の一環として、戦後80周年という歴史的な節目に実施されました。世界各地から集まった研究者や活動家たちが、二度と戦争と暴力を繰り返さない未来を希求しながら、沖縄という地で対話と学びを深めるかけがえのない機会です。舞台となった宮古島は、沖縄本島から南西に約300km離れた位置にある離島で、太平洋戦争末期には地上戦こそ免れたものの、日本軍による飛行場建設や住民の強制疎開が行われ、朝鮮人労務者や「慰安婦」とされた女性たちが多数送り込まれた場所でもあります。戦後は米軍統治を経て、現在では自衛隊の基地が次々に建設されるなど、南西諸島防衛の最前線として軍事的要所となっています。
ツアーを企画した沖縄大学の洪玧伸(ホン・ユンシン)先生は、長年にわたり宮古島をフィールドとして慰安婦の記憶を丹念に辿ってきた研究者です。その洪先生の案内のもと、慰安婦たちが日常的に歌っていた「アリラン」の歌声をたどりながら、草むらの奥に眠る小さな井戸や忘れ去られた碑を一つひとつ訪ね、80年前の歴史と静かに向き合う旅となりました。島内をバスで移動する際にはいくつもの自衛隊施設の前を通り、その急速な軍事化の進行を肌で感じました。その景色からは、島の人々が日常的に戦争や暴力の影と隣り合わせに生き、必要とあらば国家に見捨てられ、いわば「disposable(廃棄されうる存在)」としての不安を抱えている現実が浮かび上がりました。80年前に終わったはずの戦争、あるいは冷戦という過去のはずの出来事が、ここ宮古島ではいまだに現在進行形の問題として存在している、そんな実感を胸に刻む体験となったのです。
参加者はまず宮古島市平良の公民館で開催されたシンポジウムに出席しました。オランダから参加した近代東アジア史の研究者K・W・ラドケ氏と韓国で長年慰安婦問題に取り組んできた梁絃娥(ヤン・ヒョナ)氏が講演し、戦時中宮古島に連行された女性たちの証言調査や、現在の東アジアにおける軍事化とジェンダー問題について報告がありました。地元の聴講者も交え、活発な意見交換が行われ、宮古島でこのような国際対話の機会が持たれた意義を実感しました。
シンポジウムの後、宮古島の「アリランの碑」の前で、地元の定例行事となっている「慰霊と平和を祈念するつどい」に参加しました。この「アリランの碑」は、かつて宮古島に連れてこられた朝鮮人「慰安婦」たちの記憶を刻むものであり、碑文には日本語や韓国語、英語を含む12か国語で平和への祈りが綴られています。当時、故郷を想いながら日々「アリラン」を口ずさんでいた女性たちの歌声は、やがて島民の耳にも親しまれ、宮古島独自の旋律や歌詞をもつ「アリラン」として受け継がれるようになったと伝えられています。慰安所など実際の「歴史的証拠」がない今では、この宮古島のアリランの歌は慰安婦の存在を証明する「文化的証拠」となったのです。世界各地から集まった参加者たちは、碑の前で静かに手を取り合い、「アリラン」を歌い、平和への祈願を言葉にして交わしました。歌声は時を超え、国境を越えて共鳴し、参加者の胸に深く刻まれる時間となりました。このような記憶の共有と祈りの場は、戦争の傷跡を風化させず、アジアの平和と共生を目指す実践のひとつとして、強く心に残るものでした。
その後、バスは島内を巡りながら、現在の宮古島における自衛隊配備の状況についても案内がありました。近年、陸上自衛隊のミサイル部隊が新設され、島の一角にはミサイル庫やレーダー施設が築かれています。緑豊かなサトウキビ畑の中に突如現れる軍事施設のフェンスを目にし、遠い戦争の記憶が現在の軍事化につながっている様子が肌で感じられました。
15日には、島内各地に残る戦争遺跡をさらに訪問しました。朝鮮人軍夫(従軍労務者)たちが過酷な労働の末に掘り抜いたというピンプ嶺の地下壕跡や、「慰安婦」たちが水汲みに使ったという井戸跡、通称「ツガガー」などを見学しました。雑草に覆われた小高い丘にひっそりと口を開ける井戸を覗き込み、戦時中ここで喉の渇きを癒やされた名も知らぬ女性たちの姿に思いを馳せました。宮古島と隣接する伊良部島を結ぶ全長3.5kmの伊良部大橋を渡り、下地島空港の西側に広がる海岸にも立ち寄りました。沖縄県が管理する同空港は元々パイロット訓練用に建設された滑走路ですが、地政学的に、また近年の国際情勢を受けて、一部軍事利用の可能性も取り沙汰されています。2019年に新ターミナルが開業して定期便が就航してからは利用者が急増していますが、地元では環境保護と観光振興の観点から慎重な議論が続いているとのことで、私たちは透き通る青い海を眺めつつ、平和な島の暮らしを守ることの難しさについて考えさせられました。
一連のフォーラムとフィールドワークを通じて、参加者たちはジェンダーと暴力という問題を多面的に捉え直す貴重な体験を得ました。沖縄という土地で直面した過去と現在、戦争の被害、基地による犠牲、環境破壊への懸念など、それらを実際に見聞きしたことで、机上の議論では得られないリアルな実感が伴いました。戦場の暴力は今も続くグローバルな課題であり、ジェンダー視点が欠かせないとの問題意識が、肌感覚をもって腑に落ちたと言えるでしょう。各国から集った参加者同士の対話を通じ、文化や立場の違いを越えて共感し学び合うことで、暴力の連鎖を断ち切るヒントが見えてきました。とりわけ、宮古島の「アリランの碑」で皆が手を取り合い歌ったひとときは、過去の犠牲を無駄にせず未来の平和を築くために連帯することの大切さを象徴していたように思います。
終わりに、私が心に深く残している小さなエピソードを一つご紹介したいと思います。2025年5月、下見のために宮古島を訪れた際、私はアリランの碑のすぐ隣に、美しく鮮やかな赤い花を咲かせる木を見つけました。地元ガイドの清美さんによれば、この木は今から20年前、アリランの碑が建立されたときに地元の人々によって植えられました。ところが、それ以来一度も花を咲かせたことがなかったといいます。その木が、まさに戦後80周年という節目、そしてSGRAの参加者たちがこの地を訪れる直前のタイミングで初めて花を咲かせていたのです。その姿は、宮古島の土に静かに眠る記憶が、大地を通して鮮烈な色彩となり、私たちに語りかけているかのようでした。「忘れてはいけない」という声なき声が、自然の中に確かに息づいているように思えました。風に揺れるその花に向けて、戦後80年を越えても、この記憶と願いが咲き続けるように。
当日の写真
<郭立夫(グオ・リフ)GUO Lifu>
2012年から北京LGBTセンターや北京クィア映画祭などの活動に参加。2024年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻で博士号を取得。現在筑波大学ヒューマンエンパワーメント推進局助教。専門領域はフェミニズム・クィアスタディーズ、地域研究。研究論文に、「中国における包括的性教育の推進と反動:『珍愛生命:小学生性健康教育読本』を事例に」小浜正子、板橋暁子編『東アジアの家族とセクシュアリティ:規範と逸脱』(2022年)、「終わるエイズ、健康な中国:China_AIDS_Walkを事例に中国におけるゲイ・エイズ運動を再考する」『女性学』vol.28, 12-33(2020 年)など。
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2025.10.10
第78回SGRAフォーラムの一環として実施されたスタディツアー「普天間から辺野古・大浦湾へ」に参加した。沖縄が抱える歴史的背景と米軍基地問題、そして環境や人権をめぐる課題を実地に学ぶことを目的として企画されたものである。限られた日程ではあったが、現地での視察と講義を通じて、沖縄の人々が直面する現実を多角的に観察し、理解する機会となった。
15世紀に成立した琉球王国は、中国や日本との間で外交と貿易を展開し、独自の文化を育んできた。しかし1609年の薩摩侵攻以降、二重支配の下で苦難の歴史を歩み、明治期には琉球処分により日本へ併合された。その後、言語や風俗の抑圧、土地の国有化、軍事化が進められたことは、現在の沖縄が抱える負担の原点でもある。
第二次世界大戦末期の沖縄戦は、県民約22万人が犠牲となった苛烈な地上戦であり、民間人の犠牲の大きさは他に例を見ない。戦後は米軍による接収が進み、住民の土地は銃剣とブルドーザーで奪われ、冷戦構造の中で沖縄は巨大な軍事拠点と化した。1972年の本土復帰以降も、在日米軍専用施設の約70%が沖縄に集中し、過重な負担が続いている。
私たちは宜野湾市に位置する嘉数高台公園を訪れ、そこから米海兵隊普天間飛行場を視察した。市街地の真ん中に位置するこの飛行場は学校や住宅に隣接し、騒音・落下物・環境汚染など、多くの危険を地域社会にもたらしている。最近では有機フッ素化合物(PFAS)などの有害物質による地下水汚染が健康被害への懸念を強めている。加えて、航空機事故や米兵による事件や事故は住民の不安を高めていることを実感した。
1995年の米兵による12歳の少女暴行事件を機に、普天間飛行場の返還が日米間で合意された。しかし危険性除去の代替策として浮上したのが、名護市辺野古への移設計画である。
続いて訪れた辺野古は現在、新たな滑走路と港湾機能を備えた基地建設が進行している。辺野古や大浦湾の152ヘクタールが埋め立て対象となり、世界的にも稀少な生態系が破壊の危機にさらされているという。特にジュゴンやアオサンゴなど絶滅危惧種262種を含む約5,300種の生物が生息するこの海域は、国際的NGO「ミッション・ブルー」により日本初の「Hope Spot」に認定されている。にもかかわらず、政府は環境影響評価を軽視し、建設を進めている実態を知り、深い憂慮を覚えた。
2014年の着工後に建設予定地の海底は軟弱地盤であることが判明し、71,000本の杭打ちによる補強が必要とされる。巨額の費用と長期化が予想され、米国からも実効性への疑念が投げかけられている。完成時期は早くとも2037年以降とされ、現時点では普天間返還の見通しすら曖昧なままである。
こうした状況に対し、沖縄の市民は長年にわたり粘り強く抗議活動を続けてきた。辺野古の浜辺やゲート前での座り込み、カヌーによる海上抗議、署名や住民投票、さらには国際自然保護連合(IUCN)との協力など、多様な手段が展開されている。2003年に提訴された「沖縄ジュゴン訴訟」は、米国の国家歴史保存法を適用させた画期的な事例であり、沖縄の声を国際的に可視化する機会となった。
近年では国連人種差別撤廃委員会へ働きかけ、同委員会が日本政府に対し、辺野古建設が琉球・沖縄の先住民族の権利を侵害していないか説明を求めるなど、国連を巻き込んだ動きも生まれている。現地で出会った人々の言葉には、生活を守り、未来世代に豊かな自然を残したいという切実な願いが込められていた。
今回痛感したのは、沖縄の基地問題が単なる地方の課題ではなく、日本の安全保障政策や環境保護、人権、そして暴力からの開放に直結する問題だという点である。辺野古を「唯一の選択肢」と繰り返してきた日米両政府の姿勢は、市民参加や自治の尊重を欠き、対話の不在を浮き彫りにした。さらに、軟弱地盤問題や環境破壊のリスクを前にしても計画を見直さないかたくなさは、政策決定の硬直性を象徴している。
求められるのは、沖縄の人々の声に耳を傾けるとともに、この問題を自分ごととして捉える視点である。環境、人権、平和という普遍的な価値のために、何ができるのかを考え、社会的対話を広げていくことが必要だろう。
ツアーで得た経験は、沖縄の歴史と現在を直視する重要な機会となった。普天間と辺野古の現実を前に、私たち一人一人が問われているのは、どのような未来を選び取るのかという根源的な問いである。沖縄が背負わされてきた過重な負担を減じ、豊かな自然と文化を守り抜くために学び続け、行動することの必要性を強く心に刻んだ。
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<イドジーエヴァ・ジアーナ IDZIEVA Diana>
ダゲスタン共和国出身。2024年度渥美財団奨学生。東京外国語大学大学院総合国際学研究科より2021年修士号(文学)、2025年9月博士号(学術)を取得。主に日本の現代文学の研究を行っており、博士論文のテーマは今村夏子の作品における暴力性。現在、東京外国語大学、慶應義塾大学、津田塾大学で非常勤講師。
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2025.01.16
2020年代も半ばに差し掛かった現在、言論の自由や人権保障といった民主社会を支える最も基本的な倫理的前提が新たな挑戦に直面している。ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエル・パレスチナ紛争といった国際的な紛争、少子高齢化や若年層の貧困問題といった日本国内における課題まで、私たちの社会は不安と恐怖を伴う多くの困難に直面している状況だ。
こうした中、政治的保守勢力は、複雑かつ国境を超えた宗教、政治、経済ネットワークを通じて連携を強め、社会の周縁に位置するマイノリティ――少数民族、移民、労働者、性的マイノリティなど――を、人類社会の進歩や伝統的な宗教文化的価値観、民主的制度、さらには社会の安定そのものを脅かす存在として再構築しつつある。これらの動きは、多様性と自由を否定するだけでなく、「自由」という概念そのものを見直す必要性を私たちに問いかけている。現代社会の基本的、倫理的前提として位置づけられてきた「自由」は、果たして今日の複雑化する社会問題に対抗するうえで十分なものか。また、「自由」をめぐる闘いには新たな可能性が存在するのか。これらの問いに向き合うことは、現代に生きる私たちにとって喫緊の課題だ。
2024年8月10日から11日にかけて、タイのチュラーロンコーン大学にて開催された「自由の限界と可能性」と題する第7回アジア文化対話の円卓会議が、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の主催で開催された。事例に根ざした議論と意見交換が繰り広げられ、主にアジアの文化や社会における自由の意味や実践について検討した。会議では学術的な議論に加えて学者、研究者そして活動家の間の経験共有と交流が重視された。
◇プログラム
【1日目】
司会:Sonja・PF・Dale(アジア文化対話プログラムディレクター)
発表1:Yingcheep・Atchanont(iLawディレクター)
討論:Jose・Jowel・Canuday(アテネオ・デ・マニラ大学准教授)/Carine・Jaquet(独立研究者)/郭立夫(筑波大学助教)
発表2:Miki・Dezaki(独立ドキュメンタリー映画監督)
発表3:Bonnibel・Rambatan(New_Naratif編集長)
討論:Jose・Jowel・Canuday/Mya・Dwi・Rostika(大東文化大学講師)/郭立夫
【2日目】
司会:Sonja・PF・Dale
発表1:Nyi・Nyi・Kyaw
発表2:Thigala・Sulathireh(Justice_for_Sisters)
討論:武内今日子(関西学院大学助教)/Carine・Jaquet
会議は3つのセッションから構成された。
1日目の発表1では「タイの自由」を調査・記録してきたiLawという非政府組織(NGO)リーダーのYingcheep・Atchanont氏が、タイにおける君主の尊厳に対する不敬罪などを定めた「レーザー・マジェステ法」を始めとする自由の制約について紹介、議論が交わされた。そこからタイ社会における少数民族問題や情報アクセスの制約まで展開し、公式文書公開の必要性や、何を持って自由を享受すべきかを検討した。
発表2では「表現の自由」を主題に、独立ドキュメンタリー映画監督のMiki・Dezaki氏が自身の体験に基づいて慰安婦問題をテーマとしたドキュメンタリーを日本で上映した後に遭遇したバッシングという自身の体験に基づき、日本の右翼文化を指摘した。「言論の自由」を掲げながらも、右翼団体や活動家たちが言論に制限をかけようとしている矛盾した様子が実体験として共有された。
発表3では、主にインドネシアで活動するオンライン情報プラットフォームのNew_Naratifの編集長Bonnibel・Rambatan氏が、アジアにおける3つの「自由の技術」に関する分析を提示し、既存の価値観や物質的基盤、アルゴリズムがもたらす影響について発表。これまで冷静かつ客観的とされてきた科学技術も実際は人の自由を制限する武器として利用されることを明らかにし、科学技術の力を自由を守るためのものにするためのアプローチについて提案した。
2日目のセッションでは「存在する自由」に着目し、Nyi・Nyi・Kyaw氏が南東アジアにおける移住の問題を提起した。ミャンマーのクーデターの例など、実践に根ざした詳細な報告と検討が行われた。続いて、Justice_for_SistersのThilaga・Sulathireh氏がクィア・フェミニズムの観点から、マレーシアにおける性的マイノリティのLGBTQコミュニティーが目指す実践について発表した。
通底する議論は「自由」の視点から現代社会の多様性を探るものであり、論者たちの主張や経験はアジア全体に広がる問題を提起していた。参加者は「自由が広がる」とはどのような状況が展開されるのかを議論しながら、文化対話的な観点を提示した。何が自由を促進し、何が自由をそぐのかに関する議論は、参加者自身の問題意識を深めるものとなった。これらの議論から見出された制約の要因や自由の展望については、さらなる分析や討論の次の機会へとつながる要素を含んでいる。特に現代社会の多様性を議論する中で、自由の意味を再定義する視野の必要性も明らかになった。
当日の写真
<郭立夫(グオ・リフ)GUO_Lifu>
2012年から北京LGBTセンターや北京クィア映画祭などの活動に参加。2024年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻で博士号を取得。現在筑波大学ヒューマンエンパワーメント推進局助教。専門領域はフェミニズム・クィアスタディーズ、地域研究。
研究論文に、「中国における包括的性教育の推進と反動:『珍愛生命:小学生性健康教育読本』を事例に」小浜正子、板橋暁子編『東アジアの家族とセクシュアリティ:規範と逸脱』(2022年)、「終わるエイズ、健康な中国:China_AIDS_Walkを事例に中国におけるゲイ・エイズ運動を再考する」『女性学』vol.28, 12-33(2020 年)など。
2025年1月16日配信
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2023.09.08
下記の通り第19回SGRAカフェを会場及びオンラインのハイブリット方式開催いたします。参加をご希望の方は、会場、オンラインの参加方法に関わらず事前に参加登録をお願いします。
テーマ:「国境を超える『遠距離ケア』」
日 時: 2023年10月14日(土)14:00~16:00
方 法: 会場及びZoomミーティング
言 語: 日本語
主 催: (公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会 [SGRA]
申 込: こちらよりお申し込みください
お問い合わせ:SGRA事務局(
[email protected] +81-(0)3-3943-7612)
■ フォーラムの趣旨
社会がグローバル化する中で世界を移動する人々の数も急激に増加している。国連の 2013 年の調査によると世界人口の約 3.2%が移動人口に当たると言われている。日本に目を向けると、外国人移住者数も年々増加しており、滞在の長期化も進んでいる。出入国在留管理庁のデータによると、2022 年6月末の在留外国人数は296 万人で、前年末に比べ 20 万人(7.3%)も増加したことが分かった。
こうした変化の中、在日外国人移住者もまた新たな課題に直面している。在日外国人移住者は日本での生活基盤を自ら構築することはもちろん、母国に残る家族の健康、介護問題も考えざるをえない。こういった外国人ならではのライフワークバランスはキャリアにも影響する。またコロナ禍では、日本における外国人の(再)入国制限のため自由に日本と母国の間に行き来できず、帰国したくてもできなかった事例や、家族のために日本での生活を諦めて帰国を選択した者も見られる。
今回のカフェでは
・日本における国境を超える遠距離介護の実態と背景
・海外における事例と取組み
・課題の改善策
の 3 点について参加者と一緒に考え、ディスカッションを通して継続的に成長するグローバル社会に有意な示唆を得る事を目的とする。
■ プログラム
14:00 開会挨拶
14:05 ケア状況や遠距離ケア問題について紹介
14:55 質疑応答
15:10 ディスカッションの準備(グループ分けと課題の提起)
15:15 グループディスカッション
15:35 ディスカッション内容の報告
15:55 閉会挨拶
※プログラムの詳細は、下記リンクをご参照ください。
プログラム詳細
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2022.12.01
2年に1度開催されるアジア未来会議(AFC)を、いつもとても楽しみにしている。興味深い発表やディスカッションはもちろんだが、それより、世界中の「ラクーン(元渥美奨学生)」との再会や新しい出会いの機会でもある。自分にとってのAFCは、とても賑やかな笑いと笑顔がたっぷりのイベントだ。コロナの影響で1年延長され、ハイブリッド形式で開催されることになったが、私を含めてほとんどの参加者が家からオンラインで参加した。台湾に行けなかったことは残念だが、今回はこのユニークなオンラインAFC体験について書く。
自分が担当したAsian Cultural Dialogues(ACD)の円卓会議の他に、セッションの座長およびクロージングセレモニーの司会として関わった。ACDは角田さん(渥美財団事務局長)の発案により作られたネットワークおよび対談のフォーラムであり、今年は初めて私が担当した。コロナの影響で当初の企画より少し短めのプログラムになった。テーマは、「アジアにおけるメンタルヘルス、トラウマと疲労」にした。その理由は、やはりコロナ時代において感じる日常的なストレスおよび社会的な変化だ。インドネシア、フィリピン、日本からの発表の後には、インド、タイ、ミャンマーにいる、または専門にしているコメンテーターからの意見をいただき、ディスカッションした。
コロナは世界中で共通している経験だが、それぞれの国の対応・状況は異なる。その違いや対策などについて知り、話すことはとても面白かった。フィリピンのMaria Lourdes Rosanna E de Guzman先生の発表で、活動家の長い闘いと成果のおかげで、政府もしっかりとメンタルヘルスの支援をするようになったと聞いて感動した。日本のVickie Skorjiさんの話から、ジェンダー不平等とメンタルヘルスの関係性を改めて考えさせられ、多様な立場にいる人々を想像し、適切に対応する重要性を感じた。また、インドネシアのHari Setyowibowo先生の発表から、「コロナの影響で新しく生まれてくる可能性」という、前向きな視点も与えられた。
コメンテーターは、以前のACD円卓会議に関わってくれたCarine JacquetさんとラクーンのRanjana Mukhopadhyaya先生、ACD円卓会議に参加してくれた方の紹介で新しく関わってくださったKritaya Sreesunpagiさんであった。それぞれのコメントからコロナの深い影響を感じ、コロナの政治的な問題および争いの関係性について学び、考えることができた。コメンテーターの参加により、ACDネットワークの連続性および絆を感じることができて、角田さんおよび最初からずっとACDに参加してくださっている皆さんに敬意を表したい。充実したディスカッション後には、Kritayaさんの指導で10分ぐらいの瞑想があり、すっきりした気持ちでセッションを終えた。世の中に大変な事がたくさんあっても、自分にやるべき事が山ほどあるとしても、ひとまず自分のケアをしっかりする必要性を感じた。参加者の皆さん、本当にありがとうございました!
AFCの魅力は、自分の分野以外の研究者と触れ合うことだ。私が座長をしたパネルは専門と全く関係のない工学関係の発表が多かったが、興味津々で発表を聞くことができた。会場でやるときより視聴者が少なく寂しかったが、それなりに楽しくできたと思う。
クロージングセレモニーではオンラインながらも皆さんの笑顔が見られて、とても楽しい気持ちになった。知っている人に声を出して「元気!?最近どう!?」と、言いたかったけど、司会として真面目にしなくてはいけないね、とがまんした。次のAFCの会場がバンコクと発表され、とても良い盛り上がった雰囲気の中で会議を終えた。
オンラインだけのAFCは、正直少し寂しかったが、何よりこの状況の中で開催できたことは素晴らしかった。皆さんとの再会、本当に楽しみにしている。またバンコクで会おう、乾杯しようね!
英語版はこちら
<デール・ソンヤ DALE Sonja>
ウォリック大学哲学部学士、オーフス大学ヨーロッパ・スタディーズ修士を経て上智大学グローバル・スタディーズ研究科にて博士号取得。現在、インディペンデントリサーチャー。専門分野はジェンダー・セクシュアリティ、クィア理論、社会的なマイノリティおよび社会的な排除のプロセス。2012年度渥美国際交流財団奨学生。
2022年12月1日配信
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2022.10.27
SGRAレポート第99号
第68回SGRAフォーラム
「夢・希望・嘘 -メディアとジェンダー・セクシュアリティの関係性を探る-」
2022年11月1日発行
<フォーラムの趣旨>
現代社会に生きる者がメディアの影響からのがれることは難しい。服から食べ物まで、私たちの日常的なあらゆるものの選択はメディアに左右されている。
同様に、子供のころからジェンダーやセクシュアリティに関わる情報にさらされ、女性は、男性は、いかに行動すべきなのか、どのようなジェンダーやセクシュアリティが存在するのか、恋愛とは何なのかというイメージもメディアにより作られている。メディアは意見を作るための貴重なツールであるだけでなく、意見を変えるためのツールでもある。
本フォーラムではメディアはどのように恋愛、ジェンダーやセクシュアリティの理解に影響を与えているのか?視聴者やファンはどのようにメディアと接触しているのか?社会的な変化のために、メディアをどのように利用することができるのか? など、現代におけるメディアとジェンダーおよびセクシュアリティの関係性のさまざまな様相を皆さんと共に掘り下げ、探ってゆくことを目指した。
<もくじ>
【第1 部】
[基調講演]
今の時代、白馬に乗った王子様って必要?
―リアリティーテレビの「バチェラー・ジャパン」と「バチェロレッテ・ジャパン」から見たジェンダー表象―
ハンブルトン・アレクサンドラ(津田塾大学)
[質疑応答]
質問者:デール・ソンヤ(インディペンデントリサーチャー)
回答者: ハンブルトン・アレクサンドラ(津田塾大学)
Q&Aコーディネーター:郭 立夫(東京大学)
【第2 部】
[発表①]
夢を売り、夢を描く
―ジェンダー視点からみる宝塚歌劇団の経営戦略と関西圏のファン文化―
バラニャク平田ズザンナ(お茶の水女子大学)
[発表②]
中国本土のクィア運動におけるメディア利用
―北京紀安徳咨詢センターによるメディア・アクティビズムを中心に―
于 寧(国際基督教大学)
[発表③]
#MeTooからデンジャンニョ(味噌女)まで
―韓国のメディアにおける「フェミ/嫌フェミ」をめぐって―
洪ユン伸(一橋大学)
【第3 部】 ディスカッション
パネリスト: ハンブルトン・アレクサンドラ(津田塾大学)
バラニャク平田ズザンナ(お茶の水女子大学)
于 寧(国際基督教大学)
洪 ユン伸(一橋大学)
Q&A コーディネーター:郭 立夫(東京大学)
講師略歴
あとがきにかえて
デール・ソンヤ(インディペンデントリサーチャー)
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2022.03.14
2022年2月20日(日)14時~17時、第68回SGRAフォーラムを開催しました。Zoomウェビナーを利用した完全オンライン形式です。コロナ禍の影響で、なかなか実際に会うことができませんが、このような形で皆さんとイベントができることはありがたいです。テーマはデジタルや新メディアの時代にふさわしい「夢・希望・嘘―メディアとジェンダー・セクシュアリティの関係を探る」です。東アジアを中心に、日本、中国、韓国の事情についての発表とディスカッションがあり113名が登録、参加してくださいました。発表者はハンブルトン・アレクサンドラ先生と元渥美奨学生3名―バラニャク平田ズザンナ先生(2019年度)、于寧先生(2020年度)、洪ユン伸先生(2008年度)。Q&A担当は郭立夫さん(2021年度)、モデレーターはデール・ソンヤ(2012年度)です。開会挨拶は、SGRA代表の今西淳子さんがしてくださいました。このイベントに多くの渥美奨学生に関わってもらい、またジェンダー・セクシュアリティを専門とするメンバーが増えていることに、感謝と喜びを感じています。
基調講演は津田塾大学のハンブルトン・アレクサンドラ先生。「今の時代、白馬に乗った王子様って必要?リアリティーテレビの『バチェラージャパン』と『バチェロレッテジャパン』から見たジェンダー表象」というタイトルで、最近流行っている恋愛リアリティ番組から見える社会現象についてです。最初に現代日本の結婚および少子高齢化社会をめぐる言説と婚活事業を紹介してくださいました。結婚や出産に関して政府の視野が狭く、日本に住んでいる人々の現実を十分把握できていないとの指摘です。経済的に苦労している人が多く、与えられた性別によってサバイバルの対策が異なります。日本の「バチェラージャパン」でみられるように、男性と結婚することで経済的な安定を求める女性が多くいます。しかし、同時にこのような恋愛リアリティ番組も固定概念に基づいているラブ・ストーリーしか描こうとしていません。多様性が反映されていないことが問題です。ハンブルトン先生の結論として、白馬に乗った王子様は今の時代に必要です。しかし、その王子様はお金持ちの男性ではありません。必要となっているのは社会福祉の改善と全ての人のための暮らしやすい社会作りです。
講演の後は3名の元渥美奨学生による各20分の発表でした。バラニャク平田ズザンナ先生(お茶の水女子大学)は「日本の宝塚歌劇団とファン文化」、于寧先生(国際基督教大学)は「中国本土のクィア運動とメディア利用」、洪ユン伸先生(一橋大学)は「韓国のフェミニズムと嫌フェミニズム運動」についてです。
バラニャク平田先生は事情によりリアルタイムで参加できず、事前に録画していただいたものを流しました。「夢を売り、夢を描く:ジェンダー視点からみる宝塚歌劇団の経営戦略と関西圏のファン文化」という発表で、宝塚歌劇団の歴史的・社会的な背景を紹介した上でファンからの聞き取り調査から得た情報を共有していただきました。宝塚歌劇団は「夢の世界」として売られているもので、その「夢の世界」を家父長的な経営戦略および都市空間という二つの側面から分析し、女性ファンのエンパワーメントを考察しました。
次は于寧先生による「中国本土のクィア運動におけるメディア利用―北京紀安徳咨詢センターによるメディア・アクティビズムを中心に」という発表です。歴史的な視点から、時代に合わせて活動家が使っているメディア媒体の変化や直面する社会問題などを紹介していただき、中国本土のクィア活動について知る重要な機会となりました。発表で紹介された北京紀安徳咨詢センターの活動は終了したとのことで、マイノリティ団体が活動を長く続けることの難しさを改めて実感しました。しかし、団体そのものがなくなっても成果を残せば、従来から続いている運動に活用できるので、過去にとっても将来にとっても貴重な社会貢献だといえます。
最後の発表は洪ユン伸先生による「MeTooからデンジャンニョ(味噌女)まで:韓国のメディアにおける「フェミ/嫌フェミ」をめぐって」という発表でした。近年、韓国のフェミニズム運動が可視化された一方、フェミニズムバッシングも増えたとのことです。その背景及び現象を紹介し、韓国のMeToo運動が直面する課題などを説明してくださいました。学校などの公的な場所でのMeToo運動がある一方で、バッシングを受ける恐れから実名で自分が受けた経験について語ることができない現状があるそうです。韓国においてフェミニズムはまだ物議を醸す話題です。韓国のMeToo運動に対して、シスジェンダーとヘテロセクシャル、いわばマジョリティの立場にいる女性と男性から視野を広げる必要もあり、これからの課題としてLGBTや障がい者を取り組むことも必要とのことでした。
最後は4名の発表者とのディスカッション・質疑応答です。韓国、中国と日本のメディアとジェンダー・セクシュアリティや社会問題などについて話し合い、時間が足りないほど幅広く様々な話題にふれました。議論された課題の中には検閲の問題、政府の政策と出産・結婚やメディアの関係性、メディアにおける多様性、フェミニズム運動におけるトランスジェンダー女性の位置付けなどがありました。
ジェンダーとセクシュアリティの話になると、現状を把握した結果、絶望的になりやすいですが、最後に皆さんがそれぞれの分野で今期待していることについて話しました。様々な社会問題が残っており、男女平等もまだ果たしていない東アジア(台湾以外)に同性結婚やトランスジェンダーの権利がまだできていないのが現状ですが、少しずつ変化も感じられます。また、皆さまと対談ができることも、とても嬉しいことです。これからも、このような対談が増えていくことを期待しています!
当日の写真
アンケート集計
<デール・ソンヤ DALE Sonja>
ウォリック大学哲学部学士、オーフス大学ヨーロッパ・スタディーズ修士を経て上智大学グローバル・スタディーズ研究科にて博士号取得。これまで一橋大学専任講師、上智大学・東海大学等非常勤講師を担当。現在、インディペンデントリサーチャー。ジェンダー・セクシュアリティ、クィア理論、社会的なマイノリティおよび社会的な排除のプロセスなどについて研究。2012 年度渥美国際交流財団奨学生。
2022年3月17日配信
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2022.01.19
下記の通りSGRAフォーラムをオンラインで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。聴講者はカメラもマイクもオフのWebinar形式で開催しますので、お気軽にご参加ください。
テーマ:「夢・希望・嘘 -メディアとジェンダー・セクシュアリティの関係性を探る-」
日時:2022年2月20日(日)午後2時~5時
方法:Zoom Webinarによる
主催:渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)
※参加申込(下記URLより登録してください)
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_KSs7_UZmR_aDZ3P5lgTUOw
お問い合わせ:SGRA事務局(
[email protected] +81-(0)3-3943-7612)
■フォーラムの趣旨
現代社会に生きる者がメディアの影響からのがれることは難しい。服から食べ物まで、私たちの日常的なあらゆるものの選択はメディアに左右されている。
同様に、子供のころからジェンダーやセクシュアリティに関わる情報にさらされ、女性は、男性はいかに行動すべきなのか、どのようなジェンダーやセクシュアリティが存在するのか、恋愛とは何なのかというイメージもメディアにより作られている。メディアは意見を作るための貴重なツールであるだけでなく、意見を変えるためのツールでもある。
本フォーラムではメディアはどのように恋愛、ジェンダーやセクシュアリティの理解に影響を与えているのか?視聴者やファンはどのようにメディアと接触しているのか?社会的な変化のために、メディアをどのように利用することができるのか?など、現代におけるメディアとジェンダーおよびセクシュアリティの関係性のさまざまな様相を皆さんと共に掘り下げ、探ってゆきたい。
■プログラム
【基調講演】
ハンブルトン・アレクサンドラ(津田塾大学)
「今の時代、白馬に乗った王子様って必要?
リアリティーテレビの「バチェラージャパン」と「バチェロレッテジャパン」から見たジェンダー表象」
【発表①】
バラニャク平田ズザンナ(お茶の水女子大学)
「夢を売り、夢を描く
:ジェンダー視点からみる宝塚歌劇団の経営戦略と関西圏のファン文化」
【発表②】
于寧(国際基督教大学)
「中国本土のクィア運動におけるメディア利用
―北京紀安徳咨詢センターによるメディア・アクティビズムを中心に―」
【発表③】
洪ユン伸(一橋大学)
「Me tooからデンジャンニョ(味噌女)まで
:韓国のメディアにおける「フェミ/嫌フェミ」をめぐって」
司会/モデレーター:デール・ソンヤ(インディペンデントリサーチャー)
※詳細はプログラムをご覧ください。
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2021.08.05
2021年7月17日(土)、第16回SGRAカフェが開催された。今回のカフェはSGRA関西の初イベントで、会場(インパクトハブ京都)とZoomのハイブリッド形式で開催された。コロナ禍の中で「安全」についてのイベントをすることは少し皮肉に感じられたが、会場ではマスク着用、消毒、ソーシャル・ディスタンスや体温測定などを実施し、できるだけ安全な環境が提供できるよう努力した。Zoom配信のためにマイクやカメラの設置などもあり、ハイブリッド形は普通のイベントの倍以上の準備が必要だと実感した。渥美財団とインパクトハブ京都のスタッフが、東京および京都で力強くサポートしてくださり、おかげで参加者登録者は100名(会場:15名、オンライン:86名)を超えた。
イベントでは3名のパネリストからそれぞれの活動を短く紹介していただいた後、フリートークを行った。司会は私、ソンヤ・デール(2012年度渥美奨学生)、Q&Aサポート役はイザベル・ファスベンダー(2017年度渥美奨学生)。パネリストは中島幸子氏(NPO法人レジリエンス)、キナ・ジャクソン氏(BLM関西、Black Women in Japan)とNPO法人いくの学園のスタッフのM氏だった。
NPO法人レジリエンスは性暴力やDV、虐待などの原因による心の傷やトラウマに焦点をあて、情報を広げる活動をし、支援者や被害者向けの研修や講演会を行っている。Black Women in Japan(BWIJ)は日本在住3000人以上のアフリカ系女性のオンラインコミュニティで、メンバーは幅広くヨーロッパ、イギリス、北中南米、カリブ、アフリカと日本から集まっており、情報交換、ネットワーキング、異文化交流などを行っている。BLM関西(Black Lives Matter関西)は差別撤廃に対する意識向上を目的とした活動と反黒人差別に関する教育プログラムを提供しており、NPO法人いくの学園は暴力や虐待、性的搾取など生活上の困難を抱えた人への支援活動を行っている。女性やLGBTなど誰もが尊重され、安心して暮らせる社会の実現に寄与することが目的で、相談支援、非公開シェルターなども提供している。
今回のテーマのきっかけとなったのは、以前働いていた大学で企画した二つの講演会である。その一つの講師が今回のパネリストの中島幸子氏で、講演会でストレートに投げかけた質問は「あなたは安全ですか?安全というのはどういうことですか?」だった。それまでずっと安全だと思っていた自分が、本当はそうではないかもしれないと初めて実感した。もう一つの講師は、関東に住んでいる黒人系のアメリカ人の記者、ベイ・マクニール氏だった。氏は黒人として、米国と日本で経験している暴力について話した。米国の場合、暴力はわかりやすい形で感じる―実際に投げられたり、打たれたり、すぐ体で感じるものである。しかし、日本の場合は、毎日少しずつ体の違うところを紙で切られるような感覚で、最初はこれぐらいなら我慢できると思ってしまうが、少しずつ傷が溜まってきて、気づいたらなぜか精神的に壊れている、ボロボロになっているという「ずるい暴力」だそうだ。
その話から暴力と安全の多様な形について、いろいろ考えさせられ、このイベントを企画することになった。論理的に安全について話すのと、実践的に話すのとは違うと感じており、学者より、さまざまな現場で活動している方を招待し、トークイベントという形でこの話題について話す・考えることができればと思った。目的としては結論にいたるのではなく、安全について考え始める、安全という概念のさまざまな側面に気づく、さまざまな現実を知るということだった。
トークでは、以下の話題が取り上げられた。
「安全」の概念について
いくの学園のM氏が「安全」と「安心」の違いを指摘した。例えば安心を感じるために、自分が客観的に安全ではない行動をする、ということ。どのようなトラウマや経験があるのかを簡単に知ることはできないので、その人が行動する時にすぐ判断するのではなく、その行動が本人にとって必要なことであり、安心させることなのだという可能性を考える必要がある。中島氏によると「安全」と「安全感」は似ている事を指しているようだが、人が明らかに安全な環境にいるのに安全感がないという事例を挙げた。
制度と社会的なバイアス
「安心」「安全感」は感情・精神的なことを指しているといえる。しかし、安全は身体的・社会的・法的な側面がある。ジャクソン氏がBWIJのメンバーの経験を紹介し、国籍によってビザの期間が異なる話をした。1年間のビザしか取得できない人はさまざまな社会的な問題を抱え、生活にも大きく影響する。外国人は法的にみんな一緒だと思っていた自分にとって、この情報は衝撃的だった。
警察と安全についてもふれた。警察は人の安全を守る役割であるはずだが、その役割を果たしていない場合もある。特に性暴力やストーカー事件に関して、担当者が研修を受けたかどうかによって対応が大きく変わる。被害者が警察に助けを求めたことで警察からの二次被害を受けることが多いという事実は残念ながらある。
人に寄り添う社会をつくるため
多くの人は希望がない、と中島氏が指摘した。希望がないと生きる意味を感じるのが難しい。希望は人間にとって必須なものである。希望を見つける、与えることが重要だが、実は小さな行動から希望は少しでも与えることができる。その行動とは他人の存在を気づくことであり、他人とのつながりを少しでも作っていくことである。ジャクソン氏の提案は、人を素直にほめることだ。例えば、知り合いの靴がかわいいと思ったらその思いを言葉にし、「靴かわいいですね!」と本人に伝える。単純だと思われていることについて声をかけることで、相手の気持ちが少し明るくなるかもしれない。地域の人と交流し、周りにいる人たちとのつながりを作っていくことである。
安全でない環境にいる多くの場合、その理由を他人に伝達することは難しい。カナダにできたハンドサイン運動(あるしぐさをすることによって他人に「私は安全ではない」ということを伝える)や英国や米国にあるバーの注文暗号(ある飲み物を注文すると安全に感じていないとスタッフに伝わる)など、より安全な社会を作るための具体的な事例も紹介された。
一人の参加者からの質問は「被害に遭った人の力になりたい時、やりがちなミスや絶対にやめてほしいこと」だった。ジャクソン氏はその問題は自分の国・環境にはないと思わないでほしいと話した。「BLM運動は日本の問題ではない」ということをよく耳にするが、その意見を表している人は自分の周りをしっかり見ていないと指摘する。この問題はマイノリティに関してよくあり、例えばLGBTは周りにいないと思いがちの人もいる(絶対いるのに)。「人に寄り添う」ことは、人の存在を認めることでもある。なにかの理由で人や問題の存在を疑問視したい時、ひとまず自分の気持ちを探る必要があると思う。自分はなぜ人種差別は日本にないと思いたいのか、なぜLGBTは周りにいないと思いたいのか、と。素直に自分に向き合うことも大切である。
終わりに
90分はあっという間に立ってしまい、話題の表面にしか触れずにイベントが終わってしまった。オンラインで参加した方からの質問について話し合う時間もなく、もっともっと話したいと思いながら閉会した。結論はなかったが、安全について考え、より安全な社会を作るために、小さな一歩を踏みだせたと感じている。
パネリストの話から、「安全」のカギは人に寄り添うことだと感じた。現在の社会は他人に無関心になりやりやすい。しかし、人に声をかけることによって、その人の気分も変わるかもしれない。自分が一人ではないと実感することがとても大切で、特に孤独感が強くなっているコロナ時代において、他人の存在を忘れない、大事にすることも必要だと考えている。
これからも安全についてもっと考えていきたい。課題は、マイノリティの可視化と男性の参加者を増やすことだと個人的に考えている。今回のイベントのアンケートで、「Xジェンダー・その他」と「男性」を選んだ回答者の数は同じだった。これからイベントでも、様々な人がいることを前提にし、様々な経験を共有しながら理解および共感を増やしていきたい。また、社会において権力をもつ立場にいる多くが男性であることが現実なのに、男性の参加者が非常に少ないことも残念に思っている。人に寄り添う社会は、やはりすべての人の協力も必要なので、男性もこの話題に関心を持つように、何ができるのか考えていきたい。
今回のイベントは本当に「始まり」として感じており、これからも皆さんと安全について、考えていこう!
当日の写真
アンケート集計
<ソンヤ・デール Sonja Dale>
ウォリック大学哲学部学士、オーフス大学ヨーロッパ・スタディーズ修士を経て上智大学グローバル・スタディーズ 研究科にて博士号取得。一橋大学専任講師、上智大学・東海大学等非常勤講師を担当。ジェンダー・セクシ ュアリティ、クィア理論、社会的なマイノリティおよび社会的な排除のプロセスなどについて研究。2012年度渥美財団奨学生。
2021年8月5日配信