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2015.07.23
2015年7月11日、東京九段下にある寺島文庫みねるばの森にて、台湾中央研究院近代史研究所の林泉忠先生をスピーカーに迎え、第7回SGRAカフェが開催された。SGRA運営委員のデール・ソンヤさんの司会のもと、まずSGRA代表の今西淳子さんによる開催の挨拶があり、続いて林先生による講演が始まった。以下、その様子を簡略に伝えたい。
今回の講演は、2014年に中国語圏で起こった政治的な出来事のなかでも特に印象的であった、台湾のひまわり学生運動と香港の雨傘運動を取り上げたものであった。現在の台湾と香港の状況を象徴するようなこれら二つの運動は、学生たちが立法院や道路を占有する映像とともにメディアによって大きく取り上げられ、海外の人々にも非常に強いインパクトを与えた。これらの運動が現代の中国語圏を理解する上でどのような意味をもつのかを整理し、それをもとにして、運動の主体となった台湾と香港の若者のアイデンティティの問題に進んだ。
林先生によれば、二つの運動は以下のような特徴をもつ。まず、それらはともに学生主体の運動であり、政権や社会格差への関心が主な動機として始まっている。また両者は、方法としては非暴力を、理念としては民主主義を掲げたものであり、その展開においてインターネットが重要な役割を果たしていたという点でも類似している。さらに、ひまわり学生運動と雨傘運動の中心となった若者たちが、深い関心をもって互いの活動を積極的に支援したという点も特徴的である。
すでに『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス:沖縄・台湾・香港』というタイトルの著書を上梓されていることからも窺えるように、林先生が、これらの運動を理解する際にキーワードとしたのは、「中心と辺境との距離」である。上で取り上げた二つの運動は、民主化運動といった点を重視すれば、中国語圏で行われてきた従来の政治運動と一見同様に見えるかも知れない。しかし、今回の二つの運動には大きな違いがあり、それには、近年の中国語圏における最も重大な変化、すなわち「中国の台頭」という現象が関係している。
現在の中国語圏において、中国本土と台湾、香港の力関係は従来のそれから大きく変化している。香港は以前もっていた経済的求心力を失い始め、台湾もまた爆発的な成長を見せる中国との関係をどのように保つかに苦慮している。このような関係の変化は、特に雨傘運動に対する中国政府の対応から垣間見ることができる。林先生の理解によれば、中国政府の雨傘運動への対応は予想以上に強硬なものだった。これは、香港がもっていた経済的重要性が弱まってきたことによって、現在の中国政府がある意味では香港(に住む人々)に対して優位に立つようになったという事情を反映しているといえる。
このような現実に直面している香港の学生たちが今回の運動で問わなければならなかったのは、おそらく民主主義やそのための手続きの問題だけではなく、激変する社会情勢における自分たちの立ち位置でもあったのだろう。同様の指摘は、台湾の事例にも当てはまる。中国政府の反応は香港の場合とは違って比較的おだやかなものではあったが、ひまわり学生運動がそもそも中国本土と台湾の経済的な協定が火種となったものであるという点を考えれば、台湾の若者が苦心していたものもまた、単なる政治的意思決定のプロセスの妥当性だけではなく、中国台頭時代における自らの立ち位置への不安でもあったと思われる。
このように、今回の二つの運動は、ますます中心化していく中国本土とますます辺境化する台湾・香港の関係がもつ不安定さを反映したものであり、若者による民主化運動という理解だけではこれらの内実を正確に把握することは、もはやできないのである。
中心と辺境の距離感は、講演の主題となったアイデンティティの問題に直結している。林先生の調査によれば、香港・台湾の住民のかなりが、自らを香港人・台湾人と考えている。香港人や台湾人という自己認識が何を意味するのか、さらに、この自己認識が中国語圏の今後に対して何を示唆するのかに関しては、まだ判定を下すことができない。しかし、社会情勢の変化が、中国語圏が従来から抱えていた問題の位相を変えていることは恐らく事実であり、今後このような傾向はさらに加速されるだろう。
現状の整理は上記のとおりであるが、これから中国語圏の人々が何を目指すべきかを示すことは簡単ではない。これに関して林先生は、中心となっていく中国政府が、どのように辺境の人々からの信頼を回復できるのかが鍵となるだろうと述べた。その具体的な方法は事案に応じて個別的に論じられなければならないが、その指摘は方向性としては全面的に正しいと思われる。
中国語圏の若者のアイデンティティの問題は、その地域の現実を直に反映したものである。今回の講演は、このようなアクチュアルな現象に着目することで今後の中国語圏全体のあり方を考えるという、非常に刺激的な内容であった。
当日の写真
英語版エッセイはこちら
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<文 景楠(ムン・キョンナミ) Kyungnam MOON>
哲学専攻。東京大学大学院博士課程在学中。研究分野はギリシア哲学で、現在はアリストテレスの質料形相論について博士論文を執筆している。
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2015年7月23日配信
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2014.10.20
SGRAレポート69号(本文)
SGRAレポート69号(表紙)
第45回SGRAフォーラム 「紛争の海から平和の海へ:東アジア海洋秩序の現状と展望」講演録 2014年10月20日発行
<もくじ> 【基調講演】 「東アジアの海と領土―国際法の視点から― 」 村瀬信也(むらせ・しんや)上智大学法学部教授
【報告1】< 韓国の立場> 「東アジア型国際社会の出現 ―日韓漁業協定(1965)への過程を振り返る― 」 南 基正(ナム・キジョン)ソウル大学日本研究所副教授
【報告2】< 中国の立場> 「東アジア国際秩序の現状と展望 ―中国内における「新型大国関係」の議論を中心に― 」 李 成日(リ・チェンル)中国社会科学院亜太与戦略研究院助理研究員
【報告3】< 台湾の立場> 「『琉球地位未定論』の再燃で尖閣紛争の解決に役立つのか ―中国と台湾の議論を中心に― 」 林 泉忠(リム・チュアンティオン)台湾中央研究院副研究員
【報告4】< 日本の立場> 「竹島/独島をめぐる海の一断面」 福原裕二(ふくはら・ゆうじ)島根県立大学准教授
【報告5】 「北極海の開放と韓国・日本・中国の海洋協力の可能性」 朴 栄濬(パク・ヨンジュン)韓国国防大学校安全保障大学院教授
【パネルディスカッション】 司会: 李 恩民 総括:明石 康(国際文化会館理事長) パネリスト:上記発表者
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2012.12.26
レポート64号本文
レポート64号表紙
第43回SGRAフォーラム
「東アジア軍事同盟の課題と展望」講演録
2012年11月20日発行
もくじ
【発表1】ポスト冷戦期における米韓同盟の持続と変化 朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院副教授)
【発表2】台湾内政の変動と台米同盟
渡辺 剛(杏林大学総合政策学部准教授)
【発表3】ポスト冷戦期の米比同盟―引き続く過去と新たな脅威
伊藤裕子(亜細亜大学国際関係学部教授)
【発表4】日米関係における「日米同盟」―過去、現在、今後―
南 基正(ソウル大学日本研究所副教授)
【問題提起1】「同盟」を超える領土紛争の対応と連携~「尖閣諸島」における日米・中台の「協力」関係
林 泉忠(琉球大学法文学部准教授)
【問題提起2】対テロ戦争にみる安全保障の新展開
竹田いさみ(獨協大学外国語学部教授)
【パネルディスカッション】
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2012.06.10
SGRAレポート61号本文
SGRAレポート61号表紙
第41 回日SGRAフォーラムin蓼科
講演録 「東アジア共同体の現状と展望」
2012年6月18日発行
<もくじ> 【基調講演1】東アジア共同体形成における「非伝統的安全保障」
恒川惠市(政策研究大学院大学副学長)
【基調講演2】ASEANと東アジア共同体
黒柳米司(大東文化大学法学部教授)
【発表1】韓国と東アジア共同体
朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院副教授)
【発表2】中国の外交戦略と「東アジア共同体」
劉 傑(早稲田大学社会科学部教授)
【発表3】台湾・香港抜きの「東アジア共同体」は成立するのか?~脱「中心」主義で安定した共同体を~
林 泉忠(琉球大学法文学部准教授)
【発表4】モンゴルと東アジア共同体~資源開発とモンゴルの安全保障~
ブレンサイン(滋賀県立大学人間文化学部准教授)
【発表5】北朝鮮と東アジア共同体~北朝鮮とどのように付き合うのか~
李 成日(韓国東西大学校国際学部助教授)
【パネルディスカッション】東アジア共同体の現状と展望
進行:南 基正(ソウル大学日本研究所HK教授)
パネリスト:上記講演者
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2005.07.30
SGRAレポート第27号
第16回フォーラム講演録
「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」
竹田いさみ、R.エルドリッヂ、朴 栄濬、渡辺 剛、伊藤裕子
日本語版
2005年7月30日
---もくじ-----------------
【基調講演】「対テロ戦争にみる安全保障の新展開」
竹田いさみ(獨協大学外国語学部教授)
【研究報告1】「日米関係における『日米同盟』―過去、現在、今後」
ロバート・エルドリッヂ(大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授)
【研究報告2】「ポスト冷戦期における米韓同盟の持続と変化」
朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院助教授、SGRA研究員)
【研究報告3】「台湾内政の変動と台米同盟」
渡辺 剛(杏林大学総合政策学部専任講師)
【研究報告4】「米比同盟と冷戦・ナショナリズム・対テロ戦争」
伊藤裕子(亜細亜大学国際関係学科助教授)
【パネルディスカッション】
進行:南 基正(東北大学法学部教授、SGRA研究員)
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2003.12.04
SGRAレポート第19号(PDF)
投稿レポート
朴栄濬「海軍の誕生と近代日本:幕末海軍建設の再検討と『海軍革命』の仮説」
2003.12.4発行
----「はじめに」から--------------
19世紀の国際秩序において、海軍は先端の近代性を象徴する存在であった。海軍を構成している艦船・海軍士官と兵士・造船と修理施設・海軍組織などは、発達した科学技術や近代国家制度のバック・アップを必要とするものであった。また海軍は、米国の海軍戦略家であったアルフレッド・マーハン(Alfred Mahan)が言及しているように、制海権の掌握如何によって対外的に自国の目的を他国に強要し、場合によっては地域及び国際秩序の覇権を握ることのできる手段としての側面も持っていた。このような近代科学技術の集約と対外政策の強力な軍事的手段を意味する近代海軍が、何時から「海国」日本に形成され始めたのであろうか。そして海軍の建設は、日本の近代化や対外政策の変遷に何をもたらしたのだろうか。
(略)
そうした関心から本研究は、幕末期において幕府と諸藩が積極的に推進した海軍建設政策とその成果に光を当てて、幕末期の海軍建設の様相を明らかにすることを第一の目的とする。ただ本研究は近代日本海軍史の研究空白を埋めるだけに止まらず、幕末期に建設された海軍が日本の近代国家への変容や対外政策の転換に与えた影響を、近代日本政治外交史の文脈から検討しようとするものである。
欧米の軍事史学や歴史社会学、そして国際政治学は、近世以後の西欧世界では数多くの政治単位体が互いの戦争遂行やそれに備えるための軍隊建設を通して、官僚及び財政制度を整備し、人的・物的資源を動員できる近代国家の形成を成し遂げており、そうした近代国家体制に基づいてヨーロッパの世界拡張が可能となったとする見解を提示している 。そうであるとすれば、日本における近代海軍建設の試みは、明治国家の形成及びその対外関係の転換にどのような影響を及ぼしたのか。こうした疑問を海軍建設と関連付けて検討する必要があるだろう。つまり本研究は、幕末期における海軍建設の様相を再検討することによって、海軍史の研究空白を埋める傍ら、近代海軍建設が日本の近代国家への変容とその対外政策の転換にもたらした影響を検討し、日本の近代化に関する説明を補いたい。
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2003.03.30
SGRAレポート第17号(PDF)
SGRAレポート第17号 英語版(PDF)
第10回フォーラム講演録
「21世紀の世界安全保障と東アジア」
白石隆、南基正、李恩民、村田晃嗣
日本語版2003.3.30発行、英語版2003.6.6発行
---もくじ-----------------
開会挨拶 今西淳子(SGRA代表)
【基調講演】「日本とアジア」
白石 隆(京都大学東南アジア研究センター教授)
【講演1】「朝鮮半島の平和構築と日本の役割」
南 基正(SGRA世界平和研究チーフ、東北大学大学院法学研究科助教授)
【講演2】「中国の東アジア戦略を解く」
李 恩民(SGRA歴史問題研究チーフ、宇都宮大学国際学部外国人教師)
【講演3】「ブッシュ政権の東アジア戦略」
村田晃嗣(同志社大学法学部助教授)
【講演者と参加者による自由討論】
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