宗教・現代社会

多くの日本人にとって宗教とは何か理解しにくいかもしれません。本研究チームは、現代の日本社会にとって宗教とは何か、宗教はどんな役割を果たしているのか、という課題に取り組んでいます。
  • エリック・シッケタンツ「円卓会議『東南アジアの社会環境の変化と宗教の役割』報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#10)   植民地時代の苦難を経て、最近のグローバリゼーションのもと、東南アジア諸国は、国づくり、環境の悪化、宗教と民族の対立、社会的不平等など、さまざまな困難に再び直面している。識者の多くは「宗教」を、これらの課題を更に悪化させるネガテイブな要素とみなしている。本円卓会議においては「宗教は、各国が抱える様々な課題を克服するにあたって、重要な役割を果たすことができるのではないか、現に果たしているのではないか」とのポジティブな視点から、東南アジアの社会環境の変化に対応する宗教の役割を見直すことを目的とした。   本円卓会議は東南アジアの4カ国からの発表者から寄せられた4本の小論文の発表と、それに続く円卓会議の形式で行われた。発表者はインドネシア/ガジャマダ大学のアクマッド・ムンジッド、フィリピン/アテネオ・ド・マニラ大学のジャイール・S・コルネリオ、タイの活動家ヴィチャック・パニク、そしてヤンゴンベースのフランス人のミャンマー研究者、カリーヌ・ジャケであった。   最初の発表者であるアクマド・ムンジッドは、植民地以後のインドネシアの「新秩序時代」(1968-1998)、並びに1998年の民主化以降の国と宗教との関係についての流れを概観した。「新秩序時代」においては、イスラム教と政治とは一線を画していたが、1998年以降は再び宗教の政治化傾向があらわれてきた。スハルト政権の崩壊のあと、宗教内、宗教間での対立、抗争が顕在化し、近年その傾向は減ったとは言え、今でも続いており、過激で狂信的なイスラム教徒も出現している。こうした傾向に対して宗教指導者で政治家でもあった、アブドララーマン・ワヒッド(Abdurrahman_Wahid)元大統領(在任1999~2001年)に見られるような、伝統的イスラム教に身を置きつつも、(宗教的)教義を緩め、他宗派・他宗教にも寛容であり、さまざまな勢力との対話を重視するという政策も続けられた。ムンジッドは、インドネシアでの進歩的な宗教家間の対話、或いは連合を試みている様々な団体や組織の事例を挙げて、社会的公正や安定・平和をもたらす宗教間の対話の重要性を強調した。   次のジャイール・S・コルネリオの発表では、環境問題に焦点が当てられ、フィリピンのカソリック教会による気候変動の影響の緩和、或いは防止に向けた啓蒙活動などへの貢献が紹介された。彼はコミュニティでのスチュワードシップの育成、あるいは環境保全に対する責任感の醸成など、フィリピンカソリック教会の試みを、ボトムアップで社会を変えようとする「草の根活動(grass-roots_activities)」をベースとしたポジティブな役割として紹介した。   3番目のヴィチャック・パニクは発表の中で、高名な仏教の僧侶達が、共産主義者や犯罪者など体制側から見れば「敵」と見做される人々に対する冷酷な仕打ちに目をつぶるなど、タイ国で起きている国家と宗教の間の馴れ合いとも思われる「同盟関係」を批判的に考察した。パニクは、民衆の(伝統的な)精神的な拠りどころであり「森の中の隠者」と呼ばれる修道僧達の存在さえも無視あるいは犠牲にして、仏教の本来の教えである「慈悲」や「人間性」から離れてしまった、現在の制度化し体制化してしまった仏教界と国は、危険な政治的同盟関係に入ってしまったと厳しく批判した。   最後に、カリーヌ・ジャケはミャンマーにおける援助(Relief)と宗教に関わる政治について、2つの援助に焦点を当てて発表した。ひとつはサイクロン「ナルギス(Nargis)」による被害に対する支援、もうひとつは中央政府とカチン州との内戦の一連の流れである。ジャケは、ナルギスの後、ビルマの仏教界はいち早く対応し、罹災者に対して僧院を緊急時のシェルターとして開放し、仏教の教えの「ダーナ(dana:布施)」のもと経済的な支援をしたことを挙げた。2番目のケースは、主にカチン州に多いキリスト教の援助組織の活動についてであった。この事例では、宗教上の援助組織は地元で信頼され歓迎されているので、紛争地域でも効果的に活動できる一方、この様な宗教色のある援助が宗教集団間の対立を助長し、かえって紛争を長引かせたとも指摘した。   その後、この4人の発表者に各国からの6人の討論者が加わって円卓会議が行われた。円卓会議では会場からの質問、発言も相次ぎ、活発な意見の交換も行われ議論は時間切れまで続き、多くの東南アジアからの参加者の強い関心がうかがわれた。   皮肉に思えるかも知れないが、宗教の為しうるポジティブな貢献を議論するために設けられた本円卓会議の多くの時間は、現代世界が直面している様々な課題に対する宗教のネガテイブな局面に費やされた。無論、宗教が問題解決の一部となる一方、同時に問題の一部であることも事実であるため、これは地球上で起こっている現実を反映していると思われる。   今回の円卓会議で示されたのは、宗教と民族国家(政治)との関係についての今日的な課題である。宗教があまりに国家(政治)に近寄り過ぎ、政治的主体性を帯びてしまうと、かえって緊張をエスカレートしてしまう。気候変動のように、地方社会では対応できない諸問題の解決には国家レベルでの支援が早急に望まれるのは当然のことである。宗教には、さまざまなローカルな紛争に引きずり込まれず、地域、国あるいはグローバルに進行中の紛争にポジティブなインパクトを与えるよう、政治との距離と関係を慎重に見直すことが求められている。   英語の原文   <エリック・クリストファー・シッケタンツ☆Erik_Christopher_Schicketanz> 渥美国際交流財団2009年奨学生。東京大学大学院宗教学宗教史学研究室にて博士号の取得を経て、現在、日本学術振興会外国人特別研究員(東洋史)。専門は近代東アジアの宗教史、宗教と政治の関係。主な書籍には『堕落と復興の近代中国仏教—日本仏教との邂逅とその歴史像の構築』(法蔵館、2016年)等がある。
  • レポート第71号「科学技術とリスク社会~福島第一原発事故から考える科学倫理~」

    SGRAレポート71号(本文) SGRAレポート71号(表紙)   第47回SGRAフォーラム 「科学技術とリスク社会~福島第一原発事故から考える科学倫理~」講演録 2015年5月25日発行   <もくじ> 【問題提起】 崔 勝媛(チェ・スンウォン)理化学研究所研究員   【対談】 「科学技術とリスク社会」 対談者:島薗 進(しまぞの・すすむ)上智大学神学部教授       平川秀幸(ひらかわ・ひでゆき)大阪大学コミュニケーションデザインセンター教授 モデレータ:エリック・シッケタンツ 東京大学大学院人文社会系研究科特別研究員   【対談1】 「今のリスク社会と科学技術に欠けているもの-原発事故後の放射線健康影響問題から-」 島薗 進   【対談2】 「科学の『外』の問いをいかに問うか-科学技術とリスク社会:福島原発事故から考える-」 平川秀幸   【オープンディスカッション】 ファシリテータ:デール・ソンヤ 上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科特別研究員 参加者:島薗 進、平川秀幸、会場参加者
  • エリック・シッケタンツ「第47回SGRAフォーラム『科学技術とリスク社会~福島第一原発事故から考える科学技術と倫理~』報告」

    近年、科学技術の進歩が人間社会に恩恵をもたらす一方で、巨大科学技術、先端科学技術がもたらす危険(リスク)も大きな議論となりつつある。   2011年3月の福島第一原子力発電所事故をきっかけとして、科学技術の限界および専門家への信頼の危機が問われ、今後一般社会は科学とどう付き合っていくべきか、リスクの管理がどのような形によって行われていくべきかという諸問題が、日本社会において多くの市民の関心を引いている。   2014年5月31日(土)午後1時30分~4時30分、第47回SGRAフォーラム「科学技術とリスク社会~福島第一原発事故から考える科学技術と倫理~」が東京国際フォーラムで開催された。   本フォーラムでは、3・11と福島第一原発事故という具体的な問題設定を通じて、科学と社会の関係について多方面からの問いかけが行われた。   フォーラムは、上智大学神学部の島薗進教授と大阪大学コミュニケーションデザインセンターの平川秀幸教授が発表と対談を行った後に、参加者と一体となったオープンディスカッションを行った。50人を超えるオーディエンスの数も社会における関心と反響を反映していた。   はじめに、理化学研究所の崔勝媛研究員(生物学専攻)が、個人としての立場から科学者の役割についての考察を行った。崔氏は、科学が社会にどう役に立つかが良く問われるが、研究者にとって研究の第一動機は「好奇心」だと述べた。そこで浮かび上がる大きな問題は、科学が皆が望むように役立つためには、科学だけではなく、人間社会におけるさまざまな問題を乗り越える必要があるということだ。原子力のことも、問題の原点は原子力研究そのものではなく、それを扱う人の問題なのだと述べた。   つづいて、島薗教授と平川教授は、それぞれいくつかの具合的な問題点や出来事を取り上げながら問題提起を行った。   島薗氏は放射線用の安定ヨウ素剤配布・服用や低線量被爆の健康影響情報などの問題をめぐって、専門家や政府の判断基準の欠陥および民間との間のコミュニケーションにおける問題について触れた。また、マスメディアにおける、<安全・安心>概念の言説を批判的に検討し、その公共的問題を締め出すための道具となっていると指摘し、市民間での不安を避けるという理由で結果として真実を隠してしまうことを正当化させていると、マスメディアの反応における問題点を紹介した。島薗氏の発表において、政治・経済的利害関心と科学技術の絡み合いが大きな問題として紹介された。   平川教授はより抽象的な観点から問題を扱い、今までの主なリスク定義を批判的に考察した。平川氏によると、従来、リスクの定義は科学的な次元に限定され、それ以外の側面が無視されてきている。ゆえに、リスクの解決も科学に基づいた政策決定によって片付けられてしまっているが、その結果は一方的に政府から市民に伝えられ、市民に理解を押し付ける形となっている。これに対して、平川氏はリスクを科学や政治などの各領域間の交差を中心とするトランスサイエンス概念から考察するというオールタネイティブを提供し、今までのリスクコミュニケーションとリスク認知における複雑性を指摘しながら、民主的な意思決定を尊重するリスク管理の必要性を主張した。   その後、筆者がモデレーターとなり、二人の発題者の対談が行われた。まず、今年の3月に原子放射線の影響に関する国連科学委員会の報告書が公開されたことをきっかけとして、現在の福島がもたらす健康に対する影響について両発題者に尋ねた。国連の報告書は、原発事故による健康に対する影響に対してやや懐疑的な態度を取り、一部のメディアでは、報告書は健康に対する影響がないと言っているように解釈されている。両発題者は国連の報告書の背景にある政治および報告書の結論に疑問を唱えた国連科学委員会委員などを取り上げ、健康に対する影響という問題に関してはまだ油断できないと主張し、報告書を通じて科学と政治の絡み方に言及した。   休憩後、デール・ソンヤ氏(社会学専攻)の司会進行によりオープンディスカションが行われた。   オーディエンスから質問、発言を受けて、両発題者は今までの議論をさらに深めた。ディスカションにおいて、中心的なキーワードとして、「信頼」という概念が取り上げられ、市民の信頼を得るために、専門家との関係をいかに改善すべきかという問題が議論された。   島薗氏は、問題解決に参与している専門家の範囲を拡大して、よりオープンにしても、権威の問題は常に残ってしまうと指摘したが、「正しい権威」を創造する制度の成立に解決の可能性を見出したいと述べた。平川氏は政治的な絡みがなくても、常に問題の具体的な設定や使用されている解決枠組みなど、何らかのバイアスがかかっていると指摘し、「歪んでいない科学者はいない」と述べた。ただ、そこでできることは、議論に参加する専門家やステークホルダーの多様性を可能な限り増やすことだと主張した。   このように、両者は今後のリスク管理においてより充実した抑制と均衡のシステムが必要だと主張し、科学技術におけるデュープロセスの導入を唱えた。そのため、今後避けるべきなのは政治と経済との繋がりを持つ少人数の専門家の閉鎖的な措置によるリスク管理である。そして、健康に対する影響より、今回の原発事故がもたらした最大のダメージは社会における信頼に対する危害であったのではないか、と述べた平川氏が印象的であった。平川氏が説明するように、原子力産業は「安全」と「安心」のためという名目で、社会の視野の外に置かれていたことが今回の危機の大きな背景の一つである。その意味では今回の事故が科学、政治と社会の関係を再考して再構築するきっかけともなればと筆者は期待する。   最後に、福島県飯舘村からの参加者は放射能のリスクについて調べた上で、飯舘村に帰ると決心したが、まわりからはこの決心に対してなかなか理解を得られないという状況についての紹介があった。また、飯舘村に帰還するか否かの判断を強いられている避難生活者の視点から科学技術の問題を考えると「人間にとって幸せとはなにか」を考えざるを得ない、最後に行き着くのは哲学や宗教の領域の問題ではないかと思えてくる、との発言があり強く印象に残った。   オーディエンスからの質問が途切れなく続き、オープンディスカションの90分はあっという間に経ってしまい、4時30分の閉会の時間が来た。   今回のSGRAフォーラムは、今後日本社会が直面し続ける重要な課題についてさまざまな観点から考えさせるきっかけとなった。   当日の写真 ---------------------------------------------- <エリック・シッケタンツ ☆ Erik Schicketanz> 2001年イギリスロンドン大学アフリカ・東洋研究学院修士号取得(日本近代史)、2005年東京大学大学院人文社会系研究科修士号取得(宗教史学)。2012年、同大学大学院人文社会系研究科宗教学専攻博士号取得。現在、同大学死生学・応用倫理センター特任研究員。研究関心は近代仏教、近代中国の宗教、近代日本の宗教、近代国家と宗教の関係。 ----------------------------------------------     2014年7月16日配信
  • 第47回 SGRAフォーラム「科学技術とリスク社会~福島第一原発事故から考える科学技術と倫理~」のご案内

    下記のとおり、第47回SGRAフォーラムを開催いたしますので奮ってご参加ください。SGRAフォーラムはどなたにもご参加いただけますのでご関心のある方々にご宣伝ください。     テーマ:「科学技術とリスク社会」~福島第一原発事故から考える科学技術と倫理~   日時 :2014年5月31日(土)午後1時30分~4時30分   会場 :東京国際フォーラム ガラス棟 G610会議室   参加費:フォーラム/無料 懇親会/正会員1000円、メール会員・一般2000円   お問い合わせ・参加申込み:SGRA事務局宛に事前にお名前、ご所属、連絡先をご記入の上、参加申込みをしてください。 SGRA事務局(sgra-office@aisf.or.jp Tel: 03-3943-7612 )   ◇プログラムの詳細はここをご覧ください。                                  フォーラムの概要: 3・11/福島原発事故以降、「科学技術の限界」あるいは「専門家への信頼の危機」が語られてきました。今回のSGRAフォーラムでは、島薗進先生(上智大学神学部教授-宗教学/応用倫理)、平川秀幸先生(大阪大学コミュニケーションデザインセンター教授-科学技術社会論)をお招きして、福島第一原発事故を事例として「科学技術と倫理」、「科学技術とリスク社会」、「科学なしでは答えられないが、科学だけでは答えられない問題群」などをテーマとしてオープンディスカッションを行います。 ①理工系科学者のみならず社会系科学者、人文系科学者の役割と倫理 ②科学者と市民を結ぶ科学技術コミュニケーションの可能性   〔トピック〕  福島第一原発事故から考える「科学技術の限界」、「専門家への信頼の危機」  巨大科学、先端科学が生み出す「リスク社会」の様相  「科学技術と倫理」の課題及び社会系科学者、人文系科学者の役割  科学者と市民を結ぶ科学技術コミュニケーションの可能性   プログラム: 1.問題提起:(5~10分) チェ・スンウォン(韓国)理化学研究所/生物学   2.対談:(約40分) 島薗進先生 上智大学神学部教授(宗教学/応用倫理) 平川秀幸先生 大阪大学コミュニケーションデザインセンター教授(科学技術社会論) モデレータ:エリック・シッケタンツ(ドイツ) 東京大学大学院人文社会系研究科特別研究員/宗教史   3.オープンディスカッション:(約90分) ファシリテータ:デール・ソンヤ(ノルウェー) 上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科特別研究員/グローバル社会   ◇プレスリリース・参加申込み  
  • レポート第41号「いのちの尊厳と宗教の役割」

    レポート第41号   第28回SGRAフォーラム in 軽井沢講演録 (2008年3月15日発行)   <もくじ>   【基調講演】島薗 進(東京大学文学部宗教学宗教史学科教授)                     「いのちの尊厳と日本の宗教文化」   【発表1】秋葉 悦子(富山大学経営法学科教授)                     「カトリック<人格主義>生命倫理学の日本における受容可能性」   【発表2】井上ウィマラ(高野山大学文学部スピリチュアルケア学科助教授)                     「悲しむ力と育む力:本当の自分に出会える環境づくり」   【発表3】大谷いづみ(立命館大学産業社会学部教授)                     「『尊厳ある死』という思想の生成と『いのちの教育』」   【パネルディスカッション】                      進行:ランジャナ・ムコパディヤーヤ (名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授、SGRA研究員)  
  • レポート第34号「日本人と宗教:宗教って何なの?」

    SGRAレポート第34号   第23回フォーラム講演録 「日本人と宗教:宗教って何なの?」 2006年11月10日発行   ---もくじ-----------------   【基調講演】「日本人にとっての『宗教』と『宗教のようなもの』」 島薗 進(しまぞの・すすむ)東京大学教授(宗教学専攻)   【パネリスト自己紹介】「日本と宗教と私」   ○日本と神道 ノルマン・ヘィヴンズ (國學院大學神道文化学部助教授)   ○日本人と仏教 ランジャナ・ムコパディヤーヤ (名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授、SGRA研究員)   ○日本人とキリスト教 ミラ・ゾンターク (富坂キリスト教センター研究主事、SGRA研究員)   ○日本人とイスラーム教 セリム・ユジェル・ギュレチ (イスラム文化センター事務総長)   【パネルディスカッション】「日本人と宗教」  
  • レポート第10号「日本とイスラーム:文明間の対話のために」板垣雄三

    SGRAレポート第10号(PDF) 第6回フォーラム講演録「日本とイスラーム:文明間の対話のために」 S.ギュレチ、板垣雄三  2002.6.15発行 --もくじ----------------- 【ゲスト講演】「日本とイスラーム:文明間の対話のために」板垣雄三(東京大学名誉教授) 【特別報告】「イスラームと日本と東京ジャーミイ」セリム・ギュレチ(東京ジャーミイ副代表、SGRA会員) ------------------------
  • 第6回フォーラム「日本とイスラーム:文明間の対話のために」

    2001年12月21日(金)午後5時半から8時まで、東京代々木上原のイスラム教モスク、東京ジャーミイにて、第6回SGRAフォーラム「日本とイスラーム:文明間の対話のために」が開催されました。参加者は、まず、SGRA研究員で東京ジャーミイ副代表のセリム・グランチさんの案内で、礼拝堂を含む施設の見学をしました。その後、1階の多目的ホールにて、東京ジャーミイ代表のジェミル・アヤズ様とSGRAを代表して今西から挨拶があり、次に、セリムさんより、9月11日のテロ事件後、たくさんの報道人がインタビューにやってきたが、イスラムについて極めて限定的な知識しかもっていなかった。そこで「日本人の皆さんが人間を磨くために考えることは、ほぼイスラームの基本的な概念をなしている」と申し上げた、という短いコメントが披露されました。 講演会では、日本のイスラーム学の権威、東京大学名誉教授の板垣雄三先生のお話を伺いました。先生は、まず、日本はイスラームを遠ざけて見ようとし、イスラーム世界は日本に親近感を抱いているが、何故そうなったのかという問題を提起されました。イスラームは、本来、宗教や文化の異なる多様な人々が共生し取引する「都市」を生きる生き方を教えてきた。このイスラームの多元主義的普遍主義に対して、欧米は、欧米対イスラームの対立にこだわり、イスラームを敵と決め付ける文明衝突論の伝統を抱えてきた。イスラーム世界の人々にとっては、欧米諸国に双肩する日本は憧れでもあり親しみも感じている。 一方、欧米のメガネを借りた日本人のイスラーム感は、しばしばこの思いを裏切る。正倉院御物の中にも見出されるように、日本とイスラーム世界との繋がりは非常に古い。また、現在の日本人は、日本の経済的繁栄の土台である化石燃料が、あたかも自動的にもたらされたもののように勘違いしている。日本社会は、イスラーム世界の日本に対する好意的な心情が、日本にとってかけがえのない資産だということに気づかなければならない。 イスラーム文明は、近代欧米文明の源泉である。日本の知識人がイスラームへの無知を口にするのは、実はよく知っていると思っている欧米への無知を告白しているにすぎない。世界人類を巻き込む現在の危機において、日本は欧米を通したイスラーム感から離脱し、日本独自の役割を演じなければならない。「多元的な都市」を生きるイスラーム文明本来のメッセージを評価して、イスラーム世界と文明的協力を進めていかなければならない、と訴えられました。 その後、限られた時間でしたが、板垣先生とセリムさんのおふたりに対して、質疑応答が行われました。そして、トルコ料理の懇親会においても、おふたりの講師の先生は、参加者の熱心な質問に答えていらっしゃいました。雪まじりの雨が降る生憎の天気でしたが、トルコのお茶サーラップに始まったSGRAフォーラムに参加した76名の参加者は、温かくて明るいモスクの中で、イスラームの夕べを楽しみました。 (文責:今西)